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第5話 表の顔と裏の顔~その4~

「おかしい。やっぱり慎重すぎる」

「盗賊なんだから当然だろう」

「あれほどの兵士がいてたった2人で忍び込もうとする連中なんだぜ?

 大胆な割には行動が遅すぎる」


 イサーシュに言いながらコシンジュは盗賊たちを指差した。


「もう1つおかしなことが。

 あの2人、どうも警備されてる母屋のほうじゃなくて、別棟の倉庫のほうをしきりに気にしてるんだ。

 オレにはどうも、あいつらの狙いがそっちのほうだとしか思えなくて……」

「どういうことなんだ?」

「ノイベッドの奴、わざと誘ってるんじゃないか?」


 ロヒインのほうが「わざと?」と問いかけた。

 コシンジュはうなずく。


「兵士たちには、盗賊のお目当てが本家のほうにあると吹き込んだんだろう。

 だけど予告状にあった狙いの品は、本当は倉庫のほうに置いてあるんじゃないかって思ってさ。

 だってどう考えてもそっちのほうが重要なものが置いてありそうじゃん」

「ノイベッドはワナをしかけて待ち構えていると?」


 コシンジュはうなずいたが、イサーシュは首をかしげる。


「一体何のために? 

……もしやノイベッドは、盗賊の正体に感づいている?」


 コシンジュは一瞬おどろいたあと、あきれたようにつぶやいた。


「お前、珍しく頭を働かせたな」


 それを聞いたイサーシュが突然胸倉をつかもうとしたので、コシンジュはあわてて払いのけた。


「バカやってるヒマねえだろ!

 ほら、はやくしないと連中が動くぞ!」


 ワナだとわかりきっているにもかかわらず、盗賊たちはれんが造りの壁をよじ登り始めた。

 念のため上の階から侵入するらしい。

 コシンジュはそれを追いかけて裏口に集まると、慎重に仲の様子をうかがう。


「どうだロヒイン。なにかわかるか?」

「人による監視でないとしたら、魔法によるセキュリティがかかっているはずですね。

 調べてみましょう」


 ロヒインはブツブツつぶやくと、指で輪っかをつくって中をのぞき込んだ。


「そんなことまでわかるのかよ。

 ホント魔法ってなんでもできるなオイ……」


 コシンジュのあきれ声をよそに、ロヒインはのぞきこんだままうなずいた。


「ええ、たしかに魔法陣がひそかに張られています。

 しかも警報が響くタイプではなく、仕掛けた人物だけにこっそりわかる仕組みです」

「ノイベッドは盗賊に会いたがっている?」


 イサーシュがつぶやくと、ロヒインはうなずいた。


「やはり盗賊の正体を知っているんです。早く中に入りましょう」


 ご丁寧(ていねい)にカギもかかっていなかったので、4人は音も立てずに扉を開き、連れ立って中に入った。

 ロヒインが杖でそばにあった階段をさす。

 4人はそこから2階に上がると、奥から声がひびいてきた。


「やはり、あなただったんですね?」

「ノイベッドっ! あんたやっぱりわかってたのね!?」


 イサーシュが「どっかで聞いたことのある声だ」とつぶやいたのを制して、ロヒインはあわてて開いていた扉の前に立った。


「ええ、わたしたちにもわかっていましたよ」


 ロヒインは話に加わろうと早々に中に入っていった。コシンジュ達も続く。


「あなたは……ニーシェっ!?」


 中に入ると、薄い照明の中いくつものガラスケースが並んでいた。

 装飾がほどこされたガラスケースの中には、なんとも言えない奇妙な形をした物体が入れられている。

 その中央に、ノイベッドと2組の盗賊がいた。

 2人とも黒っぽい簡素なローブをまとっているが、昨日の夜となり村に現れた盗賊団のうちの2人とみて間違いないだろう。


「フードを取っていただけますか?

