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第5話 表の顔と裏の顔~その1~

 ニーシェ、もといロヒインが談話室に戻ると、そこにはコシンジュだけがいた。


「おい、いつまでしゃべってんだよ。お前も早く来い!」

「なんなんだよ。他の2人は?」


 言ってもコシンジュは何も答えず、ローブの袖を引っ張って無理やりロヒインを走らせた。


 かなりの距離を走らされると、そこは吹き抜けになっている円形のドームだった。

 そこにはかなりの数の兵士たちがたむろしている。天井から差し込む強い光が彼らをほんのりと照らしている。


「……えいっっ!」


 そのなかに混じって、メウノがナイフを手にとって壁にある的に向かって投げつけている。

 ナイフはちょうど的の中央に命中、あらためて見てもなかなかの腕だ。

 兵士たちも感心して拍手している。


「フン。ナイフ投げなんぞ極めても魔物相手には何の役にも立たん。

 せいぜい足止めできる程度だ」


 いつの間にかとなりに立っていたイサーシュが皮肉をこめてつぶやく。

 コシンジュが反論した。


「なに言ってんだよイサーシュ。彼女は僧侶なんだぞ?

 敵を倒すのが役目じゃない、ケガを負った人を直すのが使命だろうが」

「だがいざという時は彼女が狙われるだろう。

 その時のためにナイフではない別の対策を考えるべきだ」


 これに対してはロヒインも同調する。


「そうですね。わたしたち4人の中で身を守る能力が一番低いのは間違いなく彼女です。

 今のうちに何か考えておかないと」

「そういうお前はどうなんだ?

 魔法は詠唱(えいしょう)に時間がかかるだろう」


 いぶかしむイサーシュにロヒインは手にしたステッキをかかげ、不敵にほほえんだ。


「わたしを誰だと思ってるんですか?

 一流の魔導師は呪文を省略できるんです。最下級の魔法ならあっという間ですよ」

「あ、そうだ。お前をつれてきたのは、いっぺんみんなに魔法の威力を見せてくれだってよ。

 勇者の魔導師がどれだけの力を持ってるのか試してほしいんだとよ」


 あっけらかんと言うコシンジュにロヒインは素早く首を振る。


「え? でも今わたし、変身してますよ?」


 するとコシンジュは意地悪な笑みを浮かべ、ロヒインの肩にヒジを乗せた。


「大丈夫。お前のことならとっくにオレらでバラしたぜ」


 ロヒインはあわててあたりを見回す。

 兵士たちはそろってロヒインの姿を物珍しそうにながめる。


「へぇ、あれが変身魔法か」「かわえーなぁ、あれで正体が男だなんて信じられねえぜ」「それにしてもあいつなんて趣味してんだっ!」「変態だっ!」「ひぃっ、へ、変態っっ!」

