第6話 本当の出発~その6~
店先に出ると外には何だか人だかりができていた。いきなり親父はどなり散らした。
「あんっ!?
客じゃねえのならジロジロこっち見てんじゃねえよっ! とっとと失せろっ!」
慣れているのか人々は一目散に逃げていった。なぜか既視感を覚える。
不機嫌な態度をくずさぬまま、オヤジは店の隅に置かれていた木製の箱を乱暴に開ける。
しかし開けた瞬間にその顔がほころんだ。
「しかし、こいつは上等品だ。
いくら勇者サマの装備とはいえ、こいつをわたすのはちとおしいねぇ」
オヤジは中のものを手に取る。
まずは城の兵士たちが着ていた簡素な鎧と同じものだ。
ただしイサーシュ好みの青色にカラーリングされている。
「ほお、俺にはこいつか。実は結構気に入ってたんだ」
「あの技術自慢の評議員、まだ若いがおれとはウマが合ってよ。
案の定こいつをわたすと思ってたんだ。なかなかいい仕事してやがる」
オヤジはそれをイサーシュに手渡すとアゴで店の奥を指した。
「さっそく着替えてこい。籠手とすね当ても用意してある。
見違えたようになるのが楽しみだぜ」
イサーシュが奥に消えるのを確認すると、オヤジは別の箱を取りだした。
「さて、お次は勇者サマだ」
箱から取り出されたのは真っ赤な色をした胸当てだった。
どうやら頑丈な皮でつくられているようだが、コシンジュは首をかしげた。
「なんだこりゃ。なんだか見たことあるような……」
言うとオヤジは意地わるげな笑みをたたえた。
「そうかいそうかい。こいつは城のモンが急ぎでつくった、おめえたちが最初に戦った
『ギンガメッシュ』の皮をはいで適当に切り合わせたシロモンだよ」
それを聞いた全員が固まった。
コシンジュがブルブルと胸当てを指差した。
「そ、それ、いつの間に? ていうか、それをオレに着ろと……?」
「文句言うでねえ。ただでさえ魔物の皮膚は頑丈なんだ。
それを魔法強化して物理、魔法ともに受けつけにくくしてんだ。
しかも何枚も重ね合わせてガチガチに固めてあるんだぞ?下手な金属鎧よりよっぽど耐久性があるぜ」
「い、いやだ……気持ち悪い……
ていうか何だか死んだギンガメッシュの怨念がただよっているような気がするんですけど……」
「城の連中が急ぎでつくったんだ!
つべこべ言ってないでさっさと着やがれっ!」
するとオヤジはついでにコシンジュの角突き帽子をはぎ取り、同じデザインだが真っ赤に染められたものをかぶせられた。
「こいつはおめえのおふくろさんからだ!
夜なべしてつくったそうだから感謝しろよっ!」
コシンジュはそれを両手で押さえて泣きそうな顔になる。
「おふくろ~~っ! こんなサービスはいらねえよぉぉぉぉぉっ!」
「だから文句ばっか言ってないでさっさと着がえろっ!」
後ろを向かされ尻を蹴飛ばされると、コシンジュは「イヤだ~、呪われる~!」と泣きながら奥へと進み出た。
振り返った時のロヒインとメウノ達のあわれむ目がよけいみじめな気分にさせた。
コシンジュは疲れ切った顔で店先に戻った。
他には肩当て、短めの籠手、腰巻からすね当てまでと、まさにフル装備である。
それを見た全身真っ青に新調したイサーシュが感心する目で自分のほおをなでつける。
「ほお、なかなかいい装備じゃないか。
ギンガメッシュの革をなめした防具か。軽量なうえに高い防御力を発揮する。
まさに勇者にぴったりだな」
「そんなこと言わないでくれよイサーシュゥ~ッ!
オレ魔物に殺される前にギンガメッシュの霊に呪い殺されるよぉ~! こわいよぉ~!」
新しい鎧を着たイサーシュの姿は立派だったが、今のコシンジュにとってはそれどころではない。
コシンジュは新たに身体にまとった敵と戦わざるを得なくなったのだ。
「フンッ! 安全性などとっくに確認済みだわっ!
