第49話 少女の覚醒~その1~
きびしい冬を乗り越えると、やがてどの村でも耕作の季節が始まる。
森を前にしたとある農家もまた中年を過ぎた男が、畑を耕す作業を終えよく肥えた土に新しい種をまいていた。
その作業が止まる。
目の前の森の中に、なにか動く気配があったからだ。
男は顔をしかめた。完全になめられているな、とも思った。
森を前にしているため、自分の畑はよく獣に狙われる。
特に春を迎え、こうして種を大地にまくときはいつもだ。
森には村の子供があやまって引っかからない仕様の狩猟罠を多数仕掛けてあるが、この季節は獣も飢えているため見境がなくなる。
男はうんざりした顔で、徐々に姿を見せるそれに向かってどなりつけた。
「これっ! オラの畑を荒らすんでねぇっ!
近寄ると痛い目にあわせっぞっっ!」
しかし、様子がちがう。
現れたそれは背丈が高く、人のように見えたからだ。
まさか、盗賊でもあるまいし。
こんな真昼間になにもそんなところから……
その風体をまじまじと観察した時、男は気付いた。
なにやら汚い身なりをしてはるが、間違いない、相手は……
それが意味することを察した時、男は思い切り腰を抜かした。
しばらく村に姿を見せなかった『あの者』が、久しぶりに山から帰って来たのだ。
「ひ、ひぃぃっっ! か、帰って来やがったぁぁぁっっ!」
男はひぃひぃ言いながらなんとか思い腰をあげ、とある場所に向かってかけだした。
「帰ってきただぁぁぁぁぁっっ! リカッチャさぁ~~~~~んっっ!
息子さんが、息子さんが帰ってきただよぉ~~~~~~~~~~っっ!」
木陰からその様子を見送った彼は、1人つぶやくようにして言った。
「ひでえもんだな。まるで魔物を見たみたいなリアクションしやがって。まあいいか……」
天界の首都ルサレムを目前にした平原にて2つの軍が横並びににらみあう。
街の手前にいる勢力は相手よりいささか少数だが、前面に機械仕掛けの真っ白な巨人が、かれこれ6体ぐらいは並んでいる。
どっしりと構えた胴体の中央上に、ポツンと人の顔のようなレリーフが刻まれており、瞳の部分には青白い光がともっている。
タイタンと呼ばれるこれらの巨人兵器の中央左には、顔のレリーフの斜め上に台座のようなものが置かれている。
台座には複雑な機械がいくつも並んでおり、そこから痩せぎすの金髪の男が顔だけを出している。
男はやる気のない表情で口を動かした。
『はぁ~いみなさぁ~ん。
わたくし、天界軍技術情報武官のプロメテルと言うものでぇ~す。
これからみなさんと一戦交える前にぃ~、1つ忠告しておきまぁ~す』
声もまた、やる気がまったく感じられないものだった。
対する人間、魔族連合軍は誰もが難しい表情でそれをだまって聞いている。
『みなさん、このタイタンの恐ろしさは、ご存じのはずでぇ~す。
出来れば私たちは、みなさんと戦いたくありませぇ~ん。
これを使えば大地がずいぶん汚れますからぁ~』
まるで棒読みのような言い方に、思わずベアールが横のスターロッドにささやいた。
「カンベンしてくれよ。
同じ科学オタクでもノイベッドのほうがまだハキハキとしゃべるぜ」
なぜか軍の中央部にいた本人がそれを耳にして咳払いをした。
彼は全身に物々しいほどの火器を装備している。
『そちらには対抗手段があるんですかぁ~?
トロイーナ大海岸に現れた例の大巨人は、この天界には連れてこれないでしょぉ~?
そんなんで、どうやって我々に対抗しようってんですかぁ~?
はっきり言って、投降したほうがいいですよぉ~?』
「言ってることがたわけすぎるぞ。
投降したところでフィロスが我々に容赦するはずがなかろう。
我々には戦う道しかないと知っているくせに」
苛立つあまり鋭い爪をかむスターロッドに、ファルシスは呼びかけた。
「我らにも対抗する術はある。
安心しろ。すぐに彼女たちを呼ぼう」
ファルシスにつられスターロッドが後方を向く。
黒騎士たちの隊列の中から、幼いと言ってもいいほどの少女たちが現れた。
その中にトナシェの姿もあり、彼女を中心として白いローブをまとった彼女たちがひざまずく。
「殿下のご命令により、みな様の力を借りて仲間の召喚巫女たちを連れてまいりました。
これで残る7つの破壊神を、いっせいに呼びだすことができます」
巫女の数も7名。
転移魔法を使い、世界各地にある「封印の楔」より呼び集めた優秀なものたちだ。
ファルシスは納得したようにうなずいた。
「なるほど、これで敵を上回る戦力を確保できよう。
さっそく言われたとおり、各人は位置につけ」
巫女たちがうなずくとファルシスより前に進み出て、末広がりに横に並び、その場にひざまずいた。
「「「「長き眠りにつきし破壊の神よっっ!