『ヴィーシャ姫』様……」


 それを聞いたイサーシュが「んなっ!」とおどろいていた。

 話をあまり聞いていなかったのか、それとも単にメチャメチャニブいだけなのか。


 ロヒイン……もといニーシェに(うなが)されて女の盗賊はフードをあげた。

 アイマスクをしているが、たしかにその容貌(ようぼう)は姫のものに間違いなかった。

 今は巻き髪をしているが、前会った時ストレートだっただけであの時とまったく同じ姿だ。


「そちらのあなたは、昼間城に現れた商人の方ですね」


 男の盗賊もフードをあげる。

 昨晩は暗がりでよく見えなかったが、こうしてみるとたしかにあの時の姿によく似ている。


「『キメキ』です。行商ですが、拠点(きょてん)はベロンにあります」

「なぜ、このようなことをなさるのです……」


 ノイベッドはつぶやく。なんだか深く失望しているようにも見えた。

 一方の姫はうつむいて小さくつぶやきはじめた。


「この家を狙ったのはたまたまだけれど、本当の狙いはベロンの貴族どもの鼻を明かすことよ。

 あいつら、自分たちが特権階級であることにかこつけて、今でも民衆から重い税金を絞りあげているの。

 それでもってまるで見せつけるようなぜいたくばかりしているわけ。

 アタシが言い聞かせても、奴らまったく言うことを聞こうとしない。

 まるで正反対の国情であるランドンが見えていないとばかりに」

「ですが、あなたさまのお父君もその1人ですよね」


 するとヴィーシャは突然ノイベッドに振り返って声を張り上げた。


「そうよ! アタシは自分の父のことが大っキライ!

 そんな父の血を継いでいるアタシ自身が大っキライ!

 だから、だからこうやってアタシは自分自身を汚すの!

 見つかってしまったっていい! 玉座についてふんぞり返ってる男の娘が、よりによって盗賊に身を落としてしまっているという事実を、あの男に見せつけてやるの!」


 ノイベッドはメガネを直した。あきれ果てているようにも見える。


「……しかし、私のところを狙うのはお門違いだ。

 しかもよりのよって私が信念を持って集めているコレクションを狙うとは」


 するとヴィーシャは突然腕を組み出して、ずけずけとものを言いはじめた。


「はんっ!

 こんなものが、あんたにとって大切なもの? こんなガラクタの山が!?」


 いつものおしとやかな姫の面影がどこにも見当たらない。

 コシンジュはショックを隠しきれず、ひそひそ声でロヒインにつぶやき始めた。


「うぇぇ。こんな姫さまの姿、見たくなかったよう」

「まあ、人には2面性があるということで」


 すると突然ヴィーシャがこちらを指差した。


「ちょっとそこ! 聞こえてるわよっ!」


 姿勢を直したコシンジュ達はちょっとひきつった笑い顔を浮かべる。

 それをいいことに姫は勇者たちを攻め立てた。


「あんたたち! 人を見かけで判断しすぎよっ!?

 だいたい何なの!? いまどき麗しく『おほほほほ』なんて言ってる姫様がいると思う!?

 時代錯誤(じだいさくご)もはなはだしいんですけどぉっ!?」

「うわっ、なんだこれ。こいつ、相当のワガママキャラだ」


 コシンジュがドン引きするのを見て、ヴィーシャはムキになりだした。


「相手が盗賊だとわかった瞬間いきなりの上から目線っ!? 信じらんないっっ!」

「うるせえよ。

 だいたい姫様だから黙ってたけど、なんだよヴィーシャって。

 ヴィーシャってなんだかイマイチなネーミングだな。姫さまっぽくないし。

 どうせあれだろ? 『高飛車』から来てんだろ?

 もっといい名前付けられなかったのかよ」

「うるさいっっ! 本当は死語の『タカビー』をもじった名前にしようとしたら挫折(ざせつ)したって言う、作者のご都合主義なのよっ!

