第51話 4つの守護~その3~
両側を土壁で挟まれた狭い路地では、マルシアスとマーファ、ファブニーズそしてネヴァダとチチガムが、迫り来る岩のブロックを必死にかわしていた。
ネヴァダは叫ぶ。
「だあぁ~~~っ! なんだよこれっっ!
避けにくいったらありゃしないっ!」
頭上からは、絶えず岩のかたまりが降り注ぐ。
それは手持ちの武器で弾き飛ばせるが、おそいかかる左右の攻撃はさすがに破壊することができない。
「いつまでもかわしきれないぞっ! そのうち身体を挟み込まれる!」
そう言っている当のチチガムの真横から、四角いブロックが迫る。
あわてて押し返そうとするが、あまりに強い力のため押しつぶされそうになる。
そこへ両側から誰かが現れた。
左にはネヴァダ、右にはファブニーズ。
3人がブロックを押すと、かろうじてではあるが圧倒的な圧力に耐えることができた。
「ぐおぉぉぉぉぉぉぉっ! こんなの力比べするもんじゃないわよっ!」
「あきらめるなっ!
先に進んでいるルキフール様が、なんとかしてくださるはずだっ!」
ファブニーズは言うが当のルキフールもまた、眼前にブロックが迫っていた。
両脇でマルシアスとマーファが必死にそれを押さえつけ、本人は平然と呪文を唱えている。
突然、前方の力がなくなった。
見るとブロックに大きなひび割れができ、左右からは大量のガレキが崩れ落ちている。
とたんに圧力がなくなったので急いでルキフールのほうまで駆け寄ると、迫ってくるブロックにルキフールが杖を向け、そこから衝撃波が放たれブロックの一部が大きくはじけ飛ぶ。
ガレキから身をかばいながら、チチガム達は彼の前にたどり着いた。
「何て力だっ!
こっちは3人がかりで押さえるのがやっとだってのに!」
「年季のなせるものだ。
マルシアスとマーファもいずれはこれくらいの芸当ができるようにならねばな」
言われたダークエルフ2人はあきれ果てる。
「なにをおっしゃいなさって?
わたしたちが必死でブロックを押さえつけなければ、今ごろ3人そろってペシャンコになってましたのよ?」
「そうそう、こっちは2人だけでジイさんを支えたんだ。
感謝はされても説教されるいわれはないぜ」
ルキフールはそれを意に介すでもなく、上空を見上げた。
「地の攻撃が止んだ。
どうやらここでは決着をつけられないと見たらしい。奥に進むぞ」
首を振り続ける仲間たちを扇動しルキフールは進むと、前方が一気に開けた。
円形の広場で、床には魔法陣が描かれている。
ルキフールは入る直前で立ち止まった。
「先に進むのは気が引けるな。
これはワナだ。おそらくは重力を操る力なのだろう」
「だとしても、進む以外に手はありますか?
俺たちはここの守護を倒さなきゃなんないんです。進まない手はないでしょう」
「待て、戻るとは言っとらん。
しばし待たれよ」
ルキフールは短い呪文を唱え、杖を下に構えた。
すると床一面がぼんやりとした光に包まれる。
奥の暗がりから声が聞こえてきた。
「なんと、こんな短時間で重力の力を押さえるとは。
さすがは魔界一の老練な使い手じゃな」
やってきたのは背が低い割に体格のいい、老人たちの集団だ。
中央の白ヒゲはあごひげが長く、地面に近いほうをヒモで縛っている。
「ドワーフの長、ウールだな。
お互い老練な者同士、話し合いで決着をつけることはできんか」
するとウールと呼ばれたドワーフは豪快に笑った。
「ぐわっはっはっはっっ!
老獪そうな見た目に合わず、平和的なことをほざく者じゃわいっ!」
そしてウールは皮肉まじりのしたり顔を向けた。
「しかしそうはならん。
こちらとしては種族の存亡がかかるゆえ、平和にことをおさめるわけにもいかんぞ。
もっとも魔界一の策士と言われるお前の力が、どれほどのものなのか試してみたいという気持にもかられるがな。ぐははははは」
ルキフールは前に進み出て、杖を横に振った。
「者ども、お前たちは後ろの手下どもを片づけろ。
人数は多いが、お前たちの力ならできなくもないだろう」
後ろにいた者たちが動いた。
あっという間にドワーフたちのもとにたどり着くと、それぞれの武器で戦いを始めた。
早くも乱戦模様をていする後方をよそに、ウールは巨大な槌を担ぎ、前に進みでる。
「さて、ご老体。
こちらは年老いてなおも堅強じゃ。
対するお主は足腰が弱っているようじゃが、そんな状態で戦えるのかな?」
「心配無用。
私は自らの力をすべて魔力に還元しているため、このような姿をとっている。
スターロッドとは生き様がちがうゆえ、若々しい肉体には頼らん」
ウールは楽しげに白い長ひげに手をやる。
「ほっほう! 言うではないかっ!