だいたい呪いなんぞあるわけなかろうがっ!」
涙目でロヒインとメウノを確認すると、メウノは白いローブの上にきらびやかな青の布をまとっていた。
ロヒインは特に新しい装備を身につけていない。
「お前ら、大丈夫なのか?」
先にメウノが布地を指差しながら答える。
「これ、魔法防御が施されているんですよ。
これを身に着けていればロヒインさんが使っていたバリアと同じくらいの効果があります」
「あ、わたし? このローブはもともと素材がいいものなんですよ。
動きやすさを重視して、先生からは特に新しいものをもらってません」
ロヒインは言いながらえりの中からペンダントを取り出す。
ジャラジャラとした銀の装飾の中に、青く光る宝石が見える。
「そのかわり、魔力強化のペンダントをいただきました。
詠唱時間短縮、効果持続、威力の強化。
これでより効率よく呪文を放てるようになるでしょう」
「お前これ以上魔法に強くなってどうするんだよ……」
コシンジュがつぶやいた時、向かいにある階段からようやく若い店員の姿が現れた。
「バカヤロウッ! おせえじゃねえか、いったい何をしてたんだおめえはっ!」
イサーシュ以外の3人がオヤジの怒号にビビるなか、店員は慣れた調子で平然と反論する。
「オヤジさん、うちはいつもいそがしくて倉庫の片づけすらできないことくらい知ってるでしょ。
まったくこっちだって探すのに苦労したんだから察してくださいよ」
「うるせぇっ! つべこべ言ってないでさっさと品を見せやがれっ!」
店員はあきれて首を振りながら両手に抱えた細かい装飾の箱を机に乗せ、そっと中を開いた。
4人は一斉に中をのぞき込む。
豪華な箱とは裏腹に、中身はごく普通のデザインがほどされた少々大きめのダガーだった。
ただ少々刀身が赤く染まっている。
「これ、ダガーですね?」
メウノがつぶやくと店員は自慢げに鼻を鳴らした。
「そう思うだろ?
しかしこれ、もともとは“まっすぐな刀身”だったって聞いたら、どう思う?」
「刀身が曲がる? どうしたらこのようなことが?」
すると店員は人差し指を突き立てた。
何やら長い説明をするつもりのようだ。
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はるか昔、南の大陸で非常に大きな戦争があった。
その中でも特に大きな2つの国が争いを繰り広げて、戦いは気の遠くなるくらい長く続いていた。
その片側の国にいた、とある高名な戦士が敵方につかまってしまった。
彼は故郷に婚約者がおり、結婚式は間近に迫っていた。
男はなんとか脱獄を果たし、国に帰ろうとする。
ところが自分の国は長い長い砂漠を越えた先にある。
男は兵士から奪った短刀だけを頼りに、それでも砂漠を突っ切ろうとした。
それきり男の消息はわからなくなっていた。
それから長い月日がたったある日、男の故郷の近くに住んでいる村人が砂漠に倒れている亡がらを見つけた。
ほとんど干からびていたが、その手にはがっちりとダガーを握っていた。
村人は亡がらを村に運ぶと、身元を調べてそれが先に述べた敵軍に捕まった男のなれの果てだと判明した。
男が握っていたダガーは脱出する時に兵士から奪った短刀が、砂漠を渡っているあいだに熱さのあまり曲がってしまい、擦り切れた手から血が流れ出し刀身も赤に染まったものだと言うことも判明した。
それを聞いても村人たちは信じられなかった。
今まで敵国からのルートで、砂漠を生きて渡りきったものなど1人もいないと言うのだ。
知らせを受けた故郷の婚約者は心底おどろいた。
きっと自分のもとに帰りたいがために執念で砂漠を渡りきり、あと一歩のところで力尽きたのだと。
形見にそのダガーを手渡された婚約者はそれを生涯大事にしたと言う。
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「それが……これだと?」
メウノは複雑な表情でダガーを指差した。店員はうなずく。
「ああ、今ではその国も滅んで、そいつはコレクターの手に渡った。
しかしウワサを聞きつけた魔法鍛冶が『こいつには秘めた力が宿っている』と言って高額で買い取ったそうだ。
そして海を渡り、はるばるうちの店までやってきた。
こいつはその伝説の品さ。名前も伝説にちなんで『ウェイストランド・サバイバル』と名付けられてる」
「ウェイストランド……サバイバル……」
メウノのつぶやきに店員は腕を組んでうんうんとつぶやく。
「こいつには愛に生きる男の生への執念が宿ってる。
もちろん実質的な魔法効果も宿ってる。
こいつさえあればどんな強力な魔物の攻撃をも防ぐことができるだろう。
もちろん攻撃に転じても威力はバツグンさ!」
「つべこべ言ってないではやくそいつを持たせやがれ!」
オヤジが文句たれると、店員は箱からダガーを取り出してメウノに渡した。
彼女は両手でそれを受け取り、胸の位置に押し付けた。
「ありがたくちょうだいします……」
感慨深げに瞳を閉じるメウノをよそに、コシンジュがまたしても文句たれる。
「ねえ~、それにも人の魂が宿ってんだったらさぁ~、オレの鎧にもまだギンガメッシュがついてるよねぇ~、オレやっぱこれ脱いでいい~?」
「うるさいなおめえはっ! いただきもんにいちいちケチつけんなよっ!
