第6章 本当の出発~その1~
「『短銃』ですかっ! それなら屈強な魔物にも効果がありますねっっ!」
関心深くロヒインが叫ぶと、ヴィーシャは取っ手の付いた細い筒を顔の横でぶらぶらさせた。
「本当はいざという時の威嚇用だけどね。でも火薬にはね飛ばされた弾丸の威力はお墨付きよ」
「知ってる。だが火薬と弾丸を込めるのにいちいち時間がかかる。
実戦では一発勝負だぞ」
イサーシュが水をさすように話に割り込む。
「わかってるわよ。
だけどこいつを食らえばいくら強力な魔物でも一発で……あれ?」
ヴィーシャは弾丸を放った相手を見て、絶句する。
打ち抜かれた魔物は全然地面に倒れていない。
「この様子、外したな」
「そんなバカなっ! アタシ射撃には自信あるのよっ!?
それなのにこんな近距離で外すはずが……!」
コシンジュはガルグールの姿に目をこらす。
岩の質感を持った化け物は背中の羽根を前に出して身構えている。
そう思いきや次の瞬間姿勢を整えると、胸をのけぞらせて高笑いし始めた。
「グハハハハハハハッッッ! たしかに今の一撃は強烈だった!
しかしこのオレの鉄壁の防御力の前では、お前の放った弾丸とやらもなんなるゴミクズ同然っ!」
「うそっっっ!」
信じられないとばかりの声をあげるヴィーシャに向かって、ロヒインが叫んだ。
「こいつっ、地属性の魔物ですっ!
大地と契約を結ぶことで超強力な防御力を手に入れたようです!
物理・魔法ともに効き目がありませんよっ!」
「だったらこいつはどうだっ!」
コシンジュはすばやく進み出て、真横に棍棒を振りかぶって棍棒を叩きつけた。
ところが相手が身構えた瞬間、体表の質感がさらに堅くなった気がした。
同時にぶち当たった棍棒が光を放つと、コシンジュのほうが跳ね返された棍棒に振り回され、地面に押し倒された。
「あいだっっ!」
「バカなっっ! 神の武器なんだぞっっ!?」
「そんなっ! ギンガメッシュよりずっとずっと頑丈だなんてっっ!」
イサーシュとロヒインが叫ぶなか、ガルグールが高らかに笑う。
「ハハハハッッ! あんな奴と一緒にするなっ!
オレの防御力は超鉄壁っ! あらゆる攻撃から身を守り、一切のダメージを受けつけやしない!」
「こ、こんなんじゃわたしの魔法も受け付けてくれるかどうか……!」
ロヒインが半ば絶望的な声をあげるなか、コシンジュが立ち上がって棍棒を構える。
「まて。こいつ無条件になんでも防御できるわけじゃないみたいだぞ。
身構えるポーズをとる時だけ、こいつ堅くなるような感覚があった」
それを聞いたガルグールは吐き捨てるようにつぶやく。
「フン、さすがは勇者に選ばれただけはある。単なるガキってわけじゃなさそうだな」
「だったら身構える前に斬りつけるだけだっっ!」
イサーシュがすばやく前に進み出た。
と思いきや、同じくらい素早い動きでゴッツが突き出したカギ爪でイサーシュの剣を受け止めた。
「おっとぉっ! お前の相手はこのおれだっ!」
するとゴッツは目にとまらぬ動きでイサーシュの背後に回り込み、素早く体を回転させたかと思うとイサーシュに向かって真っすぐ蹴りを放った。
振り返ったイサーシュは身構えるも強烈なキックに身体をはね飛ばされ、破れた窓から外に投げ出されてしまった。
「イサーシュッッッ!」
叫んだコシンジュをあざ笑うかのように、ゴッツは窓から飛び出したイサーシュを追いかけて外へと消えた。
「魔導師っ! お前も俺と決着をつけろっ!」
ジャレッドが毛皮のマントを広げ、そこから火の弾を射出した。
ロヒインは「アクアバリアッッ!」と叫ぶと、目の前に水の膜が現れ火の玉を吸収した。
そしてとまどうヴィーシャの肩を叩いた。
「わたしたちも外に出ましょうっ!」
ヴィーシャはうなずきながら、「あんたらいつもあんな連中相手にしてるわけっ!?」と言ってロヒインとともに消えた。
ジャレッドが空中を浮遊しながらそのあとを追う。
コシンジュは残ったメウノに告げた。
「お前も逃げろっ! ナイフだけじゃ身構えてなくても効き目ないぞっ!」
「で、でも……!」
「いいからイサーシュの様子を見て来い!」
メウノはしぶしぶうなずいた。
「わかりました。でも、絶対にムチャしないでくださいっ!」
ようやくメウノの姿も消えた。
コシンジュはようやく1対1の状態で相手と向き合う。
「で、このオレの鉄壁の防御を、どうやってくずすつもりだ」
相手が不敵な笑みを浮かべるのに合わせて、こちらのほうも同じように返した。
「お前こそ、オレを殺さなきゃいけないんだろ?
