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第1話 旅立ちっぽい展開~その3~

 コシンジュとイサーシュは、いまだにイチャイチャし続ける両親をしり目に家を出る。

 のどかな田園風景を歩き続けていると、向こう側から誰かがやってきた。


「おーい、コシンジュとイサーシュじゃないかー」


 大手を振ってやってくる人物に、イサーシュも声をかける。


「おお、『ロヒイン』じゃないか」


 2人の手前までロヒインがやってきたところで、イサーシュは上機嫌な顔を向ける。

 それに対しコシンジュはなぜかそっぽを向いて顔をしかめる。


「どうしたんだよコシンジュ」

「だってもどうもねえだろ!

 見ろよ! 『ロヒイン』って言うからアナグラム的に普通美少女が出てくると思ったろ!

 ところがどっこい実際はどうだよ!」


 そう言って指を差すコシンジュの指摘はもっともである。指を差された相手は、

 どう見ても男である。


「しかも女みたいな童顔だったらまだいいよ!

 いくらあどけないからって、間の抜けたような顔しやがって! 妙に髪も薄いし!」


 たしかにロヒインは子供のような顔つきをしているが、まるで神々に手を抜かれたかのような簡素なつくりをしている。

 立派な魔術師のローブをまとっていなければ『アレな人』だとカン違いされてしまうに違いない。


「さっきから何を言っている?」


 現実から逸脱(いつだつ)したツッコミをするコシンジュを、イサーシュは理解できないでいる。

 それををしり目にロヒインは、怒ることなく何やら手持ちのステッキをかかげてブツブツと何かつぶやいている。


「いいよ! オレがいつもそんなツッコミをするたびにそんなマネしなくて!」


 しかし時遅く、ボンッというかなり大きな音を立てて、ロヒインの全身を霧のようなものがおおいはじめた。


「……これでいいかしら? 村の勇者さん♡」


 そこにいたのは先ほどの間抜けヅラではなく、目も見張らんばかりのまばゆいかがやきを放つ美少女が立っていた。

 かわいらしいしぐさでステッキを後ろにやり、コシンジュの顔を(のぞ)き込んだ。


「だからそうやってヒロインをむりやり促成栽培(そくせいさいばい)しなくていいんだよっ!」


 するとロヒインはピョンととび跳ねて人差し指をたてた。


「コシンジュ君、残念ながら世の中はそう都合のいいようにいかないんだよ。

 これから出てくる仲間たちもひょっとしたら全員男かもしれません。これが現実、というものです」

「ちきしょう!

