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第4話 白亜の都~その4~

「はははははっ! それは仲がよいことだな!」

「仲がいいどころじゃございませんよ。

 そのうちケンカどころか流血ざたにすらなりかねません」


 大笑いする国王を見てロヒインが首をゆっくり振り続ける。

 彼らの腰掛けるテーブルの上には豪勢(ごうせい)な料理が乗せられているが、一部はそれを十分堪能(たんのう)できていないようだ。


 一番上座についた国王一家の手前に、コシンジュ達が座る。

 コシンジュとメウノはイサーシュのとなりに座りたくないと言うので、ロヒインがそこに座った。

 自然とロヒインが国王一家に近くなる。


「落ち着きたまえロヒイン。

 ケンカをするということは、それほど相手に自らの心情を打ち明けるだけの余裕があるということだ。

 そのうちにお互いを理解できるであろう」

「ですが国王陛下、お考えはわかりますが本当に……」

「陛下、おいしいですっ! 相変わらずお城の料理最高っすっ!」


 コシンジュが大声でまじめな話に水を差した。

 汚い食べ方こそしていないがこれでは行儀が悪い。

 一方の国王一家は慣れているようで、ただただ苦笑するばかりだ。


「そのビーフストロガノフ、わたくしが直接厨房(ちゅうぼう)に立って手伝って差し上げたのよ。

 喜んでもらえるとうれしいわ」

「えっ!? 王妃様がっ!? ありがとうございます! 一生恩に着ます!」

「んな、大げさな……」


 ロヒインはあきれかえった。

 先ほどまではイサーシュの正面に座るのも嫌だとメウノにゴネていたくせに、口論の結果しぶしぶ席に座ったと思ったらこれだ。

 もっとも食い意地がはっているのはとても勇者らしい。


 一方のイサーシュ。

 食事の席では絶対に口開くなと、よく言い聞かせておいたのでおとなしく料理を口に運んでいる。

 時おりちらりとコシンジュをにらみつけるが、それ以外は冷静な彼もさすがに目の前の料理に夢中になっているようだ。ただテーブルが少し汚れている。


 それにしても、たしかにおいしい。

 王妃は子供たちへの食育をモットーに自ら薄汚い厨房に立っていると聞いていたが、まさか本当の話とは。しかも結構な腕ときた。

 王妃にちらりと視線を向けると、その向かいに座る王子は不機嫌そのものだ。

 食べ慣れているだけに場の空気には非常に敏感(びんかん)らしい。


 ふと視線が合いそうになったので、ロヒインはテーブルの反対側に目を向けた。

 そこには誰も座っていない2つの席が用意されている。


「国王陛下、ところであとの2席は……」

「ああそうだ。大臣、あとの者たちはまだなのか?」


 国王が入口に立つ大臣に目を向けると、彼は慇懃(いんぎん)に頭を下げた。


「もうしばらく時間がかかるとのことでございます。

 ですがもうそろそろ……」

「お待たせして申し訳ございません。ただいま参上つかまつりました」


 ドアのほうから声が聞こえると、両扉がひとりでに開いて(じゃなくって裏に執事(しつじ)がいたんだっけ)、そこから豪華な衣装をまとった男女2人組が現れた。


「評議員ノイベッド、

 ベロン王国王女ヴィーシャ様をお連れしました」


 4人は女性のほうを向いてあ然とする。コシンジュがあわてた。


「えっ!? お姫様っ!?

