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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第9章 元勇者、少々無謀な挑戦をする
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第50話 美女と醜女~その2~

 当初の案の通り、第1陣は魔界大隊と幻魔兵団の一隊がセットとなり、4つの宮殿の中に侵入することになった。

広場にはおびただしい数の異形が押し寄せているが、大部隊であるためそこに収まりきらず手前の大通りにも列をなしている。


 トロールの手を使い、4つの大扉が開かれた。

 1体の幹部が部下たちを止めると、扉を調べはじめた。

 一度入れば閉じ込められる仕組みだと考えたからだ。


 思っていたよりレトロな仕組みだった。

 扉はわずかに傾斜(けいしゃ)になっており、重量のある扉はすぐに閉められてしまう。

 裏には取っ手がなく、内側からは開けられない仕組みだ。

 時間をかければ強引に破壊できるかもしれないが、奥は細い廊下になっており都合のいい的だ。


 扉を開けたままにしておけば、そのまま援軍を送り続けられるではないかという意見が出た。

 しかしいつまでもトロールには支え続けられない重量であること、内側は物理的に開ける手段がないことから、魔法による開閉もできるかもしれないということで、却下された。


 結局のところ中に入った部隊は連絡をとることも、退却することもできないということだ。

 エドキナのように上級幹部として引き立てられるというチャンスを与えなければ、下級幹部たちは首を縦に振らなかっただろう。


 意を決し、扉の中へと魔物たちが入り込んだ。

 ゆっくりと、だが着実に、リーダーの意見に従い魔物たちは息を飲んで奥へと入りこんでいった。


 やがて広場に異形の数が1つもなくなると、扉を支えていたトロールたちも中に入った。

 4つの扉が閉められ、広場には部隊を指揮するエドキナだけが、ポツンと取り残された。





 水の魔宮に入ったのは、地属性のアンデッド、『インホテプ』。

 彼と手勢の『マミー』たちは、もともとは南大陸の古代国家の出身である。

 彼らの王国は、北からやってきた滅びゆく古代文明の者たちによって滅ぼされた。

 王であったインホテプとその側近たちは死してなおも恨みの念を生ける者たちに抱き、それを地の底の魔力が受け止めた。

 今や彼らは地の魔物の所領、大空洞のさらに奥にある「暗黒洞窟」において新たな王国を築いている。

 無論、エドキナと同じく強硬派に属する者たちだ。


 彼らと主に同行するコボルトの首領たちはしきりに周囲を気にしている。


「予想と違う。

 中はてっきり水場ばかりだと思っていたのに、入ってみれば水槽1つない」


 宮殿内はあざやかな青一色で統一されているが、水を感じさせる設備などどこにも見当たらないのだ。

 手下と同じく、全身にくすんだ包帯を巻きつけたインホテプはうなずく。


「それならそれで、好都合だ。

 もっとも油断はできん。魔法ワナに隠されている場合もあるから気をつけろ」


 一行が奥に進むと、広間に出た。

 やたらと壁が多くの角を作っている、円形に近い広間である。

 ある程度の従者が集まったところで、異変が起こった。

 天井から、壁から、そして床から、またたく間に水が押し寄せてくる。

 大柄なコボルトリーダーが「水攻めかっっ!」と叫んだ。


「油断するなっ! それだけなら我ら地の魔族を溺死(できし)させることはできん!