 どうせ主人公パーティの年齢を低めに設定するんならもうちょっと夢を見させてくれ!」


 そう言って髪をかきむしるコシンジュ。


「お前らさっきから何わけのわからないこと言っているんだ?」


 イサーシュは現実的なことしか言えない。





 気を取り直して、3人は横一列に道を歩き始めた。

 コシンジュの右にはいまだに超絶美少女が並ぶ。


「おいロヒイン、元の姿に戻れよ」

「残念だけどこの変身魔法、下手すると長時間もつよ。

 その方が目の保養になるでしょ」

「中身はまるっきり男なんだけどな!」


 非現実的な会話を置いて、イサーシュが感慨(かんがい)深げにつぶやく。


「それにしても、先ほどの変身、見事だったぞ。

 さすがはシウロ先生の直弟子だけはある」


 ロヒインはこの村の出身ではなく、さる王国から静養にやってきた大魔導師に(ともな)ってきた弟子である。

 といってももうずいぶん前の話になるので、今では師弟ともにすっかり村人同然となっていた。

 ずっとこの村で育ってきた2人ともすっかり打ち解けている。


「いいえ。

 イサーシュさんこそ、チチガム先生に迫るほどの腕前になってきたともっぱらの評判ですよ」


 たがいに()め合う2人。基本的にイサーシュはカタブツなのでジョークが通用しない。

 そのためコシンジュとロヒインは差しさわりのない会話しかすることができないでいる。

 コシンジュはめんどくさい奴だと思っているが、彼女……じゃなかったロヒインの女装野郎はどう思っているのだろう、と感じることがある。


「くくく、()められて悪い気はしないな」


 それでもって自意識過剰(かじょう)にずうずうしいのがよけい腹立つ。


「まあ、こっちの勇者の血を引いていながら剣の腕がいまいちさえない、このなんちゃって御曹司(おんぞうし)よりはマシかもしれんがな」

「ぬあにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!?」


 当然烈火のごとくブチ切れるコシンジュ。

 人を小バカにする時だけ妙に口が達者になるのがさらに腹立つ。

 さすがのロヒインもフォローにまわる。


「言い過ぎですよ。

 まあ言ってることは事実にしても、それを本人の前で堂々と言うのはどうかと思いますが」


 前言撤回(てっかい)


「それにしてもコシンジュ。本当に道場に行く気?

 やめておきなさいよ。みんなの前で赤っ恥なんかかきたくないでしょ?」

「うるせぇっっ! オカマにはマジ関係ねえ!」


 本当にオカマなのかどうかはわからないが、毎度のごとく自分の前で変身するのは妙に意識されているような気がする。現在同性愛者疑惑浮上中。


「いや、それよりも……」


 ここでなぜか、ロヒインは急に立ち止まった。2人が遅れて振り返る。


「どうしたんだよ」

「コシンジュ、まじめな話していい?」


 美しい顔を(ニセモノだが)妙にゆがませて、彼(女)は真剣な目を向ける。

 コシンジュはこれまでの流れが台無しになりそうな気がして不自然なほどおどけた。


「おい、待てよ待てよ。

 大事な話になりそうな展開って、この物語的にはマズいんじゃないのか?

 いちおうメタ要素アリのギャク路線で突き進むってコンセプトなんだろ?」


 そう言ってはみたものの、相手のほうは一切口を開かない。

 お、これはひょっとして「なんて冗談でした基本的にこの物語はギャグ一直線でお送りしていきます!」なんて言われてオレがコケる流れだな、とコシンジュはとりあえず身構えてみる。


「なんて冗談でした……っていうところが冗談でした!」

「そう来るんかいっっっ!」


 おかげでのけぞり方が通常の2倍以上にまでなってしまった。


「コシンジュ……」


 異様なほど切羽詰まった顔で、ロヒインはコシンジュの目前まで迫る。

 美少女っぷりがよく堪能(たんのう)できるがダマされてはいけない。


「コシンジュ……まじめに話を聞いて」

「え、マジ? これマジな展開?」


 なぜか自分の顔を指差すコシンジュの肩に、ロヒインは手をかけた。


「いい? もしこれが本気のギャク展開にする気だったら、最初っからもっとぶっ飛んだ初期設定になってるよ。ベタなギャクとメタフィクションネタで笑いのマージンをひたすらかせぐようなサブい内容なんて、他にもゴロゴロ転がってるでしょ?

 だいたいそれっぽいネタ展開を期待して読んでたんなら、うすうすカンづけよ! あと作者は人付き合いが苦手のコミュ嫌いで超インドア派なんだから高度なギャグセンスとか期待するなよ!?」

「え、あ……うん」


 妙に強調するロヒインのまっとうな意見にはうなずかざるを得ない。


「ちょっと聞いてもいいか?

 お前らさっきから妙な専門用語ばかりしゃべっているが、俺はその意味を聞いちゃいけないのか?」

「ダメです。イサーシュのキャラコンセプトは基本的に現実キャラなので、こういったメタ展開は原則放置プレイです」


 ロヒインの発言にイサーシュはますます難しい顔をして「はぁ?」と言うしかない。


「わかった……おふざけはひとまずおいとくことにして、真面目に話を聞くよ」


 コシンジュの返事にロヒインはうなずいて肩から手を下した。


「キミ……これでいいの?」


 コシンジュは一瞬首をかしげた。それを見た彼女(あえてこう言う)は深いため息をつく。


「コシンジュ。このままお父さんの仕事を継いで、それで将来的に食べていけると思っているの?」

「食べていけるも何も、それがオレの家の代々の伝統だろ?

