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第4話 白亜の都~その5~

 いっぽう城の中では。コシンジュ達が本日泊まる部屋についての説明を受けていたのだが……


「おい、本当に今日はこの城に泊まるのか?」

「なに言ってんだよイサーシュ。

 いくら城の連中と折り合いが悪いからって、話がすんだらさっさと城を出ようってわけにもいかねえだろ?

 国王一家の顔を汚すなよ」

「もう十分迷惑をかけたと思いますけどね」


 いさめるコシンジュにメウノがつっけんどんと返す。


「メウノお前までなに言いだすんだよ」

「簡単ですよ。

 今晩の夕食の席には出ないで、イサーシュは自分の部屋でさみしくテイクアウトでも取ればいいんですよ。

 もっともそれだとわざわざ部屋まで持っていかなきゃいけない給仕さんのほうがかわいそうですけど」

「言い過ぎですよメウノさん。

 あとちょっといいですか?

 わたし、別に連合の出陣の話が済んだからと言って、話も全部終わったとは1度も言ってないんですけど?」


 全員がロヒインのほうを向いた。


「まだ陛下とお話ししたいことがあります。

 さっきは話の流れが別の方向に向かってしまってお流れになってしまいましたけど」

「どんな話なんだよ」


 コシンジュが問いかけるとロヒインは口に人差し指を持っていった。


「秘密です。どういう方向に転ぶのかまだ分からないので」

「このまま夕食にも出席か? たまったもんじゃない。

 これ以上コシンジュが頭を抱えて悶々(もんもん)としている姿を見るのはたくさんだ」

「なんだよイサーシュ。

 ロヒインとメウノはともかくとして、お前はさっきの話がわかったのかよ」


 すると若き剣士はわざとらしいしぐさで首をすくめる。やっぱ腹立つ!


「コシンジュ。

 このなかで先ほどの内容がわかっていなかったのはお前くらいだぞ?」

「なんだよお前。

 いつもえらそうにしてるけど、実際のところ勉強できるのか?

 オレには剣の修業ばっかで頭を鍛えてるイメージがわかねえんだけどな」

「コシンジュ寺子屋行かないからね。全然知らないんだ」


 なぜかロヒインが笑いだした。コシンジュが神妙な顔で見返した。


「367+184=551、146+228=374、532+491=1023、52×38=1976、336÷48=7……」


 イサーシュが突然しゃべりだしたので、コシンジュはあわてふためいた。


「えっ!? なにっ!? それ暗号っ!? 意味わかんないんですけどそれっ!」

「すっご~いっ! 全部正解っ!」


 ロヒインが思わず拍手し始めたので、コシンジュはあ然としている。メウノも感心してつぶやく。


「3ケタずつの足し算が3つ。2ケタずつの掛け算、そして3ケタを2ケタで割る割り算ですね。

 イサーシュさん。よくそんなこと覚えてますね」

「た、たまたまその部分を暗記してるだけだろ……?」

「たまたまだったとしても、お前はそんなことも覚えられないだろうな。

 どうだ? お前は何気に俺をバカにしようとするが、本当に頭が悪いのはどちらのほうなんだ?」


 えらそうにふんぞり返るイサーシュに対し、コシンジュは人差し指を突きつけた。


「うるせぇっ!

 いくら勉強ができても場の雰囲気が読めずにアホなことばかりぬかす奴に言われたくねえよっ!」

「俺には、勉強もまともにできないくせに妙に察しのいいお前のほうが理解できんな」

「なんだとぉっ!? いざという時に何も考えてないニブチンのくせにっ!」

「悔しかったらちゃんとした剣技で勝ってみやがれっ! お前にはそれすらもままならんのだろうが!」


 すると2人はとうとう取っ組み合いのケンカになった。

 本格的に殴り合う前にロヒインが割りこむ。


「こらぁ~っ! 2人ともなんでそこでケンカになるんだよぉっ!

