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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第9章 元勇者、少々無謀な挑戦をする
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第52話 卑劣な妨害~その1~

 大門の4つの光が消える。

 縦に長く伸びる扉が、重厚感たっぷりに、ゆっくりと開かれていく。

 広場に集まる兵士たちは、いまかいまかとその瞬間を待ちかまえていた。


 やがて、まばゆい光の中から、光かがやく街が現れた。

 いや、壮大な規模をほこる神々の宮殿である。

 宮殿はなだらかな山稜(さんりょう)の頂点に座し、いただきには緩やかな三角の屋根を乗せた巨大な建物がそびえる。


 ついに、ついにここまでやってきた。

 騎士たちはそれをかたずを飲んで見上げるが、同時に警戒して身構えた。


 宮殿へとつながる長い橋の向こうから、おびただしい数の軍勢がやってくる。

 黄金に輝く騎士と、全身を白い衣装に包んだ覆面の戦士たち。

 宮殿の守りについていた彼らが、扉を開けた連合軍に最後の戦いを挑みにやってきたのだ。


 まだ、これだけの数がいたのか。

 おどろきの声をあげる人間たちだったが、向こうから威勢の良い掛け声がこだまする。

 騎士たちもまた剣を構え、全速力で向かってくる軍団に突撃していった。





 戦いが終わった後、長い橋の上にはおびただしい数のなきがらが横たわっていた。

 天界の兵士、人間の兵士、そして魔物たち。

 3つの世界の住人が橋の上を埋め尽くし、もの言わず折り重なっている。


 多大な犠牲(ぎせい)を出した連合軍だったが、人間たちのほうが生き残りは多い。

 魔物の援護に加え、宮殿の上に立った狙撃兵たちの手によって天界軍の勢いがそがれたからだ。

 ノイベッドとヴィーシャの指揮のもと、多くの天使たちが敵勢にたどり着けぬまま地に倒れた。


 橋の上に折り重なった亡きがらを、兵士たちが片づけていく。

 もう犠牲はこれで最後にしてくれと言う、悲壮感を漂わせながら。


「ようやく、ここまでたどり着きましたな。

 最後の難関にたどり着くには、もう少し時間がかかりそうですが」


 光かがやく天界の光景には似つかわしくない、黒ずくめの不気味な男がつぶやく。

 ルキフールはドワーフとの戦いの後も、その姿をとどめることに決めた。

 長のウールに、戦いの様子はフィロスに把握されていると(さと)されたからだ。


「その姿、似合っているぞ。

 なかなか美男子だな、ルキフール」

「おやめ下さい。

 この身体は確かに楽ではありますが、やはり私はゆっくりと策略(さくりゃく)を練っている方が性に合います」

「どうかな。

 ルキフール、本当は爪を隠すつもりだったのだろう。

 本性を現したお前の力はおぞましいものだったと聞いているぞ」

「めっそうもありません。

 たしかに、切り札は隠しておいた方が身のためでもありますが」


 後ろからエドキナの姿が現れた。

 彼女もまたヘビと人が融合したような姿から、頭に無数のヘビを生やしただけの人に近い姿へと変わっている。


「エドキナ、お前も立派になったな。

 これでようやく、お前も我らと同じ最高位の魔族になったということだ」

「おほめの言葉、ありがたくちょうだいします。

 ですが、そのために大きな犠牲(ぎせい)を払いました」

「アーミラのことか。

 彼女は魔界にそぐわぬほど心やさしき戦士だった。

 その命失われたこと、痛みいるぞ」


 エドキナは沈痛な面持ちで、頭を下げた。


「わたしは今まで、実におろかな生き方をしてまいりました。

 本当は間違っていると気づいていたのに、自らの憎しみにとらわれ、人間たちに理不尽にあたりちらしていました。

 その(あやま)ちゆえ、アーミラはムダに命を落としたのです」

「だけど、あなたは変わりましたね。

 憎しみを乗り越え、本来のあなたらしい生き方に気づいたんです」


 横からロヒインが現れた。

 そのどこか得意げな表情に、エドキナは眉をひそめる。


「目を覚ましたのか。

 まあ良い、お前の言う通りだ。わたしは間違っていた」


 エドキナは、目をそらして深いため息をついた。


「しかし、それでアーミラが戻ってくるわけではない。

 人間たちも、わたしを決して許さないだろう」

「だったら、すべきことは1つです。

 あなたが、アーミラさんの代わりになればいい」


 エドキナが、豆鉄砲を食らったような顔になった。


「わたしが? アーミラの代わりに?

