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第48話 未知への上陸~その4~

 フィロスら神々の座す神殿の周囲には、彼らの住まう宮殿がある。

 宮殿とはいってもかなりの規模のもので、遠目に見ればまるで1つの街のようにも見える。


 その一角のかなり地下深く、薄暗い地下室の中にヴィクトルの姿はあった。

 壁に鎖でつながれ、純白だった衣服は血でまみれ、がっくりと力なくうなだれている。


 物音にそばにいる黄金騎士たちがとある方向を振りかえると、入り口の小階段を降りるこれまた黄金の鎧をまとったフィロスの姿があった。

 騎士たちはそろってこうべを垂れる。

 頭部が大きくはげ上がった神は彼らを一瞥(いちべつ)するなり声をあげた。


「どうだ、ワシの命令を聞く気になったか」

「残念ながら。

 我々の執拗(しつよう)拷問(ごうもん)にも、根をあげません。

 ミゲル様が時おりおいでになり責めを()されるのですが、やはりダメです」

「ほう、奴の拷問にもか。

 丁寧(ていねい)な口をきいておいて手心は一切加えぬ奴の責めに、耐え抜くとはな」


 フィロスは騎士たちを軽く手で払うと、彼らは頭を下げて引きさがった。

 入れ替わるようにフィロスはヴィクトルの前に仁王立ちする。

 そして拳を強く握りしめる。


「気を絶しているようだ。水を」


 騎士が(おけ)を手に取ると、うなだれるヴィクトルに向かって思い切り浴びせかけた。

 全身に水をかけられた頭頂部がはげた神は少しずつ身じろぎする。


「目が覚めたようだな。気分はどうだ、ヴィクトル」


 顔をしかめながらフィロスを見上げたヴィクトルは、すぐに目を伏せて首を振りながら、「最悪……」とつぶやいた。


「苦しみから解放する方法は1つだけだ。

 今すぐあの僧侶へのほどこしをやめろ。さもなければこの苦しみはいつまでも続く」

「……兄者には私の力が必要だ。いずれファルシス君たちはここまでたどり着く。

 そうなれば絶対に私の協力が欠かせなくなるはず」

「……いまだに奴らに協力しているお前がなにを言うっ!

 奴らがここにたどり着く要因があるとしたら、そのいくつかはお前のせいだっっ!」


 激昂(げっこう)するフィロスを、ヴィクトルはあざ笑うかのように見上げた。


「だとしたらどうする?

 この私を、殺すかい? ここにいるかけがえのない家族を」

「……ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっっっっ!」


 下から振り上げたこぶしを、弟のアゴにぶちあげた。

 相手の頭部が壁にガツンと当たるが、意に介さない。


弟者(おとじゃ)の分際で、よくも生意気な口を聞くようになったものだな。

 お前はいつ兄に対する敬意を失った?」

「わかっているくせに。

 兄者はもう、他の兄弟から尊敬されてはいないよ」


 するとフィロスはまたしてもうなり声をあげて、横からフィロスを殴りつけた。


「ふざけたことを言うなっ! 最初に決めたのではなかったかっ!

 このワシが、長兄であるワシが、すべてを取り決めるとっっ!

 かつてお前たち兄弟はそろってワシのことを認めていたではないかっ!

 己たちで決めておいてなんなのだその態度はっっっ!」

「確かに、かつての兄は立派ではあった。

 だが、いつの間にかそれは失われた。

 今の兄者は与えられた玉座にしがみつく、ただの力持ちにすぎん」


 フィロスは無言で弟を殴りつけた。

 もう一発、もう一発。


「ワシがっ! この天界の、支配者だっ!

 人間どももっ! ワシが、支配するっ!

 地下の、汚れた、ドブネズミはっ!

