第48話 未知への上陸~その2~
飛空艇の姿は前方に広がる浮遊する大地に向かって横向きに進む。
船体の側面からはおびただしい勢いで魔導砲がはなたれ、地上で攻撃を仕掛ける天界軍の部隊を弾き飛ばしていく。
やがて船体が平坦な岩場に横づけにされる。
魔導砲の噴射が止むのに入れ替わって、空を舞う異形が前方の大舞台めがけ、はじかれるように飛び出す。
その後ろからはデーモン族たちが悠然と前に進み、飛翔魔団のすう勢を慎重に見極める。
船体側面の入口が開かれると、猛烈な勢いでスロープが下に降ろされる。
地面に激突して固定された瞬間、すばやくかけ下りたダークエルフたちが横方向に隊列を組み、3人ひと組で呪文の詠唱を始める。
すると前方の地面にいくつもの魔法陣が現れ、黒い霧に包まれながら何者かの姿が浮かび上がる。
現れたのは、見るもおぞましい怪物たちの姿。
彼らはさっそく獲物の姿を見かけるや、唸り声をあげて一目散にかけだしていく。
天界での戦いは、まずは異形と異形の戦いである。
船内に残された人間たちは戦況にあわせ、出番が来るか来ないかの瀬戸際を待つばかりだ。
船上では、異形同士の激しいやり取りを見守るファルシス達の姿があった。
中央に立つ魔王は腕を組み、これからの戦況について考えつつつぶやく。
「まずは上々、と言ったところか。
だがここに集められている者たちはしょせん小物にすぎない。
奥に進めば進むほど、攻撃は苛烈になっていくだろう。
神の座へ一歩一歩進んでいくごとにな」
ファルシスがつぶやくと、背後に胸元をはだけたダークエルフがその場にひざまずく。
「マルシアスです。地上より報告がありました。
別動捜索隊、天界への進入路を無事確保したとのことです。
現在地上より転送ゲートを通じて進入中とのことです」
「現在地はどこにいる?」ルキフールが問いかけた。
「はっ。先ほどの空中戦において敵を捕縛して取り調べた結果、我々が現在停泊している場所は『北の浮遊島』という名称がついております。
捜索隊が発見した入口は、ここから西にある『ロングスカイランド』と言う場所につながっています。
どちらも独立した浮遊島であり、ともに南に下った場所に神々の座す『南の浮遊大陸』につながるゲートが存在していますが、合流までには少々時間がかかるかと」
報告を聞き、ルキフールはアゴに手を触れた。
「ロングスカイランド……名称が気にかかる。
おそらくはそちらの方に主力軍が配されているのではないか?
地上に残したのは人間たちばかりだ。このままにはしておけん」
そこで長い尾を生やしたヘビ女が前に進み出て、こうべを垂れた。
「ここはわたくしが。兵を少々お貸しください。
わたくし専属のナーガ部隊を使いたいと思います」
それを聞いたファルシスは少し怪訝な顔つきになる。
「どうした? なぜお前が前線に出たがる?
参謀としての役目を放棄する気か?」
「申し訳ありません。
ですがわたしの配下たちは、かなり血に飢えておりまして。
わたしの指揮のもとでそろそろ暴れさせておかないと」
ファルシスはアゴに手を触れてうつむいた。
そしてふと顔をあげる。
「よかろう。ダークエルフたちを貸してやる。
呼びだした軍勢を存分に暴れさせろ」
エドキナが「ありがとうございます」というのに合わせ、別の側近たちがファルシスのほうを向いた。
しかしファルシスはそれを否定するように言う。
「ただし、別の幹部たちにも行ってもらう。
ダークエルフ・デーモン・ドラゴン族の精鋭たちだ、いいな」
エドキナが心外そうな顔をするのに対して、他の側近たちは思わず顔をほころばせた。
「でしたら早く呼び出してください!
一刻を争うのでしょうっ!? 早くっ!」
思わずエドキナが声を荒げ、あわてて口をふさいだ。
正面に立つロヒインが不敵な笑みを浮かべると、エドキナはわかりやすいくらいに舌打ちをした。
ロングスカイランドでは、四方八方からやってくる天界軍の攻撃に、人間軍は苦しめられていた。
誰もが手に持つ盾で身をかばい弓矢や火器で応戦するが、思うようにいかない。
チチガム達のそばにいるランゾットが上ずった声で叫ぶ。
「くそっ! 猛攻が激しすぎるっ!