 我らはすでに死んでいるのだからなっ!」


 水量は凄まじいが、それだけではすぐに部屋を満たすことはできない。

 そのかわり、部屋の上空に異変が起こった。

 中に浮かぶ、巨大な水のかたまりが現れたのだ。


 そこから突然何かが飛び出す。

 下にいたコボルトの胸に水でできた槍が突き刺さり、水浸しの床に倒れるとひとりでにどこかに引きずられていく。

 インホテプは周囲に呼び掛けた。


「やはり魔法ワナだっっ! みな水の様子に気をつけるのだっっ!」


 水の球体から放たれた槍が、容赦(ようしゃ)なく魔族たちを(おそ)う。

 コボルト達の中には手持ちの刃物でそれを斬り裂く者もいるが、多くは死角から身体を貫かれ、たまり始めた水の中に飲み込まれていった。


 インホテプの軍勢は動じない。アンデッドゆえ水の槍くらいでは絶命できないのだ。

 マミーたちは包帯に包まれたしわだらけの手で、身体に突き刺さった槍を引き抜いていく。


 そんなマミーたちに水しぶきをあげて何かが飛びかかった。

 青白い肌をした女性が背後からマミーにしがみつく。

 ミイラ男は必死にもがくが、もろい身体ゆえか首や腕をあっけなくもぎ取られ、水中に沈んだ。


 しかしすぐにニンフのほうが水面に顔を出した。

 苦しげな表情であえいでいると、マミーの腕だけがその首を締めあげている。

 両手で必死に引きはがそうとするが、ニンフの頭が突然おかしな方向にねじれて白目をむき、水の中に沈んだ。

 インホテプの周囲あちこちで同様の光景が広がる。

 中には水でできた槍を手に必死に抵抗するニンフもいる。

 コボルト達の姿は、もうどこにもない。


「水の宮殿の支配者と言っても、この程度か。

 これしきならわざわざおろかな上級幹部の手を(わずら)わせることもない」


 そうインホテプが笑った時、突然異変が起こった。


 身体が勝手に宙に浮く、いや足元の水が浮かび上がり、マミーたちの身体を上方へと押し上げたのだ。

 またたく間に、インホテプ達は上空の水球とともに1つにまとめられてしまった。


 身動きが取れないなか、インホテプは周囲を見回す。

 身体を解体されてなお手下たちはニンフと戦うが、突然その身体が弾き飛ばされるように下の方へと運ばれていく。

 インホテプはある方向に注視した。

 薄暗い青の世界の中に、身体に何か長い道具を巻きつけたニンフがいる。


 そのニンフは道具の先端をこちらに向けた。

 そのとたん、インホテプの身体は急速に後方へと引っ張られた。

 気がつくと、インホテプの身体は水浸しの床にたたきつけられていた。

 あわてて立ち上がり、周囲を見る。

 水の中からはじき出されたマミーたちは、バラバラの身体で身動きができない。

 魔力で包帯を伸ばして腕をつなげようとするが、上空の巨大な水球空放たれた水の柱がそれさえも押しつぶした。

 水の柱が離れるとその腕はぺしゃんこになっている。


 水の中から、ニンフの姿が現れた。

 身体じゅうに、ジャバラ状のヘビを模した機械を巻きつけている。

 他のニンフとは違いまとっている(ころも)や髪飾りが豪華(ごうか)だ。


「ようこそ、わらわが支配する水の宮殿へ。

 わらわの名はカブラ。

 我が魔導具『水神の筒』により、2度目の死を味わいなさい」


 インホテプは笑い、両腕を広げた。

 そこから無数の包帯が伸びる。


「残念ながら、もう死を味わうのは結構だ。

 貴様のほうこそ、絶命の苦しみを体験するがいい」


 インホテプが両手を前に出すと、包帯の群れは一気に彼女が手にするヘビの頭に取りついた。

 それをグイグイ引っ張り、安全な方向へと押しやった。

 インホテプはなおも引っ張り、彼女の手から蛇を奪おうとする。


 その時、彼女が開いた手をこちらに向けた。

 後方から何か水らしいものがぶつかり、インホテプは「ぐぅっっ!」とよろける。

 その間にカブラはヘビの頭を戻し、開かれた口から整えられた円形の水を飛ばした。


 インホテプは拘束をあきらめ、自ら包帯を引きちぎってかわす。

 しかし水球は自在に向きを変え、インホテプの背中を強く打ちつけ、壁に叩きつけた。

 細い身体はずるずると壁から床へとずり落ちる。


 必死に身を起こそうとしている間に、カブラがすばやく詰め寄った。

 ヘビの口は大きく開かれている。インホテプは叫んだ。


「……水の魔法を、自力で操れるではないかっ!