 一匹残らず、始末するっ!」


 何度か殴りつけているうちに、フィロスの息もあがっていた。

 神としての力は相当だが、相手も同じ神であるゆえに相応の力を使わなければならなかった。


 何発も殴られているうちに、ヴィクトルはすっかり力を失っていた。

 それでも、か細い声でゆっくりとつぶやく。


「……なぜ、なぜ神としての……

 大いなる力を、つか……わぬ……」


 フィロスの目が、わずかに反応を示した。

 殴り終えた姿勢のまま、静かに相手の言葉を待つ。


「……兄者がその気になれば、それを使って地上を一掃、できるはず。

 なのにそれを使わぬ。

 使わぬのは、兄者がファルシスを恐れる、なによりの証拠ではないのか?」

猶予(ゆうよ)を与えているだけだ。

 時間をかけて、人間どもを苦しめる。

 ワシに逆らったことを、心から後悔させるためにな」


 少し顔をあげたヴィクトルが、心なしか笑みを浮かべたように見えた。


「違う、だろう?

 地上には、ファルシス君の妻がいる。

 彼女はただの人間にすぎない。

 もし彼女にもしものことがあれば、ファルシス君は、いったいどう思うだろうね?」

「なにが言いたい……なにが言いたいのだっっっ!?」


 するとまるで力を取り戻したかのように、ヴィクトルは思い切り顔をあげた。


「わからないのか兄者っ!?

 もし彼が怒りに身を任せ、『ナグファルの呪い』にされるがままになったらっっっ!?」


 その目を見開いた笑みには、まるで歓喜のようなものさえ(ただよ)っている。

 対するフィロスはわずかにおびえの表情を見せた。


「そしたら兄者は終わりだっ!

 世界を一掃するどころか、兄者は自分自身をも含めたすべてのものを失う羽目になるっ!

 すべて一巻の終わりだっっ!」


 やがてヴィクトルの笑みは不敵なものになった。


「……兄者、ごまかすなよ。

 ビビってんだろ? ファルシスと、その背後にいるナグファルの存在に」

「……ぬうぅぅぅぅぅぅぅぅあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 怒りにすべてを任せ、フィロスは相手に殴りかかった。