 ったくなんて頭の悪い作者なのかしらっっ!」


 ヴィーシャが拳を上に振り回して怒っているのを見て、メウノがつぶやいた。


「出た。久々のメタフィクションネタ……」

「だから専門用語で会話するのはやめろって……」


 イサーシュが頭を抱えるのを無視して、ニーシェが割りこむ。


「それにしてもあれですよね。

 よくRPGの職業で、『シーフ』つまり盗賊っていうのがありますけど、あれって職業なんですかね?」

「職業じゃねえよ! なんで反社会的な行為に従事している人間をいっぱしのプロ扱いしてんだよ!

 あんなん捕まったら即『住所不定・無職』で報道されるに決まってんだろ!

 正直そんな奴をパーティに引き入れるのは気が引けるよ!」

「うるさいっ! うるさいわよっっ! だいたいアタシ別に住所不定無職じゃないし!」

「ああやめろ。頭が痛い……」


 コシンジュたちの現実離れしたやりとりにイサーシュは混乱して倒れそうになっている。

 その時、姫のとなりにいたキメキが遠慮ぎみにつぶやいた。


「あの、まだ話し終わってなかったと思うんですけど……」


 その声で一同が静まり返った。

 姫の反対どなりにいたノイベッドがわざとセキをした。


「で、姫はいつの間に盗賊の技を覚えたんですか?」


 ニーシェが問いかけると、ヴィーシャは自慢げに腰に手をやった。


「あら、アタシもともと情報通なのよ。

 ここにいるフラッシュ盗賊団のアジトを突き止めて、黙ってやるかわりに盗賊の心得を全部教えてもらったの」

「ということは、もともと姫は盗賊団の一員ではなかったと?」


 メウノの問いにはキメキが恐縮ぎみに答える。


「ええ。姫の前任に当たる『ハートクイーン』はもともとおれの妻だったんですが、子供が出来て足を洗ったんです。

 それからは3人だけでやってたんですが、ご覧の通り……」

「それで姫のコードネームが『ハートプリンセス』だったのか。

 どおりで何か違和感があると思った」


 コシンジュのつぶやきに姫が「違和感って何よ違和感って……」とつぶやいた。


「フラッシュの皆さんは、それでよかったんですか?

 いくらおどされていたからって、相手はよりによって自分の国を治める君主の娘ですよ?

 当然抵抗があってしかり、わたしはそう思ってしまうんですけど」


 決め気はそれを聞いて申し訳なさそうにうなずいた。


「ですが、姫さまの言い分もわかるんです。

 おれたちはもともと国に不満があって盗みを始めました。

 姫さまはご覧の通りの方ですが、自分の国をなんとかしたいという熱意は伝わりました。

 だからおれたちは喜んで協力してるんです。

 もしもの時は自分の身も危ないですが、その時は国もろとも倒れるだけですから……」

「ご覧の通りって何よ」


 そういってヴィーシャがキメキの胸倉をつかんでいるうちに、ニーシェは別の質問をする。


「姫さま、盗んだ品は行商で売り歩くとして、それでもうけた金はどうするんです?」


 するとヴィーシャは腕を解いて、自分の胸に手を当てて自信満々に答えた。


「それはもちろん、増税に苦しむ民のために配って回るのよ!

 アタシはベロンの姫よ?

 貴族たちの鼻を明かすために盗んでいるのに、よりによって盗んだ金でアタシ自身がゼータクしたら、元も子もないじゃない!」


 それを聞いたニーシェはにっこりとほほ笑んだ。


「それを聞いて、安心しました。

 もし盗んだ金で自身が贅沢(ぜいたく)をなさるようでしたら、身分も(かえり)みず兵士たちに通報するつもりでしたが、そのようなご信念のもとになさる行いでしたらわたしたちも特におとがめはいたしません。

 このことは黙っていましょう」

「な、なによ……」


 ヴィーシャは遠慮がちにつぶやいたが、次の瞬間はっとした表情になる。


「あれ? そういえばあんたの兄は?

 なんでそっちじゃなくてあんたのほうがこっちに来てるわけ?