 なぜ魔導具に頼るっっ!?」

「負けられぬ理由があるからです。

 わらわがお前たちに屈せば種族の存亡にかかわる。手段は選んでられません」


 そして、ヘビの頭から水の柱が現れた。

 もとがただの水とは思えないほど形が整えられたそれは、インホテプの身体をバラバラに吹き飛ばした。





 地の宮殿には、人と鳥の身体が融合(ゆうごう)したかのような風の魔族「フレスヴェル」が向かう。

 フレスヴェルと手下のハーピーは、アイスキャニオンの最奥にある「閉ざされた世界」に、拠点がある。

 フレスヴェルの所領はかなりの高所であるため、同じ飛翔魔族しか往来できない。

 無数の羽根におおわれた両腕で、しきりに周囲に風を送る。

 となりにいたホブゴブリンが「なにしてんだ?」と問いかける。


「中の様子を探っている。

 わずかな風の変化から敵の位置を把握できる」


 ホブゴブリンは「ふぅん」と言いながらも、周囲の光景を見回した。


「しっかしなんだここは。

 地下に(もぐ)ったわけでもねえのに、どれも土壁だらけだぞ。

 外とは違って中の作りは原始的なのか?」


 まわりを見まわせば、彼らの両サイドには見上げんばかりの巨大な土壁があり、通路が比較的狭いこともあって強い圧迫感を覚える。


「ここが地属性の領域だという事実を忘れるな。

 この土壁、敵が利用するかもしれん」


 狭い路地のなか、突然地揺(じゆ)れが起こった。

 ゴブリン達は動揺するが、フレスヴェルと配下のハーピー達はあわてない。


 上空から、無数の岩が落ちてきた。

 ゴブリン達はあっさりと頭にそれを受けて倒れるが、ハーピー達はそれを器用にかわしていく。


「くそっ! よけきれねえっ! グワッッ!」


 となりのホブゴブリンも脳天に岩がぶち当たり、倒れて動かなくなった。


「ハーピー達よっ! 風を巻き起こせっ!

 旋風で頭上の岩をはねのけろっ!」


 フレスヴェルに続いて、ハーピー達もじゅう空に向かって羽をはばたかせる。

 落ちてきた岩は旋風にあおられ、位天井のどこかへと消えていった。


 1体のハーピーが安堵(あんど)した次の瞬間、突然そばの壁が動いた。

 はじかれるように飛び出した岩のブロックが、ハーピーの身体を反対の壁に押し付ける。

 半人半鳥の生物はあっさりとつぶされた。


 フレスヴェルは舌打ちをする。

 しかし前方に異変を感じ振り向くと、暗がりからドワーフたちが現れた。

 中央に立つドワーフの白いヒゲは、異様なほど長い。

 彼は笑う。


「飛んで火に入る夏の虫、と言うところかい。

 いくら風の魔物と言えども、こんな狭い場所じゃ身軽な身体でおれたちの圧倒的な攻撃にはかなわんな」

「ならばこちらの方も味わってみるかっ!」


 フレスヴェルが両腕を広げると、それはまたたく間に巨大な羽根になった。

 そのまま羽根をはばたかせていると、重量があるはずのドワーフたちの身体があっさりと後ろにはね飛ばされた。

 ヒゲの長いドワーフも必死にそれに耐えるが、意を決したように手に持つ巨大な槌を大きく振りかぶると、むき出しの地面にたたきつけた。

 床が大きくぐらつき、フレスヴェルも立っていられなくなった。

 羽根を大きく羽ばたかせると、大空に舞い上がった。


「ハーピー達っ! 空に移動しろ!

