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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第9章 元勇者、少々無謀な挑戦をする
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第51話 4つの守護~その1~

 天高くそびえたつ塔をいただく、ヴァルトの街には多くの兵士たちが駐留(ちゅうりゅう)している。

 彼らは長きにわたる戦いの中でも、はるか天空に遠征に言った主力軍に対して常に様々な物資を運ばなければならない。

 遠征が長くなるほど、負担が増え兵士たちの気持ちはたるむ。


 そんな街の大通りに、1頭の馬に乗った何者かが現れた。

 白馬であるため街中でもよく目立つ。

 塔の手前で検問をしている青紋(せいもん)騎士団が、その姿を見るなり前に進み出た。


「おいこら! とまれっ!

 ここから先は危険だ、う回路を通れ!」

「いや、戦士のようだ。

 どうやら傭兵(ようへい)に志願しに来たようだぞ。

 珍しいことではないが、今頃になって表れるとはな」


 騎士の1人が前に出ると、馬上の人物を見上げ、そして突然尻もちをついた。


「コシンジュッッッ! お前っっっ!」


 馬上の彼は、チラリと視線だけを向けた。


「俺がここになにしに来たのかは知ってるだろう。

 通してくれ」

「ああ、わかってるっ!

 おい、道を開け、コシンジュを通すんだっ!」


 要領をわきまえた青い騎士たちは左右に退き、バリケードの細い通り道を開けた。

 通り過ぎる白馬を見上げ、1人の騎士が「うそだろ? あれがあのコシンジュか?」とつぶやく。


 白馬の前に、巨大な黒い塔が見えてきた。

 すると突然、道の左右からおびただしい数の騎士の群れが現れる。

 すべて黒一色に統一されている。


「勇者コシンジュッッ!

 ついに現れたなっ! 待ちくたびれたぞっ!」


 馬の後ろから青騎士たちがかけよってくる。


「待ってくれっ! 俺たちはもう仲間だろう!?

 なんで奴につっかかるんだっ!」

「うるさいっ! その背中を見てみろっ!

 奴が背負っている武器は、かつて我らが前大帝陛下が扱われた『黒の断頭斧(だんとうふ)』だっ!

 奴は神の手を借りてそれを奪い、自らの武器としようとしている!

 我が国の偉大なる至宝を使わせてはならんっっ!」


 黒騎士たちはいっせいに腰から剣を引き抜き、盾を構えた。

 青騎士たちも剣を手にかけようとするが、馬上の人物が手を彼らに向けた。

 その腕は長さのわりに太い。


「大丈夫、新しい武器を試すチャンスだ。

 今ならこいつらの命も奪わずに勝てる気がする」


 彼は颯爽(さっそう)と馬上から降りた。

 背中にかけたいびつな形の黒斧の柄に手をかけ、前へと進みです。


 コシンジュが、黒騎士たちの群れに不敵な笑みを浮かべた。


 現れたかつての勇者は、見違えたような風貌(ふうぼう)をしていた。

 着ている革鎧は前と同じだが体型の変化のせいで小さく見え、そこからさらけ出された裸の肉体は見違えるほど筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)になっている。

 髪は少しだけ伸び、勇者の名残は消え戦場をかけ回る無骨な戦士のたたずまいを見せている。


「なあ、痛い目に会いたくなけりゃ、そこをどいてくれよ」

「な、なにを言うっっ!

 貴様こそ、その背中の斧を返せっ!」


 雰囲気(ふんいき)も、変わった。

 以前はどことなく若さをみなぎらせた闊達(かったつ)な少年が、まるで年季を重ねた歴戦の勇士を前にしているかのようだ。

 それを相手側の騎士たちも感じ取ったらしい。

 誰もが握る剣がふるえている。


「……い、いえあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 1人が絶叫をあげ、向かってきた。

 スキは少ないが、勢いで向かってくるだけだ。

 コシンジュは間合いに詰め寄った騎士に向かって、すばやく前蹴りを放つ。

 これだけで相当な重量があるはずの鎧騎士のが、バランスを失いあおむけに倒れた。

 周囲の騎士たちが小さいうめき声をあげた。


 コシンジュはようやく、背中に差した黒斧を取り出した。

 それを黒騎士に向かって上から思い切り振りかぶる。


「ひ、ひぃぃぃぃぃ……!」


 しかしそれは騎士の身体の、ほんの真上で止まった。

 かなりきわどい位置で寸止めしているにも関わらず、コシンジュが両手で握る黒斧はびくともしない。


「人間は……殺さないっっっ!」


 そう言ってコシンジュは黒斧をどかすと、倒れる騎士をまわって正面に進み出た。

 1人の騎士が「く、来るなっっ!」と叫ぶなか、コシンジュの目がある方向で止まる。


「な、なんなんだっっ!?

