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第6話 本当の出発~その3~

「……ぅらぁぁっっっ!」


 コシンジュは渾身(こんしん)の力を込めて棍棒を真横に振るう。

 しかし相手はその場を飛びあがりひらりとかわす。

 そうしたうえでコシンジュの真後ろに降りてくると、後ろ向きのまま後ろ脚で蹴りつけた。


「ぐはぁぁっっ!」


 にぶい痛みとするどい痛みが入り混じり、コシンジュは地面に倒れ込む。

 地面は先ほどお互いに叩き割ったガラスの破片だらけになっており、顔と腕に少しだけ突き刺さって小さな痛みが走る。


「あいだっっ!」

「ハハハハッッ! 坊やっ! そんな調子じゃこの先まともに進めないぞっっ!」


 コシンジュはグローブをはめた手を地面に押し付け、なんとか立ち上がる。

 顔に突き刺さったガラスの破片より、背中のほうがよっぽど痛い。

 きっと鋭い爪が突き刺さったせいだろう。コシンジュはつぶやいた。


「くっ! 出た、名誉の負傷第1号……」


 振り返り、相手をにらみつける。

 ガルグールは余裕たっぷりだ。

 そう言えばさっきから石化能力をさっぱり出してこない。相手の身のこなしが早すぎる上、いざという時は羽根を使って空を飛んでいるせいだ。


「恐ろしいな、魔物の体力っていうのは!

 たしかにお前の言うとおりデーモン族って言うのは恐ろしい種族だ!」

「当然だ。

 オレたちは魔族、人の能力を超えた存在。その上強大な魔力まで持ち合わせている。

 オレは防御に(てっ)した能力だが、もし相手が魔法攻撃を使いまくるタイプだったらこれごときではすまんぞっ!」


 コシンジュは棍棒を前に構える。

 相手の動きがすごすぎて、自慢(じまん)の鉄壁の防御すら引き出すことができない。

 どうすれば相手の身体に棍棒を叩き込むことができるんだろう。


 そう言えば、とコシンジュは思い返す。

 イサーシュは、どうやってあれほどの素早い動きができているんだろう。

 たしかにあいつの身体能力は人間離れしている。

 しかしそれだけではあの風の動きをまとったゴッツにまともについていけている説明にはならない。

 コシンジュはイサーシュの動きをよく回想してみた。


 そして思いついた。

 あいつはいつも、相手が何か行動を取ろうとする前に素早く動いていた。

 まるで相手の動きを予測するかのように。

 一見するとむやみやたらと突っ込んでいるようにも見えたが、それだけではあんな華麗な動きまでは取れない。


 コシンジュははっとした。


「……ああっ、くそっっっ!」

「いきなりなんだよオマエ」


 いきなり叫んだコシンジュに対し、ガルグールがその場の雰囲気も忘れてツッコ込んだ。

 そうしているあいだにコシンジュは地面を踏みつけて悔しがった。


「そうだよっっ! オレとんだ下手くそだよっっ!

 下手くそすぎてまともな戦い方もできてなかったっっ!」

「いきなりなにを言いだしやがる?

 言っておくが、お前が弱いのはあくまでまだ年端(としは)もいかねえガキだからだよ。

 大の大人だったらもうちょっとまともな立ち回りができるかもしれねえしな」


 なぜかまともなアドバイスをしてくれるガルグールに対し、コシンジュは首を振った。


「違うよ。全然違う。

 だとしたら神様はオレなんかにこの棍棒を渡してくれなんかしない。

 パワーだけだったらこの武器の威力だけで十分だからな。問題はそうじゃなかった」


 そう言ってコシンジュは棍棒をクルクル回転させながら、真横に振りかぶった。


「敵ながら礼を言うぜ。オレ、もう少しでレベルアップできそうだ」


 にやりと笑うコシンジュに対し、よくはわからないがガルグールは怒っているようにも見える。


「調子に乗るなよクソガキ。

 レベルが上がる前にお前を踏みつぶしてやる。だいたいオレ様から防御能力を引き出せないお前に一体何ができるってんだ……」


 コシンジュは片手だけを前に出して、ちょいちょいと手招きした。


「だから早くこいってんだよ。

 レベルアップしたオレの能力を見せてやるよ」

「ぬかせぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 ガルグールはその場を飛びあがり、両足の爪を上から付き立てようとした。

 コシンジュはひらりと身をかわすと、その姿勢のまま片手で棍棒を振り上げた。

 鋭い爪をもつガルグールの片足が小さな光とともにはね飛ばされる。


「あいだっっっ!」


 ガルグールは地面に着地した。ダメージは軽かったらしい。

 こちらを振り向くなり、敵の視線がちらりと横のガラスケースに向いた。

 あ、これやばくね?