 上空から奥へと進むのだっっ!」


 そうしている間にも、左右の壁から四角いハンマーが現れる。

 多くのハーピー達が、それに巻き込まれた。

 狭い通路であるため、かわすのは上下方向しかない。


 いつの間にか広間にたどり着いたが、フレスヴェルのまわりにはわずか数匹しかいない。

 鳥の魔族は円形の広場中央にいるヒゲの長いドワーフに呼び掛けた。


「族長のウールだな?

 これほどの広さがあれば、我らは自由自在。その命、もらったぞ」

「フン、お主のほうこそ、ワシらのワナにかかったことを自覚せんかい。

 なにも好きこのんでこんな広場に案内するか」


 フレスヴェルは異変に気づいた。

 思うより、身体が動かない!

 見れば床には巨大な紋章が光っているではないか。


「ワシらの弱点である風の魔物でも、やりようによっては簡単じゃ。

 特に敵をふところに誘い出すときはな」


 ここは重力を操る場だ。

 そう悟ったフレスヴェルは、翼を使わずに走って入口へと戻る。

 出遅れた部下たちは放っておく。


 身軽ゆえ、細い廊下にはすぐにたどり着いた。

 しかしその頃にはすでに死を覚悟していた。

 それでも翼を広げようとしたが、廊下にたどり着いた瞬間に現れた岩のブロックに身体を挟まれ、あっけなく押しつぶされた。


 壁に押し付けられたブロックの下から、大量の血がにじみ出していくのを見て、ウールはつぶやいた。


「これから先、さらなる連中をこんな目にあわせねばならんのかい……」





 風の宮殿に入るのは、「サテュロス」と呼ばれるヤギと人が融合したような風貌を持つ種族。

 その筆頭に、「ヴァーン」と呼ばれるひときわ角の大きいリーダーがいる。

 彼らの城は魔界の西にある「溶岩海」にそびえ立ち、移動は炎の鳥を使う。

 サテュロスたちは手に炎の刃物を持つが、ヴァーンの刃物は(かぎ)のついたものになっている。

 そして両手にそれを持つ。


 同行するのはトロールたち。

 風の魔族が相手なら身軽さよりも体が頑丈な方がいい。

 特にリーダー格のアイアントロールは。


 それでもヴァーンは油断しなかった。

 しきりに周囲を気にし、もしもの時のために備え、両手の鉤を構える。

 中は薄暗い迷路になっており、緑色の照明でかろうじて様子が見て取れる。

 一行が慎重に進む中、前方の角を何かがすばやくかけぬけた。

 ヴァーンはさっと片方のカギを横に伸ばし、仲間たちを止める。


「気をつけろ。

 この入り組んだ部屋の中に、連中が潜んでる。気を引き締めてかかれ」


 その時、上空から何かが飛んだ。

 ヴァーンはそれを素早くかわすと、後ろにいたトロールの足に突き刺さった。

 トロールは情けない叫びをあげる。

 見れば、その足は床ごと太い針に貫かれている。


「物理攻撃かっ!

 奴ら風の力ではかなわないと見て、刃物だけでオレたちに対抗しようとしているぜっっ!」


 足手まといになるトロールを赤く光る鉤で一閃すると、サテュロスたちは身構えた。

 しきりに周囲に目をこらすなか、ふたたび上空から何かが飛び込んできた。

 サテュロスたちは炎の刃でそれをはじいていくが、動きののろいトロールは全身を串刺しにされ、床にドォンと倒れ込む。使えない連中だ。


 ヴァーンは上空を見上げ、その仕組みに気づいた。

 天井はどこまで続いているかわからない。


「ちっ! どうやらこの壁は天井まで続いていないらしいっ!

 奴らは壁の上の細い場所から投げつけてやがるんだ!

