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第6話 本当の出発~その4~

「コシンジュ……起きて、起きなってばっっっ!」


 ロヒインに肩をたたかれ、コシンジュは肌触りの良い枕に顔をうずめる。


「なんだよ……せっかくいい夢見てたのに。

 チョーツエー魔物倒していい気分にひたってたところなんだから邪魔すんなよ」

「ハイハイ、それ多分昨日の現実だからさっさと起きる!」


 コシンジュはもう一度枕に顔をこすりつけ、しぶしぶ半身を起こした。

 そして途中で動きが止まる。


「……ロヒイン。お前何やってんだ?」


 見ると、ロヒインは再び美少女に変身してなぜかセクシーな半透明のネグリジェをまとっている。

 ピンク色の布地からは細かいデザインを(ほど)された下着が見えている。

 コシンジュの視線に気づいたロヒインは両手でほっぺたをおさえてイヤイヤする。


「やだぁ♡

 コシンジュったら昨日あんなにはげしくするなんて……コシンジュ、お・と・な……♡」


 言われた瞬間女装魔導師の腹に一発なぐりつけた。


「グフおおォォォッッッ!」

「……言っただろ。もうその手のいたずらはやめろって」

「うぉぉぉ、心は女ぁぁ、身体も一時的に女の子ぉぉ……」


 腹を必死に抑えるロヒインを無視し、コシンジュは昨日の出来事を振り返る。

 魔物を倒したあと、すぐに兵士たちが押し寄せ魔物たちのなきがらを運び出した。

 そのあといくつかの取り調べを受けた後すぐに城に舞い戻ってメウノに傷を治してもらい、そのまま寝込んでしまったのだった。

 ん? 何かを忘れているぞ?

 何やらとても大事なことを……


「ぬはぁぁぁぁぁぁっっっ!」

「なんだよびっくりしたな! いきなり叫びだしていったい何?」


 引きぎみのロヒインを無視し、コシンジュは両手で頭を抱えた。


「しまったぁぁぁっっ! 身体洗うの忘れてたぁぁっっ!」

「……それって大事なこと?」


 首をかしげるロヒインに対し、コシンジュは自分の上半身裸になっている身体をペタペタと触る。


「いやだぁぁぁっっ! 全身がベトベトするぅぅっ!

 今すぐ城の人に頼んでお湯わかしてもらわなきゃぁぁぁっっ!」

「ちょっとコシンジュ。いきなり裏声で叫ぶなよ。若干気持ち悪いよ?」

「すみませぇぇぇぇぇぇんっっっ!

 誰かお湯用意してもらっていいですかぁぁぁぁぁっっっ!?」


 突然ベッドから立ち上がり入口に向かって一目散に駆け出すコシンジュ。

 扉をあけっぱなしにして消えたのを見て、ロヒインは深いため息をついた。


「……先が思いやられるよ」





 そのあとあわてて身だしなみを整えだしたコシンジュ。

 途中召し使い(上半身裸だったので「まだお若いのにいい身体してますねえ、さすがは勇者」とほめられた、恥ずかしい)とともにまだネグリジェ姿のままのロヒインと遭遇(そうぐう)し、裏に連れ込んで「早く着替えろっっ!」ともう1回腹を殴りつけた。

 あ然とする召使いは当然のごとく無視する。


 そのあと仲間たちと合流する。

 メウノとイサーシュは同じ部屋に泊まったらしいが、「おいおい女性相手に同じ部屋に泊まるなよ」と言うとメウノがにっこりして「大丈夫です。どのみちみなさんと夜を過ごすのは慣れてますから」と言った。

