第49話 少女の覚醒~その3~
村の入口に向かおうとすると、向こう側からこちらに向かって駆け寄ってくる姿があった。
誰なのか一瞬で分かった。
「ひ、姫様ぁぁぁっ!? な、なんでここにぃぃっっ!」
豪華なドレスを身にまとった彼女が手前で立ち止まると、両手をひざに押し付けて肩を激しく上下させた。
その後ろから妹のソロアと、下の弟、妹がかけよってくる。
下の兄妹はなぜかはしゃいでいる。
「お兄ちゃんっ!? よかった、間にあって!
姫様がお兄ちゃんに会いたいって言って、こっそりお城を抜けだしたの!」
「だ、大丈夫なのかよっ!?
今頃城は大騒ぎになってるはずだぞっ!?」
姫は疲れ切った表情ながらも、なんとか笑みを浮かべた。
「はぁ、はぁ。大丈夫です。
軍の主力は今頃天界にいるので、城の警備は比較的手薄です。
抜け出すのもそう難しくはありませんでした」
「なんで、なんでそこまでして、俺を見送りに……?」
彼女は下くちびるをかみながら、息を吐き出すように、大声で告げた。
「わ、わたしっ!
コシンジュさんのことが、す、好きでしたっっっ!」
ソロアが、その後ろで口をふさいでいる。
下の兄妹たちは「ちゅきちゅきー」と言いながら緊迫感もなくはしゃいでいる。
「……ま、マジかよ……姫様、俺のことが、す、好き……?」
言われ、姫は両手で顔を覆う。
わずかに見える口元からか細い声がもれる。
「一目お会いした時から、お慕いしてました。
コシンジュさんはいちおう貴族の身分ですし、もしかしたらと思っていたのですけれど……」
言われ両手を離した姫は、そっと顔を伏せる。
「でも、コシンジュさんには、もう……」
言われ、相手も少しうつむいた。
「うん、俺には、ちょっとムリです。
ロヒインと関係をこじらせたくないし」
すると姫はいきなり相手の手をとり、自分の胸に押し当てた。
「でも! 今でもやっぱり好きです!
だからせめて、気持ちだけは伝えておきたいと思って!」
相手の身体が、わずかにたじろぐ。
「絶対、絶対ロヒインさんを助けてあげてくださいっ!
そして絶対に、幸せな家庭を作ってあげて下さい! お願いしますっっ!」
「ひ、姫様、そんなこと言わないで……」
相手を落ち着かせるように、姫の肩にそっと手がかけられた。
目の前の相手はうなずく。
「大丈夫です。みんな無事で、こちらに戻ります。
王国のみんなも一緒に……」
姫はつぶらな瞳で、しっかりとうなずいた。
「頼みましたよ」
しかし姫はすぐに相手の風体をながめ、目をぱちくりさせる。
「それにしてもコシンジュさん、ずいぶん立派になりましたね。
はっきり言って、鍛えすぎです」
言われ、相手は照れくさそうに髪をなでつける。
姫はハッとした。
「ていうかみずぼらしいですね!
やだっ! 手も汚れているじゃないですかっ!
ちゃんと手を洗って下さいよ! コシンジュさん、不潔!」
引き下がる姫を見て、相手はあわてた。
「すみません! とっさのことだったんで、つい!
次会う時はきれいにしときますから!」
あわててその場を立ち去ろうとすると、ソロアに腕をつかまれた。
「おらおら! かわいい妹にお別れは!?」
振り返ると、少し機嫌が悪そうにしながらもちゃんと身体を向けた。
「なにがカワイイだよ。もちろんだよ。
姫のこと、頼んだぞ。後みんなのこともな」
言うと兄妹は拳を軽く握り、軽くぶつけあった。
兄はそのまま姫に向かって手を振る。
「コシンジュさん、くれぐれも、お気をつけて……」
手を力なく振る姫君にうなずき、彼は背中を向けた。
幼い兄妹たちがそのあとに続く。
「おにーちゃーん! ぼくたちもつれてってー!」
「うるさいっ! 遊びに行くんじゃねーんだぞ!