 トロール、この壁をぶち壊せっっ!」


 そばにいたアイアントロールが、さっそく片手に持つ棍棒をたたきつけた。

 大きなヒビが入るが、すぐに壊せそうにない。

 それどころか、上空からは冷気のようなものが吹きつけられ、その巨体が氷漬けにされていく。

 ヴァーンは舌打ちし、両手の鉤爪を使って壁に穴をあけながら登り始めた。


「ここにいたらラチが明かねえっ! ついて行ける奴だけついてこいっ!

 自力で無理ならトロールの身体を使えっ!」


 そばにいたサテュロスが、氷漬けになったトロールの身体を使い、よじ登った。

 壁の上はそれほど高いものではなかった。

 (はり)の上に足を乗せるとヴァーンは全身に炎をまとい、周囲を照らした。

 追いついたサテュロスたちも同様にする。


「おいっ! いつまでも隠れてないで出て来やがれっ!」


 ヴァーンが叫んだとたん、針の上に黒服をまとったハイエルフ達が現れ、サテュロスたちと交戦していく。


「ちっ! 光の種族のクセに闇に乗じておそいかかって来やがって!」


 ヴァーンは両手の鉤を器用に使い、目の前のハイエルフの身体を斬り裂いた。

 全身を炎まみれにしながら、ハイエルフは絶叫をあげて落下していく。


 他のサテュロスはそうはいかない。

 不安定な足場であるうえ、ハイエルフ達は器用にそれを渡り歩く。

 対するサテュロスの多くがそれについていけず、下へと落下する。


 しかし、彼らの戦いに異変が起こった。

 とあるサテュロスの背後に何者かが現れ、背中から心臓を貫いた。

 チラリと視線を向けたヴァーンがおどろいたのは、そいつは他のハイエルフのように黒服をまとっているわけではないということだ。


 全身に毛皮のようなものを背負い、鳥のくちばしのような兜はサテュロスの炎に照らされてうっすらと光っている。


「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァァァァァァァッッッッ!」


 笑い声をあげながら、喜々として仲間を葬り去って消えるその姿は、とても天界の住人とは思えない。

 そんな相手が、ヴァーンの前方に現れた。

 緑色の兜の下からのびる赤い唇が、ぺろりと舌なめずりする。


「ようこそ、オレ様の楽しい楽しい遊び場へ。

 オレ様は風のラルフ。

 本日はどうも、オレ様の楽しい狩りの標的になってくれてありがとう」

「ハイエルフにしちゃ、ずいぶんと趣味がわりいな。

 やってることも服のセンスもよ」

「あらそうかい?

 ていうか、お前みたいな魔界の住人にゃあ言われたかねえな」


 そう言ってラルフは毛皮の中からのぞく、鉄製のするどい爪をカチャカチャさせる。


「こっちはおたくと違って、自分のやってることは自覚してる、つもりだよっっっ!」


 ヴァーンは叫んで両手の爪を振りかぶるが、相手の姿は消えた。

 しかしヴァーンの目はその行き先をしっかり見据えていた。

 が、がく然とする。

 ラルフの身体は、なにもない場所にふわふわと浮きあがっていた。


「ちきしょう……空中を自在に動けるのかよっっ!」

「ハハハハハハハッッッ! オレのターンだぁぁ~~~~~~っっ!」


 ラルフは両手の爪を突き出し、ヴァーンに突進した。

 ヴァーンは両手の鉤でそれを受け止めるが、相手は素早く両手を突き出し、守りきれない部分に次々と突き刺していく。

 床に激突した時には、ヴァーンの身体は赤く光る血にまみれていた。

 ラルフが床に降り立つと、両手の爪の先端がわずかに赤く光っている。


「ハッハッハァ~~~~~ッッ! 楽しいねぇ~~っ!