 まあオレもまんざらじゃないけど、だいいち歴代の当主の中にはオレよりよっぽど弱い奴だっていたんだろうし」

「その人って、よっぽどしんどい人生を送ってきたんでしょうね」


 額を手で押さえるロヒインに、コシンジュは詰め寄った。


「どういうことだよ」

「伝統って、そんなに大切?

 勇者の家系を命がけで守らなきゃいけないことって、そんなに重要なことなの?」


 次の瞬間、コシンジュは今日一番の怒りを見せた。


「……なに言ってんだよっ! お前ホントになに言ってんだよっ! 大切に決まってんだろうがっっ! 

 こっちのプレッシャーを知りもしないでよくそんなことが言えるよなっっ!」


 勢いよくツバが飛ぶが、相手は見せかけの女なので関係ない。

 相手は顔をしかめ身じろぎする。


「確かにオレ自身が望んでることもあるけどさ! 歴代の当主の中にもそう思った奴はいただろうさ! 

 だけど結局は誰もそのワクを外れなかった!

 結局は自分に課せられた使命を全うして人生を終わらせたんだっっ!

 今さらオレだけがその道から外れるなんて、そんなバカなまねできるわけねえだろっっ!」


 そこへイサーシュが口をはさむ。


「ロヒイン、なぜお前のような奴がそんなことを言う? 何かあったのか?」


 ロヒインはさみしげな笑みを浮かべてイサーシュに首を振った。


「わたしは、自分の意志で魔導師の道を選んだんです。

 弟子入りも通常より遅れましたし、両親にも反対されました。

 それでも、わたしはどうしても魔法使いになりたかった。

 結果的に成功しましたが、そうでなかったとしても後悔(こうかい)はしなかったでしょう」


 聞いている。通常魔導師の修業を始めるのは10歳未満から。

 一応戦争で命をかける可能性もある職業なので、反対する親も多い。

 そのため適齢期(てきれいき)以上の年齢で修業を始める者も多いのだが、ロヒインほど成功するのは非常に珍しい。


 そんな困難を、ロヒインはずば抜けた記憶力と理解力、人並み外れた昼夜の努力で乗り切った。

 コシンジュより3歳しか離れていないが、今では王国に名が知れ渡るほどの魔導師として先日満を持して師の認可を受けたことは、認めざるを得なかった。


 コシンジュにはようやく彼(女)の言っていることが理解できそうな気がした。

 ようは自分の道は自分で選べ、そう言うことを言いたいんだろう。

 ようやく首を振ることができた。


「だったらなおさらあきらめることはできない。

 オレだって、オレだって勇者はあこがれの存在なんだ。

 お前がそう言うんだったらなおさらあきらめきれない」

「本当に? 使命を押し付けられて何となくその気になってる、そういうところは全くないわけ?」

「んなもんありえねえよ」


 こういうシリアスな状況だけ、コシンジュは相手のまばゆいばかりの美少女をながめることができた。

 困ったような顔も、いまでは悪くないと思える。


「わたし、心配なんだよ。

 コシンジュ、家のしきたりの重みに負けて、自分をごまかしているだけなんじゃないかって。

 そういうものを取っ払えば、コシンジュももっと自由に生きられるんじゃないかって、そう思うよ?」

「自由ってなんだよ。自由自由って言うけど、一体何をさして自由だなんて言えるんだよ。

 オレにはその定義がいまいちよくわかんねえよ」

「俺もコシンジュの意見に賛成だな。

 俺とロヒインも一見自らの望んでいる道に恵まれているとは思うが、逆にいえば自らの才能に(しば)られているだけなんじゃないかと思うけどな」

「物語の内容にふさわしくない、高尚(こうしょう)なご意見、大いに参照させていただきます」


 ロヒインは軽く頭を下げた。イサーシュは少し首をかしげた。





 気を取り直して道を進む。しかしその足取りはなんとなく重い。

 特にコシンジュは何やら深く考えているようだった。


 ロヒインのことが(ひび)いているからではない。

 自分が勇者になりたい、そう言う願望を持っているのは神様に(ちか)ってでも間違ってはいない。

