第53話 ダブル・ネクロマンサー~その4~
神殿の外では、若干威力が小さくなった光と闇の激突が、いまだに繰り広げられていた。
「……ぐ、うぅぅ……!」
長い時間魔力を放出し続けていたロヒインは、とうとうその場にヒザをついた。
そのためヴィクトルのはなったレーザーが彼女の上をかすめ、雲が残っていない大空の中に消えていく。
ヴィクトルはすぐに軌道を修正する。威力も弱める。
「大丈夫かね! あまり無理はしない方がいい!」
顔をしかめるロヒインは開いている方の目で相手をにらみつけた。
「ヴィクトル様っ! この山ではこちら側の魔力が下がるって早く教えてくださいよっ!
じゃなけりゃこっちとしてももっと多くの仲間を連れて登れたのに!」
「すまんな!
言い忘れていたと思ったら、すでにフィロスとミゲルに捕らえられた。
ここの地下にとらわれていたゆえ、今まで連絡することもできんかった!
私らしくないミスだっ!」
「ミスはミスでしょうがないかもしんないけど、このままじゃわたしもたないですよっ!
なんとかごまかして打ち合いやめませんかっ!?」
「そうもいかん!
こちらが戦いをやめたとたん、兄者はその様子をすぐに察するだろう!
そしてこちらに矛先を向ける。そうなれば、危険なのは君だっっ!」
「だからっていつまでコレをやってればいいんですっ!?
殿下だってきっと苦労しているでしょうにっ!」
「いや、こちらにも考えがある!
もし私の予想通りだとしたら……」
ヴィクトルが、あらぬ方向に目を向けた。
そしてニヤリとする。
「はあ、どうやら間に会ったようだっ!
ついでに無事なようだぞ!」
ヴィクトルのレーザーが急に弱まると、ロヒインもあわてて闇の渦巻きを弱めた。
ヴィクトルが指をさし、ロヒインが後ろを向くと……
階段の下から、コシンジュの顔が見えた。
とたんにロヒインの目が大きく見開かれ、早くも泣きそうな顔になった。
が次の瞬間、複雑な表情になった。
現れたコシンジュは肌の露出があらわで、しかもかなり筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)になっていた。
その割に背丈はあまり変わっていないので、ずんぐりむっくり体型にも見える。
実に半年ぶりの再会だが、なんとも言えない表情になったロヒインを見て、コシンジュは少し怒ったような顔つきになった。
「なんだよ。
せっかく久しぶりに再会したんだから、もう少しうれしそうな顔しろよ」
「え、だって、しばらく会わないうちに、あまりに見た目が変わってんだもん。
なんだよその体つき。
いかにも強引に筋肉つけましたって感じがするんですけどぉ」
後ろから、「わっはっはっはっはっはっはっっ!」と豪快な笑い声がひびきだす。
振り返ると、ヴィクトルは笑い続けながら話しかけてきた。
「彼には、黒の断頭斧を持たせてある。
しかしそれを扱うためには、それ相応の筋力がついてなければダメだ。
コシンジュ君は父親のトレーニングで、半年間で筋肉を増強しなきゃいけなかった。
だいぶ苦労したようだが、こうしてここまで登ってきたところを見ると、そのかいがあったようだな」
事情を話すと、ロヒインは眉をひそめた。
ゆっくりとコシンジュに歩み寄りもう少しというところで、いきなり両腕を広げてコシンジュを抱きしめた。
コシンジュもまた待ちかまえていたかのように、マントの下からロヒインの身体を抱きとめる。
「……会いたかったっっ! ずっと会いたかったよっっ!
ずっと気付いてないフリしてたけど、ホントはずっとずっとさみしかったんだよっっ!?