 じゃあまずいじゃないっすかっ! 最初に言ってくれれば席をずらしたのに!」


 そう言った彼に対し、姫本人が首を振った。

 金髪の巻き髪が華麗にゆれる。


「かまいませんわ。皆さまはこれから魔王を打ち倒す危険な旅に出られるのですもの。

 わたくし、あなた方を尊重いたしますわ」


 そう言って彼女は下座に座る。

 紳士はエスコートしたあと反対側に座った。


「すみません。なんだか着のみ着のままでここに座ってしまって……」


 勇者たちは旅に出た時の服装のままだったので、他の人々と比べるとずいぶん浮いていた。


「お気になさらないで。こちらの陛下はそのようなことを気になさらないお方なので。

 わたしの国でしたらこうはなりませんけれど」


 コシンジュ達は恐縮して頭を下げる。

 そこで国王が声をかけた。


「そうだ。ところでお主たち、今日は連合国への挙兵について願い出たのであろう。

 そのことについてはぜひとも前向きに検討したいと思っている。

 さっそく連合各国に使いを出した」

「あ、すみませんわたし自ら願い出ないうちに……」


 謝るロヒインに国王は手のひらを向けた。


「よいのだ。もっとも、どこまでうまくいくか保証はできかねんがな。

 北のストルスホルム、西のキロンとの関係は良好であるが、なにしろ他の3国がな。

 ヴィーシャ、そなたの国はどうだ」


 ヴィーシャが頭を下げた。


「なんとも言えません。なんせあの父上が頑固(がんこ)なことですから。

 もっとも我が国の領土はほかの諸国と比べ小さく、あまり戦力になるとは思えませんが」

「そう言うわけにもいかん。

 我ら連合の(きずな)は強いようでいて実際は弱い。たった1つの国が出兵をこばむだけで崩れかねん。

 ほんの少しでも良いので兵を出してもらわねば。

 ねばり強く交渉して前向きに検討してもらえるよう尽力しよう」

「かたじけのうございます陛下。

 父上によく伝えておきますゆえ……」


 ここで王子が口を開いた。


「問題は同盟だけではありませんね。

 なにしろ魔王軍の規模は圧倒的、数百年前の戦争では人類が一致団結して勇者を中心に戦ったと聞いております。

 我ら北の大陸だけでは持ちこたえられますまい。

 東と南の大陸にも協力を仰がねば」

「ううむ。

 なにかと争いの消えない東の大陸も、さすがに魔王軍が相手となればこころよく申し出てくれるであろうが、問題は南の大陸だ」


 国王がそう言ってヒゲをつまむのを見て、ロヒインは口を開いた。


「『ゾドラ帝国』ですね? 