呪い効果はないってんだから信用しろってのっ!」
オヤジのツッコミに先ほどまで神妙な気持ちになっていたメウノ達はクスクスと笑った。
いまだしぶるコシンジュをよそに、他の3人はオヤジと若い店員に頭を下げた。
「今日は本当にお世話になりました。このお礼は必ずいたします」
ロヒインの感謝にオヤジは手を振ってこたえる。
「いいってことよ。おれもできるだけ役に立ちてえからな。
それに城のほうからたんまり謝礼をいただいてるから、おめえらのほうからは特にお返しはいらねえぜ」
「城のほうから? なんだかすみません」
「それほどお前らには期待がかかってるってことよ」
そして親父は真剣な目を向けた。
「うちの大事な品だ、絶対に粗末にすんなよ。
言ってることの意味はわかるな?」
ガンコな鍛冶屋のオヤジらしい、彼なりの心配のしようだった。
4人は真剣な目を向けて同時にうなずいた。
「そうだ、最後にひとつだけ。
城の王子がベロンに何やら品が送られたらしいんだが、あの国に住んでいる連中のタチの悪さを考えると、ひょっとしたら受け取ってないかもしれん。
もしそうだったら魔法伝書バトを使って知らせてくれとのことだ」
店員にうなずいて、4人は店先を出た。
しかし目の前の光景にあ然として足を止める。
「「「「ゆ~しゃさま~~~~~~~!」」」」
店の前は数えきれないほどの群衆であふれかえっていた。
目の前の建物からもギャラリーが顔を出している。もはやお祭りさわぎだ。
一部は肩を組み合って合唱している。
「「「「が~んばれが~んばれゆっうっしゃ~! が~んばれが~んばれゆっうっしゃ~!」」」」
「あは、あははは……なにこれ……」
コシンジュは引きつった笑いを浮かべることしかできない。
そんな中イサーシュが一歩前に進み出て手を振る。
コシンジュは後ろからイサーシュを蹴りつけた。
「お前じゃないっっ!」
「うるせぇさっさとおめえら消えやがれ仕事のじゃまだっっっ!」
直後コシンジュ自身が後ろからオヤジにけりつけられた。
その瞬間に観衆たちが一斉に静まり返った。
それでもしばらくしてまた歓声にわく街の人々を振り切り、巨大なアーチに向かうと兵士たちがたむろしていた。
「ハイハイ皆さんはここまで~! 先に進めるのは勇者さまだけですよ~!」
人間バリケードをつくる兵士たちにうながされ、コシンジュは恐縮しながら通り抜ける。
人が少なくなった門前を歩いていると、開けた草原の向こうに5つの馬が止まっていた。
そのうちの1頭のそばに、フード姿の見覚えのある女性の姿が見える。
「遅かったわね。ずいぶん待ちくたびれたわよ」
「本当についていかれるんですか?
もう一度言っておきますけど、本当に危険な旅ですよ」
ロヒインがフードの中をうかがう。表情はよく見えない。
これなら身元がバレる心配もないだろうが。
「当たり前じゃない。
このロイヤルフラッシュ盗賊団のハートプリンセスに狙われたら最後、誰も逃げられやしないわよ」
そう言ってヴィーシャはさっさと馬に乗ってしまった。
コシンジュ達もあとに続く。
ところが、メウノだけが馬に乗ろうとせずあたふたしている。
コシンジュは問いかけた。
「あれ? お前馬に乗れないの?」
「え、ええ。たいていは馬車で。馬に乗る練習はしたことがありません」
「しょうがないわね。ほら、手を貸しなさい」
ヴィーシャが手を伸ばすとメウノの腕を引っ張り、ものの見事に自分の後ろに乗せた。
「やめとけよヴィーシャ。
お前一応姫様なんだろ? 面倒事なんか引き受けるなって」
コシンジュの突っ込みにヴィーシャは空気を振り払った。
「あーダメダメ。
いっぱしのレディを男の後ろなんかに乗せられますか。
特に今もそうやって女装してる変態オカマなんかの後ろには……」
「お願いだから変態オカマって言うのだけはやめて!」
「なによ。事実じゃない。
女のフリして近寄るのは昔から変態って決まってんのよ」
「後ろめたい動機があって近づいたわけじゃないのに~!」
泣きそうなロヒインを無視して、4人は馬を歩かせ始めた。
前方には見渡す限りの大草原が広がっている。
先に森が見えてきたら、本当の旅の始まりだ。
この先、いったい何が待ち受けているのだろう。
新たなる仲間を加え、5人は不安と、それよりも大きな期待に胸をふくらませ、長い道のりを進んでいった。