 塔の中から、バケモノがぁっっ!」


 あらぬ方向から町の住民の叫びが聞こえ、黒騎士たちが後ろに振り返った。

 塔のわきから少数の、しかしあきらかに人間ではない集団が向かってくる。

 オークの群れを引き連れた。

 黒々とした体表のトロールだった。


「来やがったナァァッッ! 勇者コシンジュゥゥゥゥッッ!

 仲間の(かたき)ィィィィィッ! 討たせてもらうゼェェェェッッ!」


 棍棒を振りまわして、半ば駆け寄ってくるようにやってくるアイアントロール。

 騎士たちはあわてて巨大な魔物に道を開けた。


「悪いな。勇者はもう廃業だ。

 今はただの戦士でしかない。つってもお前には関係ないか」

「ウルセェェェェェェッッ!

 シンジマエェェェェェェェェェェェッッッ!」


 少しゆっくりながらも、トロールは巨大な棍棒を上から振りおろしてきた。

 しかしコシンジュは全く動じることなくその場をかけ回り、黒斧を斜め下から思い切り振りあげた。


 衝撃。

 ガツンという手ごたえとともに、トロールの片足が、完全に消えた。

 周囲がいっせいに「あぁっ!」と言う声をあげる。


 トロールの巨体が、なすすべもなく倒れる。

 崩れ落ちるその身体を、コシンジュは一歩下がっただけでかわした。

 あおむけに倒れたトロールはいまだになにが起こったかわからず、必死に周囲を見回す。

 その視線がある一点で止まった。

 コシンジュが真横から、トロールの首めがけて黒斧を振り下ろそうとしている。


「ヤ、ヤメロッッッ! ヤメ……!」


 トロールの叫びは、途中で消えた。

 コシンジュがまわりを見ると、黒騎士たちの誰もが肩を落としている。

 中には尻もちをつく者さえいた。


 コシンジュは首を振りながら、白馬のもとへと戻った。

 さっそうと馬に乗りあげると、ゆっくりと黒騎士たちのわきを通り抜けていく。


「……バ、バケモノだ……

 奴は人間でも、人の力を越えた……バケモノだっっっ!」


 コシンジュが横に目を向ける。

 1人の黒騎士が、ふるえる人差し指を向けている。


「……そうかも、知れないな。

 人を越えた化け物を倒そうというのなら、こちらも化け物になるしか、ないのかもしれない」


 どこかせつなげな表情を振り切るかのように、コシンジュは白馬の前の両脚を大きくあげさせた。

 そして思い切りひづめをたたきつけると、馬は颯爽(さっそう)とその場を走り去った。


 黒騎士たちはがく然とした様子で、コシンジュが塔のほうへと消えていくのを見送った。





 疲れた軍勢の回復を待つと、1日が明けていた。

 日が昇るころ、宮殿の広場で異変が起こった。


 4つの大扉が突然開かれ、中から何かが飛び出し、広場の床にたたきつけられた。

 バラバラの手足だけになったインホテプ。

 ひしゃげて真っ赤に染められたフレスヴェルの翼。

 全身をめった刺しにされたヴァーン。

 身体が斜めに斬り裂かれ、上半身だけとなったミドガルド。

 それを見た兵士はふるえあがると同時に、先遣隊(せんけんたい)の全滅を(さと)った。





「敵は我らをじらすより、恐れさせる手段を選んだようだ。

 ナメられているな」


 ファルシスの言葉をマーファが引き継いだ。


「おそらく、我ら本隊をおびき寄せるつもりでしょう。

 こちらはいつまでも結果を待っているわけですから」

「それにしても、あのやり口。

 どれも陰惨(いんさん)なものです。こちらも相当気合いを入れてかからねば」


 ズメヴ兄弟の黒ひげのほうが意見を述べると、横にいたドラスクが腕を組んでつぶやく。


「しかし、こっちはベストメンバーが欠けてんだぜ?