 何度も、激しく。

 途中相手の胸倉をつかみながら、血にまみれ始めた拳を激しく相手の顔に叩きつけていく。


 しかし、途中で止まった。

 相手の首ががっくりうなだれているところを見て、本当に弟の命を奪ってしまう恐怖にかられたのだ。

 たとえ自分の意に背く存在ではあっても、彼はかけがえのない、大事な家族。


 フィロスは胸倉をつかんだ手を離した。

 壁に叩きつけられがっくりと力尽きた身体を見下ろしながら、血にまみれた両手を必死にこすり続ける。


「様子を見て、拷問を続けろ。

 いそがしいだろうが、ミゲルも時折連れてこい」


 クルリとうしろを向き、フィロスは急ぐように立ち去った。

 黄金騎士たちはこうべを垂れたまま、フィロスの気配がなくなるのを静かに待った。





 合流した魔王、人間連合軍は、近場にある「ヘツレム」の街に拠点を移す。


 ここで問題になったのが、召喚された魔物たちによる乱暴狼藉(ろうぜき)である。

 彼らは相手が天界の種族と見るや、よってたかって(おそ)いかかる。

 そのたびにデーモンやダークエルフ、人間兵たちがいさめに回るが、目の届かぬ所では手がつけられないほどの暴れようだった。

 魔物たちは最前線で戦うため、被害が大きく生き残る数が常に少ないのが唯一の幸いである。


 なにより彼らをいさめるべき強硬派の代表エドキナが、そのことに関してまったくの無頓着(むとんちゃく)なのである。

 街にはもちろん戦争にはかかわらない一般の民が数多くいるのだが、そういった者たちでさえエドキナにとっては差別の対象であった。

 魔物たちの中には彼女と同じ強硬(きょうこう)派の上級魔族もいたが、彼らもたいていは同様の態度である。

 エドキナ達の協力がなければ、穏健(おんけん)派魔族や人間たちでは暴れ回る魔物たちを抑えきれない。


 当のエドキナにしてみれば、そんなことはどうでもよかった。

 彼女のもっぱらの関心は、捉えた捕虜(ほりょ)の対応である。

 もともとフィロスに対しては煮え切らないものがあったのか、簡単な尋問(じんもん)だけであっさりと天界の内情を白状するものが多かった。

 しかし中にはかたくなに口を閉ざし、おろかな天界の王に対する忠誠を示す者たちもいた。


 こういう者たちこそ、エドキナの大好物である。

 彼女は内なる憎しみに取りつかれるままに見るもおぞましい拷問具を手に取り、それらに与えられた用途をそのまま相手に適用するのであった。

 悲鳴(ひめい)は彼らをとらえた地下牢の外にまでひびき、それを聞いた穏健派魔族や人間たちの心を惨澹(さんたん)たらしめた。

 もっともこれはエドキナの個人的な意向の範疇(はんちゅう)であり、本人も拷問具自体による効果などみじんも期待してはいなかったのであるが。





 夜。テルベの街が寝静まるなか、ファルシスは1人ある場所に向かっていた。

 いくつもの下り階段を経て細い廊下を進むと、そこはロウソクの明かりが照らすだけの食らい地下牢である。

 地下牢には、3,4人の黒騎士がテーブルを囲んで談話している。

 誰もつながれた捕虜に目を向けてはいないようだ。


 ファルシスは口元に人差し指をあげ、静かに呪文をつぶやいた。

 するとたちまち黒騎士たちは力を奪われ、テーブルの上に突っ伏した。


 ファルシスは念のため音もなく忍び寄ると、牢の中にいる翼の生えた捕虜(ほりょ)たちもまた眠りについていることを確認する。

 もっとも体中が傷付いており、まともに判断がつくようには見えないようだが。


 ファルシスは一番奥の鉄格子の前に立ち、もう一度呪文をつぶやく。

 すると鉄扉がカチャリと鳴り、勝手に開かれた。


 奥には壁際に両腕を鎖でつながれた囚人がいた。

 高身長のファルシスよりもかなり大きい裸の上半身はいたるところが血だらけで、ヒザをついてがっくりとうなだれている。

 本来なら背中に翼が生えているはずだが、無残にちぎられ、血にまみれた根元が残っているだけだ。

 エドキナの拷問(ごうもん)はかなり苛烈(かれつ)だったようだ。


 ファルシスは目前まで近寄り、耳元で指をパチンと鳴らした。

 とたんに男の身体が、ゆっくりと動きだす。


「……むぅ、貴様、何者だ……」


 言いかけて、顔をあげたとたんその目が少し見開かれた。

「魔王、か。どうした?

 なぜこんなところにいる?

 貴様にあっさり倒された上、あのいまいましい蛇女に散々いたぶられたおれをあざ笑いに来たのか」


 ファルシスの脳裏に、威風堂々と現れ、またたく間に悶絶(もんぜつ)させられたエンジェルの武将の姿が浮かぶ。


「かなり長いこと耐え抜いたそうだな。

 しかしお前より格上のヴァルクは、あっさりと天界の内情を吐いたぞ。

 奴だけではない、多くの者が手のひらを返すようにフィロスを裏切った。

 やはりあの愚かな天界の主に忠義を尽くす者は多くはないらしい」

「フンッ! 薄情者どもめっ!

