第5話 表の顔と裏の顔~その3~
「えっ!? 怪しい奴がこの城にっ!?」
「バカっ! 静かにするっ!」
ニーシェ、もといロヒインはまわりを見回した。メウノも同じくあたりをうかがう。
「うん、間違いないよ。その商人、たしかにラナク村の村長から盗み出した杯とまったく同じものを持ってた」
メウノが首をかしげて問いかける。
「で、なぜそのことを私たちに?」
「あの商人が昨日の今日でこの城にやってきたのは、きっと誰かと連絡を取るためだよ。
たぶんこの城の中に、盗賊団のパトロンとなる奴がいるってことなんだと思う」
「ですが、今日この城に泊まっているものは多いはずですよ?
ヴィーシャ姫ならともかく、集まった評議員たちや重臣の中からその人物を探し出すのは困難だと思いまずが」
「そのことだよ。
フラッシュ盗賊団がこのあたりで暴れた、そんな話聞いたことある?」
「あまり聞き慣れない名前ですから、地元ではないようですね」
コシンジュが話に割り込んできた。
「あ、オレ兵士から聞いたぜ?
連中が主に暴れてるのは、おむかいのベロン国らしい。
で状況がまずくなると別の国に赴いて、昨日みたいにずるい金持ちからお宝を盗み出しているらしいぞ」
メウノがあごを手で押さえた。
「ベロンですか。
あの国は王族や貴族たちが領民から税金を絞り取り、好き放題しているということですからね。
盗賊にとってはこれ以上ない稼ぎ場所となっているんでしょう」
「それほどなのか!? 話は聞いていたけれどそこまでひどいとは思わなかった。
だいたいうちの王さまがその状況を見て何も言わないっておかしくないか?」
ロヒインが一本指をたてて解説する。
「言わないんじゃなくて、言えないんだよ。
隣国が自分の国の内情にあれこれ口を出していたら、争いの原因になってしまうからね。
特に魔王がいつやってくるかわからない状況で、同盟関係をくずすわけにもいかないし」
メウノもうなずいて話を引き継いだ。
「それでも、陛下はあらゆる方法でなんとかベロンをいさめているようです。
残念ながら効果を上げてはいないようですが」
コシンジュは腕を組んで考え込んだ。
「そんな国なのか。そんなところでよくヴィーシャ様が育ったな」
「彼女自身もそのことに対して疑問を持っているようです。
なんせ父君である国王からして、贅沢に贅沢を重ねて城に派手な改築を行っているというくらいですから」
ここでロヒインとメウノが顔を見合わせた。
それを見たコシンジュが苦笑いを浮かべる。
「ちょ、待てよ。
いくら不満を持っているからって、よりによってドロボーに手を貸すなんてこと……」
言いきらないうちに、ロヒインとメウノがその場を歩きだしてしまった。
しかも音をたてないようにして。コシンジュはおろおろしながらも、仕方なく2人のあとをついていった。
兵士たちに問いかけて、ロヒイン達はヴィーシャが今日泊まる部屋を突きとめた。
兵士は「立場あるお方なのに、怪しい者が出張りしやすい下の階に泊まるのはおかしい」としきりに首をかしげていた。
3人はその部屋の窓際を拝むことができる、小さな塔の一角に陣取った。
ロヒインが指の輪っかをのぞき込んでつぶやく。
「部屋に明かりがともっていますが、そこにいるとは限りません。
もうちょっと方法を考えますか」
そしてブツブツつぶやくと、耳に残った手をかざした。
メウノとコシンジュも同じようにする。
『……しかし本当に大丈夫なんですか?
勇者たちに我々の動きを感づかれてないですか?』
3人は同時に顔を見合わせた。
『……それでもやるのよ。
大丈夫。あいつらは恐ろしい連中に目をつけられてる。下手なことでは動けないはずよ』
「姫の声だ……」
コシンジュはそれだけつぶやいた。
やはりフラッシュ盗賊団の背後には彼女がいたのだ。
『他の2人はどうしてるの?』
『ジャックはおじけづいてます。ジョーカーの奴は『今夜は絶対にやめた方がいい』とまで言っていました。
ジャックはともかく、ジョーカーの奴は絶対に引っ張れないでしょう』
『……仕方ないわね。こうなったら2人だけでやるのよ。
だいいち盗みに入るのに4人なんて多すぎるのよ』
『それはまずいですよ。
予告状まで出して見つからずに盗み出すには、見張り役が2人とも必要なんです。
我々だけでは無数の網の目を抜け出すのは不可能ですよ』
それからしばらく沈黙がただようと、男は突然あわてた声になった。
『やっ、やめてくださいよ! おれに手を上げたら顔にあとが残りますって!』
コシンジュは頭に雷をうたれたようになった。
まさか姫がこんな態度に出るとは。
『……あんた、このアタシに逆らおうってわけ?
アタシがちょいと権力を動かすだけで、あんたの身がどうなるか、わかってるんでしょうね』
「おいおい、ウソだろ……」
コシンジュが頭を抱えた。
今時珍しいほど「おしとやか」が似合う姫君の裏側に、こんな本性が隠されていただなんて……
『わ、わかりましたよ! ですが姫さまこそいいんですか?