「あぁっ! コシンジュなんてことをっ!」


 しかしロヒインは次の瞬間押し黙り、ブツブツと呪文を口走った。

 しかもかなりの早口で。コシンジュがろこつに不安を口走る。


「あ、もしかしてロヒインさん怒ってます? 大丈夫っすかっ?」

「うるさいっ! こいつを見やがれっ! 『ライトニングボルト』っっっ!」


 すると天井の穴を突き破って、一筋の閃光が誰もいない床に叩きつけられた。

 周辺の兵士たちがバランスをくずして無様な格好で地面に倒れる。

 残った兵士たちも一斉におびえた表情になる。


「この場にいる全員は一切の他言禁止っっっ!」


 カッと目を見開いたロヒインが叫ぶと全員がその場にひれ伏した。


「ははははは……さすがはシイロ先生の直弟子だけのことはある」


 コシンジュさえもおびえだすなか、ただ1人平然と拍手を送る者がいた。

 その者がこちらに近づいてくると、相手は比較的軽装な兵士たちの中にあってそれなりの風格ある鎧をまとっていることに気づいた。

 唯一面識のないロヒインは申し訳なさげに問いかける。


「あなたさまは?」

「これは失礼した。私はランドン王国将軍『ディンパラ』と申す者。

 先ほどの雷の術、しっかりと拝見させてもらった」

「これは、お見苦しいところもうしわけございません」


 兜をつけていない将軍は長い髪を後ろになでつけ、口ひげをしっかり伸ばしている。

 深いシワが刻まれた顔も、その目からのぞく強い光も、一流の騎士を思わせた。

 将軍はいやいやと手を振った。


「それにしても素晴らしい。雷の術はあらゆる魔術の中でも特に高位のもの。

 一般的に使われる『地水火風の4属性術』よりも『天属性の魔術』は扱いが難しいはず。

 それをあのように素早く発動できるとは」


 ロヒインは顔を真っ赤にしてうつむいた。


「す、すみません。勢いでまくし立てたので。

 本来なら呪文を省略することが筋です。言い間違えると何の効果もないので」

「しかし、これほどのものならもはや一流の魔導師として名乗りを上げてもいいだろう。

 ロヒイン君。遅く修行を始めた身ながらよく頑張ったな」

「そんな、わたしなんかまだまだ……」

謙遜(けんそん)しなくてもよい。

 それより魔導師の腕がこれほどなら、勇者足る君もずいぶんやりにくいだろう」


 将軍の目がロヒインからコシンジュに移った。


「あっ、オレッ!? オレに飛び火っ!?

 すみません! オレなんか足元にも及ばないっすっ!

 はっきり言ってオレの功績の半分以上は神様の武器のおかげっすっ!」

「ハッハッハッ! 言ってくれるな。

 しかし街の者はウワサしておるぞ。君自身もなかなかの腕前だとな。

 どうだ、君も1つ、腕試しと行かないか?」

「えっ! やっぱり?

 ここに呼ばれたってことは、オレもやっぱり試合しないとダメっすかっ!?

 ちょっとぉ、カンベンして下さいよぉ~!」


 そういって嫌そうな顔をするコシンジュにイサーシュが肩に手をかけた。


「逃げるなよ。相手方に失礼だぞ」

「そんなぁ~~~~……」


 今にも逃げ出したいと言わんばかりのコシンジュに、将軍は「フフフ」と笑いかける。

 しかし一瞬イサーシュのほうに目を向けた瞬間、その表情がこわばった。

 なんだろうとロヒインが思い返していると、彼は先代の王から仕えている古参の騎士であることを思い出した。

 おそらく当時の悲劇を目の当たりにしているはずだ。


「『ランゾット』君! 彼に稽古(けいこ)をつけてあげたまえ!」


 将軍が中央に振り返って叫ぶと、コシンジュがよりおびえだした。


「うぇぇっっ! よりによって騎士団長かよっ!

 まだ14歳の子供に向かってそんな無慈悲(むじひ)なっ!」


 広場の中央に、将軍と同じ装いの騎士が現れた。

 しかし短髪の下に見える表情はまだ若い。まだ20代を出てないだろう。


「久しぶりだなコシンジュ。モンスターとの戦いで腕は上がったか?

 この俺がお前の成長ぶりをきっちり確認させてもらおう」

「うぉぉぉ、お手柔らかにお願いしますぅ~~~……」


 そうは言いつつもしぶしぶと彼のもとへと向かったコシンジュ。

 途中そばにいた兵士から模擬剣と(かぶと)を受け取ると、緊張した面持ちで兜をかぶった。


 なんだかんだ言いながらも、コシンジュは剣を構える。

 ここからだろ相手と同じくその表情はうかがえないが、腹を決めて相手と向き合っているに違いない。


「両者、始めよっ!」


 将軍の合図に2人はじりじりと距離を詰める。

 騎士団長のほうがつぶやいた。


「うむ、なかなかいい動きじゃないか。さすがはチチガム先生の息子だけのことはある。

 みっちりと鍛えられているようだな」

「うっ、でも団長の足元にも及ばないと思います……」

「それはどうかな! 行くぞっ!」


 言うなり団長は素早く詰め寄り、剣を上から振りかぶった。

 コシンジュは一瞬でそれをかわし、横から剣を胴に叩きつける。


「おぉ~~~~~~~~~っっっ!」


 周囲から歓声(かんせい)が上がる。

 まさか彼がここまでやるとは思ってなかったようだ。


「えっ!? うそっ!