遊びたいんならソロアを相手にしなさいっっ!」
しかりつけられ、泣きじゃくる弟たち。
姫は気の毒そうな顔を向けるが、ソロアは気にせずに笑った。
出入り口の手前では村長が彼を待ちかまえていた。
そばにいる白馬の手綱を持っている。
「お忍びの姫様が、使ってもいいとおっしゃられた。
王国一の名馬だそうだ。これなら急いで駆け付けられるだろう」
相手は「ありがとう」礼を言い、さっそうと馬にまたがった。
「本当に行くのか?
奇跡の力を借りずに、その物騒な武器だけで相手と渡り合えるのか?」
「やってみなきゃわからないさ。
正直、一か八かの賭けだ。これ、家族には絶対言うなよ?」
「それを聞いて言うのもなんだが、気をつけるのだぞ」
言うやいなや、相手は手綱を思いきりはたいた。
馬は大きく前足をあげたあと、またたく間に村の入口を抜けた。
村をある程度離れたところで、彼はいったん馬を歩かせた。
むずかゆくなったのか胸を服ごとかきむしると、いとも簡単に破れた。
「……邪魔くせえな」
そう言って彼は乱暴に服を引きちぎった。
ビリビリと裂いていくと、まとった革の鎧が肌に密着するようになった。
男は深く息を吸い、一気に馬を全速力で駆けさせた。
ファルシスがただ1人強大な力を相手にするなか。
連合軍がいる氷の壁の前には、2体のタイタンが迫っていた。
「ハハハハハ! ムダだムダだ!
お前がそうやってもたもたしている間に、俺の息子たちが奴らの前にたどり着くぞっ!」
タイタンの足元ではドゥールがただ1名でタイタンたちにしがみつき、腐食させようとしている。
しかし相手が動きまわっているせいか、なかなか思うようにいかない。
「ぬぅぅぅ! くっそぉ~っ!
おい、ガラクタのポンコツっ! 立ち止まってワシを相手にしやがれってんだっっ!」
「ははは、ムダだムダ。
俺が相手すべきは、向こうにいる力ない人間連中だ!
奴らをサクッと片づければ、フィロス様も大層お喜びになるだろう!」
キノコ男爵の身体が巨人の足に蹴り飛ばされ、無様な格好で転がった。
上半身だけを起こしたドゥールは叫ぶ。
「フェリル姐さんっ!
そうやっていつまでも痛がってないで、対抗してくださいよ!
今動けるのはワシと姐さんしかいないんですから!」
「んなこと言われたってぇ~~~~っ! んなこと言われたってぇ~~~~っ!」
半透明の壁の奥では、いまだにフェリルが痛そうに肩を押さえている。
立ち止まった2体のタイタン。
片方は全身から様々な武装を見せつけ、もう一体は顔のレリーフの口を大きく広げる。
「はははは! 意気地無しの女王様のおかげで、こっちは大助かりだぜっ!
今のうちにサクッとこの壁を打ち砕いてやるっっ!」
ところがタイタンが攻撃しないうちから、壁のあちこちが勝手に壊れ始めた。
何事かと思ったプロメテルだったが、やがてそこから小走りで巨大な人型が現れる。
たいていは全身を岩でおおわれた巨人で、ごくたまに同じ背丈の人に近い巨人も混じる。
「そうか! オーガやゴーレムを召喚したんだな!?
でかした! これで少しはやりやすくなるぞ!」
立ちあがったドゥールは現れた巨人たちとともに、それらより大柄なタイタンの身体に取りつく。
「ぐわっ! やめろっ! 寄るな、近づくなっ!」
プロメテルが騎乗していないタイタンにも、無数のゴーレムやオーガが取りついた。
彼らの1体がしきりに胴体の前面をたたく。
それが顔のレリーフに届くと、大きくひしゃげ、小爆発を起こした。
皮肉なことにこれを達成したのはオーガのほうで、爆発に巻き込まれた手は無残なほど傷ついており、あわてて氷の壁の中に引き返した。
「よし! これで一匹は片付いたぞ!
