最終話 すべてに決着を~その4~
宴会同然の食事が終わると、コシンジュはかつての仲間たちだけで外に出ていた。
話は再び、身内の近況の話題に切り替わっていた。
コシンジュはメウノに話題を振る。
「そういや、ファルシス達は最近どうなんだ?」
「ゾドラの郊外に作られた『オーバーロード・タウン』は、着々と魔族たちが移り住んでいます。
ファルシスさまはその中心に中規模の邸宅を建て、もう城の中に自室を置く気はないそうです」
「町の中に邸宅? ずいぶんカミさんに遠慮してんな。
新しく魔王が住むにしちゃ、ずいぶんちっちゃな城じゃねえか」
「それ、私も気になって進言したんです。
そしたら、『今の俺にはこれぐらいがちょうどいい』と言って笑ってました」
見かねたようにロヒインが口をはさむ。
「でも、殿下のお母さまは魔界に帰られてしまわれたんでしょう?
こちらの世界の空気が合わないというより、故郷のほうがずっと愛着があるらしいですね」
「エドキナさまがいらっしゃいますから、大丈夫でしょう。
ルキフール様に変わって第2代魔界王になられた彼女でしたら、大丈夫です」
「エドキナか。
混乱が静まらない魔界をうまくおさめるのなら、彼女しかいないな……」
その顔を思い浮かべるようにしてつぶやくチチガムに、イサーシュは振り返った。
「いずれ、混乱の中からふたたび凶悪な魔族が現れるかもしれない。
魔界に嫌気がさしてこちらに移り住んだデーモンやダークエルフに変わり、彼女はこれからもそう言った者たちと戦い続けていくのでしょう」
「魔界王で思い出したんだけど、あのヘンタイ露出狂ババア、今でもルキフールの墓に通ってんだって?」
ヴィーシャの発言にロヒインは眉をひそめた。
「ええと、スターロッドさまのこと言ってんですよね?
まあ、あの方にとって同年代と言える魔族は、彼くらいしかいませんでしたから」
トナシェが遠い目を青空に向けた。
日は若干落ちかけている。
「彼女たちの同世代は、魔界の戦乱や、前魔王の人間界侵攻で、すべてと言っていいほど命を落としてしまったそうですね。
これだけでも魔族として生きる重みがうかがえます。
スターロッドさまも、さぞやおつらいでしょう」
「でも、アイツはまだ生きていかなければならない。
ファルシスの家族の行く末を、これからも見守っていかなければならないからな」
ムッツェリはしんみりとした口調で言ったが、コシンジュはなぜかしらけていた。
「で、同じ役目を背負っていたはずのベアールは、なんでいまだにミンスター城にいるんだ?」
話題を向けられたイサーシュはにべもなく言う。
「ずいぶん居心地がいいんだろう。
まあおかげで、俺はこの国にとどまったままあの方の教えを受けることができる。
貴族制をふたたび廃された以上この国にとどまる必要性はないが、やはり故郷を離れるのは抵抗があるな」
ムッツェリは若干あきれた目を夫に向ける。
「というより、お前に気を使ってこの地に残ったんじゃないか?
このあいだこう言ってたぞ?
『なんで俺の家族はさっさとゾドラに帰っちまったんだよっ! 俺に対する愛はないのかっ!?』とか。
そのたびにわめきたてられるのはたまったもんじゃない」
「いやいや、全身甲冑をつけてるあいつと違って、あきらかに人間じゃない見た目の家族はどう見てもムリだろ……」
言いつつ、コシンジュはムッツェリのほうを向いた。
「ムッツェリは、故郷のおっさんたちと連絡は取ってんのか?」
「手紙のやり取りはしている。
ただ返事が来ると、毎回のように『優秀な登山ガイドがいなくなってさみしい』と書かれてる。
別にいやなわけじゃないんだが、やはりわたしはこの地でイサーシュと生きていくと、決めたからな……」
そういう本人も、となりのイサーシュも、恥ずかしげに顔を赤らめた。
となりのヴィーシャが意地悪で「ひゅーひゅー」とはやし立てるが、コシンジュとしては、4年経っても子供ができないのが心配だ。不妊体質なのかもしれない。
「ムッツェリ、最近登山ガイドを再開したらしいじゃないか」
ネヴァダが別の話題を振ってきたので、コシンジュは頭を切り替えた。
「弓を教えるだけじゃもったいないからな。
近場の山だが、やはり父親から教わったことを眠らせておくわけにもいかないからな。
教えてもらったノウハウは大事にするよ」
「で?