 わたしから見たら2人ともどっこいどっこいなんだよっっ!」


 すると両者がそろってロヒインをにらみつけた。


「「うるせぇっっ! お前こそろくに運動もできないガリ勉じゃねえかっっ!」」

「い、言われた……しかも2人そろって見事なハーモニー……」


 コシンジュとイサーシュが顔を合わせる。

 よけい心外に思ったのか、そのまま取っ組み合いを始める。

 なぜかロヒインも割り込んできた。


「……だからケンカはじめんなっつってんだろぉぉぉぉぉぉ!

 ていうかろくに運動もできないガリ勉ってなんだぁぁぁぁぁっっ!

 こっちも混ぜろやこのうすらバカどもがぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 こうして場は三つ巴の大乱闘に発展した。1人大人のメウノが額をおさえてうなだれた。


「ああもう1回くらいそうやって大騒ぎしちゃってください。

 ていうかロヒインさん意外と沸点低すぎ……」





 ケンカが終わると、3人ともほとんどボロボロになっていた。

 なぜかロヒインの消耗が一番はげしい。


「ケンカ傷の治療をするのは今回だけですからね。

 わたしの力は本来そんなことのために使うべきではないですから。

 次回からは後が大変になっても自分でこらえてください」


 メウノが3人にそれぞれ手をかざす。

 最後に回されたロヒインは一番時間がかかるようだ。


「うぅ。どうせコシンジュなんて、うまいメシでも食って、きれいな湯にでもつかって、そんでもってふかふかのベッドで寝たいだけなんだろうが」

「だからイサーシュは減らず口をたたかない。ていたたたたた……」

「そんでもって姫様たちと仲良くしたいだけなんだろうが。

 昼食が終わった後のコシンジュ思い出してみろ。2人の姫に相手にされてデレデレだっただろうが」

「うそっ! それはちょっと聞き捨てならないセリフ……」

「いやいや、なんでそこで反応するロヒインよ。

 それともついに同性愛をカミングアウトする気にでもなったか?」

「あ、いや、なんでもないです……」


 急にそわそわしだしたロヒインに手かざしを続けるメウノがさとすように告げる。


「ロヒインさん。たしかに同性愛というのは、生きていくうえで障害が多いです。

 子供が生まれるはずもないから不自然だとか、嫌悪感を抱かれるとか、病気の媒体(ばいたい)にもなるということでさんざんですけど、なにもわたしは間違ったことじゃないと思うんですよ。

 教義には反しますが、そう生まれついてしまったものはどうにもならないと思いますし」

「だから違うんですってばっっ!」


 ロヒインはムキになって応える。少し口ごもったが、息を吸ってまくし立てた。


「確かにわたし、女の子に対するあこがれってあるんですよ!?

 わたし、どっちかって言うと強い男の子にはあこがれません!

 本当なら暴力もあんまり好きじゃありません!

 そういったものより、着飾っておしゃれする子にあこがれるんです。

 ああいいな、うらやましいなって思えるのは、そういう子しかいません。

 だからって、男の子が好きってわけじゃないんです!」

「それで変身魔法を?」


 メウノの問いにロヒインはうなずいた。


「本物の女の子になれるのは、あの方法しかないですから……」


 すると、ロヒインは立ち上がった。

 そして窓際まで移動して、手すりに寄りかかって下の中庭を見つめた。

 そこには先ほどの2人のうるわしい姫君がいた。

 色とりどりの花や(ちょう)に囲まれ、優雅におしゃべりを繰り広げている。

 ロヒインはその姿をまっすぐに見つめる。


「うらやましいです。あんな風に、めいっぱいに着飾って美しい姿になりたい」

「あの人たちはあの人たちで、いろんな苦労があるんですよ。

 王女ということで許可なく城を出ることはできないし、将来はそれなりの地位にいる人と結婚して王家の後継ぎとなる子供を産まなければならないのですから」


 メウノが言うと、なぜかコシンジュのほうが騒ぎ出した。


「ああっっ! オレもあんなきれいなお姫さまを嫁にしてぇ~っっ!」

「勇者だったらできるんじゃないんですか?