防御一辺倒じゃいつまでたっても手出しなんかできねえぞ?」
「手出しなんてしねえなんて一言も言ってねえだろ……」
するとガルグールは岩の翼をいっぱいに広げた。
ろうそくと窓の外からもれる弱い光がその姿をうっすらと照らす。
「魔界の最上級種族、『デーモン』の恐ろしさ! 見せてくれるっ!」
ガルグールは羽根をバタつかせ、素早い動きで迫ってくる。
コシンジュは棍棒を横に構え、相手の攻撃を防ごうとした。
すると突然ガルグールは羽根をはためかせると、その場にホバリングして前進を止めた。
その勢いで両足の爪が前に突き出され、コシンジュの顔面に突き刺さりそうになる。
「ぉあぶねぇぇぇっ!」
あわててのけぞったコシンジュに、上から鋭い爪が振り下ろされる。
太ももに突き刺さりそうになったのをあわててかわす。
だがただでさえ姿勢が悪いところを無理にかわしたために、コシンジュはバランスを崩してその場に倒れてしまった。
「ぐぁっっ! いてて……」
敵の追撃はそれで終わらない。
コシンジュは強打した尻に手をそえるヒマもなく、真横に転がって振り下ろされた爪をかわさざるを得なかった。
そのあとガルグールは足の裏で踏みつけようとする。
コシンジュが同じように転がってかわすと、岩の魔物であるためか振動が走って床にひび割れができた。
ガルグールが踏みつけをそのあと2,3続けた後、高笑いしながらほえるように叫ぶ。
「ハハハハッッ! どうしたっ!? その棍棒で受け止めてみろっ!」
それはできない。無理に棍棒で受け止めようとすれば、そのあいだにスキが生じる。
運動能力でははるかに勝る魔物相手に、防御ばかりしていてはいけない。
この棍棒で受け止めるときはここぞという時に限る。これはゴッツとの戦いで学んだことだ。
コシンジュは最後に転がった勢いで立ち上がる。
棍棒を構えるが、気持ちは早くもあせりはじめていた。
たしかに奴の言うとおり、防御に徹していない状態でも奴の動きは恐ろしい。
素早い動きに加えて、するどい手足の連続攻撃をうまくかわせるようにならなければ、ガルグールのスキを突いて棍棒の一打を加えることはできないだろう。
「魔物だぁ~~っ! 魔物が出たぞぉ~~~~~~っっ!」
兵士たちが叫びをあげ、逃げ惑うように庭を走り去っていく。
その後方で、ロヒインがヴィーシャとともにかけぬける。
後ろから宙を舞うジャレッドが追いかける。
「待てぇっっ! 逃げてばかりかっ!」
「姫さまっ! 早くっっ!」
「ちょっと待ってよっっ! 走りながら弾を込めるのは至難の業なのよっ!」
ロヒインにおどされるようにしてヴィーシャは銃の筒先に火薬を詰める。
細い布袋から大量の火薬が漏れるが構っていられない。
火薬を詰め終わると次に弾丸を取り出して筒の中に入れ、次に細い棒を取り出した。
と思いきや、手が滑ったのか棒がこぼれおちてしまった。
「食らうがいいっっ!」
ジャレッドがそのスキに、マントから大量の火炎弾を発生させた。
それらはすぐさま2人のもとに向かってくる。
「アクアバリアーッッ!」
ロヒインは叫んで水の膜を目の前に打ち出すが、次々と放たれる火の玉の前にはじけて消え入りそうになる。
「くぅぅっっ! まだまだぁぁっっっ!」
ロヒインはそう言って杖を持つ腕に力を込める。
ブルブルとふるわせながら、懸命に水のバリアを維持しようとする。
そうしているあいだに、ヴィーシャはようやく筒の中に入れていた細い棒を引き抜いた。
そして撃鉄を引き、立ち上がってジャレッドに銃口を向けた。
