第50話 美女と醜女~その1~
夜が明け、ファルシス達は再び集まった。
しかし集合は別の広間で行われた。
昨夜の会話を敵に聞かれているかもしれないとエドキナが進言したからだ。
念を押してルキフールが盗聴防止魔法をかけ、会議は開かれた。
もっとも対策を立てたところで広場の様子が筒抜けになっていれば意味はないが。
「順当に考えましたら、4つの属性の弱点となる魔族を中に入れて戦わせた方がいいように思われますわ」
マーファが口を開くと、ベアールは首を振った。
「それは敵もお見通しのはずだ。
ここは思い切って属性によらない主力部隊で、一気に攻め込んだ方がいいと思う。
つまり、俺たちだ」
それを聞いた白い衣装のドラスクが、けだるそうに首を振る。
「それはどうかな。
宮殿の中はワナだらけのはずだ。それもとりわけ強力なヤツが。
いくらおれたちでも中に入って無事ですむ保証はできない。
まずは下級の幹部を潜入させて様子を見た方がいい」
横にいる少女のようなニズベックが答えた。
「閉じ込められますよ? 敵が斥候を無事に返すはずがありません。
攻めさせるのならそれなりの戦力でないと」
さらに横にいるズメヴ兄弟が、そろってアゴヒゲをさする。
「となると、それなりの部隊を先行させることになりますな。
敵を打ち果たせばそれでよし、そうでなくとも敵を消耗させることはできるかもしれません」
ここでウィネットが口を開いた。
「だとしても、選ばれた者がそれを承諾するでしょうか。
属性魔族たちは近頃の激戦で数を多く減らしています。
彼らにとって、これ以上手勢が減るのは歓迎しないところでは?」
それを聞き、マルシアスがテーブルを四角に並べた室内を見回した。
「そういえば、例の属性魔族たちの姿がありませんね。
人間の幹部もいません。
ドゥシアスとピモンの姿がいないのは当然ですが」
ここでロヒインがようやく口を開いた。
「属性魔族の幹部たちには、聞かれるとまずい内容もあるので。
人間たちも外したのはそのカムフラージュです」
彼女の顔は、どこか重苦しいものになっている。
見かねたルキフールが引き継いだ。
「幻魔兵団たちには、特別な条件を出そうと思う。
守護たちと戦い見事首級をあげたものには、我らと同格の地位を与えよう」
同席する魔族の中で数少ない、強硬派に属するエドキナが嫌みたっぷりに口を開いた。
「高額な餌で、釣り上げようという魂胆ですか。
いかにもあなた方が考えそうな策だ」
それを聞き、マルシアスが両手をあげ首を含めた。
「ヤケに皮肉たっぷりじゃないか。
そりゃそうだよな。奴らは同じ貴重な強硬派の仲間だからな。
それらがみんなおっ死んだらお前はますます肩身が狭くなる、というこった」
ドラスクが身体ごとマルシアスのほうを向く。
「俺も一応は強硬派だ。もっとも俺は自分の戦力を使いたくないがな。
ただでさえ竜族は数が少ない。比較的数が多い我らワイヴァーン族でさえ例外じゃない」
「ケッ!
ワイヴァーンの場合は図体がでかくて宮殿の中に入らないだけじゃねえか」
マルシアスの発言にドラスクは腕を組んで舌打ちをし、あらぬ方向を向くだけだ。
となりでマーファが見かねたように口を開く。
「とにかく、彼らをやる気にさせる方法は他にはありませんわ。
とりあえずその方法で進めたほうがよろしくって?」
ここでウィネットが人差し指を立てた。
「他にも彼らを安心させる方法が。
なんなら、一般魔族もともにつけては?
比較的弱い彼らでは足手まといになるかもしれませんが、戦力が増えることで属性魔族たちは安心するはずです」
「ウィネット、お前いいこと言うな。ナイスアドバイス」
夫ベアールが親指を立てると、ウィネットの顔に微笑みが浮かんだ。
ここで話をだまって聞いていたファルシスが、閉じた手でアゴをつく。
「なるほど、それはいい案だ。
とりあえず報奨とともにつける手でいこう」
議場の全員がうなずいた。
そのあとでエドキナが手をあげる。ファルシス以外の全員が苦い表情になった。
「ここで1つ進言が。
とはいっても先行させる部隊のことではなく、それらの者が失敗したあとのことです」
それを聞いてルキフールがあきれた顔になった。
「後続の部隊のことか?
