最終話 すべてに決着を~その3~
先に拳が当てたのは、リーチの長いファルシス。
ゆっくりとコシンジュのほおにめり込んでいく自分の拳をはっきりと確認したあと、自分のほおに相手のパンチが入ってきた。
力の差は五分と五分、そのはずだった。
だがこの時のファルシスには、ある確信があった。
自分は、負けると。何かがそれを感じさせる。
コシンジュの思いが伝わってきたからか。
それとも、ロヒインの声が彼に力を与えたからか。
今まで、自分は負けたことがない。
少なくとも、ベアールとの試合に負けることがなくなってからは。
そこからは、負けることが許されなかった。
魔王という立場をその両肩に背負ってから。
守るべきものを自覚した、その時から。魔王には負けることは許されなかった。
そして負けることもなかった。
自らが背負った強大な力が、今までずっと、自分を支え続けてきた。
多くの仲間たちが、それでも手に余るものを支え続けてくれた。
一瞬、亡きルキフールの姿を思い出す。
彼が死んで、ファルシスは影に隠れて思い切り泣いた。
これも自分が魔王となったせいだと、自分を責めもした。
しかし、今は違う。
もう負けることが許されない敵は、すべて倒した。
目の前にいる相手は、違うのかもしれない。
ここでファルシスは気付く。
……そうか。これこそ、自分が心の中でずっと欲しがっていたものだ。
初めての敗北。
これこそ、自分が心の奥底で、ずっとずっと望み続けていたものだ。
それを手に入れた瞬間、自分は魔王としての重責から、解放されることができる。
エンウィー、俺はもう、今までの魔王じゃない。
これからは、ただたんにお前の夫として、生きていこう……
自分を殴りつけた相手の姿が、後光に照らされ影のように黒く染まっているようにも、ファルシスの目には映った。
ファルシスとコシンジュは、互いに相手の拳を殴りつけたまま、動かなかった。
いつになったら2人は倒れるんだと、見守る者たちはかたずを飲んで見守り続ける。
「……ああっっ!」ヴェルが指差すと、ファルシスの身体が、ゆっくりとぐらついた。
そして、一気に甲板の上に叩きつけられた。
対するコシンジュはどうか。
……フラついてはいたが、彼はまだ、しっかりと甲板を両足で踏みつけている。
スターロッドが、ベアールが、ファブニーズが、一気に飛び出した。
そして急いで床に倒れたファルシスの身体を抱き上げる。
コシンジュのほうへ飛び出したのは、ロヒインだけだった。
彼女が愛する者の身体を抱きかかえると、コシンジュは両足のバランスをくずし、ロヒインを半ば巻き添えにして床に倒れ込んだ。
「……俺は……勝ったのか……?」
ひざ枕をされた状態で、コシンジュはぼう然と傷だらけになった顔で見上げる。
ロヒインは両目から涙の粒をこぼし、「うん、うん……」とうなずき続けた。
「……勝った。
俺は、あのファルシスに、勝ったんだ……勝ったんだ……」
「……殿下が……負けた……」
声をあげたのは、ズメヴ兄弟の白髪のほうだった。
それを見て仲間たちがいっせいに彼のほうをむき、ファルシスに向き直って、信じられないと言わんばかりの顔つきになる。
「勝った。
コシンジュが、あのファルシスに……勝った……」
戦いを観戦していたランドン国騎士団長、ランゾットがつぶやくと、横にいた将軍ディンバラがうなずき、声を張り上げた。
「勝ったっっっ! 人間が、魔王ファルシスに勝ったっっっ!
