第6話 本当の出発~その5~
さすがに恥ずかしかったので、入口付近の兵士たちにはどいてもらった。
門の小扉を抜けると、そこはいつもの街の喧騒だった。
街の人々は今門を出た者たちが勇者一行だということを知らないらしい。
「さすがですね。
門を出るときに迷惑がかからないよう、うまく手回しされているようですね」
「ああっ! 今思うとメチャメチャゼータクしてた気がするっ!
今すぐあの中に戻りたい!」
コシンジュは巨大な門を振り返る。
イサーシュが空気の読めないツッコミをした。
「今さら中に戻れるわけないだろ。
だいいちこの城の者にあれ以上迷惑をかける気か?」
「なに言ってんだよお前、冗談に決まってんだろうが」
冷たく言い返すコシンジュ達の前に、1人の子どもが現れた。
「あっ! 勇者さまだっ!」
「なにっ!? 勇者っ!?」「えっ!? あいつらがっ!?」「なんだありゃ、子供までいるじゃないかっ!」
「あっ! バカっ! バラすなよっ!」
あたりを見回したコシンジュはあわてて子供に向かって人差し指を口に立てる。
しかし相手は子供なので容赦なくさわぎだす。
「わーいわーいっ! 勇者さまだぁーっ!
かっこいいなー! ぼくもなりたいなー!」
「相手にしちゃいけませんよ! さっさと鍛冶屋まで急ぎましょう!」
メウノのかけ声にコシンジュ達は早足でその場を通り抜ける。
騒ぎはどんどん大きくなっている気がする。
大通りを歩いていると、最初に抜けたときとは比べ物にならないくらい商店が大きい。
しかも1つ1つの店がとてもカラフル。
しかしそれを堪能する間もなく、コシンジュ達は急いで目的の店まで向かう。
その足が急に止まる。
目立つ店とは言われていたが、まさかこれほどとは。
表通りにあるとは思えないほど、小汚い店がまえ。土気色の壁はところどころ黒ずんでいる。
規模自体はほかの商店と同じぐらいだが、これでは表通りに構えるのはあんまりだ。
屋根にはおびただしい数の煙突が突き出しており、そこからもくもくと黒い煙が立ち上っている。
店の入り口は3つの両扉が開いていて、そのどれもが黒々とした闇に染まっている。
中からはやたらとカンカンという金属音が響いている。
「うわっ、これが本格的な鍛冶屋ってやつか。
いかにも超実用主義の初心者おことわり的な雰囲気……」
怖気づくコシンジュにメウノがやたらと背中を押す。
「と、とりあえず中に入ってみましょう。
騒ぎを聞きつけて押し寄せてくる人が来たらいけないし」
「なんだお前ら、全員この店に来るのは初めてか」
イサーシュは平然としている。まあそうだろう。
彼は立派な戦士なのだからこの店に来ることくらい1度に2度はあるはずだ。
普通に店の中に入ろうとするイサーシュに続き、コシンジュ達は戦々恐々として続いた。
「おらぁ、どけどけぇっ! 仕事のじゃまだ……
なんだイサーシュ、お前か」
ガタイのいい若い男がいきなり現れ、立ち止まってイサーシュに話しかける。
「久しぶりだな。国王一家から紹介状があって来た。オヤジはいるか?」
「当然だ。今日も相変わらずかまどの前にかじりついてるよ。
ところでお前、勇者一行に加わってると聞いたんだが……」
そして目線をコシンジュ達に向ける。そして疑わしげな目つきになった。
「こいつらが? まだガキと女の集団じゃねえか」
「おいおい、俺だって一般的にみればまだ小僧だ。見くびるなよ」
そう言ってイサーシュは男に鍛え上げられた胸板に拳を置いた。
男は豪快に笑う。
「ハハハハッッ! そりゃそうだ! 待ってろ、今オヤジを呼んでくる!」
若い男が奥に入っていったので、コシンジュ達はあたりを見回した。
屈強な男たちが立ち働いているなかで、多種多様な武器、防具が店内に所狭しと並んでいる。