 言っておくがわたしとアーミラは全く違うぞ?」

「もちろん文字どおりの意味ではありませんよ。

 ただ、その生きざまを胸に刻み込めばいいんです。あなたなりのやり方で」

「難しいな。

 わたしにはあいつのバカ正直な生き方はマネできん」

「それが、今までの罪を(つぐな)うための唯一の方法だと思いますが?」


 まっすぐ貫いてくるようなロヒインの視線に耐えきれず、エドキナはうつむく。


「……わかった。やってみよう。

 この愚直(ぐちょく)なわたしに、どこまでできるかわからんが」


 ロヒインはニッコリとほほえみ、その場を立ち去った。


「あ~もう。結局わたし何もできなかったな~。

 どうやって説得するかあれこれ考えてたのに~」


 ぶつぶつ言いながら消えていくロヒインの後ろ姿をクスクス笑いながら、エドキナはファルシスを向くと、急にまじめな顔つきになった。


「殿下。

 ロヒインはああ申しておりますが、冷静になったわたくしには1つ思うところが」


「言ってみろ」ファルシスの声にエドキナはうなずく。


「今は人間たちと魔族の共存はうまくいっております。

 ですがこの先はどうなるかわかりません。

 我らは人間よりも恐ろしい力を備える。それに対して人間は恐怖を抱くようになるかもしれません。

 それが表に出る前に、我らは自ら身を引く必要があると思われます」

「それは余も考えていたことだ。

 だが今は我々の力が必要な時だ。

 少なくともゾドラの国情が安定するまでは、我々は後には引けん。

 そしてそれが終わったのちも、余は人間と何らかのかかわりを持ちたいと考えている」

「わかっております。

 ですがくれぐれもほどほどにしてください。

 わたしの考えからすれば、天界の距離を置いた人間界への干渉(かんしょう)には見習うべきところもあります。

 人間たちとつかず離れずの関係を保つことこそ、理想的です」

「わかった、手法を考えよう。

 だが今は天界の攻略が先だ。それに集中したい」


 エドキナは「わかりました」と頭を下げ、その場を去った。

 人間のものに似たその両足が、さっそうと広場を渡り歩いていく。

 ルキフールはまんざらでもない笑みを浮かべつつ、後方の神殿に振り返った。


「フィロスのもとまで、あと少しです。

 もう少しで、最後の戦いが始まる」


 ファルシスも同じ方向を見て、無言でうなずいた。





 夜になり、ルサレムの市庁舎に何人かが呼び出された。

 集められたのはロヒイン、エドキナ、チチガム、ネヴァダ、イサーシュ、ムッツェリ、ヴィーシャ、メウノ、そしてトナシェの9名。


 集められたメンバーは、身も心も変貌(へんぼう)したエドキナにちらちらと視線を送る。

 蛇頭の女は目を伏せたまま動じない。


「こよい集まってもらったのには、理由がある。

 これから話す内容は、お前たちなら下手に口外するまいと判断したからだ」


 不気味な姿をした死神が、みなに呼び掛けた。

 人間たちはそれを見てまた眉をひそめる。


「あらそう?