 あの夕食の席にも参加してなかったし、どうしたの?」


「それは……」と口ごもるニーシェの身体が、突然ボンッ、と煙につつまれて見えなくなった。

 前の3人がおどろいて目をふせる。


「あ、やべっ……」


 コシンジュのつぶやきをよそに、煙が晴れて元のロヒインが姿を現した。


「あ、ああ。この展開、ヤバい気がする……」


 ロヒインがつぶやくと、最初何が起こったのかわかっていなかった3人が徐々に目を見開く。

 そして中央の人物が叫んだ。


「や、やだぁぁっっ! なにこれぇぇぇぇぇっっっ!」


 すっとんきょうな声をあげてロヒイン達はあわてる。

 外には盗賊たちを狙う兵士たちがまだ巡回しているはずだ。


「ちょっと! 姫さま静かに……」

「うるさいっ! よくもだましたわねぇっ!

 女のふりをして乙女の会話に割り込もうとするとは何て言う奴だっ!

 変態かっ!? イヤ確実に変態だな! このド変態っっ!」


 そう言って「ちょっ、やめて……」と押しとどめようとするロヒインの首を絞めようとするヴィーシャ。

 その時だった。


「あのう……何かありましたか?」


 突然の声にいつの間にか2人の盗賊が消えてた。

 よく見ると彼女たちはいつの間にかガラスケースの裏に隠れていた。なんという身のこなし……


「いや、なんでもない。

 実はこちらにいる勇者たちを招いていたのだ。警備も兼ねてな」


 ノイベッドがなんとでもないという調子で兵士に説明していた。

 兵士は「ちょっとぉ、あらかじめ説明してくださいよぉ~」と言ってその場を立ち去った。

 それを見た全員が胸をなでおろす。


「びっくりしたぁ、姫さまが騒ぐからあんなことに」


 ロヒインがつぶやいた瞬間、姫が再び立ち上がって胸倉をつかんだ。


「うるさい!

 だいたいと言えばあんたが女装してあたしたちに近づいてくるからいけないんでしょうが。

 知らなかったわよ、勇者の魔導師がよりによって変態だったなんて……」

「うぅ、否定しきれないところがなんとも言えない……」

「そろそろいいか? 変な与太話につきあうのはもう飽きた」


 ヴィーシャが手の力をゆるめる。

 振り返ると、ノイベッドがガラスケースに指をなでつけながら少し不機嫌につぶやく。


「本当は、君の身の上話なんてどうでもいいんだ。

 私が気になっているのは、なぜ君が私のコレクションに手を出そうと思ったか、だ」

「あんたも相手が盗賊だと知ったら王国の姫君でもタメ口を聞くつもり?

 いいわ、教えてあげる」


 そしてヴィーシャは腕を組んでノイベッドと向き合った。


「最近もっぱらのウワサよ?

 ランドンの評議員ノイベッドは、近頃怪しい骨董品(こっとうひん)ばかりにご執心だって。

 一体何の興味があってそんな価値があるとは思えないようなものばかり集めているわけ?」


 するとノイベッドは心底失望したかのようにゆっくり首を振った。


「情報通、というわりにはこれの価値がなにもわかってないようだな。

 残念だ、非常に残念だよ」

「な、なんですって?」


 動揺(どうよう)する姫をよそに、ノイベッドはメガネを直しつつ続けた。


「これはガラクタなどではない。

 考古学的には非常に価値のある、かつてこの地上に一大勢力を築いていた『魔法科学文明』の遺物たちだ」


「魔法……科学文明?」


 勉強が苦手なコシンジュは首をかしげておうむ返しする。

 ロヒインが前に進み出て答えた。


「前回の魔王侵攻からさらにさかのぼる、千年以上も前に栄えていた文明ですね?