コシンジュは、いつになったら人に戦い方を教える気になるんだい?」
「おわっぷっっっ!」
口から何かが飛び出しそうになるほど、コシンジュは縮みあがる思いがした。
「ネヴァダさん!
コシンジュはまだ、精神的に立ち直ってるわけじゃないんですよ!?」
ロヒインに言われるものの、ネヴァダは困った顔つきになる。
「ゴメンよ。
でもコシンジュ、いつまでたってものんきに暮らしてる場合じゃないよ。
いまやあんたは世界中で名をとどろかす、一流の戦士なんだから。
その才能を眠らせたままにしておくのはもったいないよ。
親父さんだって、いつまでも健在じゃないんだしね。
イサーシュも流派を完全に変えちゃったし」
さとされて、コシンジュは困り果てて頭の後ろを軽くかきむしる。
「ま、まあ、考えさせてくれよ。
いろんなことがあったし、もうしばらくのんびりさせてくれよ」
「ふうん、まあそういうんなら仕方ないけど。
それにしても、もったいない……」
果たして本当にそうだろうか。
1人になったコシンジュは、草むらに座りこんで沈みゆく夕日を見ながら、ずっと考え事をしていた。
すると後ろから誰かがやってきて、振りかえるとロヒインの姿がそこにあった。
彼女はほほえみを浮かべたまま、そっとコシンジュのそばによりそう。
「ガキンチョたちの面倒見るんじゃなかったのかよ。
うちのお袋ばっかに面倒かけんなよ?」
「だーいじょうぶ。いまはみんなで世話してるから。
わたしはむしろ、ここにいるでっかいガキンチョの面倒を見た方がいいかな?」
「悪かったな、デカいガキンチョで……」
そう言って、コシンジュはロヒインとともに赤く光る丸いゆらめきをながめた。
「なあ、やっぱり俺、しばらく道場に顔出すのやめるわ」
「なんで?」
言われ、コシンジュは草むらに寝そべった。
「ネヴァダはあんなこと言ったけど、俺、あいつの言いたいことの意味がわからない。
正直、なんで戦う技術を覚えとかなきゃいけないんだ?
ましてや、それを人さまに教えるだなんて」
「あら、たんに燃え尽き症候群になってたわけじゃないの?」
チラリと横目を向けると、ロヒインは相手の心情をそっと受け止めるように、おだやかな表情をしている。
コシンジュはそれに甘えることにした。
「少なくとも今は、人間と魔族は和解してる。
俺の魔物ハンターとしての役目は終わりだ。
そして俺は、覚えた技術を人間同士の戦いに使いたくはない。
それを目的とした奴に教えるつもりもない」
「ふうん、それで?」
コシンジュは起き上がり、目に決意のようなものをみなぎらせた。
「俺は別に、戦いに対する情熱が冷めたとか、そんなこと言うつもりなんかない。
とにかく俺は戦いって言うものに、極力関わりたくなんかないんだ。
ましてや俺が覚えてきたことは、生き物を殺すための技術なんだろ?