 相手は爪を突き立ててガラスをたたき割った。

 その瞬間破片がこちらへと向かってくる。


「わぁっっ!」


 コシンジュは顔を伏せて飛んでくるガラスの雨を防ぐ。

 ちくちくするが深刻なダメージにはならない。それよりこの動きのせいでスキができてしまったはずだ。

 相手の気配が迫ってくる。

 以前なら若干パニックになっていたが、コシンジュはビビらなかった。

 その場にヒザをつき、斜め上に向かって棍棒をふるった。

 その瞬間に激しい閃光がひらめいた。


「グホァァァァッッ!」


 目を開くと、斜め上方向に向かって手足を投げ出したガルグールが飛ばされていく。

 コシンジュは立ち上がり、目の上に手をかざしながらつぶやいた。


「場外とまではいかねえみてえだな……」


 ガルグールはホバリングしながら窓際の少し前に着地した。

 しかし無傷とはいかなかったらしく、その場にヒザと片手をついてこちらをにらみつけた。


「くそっ!

 キサマいつの間に身のこなしがよくなったんだっ!? おかしいだろっっ!」

「だから言っただろ。オレ下手くそだったんだって。

 いっぱしの戦士ってのは、相手の動きを見てある程度のパターンを覚えるけど、オレはそんなことすらしてなかったんだって。

 イサーシュやロヒインにできて、オレにだけできねえわけねえだろうが」


 肩で棍棒をポンポンしながら近寄るコシンジュ。

 対してガルグールは立ち上がり、小さな声で笑い出した。

 コシンジュは不快な顔つきになる。


「いきなりなに笑いだしてんだよ」

「クククク……、未熟な戦士に戦い方を伝授してしまったとはな。

 仕方がない、こうなったらあの手を使うか。こんな手はあまり使いたくなかったんだがな……」


 すると、相手は突然身構えた。

 途端にその体表が堅くなる。


「岩の彫像(ちょうぞう)ガルグールっっ!

 貴様にこの鉄壁の防御を破れるかっっ!」


 コシンジュはとぼけた顔で何も言わない。

 やがて額を手でおおってあきれたように首を振った。


「……お前、アホだろ。

 そんな防御ばっかやってたら他の連中がやってきてあっという間に囲まれるぞ」


 そう言っているあいだに相手の防御が解け、するどい爪が振りかぶられた。

 コシンジュは「うわぁぁっっ!」と叫びながらあわててそれをかわす。


「ハハハッッ! 油断しているとこうなってしまうぞっ!

 いつまでこのにらめっこを続けていられるかなっ!?」


 コシンジュは棍棒を振るおうとした。

 しかしその瞬間に相手は再び彫像と化し、まんまとそれにかち合ってしまって棍棒が跳ね返ってきた。


「ぬわぁぁぁっっっ!」


 コシンジュは一回転しながら地面に倒れる。

 そうしているあいだにガルグールが足の裏をコシンジュに向けてうちおろそうとした。

 あわてて斜め方向に転がって立ち上がる。


 そこからはもうただのにらめっこだった。

 棍棒を振ろうとすると、相手は硬化する。

 武器を降ろそうとすると、相手は硬化を解いて攻撃を仕掛けようとする。

 しばらくそのやり取りが続いた。


「コシンジュッッ!」


 ロヒインの声が聞こえて振り返ろうとしたが、ガルグールが攻撃しようとしてきたので断念した。

 声だけをロヒインに向ける。


「来るなっ!