 オレ団長から一本とっちゃったよっ!? ごめんねっ! 怒らないでねっ!?」


 コシンジュがあわてて兜をなでつけていると、相手の騎士はかぶりを振った。


「うぅむ。久しぶりに剣1本だけで勝負するのはまずかったか。

 本来のおれの戦い方ではないな……」


 すると団長は兵士たちに向かって「盾をっ!」と叫んだ。

 飛んできた(たこ)型の防具を受け取ると、それを握りしめてふたたびコシンジュの前に立った。


「うむ。君にはすまないがここはおれ本来の戦い方で向かわせてもらおう。

 その方が君にとっても勉強になるだろう」

「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 完全にビビりたおすコシンジュ。若干14歳の少年にこれはやりすぎだ。

 ロヒインのとなりでイサーシュが冷静につぶやく。


「これが本来の『騎士』の姿か。

 得物が剣ただ1つならそれだけで攻撃と防御を使い分けなければならない。

 しかし盾を持つことでその2つを使い分けることができる。

 場合によっては盾で攻撃も可能だ。武術系の戦士としてはかなり厄介な部類に入るな」

「イサーシュ! 冷たいこと言ってないで止めたらどう?」


 するとイサーシュは挑発する笑みで前方を指差した。


「将軍は止める気はないみたいだぜ? 俺が止めてどうなる?」


 言っているうちに2人の戦いが再会した。

 コシンジュは素早い動きで剣を打ち込むが、すべて団長の盾に吸い込まれる。


「どうした!?

 なかなかの打ち込みだが、子供の腕力では騎士のかたい守りを崩すことができんぞ!」

「ムチャなこと言わないでくださいよ!

 子供だってわかってんなら手加減してください!」

「お前のことだ。そう言いつつも俺の攻撃をさそってスキを狙うんだろう?

 だがいいだろう、お前の言葉に甘えてやる!」


 団長が斜めから剣を振りかぶると、コシンジュはそのスキに相手のふところに飛び込んだ。

 ところが、そこに待っていたのは容赦(ようしゃ)ない前蹴(まえげ)りだった。


「ぐふおぉっっ!」


 コシンジュは大きく跳ね飛ばされる。

 着地した身体は地面にズルズルと引きずられるが、コシンジュはなんとか剣を離さずにすんだ。


「甘いなっ! 一流の戦士はあらゆる事態に備えて警戒をおこたらない!

 君にはそれがまだまだ足りないようだっ!」


「団長、やり過ぎなんじゃね?」「いやいや、だって今からあいつ、数えきれないほどの魔物と戦うんだろ? こんぐらい通過儀礼だと思うけど」「もったいないな。あれほどの腕でもう少し体が大きかったらもう少しいい勝負ができるのに……」


 兵士たちが好き勝手に言いはじめる。

 ロヒインはそれに苦虫をかみつぶす思いで聞き入っていた。


「やはり、年端もいかない子どもという事実がネックになってくるな!

 強大な力を持った武器を授かったとはいえ、君には基礎的な筋力が足りない!

