第51話 4つの守護~その4~
風の宮殿にはベアール一家の姿があった。
ベアールの家臣エルゴルの姿もある。
「なぁ親父。
あのヴィーシャって奴、結局姿見せなかったよな。
やっぱり逃げたか?」
退屈そうに肩にかけた大剣をブラブラさせるドゥシアスに、ベアールは複数の穴が開いた兜を向けた。
「もともと盗賊だからな。尻が軽いんだろ。
そりゃそうだ、こんなおっかねえ場所、あんないたいけなお嬢ちゃんには向いてねえよ。
正直、お前らを連れてくのも気が引ける」
「あのなあ親父、オレとピモンだって、ファルシスさまに選ばれたデーモン族の精鋭なんだぜ?
なのになんで親父やお袋と一緒にメンバー組まなきゃいけねえんだよ。
正直、ご家族一緒なんてやってらんねえよ。
そうだルキフール。あいつがいい。
ルキフールと組ませろよルキフールと」
父親が「呼び捨てにするな」と言うなか、母のウィネットが口元に人差し指を当てて首をかしげる。
「んー、だからこそじゃない?」
「殿下は、わたしたちのことを試してらっしゃるのよ。
わたしたちは親子でしょ? だから他のメンバーより、結束が固い。
殿下はそれを期待して、こうして家族みんなで送り出してくれたのよ」
眉をひそめるドゥシアスとは対照的に、より獣に近い姿のエルゴルがうなずく。
「わたくしもそう思います。
このエルゴルも親方の家族のようなものですから、ご一家を守る補佐としてつけて下さったのだと思います」
「ちっ! まったくエルゴルのおっさんも一緒かよ。
しばらく見なくなってせいせいしたかと思ったら、魔王サマのカミさんの従者になりやがってまた戻って来やがった」
「いいじゃない、エルゴルも出世したってことよ。
2つの家を行き来して大変でしょうけど、エンウィーさまのこともよろしくね」
エルゴルが「恐縮です」と言いながら、先頭のベアールを追う。
その赤い騎士が、突然足を止めた。すぐに横に手を伸ばす。
見ると前方は入り組んだ迷路になっていて、緑色の照明だけがぼんやりと照らしだす。
「これ、天井が見えねえな。
よほどの高さがあるってことなのか?」
ドゥシアスのつぶやきにベアールは首を振った。
「いや、よく見てみろ。壁は天井まで続いてねえ。
上の梁からいつでも攻撃できるぞ」
「ああ、ホントだ」
息子がそう告げたとたん、上空から何かがやってきた。
一家は全員武器を構え、矢継ぎ早にやってくるそれを見事にはたき落とす。
ウィネットは身体の周りを取り巻く円輪ではじいたそれを空中で取り上げた。
「このダート、氷におおわれてるわ。
魔法で殺傷力をあげてるのね。気をつけないと」
「受けてばっかりいると武器が氷漬けにされちまうぜ!
上に飛び上がるぞ! ピモン、しっかりついてこいっ!」
「わかったパパー!」
手をあげた娘の声を聞きデーモン一家は背中の羽根を広げ、全員で飛び上がった。
向かってくる氷のダートを跳ね返しながら一気に上空に出ると、周囲の梁の上にに黒づくめのハイエルフ達の姿が見える。
「天界の住人が真っ黒な衣装着るなっ! まぎらわしいっ!」
ハイエルフ達が飛びあがり、両手の刃物で一家を狙う。
暗闇にまぎれる格好となるが、夜の世界に慣れた一家には通用しない。
それぞれの武器であっけなくはたき落とされていく。
「もっと部屋を明るくしましょう! せぇいっっ!」
エルゴルが燃え上がるグローブで、巨大な炎を投げつける。
天井や梁に当たったそれはごうごうと燃え盛り、黒い空間を照らし出していく。
そのスキをハイエルフが狙うが、直接炎の拳で殴られ黒い服を燃やしながら下に落下していく。
「はははははっっ! 今度はだいぶ手ごたえのある奴らがやってきたなっ!
少しは張り合いが出てくるぜっ!」
あらぬ方向から声が飛んだ。
一家は振り向くが、敵はそれ以上の速さで間合いに詰め寄った。
あろうことかピモンのほうを狙う。
デーモンの娘は素早く大槌を振り下ろすが、敵は寸前で急カーブを描き、ピモンの羽根を斬り裂いた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
バランスをくずし落下するピモン。
ウィネットが娘の名前を大声で叫ぶ。
「ウィネットッ! ピモンを守れっ!
