最終話 すべてに決着を~その1~
立ち止まり、同時に振り返ったファルシスとコシンジュ。
ひざまずいたフィロスの腕から、光かがやく何かが転がってくる。
コシンジュは少し進み出て、それを拾い上げた。
それはかつてコシンジュが使い続け、いくつもの魔物を退けてきた、あの「神々の棍棒」だった。
以前と比べると、あまりにも軽く感じられる。
「そいつは餞別にとっておけ」
ファルシスに言われ、コシンジュは黒斧を背中にしまい棍棒をしっかりと握りしめた。
「……ククククククク……」
2人はとっさに身構えた。
ゆっくりと振り返ったフィロスが、手に何かを持っている。
血まみれの両手に握られたそれは、球体の姿をしていた。
白と青のまだら模様の中に、わずかに緑と黄色が入り混じっている。
「世界の……枢軸っっっ!」
ファルシスが前に進み出た。
コシンジュは一瞬そちらに視線を送り、フィロスが手に持つ球体をじっと見つめる。
「クククククク……知っているか?
お前たちの今住んでいる地上ははるか天空から見下ろすと、このような姿をしているそうだ。
これはいわば、この世界のミニチュア、というわけだ」
「貴様っっっ! よけいなマネをするなっっっ!」
ファルシスが異常にあせっている。よほどまずい事態なのだろう。
「ワシの両腕を砕いて、力を奪ったつもりかっ!?
残念だったなっっ!
かろうじて、これを持ち上げる程度には残っていたぞっっっ!」
フィロスの血まみれの両腕が光かがやき、真上へと持ち上げられる。
「ああぁぁぁっっ! バカァァァァァァァッッ!
それはやめろぉぉぉっっ! ぜったいやめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
コシンジュは張り裂けんばかりの声をあげるが、フィロスの目は完全に正気を失っている。
今にも残された力で地球儀をたたきつけんばかりだ。
「みんな、みんな……
死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
コシンジュとファルシスがあわててかけだし、手を伸ばすが、とても間に合いそうにない。
「「よせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」」
しかし、フィロスの両腕は振り下ろされる前に、新たな血ふぶきが飛んだ。
ファルシスとコシンジュがそれをわずかに浴びる中、
フィロスの後方に現れた何者かが、その両手から地球儀をとり上げる。
「言ったでしょ? 待ってるのは少しだけだって。
ずっと隠れて様子を見てたら、案の定こうなった」
目と口を大きく見開いたフィロスが、ゆっくりと振り返る。
地球儀を手にかかえ、反対の手で長い剣を払うロヒインの姿が見えた。
フィロスは前に振り返り、下ろした両腕を見下ろした。
どちらも、光に包まれた途中から先がなくなっている。
ひたすら首を振り続けるフィロス。
ロヒインが、ゆっくりと剣を振りあげる。
「とどめは、わたしが刺す。
殿下、コシンジュ。文句は言わせないよ」
ロヒインは、一瞬で剣を振り下ろした。
同時に彼女のマントが血でまみれ、フィロス神はゆっくりとうつぶせに倒れていった。
ファルシスとコシンジュは声をあげることなく、長い眠りについた老神のなれの果てを見下ろした。
3人が神殿を出ようとすると、ヴィクトル神があわててこちらにかけよってきた。
「はやく来なさいっっ! あれが始まるぞっっっ!」
ロヒインが「あれ!?」と問いかけるものの、3人はヴィクトルのあとを追って神殿を出た。
広場まで来たところでヴィクトルがその場に座り込み、「かがめっ!」と叫んだ。
とたんに上空が荒れた。
見上げれば、晴れかけていた暗雲が勢いよく流され、渦巻きの形になる。
「みんなっ! あれを見てっっ!」
コシンジュ達はロヒインが指差す方向を見た。
すると、神殿の屋根の上に、力尽きたフィロスの姿があった。
手足をだらりと降ろし、胴が何かにつかまれているように空中に持ちあげられていく。
その真上から、何かがわずかに見えた。
うずまきの中心はわずかに穴が開いており、人の巨大な、手のようなものが見えている。
「ヴィクトルッッ! あれはいったい何なんだっっ!?