 アタシだったら、ペラペラとしゃべっちゃうかもよ?」


 ヴィーシャの発言に死神姿のルキフールが不気味な眼光でにらみつけた。

 相手は半ばあわてて「口外しませんっ!」と叫んだ。

 エドキナは眉をひそめる。


「ルキフール様。

 わたくしは『ナグファルの呪い』に関しては、まったく興味ありません。

 どうせそのような内容なのでしょう? 退出してもよろしいですか?」

「エドキナ、賢いお前なら、詳しい話を聞かせなくても察しはついているだろう。

 話してみせよ」


 ルキフールに言われエドキナは腕を組み、ため息をついた。


「……天界の神々も、封じられし破壊神たちも、基本的には不死です。

 このあいだ倒されたフレストも天の破壊神にあたりますから、遠い年月の先に復活を()げるでしょう。

 しかしその際には強大な力とすべての記憶が失われ、実質的には転生と言えます」


 ルキフールは「それで?」と先をうながす。


「ところが闇の支配者たる魔王は、魔界のあまたいる生物の中から選ばれます。

 これまで選ばれた3名の魔王はもとはすべてごく普通の魔界の住人であり、パンデリア城に封じられていた強大なる闇の力を引き継いだにすぎません。

 無論魔王となった者たちは当然破壊神と同じ力を手に入れますが、死したのちは長き眠りにはつかず、次の魔王たる後継者を待ちます。

 これでは破壊神と言うよりは、『代理としてその力をあずかる』、という形にしか思われません」

「それって、こういうことですか?

 魔王はあくまで代理人であって、本来の破壊神は……別にいると?」


 メウノが、青ざめた顔で問いかけた。

 他の人間たちも顔にろこつに不安を現す。


「なるほど、それが話にあった『ナグファル』という存在なのですね?

 つまり、闇の破壊神が、魔界には存在すると」


 ロヒインが口を開き、死神のほうを向いた。


「しかし、なぜです?

 なぜ闇の破壊神はルキフール様のようなごくわずかな魔族しか、その存在を知らされないのですか?

 殿下の直参であるこのわたしすら存在を知らされない、特別な理由でもあるのですか?」


 エドキナはうんざりした顔でうつむき、首を振った。


「わかっているだろう。

 ナグファルの存在は、本来我々は知らない方がいいのだ。

 それほど、闇の破壊神の力は強大だということだ」

「強大だというだけなら何も問題はない。

 問題はどれくらい強大なのか、ということだ」


 チチガムの言葉で、場に沈黙が宿った。

 しばらくして、うつむいていたルキフールが重々しく口を開く。


「魔界において魔族が栄える前、そして人間界に人間たちが生まれる前、天界にて大きな争いがあった。

 無論神々の兄弟と破壊神との戦いだ。

 おそらく母フレストの力を借り、兄弟が勝利を得たことは察しがつく。

 しかしその前に、神々の兄弟はある大いなる戦いを繰り広げていた」

「ナグファルを、封じるための戦いなのですね?」

「ナグファルの持つ力は、闇だ。

 闇の力は呪いをつかさどる。

 闇魔術ではほとんどの場合、なんらかの代償(だいしょう)を必要とする。何の弊害(へいがい)もなしにその力を扱えるのは殿下ぐらいのものだ。

 スターロッドは魔導具の力を借りるが、あれは特別だ。

 つまり私の言いたいことは、闇の力というものはそれほど危険なものなのだ。

 これが意味するところは言わなくてもわかるな?」

「つまり、ナグファルはあまりに危険な存在だった、ということですね?」


 不安げなロヒインの問いかけにルキフールはうなずく。


「ナグファルは、すべての存在を破壊する衝動に()える。

 ひとたびその力をふるえばその被害は甚大なだけでなく、破壊したあとは強力な呪いの力を残す。

 魔界の一角にある『闇の霧』と呼ばれる場所は、奴が神々と戦いを繰り広げた場所だ。

 戦いのあとその地は呪いの力におおわれ、闇の力を延々と噴出し続けている。

 神々と我々魔族は、左右を断崖(だんがい)に挟まれた狭い土地に巨大な渓谷(けいこく)、『遮断(しゃだん)の渓谷』を深く掘り進め、呪われた力が魔界じゅうに広がるのを防いでいる。

 闇の霧は今もその渓谷の中へ、えんえんと吸い込まれているのだ」


「今も……ですか……」トナシェが青ざめた表情でつぶやいた。


「呪われし存在を封じるために、神々は自分たちだけで戦うことはできなんだ。

 他のすべての破壊神の力すら借りて、つまり森羅万象(しんらばんしょう)の力でもってしか、ナグファルは封印することができなんだ」

「すべての破壊神をっ!?