 人数を数えると、ざっと14名。あ、ズメヴは1名分な」


 兄弟は横をにらんだが、言われた通りなので押し黙った。


「で、これだけを4等分するってなると、いくぶん心もとねえな。

 エドキナの案を採用するか?」


 ドラスクの提案に当のエドキナが首を振った。


「いや、それだけでも不安がありますね。

 あまり気が乗りませんが、わたしの知人で頼りになるものを呼びましょう」

「それもそうだが。

 1名、おもしろい奴がかけつけたぞ」


 ファルシスが不敵な笑みを浮かべ、入口の方を見た。「入れ」


 扉を開けると、奇妙な格好の(よろい)を着た戦士が入ってきた。

 首もとが末広がりになった兜から、怒りの表情の黒仮面をはめた顔がのぞく。

 彼は頭を下げた。


「東の国からやってきた、『サムライ』と呼ばれる戦士だ。

 東大陸の唯一の援軍だ」

「たった1名っっ!?

 期待はしていなかったが、なんでたった1人しか送ってこんのだっ!

 奴らは我々をナメているのかっっ!」


 エドキナは軽く机を叩いたが、まるでそれにはじかれるようにベアールが立ちあがった。

 何人かがクスクス笑うなか、赤騎士はいそいそとサムライのほうに向かった。

 ベアールはサムライと向かい合うと、何やら聞き慣れない言葉をかわし始めた。

 これを聞いてマーファがおどろいてファルシスを向く。


「わたしたちの言葉が通じない!?

 東の国では、我々とは違う言葉を使うのですか!?」

「我々もそうであろう。

 我らはもともと数限りない種族の集まり。

 それぞれの発達に伴いあふれ返る言語を統一するため、文法が簡単な古代魔法文明由来の言語を学び、公用語とした。

 それがこちらでも通じるだけだ」

「北と南の大陸が共通なのも、崩壊前の大量移住の影響ですね。

 地方にいけばなまりが多くなるとの話ですが、基本的には共通言語です」


 口数の少ないニズベックが珍しく意見を言うと、ファルシスはうなずいた。


「対して東の大陸は古代文明の影響が少ない。

 だから今でも、彼らは複数の国によってそれぞれの言語を使う。

 あのサムライとコミュニケーションがとれるのはベアールしかいない」


 談笑していたベアールは、こちらを向いてサムライを指差した。


「あ~よかった~っ! オレの言葉がなんとか通じるよ。

 キミ、名前だけ言ってくれる?」

「マサムネ。『ゲンケンノ(幻剣の)、マサムネ』……」

「今言ったゲンケンってのはまぼろしの剣と言う意味で、彼はまたたく間に相手を斬り捨てるのが得意なんだそうだ。

 流派も俺と同じみたいだぜ?」


 そう言ってベアールは彼のほうを向き、兜のあごを手でさすり「一度手合わせしてみたいもんだぜ……」とつぶやいた。


「おいおい、オヤジ。

 あんまりイジメんなよ。相手はただの人間なんだから」


 倒れた3人の代わりに席に座る息子ドゥシアスがからかうと、ファルシスは首を振った。


「イサーシュの報告によるとこの者、剣の腕だけならベアールより上だと言っていたぞ」

「ええぇっ!? うそぉんっ!

 まあだとしたら、たった1人でこっちに送りこまれたのも納得いくかも……」


 ファブニーズが、ベアールの方向を見ずに口をはさむ。


「どれだけ腕があるのか知らないが、そいつはあくまで人間だ。

 戦力としては未知数だが、今は頼りにするほかあるまい」

「これで15名か。

 だがやはり4等分するとなるといささか心もとないな」

「……おやおや、みなさん。

 この私のことを、お忘れじゃないですよね」


 全員がおどろいて同じ方向を見た。

 部屋の隅に、あまり見たくなかった男の姿が現れる。


「……ヴェルゼック。今までどこに行っていたのだ。

 あまり頼りにもしたくないが、お前がいれば戦況が変わる場面もあったぞ」


 ファルシスがほおづえをついてにらむと、黒い貴族は怪しい笑みで両手を軽く広げた。


「そうカッカなさいますな、殿下。

 私が出たところで、いい結果につながるとは限らないでしょう?」


 そう言って、ヴェルゼックは前にゆっくり進み出た。


「しかし、そうも言ってられない状況になりましたな。

 そろそろ、この不肖(ふしょう)ヴェルゼックも手を貸すことといたしましょう」


 さすがのドラスクも、不審(ふしん)きわまりない貴族に対しては顔をしかめる。


「コイツの力を借りるのは気が進まないが、これでそれなりの数がそろった。

 これだけあれば、なんとか敵の勢力にも対抗できるだろう」

「殿下。

 かくなる上は万全を期し、わたしが提案した通りに人間兵とともに敵地への侵入を」


 エドキナがファルシスを向いて告げると、ヴェルゼックがニヤリと両手の親指を彼女に向けた。

 エドキナは顔をしかめる。ドラスクはいまいましげに腕を組んだ。


「人間どもを連れていったとしても、足手まといになるだけだと思うがな」

「……その意見、採用しよう」


 この意見で穏健(おんけん)派の魔族がすべてファルシスを向いた。

 対するエドキナは歓喜の笑みを浮かべる。「……ありがとうございます!」頭を下げた。


「お待ちください!