 教科書通りの説明をすれば、魔法を誰にでも利用できるよう工夫された、『魔導機(まどうき)』を使った一代文明を築きあげたとか。

 ですがあまりに魔法を乱用しすぎて、暴走を引き起こしてしまい記録が残らないほどの大崩壊(だいほうかい)を引き起こしてしまったとか」

「ふふふ、一流を名乗る魔導師の割にはあまりに模範的(もはんてき)な回答ですね」


 ロヒインは「えっ?」と口ごもる。

 コシンジュは心の中で「ロヒインは歳下なんだからタメ口でいいのに」と思った。

 それとも相手の立場を尊重してるのか。

 ノイベッドはガラスケースの側面にある取っ手を下げると、空気に触れた骨董品を手にとって顔の前まで持ち上げた。

 金属でできた立方体と円筒がくっついたような形をしている。

 デザインは、まったくもってよくわからん。


「私がこれらを収集するのは、その古代文明の実態を調べるためです。

 まだまだ未解明の部分は多いですが、わかってきたこともありますよ」

「それは一体何なんです?」


 ロヒインは興味しんしんだ。あまりにややこしくなるとしんどいのだが。

 ノイベッドは物体のあちこちをながめながら言う。


「この物体も、テクノロジーを利用して魔法を使いやすくした遺物です。

 構造はあまりに複雑すぎて私にもよくわかりません。

 ですがはっきりしていることがあります」


「なんです?」問いかけるロヒインをノイベッドはしっかりと見つめた。


「この遺物、魔法を動力としてはいますが、原理的には極めて科学的なんです。

 自然界のエネルギーを活用はしているものの、構造自体は科学的技術がそのほとんどを占めている」

「一体何が言いたいんです?」

「魔法科学文明は暴走の果てに滅亡したとありますが、これらを見る限り、力が暴走して制御できなくなるような代物には見えないんですよ」


 ノイベッドはメガネを直して続ける。


「もちろんデメリットもあります。

 一般人まで魔法を利用できるようになれば、もちろん環境への悪影響も小さくありません。

 ですがいくら大自然の力を利用したところで、暴走して文明自体を崩壊させてしまうような力は秘めてないんですよ。

 まったくありえないとは言えませんが、少なくとも当時の記録さえ抹消(まっしょう)してしまうほどの大崩壊などあり得ない」


「そんなものなんですか?」ロヒインの問いにノイベッドはうなずいた。


「今では数が少なくなった、古代の遺跡にも足を運んでみましたよ。多忙の身ではありますがね。

 そこを調べても、まるで大暴走を引き起こして木っ端みじんに粉砕(ふんさい)された、などという形跡は見当たりません。

 どちらかというと、使いかけで放置された、という印象が強かったですね」


 今度はメウノのほうがノイベッドに問いかける。


「それじゃなんで、古代魔法文明は滅んだんですか?