 それをどうやって乗り越えていくかということが、今後の大きな課題になるだろう!」


 団長が言うのに合わせ、将軍も深くうなずいた。

 やはり2人は、コシンジュの弱点を的確に見抜いている。


 コシンジュが、木製の剣を支えにして立ち上がった。

 表情は見えないが、そのそぶりはまだあきらめていないようにも見える。

 少年勇者はつぶやいた。


「オレは、まだ納得できません。

 腕力が必要だというのなら、親父のほうがよっぽど勇者に向いているかもしれません。

 だったらなぜ、オレのほうが選ばれたんでしょう……」

「君はなぜだと思うかね?」


 将軍のほうが問いかけた。コシンジュはかぶりを振った。


「わかりません。心当たりがあっても言えませんよ。

 自分で言うとカッコ悪いですから……」


 ロヒインは、その理由を知っていた。

 あの日、最初の魔物と向き合った際に見せていた、あの表情を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。

 そう思っているうちに、コシンジュが構えた。

 なぜか体を横向きにして、剣を頭の後ろ側に構えている。


「ほう、何をしている。

 そうやって俺が迫るタイミングに合わせて剣を大きく振りかぶるつもりか」


 言うと団長は前方にまっすぐ盾を構えた。


「しかしこいつがある限り何をしてもムダだっ!」


 そして一瞬気を抜くと、全速力でコシンジュのほうへタックルしてきた。

 このままだとコシンジュは盾ごと押し倒されてしまう。

 しかし彼は少し片足を浮かせると、それ以上に大きく振りかぶった剣を思い切り盾に向かって殴りつけた。


 ガキィィィィィィィィィィィィンッッッッッッッ!


 ものすごく甲高い音が響き渡ったと思うと、驚くべき光景が現れていた。

 コシンジュが思いきり振りかぶった一撃に、思わず団長のほうがその場にヒザをついてしまったのだ。


「スキありっっ!」


 そういってコシンジュがひざまずく相手に向かって剣先をつきだすと、しかし団長は軽く剣を振り払ってコシンジュの木の剣を投げ飛ばしてしまった。


「……残念だな。今の攻撃で君の両手はしびれてしまったようだ。

 これでは先ほどの攻撃の意味がない」


 そういって団長は立ち上がり、その場を立ち去った。


「だが今のはいい攻撃だった。それは君の必殺技に取っておくがいい。

 神の武器ならより高い威力を発揮するだろう」


 ()められても、コシンジュはその場を動こうとしない。

 その表情は固まっている。自分のしたことが信じられないのか。


「……ああちきしょう! もう少しだったのに!」


 と思いきやその場で地団太をふんだ。意外とあきらめが悪いなコイツ。

 戻ってきた団長が将軍にそっと声をかける。


「あいつ、いい腕してますよ。

 あれでもう少し歳が上だったら俺は完全に押し倒されているはずです」


 将軍は意外そうな顔をしている。しかしロヒインは見ていた。

 団長がしきりに押さえている腕はビリビリと震えていることに。


 だから気がつかなかった。

 となりにいたイサーシュが、いつの間にか広場の中央に向かっていることに。

 広場の中央に立つと、振り返ってこちらに呼び掛けてきた。


「次は、俺の番ですね……」

「あいつは誰だ?」「勇者のお供だろ」「そうじゃなくって、素状だよ!」「ああ、あいつならチチガム先生の弟子だぜ!」「じゃあ、あいつがあの剣術大会で連続優勝した、あの……」


 兵士たちのひそひそ場なしは一見好印象だ。

 しかし次の言葉で風向きが変わる。


「だったら、あいつダンクリフの息子だぜ?」「なんだってっ!? あの没落貴族のっ!?」「ちっ、どうりで態度が悪いわけだ」「なんて奴だ。どうしてそんな奴が平然と勇者の味方してやがる……」


「おいイサーシュ。みんなお前のウワサしてるぜ。

 変なマネはよした方がいいんじゃないか?」


 コシンジュが彼に声をかける。

 遠い場所だが、ロヒインにはその会話がよくわかった。

 しかし、その言葉にもイサーシュは平然としており、口を開いた。


「ディンパラ将軍。お手合わせお願いします!」

「「「「んなっっっっ!」」」」


 その場にいたほとんどがすっとんきょうな声を上げる。

 コシンジュが大声で叫んだ。


「お前っ、いくらなんでも失礼だろっ!