「うぉぉぉ、これ見るとテンションあがる!」
「さっきはビビってたくせに反応変わりすぎでしょ……」
冷静に突っ込むロヒインを無視し、コシンジュは壁に立てかけられた武器に近寄り、視線をこらす。
剣、刀、槍や斧まで、すべて素晴らしい造形をしていた。
イサーシュが横に並んでそれらをながめる。
「すべていい仕事をしている。
だが俺たちが手にしている武器に比べれば、いま一歩力が及ばんだろう」
「棍棒、じゃなくてメイスの一覧はこのあたりか。
うん、使ってみたいけど俺の持ってるやつに比べたらごく普通の威力しかないんだろうな」
「用があるとすれば、王子の言うとおり補助武器しかありませんね。
特にメウノさんには投げナイフではなくメインの武器が必要になります」
ロヒインの指摘にメウノが申し訳なさげにうなずく。
「そうですね。たしかに投げナイフだけでは心もとない気がします。
至近距離に迫られても身を守れる装備を見つけないと。
ですが魔物相手にどこまで通用するか……」
「おーい、オヤジの許可が出たぞ。奥に上がれー」
若い男が奥から呼び掛けてきたので、コシンジュ達は言われたとおり中に入ることにした。
「あ、熱い……」
「黙ってて、相手は気難しい人なんでしょ?」
コシンジュを注意するロヒインも早くも汗をかきはじめていた。
4人はかまどの前まで連れてこられ、そろって簡素な椅子に座らされている。
かまどの前には背丈は小さいが屈強な男が立っており、こちらによく鍛え上げられた背中を見せつけている。
しばらく作業していた男だったが、ようやくこちらのほうに振り向いた。
長い髪をたらしてヒゲをびっしり伸ばしている。どちらも色が薄い。
「お前らか、神サンに選ばれたユウシャさまっつうのは……
イサーシュとやら、お前のことは知っとるがあとの顔は初めてだな」
眼光がするどい。
魔物に近い目つきだが、敵ではないのでよけいに怖かった。
オヤジは1人ずつにらみつけるようにしてコシンジュ達をながめると、最後にコシンジュのほうをじっと見つめた。
「お前かよ。
話には聞いていたが、まさかこんな年端もいかんボウズだとはな……」
「うっ。こ、コシンジュって言います……」
「コシンジュ? どっかで聞いたことがあるような」
いきなりとぼけたような表情になったオヤジに、イサーシュが答える。
「わが師チチガムの息子です」
するとオヤジは今度目をぱっとかがやかせた。
なんだか見かけと違って喜怒哀楽がはげしい。
「おお! お前がうちの常連さんの息子かっ!
あいついつも息子の自慢話ばかりしておるもんだからいっぺん会わせてみろと言っとったんだが、いつもこんな店に連れてくるような歳じゃないとぬかしやがる。
しかしまさか勇者になってこの店にやってくるとはな!」
がはは、と豪快に笑いながらオヤジは立ち上がってコシンジュの肩をポンポンと叩いた。
「まあ、ゆっくりしていけや」
「は、はい。そうします。あはははは……」
なんだかおっかなくて今すぐこの部屋を出たいとは言えなかった。
暑さのあまり干からびるのを覚悟しておかなければ。
すると突然、オヤジは真剣な目を向けた。コシンジュは一瞬ビクッとする。
「お前のいただきもの、いっぺん見せてみろや」
「は、はい!」
コシンジュは背中から棍棒を取り出すと、オヤジは少しだけ乱暴な手つきでそれを奪い取り、両手に取ってながめはじめた。
少しけげんな顔を見せたが、すぐに目を見開いた。
「こいつは……すげぇやっっ!」
「王子様の言うところ、こんな細かい銀細工をほどこせる職人はめったにいないそうですよ」
気を使って「この国には」とは言わなかったコシンジュであるが……
「がはは、言ってくれるぜ。どうせおれすらもムリって言ったんだろ?