残念ながらさすがに我らが行くしかあるまい。
もう属性魔族は出せないうえ、魔界大隊の幹部はあまり頼りにはできん」
「ええ、わかっています。
そうではなくて、我ら主力幹部とともに随行する部隊のことです」
「それに関しては、やはり魔界大隊の幹部をつけるべきだろう。
エドキナ、お前もそのうちの1つだぞ?」
「わたしが随行するのはもちろんですが。
わたくしが言いたいのはそれではなく、随行するべき部隊は、人間たちであるべきです」
それを聞いた者たちが、ほとんどうんざりした表情になった。またそれか、と多くが言わんばかりだ。
激昂したベアールが机を思い切り叩きつける。
その表面が割れて少し取り乱す。
「ふざけるなっっ! なんでお前はいつもそういう発想になるんだっ!
お前の頭の中には人間をギャフンと言わせることしかないのかっっ!?」
ロヒインが首を振りながら口をはさむ。
「ベアール様の意見を差し置いても、人間の部隊を随行させる案はどうかと思います。
人間では強力な天界の種族には勝てない。
ましてや相手はそれらの中でも最上位の者たちです」
「ですが、忠誠心は魔物たちより上です」
ここでニズベックが「忠誠心?」と食いついた。
となりのズメヴ兄弟がいぶかむ目を向ける。
「そう、忠誠心です。
魔族は首領の命令に忠実ではありますが、その首領が倒れればただのならず者集団です。
しかし人間は違う。
もちろん個人差はありますが、属する国家に対する忠誠心自体が、ものすごく厚い。
悪く言えば自身の人生を国家にゆだねる、依存心が強い。
正直、まるで自分に何かあったら国家がなんとかしてくれると言わんばかりです」
「忠誠心をそんなふうに悪く言う奴に初めて会ったぞ」
ファルシスは笑って言う。
皮肉なのか、本気なのか、他の幹部たちにはわからなかった。
「特に騎士と呼ばれる、軍の主力をなす者たちにそれが顕著です。
所属する組織に対する依存度が高いくせに、いざという時は己を犠牲にしてでも組織を守る。
まったくもって矛盾もいいところです」
「正しい指摘かもしれませんが、言い方に気を付けなさい」
ウィネットが珍しいくらいにうんざりした表情になった。
「そんなくだらない連中ではありますが、殿下をお守りする盾として、これ以上都合のいい存在はありません。
ですから彼らをおとりとして我らは敵の戦術を冷静に見極め、前衛がやられたところを……」
「エドキナ」
ほとんど調子に乗りかけていたエドキナの舌鋒を、ファルシスがさえぎった。
「彼らは自身が信じるもののために、命を捨てる覚悟で臨んでいるのだ。
それを愚弄することは許さん」
エドキナは気まずい表情を見せたが、すぐに平静を取り直した。
「さすがに今のは言いすぎました。
ですが殿下、こうするよりないのです。
ここを抜ければ、我らはいよいよ神々との戦いを迎えます。
彼らにかなうのは、殿下をはじめとした最上級の幹部しかおりません。
くれぐれも、命をお粗末になさらぬよう」
「命を……粗末?」
この場では珍しい者が声をあげた。
いつもは机の上に突っ伏して眠っているヴェルが、いつの間にか起きていたのだ。
議場のただならぬ雰囲気を察したらしい。
「あら、ヴェルちゃん。起こしてしまったかしら?
大丈夫よ。これは難しい大人の話なんだから、あなたは耳にしなくてもいいの」
「子供じゃないよ。頭が悪いから聞いてらんないだけ。
でも、今の話はよくわかったよ」
どこかぼんやりしているヴェルは、それでもびしっとエドキナを指差した。
「命を粗末にしたくないのは魔王サマのほうじゃなくって、エドキナちゃん自身じゃないの。
エドキナちゃん、妙に自分の命を大事にしすぎるところがあるから」
エドキナの表情が、わずかにくもり始めた。
「確信を持って勝てる、と思った時にしか、戦いたがらないよね。
ヴァルクの時は一時危なかったけど、でもあんた自分の戦術に酔ってたよね、あの時」
「……それのどこが悪いのかしら。
自分の命が大事だと、思っちゃいけない?」
ヴェルの眉間に、わずかにシワが寄った。
「あんた、自分の種族のこと、考えてないでしょ。
エドキナちゃんはいつも自分の出世のことばかりで、ナーガちゃんたちのこと、まともに考えてないでしょ?」
エドキナは背もたれに落ち着いて腕を組み、こりずに反論を続ける。
「わたしがいなくとも、あの子たちの面倒を見てくれる仲間たちがいるわ。
わたしにとっては、強硬一派を再興させるのが何よりも大事。
考えてごらんなさい。この議場に、強硬派はごくわずか。
ドラスク様はワイヴァーンのことが最優先だから、実質わたししかいないかもしれないわね。
後の同志はみな阻害されてばかりいる。
それでどうしてご機嫌でいられると言うのかしら?」
首をひねるドラスクをよそに、エドキナは挑発的な笑みを浮かべる。
ヴェルはそれを聞いて、机の上でほおづえをついた。
「たしかにね~。
それを言われたらなんとも言えないんだけど、アタシ、見ちゃったんだよね~。
トナシェちゃんがタイタンに立ち向かった時、エドキナちゃんがわずかに感激しちゃってるところ」
エドキナの目に、殺気のようなものがただよった。
本人はそれをすぐに隠した。
「な、なにを言ってるのかしら?