 せめて団長にしろっ! そしてコテンパンにされろっ!」

「どこまで皆さんを挑発するつもりなんですかっ!? よけい悪く言われますよっ!?」


 ロヒインも彼をいさめる。

 すると将軍ではなく、団長のほうが前へと進み出ようとした。

 将軍が腕のしびれを気にしているのか声をかけようとするが、それをやんわりと断った。


「イサーシュ。いや、没落貴族か。背中の剣の使い勝手はどうだ」


 挑発的な口調の団長に対し、イサーシュは少し背中の剣に視線を合わせた。


「いい具合です。さすがは王国一の鍛冶(かじ)職人が仕上げただけはある」

「本来ならお前のごとき謀反人(むほんにん)の息子が手にする代物ではない。大切に扱え」


 すると団長はものを言わせぬ調子で剣と盾を構えた。


「今度は最初から全力で行く。覚悟しろよ」


 イサーシュはコシンジュから模擬剣を受け取った。

 続いて(かぶと)を差し出されると、イサーシュは受け取り際に床に投げ捨てた。

 コシンジュが怒り狂う。


「ナメた真似しやがって!」


 そこで振り向いたイサーシュにコシンジュが一瞬動揺(どうよう)した目つきになる。

 まるで見ただけで斬り裂かれたかのような顔つき。

 どれほどの顔をすれば、幼なじみであるコシンジュにあんな表情をさせることができるんだろう。


 2人の戦士が向かい合った。

 全身に闘気をみなぎらせる団長に対し、イサーシュは少々冷静なようにも見える。

 しかしそのまなざしを見ると、どこか憎しみのようなものさえうかがわせることができる。

 団長が挑発する。


「どうした? 今さら自分の行いが恥ずかしくなったか?

 泣いてあやまるんだったら許してやらんでもないがな」


 するとイサーシュは突然鼻で笑いはじめた。


「いや、そうやってガチガチに身構えられると、逆にどのタイミングで攻撃してやるかわからなくてな」


 団長が「なっ!」と言った瞬間、イサーシュがまるで影になったかのように消えた。

 いつの間にか相手のすぐ目の前まで立ったと思った瞬間、影は飛び跳ねて団長の持つ盾に飛び乗り、さらに高く舞い上がる。

 ものすごく高い跳躍だと思う間もなく、クルリと反転したイサーシュは高く掲げた剣をそのまま団長に向かって振り下ろした。


「ぐむぅぅっっ!」


 肩に強烈な打撃を受け、大きくバランスをくずす団長。

 着地したイサーシュは地面の衝突を意に返すこともなく、軽く剣を横に振るった。

 完全に地面にヒザをついた団長の背後で、イサーシュが剣の先を背中に突きつける。


「……剣と盾、攻撃と防御をうまく使い分ければたしかにスキが少なくて済む。

 しかしそれは相手が対人間であれば、の話だ」


 なにが始まったのかと思いきや、イサーシュが突然独演会を始めたようだ。


「我々がいずれ戦うであろう相手は、体格、筋力ともに人間を大きく上回る化け物だ。

 そんな連中が容赦(ようしゃ)なく繰り出してくる攻撃に、いちいち防御などという手段を使っていれば、あえなく体勢をくずされてそのまま押し切られてしまうだろう」


 そういってイサーシュが団長から離れると、ヒュンッという音をたてて剣を地面に向かって振りおろした。

 団長が兜を脱ぎながら後ろをにらみつける。


「魔物を相手に、いちいち防御してはいけない。

 あえて人間特有の身軽さを生かし、フットワークを駆使して強烈な攻撃をかわすんだ。

 相手の動きにスキが生じた瞬間を狙い、両手で剣を握り、急所に渾身(こんしん)の一撃を叩き込む。

 これがわが師チチガムから教わった、魔物と相対する時のための流儀だ」

「……知っている。

 勇者の家は代々、そのようにしてあくまで魔物と戦うことを想定した剣術を磨いてきた」


 将軍が、とうとう前に進み出る。

 団長が彼にひざまずいた。


「申し訳ありません! 怒りに身体がこわばり、本来の力が出せませんでした!」

「ぬかるなたわけ者がっ!