まあ、くやしんでも仕方ねえ。こいつは神サンの武器だからな。
でもこの装飾に秘められてるのはそれだけじゃねえ」
「どういうことなんです?」
コシンジュが問いかけると、オヤジはヒザの上に棍棒をたてて細工を指差した。
「一見テキトーに見えるけどよ、このデザイン自体が、一種の魔法様式なんだよ。
これだけの細工をしとけば、天界の神サンたちの力を無限に引き出せる。
使い手の心持ち次第でいくらでもパワーアップできるもんなんだよ」
「あ、それでこないだガルグール殴り飛ばしたときにバカみたいな力を発揮したんだ……」
「それ、わたしも気付きました。
たしかに魔法陣のものと様相が似ています。でも複雑すぎてちょっと考えられませんでした」
ロヒインが口をはさむとオヤジなぜかギロリとにらみつける。
相手は思わずのけぞった。
「おめえの出番はまだだよ。今は黙ってろや……」
そう言ってオヤジは棍棒を少々乱暴にコシンジュの手に戻した。
あまりにぞんざいな扱いに少し納得がいかない様子で首をかしげるコシンジュを無視し、親父はイサーシュのほうに目を向ける。
「ユウシャのおトモにはやっぱりお前が来たか。どうだい調子は」
「なんとか。チチガム先生の教えのおかげで魔物相手にも存分に力を発揮できています」
頭を下げるイサーシュにオヤジは背中に背負った剣へと目を移した。
「別にそっちのほうはいいんだがな。そいつの使い勝手はどうだい」
さっそくイサーシュは背中の剣を引き抜いて、両手で持って差し出した。
刃物であるためか、オヤジもさすがにそれを丁寧に受け取る。
そして片手で柄を握ると、切っ先を上に向けてじっとながめはじめた。
「ほう、なかなか使いこんでるようじゃねえか。こいつを使って何匹の魔物を倒した?」
「それほど多くはありません。
まだ3,4度ほどしか襲撃されていません」
「定期的な手入れはしてるみてえだな」
「これほど立派な代物ですと、こちらとしても丁寧に扱わざるをえません」
オヤジはコシンジュ達のほうを向いて自慢げに刀身を指差す。
「こいつはこの王国が建国された時に作られた記念のシロモンなんだよ。
同じ剣があと4本ある。今は国王陛下と王子サマ、将軍サマと騎士団長が持ってる」
「そんなに貴重なものなんですかっ!」メウノが心底おどろいていた。
「そしてこの最後の一本が、勇者と一緒に戦うにふさわしい奴に与えられる。
イサーシュはまさにそれってわけだ」
するとオヤジはいきなり真剣な目をして、クルリと後ろを向いてしまった。
全員が首をひねるなか、いきなり剣を火の中に入れてしまった。
コシンジュが思わず叫ぶ。
「あっ! ちょっといきなりなにしてるんですかっ!」
「なに、このおれさまが王国一の鍛冶屋の名にかけて直してやるよ。
ちょっと待ってろよ。見違えるくらいにピカピカに仕上げてやる」
「ああ、時間がないのに……」
コシンジュ達はずいぶん待たされた。
全員が汗だくになりながら、時おり火から出していきなりトンカチで叩き始めた。
イサーシュを除く3人は甲高い音に耳をおさえ、トンカチから飛び出る火花にビビる。
一方のイサーシュはその工程を興味深くながめていた。
かまどとトンカチを何度も往復し続けたあと、最後にと石で削りながら何度も入念なチェックを行う。
その間コシンジュたちは耐えきれなくなって店先にまで戻って何度も水を飲ませてもらった。
そのたびに若い店員に「たくっ、だらしねえなぁ」としかられた。
ようやく終わったあと、さすがに待ちかねていた様子のイサーシュに剣を手渡す。
イサーシュは刀身に指をすべらす。
「さすがです。まるで見違えるようだ」
言うとおり、たしかに刀身は光の反射が強くなった気がする。
だけど見違えるようだというコメントが出るのは、相当のプロになってからじゃないと無理だとコシンジュは思う。
「感謝しな。それとできればこれからも定期的に鍛冶屋に修理を頼みな。
まあおれ以外の奴にここまでの仕事をするのはムリだと思うがな」
がはは、と笑ってようやくロヒインのほうに目を向けた。
「魔導師までまだガキかよ。しかも女じゃねえか。
大丈夫かよお前、こいつらの足を引っぱってんじゃねえだろうな」
相手が魔法で変身してるだけの立派な男だと言うことは黙っておいた方がいいだろう。
「ロヒインです。
今は勇者の村にいるキロンの魔導師、シイロの弟子をしております」
するとなぜかオヤジはしばらくぽかんとしていた。
と思いきや首をひねる。
「知らねえな。有名なのか?」
「は、はあ。一応北の大陸中に名が聞こえていますが……」
「ここのオヤジは一般常識にうといんだよ。
一日中ここに張り付いてるから世間のこともさっぱり知らない」
「イサーシュ。おめえおれのことを魔法オンチみたいに言うなよ。
こっちは魔法関連の武器も扱ってんだからそっちの知識もそれなりだよ。
どれ、専門外だがお前の杖も見せてみろ」
ロヒインは手にしていたステッキをわたす。
こちらのほうは少々乱暴だった。
「ふうむ。こいつ樹齢300年は経ってんな。はめ込まれた紫水晶もでけえ。
おめえさん師匠からいいもんもらいすぎじゃねえか?」
ギロリとにらむ親父にロヒインはあわてて手を振る。
「ま、まあそれだけの力を認めてもらってるということで……」
「フン、魔導師っていうのはいまいち気に入らねえな。
おれと一緒に仕事してる魔法鍛冶もいけすかねえ奴だがな。
けど魔物と戦うには欠かせない存在っていうから仕方ねえや」
そう言ってオヤジはステッキをぽいっとほおり投げた。
ロヒインはあわてて受け取る。ナイスキャッチ。
「まあとなりにいる僧侶のことはどうでもいいとして……」
「いやいやいや! 一番重要でしょ!