 それだけの高いテクノロジーを持ちながら、太古の人々はなぜすべてを捨ててまるで原始時代のような生活に戻ってしまったんです?」

「原始時代とは大げさな。

 たしかに古代の人々はこれらの機械をうち捨て、テクノロジーに頼らない古典的な生活に戻りましたよ。

 現代のわれわれのような生活の、幾分かグレードの落ちたような生活にね。

 いや、戻らざるを得なかった」

「戻らざる、を得なかった?」


 ロヒインのつぶやきに、ノイベッドはあさっての方向を見上げて考え込むようにつぶやいた。


「おそらく、これらのテクノロジーを使いこなせなくなってしまったのが原因でしょう。

 これらはおそらく使い方は簡単でしょうが、利用し続けるには手の込んだメンテナンスがいる。

 扱い方を知っている技術者がいなくなってしまったのかもしれません」

「なぜ扱えなくなってしまったんですか?」

「原因としては、技術を伝えるための手段が失伝してしまったことが考えられます。

 あるいはこの遺物自体を、それらを記憶しておくための媒体(ばいたい)としてしまったのかもしれませんが、私は別の理由を考えています」


 あ、ちょっと難しくなってきた。割と興味深く聞いてたんだけどな。


「別の理由?」


「私としては、『わざと記録のすべてを抹消してしまったのではないか』と思いましてね。

 こうした遺物は古代文明の栄えていたこの大陸全体に散らばっています。

 ですがそれが具体的にどのような実態を成していたのか、それを克明(こくめい)に記録しているものが一切見当たらないんです。

 紙媒体(ばいたい)が風化してしまったということも考えられますが、古代人は何かを恐れて、わざとすべての記録を抹消したのではないか、と」

「大胆な仮説ですね。

 古代人が自らの技術をすべて消し去ってしまうほど、彼らを恐れさせるものがあったというんですか」


 するとノイベッドは手のひらをこちらに向けて、ロヒインの話をさえぎった。


「これ以上はなんとも。

 ほかにもいくつか知っている話はありますが、とても私の口から言えるようなものではありません」


 話は終わりだと言わんばかりのノイベッドに対し、ロヒインは前に進み出て問い詰める。


「困ります。

 一体何の理由があって、あなたは真相を隠そうとするんです?」


 しかしノイベッドは首を振るばかりだ。

 と思いきや、思い出したかのように告げる。


「1つ、教えられることはありますよ?

 あえてその真相が眠っている場所があるとすれば、それはこの北の大陸ではなく、古代文明の手が及んでいなかった南の大陸にある、とでも言いましょうか」

「なぜ南の大陸なんです? そこにわたしたちの知らない真実が?」

「南の大陸と頻繁(ひんぱん)に貿易をおこなっている、海辺の都市国家にもその断片を垣間見ることができるかもしれません。

 なぜか妙な緘口令(かんこうれい)がしかれているので、どこまで掘り下げることができるかわかりませんが」

「……よくわからないが、ようするにここにあるコレクションはお前が道楽目的で集めているわけじゃないってことだけは、俺たちにはよくわかった」


 ここまで黙っていたイサーシュがようやく口を開いた。

 あ、いや話が理解できなくて入りようがなかっただけか。オレも途中からよくわかんなくなったし。


「……南の大陸に、真相が……」


 ロヒインがなぜかそれをしきりに気にしている。

 それを知ってか知らずか、イサーシュはヴィーシャに向かって問いかける。


「わかっただろう。お前がここにあるものを盗むような理由などない。

 ノイベッドはお前が思っているような傲慢(ごうまん)な人間ではない。

 勘違いで盗むようだったらずいぶん身勝手な話だ」

「そ、そうね……まあ、こんなものを盗んだところで誰に売りつけたらいいかわかんないし……」


 ヴィーシャはあわてて、しきりに髪をかきあげている。

 とりあえず今夜はこれで話しがつきそうだ。


「……お前ら、一体何の話をしてたんだ?」


 突然割り言った声に、ノイベッドとヴィーシャはあたりを見回す。

 しかしコシンジュ達4人は聞き覚えのある声に一斉に同じ方向を見た。


 吹き抜けになっているコレクションルーム、上下2段になっている窓の上のほうに、1つずつ黒い影が3つ並んでいた。「新しい賊かっ!?」

 ノイベッドがようやくそちらを見上げて叫ぶが、ロヒインが彼の前に腕を広げた。


「いいえ、奴らの狙いはこのわたしたちです!」


 ノイベッドはその意味を察して後ろに引きさがる。

 一方盗賊の2人はその意味がわかっていないようでポカンとしている。

 コシンジュは声を張り上げた。


「バカっ! 魔族だよっっ! お前ら後ろに下がってろっ!」


 ヴィーシャはそれを聞いて同じ方向をにらみつけたが、キメキは突然その場に腰を抜かした。


「ひっ、ひぃっっ! お、お化けぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 ヴィーシャがすぐに駆けつけて、「なにやってんのよっ!」と言いながら腕を引っ張り上げる。

 しかしいくぶん体格がいいためかうまく持ち上がらない。


 そうしているあいだに、3つの影が下へと舞い降りて、その姿があらわになる。

 そのうちの2つは見覚えがある。

 つい昨日、となりの村に現れたホブゴブリンの2人組だ。

 もう1つは新手だ。翼の生えた2足歩行の獣のようだが、何やら全身が堅い質感におおわれている。

 イサーシュが背中の剣を引き抜きながら問いかける。


「助っ人は1人だけか?