これからいったい何が始まるっっ!?」
「……『創造神』だ……」
「「「創造神?」」」」
3人はそろってヴィクトルのほうを向いた。
「我々神々の兄弟には、フレストという母がいる。
このあいだファルシス君が倒した、天の破壊神だ」
「えっ!?
ヴィクトル様たちって、お袋さんがいるのっっ!?」
完全に初耳のコシンジュがすっとんきょうな声をあげる。
横からロヒインが頭をはたく。
「いでっっ! なんでっっ!?」
「母親がいるということは、父親がいるということでもある。
それがいま手だけを垣間見せている、あの創造神だ。
もっとも、この世のすべてを創造した神なのだから君たちすべての父親でもあるがな」
ファルシスが、もう一度上空にわずかに見える手を見上げた。
「なぜだ? なぜ彼の存在は、隠されている?
それにヴィクトル、なぜ名前を呼ばない?
フレストやナグファルと同じく、存在を知られてはならない理由でもあるのか?」
「我々天界の神々でさえ、父上の名前は知らぬ。
それどころか、いったいなにゆえにこの世界を創造したのか、それを知ることさえ禁じている。
我々が知れば、何らかの理由で世に広がる可能性がある。
父は子供や、妻にさえもその理由を教えない」
ヴィクトルは創造神の手を、悲しげな目で見上げた。
「これは私の仮説でしかないが。
この世に行けるすべての知性は、生きる理由を求める。
生まれてきたわけを知りたがる。
父がそれを明かしてしまえば、その答えを求めて人は群がるだろう。
なぜ自分たちは、この世に生み出されてきたのか。
そしてその理由と言うものが争いに火種にすらなるかもしれん。
だからこそ、父は自らの存在をひた隠し、肝心なことは我ら息子たちにすら教えてくれん」
稲光が舞った。
まばゆい光とともに、立て続けに轟音がけたたましく鳴り響く。
やがて3人が顔をあげると、上空に新たな物体が現れていた。
白に近い黄色い逆三角の物体。見覚えがある。
中央にはわずかに影があり、うっすらとフォロスのシルエットが現れていた。
「光の……封印石」
ロヒインがつぶやくと、ヴィクトルはうなずいた。
「いかにも。兄者は父上に見限られた。
新たなる破壊神として、長い間覚めることのない眠りにつくことだろう」
そして3人に向き直り、彼らの目をまっすぐ見つめて、つぶやいた。
「わかっているとは思うが、わが父のことについては一切他言無用だ。
世界の枢軸のことも、そして父と対極をなす、ナグファルのことも……」
巨大な光の彫像は、ゆっくりと降りて行き神殿の屋根の中に消えた。
いつの間にか空の渦巻きは消え、巨大な手は全く見えなくなっていた。
コシンジュ、ロヒイン、そしてヴィクトルが振り返った。
全身を取り巻くオーラが抜けていくと、人の姿をしたファルシスが現れた。
どこか疲れ切った表情になっている。
「終わった……すべて、終わったのだな……」
両手がふさがっていたファルシスは、片方の手をこちらに向けた。
コシンジュは赤いダガーを受け取り、腰のポシェットの中に入れた。
「そちらの方は、この私が預かろう」
球体を手にしたファルシスはいぶかしげな目でヴィクトルを見た。
「いいのか?