 もとよりヴァルクのような畜生(ちくしょう)上がりになど真の忠義など期待してはおらんがなっ!」

「忠義、か。余には奴の方が賢明に見えるがな。

 フィロスのような主など、仕える価値があるとは思っていないのだろう」


 疲れ切った武将の顔にひきつった笑みが浮かんだ。


「貴様は立派とでも言うのか。

 闇の世界から生まれた汚れた分際で、君主のあるべき姿を語る資格などない」

「余が名君であるかどうかを自分で判断するつもりはない。

 だが暴君がどのようなものであるかぐらいはわかる。

 フィロスはどう見ても評価できる主ではなかろう」

「ハンッ! 名君だろうが暴君だろうが、関係ない。

 偉大なる神はそこにおられるだけで神たりえるのだ。

 徳があろうとなかろうと、我ら天使は絶対の忠誠を持って従わねばならぬのには変わりない」

「あきれた忠誠心だ。

 奴の愚鈍な行いのせいで、多くの罪なき者たちの命が奪われようとしているのだ。

 それのみならず、このようにお前たち自身も苦しめる要因になっている」

「ならばあきらめて闇に帰れ。人間のことなど放置すればいい。

 弱きもののことなど、偉大なるフィロス様がどうしようが関係ないではないか」


 そう言ったとたん、ファルシスは相手ののど元を素早くつかみ取った。

 相手が「ぐおっ!」と小さい悲鳴をあげるなか、ファルシスはのどをつかむ手にぐいぐいと力を込める。


「フィロスの奴はそう考えているかもしれんが、彼の兄弟はそうは思っていないようだ。

 現にヴィクトル神は今も我らに手を貸しているのだからな」


 ファルシスは手をパッと離すと、武将はがっくりと首を落とした。

 激しく息を切らしながら、苦しそうなうめき声をあげる。


「ほ、他の神がなにをしようと、天界の主はフィロス様であられる。

 我ら天使が仕えるべきは、フィロス様のみ。

 あのお方にのみ忠義を尽くされるのが、我ら天使の役目」

「泣かせる話だ。

 その結果が、その血まみれの肉体だというのに」

「だまれっっ!

 これ以上このおれを侮辱(ぶじょく)すれば……

 ごふぉぁっっっ!」


 大声をあげようとした武将を、ファルシスは下から殴りつけた。

 相手の口元から血の混じったツバが飛ぶ。


「叫ぶな。寝ている者たちが目を覚ます。

 ふん、先ほどからさんざん侮蔑(ぶべつ)の言葉を述べているのは、お前の方だ。

 なにがけがれし者だ。なにが偉大だ。

 生まれた場所で正邪を判断されるのは、虫唾(むしず)が走る」

「き、貴様。いったい何をしに来たというのだ。

 本当の目的を言え!

 このおれから、なにを聞きだしたいっ!?」


 武将が顔をあげた瞬間、その表情がこわばった。

 ファルシスから何かを悟ったらしい。


「言っただろう、我々が知るべきことは他の者たちから聞きだしたと。

 貴様らはただ単にエドキナが長年抱いていた恨みを晴らすために、ここで責めを受けているにすぎない」

「だ、だから……

 貴様自身は、いったい何をしに来たと、聞いている……」


 武将が相手の目をまじまじと観察していると、その目が大きく見開かれた。

 ファルシスの口元に、笑みが浮かんでいる。

 しかし目は都合のいい獲物を見つけたかのように、大きく見開かれているのだ。


「ま、まさか……貴様も……」

「エドキナは若輩者(じゃくはいもの)だ。

 それより年長者である余なら、より大きな憎しみを抱いているのやもしれんな」

「……なにが名君がどうとかだっっ!

 き、貴様も内心におぞましいものをかかえているではないかっっ!