ならばこの力、受け止められるかっ!」
そう言ってウールが巨大な槌を上からたたきつけてきた。
「アンナグサメンッッ!」ルキフールは短く発し、杖からオーラを出現させてそれを受け止めた。
「なんと! わずかな時間でそれほどの力を引き出すとは。
さすがは魔導の力を極めただけはあるな!」
「極めただけではないぞ! イグナスドッッ!」
それだけでウールの大槌をはじいた。
はね飛ばされそうになりながらも、ウールは体勢を立て直した。
「直接攻撃してはかなわんか。
ならば、いたしかたあるまい!」
ウールがあらぬ方向に、大槌を叩きつけた。
すると地面が大きく震動し、ルキフールはよろめいた。
「大地を揺り動かす魔導具かっ!」
前方を見ると、ドワーフたちと戦う仲間たちもそれに巻き込まれ、体勢をくずしていた。
それまではやや優位に立っていたのだが、地震の力に動じないドワーフたちに押し返されている。
「『クウェイクハンマー』と言えば、ベアールの娘ピモンも手にしているな。
しかしワシが手にするのは別の力じゃ。
ワシは剛腕ゆえ、この土の圧倒的な重量に耐えることができる。
それゆえこの魔導具を別の力に変換することができるのじゃ。それっっっ!」
もう一度、ウールが床に大槌を叩きつけた。
新たな震動に、背後の仲間たちは立っていられなくなる。
「ぬぅぅぅ! させんぞっっっ!」
ルキフールは進み出た。
しかし相手の方が身軽のようで、ルキフールが振りかぶる杖は簡単にかわされてしまう。
何度も試すが、当たらない。
「ぐわっはっはっはっっ!
どうやらその老体では、まともに攻撃することもかなわんようだなっ!」
「ならば別の方法を試すまでだっっ! アンギドサナムンッッ!」
ルキフールの杖から、オーラが飛んだ。
ところがウールはハンマーを前に構えると、衝撃波は見事に吸い込まれてしまった。
ルキフールは思わず「ぐむぅ!」と口ごもる。
そうしている間に、ウールが真横から大槌を振りかぶった。
杖を構えるのが間に合わず、ルキフールは後ろに倒れ込んだ。
そこに何者かがのしかかった。
重さに思わず「ぐうっ!」とうめきながらも目を向けると、女性ながら背の高いマーファが上に乗っていた。
「バカモノッ! わたしの上に乗っかるなっ!」
「そんなこと言われましたって、こっちはピンチなんですのよっっ!」
彼女の言う通り、両手に握るムチが対するドワーフの持つ巨大メイスを絡めとるが、相手は全く動じない様子でぐいぐいと引っ張っている。
マーファは「むうん、むうん」とうなりながら引っ張り上げるが、あきらかに彼女のムチに負担がかかっている。
ウールが動いた。
マーファが引っ張るムチの上に、大槌を振り下ろした。
張りつめたムチはあっけなく引きちぎられた。
「まあっ! アタクシの得物が、いとも簡単に!
やっぱりやわらかい武器では限界がありますわっ!」
2人のドワーフが、床に倒れる2人におそいかかる。
ルキフールは若いドワーフに杖を向けた。
「アングサナムンッッ!」
ドワーフの身体が、大きく弾き飛ばされた。
「邪魔だっ!」と言ってマーファの身体を押すと、彼女はすぐに転がってどいた。
振り下ろされた大槌をルキフールはなんとかわす。
ほんの数センチ先を、巨大な武器が叩きつけられる。
老魔族は少し動揺する。
震動とともに、わずかにマーファがよろめく姿が見える。
「あ、あたくしもう戦えませんわっ! どうしたらいいですのっ!?」
「とりあえず身を守ることを優先して考えろっ!