この調子でもう一匹……」
しがみついて足を腐食し続けるドゥールは突然別のほうを向いた。
突然氷が割れる音がしたかと思いきや、彼らのそばで氷漬けになっていたタイタンが突然全身の氷をぶち破り、両腕を大きく上にかかげた。
危機を悟ったドゥールはゴーレム達に呼び掛ける。
「やばい! 激しい攻撃が来るぞっ! 逃げろっ!」
ドゥールの声もむなしく、巨人たちはタイタンの攻撃を続けていた。
そんな彼らの背中に、まばゆいビームが叩きつけられる。
まともに食らった巨人たちは、あえなく地面に倒れた。
ドゥール自身は、あわててタイタンの後ろに隠れた。
レーザービームは、仲間の頑丈な装甲までは焼き焦がさなかった。
ビームは執拗に逃げ回る巨人たちを狙う。
比較的身軽なオーガは別として、重鈍なゴーレム達は逃げきれず、タイタンのレーザーに身を焼かれた。
「ああ、クソッ!
これじゃ近づこうにも近寄れないじゃないかっ!」
単独であればすばやく距離を詰めることもできるが、巨人たちが逃げ回っている今はそうはいかない。
あやまって踏みつぶされる可能性だってあるのだ。
プロメテルの乗っているタイタンが、動いた。
それまではゴーレム達にまとわりつかれうまく狙いを定められなかった顔のレリーフが、あらためて氷の壁に向けられたのだ。
「コイツを……食らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
プロメテルのタイタンがレリーフからビームを発射する。
とたんに氷の壁がバリバリと割れていき、またたく間に崩れ落ちていく。
たった一発。
横一列に発射しただけで、奥にいた兵士たちや白い羽根を生やしたフェリルの姿が丸見えになった。
連合軍、戦慄。
ドゥールや巨人たちの奮闘むなしく、2体のタイタンはとうとう彼らを射程に収めてしまった。
スターロッドは爪をかんだ。
「くっ! とうとうここまでやってきてしまったかっ!
しかたがない! 一か八か、我ら自身でなんとかするしかあるまい!」
「待ってください! 奴らと戦うのは危険です!
こちらには人間たちが多くいる! すばやく立ちまわれない彼らが巻き込まれてしまいます!」
ロヒインに言われ、スターロッドは声を荒げた。
「だったらどうすればいいというのだっ!?
降伏しても生かしてはもらえないぞっ!?」
「わたしが、わたしがなんとか説得しますっっ!」
トナシェが前へと進み出て、いまだに痛みをこらえるフェリルに呼び掛けた。
「おいこらぁっっ! いつまでもヒィヒィ言ってんじゃねえぞぉっっ!
ビビってないでさっさと目の前のポンコツ片づけんかいっっ!」
「いやだぁっ! いやだよぉぉぉっ!
見たでしょぉ!? アイツ凍りつく間際に、変なものわたしの肩にぶつけてきたよぉぉぉぉっっ!」
「るっせぇこのクソババァッッ!
ダセェこと言ってないで、破壊神としての意地でも見せてみろやぁっ!
いつまでもブリッコかまされるの、こっちはうんざりなんだよコラァァッッ!」
血走った目でどなりつける少女の姿に、兵士たちはたじろぐ。
スターロッドは横にいるロヒインに、「あの子はいつもあんな感じなのか?」と問いかける。
ロヒインは首を振る。
「ったくふざけんなよおいっっ!
いつまでもベチャクチャ言ってると、こっちがしばき倒すゾコラァァッ!
痛い目にあわせんゾコラァァァッッ!」
「うぅ、トナシェちゃんちっちゃいじゃない。
わたしに、何かできるの?」
「なんでそういうところだけ冷静なんだよオラァァッッ!
だったらファルシスに頼んでぶちのめすぞぉぁぁっっっ!」
言っている間に、2つのタイタンが胴体から光を発した。
どちらも空を舞う女王に向けられている。
それを見たフェリルが目を見開いて思いきり叫ぶ。
「……イヤアァァァァ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッ!」
フェリルが思いきり羽をばたつかせ、すさまじい冷気を浴びせた。
前面に無骨な形をした氷のかたまりが現れ、ビームは飛散して様々な方向に拡散される。
「よし! それをそのままプロメテルのほうにぶつけやがれっっっ!」
「……えぇぇぇぇぇいっっ! ままよぉぉ~~~~~~~っっっ!」
氷のかたまりが、思い切り前に飛んだ。
それはタイタンの片側にぶち当たり、胴体を大きくへこませ、後方に倒れ込んだ。
「やった、やった!?