まるで敵の主力がこちらにまわっているかのようだっ!」
「そうでなくとも相手は天界の住民だ!
たとえ主力じゃなくともまともには立ち向かえん! わかってはいたがこれほどまでとはなっ!」
答えるディンバラのそばでは、ヴィーシャがガケの上にいる天使めがけてライフルを発砲する。
見事命中するもののすぐに身を伏せた。
「どうするのよっ!? ここから先は魔王軍の助けがないとどうしようもないっ!
どうしてこっちには連中が1人もいないのよっ!?」
「こちらはあくまでも援軍だっ! 主力部隊は飛空艇の護衛に回されていた!
地上には連絡を取ってあるが、部隊を回してくれるかどうかはわからん!」
必死に敵の猛攻から身をかばうチチガムが叫ぶ。
「将軍! これ以上先に進むのはムリだっ!
一度撤退して魔王軍の応援を待つよりないでしょうっ!」
「いや、もう少し様子を見ようっ!
ファルシス殿下も何も考えておられぬはずがない!
きっとこの事態に備えて何らかの策を講じているはずっ!」
ディンバラが叫ぶ途中、後方から声があがった。
「報告っ!
負傷者多数っ! 中には死者も出ている模様ですっ!
救助しようにもこれほど隊が密集していては思うように参りませんっっ!」
「ああもうっ! 限界よっ!
仕方ないじゃない、このまま後ろに下がるわよ……」
ヴィーシャが言い終わる前に、上空を何かがかけぬけた。
ネヴァダに守られるトナシェがそれを見ると、半獣の肉体に赤い翼を生やしたデーモンの姿が目に焼きついた。
人間軍より前方に舞い降りたデーモン、エルゴルはオーラバリアに守られ、ひざまずいた姿勢でゆっくりとむき出しの地面に手を触れた。
球体上のバリアが激しい猛攻にさらされるなか地に触れた手が赤い光を帯びると、エルゴルは静かにつぶやく。
「ロングスカイランドの座標、確保。
いつでもミニポータルを開くことができます」
『了解、すぐに部隊を送る。
お前はそのまま身を守ることを考えよ』
エルゴルがすぐに飛び立つと、その場所が黒い円におおわれた。
そこから渦を巻くように黒いオーラが激しく回転すると、中から数名の人影が現れた。
姿を見せたのは、魔界が誇る最精鋭たち。
エドキナ、ヴェル、マーファ、マルシアス、ウィネット、ドゥシアス、ピモン、ズメヴ兄弟、ニズベック、ドラスク、以上11名。
マーファが両手を広げて作りだした半球状のバリアが、こなごなに砕け散った。
その瞬間彼らははじかれるように散開する。
エドキナの前方に、横一列にバリケードが敷かれている。
そこから矢継ぎ早に光の放射攻撃が繰り出されるが、エドキナは蛇の下半身をしきりにくねらせ、敵の猛攻を器用にかわしていく。
ある程度近寄ったところで大ジャンプを繰り出すと、またたく間にバリケードの先の敵の陣中に舞い降りた。
とたんに背中に羽を生やした黄金の騎士たちが目を見開く。
「どうした? この姿が不気味だとでも思うのか?