「こいつを食らいやがれっっ!」
ヴィーシャの手元からすさまじい光が放たれると、水のバリアを突き破ってジャレッドの方に銃弾が吸い込まれた。
「がうぁっっ!」
ジャレッドが力を失い、地面に向かって一直線に落下する。
ロヒインとヴィーシャは顔を見合わせた。
「やりましたねっ!」「ふん、アタシの腕があればこんなものよっ!」
「……ぐぅぅ、よく考えれば2対1じゃねえか。何考えてんだよ俺は……」
ジャレッドがつぶやきながら立ち上がろうとする。
しかしその様子はどこかおかしい。
「そこまでだっ! 何かしでかそうとしたらただじゃおかないからな!」
ロヒインはヴィーシャの前に立って腕を伸ばして杖を向ける。
そのあいだにヴィーシャは火薬の袋を取り出すが、「ああっ! もう火薬残ってないっ!」と言って袋を投げ捨てた。
そう言っているうちに、肩を押さえるジャレッドがあおむけになってこちらを向いた。
「……おれぇ? 別に何もしてないよぉぉ?
俺じゃないのなら、たしかに何かしようとしてるけどさぁ」
うそぶくジャレッドに顔をしかめる2人。
そうしているあいだにジャレッドがその場を素早く動くと、その背後で何かが動き出した。
最初は黒々としていたが、徐々に白に色が変わっていき、そして分裂を始めた。
おおよそ10人は下らないであろう人影。
しかしその姿形はあまりに異様だ。
「なにこれ……ガイ……コツ?」
横に並んだガイコツは、人の形とは少し違う。
まるでオークあたりを白骨化させたかのようだ。
「ハハハハハッッ!
こいつは『スケルトン』っ! 使い魔の一種だっ!
魔物の死骸を粉状にして、血をかけることでかりそめの命を与えるっ!
どうだ!? さすがのお前らもビビったかぁっ!?」
骸骨兵士たちはおもむろに両手をあげると、どこから現れたのか空中に浮かんだ刀と小さな盾をとり上げた。
そして一斉に構えを取り、横一直線ににじり寄ってくる。
「くそっ! もしもの時のための援軍かっ! しかも数が多い!」
「問題ないわっ! あんたはそこで様子を見てて!」
ロヒインが止める間もなくヴィーシャが前に進み出ると、一番すみにいたスケルトンが刀を大きく振りかぶる。
振り下ろされる前に素早くその腕を取ったヴィーシャが、クルリと腕をねじると簡単に刀が取り上げられた。
「わぁっ! すごいっ!」
ロヒインの歓声にヴィーシャはニヤリとして刀を振りまわし、スケルトンが盾で防御する前にその首をはね飛ばした。
その間に別のスケルトン2体が押し迫って来るが、ヴィーシャは身を伏せて片方の足を払う。
立ち上がりざまもう1体の盾を蹴りつけてバランスを崩すと、上から刀を振り下ろして脳天に叩きつけた。
「白骨だからどんなエグイ倒し方をしてもオッケーッッ!」
「すごいっ! どこでそんな技を覚えたんですかっ!?」
倒れた白骨に向かって刀を振り下ろすと、ヴィーシャはロヒインのほうを向いて自信満々に叫んだ。
「プロの盗賊をなめないでっ! 身のこなしならあの剣士には負けないわっ!」
そうしているうちに新手のスケルトンが迫る。
ロヒインの「危ないっ!」の声に合わせてヴィーシャが盾を持ち上げると、真横に投げつけてスケルトンの身体にぶち当てた。
「くそっ! 使えないザコめっ! こいつを食らえっっ!」
「スプラッシュッッ!」
ジャレッドがヴィーシャに火の玉を食らわせようとしたので、ロヒインは杖の先から水鉄砲を浴びせた。
水浸しになったジャレッドがくやしそうな表情でわめく。
「くそっ! こうなったらヤケクソだっ!