 彼らはその圧倒的な国力を盾にして、自力で魔王軍に挑もうとするかもしれません」

「あ、早くも話のスケールについていけなくなった」


 コシンジュのつぶやきをイサーシュがにらみつける。国王が苦笑まじりに続ける。


「その通りだ。

 帝国は魔王軍が大量に出没するであろうアビスゲートのある場所にほど近い。

 彼らはそこに頑強(がんきょう)要塞(ようさい)を建て、ゲートが開かれるであろうカンチャッカ火山火口に陣取っているようだ」

「おそらく、防衛には失敗するでしょうね」


 ロヒインが顔に悲壮感をこめてつぶやく。

 しかし国王は首を振った。


「いや、恐らく1回目の侵攻は帝国が勝利するだろう。

 彼らの統率力はあなどれん。偉大とあおぐ大帝の名のもとに、彼らは死にもの狂いで己の領土を守るだろう」

「それほどのものですか?」

「一度大帝にお目にかかったことがある。

 あれほどの覇気(はき)を備えた者はほかに2人とおるまい」

「そんな。我が国王陛下以上に素晴らしい方など、他におりません」


 メウノがムキになったかのように告げる。国王は少しだけ笑った。


「上には上がいる。そういうことなのだよ」

「陛下もまた偉大なお方です。

 一般市民でも入れる議会政治を設けたほか、君主でさえ順守を義務づけられる、先の陛下の名を冠した『4世憲章(けんしょう)』をも公布されたではありませんか。

 それをたかが領土がひたすら広大なだけの、おごり高ぶった専制君主などに……」


 メウノがいきり立つあいだに、コシンジュが頭を抱えた。

 もう完全に意味がわからなくなっているようだ。


「メウノ。政治というものはそれぞれ、その場所に適した形態というものがあるのだ。

 比較的気候が安定しているわが大陸とは違い、あの荒れはてた広大な領土をまとめるのには、それだけの力がなくてはならんのだ」

「ですが、ここ最近はその支配も(くず)れていますよね」


 ロヒインの指摘に国王はうなずいた。


「大帝は最後の遠征先で深手を負い、今では満足に歩くこともできなくなっているようだ。

 大陸統一後はそれでも影響力を保っていたが、今では配下の者が好き放題にやっていると聞いている。

 おいたわしいことだが、それでもいざという時は一丸となって立ち上がるだろう」


 そして国王は食器を置き、テーブルにあごをついた。


「だが、恐らく次代まではもつまい。

 なんせ大帝の後継はただ1人、それもうら若き姫君だそうだ。

 あれだけの広大な領土をいつまで収められるのか」

「あら、失礼ですわ父上。わたくしだってそのうら若き姫君ですのよ?」

「これはまいったな。そうだな。お主もこの国の立派な後継者だ」


 マイホームパパらしく目を細める父君に対し、姫は優雅なしぐさで胸に手をやる。


「まつりごとの勉強だってしておりますのよ。

 いざという時は父上や兄上に変わってきちんとこの国を納めますわ」

「ふふふ、4世憲章がある今となっては、余ですら思うがままに国を動かせんのだ。

 お主に出来ることもそれほどあるまいよ」

「私としては、もう少し王家の権限を広げたほうがよいと思われますがね。

 これではがんじがらめで動けやしない」


 王子が不満たらたらで言うので、王は笑いつつ言った。


「それはそれで、議会と話し合って決めることだ。そう思うだろう? ノイベッド」


 国王がテーブルの端に目を向けると、彼はかぶりを振った。


「すみません。専門外なので……」


 ロヒインはそれを聞いて、首をひねった。


「すみません。こちらの方は?」

「ああ、こちらは王国議会の評議員のノイベッド。

 彼は城下町の鍛冶屋(かじや)の出身なのだが、寺子屋の成績が非常に優秀で士官学校の成績もトップで卒業した天才だ」


 国王の説明にノイベッドがこちらを向いた。


「もともとは技術士官でしたが、独自に街の設備改革を文書にして議会に提出しました。

 あまり相手にはされませんでしたが、評議会の一部が国王陛下に進言してくださり、推薦(すいせん)をいただいて評議員の一員となりました。

 これもこの国の人材を豊かにしてくださった陛下の努力のたまものです」

「出自にとらわれない人材が国を豊かにする。これが我が国のモットーだ」

「ありがとうございます」


 ノイベッドの口調はどこか淡々としていたが、ロヒインには思い当たることがあった。


「ああ、それではあなたが。城の設備を改善しておおむね好評の評議員ですね?」

「その通りだ。お主たちにぜひとも合わせてみたかった。

 どうだ? なかなかの偏屈(へんくつ)であろう」


 国王が皮肉まじりに言っても、当の本人は動じずに頭を下げた。

 なかなか対応に困る人物だが、ロヒインは少し興味を持った。





 そんな平和を謳歌(おうか)する王国を一望できる丘の上に、人とは思えない風貌(ふうぼう)をした人影があった。


 彼の名はゴブリン王ジャレッド。

 かつてはその名の通り魔界の下級種族ゴブリンの頂点に君臨(くんりん)していたが、今では落ちぶれてただ1人地上をさまよっていた。