 勇者はカッコいい。チョーカッコいい。勇者以外の人生なんて他にありえないくらいカッコいい。


 でも、ロヒインの言っていること以外の意味で、勇者以外の人生を選ぶのは、確かにあるような気もするのだ。

 最近、イサーシュとの力の差を考えるようになった。

 このまま逆立ちしてもイサーシュより強くなれるとは思えない。彼より倍の量練習しても、せいぜい彼に近づくか近づけないかくらいだ。

 なのに自分は必死で剣の腕を磨き続けている。今のところは生まれつきの負けず嫌いで何とかもっているが、ひょっとしたらひょっとすると、そのうち練習に身が入らなくなるのかもしれない。


 そうなってくると、そのとき自分は本当に勇者以外の選択をするのではないか。イヤでもそう思ってしまう。

 今の感覚からすると、それを当然のごとく受け入れてしまうようになった自分と言うものが、恐ろしく感じられるのだけど……


 ダメだダメだダメだ!

 何考えてる!? オレまだ14だぞ!? 今から人生達観してる場合か!?

 妙に悟っちゃってどうするよ!?


 そう思い悩みながら両手で頭を押さえて首を振っていると、ロヒインが感慨深げに声をかけた。


「どうかした? 今頃になって、わたしの言葉がひびいてきた?」

「違うだろ。どうせひょっとすると将来勇者の道をあきらめて、ただのどうしようもないおっさんに変わり果てるかもしれない。そんなことを想像してんだろ?」


 よりによってイサーシュの奴に言い当てられた!

 コシンジュは彼に見えない角度に振り返りこぶしを握る。ていうかロヒインわざとそういうふうに会話もってきてるだろ!


「まあ今の年齢から真剣に考えるのも悪くないでしょう。いくらでも時間はあるんですから」


 この野郎(正しい表現だな)! あとでオカマにとってデリケートな悪口を100ぺんぐらいぶちまけてやる。ていうか本当にオカマじゃなかったら効き目ないんだけど。あとよく考えたらそんなにレパートリーないし。


 そんなくだらないことを考えながらトボトボ歩いていると、道の先にある小高い丘の向こう側から小さな何かが飛んできた。

 見覚えのある黄色と青のあざやかな鳥だ。


「あ、先生のインコだ。何があったんだろう」


 ロヒインが何気なく手に乗せると、インコが流ちょうな言葉でしゃべり始めた。


『また変身魔法を使っておるのか。よっぽど気にいったと見える』

「見苦しいところをお見せして申し訳ございません」


 そう言ってロヒインはインコに頭を下げる。

 別にこのインコが特別IQ高いわけではない。

 インコを介して、シウロが遠距離で直接連絡を取れる魔法をかけているのだ。なんてチョー便利な魔法。


『そんなことはどうでもいいんじゃった。

 ちょうどイサーシュもおるようじゃな』

「ごぶさたしております、シウロ先生」


 イサーシュが頭を上げたところで、先生がとんでもないことを言い始めた。


『2人におりいって重要な伝達がある。実は魔王軍がやってきた』


 3人が沈黙する。えっ、突然なに言ってんのこの人。


『いや、だから“魔王軍がやってきた”んだって。

 でこの村を真っ先に(おそ)いにやってきたの』


 だからなに言ってんのこの人。ひょっとしてお歳のあまりオツムが……


『まじめな話してんだって。ひょっとしてボケちゃったとか思ってる?』


 あら、違うの? じゃあこれってホントの話?


「「「……ぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええっっっっっっ!?」」」


 ちょっとなに言ってんのこの人突然!

 いきなしすぎて3人でハモっちゃったよ!


『まじめにいっとんのに。なに必要以上にびっくりしちゃってんの』

「先生があまりに緊迫(きんぱく)感のない言い方でそんな重要なことをおっしゃるからです!」


 ロヒインがありえないほど取り乱している。

 常日頃落ち着きまくっているコイツがここまでの表情になるなんてほんとに珍しい。


『ワシがあまり緊張感のないキャラだって知ってるじゃろ』

「知っててもさすがにその情報にはあわてふためくのが普通でしょ!