これを受け取った時、あなたはフィロスの代わりを務めなければならん。
これのせいであなたの兄は狂ったのかもしれないんだぞ」
「そのことで、ちょっと話があるんだよ」
そう言って、ヴィクトルはコシンジュとロヒインに目を向けた。
「悪いけど、2人だけで話をしたいんだよね。
君たち、ちょっとあっちいってくんない?」
「なんだよ気味ワリイ、ひょっとしてあんたホモ……
いでぇっっ!」
「次そんな発言したら、もっと痛い目にあわせるからね。
その手の話題わたしデリケートなんだから」
ロヒインはすっと立ち上がり、さっさと階段の方へと向かってしまう。
コシンジュははたかれた頭をさすりながら「待てよぉっ!」と追いかける。
しかし階段を少し降りたところで並び立ち、2人が手を握るのがわずかに見えた。
ファルシスとヴィクトルはそれを見て小さく笑う。
「仲がいいじゃないか。
これなら、今妊娠中の君の奥さんもひと安心だろうね」
「……知っていたのか。
地下に閉じ込められていたのに、耳が早い話だ」
「君がここにやってくる前にちょっと時間があってね。
君の奥さんがヴェルゼックに狙われているかもしれないと思って、警戒していた。
実際はコシンジュ君の身内だったけど」
言ったあと、「ああそのことはもう心配いらないからね」と付け加えた。
「そうだ。
さっきの話のことだけど、君が一時おかしくなったのも、私の兄が狂ったのも、別の理由があると思うんだ」
ファルシスは神妙な顔で「なんだ?」と問いかけると、ヴィクトルは立ち上がった。
「しいて言えば。
光の種族と闇の種族の、たがいの心の中に巣くう憎悪、かな」
ファルシスも立ち上がり、「憎悪……」と繰り返す。
ヴィクトルはうなずく。
「光と闇は対局の存在だ。正直、交わりにくい。
相反する属性ゆえ、反発も強い。
その中で互いの属性を背負って生まれた者たちも、対極の属性に対して根深い憎悪の念が生まれる。
そう考えれば、光と闇が争うのも、避けられないのかもしれない」
「兄は、違うではないか。
余の家臣の中にも、そうでないものが大勢いるぞ」
「さあ、程度の差があるのかもしれないね。
闇の種族が悪く、光の種族が正義というセオリーが事実ではないのと同時に、たがいの属性を憎悪する感情もまた個人差があるのかもしれない」
ヴィクトルは背中を向けたままファルシスの問いに答える。
その表情は、あまり詮索しない方がいいのだろう。
「君も十分に気をつけたまえ。
光と闇の戦いは、これで終わりではないのかもしれん。
いつかまた、君が世界を守らなければならない日が来るかもしれないね」
「その通りだ。
もちろん世界のために戦うつもりだ。
その時のための、魔王だからな」
ファルシスが腰の位置に手を当てると、剣が引き抜かれたまま無くなっていることに気づいた。
若き魔王は顔をしかめつつ、仕方なしに神殿の中へと向かう。
「光の封印石でも見学しに行くの?」
「いや、剣を落とした。亡き舅の大切な形見だ。
神殿の中になければ、ここら一帯をしらみつぶしに探さねばならない」
少しだけ振りかえると、ヴィクトルはやはり顔色を悟られたくないのか背中を向けている。
「よかったら探してあげようか?」
「いや、できるだけ自分で探す。
2人っきりになったコシンジュとロヒインのそばを通りたくはないからな。
剣を見つけたら転移魔法を使って部下たちのもとに戻る」
そう言って、ファルシスは神殿入口に消えていった。
ヴィクトルは両手に持った地球儀を見下ろした。
その目には、兄を失った悲しみをたたえながら。
「私も、この理性が続く限り、この力を懸命に守っていこう……」
神殿のガレキの中であっさりと黄金の柄を拾い上げたファルシスは、そのまま目の前で切っ先を振りまわし、転移ゲートを開いて中へと入った。
そこを抜けると、守護の宮殿広場に無数の人々が集まっていた。
みな中央の何かに目を向ける。
いつの間にか用意されていた石の台に、両手を胸で合わせる死神のなきがらが横たわっていた。
「ファルシス……さま……」
ヴェルが戻ってきたファルシスの姿に気づき、声をあげる。
それを見て、あまたの魔族が、あまたの人間が、いっせいにファルシスのほうを向いた。
ファルシスはただ、ゆっくりと石の台に歩み寄る。
そして目の前に立つと、そっとルキフールの両手に手をかけ、うつむいた。
「ルキフール。
お前の死は、決してムダにはしなかったぞ……」
そしてもう一方の手にしていた剣を、高く天へと突きあげた。
「そしてこの戦いで死した者たちの命も、決してムダにはならなかったぞっっっ!」
ファルシスは周囲を見回し、声を張り上げた。
「勝ち鬨を、あげろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!」」」」
ファルシスの臣下たちも、コシンジュの仲間たちも、人間兵たちも、残り少ない魔物たちでさえ、いっせいにそれぞれの武器を高くかかげ、大声で叫びあげた。
「おい、お前は混ざらなくてもいいのか?」
「ううん?