わ~~~~~~い、やったぁ~~~~~~~~~っっ!」
両手をあげ大喜びするフェリルだが、なぜか周囲の歓声はない。
フェリルは表情を凍りつかせて、下を見回す。
「あ、あれ? みなさん、どうしたんです……か?」
真下に立つトナシェが前方を指差すと、タイタンはいまだに立ちあがっていた。
その方の部分には、コクピットに乗るプロメテルの姿が。
「クククククク……ハハハハハハハハハ……」
徐々に笑い声を大きくしていくプロメテルに、フェリルは逃げ出さんとばかりに身をよじった。
「や、やめて、こっち、向かないで……」
「……ヒャハハハハハハハハァァァッッッ!
お前がバカで、助かったぜぇぇぇぇっっっ!」
顔を向けたプロメテルが、狂ったような笑みをこぼした。
それに戦慄する間もなく、左下にある顔のレリーフが、強烈なビームを放った。
「……うううぅぅぅぅぅっっっ!」
ビームはすぐに止んだが、おさまった時にはフェリルの胴体に大きな穴が開いていた。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
大声で叫びながらも、トナシェは崩れ落ちていくフェリルに近寄っていく。
舞い降りた羽根をかろうじてかわし、ドシンと震動を立てて倒れたフェリルの巨大な顔を、両手で触れた。
「フェリルッッ! しっかり、しっかりしてぇぇぇぇっっ!」
早くも泣き叫んだトナシェに、力を失ったフェリルがか細い声でささやく。
「ご、ごめんなさい……
みんなを、みんなを守ることが、出来なくて……」
「今さらそんなこと言わないでぇっっ!
あなたは自分のことだけ考えてればいいのよぉぉぉぉっっ!」
フェリルのうつろな目が、少しずつ閉じられていく。
「妹の、ヴァレイアに、伝えてほしいことがあるの……
お姉さん、いつも迷惑ばっかかけて、ごめんねって……」
フェリルの目が、完全に閉じられた。
とたんに彼女の身体じゅうがバリバリと凍りつき、上の方から順番にくずれ、上空に舞い上がっていく。
「そんな、そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
目から大粒の涙を流しその場にヒザをつくトナシェをしり目に、誰かが遠くで叫んだ。
「……てめぇぇぇぇっっ!
よくも、よくも姐さんをぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」
ドゥールの姿だった。
すべるように近づいて巨大な足に取りつくが、タイタンが思い切り足を振りあげるとおもいきり大地に踏み降ろし、しがみついたままのドゥールを振りほどいた。
地面に頭からぶつかったキノコ人間。
気絶したのか、動かない。
それを見たプロメテルが思い切り笑い狂う。
「ヒャハハハハハハハハハァァッッッ!
よっしゃぁ! これで邪魔者は、だれ1人いなくなったっっ!
さて、どいつから片づけてやろうかぁぁっっ!」
軍の誰もが、あきらめにも似た表情を浮かべていた。幹部たちでさえも同様だ。
その時、力なく前に進む者がいた。
他の召喚巫女が騎士たちに誘導され逃げ出すなか、トナシェだけがただ1人、タイタンの前に一歩一歩近づいていく。
「危ないトナシェッッ! 1人でうかつに近寄らないでっっっ!」
軍に混じっていたネヴァダの制止も聞かずうつむくトナシェは、圧倒的な巨躯をほこるタイタンの前に立った。
うつむいていた彼女は顔をあげると、思い切り相手をにらみつけた。
「許さない!
お前だけは、絶対に許さないっっっ!」
「人聞きの悪いことを言うな。俺は命令されてやっただけだ。
文句があるんならフィロス様に言うんだな!」
「ふざけないでっっ!