拳闘の勝負ではあるが、人間が魔王を、打ち破ったのだっっっっ!」
「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」」」」
大歓声。
デーモンやダークエルフも声をあげたが、人間たちのほうがはるかに大きかった。
人間が魔王に勝った。
この事実は、内心複雑な気持ちを抱いていた彼らを狂喜させたに違いない。
コシンジュの仲間たちは飛び上がり、抱き合い、チチガムとイサーシュはただひたすら涙を流す。
ファルシスの部下たちはただひたすらぼう然としている。
コシンジュの目がまわりを見回し、そして疲れ切った笑みを浮かべた。
「へへ……」
「コシンジュ……コシンジュ……」
喜んでいいのかあきれればいいのかわからず、ロヒインはそっと相手のほほに手を当て、涙を流し続けていた。
一方、スターロッド、ベアール、ファブニーズは失神したファルシスの顔を、ずっと見下ろし続けていた。
周囲からはよく見えないが、気を失った彼の顔は見事なまでに白目をむき、口をポカンと開け少し舌を出している。
「なんつう無様な顔をしとるんじゃ。
まるで魔王としての威厳が、台無しになるではないか……」
悲しみすら宿ったつぶやきをもらしたスターロッドに、ベアールは首を振る。
「いや、これでいいんだ。
ファルシスはコシンジュに負けることで、初めてそのプレッシャーから解放されたんだ。
俺には、すべての重荷を下ろして安堵しているようにも見えるぜ」
「とはいえ、見せつけられるものではない。
この顔は、私が隠しておこう」
ファブニーズがそっと、ローブの裾でファルシスの顔をおおった。
それを見て安堵したか、スターロッドは立ち上がり、背を向けた。
「まったく! バカじゃっっ!
お主もコシンジュもっっっ! どうしようもないアホじゃっっ!
そんな姿を見て、いちいち感動しきっておる者たちも、みんなみんなバカじゃっっっ!」
ベアールとファブニーズが彼女を見上げると、腰に両手を当て、さらに上空を向いていた。
そこには散り散りになった小さな雲たちと、真っ青な大空が、日の光を浴びてまぶしく光かがやいていた。
「まあ、わらわもまた、そんなバカ者の1人なのじゃがな……」
春が過ぎ、勇者の村の緑は明るい色から少し落ち着いたものに変わり始めた。
植えつけられた苗は青空に向かって、今日もまっすぐ葉の先端を突き上げている。
しかし、今はコシンジュ達が天界から村に帰った直後ではない。
あの時から、もう4年の歳月が過ぎている。
その間に世界ではいろいろな動きがあったが、それは後々語らせるとして、今日は村にてある催しが開かれた。
魔導師シウロ、お別れの会である。
いまや世界中でその名をとどろかせるロヒインを輩出した異色の天才魔導師は、結局家族のいるキロンには帰らず、この地にて生を終えた。
会は終わったが、この日勇者の家には何人かの姿が集まっていた。
「どぉもぉ~、すみません、遅くなりましたぁ~」
以前とは違って地味なローブをまとったメウノが家に入ると、テーブルを囲んだかつての仲間たちが振り返った。
中央に座るコシンジュがあわてて手を振りあげる。
「いやいや! 充分間に合ったってっ!
ていうかお前よく離れた場所からうまく間に合わせたなっ!」
テーブルの前方ではすっかり背が伸びたトナシェが振り返り、となりの開いた椅子をさっと引いた。
「さあさ、座って! 今始めたところだから!」
席に座ったメウノは、テーブル中に盛りつけられた豪勢な食事を見回し、少し眉をひそめる。
「これ、シウロ導師のお別れの会なんですよね。
こんな宴会みたいな催しにしちゃって大丈夫なんですか?」
コシンジュは手を振った。
「気にしない気にしない!
どうせ老衰なんだから、ていうか86歳っ!? 天寿じゃねっ!?」
コシンジュも戦いが終わってから、すっかり背が伸びた。
もくもくと料理を口に入れるイサーシュもさらに背丈が伸び、いまや偉丈夫となっている。
となりにいるムッツェリとの身長差が著しい。
「あたしとしては、もう少し落ち着いてくれた方がいいんだけどな。
いちおう、あたしが最後の弟子なんだし」
ふくれっ面のコシンジュの妹ソロアが、ニコニコ顔の母リカッチャとともに新たな料理を運んでくる。
メウノは少しおどろいた。
「あら、ソロアさん料理ができるんですか」
「トーゼン!
パパとママみたいな素敵な家庭を築くのなら、これくらいできて当然ですからね!」
そっとうまくテーブルに乗せるリカッチャとは対照的に、ソロアは少し乱暴に置いた。
少し汁が飛び散るのを見てメウノは顔をしかめる。
コシンジュが声をあげた。
「おいおい聞いてくれよ。
うちのロヒイン、料理のほうは壊滅的なんだぜ?
あれこれなんでも器用にこなすくせに、信じられなくね?」
そう言ってコシンジュはとなりにいるロヒインを親指で刺すと、彼女はベ~ッと舌を出した。
「どうせわたしは料理が下手ですよ~だっ!