 エドキナの目的は人間たちを生きた盾にすること!」

「彼女の意見を採択すれば、彼らは間違いなく捨て(ごま)にされますっ!」


 ズメヴ兄弟がそろって真剣な目を向けるが、ファルシスは首を振った。


「敵はどのような手を打ってくるかわからんのだ。

 まずは相手の出方を見る。そのためにはどうしても捨て駒が必要だ」


 何人もの臣下が、信じられないと言わんばかりの表情になった。


「そんな、捨て駒だなんて……」


 がく然とするマーファのつぶやきに対して、エドキナは不敵な笑みを浮かべた。


「殿下も、ようやく現実を理解なされたようだ。

 そうだ、人間たちの犠牲(ぎせい)なくして、我らは目的を果たすことはできん」

「彼女の言う通りだよ。

 人間なんて、しょせん俺たちの所有物。

 奴らの使い道なんて、どうせそんなもんさ」

「ヴェルゼック様、あなたの意見は参考にはいたしません」


 エドキナがはっきり告げると、ヴェルゼックはわざとらしい態度で「おーこわこわ」と恐縮した。

 腕を組んだままドラスクが背もたれにもたれかかる。


「ふざけるな。なんでそこまでする必要がある。

 そんなことをしても、エドキナとヴェルゼックを喜ばすだけだ」

「まあまあ、そんなこと言わないで。

 俺も君も、同じ強硬派じゃない」


 そう言ってヴェルゼックが背もたれに手をかけると、ドラスクは乱暴に払いのけた。


「お前は違うっっ!

 このうすぎたないドブネズミめっっっ!」

「ドブネズミ、か。

 どっちかっていうとうるさいハエって言われた方がうれしいんだがね」


 前を向いたドラスクは思い切り舌打ちした。


「お前たち、不服があるようだな。

 それほど、この魔王ファルシスに逆らいたいのか」


 多くの臣下が、顔に戦慄(せんりつ)を浮かべた。

 ファルシスがこのようなことを述べるのは初めてだった。

 マルシアスが「しかし殿下っっ!」と彼のほうを向いた。


「……余の命令だ。忠実に従え。

 それ以上反論すれば反逆とみなす」


 全員が沈黙した。

 彼を名君だと思っていた者たちは、みな絶望的な表情になる。

 対してエドキナは満足そうに舌をチロチロさせるが、似たようなヴェルゼックの笑みを見て少し不機嫌になる。


「さ、俺も行きますか。

 メンバー発表、期待して待ってますよ」


 そう言って、ヴェルゼックは意気揚々と部屋の入口に向かった。

 マサムネが頭を下げ引き下がると、黒い貴族は軽く手を振って部屋の扉を開け、出ていった。

 そしてマサムネはベアールに向かって何か話しかけた。

 対する赤い騎士はボソボソとつぶやき、首を振った。





 宮殿前広場には、いくらかの人だかりができていた。

 ほとんどが人間で、魔族と呼べるものは軍の中枢にいる大幹部だけだ。


「すまないなアーミラ。

 本当は連れて来たくはなかったんだが、お前以外に頼れる者がいない。

 強硬派の仲間たちはみんなここで無様な姿をさらしたし、ドライアナは大きすぎて宮殿の中には入れない」


 申し訳なさそうなエドキナに対し、相手のナーガは笑顔で首を振る。


「いいっていいって。

 こっちはひっさびさのエドキナちゃんとの共闘なんだから、けっこうワクワクしてるところもあるんだよね~」

「あまり楽しみすぎるなよ。

 わたしが全力で支えるが、相手は神の使徒の中で最強と言われている奴だ。

 絶対にムチャはするな」

「んなことわかってるよ。

 ワクワクしてるって言っても、結構ビビってるところもあるし。

 そんなことよりも……」


 アーミラの笑顔が突然くもり、周囲に目を向けた。


「本当に、人間たちを連れていくの?

 心配なのを差し置いても、とても役に立つとは思えないんだけど……」

「役に立たないことはない。

 少なくともきちんと目を配らなきゃいけない舎弟連中よりはまだマシだ」

「……エドキナちゃん。

 やっぱりまだ、人間たちのことを、憎んでるの……」


 まっすぐ目を合わせているアーミラに対し、エドキナは眉をひそめ、首を振った。


「忘れられるわけがないだろう。

 父は神の言葉を愚直(ぐちょく)に信じ続けた前勇者に殺された。

 そんな奴と同じ種族を、許せるはずがない」

「まだそんなことを言ってるの?