我らが呼び声に答え、その呪われし力を、存分にふるえっっっ!」」」」
ファルシス達の前方を、七色の光が照らしだす。
見上げる彼らの前に、はるかかなたの巨人たちにも負けず劣らない巨大な獣たちの姿が現れた。
そのうちの1つ、亀の甲羅の上に女性の上半身が乗った破壊神が、地面に着地したとたんにすさまじい地響きを引き起こした。
ほとんどの者がそれに足をとられる。
ファルシスが周囲を見ると、目の前には巨大な白い輝きを放つチョウの羽を持った少女、全身に炎をまとった巨大オオカミ、それらに比べるといささか小ぶりだが、どれも強力そうな人に似た魔神達の姿があった。
それらの1つ、頭部が豹の形をしており、黒の体表に赤く光る斑点がついた魔神が周囲を見回した。
「おうおう、みんなと一緒かよ。
いったいなんだぁ? これからでっかい戦争でも始めようってのか。
間違って不毛の土地が生まれなきゃいいがな」
「よくぞ集まってくれた。
余は魔王ファルシス、傲慢なる神フィロスの宿敵たちよ。
今日は貴殿らに、奴に復讐する機会を与えよう」
小柄な魔神達が呼びかけるファルシスに振り返った。
緑色の肌を露出する女魔神が獣の骨の兜をつけた首をかしげる。
「別に我らは、封印されたことを根に持ってはおらぬ。
ただやむを得ぬ事情で封印された姉様たちが忍びなく、我らもお供しただけのこと。
ただあの残忍たるヨトゥンガルドは別にしてな」
となりにいる全身がトゲにおおわれたミイラ男が、無言で腕を組んでうなずく。
そのとなりにいるキノコのような頭部を持ったふくよかな男が、しきりに周囲を見回す。
「あれ? でそのヨトゥン兄ちゃんはどうしたの?
ここにいる魔王のあんちゃんの言う通りなら、大喜びでかけつけてくれるはずだけど?」
「残念ながら、奴は長き眠りについた。
我々と利害が合わぬゆえに、余の手で始末するしかなかった」
ミイラ男は落ちくぼんだ眼光をわずかに歪ませたが、それ以上何も言わなかった。
と言うよりなぜか轡をされており、しゃべることができないようだった。
「ま、いいや。それよりせっかくの出番だ。
よっしゃ、久しぶりに大暴れしてやるぜっっ!」
魔神達がそろって前方に向き直ると、はるか向かいの天界軍になぜか動きはなかった。
『……き、ききき、貴様らっっ! なにを呼び出してやがるっっ!?
は、破壊神を、ぜ、全部だとぉぉぉっっ!?』
「プロメテルの奴、動揺しておるようじゃぞ!?
下手をすると先制攻撃に出かねんっっ!」
あせるスターロッドの声にファルシスは冷静にユニコーンから降り立った。
そして少し身をかがめると、全身が黒いオーラに包まれる。
やがて魔王は人の姿から、身体じゅうをトゲにおおわれた大柄な獣の姿に変貌を遂げた。
それを見た豹頭の魔神が言う。
「ヒュ~。なかなかイカすルックスじゃねえか。
一度でいいからあんたと手合わせしたいもんだねえ」
「ともに戦うことはできるぞ。
破壊神たちよ、奴らを早めに足止めできるか?」
獣の骨をかぶった女魔神が言った。
「出来るものと、できない者がいる。
残念ながらわたしをはじめとしたいくつかは、奴らに至近距離まで近寄らねばならぬだろう」
「余も同じだ。全速力で向かう。
遠距離に対抗できる者たちはこの場ですぐに攻撃を。余に気を使う必要はない」
ファルシスが裏の破壊神たちの前に出ると、突然両腕を広げた。
背中から黒いオーラが飛び出し、すぐに黒い翼の形をなした。
『く、来るなっっ! 少しでも近寄ったらでっかいビームを食らわすぞっっ!
全タイタン、射撃準備っっ!』
6つの巨人の全身から、勢いよく何かが飛び出した。
どれも形が整った砲筒のようだ。
胴体中央の顔のレリーフが口を開き、そこからまばゆい光がもれる。
「いっせいに行くぞっ! みな準備しろっっ!」
ファルシスを含めた魔神達が、いっせいに身構える。
炎の狼は大口を広げ、亀の甲羅の女性は両手をおもむろに中央に構えた。
チョウの羽を広げた巨大な少女だけが、状況がまったく理解できずしきりに周囲を見回している。
骨の兜が彼女を見上げた。
「姉様っっ! 後ろにお下がりくださいっっ!
前方に氷の壁を築けばよいのですっ! 出来ればそれを横に広げてみんなをお守りくださいっっ!」
「え、えぇっ!?