なんでもできる超人なんて期待すんなっ!」
そう言うロヒインは、あいも変わらず昔の姿のままだ。
着ている服は普通のものになっているが、かがやくような美貌をほこる彼女だけが時間を止められたように見える。
ふわふわした赤毛からのびる小さな角も、あの時のままだ。
遠くから「え~んえ~ん」という声が聞こえ、ロヒインが振り向いた。
「あぁ! うちの息子が泣き出した!
もう、弟たちにしっかり世話するように言ったのに! ちょっと見に行かなきゃ!」
「あ、いやあれはうちの3男ね。
あたしが行くからロヒインちゃんはみんなと楽しんでって」
「はははは、そういえば天界から村に帰った時、リカッチャさんが5人目を妊娠していた時はビックリしました」
メウノが笑うと、コシンジュがあきれ果てたように額を手でおおった。
「まったくなんなんだよこのバカ夫婦!
どうせしばらく会えないからって大ハッスルしやがって!
もういい歳なんだから少しは控えろよ!」
「そういうお前は、ロヒインともう2人目じゃないか。
デーモンは出生率が低いという話がウソみたいだぞ」
しらけた顔のイサーシュがつぶやく。
コシンジュは気まずくなって口ごもった。
「ええっ!? ロヒインさんもう2人目なんですか!
これは初耳です」
メウノが言うと、ロヒインはピースサインをつくって「イエィッ!」と言った。
するととなりにいたトナシェがテーブルの上で両手を組み、遠くを見つめるように顔を上げる。
「それにしても、2人の結婚式がついこの間のようです。
あれから、もう4年もたったんですね」
「ファルシスが国に帰ってすぐのことだからね。
いきなり結婚しだすって言うから、びっくりしたわよ」
ヴィーシャがパスタをもぐもぐさせながら顔をあげた。
なんだか以前より下品になったような気がする。
ファルシスがゾドラで行った凱旋パレードが終わるのを待って、コシンジュとロヒインはすぐに結婚式を挙げた。
どうせ待っていても仕方がない、という理由だった。
ちなみにミンスターで結婚できるのは16歳からでコシンジュはあと数カ月先なのだが、コシンジュは特例として王に認められた。
ミンスター城の礼拝堂から出てきた2人は、見事な衣装を身にまとっていた。
コシンジュは真っ白な貴族風の礼服を、鍛えられた身体をパンパンにして着ている。
ロヒインは重ねがけされた純白のレースが特徴のドレス。
実はこれ、来賓であるファルシスとともにいるエンウィーからゆずり受けたものだ。
ファルシスはそっと妻につぶやく。
「よかったのか?
お前の花嫁衣装、あいつにゆずってしまって」
「いいんですよ。
いずれはわたしも殿下の血をゆずり受けて、魔族となる身です。
そしたらロヒインさんと姉妹みたいなものじゃないですか」
「なるほどな。
あとエンウィー、俺のことはファルシスと呼べと言ったじゃないか」
「あら、ごめんなさいまた。ファルシスさま……」
そう言って見つめ合う2人を、花嫁花婿の後ろから続く進行役のメウノが暖かく見つめる。
ファルシス達のそばには、他にスターロッド、ベアール、ファブニーズ、ヴェルなどがいる。
ロヒインの親族は見えず、メウノは悲しげな目をした。
ロヒインの家族の絶縁状態は、その後4年も続いたままだ。
ふと、少数民族出身の宰相、マージと目があった。
メウノはとたんに顔を赤らめ、そっと伏せた。
「そのあと、結婚ラッシュが続いたな。
イサーシュとムッツェリは当然だけど、ヴィーシャとメウノが選んだ相手は、正直おどろいたな」
ネヴァダがコップの中の酒を飲みほして、椅子の背もたれに腕をかける。
ムッツェリが彼女の声を聞き、メウノのほうを向いた。
「まさか、お前が結婚するとはな。
そして選んだのがマージだとは」
言われメウノは変わらないボブショートの髪をなでる。
「えへへへ、マージさんのほうから見染められたそうで、少し迷ってしまいましたが……」
「神職としては少し躊躇することもあっただろう」
チチガムに言われ、メウノは首を振った。
「ヴィクトル様が現れて、こう言って下さったんです。
『もう我々に君たちを縛る力はない。君は新しい人生を歩みたまえ』ですって。
それで、決心がつきました」
「で、僧侶はやめるの?」ヴィーシャに言われ、また首を振った。
「それと人々を救いたいという気持ちは関係ありません。
ヴィクトル様にいただいた力は返上しましたが、これからも人々の苦しみを救ってあげたいと思っています。
あのお方が神々の頂点に立ったことで、少しずつ教会に人々も戻り始めていますし」
ネヴァダが少し眉を吊り上げ、メウノを見た。
「そういえばあんた、途中で手紙を送ってきたね。
あんた、マージの子供を妊娠したんだって?