 外に警備が大量にいるのに、殊勝(しゅしょう)なことだな」

「ジャレッドとゴッツか。

 仲間割れしたのに、さすがにお互いの手を借りざるを得ないってか」


 コシンジュも棍棒を取り出しながら言うと、ジャレッドは顔をしかめながら横をアゴで差す。


「いいや。俺も昨日の失敗で下っ端に降格さ。

 今回のリーダーは、こちらにおらせられるガルグール様だよ」


 紹介された岩の魔物は鼻で笑うかのように口を開く。


「けっ! ぬかしやがる。

 まあいい、このオレ様が引っ張り出されたこと、勇者たちにとことん思い知らせてやるよ」


 ここでロヒインが進み出る。


「お前たち、魔法科学文明について知ってるか?」

「お前突然なに言いだしてんだよ!

 危険が迫ってんのにここでのんきな質問してる場合かっっ!?」


 するとなぜかロヒインがギロリとにらみ返してきた。

 間抜けな顔をしているくせに眼光がするどい。


「重要なことなんです。

 奴らは上級魔族、わたしたちよりずっと長い時間を生きている。知っていることもあるかもしれません」

「なんだぁ? コダイマホウなんちゃら? 聞いたこともねえなぁ?」


 ジャレッドが耳に手を当ててとぼけた口調になる。

 ガルグールも首をかしげる。


「先代の魔王の侵攻以前の話か? 残念ながらオレたちは何も知らねえな。

 なんせその頃は魔界も一大戦国時代。今の魔王の父が統一するまで群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)が続いてた。

 こっちの世界の様子までうかがっているヒマはなかったんだよ」


 そしてガルグールは鼻で笑った。


「だいたい何だ。

 お前ら今から死ぬって言うのに、そんなことを知ってどうするってんだ」


 コシンジュ達はそれを聞いて身構えた。

 イサーシュだけが口だけを開く。


「おい、大丈夫なのか。奴らここにあるコレクションに気を使う神経はなさそうだぞ」

「問題ありません」


 ノイベッドは走り出し、入り口の横にあったレバーを引いた。

 すると目の前にあったガラスケースの中身が、突然音を出して下に下がり始めた。


「何かあった時のために自動的にしまいこまれる仕組みになっているんです。

 ガラスケースもそれなりに高価なものですが、この際仕方ありませんね。作り直しますよ」

「そんなことはいい!

 あんたさっさと逃げなさいよっ! ほらキメキもっっ!」


 ヴィーシャはようやく立ち上がったキメキの背中を押して、ノイベッドと同じ方向に走らせる。

 ノイベッドはキメキの腕を無理やり引っ張ると、一緒になって入口のかげへと消えた。


「って姫さんも逃げないのっ!?

 相手は魔物だよっ!? あんたに出来ることは何もないよっ!?」


 するとヴィーシャは自信満々の表情でふところから何かを取りだした。

 と思いきや窓際中央にいたガルグールにそれを向けた。


「こいつを食らいなっっっ!」


 突然何かがはじけるすさまじい音が部屋中にひびいた。

 その場にいた全員が耳をおさえたと思いきや、姫は取りだしたものを口元に寄せて息を吹きかけた。

 物体の上のほうから出ていた煙が前方へと広がっていく。


「ノイベッドが言うのもわかるわね。

 テクノロジーってのは確かに便利なものよ」

「『短銃』ですかっ! それなら屈強な魔物にも効果がありますねっっ!」


 関心深くロヒインが叫ぶと、ヴィーシャは取っ手の付いた細い筒を顔の横でぶらぶらさせた。


「本当はいざという時の威嚇用(いかくよう)だけどね。

 でも火薬にはね飛ばされた弾丸の威力はお墨付きよ」

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