 言ってることは合ってるが、なんか言い方を間違えているような気がする。





 下の大広間に出ると、国王1人が一行を出迎えた。


「昨日は大変であったな。まさか誰にも気づかれずに魔物たちが侵入してくるとは。

 これからは城壁の警備もきびしくしなければならんな」


 ロヒインは頭を下げた。


「お気遣いありがとうございます。

 ですがそれよりも気がかりなのは町の様子。

 どうでしょうか、町の人たちに混乱はみられませんか?」

「うむ、あまり大事にはなっとらんようだ。

 犠牲者(ぎせいしゃ)が1人も出ていないことが功を(そう)したようだ」


 すると王は思いだしたように眉をひそめる。


「そのことで、1つ相談したいことがあるのだが……」





 コシンジュたちは城の地下通路に通された。

 上階の白を基調とした美しい壁と違って、こちらはレンガが積まれただけの簡素な造りをしている。

 薄暗く肌寒いうえに若干ジメジメとしている。

 コシンジュがふと真横を見ると、ムカデらしき生き物が壁を()いずりまわっていた。


「ぬわぁ……」


 あわてて横に裂けるとイサーシュにぶつかってしまい思い切りにらみつけられた。

 コシンジュは不機嫌ながらも「ゴメン」とあやまった。


「こちらです」


 兵士に促され、王に引き連れられたコシンジュ達は鉄格子の前に並ぶ。

 その中には床に敷かれたむしろの上に、2人の男女の姿があった。


「ちょっとぉぉ、アタシ王族よ?

 普通上の牢獄(ろうごく)に押し込めるんじゃないの?」


 申し訳なさそうにかしこまるキメキに対し、ヴィーシャは壁に背中を持たれ座ったまま足を組む。長くてきれいな足だなオイ。

 王様は言い返す。


「残念だが、今のお主の身分はただの盗賊だ。

 話はすべて聞いておる。

 しかしヴィーシャ、お主もずいぶん大胆なことをしでかしたものだな。

 よりによって罪人に身を落とすとは」

「罪人?

 法律上はそうなっているかもしれないけれど、罪悪感はないわ。

 盗んだ相手は人の給料をしぼり取る悪人だけよ。

 今回ばかりは相手を見誤ったけど」

「フフフ。

 残念だが余はこの世に許される罪があるとは思っておらん。

 たとえどんな理由があろうとも、罪は罪というものだ。

 犯した罪は必ず(つぐな)わねばならんと思っておる」

「じゃあ何? アタシを罰するわけ?

 一国の王女が犯罪にかかわってたとなったら、ランドンとベロンの間で大事になるわよ」


 言われて国王はあごひげをおさえた。

 そして手を戻して告げる。


「平時であればそれも()さんが、魔王軍が迫っているとあればそう言うわけにもいかん。

 しかし、ただで牢獄を出すわけにもいかんな。

 誰かが何らかの責任を取ってもらわねば……」


 それを聞いたヴィーシャは目を見開き、すぐに大男のほうを向いて顔を戻した。


「ちょっと待ってっ! キメキはアタシが無理やり協力させたの!

 こいつに責任はない! 罰するならアタシを罰して!」


「姫さま……」キメキは感動のあまり言葉が続かない。


「なるほど、そう言うところはお主らしい。

 よかろう。ではどうやってお主は今まで積み重ねた罪の責任を取るというのだ?」


 するとなぜか、ヴィーシャはコシンジュ達のほうを向いた。


「みんな、アタシも一緒に旅に連れてって。

 魔王を倒す旅に、このアタシも連れてってちょうだい。

 一緒に魔物を倒させて」

「「「「なっっっっ!」」」」


 コシンジュ達はいっせいに声をあげた。

 どちらかといえばワガママなイメージが先行しているので、身を危険にさらしてまで人の役に立ちたいなどと……

 いや盗賊業を考えると同じか。


「いきなりなに言いだすんだよお前っ! そんなことできるわけねえだろっ!?」


 途中コシンジュははっとして口をおさえた。

 いちおう相手は王族である。一方でロヒインが言葉をつないだ。


「姫さま、我々は危険な旅に出ているんですよ? それも相当危険な。

 あなたは確かに腕が立ちますが、だからと言って公人であるあなたを簡単に連れてまいるわけにはいきません」

「出たなこのオカマ野郎!」


 ロヒインはあわてた。

 国王にちらりと視線を送ると、ヴィーシャは高らかに笑った。


「あはははっっ! 国王があんたの正体を知ってるなんてこっちはとっくにお見通しよっ!