わたしからすれば、お前らだって変わりはないよ」
天使たちが動転しているのをいいことに、エドキナはその1人を捕まえ両手でがっちりと兜をつかみ、すき間からのぞく目を合わせた。
エドキナの瞳が怪しげな光を放つ。
とたんに、騎士の身体がブルブルと震えあがった。
エドキナは相手の腕をつかみ取り、女性らしいフォルムでは考えられられない力で、騎士の身体を軽々と振り回しはいじめた。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
大声で叫ぶエドキナの動きにあわせ、騎士の身体が仲間たちの身体にぶち当たる。
巨大な鈍器と化したそれを、騎士たちは身をかばって耐えるしかない。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァァァァッッッ!」
巨大な武器を手に縦横無尽に暴れ回るエドキナは、いつの間にか甲高い嬌声をあげていた。
一方突然現れた魔界の精鋭たちを前に、天使たちはその対応に追われていた。
人間たちはあ然とそれを見守ることしかできない。
ディンバラが1人いまいましげにつぶやく。
「悪夢を見ているようだ。半年前の海岸戦を思いだす」
マーファが笑いながら長すぎるムチをふるい、ヴェルは目にもとまらぬ速さで黄金騎士をなぎ倒していく。
マルシアスが禍々しい刃物を振りまわすとそこから三日月状の疾風が飛び出し、ウィネットが周囲をおおう円輪を手に飛びまわる。
大空をエルゴルが飛翔しながら、地上に向けて次々と炎の弾を投げつける。
シャム双生児のズメヴ兄弟、少女のような姿のニズベック、全身にしろの衣装をまとったドラスクは3人ひと組でそれぞれ水、砂、氷の息を敵に吐きかけている。
近くを見れば、まだ子供にしか見えないデーモンの兄妹が、あり得ないほど巨大な武器を手に天使たち相手に暴れ回っている。
ピモンはあっけらかんとした表情でハンマーを叩きつけ、ドゥシアスは「おらおらぁっっ!」と叫びながら、楽しそうに大剣を振りまわす。
「でも、今度は味方として戦ってくれてます。
彼らがわたしたちの味方なら、かえってこれほど頼もしいものはないですよ」
ディンバラが振り向くと、トナシェはニッコリとほほえんでうなずく。
それを聞きどこかホッとした表情を見せる将軍であった。
「私は今のうちに、負傷者の手当てに行ってきます!
みなさんはこのまま進軍をっ!」
そう言ってメウノは後方へと引き下がった。
「よし! 進軍を再開しろっ!
くれぐれも魔族たちを追い抜くことがないようになっ!」
しかし、ここでマルシアスが軍の前方に立ちふさがった。
「待てっ! エンジェルたちが引きさがりはじめてるっ!
きっと別の部隊を向かわせてるはずだっ!」
マルシアスの言う通り、いつの間にか黄金騎士たちの姿が見えなくなっていた。
人間兵たちが周囲を見回すと、ガケの上に新たな敵が現れた。
それは真っ白な身体をした、馬の群れだった。
敵の騎馬隊かと思われたが、馬たちの上に人の姿は乗っておらず、角にはらせんを描いてまっすぐ伸びる一本の角が生えている。
馬たちが急斜面をいっせいにかけ下りると、人間たちめがけて一目散に向かってきた。
前衛の大盾騎士たちがいっせいに身構える。
しかし馬たちの一本角が激突したとたん、激しい電流とともに強固なはずの盾が軽々と貫かれた。
「「「「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」」」」
隊列のあちこちで絶叫があがる。
全身を電流に包まれた騎士たちが、次から次へと倒れ込んだ。
馬たちは彼らに乗り上げるようにして前に進み、奥にいた黒騎士たちにおそいかかる。
彼らもまた電流に包まれて地面に倒れ込み、中にはそのまま一角獣の角に身体を突き刺される者もいる。
「ああクソッッ! そいつらからどきやがれっ!」
マルシアスは必死に一角獣たちに攻撃を仕掛ける。
攻撃を白い身体に受けて倒れる馬もいるが、多くはクルリと方向転換してその場を立ち去った。
ディンバラがさけぶ。
「全軍っ! 気をつけろっ! かなり手ごわい奴らが現れたっ!
魔王軍の方々、すみませんが我々の援護を頼みますっ!」
魔族の精鋭たちもかけつけるが、彼らもまた無数の一角獣たちにおそわれていた。
さすがに簡単にやられるほどヤワではないが、敵が電流攻撃の使い手だけあって苦戦を強いられているようだ。
ディンバラはマルシアスに叫ぶ。
「さらなる援軍が必要ですっ!」
「わかってるさっ! もともとそのつもりだったから少し待ってくれっ!」
一角獣の猛攻をかわしながら、マルシアスはこめかみに人差し指を当てた。
「マルシアスですっ!