あのすばしっこい奴は俺たちがやるっ!」
さすがに視界の自由が利かない。
ベアールは赤い兜の前立てを上に押し上げた。
青白い肌からのぞく赤い瞳が、敵の様相をとらえる。
頭にクチバシのような兜をかぶった、全身毛皮のハイエルフ。
羽根もないのにすばやく空を飛びまわる。
「くそっ! 早いなっ! もう来るぞ、気をつけろっっ!」
「シャアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!」
相手はよりによって、ドゥシアスのほうを狙った。
まだ背丈の小さい息子は大剣を前に構え「来いやぁぁっ!」と意気込むが、彼がすばやく剣をふるう前に敵はその肩をあっという間に切り裂いた。
ドゥシアスの「あいだっっ!」と言う叫びを聞いたエルゴルが「おのれっ!」と言って炎を飛ばすが、まるで当たらない。
「くそっ! 奴らは俺から離れた位置を狙ってるぞっ!
2人がかりでなんとかこらえろっ!」
毛皮のハイエルフがまた旋回する。
ドゥシアスは横のエルゴルをにらみつけながらも、2人がかりでやってくる敵に向かって身構える。
ところが、敵のほうから何かが投げつけられた。
おそらく空気の刃と思われたそれは、ドゥシアスではなくエルゴルに飛んだ。
てっきりとなりを狙うとばかり思っていたらしく、エルゴルは反対側の羽根を斬りつけられた。
「ぬごぁっ!」
身をひるがえして下に落ちる守護者を見て、舌打ちをしたドゥシアスは自ら敵に飛び込んだ。
ベアールは「やめろっ!」と言うが、ドゥシアスは羽根を斬り裂かれ、エルゴルのあとを追った。
「わあぁぁぁぁぁっっ!」
空中を飛び交うハイエルフが、動きを止めた。
そして残ったベアールと向かい合う。
「オレ様がここの支配者、風のラルフだ。
これで邪魔者は全部消えた。奴らはオレの舎弟たちがじっくり料理してくれるだろう。
その間にオレ様はてめえとお楽しみってこった」
くちばし型の兜からのぞく赤い唇が、ペロリと舌なめずりする。
「格好もやることも趣味ワリいぞ。さっきからうちのガキばかり狙いやがって。
と思いきやその裏をかいてエルゴルを攻撃したな?
ますます趣味がワリい」
すると相手は長い爪をカリカリさせた。
爪は氷づけで白い湯気のようなものをあげている。
「話を聞いてんだよ。
お前の武器は『黒鉄丸』って言うんだって?
純正のアダマンタイトなんて、それこそズリーよ」
ベアールが、黒い刀身を伸ばすカタナを正面に構える。
「だったら試してみるか。コイツの切れ味って奴をよ」
「ハハハッ!
お前の方がオレ様の力を試されるぜぇぇっっ!」
ラルフのほうがすばやくこちらに飛んできた。
ベアールは剣をふるうが、相手はねじるように身をひるがえし斬撃をかわした。
相手は後ろから風の刃を飛ばしてきた。
ベアールは振り返ってそれを斬り裂く。
風の刃を斬りはらうにはかなり精密な角度を要求されるが、ベアールの腕なら問題はない。
チラリと下を見る。
ウィネットとピモン、エルゴルとドゥシアスの2チームが、前後と梁の上からおそいかかる敵と戦っている。
今のところは問題ないようだが、とにかく敵の数が多い。
ラルフは相当な数の手下を呼んだようだ。
「よそ見なんかすんなぁぁっっ!」
ラルフが突進してきた。
剣で払うヒマはなく、ベアールは身をひるがえして敵の氷の爪をかわす。
ラルフが後方でこちらに振り返った。
ひきつった笑みが不気味だ。
「どぉしたぁ? 家族の身が心配だってかぁ?」
「なにぃ?」
ベアールは顔をしかめた。
まさにその通りなのだが、こいつに言われると腹が立つ。
「だったら最初っから、家族なんか連れてくんなよぉ。
だいたいあの切れ者のファルシスが、お前の息子を精鋭として連れてくるって言う神経が気に入らないぜ。
案外アタマおかしいところでもあんのかぁ?」
「……ふざけんなっ!
俺のことはともかく、殿下のことまでバカにするんじゃねえっ!」
まずいとは思っていたが、ベアールは頭に血が上りかけていた。
ラルフはそれをせせら笑う。
「ほら、案の定、カッカしやがった。
だから家族なんか連れてくんじゃねえよ。
そんなん、足かせになるだけだぜ」
ベアールは拳を握り、プルプルとふるわせた。
「俺だってそう思ってるよ!