こんなところまで来て大丈夫なのかい」
「こちらの大陸に来てから妊娠が発覚したので、まだ大丈夫です。
夫に手紙を送ったら、ずいぶん喜んでくれましたよ?」
ここでイサーシュが気付いたかのように顔をあげる。
「手紙と言えば、ヴァスコから知らせが来たな。
どうやらあいつ、とうとう自分の船を購入したらしい」
「あの人にもずいぶんお世話になりましたからね。
めでたい知らせが続いて、なによりです」
トナシェが笑顔で言うと、コシンジュが遠い目を上に向けた。
「ずいぶんお世話になった人が多いからなぁ。
みんな、元気にしてるかなぁ」
「ちょっとちょっとぉっ! あんたら勝手に話題変えないでよっ!
アタシの件はどうなったの?」
「ああ、マグナクタ6世のことだろ?
あの時はホントにビックリしたよ……」
ミンスター城の中庭。
コシンジュとロヒインの披露宴が進む中、マグナクタ6世が粛々(しゅくしゅく)と祝辞を述べる。
かなり堅苦しい内容なので、参加者はみな聞き流して食事を楽しんでいる。
ここでマグナクタ6世は突然せき払いをした。
「えーと、会場にお越しの方々に重大なお知らせをいたします。
この場をもちまして、わたくしマグナクタ6世は王位をしりぞき、ランドン国を完全な民主政に移行しようと考えていることを、発表いたします」
会場内が静まり返った。全員が若き王に振り返る。
突然3人が立ちあがった。当然、若き王の家族たちだ。
「き、貴様突然何を言いだすっっ!
わが手から王位をうばって、無理やり君主制を復活させたのは、お前自身ではないかっ!」
「お兄さま、いったい何があったのっ!?
わけを聞かせてちょうだい!」
「……余が言いだしたことだ」
王族ファミリーが視線を帰ると、軽く手をあげたファルシスが、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「余が、国家権力を国民たちのもとに返すよう説得したのだ」
そして会場じゅうを見回す。
そこには数多くの王侯貴族たちがいる。
「この場を借りて余からも発表しよう。
余は北の連合から、すべての自治権を返上する。
各国の大使たちは再び以前の国家体制に戻るように」
これには各国で王位についていた者たちもおどろいた。
「ついでに国家財政が立ち直ったタイミングを見て、ゾドラにおける全権もすべてわが妻、エンウィーに譲り渡す」
となりにいる魔王の妻、つまり第2代ゾドラ大帝が立ちあがり、ていねいに頭を下げた。
「そして我ら魔族はいったんすべての支配体制から退き、今後の判断を慎重に決めようと思う。
地上での我らの支配は徐々に収束させることとしよう」
その声を待って、来賓の魔族たちがゆっくりと頭を下げた。
「……なぜですっっ!? なぜそのようなご判断を下されますっ!?
わけをお聞かせ願いたい!」
礼服姿のイサーシュが立ちあがった。
ファルシスは、さとすように首を振る。
「わかっているはずだ。
すべての人間が、我らの存在を歓迎しているわけではない。
いまはまだ表面には出ていないが、いずれ我々に対する不満と畏怖は徐々に大きくなって手がつけられなくなるだろう。
そうなる前に、我々は人間たちとの適切な距離を考える必要がある。
神々が人間たちにしたような対応を、我々もとらねばならん」
そこまで聞いて、イサーシュも仕方がなしに座りこんだ。
横からドレス姿のムッツェリが肩に手をかける。
「お前も、貴族の地位にしがみつくのはやめろ。
お前には剣の才能があるじゃないか。
それだけで、わたしはお前とともに生きていける」
言われちらりと目を向けると、うつむいて何度もうなずいた。
ここで若きランドン王が会場を、そっとあとにした。
廊下を1人進むと、その先でヴィーシャが円柱に背中を預けて待っていた。
「あら、そんなにくやしい?