 どんだけオトボケキャラなんだよあんた!」

『師匠に向かって偉そうな口ききやがって』「ごめんなさいっ!」


 ロヒインは間髪いれずあやまった。

 イサーシュがここで口をはさむ。


「なぜ突然その情報が?

 しかもなんでまたこの村に」

『この村を襲うのは、当然勇者の村だからじゃろ。

 奴らは勇者の出現を一番に警戒しておる。そこで優先的に、この村を攻めることにしたんじゃろ。

 軍勢も数少ないが、かなりの精鋭がそろっておる』

「なるほど、大軍勢を用意したいのならしかるべき場所にしかゲートを開けませんが、少人数ならそれなりにいろんな場所でゲートが開けますからね。

 それで先生も気づくのが遅れたんですね」

『あ……いや……』


 なぜか口ごもるインコ。コシンジュは首をかしげた。


『実は……あまりに突然で意外すぎて気付くのが遅れた。

 もう村のだいぶ近くまで迫ってきておる』

「おそっっっ!」


 思わず口走るコシンジュ。


「それはまずいですね。

 急いで道場のみんなやチチガム先生に伝えないと」

『いや、そちらのほうは大丈夫じゃ。

 道場のほうにはもうワシが伝え説いた。チチガムの奴はどこにおる?』

「まだ家だと思います。何をやってるかは……想像したくありません」


 コシンジュはつい5人目をつくるための作業を想像してしまった。イヤだ……


『まったくあいつは。昼間っから何をしておる。奴の道場はイサーシュでもってるようなもんじゃぞ。

 そんなことはいい、ロヒイン、急いでワシのもとに来るのじゃ』

「わかりました! すぐ向かいます!」


 そう言ってロヒインは走り出した。

 インコがすばやく飛びのいて、今度はコシンジュの肩に乗っかる。


「じゃあ2人とも、またあとでっっ!」


 若き魔導師が去った後、インコがイサーシュのほうを向いた。


『イサーシュ、“お前は急いで勇者のほこらへ向かえ”。

 数百年ぶりにようやくあの武器の出番がやってきたようじゃ』


 言われた瞬間にコシンジュは雷に撃たれたかのようになった。


 高名な魔法使いは、勇者の子孫にはなんの期待もかけていないのだ。


 あ然としている間に、インコは素早くその場を飛び去ってしまった。

 コシンジュはあわてて手を伸ばす。


「あっ! 待ってっっ!」


 空をつかんだ手をゆっくり下ろすと、イサーシュが妙に真面目な口調で声をかける。


「そういうことだ。

 チチガム先生はともかく、もう1人の大先生は現実をよくわかっていらっしゃるようだ」


 コシンジュは言われて、さみしげな視線を送る。

 相手は小さく首を振った。


「何も言うことはない。ただお前の出番だってなくはないはずだ。

 お前は急いで仲間のもとに向かい、敵の襲撃(しゅうげき)に備えろ」


 それでも何も言えずにいると、イサーシュはおもむろに肩に手をかけてきた。

 もう一方の手でパチンとつがいを外すと、肩からベルトつきのさやごと自前の剣を降ろした。


「これをお前にやる。

 こいつだって天下に聞こえる名剣なんだぞ? 決して悪い武器なんかじゃない」


 言われても、少しもうれしくなんかなかった。

 ただ手は勝手に彼の武器を受け取る。

 その時だった。遠くのほうから、なにかの叫びが近づこうとしている。


「もう敵がやってきたのか!」


 イサーシュは振り返った。


「ぅぅぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっ!」


 それはあっという間に2人のあいだを通り過ぎていった。


「てあれ? あれって、まさか……

 オレのオヤジかぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」


「チチガム先生っっ!」


 イサーシュが言ったので間違いない。

 奴はあわてて師のあとを追い始めた。


「あっ! ちょっと待てっっ!」


 コシンジュはあわてて呼び掛けるが、イサーシュはとっくに行ってしまった。

 何となくコシンジュも2人のあとを追いかけてしまう。

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