 情報通の盗賊をなめないでちょうだい!」

「姫さま、できればこのことはあまり言いふらさないでください!」


 すると突然ヴィーシャは小悪魔のように不敵に笑った。


「あら、だったらお互い弱みを握られてるどうし、仲良く旅に出られるんじゃないの?」

「うぅっ、こいつ悪魔だ……」


 ロヒインは引きぎみに応えるが、他の3人は平然としている。

 ロヒインはあわてた。


「ちょっとぉぉっ! コシンジュもなんとか言ってよぉっ!」


 しかしコシンジュは頭の後ろで手を組んで口笛を鳴らす。


「んなこと言ったってそいつがバレて気まずいのはお前だけだしなぁ。

 むしろイタズラされなくなってこっちも助かるぜ」


 他の2人もうんうんとうなずく。

 ロヒインだけがそれを聞いてジタバタしだす。


「わかったよぉぉっ! 連れてけばいいんでしょ連れてけばっっ!」

「ちょっと待ちたまえよ。決めるのは余だ。お主たちではない」


 王が口をはさみ、そして姫をまっすぐに見つめる。

 ヴィーシャも見つめ返し、そのままお互い沈黙する。

 微妙に気まずい雰囲気が流れた。


「……少しだけのんでやろう。行けるのはお主の国、ベロンまでだ。

 それ以降は普通の王女として過ごすのだ。決して勇者たちのあとを追ってはならぬ」


 姫は最初不満げな顔をしたが、やがて思いなおしたのかヒザをたてて頭を下げた。


「つつしんで、お受けします」


 コシンジュ達4人は顔を見合わせた。

 とんでもない厄介事を引き受けてしまったものだ。





 上の階に戻ると、国王一家の残り3人がコシンジュ達を出迎えた。

 王妃が口を開く。


「おや、もうお発ちになるのですか? 早いものですね」

「ええ、昨晩のことがありましたから。

 これ以上皆さまにご迷惑をかけるわけにもいきませんので」


 ロヒインの言葉に王妃はうなずいた。

 一方その横にいた姫君が心配そうな顔でこちらに駆け寄る。


「みなさん、ヴィーシャお姉さまをお見かけしませんでしたか?

 今朝からずっとお姿を見ていないのですが……」


 どうやら事情を知らないらしい。

 王が彼女の横に進み出て、ふところから何かを取りだした。


「姫は朝早々に城を出た。こんな書置きをお前に残してある」


 ロヒインが進み出て、「一緒に読んでもよろしいですか?」と呼び掛けた。

 姫は心配そうにうなずく。

 女姿のロヒインをまだニーシェだと思い込んでいるらしく警戒していない。


「どれどれ……『前略、愛しき妹君へ。ごあいさつもせずに旅立ってしまってごめんなさい。

 でもそれというのも急ぎの事情があってのことなの。

 我が国は大陸の南にある。ゆえに先に魔王の侵攻を受けるのもこちらが先。

 だからいろいろ準備を進めなくてはならないの。

 だから、愛しいあなたともしばらく会えない。

 昨日、あのようにしてあなたのお顔をおうかがいに参ったのはそういった事情からなの。

 心配はいらないわ。

 わたしは必ず祖国を守り、いずれあなたの前に元気な姿で戻ってくるわ。

 それまでしばらく辛抱(しんぼう)してちょうだい。

 大丈夫、あなたにはご家族がついてる。きっとあなたの身を守って下さるわ』……」


 手紙を読み終わった姫君は、そのまま小さな胸に手紙をかき抱いた。


「お姉さま……」


 それを眺めながら、イサーシュはコシンジュにそっとつぶやく。


「ずいぶん準備がいいんだな」

「前もって手紙を用意したんだろ?