余裕があれば仲間たちを魔法か徒手空拳で援護すればよいっ!」
ルキフールはなんとか立ち上がると、土を持ち上げたウールと向き合った。
相手はニヤニヤとこちらを見やる。
「どうしたんじゃ。その姿では限界じゃろう。
わかっておるぞ、最上級の魔族は、自在に姿を変えられるということをな」
ルキフールは顔をしかめ、うんざりしたように首を振った。
「……私は知恵を使い、策をめぐらせるのが好みだ。
本来はこうして前線に立つのは好まぬところ。
しかしながら、もうこだわっている場合ではないな」
視線の先に、苦戦している仲間たちの姿がある。
マーファが拳や蹴りを使って援護するが、うまくいかない。
ルキフールは片手で杖を構えた。
そして相手をにらみつける。
「肉を使うのは心底嫌いだが、受け入れよう。
よく刮目するがよい」
ルキフールの全身が、すさまじいオーラにおおわれた。
あまりの勢いにウールはつい一歩退いた。
黒いオーラが止みウールが目をこらすと、すでに元のルキフールの姿はなかった。
死神。
ひとことでいえばとそんな様相をしていた。
小柄だったはずの老体は、青年のような体格のいいものになっている。
しかし、スキンヘッドの肌は青白い。
目は落ちくぼみ、黒いクマにおおわれた瞳も、瞳孔がなく真っ黒に染まっている。
まるでドクロのようだ。
鼻から下を黒いマスクでおおいそこから同じ色の管が伸び、肋骨を模した胸のプレートにつながっている。
衣装は光沢を帯びる肋骨のようなプレートも含め、すべて黒い。
ロングコートにロングブーツ、グローブに至るまで真っ黒で、手にする杖さえも黒く染まっている。
杖は、プレートと同じく光沢を帯びている。
脊椎のような形状の柄の上に、丸みを帯びた何かが乗っている。
よくよく見れば、胎児の頭のような形をしている。
苦しげにゆがむ造形を見て、ウールは内心ふるえあがった。
「……禍々(まがまが)しい、風貌じゃな。
まさしく死の神と言って差し支えなかろう」
「惜しいかな。
私の真の姿は『ネクロマンサー』と言う。
いわゆる死霊使いだ。
しかしわが手勢は、敵味方の区別なく襲う。
ゆえにここではわが魔導具のみを使おう」
そう言ってルキフールは杖を握る手に力を込めた。
すると胎児の口から鋭い刃が飛び出した。
心なしか、胎児の口がツバを吐きだして「グボェッ!」と叫んだような気がする。
「『苦悶の錫杖』……受けよ」
黒い眼孔でにらみつけるルキフールに戦慄しつつも、ウールは大槌を構えた。
ルキフールは胎児の口から飛び出た鎌を上から突き出した。
ウールがハンマーの側面でその攻撃をはじくと、ルキフールの漆黒の腕が激しく震動する。
「ぐっ! 側面にも魔法効果があるのかっ!」
ルキフールは反対の手を柄にやりその先を引っ張ると、脊椎のような形状がずっと先に伸びた。
なぜか「オオオオオオオオオオオオォォォッッ!」と言う叫び声が聞こえる。
長く伸びた脊椎はまるでムチのようにしなる。
それを逆手のままふるい、ウールの身体を直接狙った。
ウールは大槌ではたき落そうとする。
が、生き物のように自在に動くそれをとらえることができず、2,3回身体に軽く受ける。
「ぐむぅっっ!」
しかし頑強なドワーフゆえに深い傷は負っていないようだったが。
杖の形状がまた変化を遂げた。
退治の頭が「オボォォッッ!」とツバを吐きだし、上に思い切りのけぞった。
鎌が一瞬にして槍の形状となった。
使い手はそれをまっすぐ突きつける。
体勢をくずしていたウールはかわしきれず、片腕にそれを受けた。
「ぐおっ!」とウールが叫んでいるうちに、ルキフールは脊椎のムチを逆手に振りあげた。
大槌に脊椎が当たると勝手に絡みついていき、がっちりと縛りあげた。
ルキフールは両腕を使ってそれを引っ張り上げる。
「オオオオオオオオオオオオオオオ……」
胎児の口から不気味な声が聞こえてくる。
片腕をケガしているとはいえ、強健なドワーフは必死に抵抗する。
しかし、結局は根負けした。
もぎ取られた大槌がルキフールのすぐ後ろの床にたたきつけられる。
つんのめって床に両手をついたウール。
気がつけば、すぐ真横で鋭利な刃を突き立てる黒い死神の姿があった。
「もはやこれまでじゃ。
遠慮はいらん、この魂を狩り取れ、死神」
しかしルキフールは錫杖を上にもっていくと、鎌と伸びた脊椎の両方をしまった。
「死神は刈り取る魂を選ぶ。
お前はまだその時ではない」
「なぜ命を助けるんじゃ?
だからといって門の封印を解除するとは限らんぞ?」
「ならばもう一度戦うだけだ。
思ったより、この姿で戦うのは心地よいのでな」
ウールがルキフールを見ると、黒い眼孔は目を細めた。
ドワーフの長はなぜか泣きたくなった。
その時敵を殴り倒したチチガムとネヴァダが、ルキフールに顔を向けた。
ネヴァダが「えっ、誰っっっ!?」と叫ぶと、ルキフールはゆっくりと首を振った。
守護の広間の門。黄色の封印、解除。