ムッツェリのように狩猟として生きるためのなりわいにするんならともかく、大切な人を守るという大義名分があるんだとしても。
俺は自分が学んできたことを、人に教えることがそんな大事なことだとは思わない」
はっきりと決断したまなざしを、コシンジュはロヒインに向けた。
「なあ、俺の考えは間違ってると思うか?」
ロヒインはこちらの顔をまじまじと見て、やがて軽いため息とともに前をむき、そっと瞳を閉じた。
「ばっかだなぁ、とは思うけど、コシンジュらしいよね。
ま、好きにしたら?」
「好きにしたら、か。
それはそれで、複雑な気分……」
そう言って前に向きなおそうとした時、ロヒインが気づいたようにこちらを向いて、コシンジュの肩をポンポン叩いた。
「あっ! そうだ!
だったらこうしない? うちの子がある程度育ったら、いっぺん旅に出ようよ!」
「お前もう2人目身ごもってんだろ。いったいいつの話になんだよ?
だいたいなんでそんな話を切り出すんだ?」
「だってコシンジュ、旅好きじゃない。
冒険に出た動機の半分はそれでしょ?
いろんな人に出会って、いろんなものを見て感動して。
コシンジュが旅を続けられたのは勇者としての使命もあるけど、それ以上に旅の中で得られたものが大きかったのもあるんじゃない?」
「そりゃあそうだけど。
今はもう少し、のんびりしてたいけどなぁ」
コシンジュは言うが、相手はもはや上の空である。
「そうだなぁ、まずは安全な、こっちの大陸かな?
ストルスホルム、いっぺん行ってみたいんだよね。首都の城壁がすごくでっかいって評判だし。
リスベンの港町もすっごくキレイらしいよ?
ホントはキロンの大魔術院を見てもらいたいんだけど、あそこには大ゲンカしてる実家の連中がいるからなぁ」
「……『オーバーロード・タウン』に来てみるのはどうだ?
あそこもなかなか、風情のある町に仕上がっているぞ?」
コシンジュとロヒインはおどろき、そばにある木かげに目を向けた。
「……ファルシスッッ!?
そんでファブニーズッ! なんでお前らここにっ!?」
「いけないのか?
ふと顔を見に行きたくなっても、俺は一瞬で会いに来れるからな」
「……殿下。
ふと顔を見に行きたくなったという理由で、2人きりの時にいちいち現れては困ります」
ロヒインにジト目を向けられるも、若き魔族は「ハハハハ」と平然と笑う。
となりにいる竜王は、だんだん伸びつつある額の角を押さえ、困った顔をする。
「なぜか私も道連れになった。
正直、お前の顔を見るといまだにこの戻りかけた角がうずく」
「俺も正直お前は苦手なんだよ。
俺、まだお前が初めて巨大化した時のこと覚えてんだからな。
でっかいドラゴンの姿を見てビビらねえ奴がいるか」
ファルシスが、「仲が良くてなによりだ」と笑うと、コシンジュとファブニーズはお互い顔をしかめた。
しかし、竜王は思い直したように平静を取り直した。
「そういえば、ドラゴンの姿を見て恐怖したとか言ってくれたな。
さて、果たしてどこまでそのような時代が続くだろうか。
今世界では、様々な火器の開発が進んでいる。我らの住むゾドラでもそうだ。
技術が進めば、ドラゴンですら相手にならぬほどの恐るべき兵器が生み出されることになるだろう。
竜が人に恐れられなくなる時代は着々と迫りつつある」
「ファブニーズさまが、人間に負ける日が来るとは、思えませんが」
「ロヒイン、魔族になったお前なら、その記念すべき日に立ち会う時が来るだろう。
もちろん私が人間と戦う日が来ないことを願うが」
ファルシスはそれを聞いて押し殺した笑い声を立てる。
「クククク、俺が人間に全力で負ける日は、まだまだ遠いだろうな。
俺に与えられた魔力はいまだ絶大だ。
この力がある限り、人と魔の均衡は保たれ続けるだろう。
それまで、我々はせいぜい人間を怒らせないように気を使い続けなければな」
「……なあ、ファルシス。1つ聞いてもいいか?」
ファルシスは少し真顔になり、「なんだ?」と問いなおした。
「俺、結局何のために戦ったんだ?