僧侶いなかったらケガをしてる時の面倒は誰が見てくれるのっ!?
オレ昨日もケガ負って治してもらったとこだよっ!?
無視しないで話くらい聞いてあげたらどうなのっ!?」
コシンジュのけたたましいツッコミに、オヤジはうるさそうに耳をほじくる。
「うるせえな。おれは僧侶っつうのはもっと苦手なんだよ。
ありがたい話を聞かせるフリして中身はすっからかん。
これほど世の中のために必要とされねえ仕事もねえや」
「違うから! メウノそういうのとは違うからっ!
どっちかっていうと治療が専門のお医者さんだからっ! 変なこと言わないで!」
「どうでもいい……私のことなんかどうでもいい……」
「メウノもそうやって異常なくらい落ち込まないで!
あと変なこと考えんなよ!? もうメウノはうちのパーティーに欠かせないくらい重要な存在になってるから!」
「あーだこーだうるせぇガキだな。
で、どうなんだお前らがここに呼ばれた理由ってのは」
「まさにそこだよ! うちのメウノだけいい武器持ってないからとっておきの品渡してあげて!
出来れば魔物におそわれても大丈夫な超強力な魔法武器!」
「……めんどくせえな」
「そこをなんとかお願いしますよ!」
「ったく仕方ねえな、おい、誰かいねえのかっっ!」
そう言ってトンカチでカンっと叩くと、先ほど何度もお世話になった若い男が現れた。
「お呼びっすか?」
「おめえの得意な武器は何だ?」
オヤジはメウノの目をまっすぐにらみつける。
メウノはあわてた。
「わっ、私の得意はナイフ投げです。
ですが一応普通の武器のあつかいも熟知しています」
オヤジは自分のヒザをポンッと叩いて、若い店員に呼び掛けた。
「よしっ! 2階の倉庫から『あれ』を持って来い!
一番豪華な箱に入れられてるヤツだ!」
「そんな代物を?」メウノが問いかけるとオヤジは不敵な笑みを浮かべた。
「当然だろ。我らが勇者さまは必要だってのたまってんだぞ?
だったらそれなりの品をわたすのがスジってもんじゃねえか」
店員が2階に行っているあいだに、オヤジは4人の身体をながめた。
ロヒインとメウノが自分の胸のあたりをおさえる。いや別にセクハラじゃないと思うんだけどな。
「それにしても、お前ら防具のほうはけっこうお粗末じゃねえか」
コシンジュ達は自分たちの服装をながめる。
たしかにそれなりの装備をしているとはいえ、勇者の村から持ち出した最低限の防御力しか発揮できない代物だ。
ロヒインはやや恐縮して問いかける。
「もう1つの相談というのはそういうことなんです。
出来れば魔物にも対抗できるよう、耐魔法効果のある防備品を用意してもらいたいんですが」
するとオヤジはアゴヒゲをおさえてうんうんうなずいた。
国王と違ってなんだか汚らしい。
「それでか、実は昨日のうちに城のほうから小包みをあずかってたんだ。
いっぺん中身をチェックしてほしいんだって言ってたが、どうやらお前ら向けに新調されたみてえだな」
するとオヤジはおもむろに立ち上がった。
「ついてこい。例の品は店先に置いてある。
話はそっちでつけようじゃねえか」
オヤジが部屋を出るのに4人はついていく。
実のところようやくこの部屋を出られると全員ホッとしていた。