もし見つかってしまったら王国にどんな事態が巻き起こるか』
すると、ふたたび部屋の中が沈黙する。姫は静かにしゃべりだした。
『アタシなんか、どうだっていいのよ。
国の将来なんて、どうでもいい。
あんなろくでなしばかりの国なんて、さっさと滅んでしまえばいいのよ』
話を盗み聞きしていた3人が、心を痛めてうつむいた。
予想した以上に姫は追い込まれているようだ。
『わかりました。おれも国の現状にいきどおって、盗賊に身を落とした人間です。
どこまでもあなたさまについていきますよ』
『わかったら、さっさと行きなさい。
プリンセスも準備して、すぐにそちらに向かうわ』
また部屋が静かになったと思うと、明かりのついた窓に照らされたテラスから黒い影がすばやい動きで消えさっていった。
コシンジュは立ち上がろうとしたが、そこをロヒインが引きとめる。
すぐさま声をひそめて反論した。
「はやく追わなきゃっ!」
ロヒインは振り向くと、まっすぐに視線をコシンジュに向けた。
「まだわからない?
フラッシュ盗賊団のリーダーが、いったい誰なのか?」
コシンジュはうなずきたくなかった。
何となく察しはついていたが、こればかりはあまりにばかばかしすぎる。
しばらくすると、テラスからもう1つの影が舞い降りていった。
コシンジュはそれを見ないようにしていたが、無情にもロヒインとメウノは立ち上がった。
同時期、闇夜でも目立つ城壁の外側を3つの影が、ある者はふわりと舞うように、ある者はまるで壁をかけあがるかのごとく上へ上へと登っていった。
評議員、ノイベッドの自宅はミンスター城壁のすぐそばにある。
小高い丘になっている高級住宅街の一番奥、城壁に張り付くようにしてそれほど大きくない屋敷がポツンと建っている。
「母屋と倉庫らしき別棟が並んでいるようにして建っているようですね。
お目当ての品はどちらなんでしょう」
「兵士の皆さん、母屋のほうに監視が集中してますね。
ノイベッドさんは彼らにそちらのほうに狙いの品があると言っているのでしょう」
「あのさあ、なんでオレらまで、こんな風にコソコソ隠れてなきゃいけないの?」
コシンジュはたずねた。3人は庭先の塀の外側からのぞきこんでいる。
ロヒインが声をひそめていった。
「もうちょっと静かにしゃべってコシンジュ。
もし盗賊に姫が関わってるってバレたらどうするの。
大騒ぎになって、最悪国同士の争いにまで発展するかもしれないよ?」
「それもそうだよな……」
「ちょっと待って! あれ見て!」
メウノが庭を指差した。
庭のはずれを歩いていた兵士の2人組が、突然現れた2つの影に同時に首の後ろを打たれた。
静かに倒れた兵士たちを影たちは素早く足を持ち上げて引っ張っていく。
「いい手際です。
村で見たときは派手な服装を見ておかしな人たちだと思いましたが、こうしてみると腕は確かなようです」
メウノのつぶやきにロヒインが深くうなずく。
「リーダーも相当鍛えられてるみたいですね。
女性ながら立派なものです」
それから何か付け加えようとしたが、コシンジュがきっとにらみつけて口ごもる。
「……お前ら、こんなところで何をしてるんだ?」
突然の声とともに、肩に手をかけられたコシンジュとロヒインが「「ひいっ!」」と甲高い声を上げて飛び上がった。
メウノが「しっ!」と人差し指を口に立てたが、すぐに後ろを向いておどろいた。
「イサーシュさん!? どうしてここに?」
問われたイサーシュは前髪をわざとらしくかきあげた。腹立つ。
「俺も身のこなしには自信がある。
気付かれずに背後から忍び寄るなんて朝飯前だ」
そしてコシンジュとロヒインに問いかける。
「話はある程度聞いていた。
あの盗賊、ヴィーシャ姫が雇ったものなんだろう?」
2人はどう答えたらいいか迷った。イサーシュは肝心なことに気付いていない。
「おもしろそうだが、城に戻れ。
魔物がいつやってくるかもしれない時によけいなことをしている場合でもないだろう」
そんなイサーシュに対してメウノは首をかしげた。
「どうでしょうね。
城にいたところで、いくら護衛が目を光らせていてもやっぱり国王御一家が危険なのには変わりませんから」
それを聞いたイサーシュは皮肉な笑みを浮かべる。
「なるほど。
対してここにいるのは変わりがいくらでもきく評議員と、ベロンの名声に響く盗賊たち、ということか。
それならそれで面白い」
コシンジュは不機嫌な顔を向けた後、思い出したかのように盗賊たちに目を戻した。
そしてロヒインの肩に手をかける。
「おい、おかしいぞ」
「どうしたんだよ?」
「あの2人、さっきからあそこを全然動こうとしない。
まるで相談し合ってるみたいだ」
コシンジュが指差すように、2つの影は寄り添って何かを話しあっている。
メウノがたずねた。
「侵入の段取りを話しあっているんじゃないんですか?」
「いっぱしの盗賊なら下調べは入念にすましてあるはずだろ?
なのにいまだに動かないのは、予想外の出来事が発生したからじゃないのか?」
「予想外の警備だからとか」
「予告状まで送ってるんだぜ?
あれほど厳重なのはおり込み済みのはずだろ」
その時、盗賊たちが動いた。
庭の外側を大きく迂回するように素早く走りだす。
「あのあたりなら警備の者もいない。追いかけてもよさそうだ」
イサーシュの意見にうなずいて、4人は塀を上って賊たちを追いかけた。