俺はヴィクトルさまに選ばれ、神々の棍棒を手に取った。
最初は、お前のことを単なる悪い奴だと思って、いろんな敵を容赦なく倒していった。
そのことに何の疑問も持たずにな……」
言われ、周囲が沈黙する。
「だけど、お前はそこまで悪い奴じゃなかった。
ずるがしこいけど、結局はゾドラに平和を取り戻して、北大陸と南大陸がいつか争うことがないように最低限の努力をしてた。
それは一時崩れちまったけど、お前は天界との争いに決着をつけることで、いつの間にか南北の平和を実現してた」
そこでコシンジュは顔をしかめ、地面をにらみつけた。
「それに対して、俺はなんだ。
フィロスの思惑にまんまと乗せられて、それが正義だと思い込んで。
俺もそれにかこつけて、いろんなわがままを通してきたし。
自分が勇者なのをいいことに、ロヒイン達に散々迷惑をかけてきたし。
そのあげくが、あの大海岸だよ……」
「コシンジュ、キミは悪くないよ。
キミが魔物たちを連れてこなくても、人間同士の争いでどちらにしろ大勢の人が亡くなってた。
変わったのは連合の人たちの被害のほうがが少なかったってだけで」
ロヒインはそう言うが、コシンジュの気持ちは晴れることはなく、首を振った。
「それでも、俺にまとわりついた汚名は、一生晴れることなんかないさ……」
「……コシンジュ。
俺は、お前がいてくれたことに、心底感謝している」
顔をあげると、こちらをまっすぐ見つめるファルシスの顔があった。
「お前がいなければ、俺は自分の気持ちを奮い立たせることができなかった。
強硬派と穏健派の間にはさまれ、ここにいるファブニーズや亡きルキフールの顔色はうかがえず、心底慕ってくれているとわかっていたはずの、スターロッドやベアールにすら見限られていると思い込んだ。
そして病身の母のそばを離れられないことを言い訳にして、俺はただすべての成り行きを、指をくわえて見ていることしかできなかった。
俺に与えられた力は強いが、心はお前よりもずっとずっと弱かった」
手で胸を押さえるファルシスは、ふと横を向いた。
ファブニーズは皮肉まじりの笑みを浮かべ首をすくめる。
ファルシスはコシンジュに向き直った。
「コシンジュ。
今までお前が戦ってきた魔物たちがどういう動機でお前に牙を向けてきたかということは、俺にすら図ることはできん。
だがお前が彼らを次々と打ち払ってきたことで、皮肉なことに俺は身軽になることができた。
それは確かだ」
ファルシスとコシンジュが、真剣な目を向けあう。
「少なくとも、4つの幻魔兵団の首領たちがあのヴェルゼックを後ろ盾にして、人間に対する暴力的な支配を考えていたことは事実だ。
そして天界の神フィロスは強大な力を背景にして他の兄弟を抑え込み、ミゲルをはじめとした天界の従者たちもそれに乗じて人間たちをだまし、利用し続けてきた。
そういった者たちを討ち果たすことで、今のこの世界の平和はある。
そのことはお前も認めるところだろう。違うか」
コシンジュはうなずき、「確かにな」とつぶやいた。
「少なくとも、この世界は完全な平穏を取り戻した。
お前はそれを俺が勝ちとったものだというが、お前が、お前が勇者として起ち、そして勇者の名を落としながらもわが父の形見を取って、
そしてヴェルゼックとフィロスを討ち果たしてくれなければ、俺の命も当然なく、世界は奴らの手によって闇に落とされていただろう。
すべて、すべてお前のおかげだ」
「……お前がそう言ってくれるのなら、俺も少しは救われるよ」
コシンジュが笑って言うと、ファルシスもそうした。
横ではファブニーズも仕方なしに笑みを浮かべている。
肩にそっと手をかけられる。
振り返るとロヒインもまたおだやかな笑みを浮かべていた。
そうしているうちに、青年魔族は竜王に向き直った。