 つまり、あらゆる超常的な力よりも、ナグファルのほうが上と言うことですかっっ!?」

「だからこそ危険なのだ。

 封印された破壊神は、何らかの形でその力を発散させなければならない。

 でなければ封印は長い時間をかけて解かれてしまうからな。

 通常はそこにいるトナシェのように一時的に召喚して、その力をふるわせるがナグファルではそれすらもできまい。

 そこで絶対的な封印をほどこされた闇の破壊神に変わり、代理の者がその力を受け取り、あやつる必要が出てきた。

 それこそ今まさにファルシス殿下がついておられる、『魔王』という地位だ。

 魔王の座についた者が通常拠点とするパンデリア城は、実は闇の破壊神の『封印の(くさび) 』にあたる。

 魔王は地中深くに沈められた闇の封印石から力を借り、魔王としての力を発揮することができるのだ」

「そんな。

 それじゃあ、ファルシスの奴は本当だったら魔界にいたままのほうがいいんじゃないの?

 誰かが地下の封印を解こうとしたら……」


 ヴィーシャが横柄(おうへい)な口をきく。

 死神は眉をひそめたが、質問に答えた。


「心配には及ばん。

 殿下は闇の力のはけ口であるとともに、自身が闇の封印石の(かぎ)となっておられる。

 つまり殿下の命を(おびや)かす者さえなければ、闇の破壊神の力は何者にも与えられることはない」


 ヴィーシャが納得したような笑みを浮かべ、人差し指をたてた。


「わかった! つまりこういうことね。

 ヴェルゼックの狙いは、ファルシスが持っている魔王としての力、つまりナグファルの力!」

「さよう。

 もし殿下の身に万が一のことがあれば、あまたの魔物が城にある闇の力を狙う。

 しかし多くの精鋭が倒れた今、その力を完璧に操ることができる者はいまい。

 ただ1人、あのヴェルゼックめをのぞいてはな」

「だったら、今すぐにでもヴェルゼックを殺さなきゃっ!」


 立ち上がろうとしたネヴァダを、横のチチガムが押さえる。


「下手な奴じゃムリだ。

 あのヴェルゼックと言う奴、相当強い。

 よほどの力がなければ倒すことはできないぞ。

 俺やネヴァダが力を合わせても、難しい」


 ネヴァダは意気消沈した顔で、ふたたび席に座った。

 ルキフールが顔を向ける。


「心配せずとも、奴はこの私が直接斬り捨てるつもりだ。

 ただ、タイミングは慎重にはからねばならん。

 今は天界の神々との決戦を控えておる。殿下が奴の力をも借りねばならんと判断した以上、決着がつくまでは手を出せん」

「だが、奴の狙いはフィロスとの戦いで傷付いたファルシスを、確実に抹殺(まっさつ)することです。

 そんな悠長(ゆうちょう)なことを言っている場合とは思えませんがね」


 問いかけるチチガムに、ルキフールはデスクの上にヒジをついてほおづえをつく。


「問題はそこよ。

 いかなるタイミングで奴と斬り合うか、そここそがこのルキフールの知恵の使いどころよ。

 いずれにせよ、慎重に時を待たねばならん」


 そしてルキフールは背もたれに身体を預けた。


「お前たちに本来禁忌(きんき)としているナグファルの話を切り出したのは、このためだ。

 お前たち全員で、ヴェルゼックの動向に注意してほしい。

 奴が何らかの不審な行動をとったら、逐一(ちくいち)知らせろ。

 どんな些細(ささい)なことでもかまわん」


 ルキフールが全員を見回すと、ある位置で目が止まった。


「どうしたメウノ。

 さっそく思い当たる節でもあるのか」


 言われた彼女はびくりとした。

 フードからのぞく瞳が、どこかおびえているようにも見える。

 言うべきかどうか迷っているそぶりだったが、ルキフールは迷わず告げた。


「言え。

 わかっていると思うが、この会話は誰かに聞かれることがないよう周囲に防音魔法をかけている。

 遠慮せずに告げよ」

「……世界を破壊しうる力は、たった1つだけだと思っていました」


 周囲が鎮まり返る。

 ルキフールですら、今の話が信じられないと言わんばかりに黒い瞳を見開いた。


「まさか、天界にも似たような力があるのか?