「勇者どもめ。

 見ていろよ、必ずギャフンと言わせて棍棒を魔界に持ち帰ってやるからな……」


 似たようなことをえんえんとつぶやき続ける彼の前に、突然黒い影が舞い降りてきた。

 一瞬びっくりするジャレッドだったが、見覚えのある様相にすぐに顔をしかめる。


「貴様っ! 『ガルグール』じゃねえかっ!」


 舞い降りた影は、一見岩のような姿をしていた。

 しかしそれは翼をもった2本足の獣の姿をしており、表面がひび割れてそこから赤い皮膚(ひふ)のようなものがのぞいている。


「久しぶりだなジャレッド。先日の作戦はお気の毒だった。痛みいるぜ」


 あざけるように言う魔物に、ジャレッドは別方向に向かってツバを吐いた。


「ファブニーズ様も気落ちなさったものだ。

 よりによって地底魔団に助けを求めるとは」

「いや、これは我が総帥(そうすい)が独自に判断なさったことだ。

 雑兵(ぞうひょう)の集まりに近い魔界大隊よりも、専門性を持ち特殊作戦に優れた部隊のほうが適していると判断なされたということだ」

「ケッ、でその雑兵の1人であるこの俺に、一体何の用があるっていうんだ」


 そばにある石ころを蹴りつけ、岩の魔物に当てても相手は全く動じない。


「勇者を追ってここまでやってきているところを見ると、お前もまだあきらめていないようだな」

「その通りだ。

 奴らにしてやられた恨みは絶対に忘れねえ。必ずや息の根を止めてやる」


 するとガルグールはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


「だったら悪いことは言わない。このオレと組もうぜ」

「なんだと?

 お前らの作戦は自分たちの部隊に俺を引きこんで、数で上回るってことなのか? 単純すぎるぞ」

「いや、そいつはあり得ない。

 たしかに俺は部隊の仲間とともにゲートをくぐったが、このチンケな王国にはオレ1人でやってきた」

「はぁっっ!?」


 ゴブリン王はあきれかえった。

 ただでさえ勇者一行には数が必要なのに、よりによってこいつはたった1匹でここにやってきたというのか。

 しかも一度は作戦に失敗した者まで引き込んで。


「他の連中は別の場所に向かった。

 奴らが行動できる場所は限られている。そこで少しばかり準備が必要なんだそうだ」

「くそっ! ナメやがって! ガルグール、貴様もそれでいいのかっ!?」


 岩の魔物は残念そうに首を振った。


「オレは仲間から嫌われてんだよ。

 地底魔団の構成員は自らの意志をもった岩石やアンデッドが大半、生粋(きっすい)の魔族なのに契約して地属性になったオレはいわばはぐれ者ってことさ」


 するとジャレッドは皮肉まじりの笑みを浮かべた。


「なるほど。

 ようするに俺と貴様は、本隊が準備をしているあいだに体よく処分されようとしているというわけだ」

「そんなことはねえぜ。味方はちゃんといる」


 ジャレッドは首をかしげた。

 するとガルグールはどこに持っていたのか、突然小さな布袋を取りだした。

「開けてみろ」というので、開け口のヒモを引っ張り中を除くと、突然ニヤリと笑いだした。


「なんだ。

 あーだこーだ言って結局のところちゃっかり準備はしてあるんじゃないか」

「こいつを使うにはお前の協力が必要なんだ。しっかりやってくれよ」


 しかし、次の瞬間ジャレッドは顔をくずして浮かない表情になる。


「しかしよぉ、たったこれだけか?

 他にもっとちゃんとした味方はいねえのか?」


 すると突然ガルグールは両腕を組んだ。


「そこだ。実は問題が発生した。

 当初はマドラゴーラにも協力してもらおうと思ってな。あいつもずいぶん苦い思いをしているだろうし」


 するとガルグールは突然ジャレッドに顔を近づけた。


「ところがだ。奴は単独で勇者どもを片づけようとして、またしても失敗したらしい。

 しかも今度は奴の完全なミスだということだ。

 本人はあきらめていないようだが、もう奴にチャンスはないだろうというのが我が総帥の見方だ」

「じゃあ結局のところ俺たちだけでやろうってことなのか?」

「いや、味方はいる。後ろを見てみろ」


 岩の魔物にうながされ後ろを見た。

 いやな予感はしていたのだが、振り向き終わった瞬間にほおにものすごい衝撃が走った。


「ぽとふっっっっ!」


 地面に倒れるジャレッド。

 あやふやな視界で見えた限り、そこにはかつての副官だったゴッツが、先ほど殴りつけてきた拳を強く握っている。


「昨日の件はこれで許してやる。

 今日からてめえも下っぱだ。ガルグール様をリーダーにしててめえもしっかり働け」

「……くそっ!」


 ジャレッドは口元の血をふきながらよろよろと立ち上がる。


「いいかジャレッド。お前が悪いんだからな。

 くれぐれもそいつとケンカすることがないようにしろよ」


 言い捨てると、ガルグールは作戦の説明を始めた。「まず最初に……」

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