心配もしてたしっっっ!」
「ゴメンな。ずっと待たせて。
もう俺は大丈夫だ。心配はいらない。
そして、やっぱり俺もお前に会いたかった」
しばらく抱き合ううち、ロヒインが少し頭を離した。
目からは大粒の涙がこぼれ、それをグローブからはみ出した指でぬぐう。
それでも笑みを浮かべる彼女に、コシンジュはほほえみを浮かべた。
「とにかく、お前が無事でよかった。
俺がいない間に、いろいろ大変だったんだろ?」
「それほどでもね。
コシンジュこそ、よくヴェルゼックを倒せたね。相当ヤバかったんじゃない?」
「ああ。
そして、ルキフールが犠牲になった……」
眉をひそめ告げるコシンジュに、ロヒインは目を大きくし階段のほうを見つめた。
ついでにマントの下から現れたマドラゴーラが目を見開く。
「だが、あいつのおかげで助かった。
ヴェルゼックが生きてたら、ファルシスも危ない。
あいつのためなら命を失ったとしても本望だって死に際に言ってた。
あいつの気持ちをくんでやれ」
言われロヒインは目を閉じ、冥福を祈るようにうつむいた。
「そう、ルキフール様。
わたしの大切な2人の命を救っていただいて、感謝します……」
「ちょっとちょっとぉ、いつまでも2人ともひっついてないで、さっさとなんかしたらどうですかぁ?」
コシンジュは下の方を向いてビックリ仰天してロヒインから離れた。
そこにはチューリップの姿をした小魔族の姿があった。
「うわぁぁぁぁぁっっ! マドラゴーラそんなところにいたのかよぉ!」
「ケケケケ、いつもはロヒインさんのマントの下に隠れてるんですよ。
ぶっちゃけ、コシンジュさんの持ってた袋より、居心地がいいでっせ。グヘヘヘへへ……」
「踏むぞ」
コシンジュににらまれたマドラゴーラは「ひぃ、すみません!」と言って身をちぢこまらせる。
ロヒインが少しかがんで「おいで」と手を差し伸べると、チューリップは彼女の肩にぴょんととび乗った。
「それにしても、やりましたねコシンジュさん。
とうとう一番悪い奴をやっつけましたよ!
ああぁっっ! でも、そのせいであのルキフール様が、あの長年お世話になったルキフール様がぁぁぁぁぁっっ!」
黒い瞳から大粒の涙を流し、長い葉で必死にそれをぬぐう。
2人はそれを見てしらけた。
「なごんだと思ったら、またしんみりしちゃったよ……」
「正体は不気味な黒いおっさんなのに。不気味なのにっっ!」
「ブキミ言うなっっっ!」
3人のやり取りの間に、ヴィクトル神が歩み寄って口をはさんだ。
「はははは、とにかく、事態は無事解決だ。
後はファルシス君が体よく兄者に勝利してくれれば、この戦いはすべての決着がつく」
ロヒインはうなずくが、コシンジュは不満そうな顔をする。
他の者たちの目がいっせいにこちらを向いた。
「いや、俺には……俺には……」
その時、神殿の入り口から突然何かが飛んできた。
一瞬でそれをかわしたコシンジュ達は、吹き飛ばされるそれが白いガレキのかたまりであることを確認しつつ、神殿入口のそばに身を隠す。
「あにじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
なんつうことをしてくれるんじゃぁぁぁぁぁぁぁっっ!
もう少しで当たる寸前だったぞぉぉ、弟を殺す気かぁぁぁぁぁぁっっ!」
異様なまでにブチ切れるヴィクトル神をしり目に、コシンジュとロヒインはお互いに目を合わす。
「この状況、ファルシス案外ヤバいんじゃないのか?」
「この山じゃ、魔族の力は弱体するからね。
それでも殿下が勝つと信じて疑わなかったけど、やりようによってはフィロスのほうが有利かも」
「だったら助けにいかねえとっっ!」
立ち上がろうとしたコシンジュを、ロヒインは腕をつかんで止めた。
「相手は神様なんだよっ!? 人間の力で勝てるような相手じゃない!