 そのような不甲斐(ふがい)なさで我が王国の騎士団長が務まると思うなっ!」


 将軍の叱咤(しった)に深く頭を下げ、団長は引き下がる。

 将軍は兵士に手を差し向けると、剣と盾を受け取った。


「ランゾットに勝ったくらいで浮かれるな。

 お前は自分がまだ修行途中だということを忘れている」


 イサーシュは頭にきたのか、相手の身分も忘れてにらみつける。

 兵士たちに混じったコシンジュがオロオロし始める。


「クソッ、没落貴族めが」「恥さらしの分際で、将軍を相手にするとはな」「あんな奴、コテンパンにぶちのめされればいいんだ」


 取り巻く状況はますます悪くなっている。

 ロヒインとメウノは不安に顔を見合わせた。


「来い、小僧。

 ランドン王国、青紋(せいもん)騎士団の真の力を見せてやろう」


 将軍が軽く模擬剣を振り回すと、イサーシュは再び素早い動きで押し迫った。

 影がヒュッと剣を振り上げると、将軍は盾を構えることなくのけぞってそれをかわす。


 影がその隙に将軍の斜め後ろから素早く振り返った。そして瞬く速さで剣を振りかぶる。

 しかし将軍はそれに目を合わせることもなく、剣をひょいと上げるだけでさばいてしまった。


「くそっっ!」


 するとイサーシュ素早い動きで蹴りを見舞った。

 将軍はそれを盾で防ぎ動じないが、少し後ろに下がったイサーシュは大きくその場を飛びあがった。


 常人離れしたジャンプから、イサーシュはまっすぐ剣を振りかぶる。

 その一撃は上に向けた将軍の盾にはじかれるが、イサーシュはそれを意に返すこともなく着地し、すぐさま真横に剣を構えた。

 そしてまたたく間に剣を薙ぎ払う。

 しかしその動きが途中で止まる。


「……なにっ!?」


 将軍が剣を地面に突き立て、イサーシュの動きを止めたのだ。

 将軍はそのまま、斜め上から盾でイサーシュを殴りつけた。


「ぐぅっっっ!」


 地面に叩きつけられたイサーシュ。

 そのまま将軍は切っ先を突きつける。


「大柄な魔物を相手にした、大まかな動きだ。私の体格が大きいからだろう。

 しかし細やかな動きを想定していないかったな」


 イサーシュが顔を上げる。

 こちらからは見えないが、相当険しい目つきをしているだろう。

 将軍はそれを鼻で笑う。


「巨人を相手にするのならばそれでいいだろう。

 しかし相手はそればかりではないはずだ。

 我々と同じ体格を持ちながら、巨人が振るう拳のような絶大な一撃を見舞う魔物もいるだろう。

 それでいてまるで(たか)のように素早く身をかわす術も持っているかもしれん」


 イサーシュはそれを聞いても、しきりに首を振っている。

 将軍は続ける。


「ましてや、相手が生身の剣の攻撃をも受け付けない、強靭(きょうじん)な肉体の持ち主であったらどうする?

 王国自慢(じまん)の品とはいえ、その剣はなんの魔の力も持たんのだ。

 その剣で、どこまで通用すると思っている?」

「なにが言いたいんだ……」

「魔法を相手にする場合はどうする?

 上級魔族の中には広範囲に甚大(じんだい)な被害を及ぼす攻撃を放つ相手もいるのだぞ?