 しかし神々やフレストが、そのような力を持っているようには見えなかったが」

「ヴィクトル様がおっしゃってました。

『世界の枢軸(すうじく)』と言う力があって……」


 ここでルキフールが片手をあげた。

 そしてあらぬ方をにらみつける。


「どうやら、話はここまでにしておいた方がいいようだ。

 隠れていないで、出て来い」


 入口の扉が開かれ、よりによって当のヴェルゼックの姿が現れた。

 全員がおどろいた顔をそちらに向ける。

 黒い貴族は意気揚々と手を振りさげてお辞儀をする。


「これはこれは、皆様ご機嫌うるわしゅう。

 ぜひ私にも、先ほどの話、お聞かせ願いたいものですな」

「怪しまれぬよう慎重に呼び集めたつもりだったが、無駄であったか。

 お前を出しぬくのは至難の技のようだな」

「だってかつての勇者の仲間と、ルキフール様と並ぶ魔界の知恵者が呼び集められているのですよ?

 それを見てなんとも思わない方が不思議ではありませんか」


 怪しげな笑みを浮かべるヴェルゼックに、ヴィーシャが顔面蒼白(そうはく)で問いかける。


「あんた、今の話聞いてたわけ?」


 すると相手は舌を何度も打ちならしながら、人差し指を左右させる。


「周囲に魔法を張ってもムダなことだよ。

 わずかな間合いから、聞き耳を立てれば聞こえるものは聞こえる」


 ムッツェリが顔を手でおおった。


「ルキフール様の申されたことが、ムダに終わった。

 これではいくら警戒してもこいつは自由だ」

「ククククク、そうなる前に、打てる手はもう打ってるよ。

 なにをやっても、ムダムダムダ」


 ロヒインが突然席を立った。

 マントの中から杖を向けた。


「言えっ! ヴェルゼック!

 いったい何を企んでいるっ!」

「さあ? それは後々の、お楽しみとしましょうや。

 それより、なんなんですか? その世界の枢軸と言うのは?」


 問いかけられたメウノは、それこそ死んだような顔色になった。

 しかし目の力は強く、下からヴェルゼックをにらみつける。


「私をおどしても、ムダですよ?

 私にはお前が握るような弱みはない。

 しいて言えば我が修道院の者たちでしょうが、みな天涯孤独(てんがいこどく)ゆえお前に力を貸すくらいなら死を選ぶでしょう」

「だったらすぐに死ねないようにしてやるさ。

 あるいは、何の関係のない者たちから片っぱしに殺しまわってやるか」


 周囲が声にならない悲鳴(ひめい)をあげた。

 ヴェルゼックは首をすくめる。


「ま、冗談だよ。

 とにかく、君が隠していることもいずれすぐにわかる。

 なんたって我々は真相を知る神々を、相手にするんだからな」

 そう言って、ヴェルゼックは颯爽(さっそう)と入口の方に戻っていった。

「いずれにしろ、楽しみだ。

 言っておくが私を先に殺そうとしてもムダだぞ。

 ここにいる誰よりも、俺は強いからな」


 そう言って、ヴェルゼックは扉を抜けてバタンと閉めた。

 残された者たちは、肩を落として背もたれに乗る。

 ルキフールでさえ、白い額の冷や汗をぬぐった。


「奴の最後に言ったことが本当かは知らんが、お前たちは手を出すな。

 奴を見ると、どうもイヤな予感がする。

 あれは私が責任を持って片づける」

「しかしルキフール様……」

「ロヒイン、お前もだ。わかったな」


 言われ、ロヒインは悲しげな目で「はい」と告げた。

 ルキフールは続いてメウノを見る。


「メウノ、先ほどの話、接して口外するな。

 お前の胸のうちにしまっておけ」


 ルキフールは部屋にいる全員に目を向けた。


「そしてくれぐれも、単独で行動するな。

 私が奴をなんとかするまで、少なくとも3人以上で行動をともにしろ。

 殿下に申し伝え、他の配下にもそれを徹底(てってい)させる。

 絶対に奴にかどわかされることがあってはならない」


 全員がうなずくと、ルキフールは自ら部屋を退出した。

ファルシスは「殿下」と呼ばれますが、普通これはNo.2の称号です。

その背景にはこういった事情がありました。

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