それに背中の黒斧、魔法無効化の力があるけど、形状的に身をかばえない攻撃だってある!」
コシンジュは腰から、メウノが使っていた赤いダガーを取り出した。
「『ウェイストランド・サヴァイヴァル』!
確かにこれなら、大抵の魔法攻撃は防げるかも!」
それでも、ロヒインは何か言いたそうに口ごもっていた。
「ロヒイン、言いたいことがあんなら言えよ。
怒んないから」
「……わたしも、行ってもいいかな?」
言われ、コシンジュはうつむいて首を振る。
「お前は奴に、恨みなんてないだろ」
ロヒインは手のひらでふくよかな胸の谷間を押さえつけた。
「あるよっ! わたしの大切な人を、傷つけられた気持ちがっ!
それにコシンジュだって、あの時の海岸での恨みを引きずってんじゃない!
コシンジュ、まさかヴェルゼックだけでは飽き足らずに、昔の気持ちをいまだに引きずってここまでやって来たんじゃないのっ!?」
言われ、コシンジュは目をそらした。
ロヒインはしばらく見ないうちにたくましくなったコシンジュの肩に手をかける。
「お願い、意地だけでフィロスと決着をつけようとするなんてやめて!
どうしても行きたいって言うんなら、同じ気持ちをかかえてるわたしも連れて行って!
お願い!」
「……いや。
ここはあえて、コシンジュ君だけで前に進むほうがいいだろう」
意外な人物が声をかけてきた。
ヴィクトル神は振り返ると、ロヒインの目をまっすぐ見つめた。
「聞いていないかな。
フィロスの手には、『世界の枢軸』があることを……」
コシンジュが振り返り、「世界の地軸?」と問いかけた。
「破壊神に代わり、大自然に調和をもたらすことができる魔導具だ。
フィロス自身ではコントロールできんが、破壊すれば天界、人間界、魔界すべてに深刻なダメージを与えることができる。
奴が暴走してそれを破壊してしまう前に、君たちは早々に決着をつけなければならない。
だがあまりに戦う人数が多すぎると、奴を逆上させてしまうかもしれん」
「それがあなた方兄弟が彼に逆らえない理由ですね!?
だけどそれならそれで、頭数を増やして早々に決着をつけた方がいいかも知れません」
ロヒインの発言にコシンジュは首を振った。
「万が一3人が足を引っ張りあったら、どうする?
1人の敵を相手にするならせいぜい2人1組だ」
「そんな、わたしだって、決着をつけたい!」
意地を張ろうとするロヒインに、コシンジュは肩にかけてきた手をがっちりとつかんだ。
「もしファルシスの身に万が一のことがあった時、お前が頼りだ。
だから、少しだけ待っててくれないか?」
ロヒインはくやしそうに顔をしかめたが、やがてこっくりとうなずいた。
「わかった。少しだけだよ?
それでもダメなら、無理やりにでも乱入する」
コシンジュがうなずき返すと、神殿入口ではじける音がひびいた。
ヴィクトルが叫ぶ。
「時間がないっ!
早く向かわねば、ファルシス君の命が危ないぞっ!」
コシンジュは背中の黒斧に手をかけ、反対の手でメウノの赤いダガーを構えた。
そして神殿の入口に立ち、そのまま奥へと進もうとする。
「お気をつけて……」マドラゴーラの声でコシンジュはちらりと振り返った。
ロヒインは一歩前に出る。
「絶対無事でいてっ! そしてファルシスさまを守ってっっ!」
コシンジュはニヤリと笑い、入り口の光の中へと消えた。
それを心配そうに見つめるロヒインに、ヴィクトルがそっと手をかけた。
「彼らなら心配ない。無事にやってくれるさ。
そうなるように、私は導いたつもりだ」
チラリと視線を送ると、相手の老人はウィンクする。
ロヒインはうなずきながらも、ふたたび苦しげにゆがめられた視線を入口に向けた。