 そんな相手に、お前の素早いフットワークをもってしても果たしてかなうか、考えたことはあるか?」

「なにを言っているんだと聞いているんだっっっ!」


 力の限り叫んだイサーシュに、将軍はにべもなく答える。


「1つ言っておこう。

 お前はもしやありとあらゆる魔物に対し、どこまでも自分の力が通用すると思ってはおらんか?」


 それを言われたイサーシュは押し黙った。


「お前はおごっている。

 自らの剣技だけで、あらゆる魔物を倒せると思っている。

 わたしの見る限り、勇者の一行の中でそのようなうぬぼれを抱いているのは、お前1人だけだ」


 図星をつかれたらしく、イサーシュはそっぽを向いて地面を見つめた。


「人ならざる相手に、魔法や魔法の武器は必要不可欠だ。

 物理的な攻撃だけでは、いずれお前も限界を感じるようになるだろう」

「わかっている……」「わかっていないっっっ!」


 将軍が声を張り上げる。それをながめる一同は静まり返っている。


「知っているか?

 先代の勇者に同行した騎士には、自らの力だけでは太刀打ちできなかった相手も数多くいると聞いている。

 そればかりではない。

 騎士は旅の道中で次から次へと装備を変え、最終決戦の際にはついにすべての装備を魔法で強化されたもので(おお)い尽くしたそうだ。

 強大な魔物とは、つまり生身の人間ではとても太刀打ちできない、とてつもなく強靭(きょうじん)な力を持った存在だということだ」

「大昔の話だろう。

 時代は変わった、技術やノウハウも数多く蓄積(ちくせき)されたはずだ」

「それは相手も同じことだっ! しかも向こうのほうが敗者だっ!

 当時の記憶を如実に覚えている魔物もいるはずだっ! そんなこともわからないのかっ!」


 将軍の圧倒的な勢いに押され、とうとうイサーシュは何も言えなくなってしまった。


「我が王国自慢の品だが、お前もいずれそれを返上する日がやってこよう。

 そして、自らの力に限界を感じるようになるだろう。

 仲間に依存するようになるか、援助(えんじょ)(てっ)するようになるか、それとも新たな力を手にするか」


 そして将軍はその場をゆっくりと動き始めた。


「いずれにしろ、お前はそのままではいられん。

 その時まだお前は、我ら騎士を笑っていられるか?」

「……俺はっ! 俺はいずれ貴族に返り咲くっ!」


 将軍がイサーシュの叫びに足を止めた。

 イサーシュは叫び続ける。


「わが(いえ)の栄光を、ふたたび手にするっ!

 そして(ほこ)りを持って愚民(ぐみん)どもに、我が力を見せつけてやるっ! 見ていろっ!」

「結局それしかないのか貴様という奴はっっっっ!」


 将軍がありえないくらいの激昂(げっこう)で後ろに振り返った。


「貴様は知らんだろうっ!

 我が先代君主が、いかにして非業な死を遂げたか! どのようにして無残な最期を遂げたかっ!

 貴様らのような傲慢(ごうまん)で無知な貴族どもによって、王はいかなる無念を抱えて死んでいったかなど、貴様には永久にわかるまいっっっ!」

「将軍……」


 団長がつぶやくと、将軍は再びこちらを向いた。

 純粋な怒り以上の感情が、その表情に宿っていた。

 それを見る者は皆凍りついていた。


「このわたしがいる限り、その望みは永久にかなわないと知れ。

 貴様は単なるいち兵士として、この王国のために尽くせ」


 将軍はロヒイン達のわきをすり抜けた。誰もがその姿を見送る。


「それができなくば、すぐにこの国を去れ」


 将軍が入り口に消えたのを見て、ロヒインは再びイサーシュを眺めた。

 彼はただひたすら、冷たい床に向かって拳を叩きつけ続けた。

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