 貴様のような奴に、フィロス様の是非を語る資格は……

 ぐぼぇっっっ!」


 ファルシスが、無言で相手を殴りつけはじめた。

 相手は絶叫をあげ続け、やがてそれが助けを求めるような情けないものになり始めた。

 しかしロウソクに照らされたおぞましい影は、その勢いある動きをいっこうにやめる気配を見せなかった。





 翌朝、エドキナが地下室に降りると、黒騎士たちがそろって気まずい雰囲気を放っている。

 彼女は彼らを押しのけ、地下室の最奥に行くとその意味がたちどころにわかった。


 彼女が手を下した天使の中でもっとも強情だった武将クラスの者が、ものの見事に絶命していたのである。

「申し訳ありません。

 どうやら気付かぬうちに、全員気絶させられていたようです。

 ここに魔導師の存在があればわからなかったのですが」


 エドキナは力なく弁明する騎士に対し、目も向けずに告げた。


「よい。別にこの者の命など、どうでもよかった。

 どうせコイツ自身から聞きだす情報など何もなかったのだからな」


 それでも黒騎士は「申し訳ありませんでした」と告げ、その場を去った。

 エドキナの表情をうかがおうとはみじんも思っていないようだ。


 それは彼女にとって好都合だった。

 自分の顔に不敵な笑みが浮かんでいることを、むやみに悟られたくはない。

 エドキナは牙をむき出しにした口元から細い舌をチロチロさせる。


 殿下だな? エドキナはそう思った。

 今のところ、ファルシスの心境は自分が思っているような変貌(へんぼう)()げている。





 魔王軍がたどり着いた敵地の中枢、南の浮遊大陸はそれなりの規模を持ち、目指す神々の神殿までは行軍に数日を要する。

 その間小中規模の都市に駐留(ちゅうりゅう)し、とらえた捕虜(ほりょ)や住民たちから情報を聞きだした。


 その結果、次のことがわかった。

 現在天界の軍勢は大陸の首都に当たる「ルサレム」の入口方面に主力を置き、そこで来る魔王軍を待ちかまえているとのことだった。


 斥候(せっこう)のダークエルフが、敵の陣容を確認して戻ってきた。

 街の入口に、まるでうず高い城塞(じょうさい)のごとき巨大さの兵器が何基も置かれているという。

 それを聞き、戦慄(せんりつ)を覚える幹部たちもいた。


 ファルシスはあわてず、天界軍の高官であったヴァルクを呼び出した。

 2本角の獣はメウノをともなってやって来た。


「天界の武官には、優れた科学技師がいます。

 名を『プロメテル』と言い、『電機博士』の異名をとっています。

 彼は地上では失われた魔法科学文明の技術を取り入れ、いくつかの巨大兵器をつくりだしました。

 彼はこれを『タイタン』と名付け、天界軍の主力兵器としているようです」


 円卓を囲む幹部たちからどよめきが起こる。

 上座のルキフールが落ち着いた口調で言った。


「どれぐらいの威力を持つ兵器なのだ?

 奴らはそれをコントロールできるのか?」

搭載(とうさい)されている火器はどれも絶大です。

 まず『バルカン砲』と呼ばれる、連続で弾丸を発射する武器は遠くまで射程が伸びます。

 威力も高く、矢継ぎばやに繰り出されるそれを人間たちの防具で防ぐのはほぼ不可能でしょう」


 人間たちの幹部が、そろって深いため息をついた。

 ルキフールは彼らに向けて告げた。


「今回の戦では、魔王軍が主役となるだろう。

 お前たち人間は前線に出てこなくて結構だ。

 引き続き後方支援をお願いする」


 何人かが、ため息をついた。

 エドキナたち強硬派魔族は眉をひそめる。


「巨大兵器には、それなりの相手を向かわせねば。

 おそらくゴーレムやオーガの力が欠かせなくなるでしょう」


 そう指摘するエドキナに対し、ヴァルクは2本の角を向けた。


「待ちなされよナーガの長。気をつけるべき兵器はそれだけではない。

 『ホーミングミサイル』。これはどのような場所にいても、軌道(きどう)を変えて標的を狙う。

 ゴーレムやオーガのような巨人たちでは、かわすのは難しいかもしれん」


 またしてもどよめきが起こる。

 そしてヴァルクは全員に呼び掛けるように、首をゆっくり左右させた。


「もっとも注意すべきは、タイタンの中央部にある『レーザーキャノン』。

 これは魔法による大規模な魔導胞で、使用によっては街1つをせん滅できるたいへん危険な装備です。

 起動には時間がかかるが、むやみに使わせることがあってはなりません」


 ここにきて、ルキフールは片手で頭をかかえた。


「まいったではないか。

 それだけの強力な兵装をかかえた武器が、いくつもあるのか。

 いったいどうやって我らは対抗すればいいというのだ」


 ベアールが組んだ腕の片方をあげる。


「レンデルがいれば、まともに対抗できるでしょうがね。

 ただあいつはあまりにもデカすぎて、召喚用ポータルでは呼び出すことができない」

「仕方がない。敵の1体にはファルシス自身が向かってもらおう。

 こやつがビーストモードになれば、奴らのひとつくらいはまともに相手できよう」


 スターロッドが難しい顔でつぶやくと、ファルシスはうなずく。

 マーファが横やりを入れた。


「他のタイタンとやらは、どういたしますのよ?