だけどな、俺の家族はザコじゃねえっ! ちゃんと自分の身は自分で守れるってもんだ!」
「ほほう?
だったら、試してみるかぁぁっっ!」
ラルフが急旋回して、下に向かう。
ベアールは心臓が止まりそうになりながらも、下に向かって声を張り上げた。
「あぶないっっ! 上から来るぞっっっ!」
ラルフが狙いをつけたピモンが上を見上げるが、間に合いそうもない。
そこへウィネットの姿が覆いかぶさった。
「あぶないっっ!」
愛する妻の姿を毛皮がおおいかくす。
目を見開いたベアールは、下に向かって急降下した。
ベアールが舞い降りると、ウィネットはラルフの足元で崩れ落ちていた。
ピモンが驚愕した顔で、母親にしがみつく。
「ママッッ! ママァッッ!」
ベアールの剣をにぎるこぶしが、プルプルと震える。
顔を伏せ、ゆっくりと首を振った。
ラルフは正面をむき、血のしたたる爪を胸の位置に掲げた。
「ほらぁ、足かせになるっつっただろ?
家族なんてのは、家でおとなしくしてるのがいいのさ。
しょせん足手まといだぜぇぇ……ヒャハハハハハハハハハハハハッッッ!」
突然ピモンが立ちあがった。
落としていた大槌をとり上げ、「うりゃあぁぁぁぁぁぁっっ!」と叫びながら後ろからおそいかかる。
ベアールは「やめろっっ!」と言ったが、振り返ったラルフに爪ではたかれ、あっけなく後ろの壁に叩きつけられた。
絶句するベアールは、やがて震える黒い刃を目の前にかかげた。
「許せねえっっ!
てめえのやることなすことは、全部卑怯な手ばっかりだっっ!
弱くもねえくせに、なんでそんなことばかりしやがるっっ!?」
「はぁ? だって俺らは守護だぜ?
手段なんか選んでる場合じゃねえだろ」
ラルフは爪で耳をほじりながらののたまう。
「少なくとも、今の攻撃は必要なかっただろっっ!」
「ははぁ、もしかして、お前俺がまともな神経してるとでも思ってたの?」
赤い唇が、こちらをあざ笑うように歪む。
ラルフは両手を広げた。
「不思議に思わなかったのかよ?
オレは千年以上もの間、ここにずっと封じ込められてたんだぜ?
なんでそうなったかと思う?
もちろん、神に逆らったからさ」
ベアールは眉をひそめながらも、だまって話の続きを待つ。
「古代文明が崩壊しただろ?
大戦争になるとともに、地上ではあらゆる犯罪が見過ごされた。
もちろん虐殺もな。
それに乗じてオレ様もまた舎弟とともに、実戦訓練と称して多くの人間を殺したのさ」
そこで、ラルフは唇の片側を吊りあげた。
アゴをあげると、端整な顔だちの瞳が大きく見開かれている。
「もちろんそれは建前って奴で、本当は殺しを、楽しむためさ。
俺はこの爪を使って、とにかく大勢の人間を殺したかった。
中にはすぐに命を奪わずに、じっくりいたぶった奴もいたぜ」
すると、ラルフは突然あっけらかんとした顔になった。
「なのになんで、ファルシスの野郎はお前ら一家を送り込んだんだ?
俺が相当ヤバい奴だってことは察しがつくだろうにな。
その結果が、これだぜ。
ま、オレとしてはクッソ楽しい状況だけどな。ヒャハハハハハハ!」
その時、奥の方からエルゴルとドゥシアスの姿が現れる。
2人はすっとんきょうな声をあげるが、ラルフと重なり合ってよく見えない。
さすがに2人相手ではまずいと思ったのか、ラルフは上に飛び上がり、ベアールの後方に回り込んだ。
あわてて振り返った赤騎士の後方から声がひびく。
「親方っっ! ご安心くださいっ!
奥さまの命に別条はございませんっ!
肺に血がたまってはおりますが、わたくしが治療いたします!
親方は敵の相手を!」
エルゴルはそう呼びかけるが、後ろでドゥシアスが前に進み出て大剣を構える。
「てめぇぇぇぇlっ! よくもおふくろをぉぉぉぉぉっっ!」
「手を出すなっっっ!」
ベアールはドゥシアスのほうを向かず、黒い刃を横に向ける。
「こいつは俺の獲物だ。お前は、手を出すなっっっ!」
声の相当な迫力があったのか、息子は大人しく引き下がったようだ。
ラルフは笑う。
「なにを勘違いしている? お前が俺の獲物なんだぞ?