あっという間に権力の座から引きずり降ろされたのが」
「ずいぶん先回りが早いな。
さすが盗賊として鍛えただけのことはある」
死んだような目を向けると、ヴィーシャは不敵な笑みをこちらに向けた。
「よかったじゃない。これはむしろ、あんたにとってチャンスじゃない。
この国を出て、本当の意味での政治家を目指すチャンスよ」
「言われなくともそうするつもりだ。
というより、そうするしか手がないと言ったところだな」
「あんた、外の世界を知らないでしょ。
よかったらこのアタシが、いろいろ教えてあげよっか」
どこか勝ち誇ったように言う彼女に、6世はしらけた笑みになった。
「王族としての地位を失ったこの私を、支えてくれるとでも言うのか?
まったく、私も飛んだ笑い物になったものだ」
「あら、いいんじゃない?
お互い口が悪い者同士、うまくやっていけるかもよ?」
6世は鼻で笑い、彼女に向かって何度もうなずいた。
「で、あいつはゾドラに行ったんだろ?
それに対してお前は、いろんなところを行ったり来たり、まったくひでぇヨメさんだな」
「あら、それがアタシの生き方よ?
あいつだってそれがわかってて結婚したんだから、別に問題ないじゃない」
あまりに自慢げに言うので、コシンジュは小声で「子供作る気あんのかよ」とつぶやいた。
「聞こえてるわよ。まあ運がよかったらね。
でも、やっぱり家庭に入るつもりは全くないわよ?
アタシはアタシ、これからも自由に生きていくの」
それを聞いた仲間たちはあきれかえって首を振る。
「それに比べて、6世様の妹さんは堅実ですね。
旅先で聞いたんですが、彼女はベロン国主に復帰したあの
ノイベッド氏とご結婚を考えてらっしゃるそうですね」
「えぇっ!? そんなの初耳だぞっ!?
ていうかあの姫さまが、よりによってあのチョーカタブツと結婚っ!?
し、信じらんねぇ……」
叫んだコシンジュにロヒインが意味ありげな目を向ける。
「姫さまキミにホレてたらしいからね。
開き直って堅実なタイプを選んだんじゃない?」
言われてもコシンジュは「いやいやいや……」と首を振り続ける。
トナシェがつぶやいた。
「ご両親も、子供たちが巣立ってずいぶんさみしそうですね。
移り住んだ郊外の家もガランとしそうです」
「そういうあんた、完全にこの村に住みついちゃったそうじゃない。
いいの? お父さんもお母さんもずいぶんさみしい思いをしてるはずだよ」
そういうネヴァダに、トナシェは不機嫌ぎみに首を振る。
「もうわたしも独り立ちしてもいい年齢ですっ!
いいんです、わたしはここでソロアちゃんと一緒に、尊敬するロヒインさんの弟子としてずっと学んでいきます!」
ここでコシンジュはネヴァダのほうに顔を向ける。
「そういえばブレベリは、結局のところどうするつもりなんだ?」
「あたしのほうが、ずいぶん弟子が増えちゃったからね。ここを離れられないよ。
大丈夫、あの子は昔のこともあってもうゾドラに帰るつもりはないから、いざとなったらクリサとおんなじ店で働けばいいさ」
コシンジュは頭の中で2人目に好きになった、あの女の子のことを思い出していた。
近場のミンスターにいるので会うことは何回かあったが、すっかり街に溶け込んでいた彼女はいつの間にか大人びていて、印象が変わったようにも見えた。
それとともにいつの間にか自分もどこか熱が冷めていることに気づき、歳月のはかなさを思うのだった。
自分はあの時、彼女の中に夢を見ていたんだろう。
今はとなりにいるロヒインという女性の夢に、それがかき消されてしまっている。
スターロッドにしたところでそうかもしれない。
ふととなりを見ると彼女は小首をかしげながらも、にっこりとほほ笑んだ。
コシンジュは小さく首を振り、いつの間にかどうでもいい笑い話を繰り広げていた仲間たちの輪に加わった。