 ゴーレムやオーガでは対応できないのなら、いったい何がそれらに対抗できなさって?」

「……1つ、考えがあります」


 その場にいる全員が振り向くと、ロヒインは眉間を険しくさせ、軽く握った手を口に押し付けていた。


「しかし、そのためにはあまりに負担が大きすぎる。

 話を聞いただけではどれだけの力を持っているのかはわからないのだけれど、わたしの予感が確かならば……」


 どこかいいあぐねている彼女に、ルキフールは身体を向けた。

「話してみよ」という相手の指図に、ロヒインは目をつぶって首を振った。


「少し考えさせてください。

 ある者に、ひとまずは相談を持ちかけたいのです」





「……『連続召喚(しょうかん)』ですか。

 なるほど、それならたしかに、敵の巨大兵器に対抗できそうですね」


 ロヒインに切り出されたトナシェは、納得したように大きくうなずいた。


「でも、それだとかなり危険だよ。

 トナシェ1人で、複数の破壊神を呼び出すのはあまりに負担がかかるよ」

「なら、こうしたらどうでしょうか。

 破壊神を呼び出すことのできる召喚巫女(みこ)は、なにもわたし1人ではありません。

 みんなわたしと同じ年ごろですが、優秀な召喚巫女はなにもわたしだけではありませんよ?」


 それを聞いたロヒインは豆鉄砲(まめでっぽう)を食らった顔になった。


「なんだ、その手があったか。

 破壊神を呼び出すイメージがトナシェしかなかったから、召喚巫女はてっきりトナシェしかいないのかと思ってた」


 トナシェは半ばあきれ気味でロヒインのマントを叩いた。


「なに言ってんですかぁ! ロヒインさん、ホントに大丈夫ですかぁ?」

「あはは、ゴメン。

 キミの言う通り、わたしちょっと疲れてるのかもね」


 時折、コシンジュのことを思い出すのも影響しているのかもしれない。


「でも表の破壊神のような扱いの難しい相手は、わたしが呼ぶしかないと思います。

 実際に呼び出したのはわたししかいませんですから」


 いきなり真面目な表情になったトナシェに、ロヒインも眉間にしわを寄せる。


「大丈夫なの?

 水の破壊神は殿下によって長き眠りにつかされたけど、表の破壊神は3体いる。

 それを、トナシェはいっせいに呼び立つつもり?」

「裏の破壊神4体では、おそらくタイタンと言う兵器には対抗しきれません。

 彼らの力がなければ、倒せないと思います。

 3体を同時に呼び出すのは大きな負担がかかりますが、わたししか、できないでしょう。きっと……」


 ロヒインは目を閉じ、考え込んだ。

 ふたたびトナシェを見たロヒインには、決意の表情が宿っていた。


「……でも、ほかにいい案がない。

 つらいだろうけど、がんばってくれる?」

「もちろんっ! みんなを守るためなら、当然です!」


 トナシェの顔に、満面の笑みが浮かんだ。





 それからまた数日。

 連合軍がなだらかな平地を進んでいると、前方に大規模な街が見えた。

 そびえ立つ建物はどれも独特の形をなしている。


 しかし誰もが注目するのは、その背後にある山だった。

 壮大というわけではない。せいぜいなだらかな小山ぐらいしかないのだが、その頂上にはまるで全体をかがやく黄金で照らされたかのような光に包まれた、小規模の街があったのだ。


 連合軍はついに、神々の拠点のすぐ目の前までやってきたのである。

 しかし、歓喜には包まれなかった。

 目指すルサレムの街の前方には、いくつかの丸みを帯びた城塞がそびえている。


 その城塞が、動いた。

 まるでからくり仕掛けの人形のように一部が外れたり、回転しながら、それこと巨大な人型のような形をなしていく。

 それらがすべて、こちらの方を向いた。

 目をこらせば機械仕掛けの巨人たちのほかにも、無数の兵が待ち構えている。

 平服させたユニコーンの背にまたがり、動揺(どうよう)する兵たちのざわめきを耳にしたファルシスは、思い切り声を張り上げた。


(おく)するなっ!

 全軍、横に広がってゆっくりと前に進めっっっ!」


 決意をみなぎらせたかのように、兵士たちが動いた。

 ファルシスの命ずるままに彼らは統制のとれた動きで横に広がっていく。


 若き魔王はこれを見るたび、内心小気味の良い気分にかられた。

 大軍勢が自らの意のままに動く。これを喜ばぬ武将などいない。


 前に向き直ったファルシスは静かに腰の剣を引き抜き、斜め上にかかげた。

 それとともに、人間・魔族の大軍団もまた、少しずつ前進して行った。

次回、ついに最終章に突入!

魔王ファルシスの戦いの行方は、そしてかつての勇者の仲間たちの運命は!

そんでもって元勇者コシンジュ、お前どこで何やってんだっっっ!

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