 お前もいっぱしの魔族なら、この気持ちわかるだろぉ~?」


 ヴァーンは鉤を手にとって立ち上がろうとするが、もう武器までは持てず、ふらふらと身を起こすだけだ。


「チッ、負けたよ。せいぜいひと思いにやってくれ……」


 近寄ってくるラルフは身体をくねらせながら、ひきつった笑みを向けた。


「いいや~、それはもったいないねぇ~。

 せっかくだから、お前の身体からゆっくりと光が消えていくのを、見てみたいねぇ~~」

「……ちくしょう。

 もとから期待してなかったが、やっぱりそっちの趣味かよ……」


 ヴァーンがにらみつけると、兜の下から相手の美しい容貌(ようぼう)が見えた。

 しかし、やはり狂気じみた目をしている。


「なかなか、威勢がいいねぇ。

 だけどそれもいったいどこまで持つのかなぁ?」


 そして、ラルフの遊戯(ゆうぎ)が始まった。

 やがてヴァーンの雄々(おお)しいほえるような叫びが、まるで女性が泣きわめくような甲高いものに変わっていった。





 炎の神殿に潜入したのは、マントの下から長い尾を生やす「ミドガルド」。

 彼の眷属(けんぞく)リザードマンたちは水属性としては淡水(たんすい)性で、拠点は地底大海の東にある年中雨が降り注ぐ「小渓谷(しょうけいこく)」にある。


 彼らとともに行くのはナーガ族。

 それらを率いるのはエドキナとも旧知の「デュポン」だが、エドキナからは避けられている。

 あまり賢くないからだ。


「誰もいないな……」周囲を見回しながらデュポンはつぶやくが、ミドガルドは下をチロチロさせながら告げた。

「気を抜くな。相手は守護の中では最も手ごわいと聞いている。

 そのために、頭は悪いが優秀なお前が選ばれたのだ。それを自覚しろ」


 ミドガルドはほめたつもりだったが、デュポンはけげんな顔をする。

 頭の悪さを自覚してはいないようだ。


 たいまつだけが照らす長い廊下を進むと、一気に視界が開けた。

 無数の炎が照らすのは、まるで宙に浮いているかのような円形の広間。

 足場のふちはなにもなく、ただ暗闇がぽっかりと口を開けている。


「敵は翼を持つエンジェルだ。上空から振り落とされるなよ」


 しかし、ミドガルドの視線はまっすぐ前方を向いていた。

 広場の奥にはたった1名、翼を生やした黄金の騎士が立っていたのだ。

 兜をかぶらず、整えられた金髪で横向きに立っている。

 その手にはごく普通の大きさの直剣と円形の盾を持っている。


「まさか、お前が天使の族長ミゲルとは言うまい。

 なにゆえ配下の者を引き連れなんだ」


 ミドガルドが問いかけると、相手は髪をかきあげながら首を振った。


「いや、他の連中は、日々を安穏に過ごすことばかり考える足手まといばかりなのでね。

 問題ない。ここは私1人でも、うまく切り抜けるさ。

 それくらいの自信はある」

「……なめるなぁぁぁっっ!」


 いきなりデュポンが前に飛び出した。

 ミドガルドが「待てっっ!」と止めるにもかかわらず、デュポンはミゲルの目の前まで押し迫る。


 ミゲルがすばやく動いた。

 またたく間に剣に炎をまとわせ、相手に素早く斬りつけた。

 デュポンはそれを逃れるが、どうやら身をかばってしまったらしい。

 戻って来た時には腕が一本なくなっていた。

 ミドガルドはうんざりした顔で言った。


「だから待てと言っただろう。

 腕を持っていかれてしまって、この先大丈夫なのか?」

「すまん、気があせった。

 でももう一本腕があればなんとかなる」

「まずはワシとお前で行こう。

 乱戦になって足をとられるようなことは避けたい」


 相手がうなずくと、ミドガルドはデュポンとともに前に進み出た。

 トカゲ男がマントの下から長い尾を伸ばすと、その先端から急激な圧力の水流が飛び出した。

 ミゲルの剣にものの見事に命中し、その炎がいとも簡単に消える。

 その間にデュポンが近寄り、両目から怪しい光を放った。


 ミゲルの鎧から、何かが現れた。

 それが彼の頭部を覆っていき、あっという間に兜の形をなした。

 複雑なからくり仕掛けのおかげで、ミゲルは相手の魔眼を逃れた。


 しかし側面から、ミドガルドが迫る。

 彼が鋭い爪を伸ばすとそこから水しぶきが上がり、またたく間に長い水の爪へと変わった。

 それを相手の鎧のすきまに突き出す。

 しかし相手はこちらを見ずに、盾を上に構えてそれを防いだ。


「見事な動きだっ!