 こいつの防御は完璧だっ! 下手な攻撃をしたらこっちがやられるぞっ!」


 そしてそのままにらみあいになる。両者、まったく動かない。

 そうした雰囲気になったとたん、突然ロヒインが叫びをあげた。


「コシンジュッッ! キミはアホかっっ!」


 不意をつかれたコシンジュは首を振り振りさせるが、やがてロヒインが続けた。


「キミはわかってないなっ! その棍棒は神様がくれた武器だよっっ!

 たかが魔物1匹相手に防ぎきれるような代物じゃないだろっ!

 悪いとしたらキミの腕の問題だっ!」

「もしそうだとしても、どうやって力を引き出せばいいんだっっ!」


 ガルグールを向いたまま反論すると、ロヒインが一言だけ叫んだ。


「『振りかぶれ』っっっ!」


 それを言われて、頭にピンと来るものがあった。

 そうか、あれなら使える。

 コシンジュは真横をむき、棍棒を振り回しながら真横に構えを取った。

 ガルグールはその場を動かずにつぶやく。


「なるほど。真っ向勝負ときたか。

 だがいくら神の武器とはいえ、使い手はしょせん年端もいかない小僧だ。

 このオレの防御を崩せる攻撃を繰り出せるはずがない」

「それが本当かどうか、確かめてやるよ……」


 コシンジュはたっぷり息を吸って、神経を研ぎ澄ませた。

 相手はそのあいだもこちらの様子をうかがっている。

 少しでも動けばかえってやられると踏んだのだろう。それならそれで好都合だ。





 片足を浮かせ、棍棒を思いきり振りかぶった。

 思いきりあげた脚を地面に踏みつけ、力の限り横方向に棍棒をなぎ払った。





 目の前ですさまじい閃光が起こり、コシンジュは目をギュッとつぶる。

 その瞬間にガルグールがすっとんきょうな声をあげた。


「ヌガァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!」


 光が消えると、目の前で信じられない現象が起こっていた。

 木の床をバリバリと削りながら、ガルグールの重いはずの身体が真後ろへどんどん引きずられていく。


 ドシン、という音をたてて真後ろにあった壁にぶつけられる。

 するとガルグールとほぼ同じ大きさの光がそこに現れた。

 と思いきや、壁が崩れて外の光景が丸見えになっていた。

 それだけではなかった。ガルグールの全身がそのまま斜めをむいて倒れそうになる。


「うぅぇっ!? あれっ? あれっ!? うそぉぉぉぉぉぉんっっっ!」


 首をしきりに動かしながら必死に体勢を戻そうとするが、力及ばず岩の魔物は外へと落っこちてしまった。


「……ウソだろ?」


 振り切った姿勢のままコシンジュはつぶやく。

 ロヒインの叱咤(しった)がひびいた。


「何やってんだよっ! 今がとどめのチャンスだよっ!」


 現実に引き戻されたコシンジュはロヒインにうなずいて、その場をまっすぐ駆け抜けた。

 上体を低くして窓際を飛びあがると、真下に向かって棍棒の先を突きつけた。

 一瞬すべての重力から解放されたコシンジュは、ふと前方に視線をこらす。

 何かが見えたような気がしたが、あわてて視線を戻す。


「うぅ……うそぉぉぉんっっっ!」


 そこには人の形を成していないながらまぬけヅラをさらすガルグールがいる。

 コシンジュはちょいと棍棒を振り上げ、渾身の力を込めてそのまぬけヅラにそれを叩き込んだ。


「げのむぅっっっっっっ!」


 閃光とともにまんまと頭部に一撃を食らったガルグールは、間抜けなツラをさらにゆがめ、フラフラしながら地面に激突した。

 ドシンという震動がその場にひびく。

 ガルグールの強固な身体に乗りかかっていたコシンジュは反動で軽く吹き飛ばされるが、うめき声をあげながらもなんとか立ち上がる。


「……強敵を倒したコシンジュ。大幅にレベルアップ完了……」


 言いつつ先ほどの光景がなんだったのか思いだそうとして、コシンジュは前方に目を向けた。


 月明かりにうっすらと照らされて、一面の芝生が美しい青緑に染められている。

 仲間たちが駆けつけて呼び掛けてくるが、コシンジュはそれに気づかずしばらくそれに見入っていた。

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