わたし、あんな三文芝居みたいな場面に感激するような神経は、持ち合わせてはいないわ」
冷静に切り出すが、幹部たちの中にはその微妙な反応に注目する者がいた。
「ねえ、エドキナちゃん。
あんた、ひょっとしてムキになってる?
たしかあんたの父親って前の勇者サマに、殺されちゃったんだよね?
そうでもなきゃ、あんな人間なんてどーのこーのみたいなくっだらないこと言い続けたりとかしないでしょ。
でもそれを認めるのが怖いから、必死になって強硬派、よそおってるだけなんでしょ?」
「あなた、わたしのことについてどこまでわかっているのかしら。
わたしより年少のくせに、他者のことをあれこれ詮索しないで」
「そーかなー。
ここにいるロヒインちゃんは、あたしたちよりずっと歳下なんだよ?
だって17年だよ? 17年しか生きていないんだよ?
なのにここにいられるなんてすごくな~い?」
「わたし、先月で18になりました。
誕生会にはご招待したはずですが」
咳払いする18歳に、ヴェルはあわてて「ごめんごめん」とあやまった。
居住まいを正したヴェルに、エドキナはなおもしつこく迫る。
「それで、結局あなたは、わたしになにが言いたいわけ?」
「エドキナちゃん、もう過去のことにこだわるのはやめようよ。悪いのは全部フィロス。
お父さんが亡くなったのだってそう。
その怒りを人間のみんなにまでぶつけるのは、もうやめにしない?
おばあちゃん言ってたよ? 魔界に善人がいるなら、天界にも悪人がいる。
だったら人間だってそうじゃない」
かたくなに首を振るエドキナに、ヴェルはとどめを刺すように言った。
「なに? 性格変えたら失うものでもあるの?
あ、あれか、エドキナちゃんって自分大事だもんね~。
自分1人さえハジかかなければ、あとはどうでもいいってか。
でもいまあんたここで実際大ハジかいちゃってるけどね~。にしししし……」
「恥などかいていないっっっ!」
机をたたいて立ち上がったところで、エドキナはしまったという表情になった。
「……ヴェル、お前は何を勘違いしている?
わたしは強硬派、人間より上位に立ち、力で支配するという思想のもとに動く者。
お前たちのように、人間と魔族は共存できるなどと言う、生ぬるい考えはみじんも抱いてはおらん!
そのことをよく留意せよっっ!」
ヴェルは正面を向いてわざとらしいくらい首をすくめる。
「会議の結論はとっくに出ているっ!
わたしの提言が採用されない場合、追って殿下にご抗議申し上げる!
わたくしの話は以上ですっっ!」
そう言って議場を出ようとしたエドキナだったが、入り口の手前で振り返り、うんざりした顔になった。
「もう1つありました。
しきりに援軍の派遣を申請していた、東の大陸からの知らせはまだ届いていないのですか?」
ファルシスはどこかしらけたような笑みを浮かべた。
「受けている。だが期待した増援は来そうにない。
奴らにとっては世界の危機よりも、目先の戦争を勝ち抜くことこそが大事と見えるようだ」
それを聞き、むしろエドキナは上機嫌になった。
「ヴェルちゃん? わかる? これが人間というものよ?
他の誰かは知らないけれど、たった2ケタの年月を生きただけの連中に、世の中のことなんてなにもわからないものなの。
あなたもいつまでも机の上で居眠りなんかしてないで、少しはお勉強とかしてみたらどうなのかしら?」
怒ったヴェルは歯をむき出しにして「しーっ!」とうなる。
対するエドキナは意気揚々と扉を開け、バタンと閉めた。
静かになった議場で、ロヒインはアゴをついて静かに考える。
彼女に良心のかけらがあるのなら、うまくこちら側に引き込めるかもしれない。
ここのところ姿を見せない、あのヴェルゼックを孤立させるチャンスだ、と。
そして、別の方向を見た。
ファルシスの言動がここのところ変だ。どこかやさぐれているようにも見える。
騎士たちのことをフォローするところは今のところ変わらないが、放置しない術はないように、ロヒインには思えた。