笑って他者を殺せるお前が、絶対正しいわけがないっっ!」
すると巨人はまっすぐトナシェのほうを向いた。
「もっともお前らの叫びはあっという間にかき消されるがなぁぁぁっっ!」
いたいけな少女の頭上から、顔のレリーフが口を開いた。
「トナシェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッッッッ!」
上ずった叫びをあげるネヴァダを仲間たちが押さえつけるなか、当の本人が取った行動は意外なものだった。
その場にひざまずき、両手を組んで祈りをささげたのだ。
「お願いっっ! 誰でもいいっっ!
誰でもいいから、助けに来てぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
その叫びは、本来破壊神のために捧げられるものである。
それ以外の存在に向けられたものではない。
しかし、すべての破壊神が召喚され、呼びだす者など何もない。
なにもない、はずであった。
しかし救いを求める少女の声ははるかかなた、次元を超えた闇の大地にこだました。
その声を、聞き届けたものがいた。
魔物と言うにはあまりに巨大な、赤い肌をした女型の大巨人に。
巨人は静かに立ちあがった。
助けを求める、誰かに手を差し伸べるために。
異変に気づいたのは、名もなき兵士だった。
彼がその方向を見ると、上空に向かって真っすぐ指をさす。
「おいっっ! あれはいったい何だっっっっ!」
仲間たちもそちらの方向に目を向ける。そして一様におどろく。
軍の中央にいるトナシェの仲間たちも、魔王の臣下たちもそこを見上げた。
離れた場所にいるフレストとファルシスでさえ、戦いをやめてそちらの方向に目を向ける。
上空から、渦を巻く暗雲が現れていた。
黒い稲光を激しくまたたかせながら、暗雲は徐々に大きさを広げる。
そこから、ゆっくりと何かが現れた。
黒い闇の中から、人の足のような、しかし人間とは比べ物にならないほど巨大な赤く染められた両脚が現れたのだ。
そして粗末な衣服をまとった、筋肉質の肉体が現れた。
しかし女性であるのか、胸と尻にはゆるやかなふくらみがついている。
頭部は、一面のコケにおおわれていた。
緑がかった髪のせいで、うなだれる表情はよく見えない。
巨人が大地に降り立つと、大きくゆれた。
多くの兵士たちが立っていられず、その場に倒れ込んだ。
プロメテルがようやく異変に気づいた。
首が痛くなるほど見上げなければならないほど、圧倒的な巨体がすぐ目の前にあった。
「バ、バカなっっ!
この私に匹敵するほど巨大な生物が、この世に存在するとはっっっっ!」
遠くからでも、フレストの声がひびき渡る。
それほど目の前の女巨人は巨大だったのだ。
巨人はゆっくりと、もう1つの女巨人に振り返った。
「へぇ、アタシ以外にも、大巨人がいたのかい。
それも女、なんだか、ほっとするねぇ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」
下で、何かが情けない声をあげた。
巨人はゆっくりと振り返る。
それなりに大きいが、女型の巨人にしてみたら、小柄だ。
「なんだ、そんなところにいたのかい。
あんたかい? いたいけな少女をいじめる奴は。
恥知らずの最低な奴は、容赦なく踏みつけちまうよ」
「やめろ、やめろぉぉぉぉぉっっ!
俺は関係ないっ! 俺は被害者だっっ! 命令されて戦っているだけだっっっ!」
「そんな奴なんて、踏みつけちゃってくださいっっっ!」
聞こえるはずのない少女の叫びなのに、巨人の足は動いた。
大きく上げた足の裏は、それこそ容赦なく振り下ろされていく。
「ひゃ、ひゃめっっっ!