わたしが一緒に勝利を祝う人は、となりにいるもの」
遠く離れて、コシンジュとロヒインは山の上の階段から、それでも聞こえてくる勝利の雄たけびを聞いていた。
ロヒインが階段に座ると、その白い太ももがあらわになる。
コシンジュがそれにチラリと視線を送ると、ロヒインもこちらを見た。
「わたしが、キミの勝利を祝ってあげる。
キミの勝利を祝福してくれる人は、そう多くはいないはずだから」
そして、ロヒインはコシンジュの肩にそっと頭を乗せた。
「おめでとう、わたしだけの英雄……」
「英雄なんて称号、どうでもいいさ。
そんなもの、ファルシスとルキフールにくれてやる。実際俺はそれほどのこともしてないし」
「ハイハイそうですね!
まったく、あんたらのイチャイチャぶりは見てらんないよ!」
ロヒインのマントから、ぴょこんとチューリップ姿の魔物が飛び出した。
「マドラゴーラ、まだいたのかよ」
「まだいたのかよじゃありませんよ!
俺はさっさとあっちに混ざりたいのに!
ああ、あの時殿下と一緒に行けばよかった!」
「心配しないで。ほら、すぐに送ってあげる」
ロヒインが元に戻った杖をマドラゴーラに向けると、クルクル回して呪文を唱えた。
ロヒインが「トーテレポッ!」と叫ぶと、ボンッ! と煙を発生させ、マドラゴーラは消えた。
「うわっ! あっさりとマドラゴーラが転移しやがった。
ロヒインどんだけ腕上げてんだよ」
「気にしない気にしない。
ほら、これでホントに2人っきりになったよ?」
ロヒインはそう言って、ふたたびコシンジュの肩に頭を乗せた。
「ロヒイン。
正直、気になってることがあるんだけどさ」
足をブラブラさせながらつぶやくと、ロヒインは「なあに?」とつぶやいた。
「俺、ロヒインのことは好きだよ?
でも前は人間として好きだったわけで、お前が本当に女になった時は、その気持ちをまっすぐ受け止められるようになった。
だけどそれが、女としてちゃんと好きになってるのか、それとも今のロヒインが色っぽいからなのか、正直わかんねえところがあるんだよ。
そんなんで、俺たちこれからもやっていけるかなあって」
「あら、そんなこと心配してたんだ」
ロヒインが顔をあげると、あまりの美人っぷりにコシンジュの胸は高鳴った。
「別にいいんじゃない?
わたしが女として好きかどうかなんて。
問題なのは、これからもずっと一緒に生きていきたいかって言うこと。
コシンジュがどんな形であれ、わたしの気持ちを受け止めてくれるのならずっとついていくよ?
コシンジュだけが大人になって、だんだん年老いていっても、わたしの気持ちはずっと変わらないよ」
そういうとロヒインは立ち上がり、コシンジュに向かって手を伸ばした。
「ほら立って」という声にその手をつかむと、コシンジュも立ち上がり、向かい合った。
ロヒインの手が、そっと肌があらわになっている身体に触れる。
「この身体つき、慣れてきた。
でもやっぱりコシンジュはコシンジュだ。
わたしの大好きな、コシンジュだ……」
そう言って、ロヒインは抱きついてきた。
コシンジュも片手で彼女を抱きしめるが、反対の手ではロヒインのアゴを持ち上げる。
「俺も、俺もロヒインのこと、好きだ……」
そう言って、コシンジュはロヒインに口づけた。
そのまま、2人は熱い抱擁をかわす。
遠くでは、いまだ連合軍が雄たけびを上げ続けていた。
この手のシーンはこっぱずかしくて困ります。