 多分ノイベッドの家を発ってすぐに街を出るつもりだったんだ」


 戻ってきたロヒインを迎え、一行は国王陛下に向かって横一列に並んだ。


「昨晩は本当に、お世話になりました。そしてご迷惑もおかけしました」


 一家全員が首をゆっくり振る。王妃がにっこりとほほ笑む。


「すべてが終わったら、またここに戻ってきてちょうだい。

 わたしたちはいつでもあなたたちを歓迎(かんげい)するわ」

「お姉さまにお会いになったら、どうかよろしく伝えてください」

「道中厳しいことになるだろうが、くれぐれも身を案じよ。

 決して無体なことはいたすでないぞ」


 姫と国王が続くが、最後に王子は首をかしげた。


「ところでお前たち、どうやって南に下る気だ。

 もしやここに来た時と同じ徒歩で行くわけではないだろうな」

「出来るだけそうしようと思っていたところですが、なにか?」


 ロヒインが答えると王子はしきりに首を振った。


「それはいかん。お前たち、急ぎの旅なんだろう?

 せめてベロンにつくまでは馬を使え」

「それはどうでしょう。馬を使えば彼らが危険な目にあいます。

 王国の所有される馬の命を粗末にはできません」

「そう思って、昨晩うちの将軍と検討した。

 お前たちには悪いがいい馬は使えん。

 それに馬たちには暗示魔法をかけておくことにした。いざという時はお前たちの制止をも振り切って城へと舞い戻るだろう。

 これでも不安か?」


 最後に王子はにやりと笑うと、ロヒインは頭を下げた。


「めっそうもありません。

 大変なお気づかい、まことにありがとうございます」


 鼻で笑った王子は次に(ふところ)から一枚の封筒を取り出した。

 封蝋(ふうろう)の丸い赤が目に焼き付いて離れない。

 ロヒインは両手で受け取るなり問いかけた。


「こちらは?」

「紹介状だ。

 お前たち、この城を出たら表通りにある鍛冶屋(かじや)に行け。

 わが軍もよく利用している最高の店だ。目立つ建物だからすぐに見つかるだろう。

 店主は少し気難しいが、勇者と聞けば喜んで手を貸すだろう」

「フン、今さら新しい装備など必要ない。俺にはこの剣さえあれば……」


 完全に上から目線で背中に目をやるイサーシュに、コシンジュがわき腹を小突く。

 たがいににらみあいになった2人を見て、王子は不敵に笑う。


「言ってくれる。武器は強力でも防具はどうだ?

 それに予備の武器もあったほうがいざという時役に立つだろう。

 悪いことは言わない。一度立ち寄っておけ」

「すみません、何から何まで」


 王子は少し目を伏せてロヒインに言葉を返した。


「俺も家族もお前たちのためにできるだけのことをしたいだけだ。

 出来ればお前たちの旅に軍の者を同行させてやりたいが、あいにくこちらも戦の準備をせねばならん」


 そしてまっすぐこちらをまっすぐ見つめた。


「……絶対に死ぬなよ」


 これにはさすがのイサーシュも、仲間にあわせてうなずいた。





 最後に国王一家にあいさつをした後、4人はそろって玄関を出た。


「「「「偉大なる神々に選ばれし勇者たちに、栄光があらんことをっっっ!」」」」


 すると広場に立っていた兵士たちがきれいな隊列を組み、中央のレッドカーペットに向かって様々な武器を上に持ち上げた。


「あは、あははははは……やっぱ苦手だな、これ」


 角のついた帽子をかきあげながら、コシンジュは恐縮ぎみに階段を下りた。

 兵士たちの隊列は鉄格子門の先の階段にも続いており、城の大門まで並んでいた。

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