イヤだっ、まだ死にたくねぇぇぇぇ~~~~~~~~……」
プロメテルの叫びは、途中でかき消えた。
踏み降ろされた足は頑丈な機械をいとも簡単につぶし、多くの破片を飛び散らせた。
それらのひとつがトナシェに向かうが、彼女はぼう然としてその場を動かず、大きな破片はわきをすり抜けた。
あわててかけつけたネヴァダが彼女の身体を抱きかかえる。
その目が巨人の足に向けられると、踏みつぶすだけでは足りず、グリグリと地面にこすりつけている。
とても中のプロメテルが助かったとは思えない。
ちょうどその時、女巨人の頭が街のほうを向いた。
スキをつかれたのか、同じ背丈の巨人の手にファルシスの身体がつかまれている。
人差し指の関節に親指で挟まれ、脱出するのに難儀しているようだ。
巨人の身体がそれなりの速さでそちらに向かうと、フレストは大きく片手をあげ、思い切り振りおろす。
指でつかまれていたファルシスは旧速力で落下し、激突したとたん激しい土けむりをあげた。
「殿下に手をあげたね。
どんな奴かは知らないけれど、容赦しないよ」
「ずいぶん貧相な身なりをしているようですね。
天界とは違い、魔界には50メートルの大巨人に衣服を与える余裕がないのですか?」
「お前には関係ないね。
派手な身なりをして、えらそうにお高くとまってる奴には」
2つの巨人は向かいあい、たがいににらみあう。
フレストのほうが先に動いた。
両手を激しく動かすと、まとっていたレースの先が相手に向けられた。
「私は光の大巨人っっ!
我が光の力、存分に食らうがいいっっ!」
相手が身構えるのにも容赦なく、フレストはレースの先の光を次々と相手にぶつけていく。
対する女巨人はしきりに身じろぎしながらも攻撃に耐えることしかできない。
「くははははははははっっ!
どうした、身をかばうことしかできないのですかっ!?
もしやお前は特に能力ももたぬ……
いや、効いていないっっ!?」
フレストが、はじめて相手の頑丈さに気づいた。
おどろいた相手のスキを突き、女巨人はレースのひとつをつかみ取った。
握った拳の中から蒸気が立ち上るが、平然としたままだ。
それを見たフレストが「なっっ!」と短く発する。
女巨人はそれをグイグイ引っ張り上げる。
またたく間にフレストは間合いの近くまで引き寄せられ、女巨人は相手ののど元をつかんだ。
「ぐぅぅ! おのれぇぇっ、これでも食らえぇっっ!」
強烈なビームが、フレストの両目より放たれる。
これにはさすがの女巨人も平然とはしていられず、顔を伏せてもう一方の手でまばゆい光を受け止めた。
「これ以上は身がもたないよっっ! ファルシスッッッ!」
フレストが目だけを下に向けた。
ゆっくりと身を起こしたトゲの獣人が、羽根を大きくはばたかせ、飛翔した。
またたく間にフレストの顔の位置にまで飛び上がる。
「ぬぅぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」
必死の形相で叫ぶフレスト。
同時に浮かびあがったレースの刃が小さな魔王を狙う。
しかしファルシスはそれらをきれいにかわしていき、両手の爪を突き立てた。
そこから黒いオーラが立ち上る。
フレストはさらに目からビームを噴射するが、ファルシスが両腕を突き出すとビームはいとも簡単に突き崩され、拡散する。
「……なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!」
ファルシスの身体が、すさまじい速さで前進する。
レンデルにのどをつかまれ動けないフレストの片目を、そのまま貫いた。
またたく間にファルシスは反対の頭部から飛び出る。
貫かれた傷口から、まばゆい光がもれだした。
「お、お願い……私の息子を……傷つけないで……」
空中で静止したファルシスは背中に強い光を受けながら、振り向かずに言った。
「傷つけるな、だと?
己から他者を傷つけようとする輩に、容赦するほど余は甘くない」
冷たい声を浴びせられたフレストの、全身にひび割れが入る。
強い光がもれだすひび割れはどんどん大きくなっていき、やがて真っ白に光かがやいた。
大爆発。
遠くにいたにもかかわらず、連合軍たちはやってきた衝撃にもれなく大地に押し倒された。
衝撃は街の方にも届き、多くの建物の外観をくずした。
光が止むと、スターロッドをはじめ、魔王軍の幹部たちが前方をうかがう。
「ファルシス……それとレンデルは無事かっっ!?」
心配するまでもなかった。
ファルシスの身体は翼をはためかせながらゆっくりと下に降りて行き、女巨人レンデルは前を向いたまま動こうとしない。