 というより先代の勇者はこの地の昔の王朝の姫君と結婚されたじゃないですか」

「フン。だとしてもあちらにいらっしゃる姫様たちがお前のようなウスラトンカチを相手にするとは思えないな」

「イサーシュっ! お前もウスラトンカチだっっ!」


 言ってるうちに、何やらロヒインがブツブツつぶやいていることに気づいた。


「お、おい……ロヒイン、ロヒインさん?」


 ボンッ! という音が鳴りひびくと、ロヒインの立っていた場所に下にいる姫たちと何らそん色のない美少女が現れた。


「あらロヒインさん。嫉妬(しっと)のあまりあの人たちに対抗したくなった?」


 メウノが意地わるげにつぶやくと、ロヒインはブンブンと首を振りだした。


「違うんですっ! わたしもあの人たちと一緒におしゃべりしたくなりました!

 あと変な奴が狙っているので気をつけるようにと進言してきます!」

「おいっ! それってオレのことかっ!? おい待てよロヒイン! 待てったらっ!」


 引きとめているうちにロヒインは行ってしまった。

 コシンジュはカリカリと頭をかいた。


「あ~。またややこしいことになんねえといいんだがなぁ」


 それを見ていたイサーシュがメウノに向かって問いかける。


「どうする? この城にいる女はみんな美人ぞろいだぞ?

 ナイフでも使いたくなったか?」


 コシンジュが「あおんなよ!」といさめるが、当の本人は平然としている。


「なに言ってるんですか。私は僧侶ですよ?

 仕事と結婚したんですから、嫉妬(しっと)のしようもないじゃないですか」


 にべもなく言い返されたイサーシュはぼう然としている。


「だいたい誰に対してですか?

 私が思い焦がれている相手がこの城にいるとでも思ってるんですか?