「ファブニーズ、帰りはゆっくり戻りたい。
変身できるか?」
「え? いま、ここでか?」
「最近では友として接してきたが、ここでは魔王として命令する。
たまには俺のわがままを聞け」
ファブニーズは両手のひらを上に向け「すぐこれだ」と言って首をすくめると、少し離れた場所まで歩いた。
コシンジュは顔をしかめる。
「変身するのかよ。言っただろ、あの姿は見たくないって……」
しかしファルシスは平然とした顔で、全身を赤く燃え上がらせたファブニーズから距離をとる。
やがてファブニーズをおおう全身の炎は高く舞い上がり、真横を向いた状態で例の巨大ドラゴンの姿が現れた。
ところが、その姿を見てもコシンジュの心は動じなかった。
赤い夕日に照らされ、レッドドラゴンは悠然とたたずんでいる。
コシンジュはそれを感慨深げにながめた。
「ドラゴンって……カッコよかったんだな……」
あの時の恐怖が消えさっていたことを思わず口にすると、横からロヒインが手をかけてきた。
目を合わせたコシンジュは思わず申し訳なさげな表情になる。
「……ロヒイン、お前に命令を与える。
以後数十年分はお役御免だ」
前を見ると、ファルシスはいかにも人間離れした跳躍で、ドラゴンの広い背中に飛び乗った。
そしてこちらを見下ろす。
「コシンジュの心を支えてやれ。
そいつが背負った荷は重いが、お前がそばにいてくれればそれも安らごう」
ロヒインはその場にひざまずき、「かしこまりました」と頭を下げた。
「そして、その男の人生を見届けてやれ。
今後どのような道を歩んでいくかはこのファルシスですらも想像はつかんが、このまま平穏にそいつの人生が終わるとも思ってはいない。
必ずや、この俺をおどろかせるような活躍を見せてくれると、期待しているぞ」
そして、最後にコシンジュのほうに目を向け、ニッと笑った。
「さらばだ。我が宿命の、友よ」
ドラゴンの顔が、こちらをチラリと向いた。そして巨大な羽根を振り仰ぐ。
それとともに大きく風が舞うが、不快を思わせるものではなかった。
「お、お前……よくよく考えてみれば……」
コシンジュは少し進み出て、思い切り声を張り上げた。
「一番肝心なところで、おいしいところを持っていきやがってっっっ!
主役の俺を差し置いてしゃしゃり出てくんじゃねぇ~~~~~~~~っっ!」
ドラゴンが羽ばたいた。
やがてその巨体が宙へと舞う。
それに比べればはるかに小さいファルシスが、こちらに片手を振って、巨体の中に隠れて消えた。
さわぎを聞きつけたのか、後方から仲間たちがかけつける。
ロヒインの横に並び、コシンジュのすぐ真横までやってきた。
それに視線を向けながらも、コシンジュは拳を高く突きあげた。
「覚えてやがれっっ!
今度会ったら、またてめえをギャフンと言わせてやっからなっっ!
絶対覚えとけぇ~~~~~~~~~~っっ!」
怒った顔をしつつも、どこかうれしそうなコシンジュ。
ヴィーシャがそっとロヒインにつぶやいた。
「ねえ、なんでファルシスとファブニーズが現れてんの?」
「ふと顔が見たくなったんだって。
そんな理由でいちいちこんなところに現れて、大騒ぎして帰られたら、たまったもんじゃないよ」
ヴィーシャは「ふ~ん」と言って、他の仲間たちとともに、上空を見上げた。
そのうち、コシンジュとロヒインはそばに寄り添い、軽く抱き合う形になった。
そばにいる仲間たちがチラリと視線を送り、ふたたび上空に目を戻す。
9人の仲間たちは、そうやって夕日に照らされて天高く舞い上がるドラゴンの影を、
いつまでも、いつまでも、見上げているのだった。
前から吹き上げる風は、猛烈というほどでもない。
そんなゆったりとしたペースで、大空をつき進むレッドドラゴン。
人の言葉を理解する竜が、突然声をかけてきた。
「……まったく。いいのかファルシス?