 だがしょせん2つの敵を相手に1名だけではかなうまいっっ!」


 すると突然異変が起こった。

 羽ばたくミゲルの羽根が突然燃え盛り、彼の身体が一瞬で消えた。


 気がつくと、後方に控えていたリザードマンや、ナーガたちがの前に炎の天使現れた。

 彼はまたたく間に剣を素早くふるい、爬虫類(はちゅうるい)たちの身体を両断していく。


「霧だっっ! (きり)を発生させろっっ!」


 リザードマンの魔力で、入口方面がかすみがかって見えなくなった。

 それでも多くの者がミゲルの剣に倒れ、そばにある奈落へと落下していく。


 何匹かの手下たちが、なんとか逃げのびてこちらに向かってきた。

 しかし目の前の名―がの身体が、背後からミゲルの炎の剣に切り裂かれる。


「くっっ! 奴は翼の炎の力を使ってすばやく動いているようだっっ!

 デュポン! お前も気をつけなければ……」


 横を見ると、いつの間にか相棒の背後にミゲルの姿があり、デュポンの胸から鋭い刃が飛び出していた。

 ミゲルが一気に引き抜くと、デュポンはあっけなく倒れて動かなくなった。


「おのれぇぇっっ!」ミドガルドは両手にするどい爪を、長い尾からは水でできた槍を出現させる。

 どちらも水を魔力で圧縮した、硬度(こうど)のある武器だ。


 ミゲルは素早く動くが、ミドガルドもあらゆる方角から迫る攻撃に縦横無尽に対応する。

 やがて相手の姿が正面に立った時、まっすぐつきつけてきたそれを両手の爪で受け止めた。

 ミゲルはそれを引き戻そうとするが、爪はがっちりと挟み込まれ、動かない。


「回避には炎の力が使えるが、攻撃には使用できまい」


 笑みを浮かべるミドガルドに対し、ミゲルの兜がカシャカシャと動いた。

 金髪の端正な顔立ちがふたたびあらわれる。


「確かにそうかもしれん。

 だが、やりようによる」


 すると、ミゲルの剣が赤い光に包まれた。

 それを挟み込んだ水の爪から蒸気が立ち上る。


「バカめ。ワシの爪を熱で蒸発させる気か?

 ムダなことだ、圧縮した水は簡単には蒸発せん」

「いいや、温めるだけだ。

 熱せられた水はやがて本体へと伝わり……」


 ミドガルドの顔が、驚愕(きょうがく)に目を向いた。

 強烈な熱が指先にまで伝わってくる。

 思わず爪を離したミドガルドに、ミゲルの剣先が向かう。

 トカゲ男はそれをかろうじてかわし長い尾の先にある水の槍を突き出すが、振り下ろしたミゲルの剣が尾ごと根元を断った。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 絶叫するミドガルド。

 ミゲルはさらに円盾を赤く染め、相手を殴りつけた。

 トカゲ男の口からはいくつものするどい歯が飛び散る。


 よろめくミドガルドに、ミゲルは剣を突きつけた。

 おじけづく相手に対し、赤く光る剣が容赦なく振りかぶられる。


「やめ、やめろっっっ! やめ……」


 振り下ろしたとき、ミドガルドの絶叫は止んだ。


 すべてが終わった時、ミゲルは冷淡な表情で物言わぬ(むくろ)を踏みつけた。


「このミゲルこそ、最強の守護。

 相手がたとえ魔王であっても、決して遅れをとりはせん」

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