お前らっ! 町の連中を片っ端からおそってこいっ!」
スケルトンたちが言われるなり後ろを向いて走り去っていくと、ヴィーシャはすぐにそれを追いかけた。
「あたしはスケルトンたちを片づけておくから、そのあいだにそいつをやっちゃってっっ!」
「ちょっとっ! 無茶はしないでくださいよっ!?」
ロヒインが手を伸ばしているあいだにヴィーシャは行ってしまった。
仕方なく魔導師はゴブリン王と向き合う。
「フン、ようやくタイマンか。だがこれでいい勝負になったぜ」
ところが、ロヒインのほうは何も言わない。ジャレッドは眉間にしわを寄せる。
「状況がわかってないのか? 魔物と違って人間の魔導師は魔法を打ち出すのに時間がかかる。
高等魔法にいたってはいちいち長い呪文を唱えなきゃいけない。
以前と違ってお前はバリアで身を守ってもいない。
はっきり言ってお前の負けだぜ」
「今までの状況なら、たしかにそうだね。
だが今回はちょっと事情がちがう」
ジャレッドが理解しかねて首をひねると、ロヒインは眉を寄せて不敵に笑った。
「お前は魔導師というものをバカにしている。
明らかにわたしの能力をあなどっているんだ」
「バカを言えぇぇぇぇっっっ!」
ジャレッドは両側のマントを広げると、そこからすさまじい炎が発生し、それが次第に激しく渦を巻いて彼の前方をおおいはじめる。
「まだわかんねえのかっ!? 俺の魔法は火の玉だけだとでも思ったかっ!?
そうじゃねえっ! 俺はこんな技も無条件で発動できる!
今までは力をセーブしてやっていたがお前1人ならもう遠慮する必要もねえっっ!」
そうしているあいだにロヒインは呪文を唱え始めていた。
「やらせねえよっっっ!」
ジャレッドは素早く火の渦をロヒインに向かって跳ね飛ばす。
しかし魔導師は呪文を続けたまま、素早くローリングしてそれを見事にかわした。
はるか後方で火の柱がはじけ、そこから炎が上がる。
「なにぃぃっっ!?」
ジャレッドはおどろいていた。どうやら魔導師に対する偏見があったようだ。
あわてて首を振ったジャレッドはもう1つの火の渦を投げつけるが、それもロヒインにかわされ、杖を前方に突き出される。
「ウォーターガンッッッ!」
杖の先からすさまじい勢いで細い水が噴射される。
そのあまりの勢いに水はジャレッドの身体を突きぬけ、その背後にあった倉庫の壁に穴を開けた。
「かふかぁぁっっっ!」
ジャレッドは自分の胴体を見下ろした。
緑色の肌がむき出しになっている胸と腹のあいだのあたりに、ぽっかりと穴が開いていた。
それを確認したからか、ジャレッドは力を失ってその場に倒れた。
「なぜだ……魔導師のくせに、なぜあんなに素早く動ける……」
「って言うのがまず偏見なんだよ。わたし、もともと運動が苦手なわけじゃないし。
ただ勉強に打ち込んでばかりで運動不足だったのは事実だけどね。
でもさすがに旅を続けていると多少は体力がついてきた、それだけの話だよ」
自信満々に言うロヒインだったが、次の瞬間肩に手を置いて回し始めた。
「でもさすがに肩がこったね。
次に戦う時にはもうちょっと体力が戻ってるといいんだけど……」
言ってるあいだに敵が絶命しているのを確認して、ロヒインは倉庫を見上げた。
黒い窓から光がもれていることに気づくと、ロヒインは「コシンジュッ!」と叫んで倉庫へと引き返していった。