やだようっ! 怖いようっ! 戦うのなんてやだようっっ!」
両手を顔に近づけておびえる少女の目から、キラリと何かがこぼれる。
それが草むらに落ちると丸みを帯びた氷のかたまりになった。それを見た騎士たちがたじろぐ。
「つべこべ言ってないで、さっさと後ろに下がって壁を作りやがれっっ!」
妹に声を荒げられ、おびえきった少女は正面を向いて両手を思いきり広げた。
「い、いいい、いやあぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
ギュウッと目を閉じる彼女の両手から、すさまじいほどの冷気がはなたれる。
それを合図にしたかのように他の魔神達が前方にかけだし、放たれる急激な冷気から逃げ出した。
『だ、だあぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!
近寄るなっつっただろっ! 全タイタン、一斉射撃ぃぃっっ!』
タイタンたちの全身についた砲筒が、いっせいに火を噴いた。
レリーフの口も、強烈なビームが放たれる。
対するファルシス達は、かまわずに突き進んだ。
矢継ぎ早に繰り出される弾丸をかわすためファルシスは途中から黒い翼をはばたかせ、大きく飛翔した。
豹頭、地熱の領主オルディントは獣ですらあり得ない速さでかけぬける。
肩には巨大な槌を乗せているにもかかわらずである。
彼はいの一番に敵陣にたどり着くと、大きくジャンプ。
白い巨人のほぼ中央に大槌をたたきつけ、相手をよろめかせた。
その兄である炎の狼、猛火の猟犬ガーム。
かけぬけながら口を開き、そこからすさまじい熱量の赤いビームを放つ。
最初は正面からやってきたレーザービームに押し返されていたが、やがて中央付近で拮抗し、ぶつかり合う。
それを見てガームはいったん足を止めた。
激流の隠者ルキも、タイタンのレーザーを牽制する。
その痩身で抱えられるとは思えない巨大な壺を両手に持ち、そこからすさまじい水泡が吹きだされる。
レーザーは水の中で拡散し、様々な方向に放射される。
旋風の姫君ヴァレイアは途中で浮遊し、両手に持った長い鎖分銅をすばやく振り回した。
そこから放たれる突風が巨人の胴体に当たると、相手は後ろに大きくのけぞっていく。
鉄の審判者ヘールダール。
ゆっくり歩み寄る亀の甲羅に乗った女性の上半身が両手を前にかかげると、前方にいる白巨人の上空から、巨大な分銅がのしかかった。
巨人はあわてたそぶりで両腕で分銅を支えた。
しかし分銅のほうが若干重いらしく、巨人は相手への攻撃どころではなくなる。
ヘールダールの弟にあたるキノコ男爵、毒の処刑人ドゥール。
立っている場所が草むらであるにもかかわらず、まるでスケートをするかのようにさっそうと両足をすべらせる。
彼がすべったあとには粘液が付着しており、周囲の草むらがそこから放たれる毒気を浴びてしだれていく。
蛇行しながら無数の弾丸をかわしていき、仲間たちより一歩遅れて巨人の足元に到着すると、足にとりついてしがみつく両腕から粘液を発生させた。
またたく間に巨人の無骨な足から蒸気が立ち上り、その表面が沸騰しながら腐食していく。
巨人があわてたように肩足をあげドゥールを踏みつけようとするが、キノコ男爵は再び華麗な滑りを披露して、踏みつけ攻撃をかわしていく。
ファルシスは、プロメテルの乗るタイタンを襲撃していた。
「く、来るなっ! 来るなぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
自在に空を舞うトゲだらけの人狼が、追い払うようなしぐさをする痩せぎすの男に向かって容赦なく爪を振りかぶろうとする。
しかし突き出した爪は結界にはじかれ、ファルシスはあわてて後方に退く。
かがみながらそれを見ていたプロメテルが、ひきつった笑みをこぼした。
「は、ははは! どうだ、見たかこの電磁フィールドの威力っっ!
これさえあれば、お前は俺を攻撃などできまいっ!」
ファルシスは首を振り、別の方向に去った。
ほっとため息をつくプロメテルだったが、次の瞬間付近で爆発音がする。
あわててそちらを見ると、ファルシスが黒いオーラに包まれた手でバルカン砲を破壊している。
プロメテルはすっとんきょうな声をあげた。
「や、やめろっっ! 破壊するなっっ!
俺の最高傑作を、破壊するなぁぁぁぁっっっ!」
それを聞いたファルシスが、獣の顔をニヤリとさせる。
「最高傑作? これが? あまりに脆すぎて笑いがこみ上げるぞ」
6体のタイタンすべてが、大小の魔神達にものの見事に翻弄されていた。
後方では黄金騎士たちが進み出て援護しようとするが、それらもまたファルシス達は退けてふたたびタイタンの破壊を続行する。
タイタンから放たれる無数の攻撃は、いくらかは後方にいる連合軍の陣地に飛び火していた。
しかしそれらはすべて、氷結の女帝フェリルが生み出した壮大な氷の壁によってはじかれる。
強烈な威力で大地を蒸発させていくレーザービームですら、氷の壁の前に霧散してしまう。
軍の兵士たちにとっては、まるで破壊神たちが一方的に攻め立てているようにも見えた。
しかし幹部たちはそれとは違い、どれも難しい表情を見せている。
ほころびはいつもわずかなところから、徐々に広がっていくのだ。