あのようなことを言われ、また派手なケンカを吹っかけられるのはゴメンだぞ?
正直飛空艇で見せた、お前の無様な姿は見ていられない」
「ハハハ、我慢しろ。
俺はうれしいのだ。あいつがあのように言ってくれるのは。
あのような元気がある限り、奴は大丈夫だ。
そしてこの俺もな」
悠然と腕を組み、目をかがやかせ、目の前に広がる赤い大空を見つめる。
「フン。
それにしても、こんなことをしている場合ではないだろう。
どうせならエンウィーも連れてこればよかったではないか。
最近は別住まいゆえ、あいつもずいぶんさみしがっているようだぞ?」
「そのうち旅に連れ出すさ。
またいつものようにな」
「かまわんが。
もっとも仮に大国を一手に担う者を、ホイホイと外に連れ出すのはどうかと思うがな」
「かまわんと自分で言っただろう。大丈夫だ。
あいつには世界一屈強な護衛がそばについているのだからな。
ああ、もう1名だ。その時はお前も一緒についてってもらうぞ」
ファブニーズのため息が聞こえる。
しかし、突然別のことを口にした。
「……ファルシス、世界は、これからどうなるのだと思う?」
ファルシスの目が、目の前ではないどこか遠くをながめる。
「さあな。
お前の言う通り、技術が進めば人はドラゴンを恐れなくなるかもしれん。
だがかつての古代文明のように、それによって世界が破滅することは避けたい。
無論、強大な闇の力や世界の枢軸が、悪しきものの手に渡ることは絶対に防がねばならん」
「私たちに、それが成せるのか?
すべてが移ろいゆくこの世界で?」
前方のドラゴンの頭が、ふとこちらを向いた。
ファルシスは愉快に笑った。
「ククク、なにを言う? 俺たちだけではないじゃないか。
コシンジュたちがいる。
いや、もしコシンジュがいなくなっても、あいつのような奴は必ず現れるさ。いつの世になってもな」
「コシンジュか。
お前はさっきあんなことを言ったが、正直私も奴が将来どのような道を歩むか、たしかに楽しみではあるな」
思わせぶりな口調で言ったので、ファルシスはますます楽しくなった。
「ほう、お前も言うようになったな。
ま、当面の楽しみは、まずは奴のことだな。
さて、いったいどんなことになるのやら……
ハハハ、フハハハハハハハハハ」
いったい何が楽しいのか、ファルシスはファブニーズの背中の上で大笑いし始めた。
いつまでも笑いが収まらないので、巨大ドラゴンはあきれた目つきをして、首を振った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!」
ファルシスの笑い声は、夕暮れの赤に溶け込むドラゴンの背中で、いつまでもこだましていた。
くしくも2人の英雄を排出することになった勇者の家の倉の中には、今では家宝と呼べるものとなった、ふた振りの武器がある。
1つは、神々の棍棒。
戦いの後、コシンジュはヴィクトルにそれを返そうとしたのだが、
「餞別だ。取っときなさい」と言われ、そのまま持ち帰ってきてしまったものである。
もう1つは、黒の断頭斧。
ヴィクトルが帝国の宝物庫より持ち出したもの(盗んだとも言う)だが、コシンジュの怪物じみた強さにみなが恐れ、いつしか誰も取り返しに来なくなってしまった。
かつて前の勇者と魔王がお互い血を流しあった、2つの伝説の武器。
皮肉にも新たに世界を救った英雄の武器として、その遍歴を塗り替えてしまったのである。
今ではこの2振りは倉の奥に並べて立てかけられ、
やってくるかどうかもわからない新たなる活躍の機会を、静かに待ち続けている。
~I have a legendaly weapon 完~
長い連載、ご愛読ありがとうございました。
次回から本作の総括、並びにキャラ解説に入りますので、ご興味があればごらんになってください。
ちなみに総括はかなり反省まじりの駄文になると思いますので、読み飛ばしてもらってかまいません。