 いるわけないでしょう。何考えてるんですかあんたは」


 後ろでコシンジュがニシシと笑っている。

 イサーシュは素早く手元のクッションを投げつけた。

「ボフッ!」といってコシンジュの顔面に当たった。





 ロヒインは庭に出ると、姫様たちの前に別の人物が現れていた。


「これはどうですかな? こちらは東の大陸のネックレスです。

 中央にある奇妙な形の宝玉は『マガタマ』というらしいですよ」


 男のようだ。しかも結構な中年。

 なのに姫たちに警戒されていないのは、彼が真横にある風呂敷に様々な宝飾品を置いているからだろう。


「へえ、きれいだこと。ちなみに材質はなあに?」


 国王の姫が両手で持ち上げると、ペンダントの下中央部にホワイトグリーンの宝石がかがやく。


「ヒスイ、と言います。

 こちらではあまりなじみのないものですが、東や南の大陸では非常に人気のジュエリーです」


 男はこのあたりでは見慣れない衣装を着ている。

 しかし顔つきや肌の色はこちらのものだ。こうやって相手の好奇心をさそい警戒を解いているのだろう。


「つけてみなさいな」


 ヴィーシャ姫が言うと、ランドン王女は後ろを向いた。

 ペンダントを手に取ったヴィーシャはホックをはずし、王女の首にかけてみる。

 相手が向き直った。うるわしい姫君には何をつけさせてもよく似合う。


「うーん。こういう色のにごった宝石は、わたくしの趣味には合わないかも。

 もっとキラキラしたものがほしいですわ」

「あら、まだお子様ですのね。

 こういった色をおさえたものの価値がわかってこそ、一流の王族というものですわ」

「いやだ、言ってくれますのね」


 そういってやんわりとヴィーシャを押しのける。

 かた苦しい態度だが、これが王族風のやり取りなのだろう。


「え、あーと、すみませーん……」


 ロヒインは勇気を出して呼び掛けた。

 まさか許可のない侵入者だとも思わず、2人はこちら側に振り向いた。


「あら、どなたですの?」

「黒っぽいローブをまとってらっしゃるところを見ると、あなたも魔導師の方?」

「あ、はい。魔導師ロヒインの妹、『ニーシェ』と申します。

 わたくしも兄のような魔導師を目指しておりまして、こっそり兄についてきてしまいました。

 先ほど兄に見つかり、こってりしぼられたところなんです」


 よくもまあ我ながらしれっとウソをつけるものである。


「あら、それはお気の毒。

 こちらにいらっしゃい。あなたも一緒に見てくださいな」


 ヴィーシャの許しを得て、ニーシェはいそいそと近寄る。

 中年の商人に頭を下げ、風呂敷の上を眺めると、そこには色とりどりの宝飾品が並んでいる。

 ロヒインは思わずため息が()れた。


「わぁ、きれ~い……」

「こちらにいる『キメキ』は世界中を渡り歩く商人ですの。

 本日はこちらに様々な献上品(けんじょうひん)を持っていらしたのよ」


 それを聞いた王の姫が両手を組んで瞳を閉じ、遠い国に思いをはせる。


「うらやましいですわぁ。わたくしも勝手気ままに世界中を旅してみたぁい」

「そのようなことを申されますな姫さま。外の世界は危険なことばかり。

 森には数多くの獣がひそみ、わたしの持ち物を狙う盗賊(とうぞく)もいます。

 海に出れば嵐を心配せねばならず、砂漠では飲み水の心配もせねばなりません。

 北国に行けば寒さに(こご)えますよ」


 商人があわてるようにかぶりを振っても、姫さまは意に介しない。


「それもまた、旅の楽しさに比べればおつなものではないですの。

 ね、あなたもそう思わない?」


 急にふられてニーシェは困った。

 何とか姫の好奇心をそらさねば。


「そ、そうですね。

 でもそのような苦難を乗り越えるためにはそれなりの才能というものがなければなりません。

 勇者一行のような高いレベルとは言えなくても、せめて自分の身は自分で守れるような能力をお持ちでなければ」

「あら、でしたらわたくしも魔法の勉強をしようかしら。

 そしたらあんな魔法やこんな魔法まで。ああ、夢がふくらみますわぁ」

「むだですよニーシェ。

 この方はいちど好奇心がうずいたら止まらなくなってしまうの。

 王国の姫君というのはそれほど退屈ですの。

 ですからこのようにしていろんなものをキメキに持ってきてもらうのよ」

「そうですか、ご苦労を察しいたします」


 そういって頭を下げると、数々の宝飾品の中にひときわ大きい物を見つけた。

 どちらかというとアンティークに近い。しかも見覚えがある。


「これ、ちょっといいですか?」


 キメキがうなずくのを待ってそれを手に取った。


「金の、(さかずき)ですか……」

「それ、気にいりましたの? すべて金で造られたものらしいのですよ」


 しかしニーシェは首をかしげた。


「あ、いや。これ、姫様たちはどう思われます?」


 すると目の前の姫たちも首をやんわりとかしげた。


「ええ、実はあまりいいものとは思えなくて。

 これだけ金を使っておいて、よりによって飲み物用の杯とは、あまりい趣味だとは言えませんわ」


 ヴィーシャに続いてとなりの姫もうなずく。

 それに安心してニーシェは声を大きくした。


「そおですよねぇ!

 だってこれ、デザイン的にもセンスがないし、はっきり言って『バカな金持ち』しか使わなさそうですよねぇ!」


 それを聞いた2人の姫がクスクスと笑いはじめた。


「まあ、大声でわめくだなんてはしたない」

「お気をつけなさいな。ここは城の中ですのよ?」

「あ、すみません……」


 あやまりつつもニーシェは目を杯に向けた。

 その目は不信感でいっぱいになっている。


 この杯、となりの村で見たものだ。

 村長が村の収入をため込み、こっそり買った代物。

 あの奇抜な格好の盗賊団が盗み出したものがなぜここにあるのだ。

 ただの見間違いでなければ、恐らくは……

 ニーシェは必死にとなりにいる商人に目を向けないようにしていた。

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