ちったぁ獲物らしい態度をとったらどうなんだ?」
「……殿下は、この俺を試そうとしている」
ラルフには、うつむいているこちらの表情はわからないはずだ。
「はぁ?」と言う声が聞こえる。
「俺が、家族を信じきることができるか。
そして家族という足かせにとらわれず、俺が本領を発揮することができるか、それを試そうとしておられる……」
口調の変わったベアールは素早く剣を構え、正面を向いた。
「この不肖ベアール、非道なる爪をふるう貴公に、全身全霊を持ってお相手しよう!」
雰囲気の変わった敵を前に、ラルフもまた構えを取った。
少し遊びが過ぎるが。
ベアールの全身が、青白いオーラに包まれた。
着ていた赤い鎧が飛び散ると、上半身裸の身体じゅうに整った青い筋が浮かび上がった。
瞳もまた青白くかがやいている。
「暗黒魔法を使うのか?
残念ながらこちらは既に承知済みだ。
魔法を発動しても、現れた紋章をすべて破壊しなければ効果を発揮しない。
情報通の天使を相手にしたのはまずかったな」
「そのような手は使わない。安心してかかってくるがいい」
「だとしたらどうやってこのオレを殺す気だっっ!」
またたく間にラルフは向かってきた。
だが、ベアールを通り抜けた彼は身体の異変に気づく。
毛皮の一部が、またたく間に赤く染められていく。
ラルフは急いで振り返った。
しかし攻撃するヒマもなく、正面から斬りかかったベアールに氷の爪を両断された。
氷漬けの爪がポトポトと床に落ちる。
「わからないのか?
重い鎧を捨てれば身軽になる。だけどそれだけじゃない」
ラルフは素早く後退した。
だがベアールはそれ以上の速さで押し迫り、下からラルフの身体を斜めに切り裂いた。
つんのめったハイエルフは血まみれの胸を必死に押さえる。
「俺はいつも、心に迷いをかかえながら戦っている。
戦わずして勝つという境地に達してはいないからだ。
だが、お前のような奴は別だ」
ベアールが青く光る瞳を向けたとき、ラルフはかすれた悲鳴をあげた。
「お前のような外道、決して容赦はできない。
生かしておけばまた同じことを繰り返すだけだ。
お前ほど、殺しても良心が痛まねえ相手に会ったのは初めてだ」
ラルフの身体が後方に飛んだ。
すばやく旋回し、ウィネットをかかげていたエルゴルとドゥシアスを後退させた。
いつの間にかその手には、気絶するピモンをかかえている。
氷の爪がか細いあごに突きつけられた。
「く、来るなぁぁぁっっ!
一歩でも近寄ったら、お前の娘を殺すぞっっ!
愛する娘がどうなってもいいのかぁっ!」
しかし、ベアールは平然と近寄る。
ドゥシアスが「親父っ!」と叫んだが、父親は「しっっ!」と言ってはねのける。
「娘は気絶している。
ひと思いにやれば、痛みを味わわずに死ねるだろう」
とたんにラルフの赤いくちびるがひきつった。
「お、おいぃぃぃぃっ!? なに言ってやがるぅぅっ!?
死ぬんだぞ!? 娘が死ぬんだぞっっ!?
お前正気かぁぁっっっ!?」
「娘は戦士だ。
デーモン族はすべて戦士だ。
武器を持った時から、常に死の覚悟はできている。
寿命も長いから肝もすわってる。ピモンは十分に生きたさ」
平然と近寄るベアールに、ラルフはガタガタと震える。
ある程度近寄ったところで黒い刃が光を放った時、ラルフはピモンを捨てて飛びすさった。
そんなラルフの眼前に、ベアールの姿があった。
青い瞳がこちらを凝視する。
「ひゃっっ、ひゃめ……!」ラルフの声は、黒い刃の横一閃に斬り裂かれた。
ベアールが沈黙したラルフを見下ろしている間に、ドゥシアスが妹を抱きかかえた。
「親父、もしピモンが起きてたら、どうするつもりだったんだよ?」
「……ピモンはわかってくれるさ」
そこへ丁度ピモンが目をさまし、「……あれ? お兄ちゃん?」とつぶやいた。
大門。緑の光、消滅。