 エドキナちゃん、あたしたち魔族と同じように、人間にだっていろんな種類がいるんだよ?

 ただ種族がちがうってだけで、差別するのはよくないんじゃない?」


 エドキナはなにも言わず、ただ視線をそらした。

 そんなときにファルシスから声がかかった。見ると剣を高く(かか)げている。


「よいか人間ども!

 お前たちの役目は我々が相手の手口を把握するまで、我らの身を警護することだっ!

 敗走は決して許さん!

 もとより逃げ場はどこにもないゆえ、死を覚悟して敵に望めっっ!」


 兵士たちがどよめく。それもそうだろう。

 今まで人間たちに対して公平に接してきたファルシスが、このような作戦を指揮するのは初めてだったからだ。

 だが、ファルシス自身はそれが必要なことだと断言した。

 そのことは喜ばしいが、彼の精神がどんどんヴェルゼックの思惑通りに荒廃していることは、警戒すべきとも思った。


 エドキナの横に、当のヴェルゼックが満足そうな笑みで腕を組んでいる。

 自分も彼もファルシスとともに、もっとも警戒すべき炎の宮殿に潜入することになっている。


「みな、気を引き締めてかかれっっ!

 ムダに命を落とすことは許さん、せめて我らの良き盾となって見せよっっっ!」


 兵士たちは声をあげるが、声がそろわない。

 統率性がないのは問題だが、中に入ればその心配もなくなるだろう。

 恐怖が全員の心を1つにしてくれる。


 ファルシスが、アーミラをアゴで刺した。

 うなずいたアーミラはファルシスとともに大扉の前まで進み出て、全身の力を込めて扉を押しあけた。


 エドキナは疑問に思った。

 なぜヴェルゼックではなく、アーミラを使ったのだろう。

 精神を病みかけながらも、ファルシスは奴を警戒している、ということだろうか。


 意味を考えつつエドキナはヴェルゼックとともに、扉の奥へと進んだ。

 前方の暗がりを前にして、ふと振り返る。

 ファルシスがアーミラとともにうなずいた。

 後から騎士たちが入ろうとしたところを、ファルシスとアーミラは手のひらを向け制止させ、扉を思いきり閉めた。


「……! なにをしているのですっっっ!」


 わずかに見える扉の先から、ベアール達がいる向かい側もまた兵士が押しのけられているのが見えた。

 どうやらファルシス達は結託して、人間兵たちを締め出したらしい。


 扉が完全に閉められ、あたりはほぼ暗闇(くらやみ)になった。

 閉ざされた入口に張り付いたエドキナは扉に拳を叩きつけた。

 激昂(げっこう)して振り返る。


「殿下っっ! これはいったい何のマネなのですっっ!?

 まさかこのわたしを、はかったのですかっっ!?」


 ファルシスの表情は実に不敵なもので、してやったりという態度が見え見えだった。


「エドキナ、自分の意見が採択されて慢心(まんしん)したな?

 あのあと余がひそかに他の者たちに指令を送ったことを、お前はまんまと気付かなんだ」


 エドキナは苦虫をかみしめる。

 ヴェルゼックが心ない拍手を送った。


「まったくたいした演技力ですな。

 このヴェルゼックも、まんまとだまされましたよ。

 いやはや、すっかりお心が闇に食われてたと思ってたのに、意外や意外、しぶといですな」

「ヴェルゼック、お前の魂胆(こんたん)はわかっている。

 余が呪いに毒され、精神を荒廃させつつあると思っていたのだろう。

 しかし自覚していれば、心構えは身につく。苦悩に耐える覚悟もできる」


 アーミラが「呪い?」と問いかけた。

 ファルシスは「知らない方がいい」と一瞥(いちべつ)した。

 ヴェルゼックもアーミラに横目を向けた。


「だったらこの俺が教えてやろうか?

 ナグファルっていう闇の」

「だまれ」


 ファルシスにさえぎられ、ヴェルゼックは額を手で押さえあきれたそぶりを見せた。


「はあ、楽しみが少し消えたな。

 まあいい、まだ楽しめる余地はあるさ」


 そう言って、ヴェルゼックはさっさと奥の暗がりに進んでしまう。

 エドキナもファルシスをにらみつけながら前に進んだ。

 ファルシスとアーミラが互いに顔を見合わせ、あとからそれを追う。

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