ルキフール様、ダークエルフたちをここへっ!」
言うやいなや、軍の前方に新たな魔法陣が現れた。
黒い霧の中からかなりの人数のダークエルフたちが現れ、一角獣の群れへと向かっていく。
「将軍、あれを見てくださいっっ!」
ディンバラは騎士の1人が突き出した人差し指の先を見た。
奥の方にある小高いガケの頂上に、他の馬とは正反対の黒い身体、そして2本の角を備えたボス格らしき馬が立ちすくんでいる。
ランゾットのほうが叫んだ。
「あれが敵の首領に違いない!
援軍を待って攻撃を仕掛けるべきです!」
その時ちょうどマルシアスがこめかみにふたたび人差し指を当てた。
「エドキナかっ!?
なに、デーモンたちに自身の軍勢を召喚させるっ!? 本気かっ!?」
マルシアスはさらに言いかけたようだが、やがてあきらめたかのようにこちらを向いた。
「ダメだ、すでに召喚の準備を始めたようだ。
ここは彼女に任せるしかない」
言われ、ディンバラとランゾットは苦い顔で首を振った。
エドキナは単独で、敵の首領のいる丘を目指していた。
急斜面でも彼女の長い尾のうねりの前では平面同然にすぎない。
やがて丘の上にかけあがると、まっすぐ立ちふさがる2本角の馬と対峙した。
「『ユニコーン族』の長、『ヴァルク』だ。
我が前に単独で現れるとは、よほどの猛者と見えるな」
「そう思うか?
だとしたら面白い、わが力、受けてみよ!」
エドキナは目から強い力を発した。
しかし相手はそれが危険だと察しているようで、首を即座に横に向けその場をかけだし始めた。
「ハハハ! わたしと目を合わせずにおそいかかるつもりかっ!?
至難の業と見えるぞっ!」
「我は雷をまとうユニコーンの長なり! 受けてみよっ!」
ヴァルクが首を大きく上にもたげると、そこから電流が舞い上がった。
身の危険を悟ったエドキナは素早く動くが、にもかかわらず背中に激しい電流を受ける。
「ぐうぅっっ! かわしたと思ったのにぃぃっ!」
丘の上をかける2本角の馬はヒヒンといなないた。
「バカめっっ! わが電流はたとえどのように動こうが必ず狙った的めがけ流れを変える!
どんなに素早く身をかわそうがムダなことっっ!」
そしてまたヴァルクの角から電流がほとばしった。
エドキナはすばやく身をかわそうとしたが、出来ない。
そして歯をむき出しにしてうなった。
やはり魔族の将としては凡庸な自分では、これだけの相手では太刀打ちできないか。
しかし、策は考えてある。
後は指示を下した相手がその通りに動いてくれるか。
2つの獣から少し離れた場所に、3体のデーモンが舞い降りた。
ヴァルクがそちらに目を向けた瞬間、エドキナは素早く飛びかかって、ヴァルコの背中に乗り上げた。
そして両腕を使って相手の首をグイグイと締めあげる。
「くぅぅっ! おのれっ! 我の背中から退けっっ!」
ヴァルクは前足を大きく跳ねてエドキナを振り落とそうとするが、必死にしがみついて離れない。
角から電流を飛ばすが、それは離れているデーモンではなく、エドキナの背中に当たる。
彼女は「ぐうぅぅぅっっっ!」とアゴを上にのけぞらせ、必死に電流に耐える。
ヴァルクは何度も電流を彼女の背中に当てる。
エドキナが意識を遠のかせようとした時、ようやくデーモンたちの詠唱が終わった。
敵をなんとか振り落としたヴァルクだったが、彼自身も息が絶え絶えになっていた。
意識が途絶えそうになる中前方を見ると、デーモンたちがその場をしりぞいた先に、別の何かが現れた。
何やら無数の何かが集まった、半円状の物体。
ヴァルクの黒い瞳が大きく開かれた。
そして一目散に逃げ出そうとするが、同時に例の半円が激しくうごめき、なだれ込むようにくずれていく。
「さあ、ナーガども!
あの馬公を追えっ! 同族たちとともに皆殺しにしろっ!」
現れた無数の群れは、すべてエドキナの眷属である。
長とは違い、頭部が完全にヘビのそれになっている。
どれもがすばやくうごめきながら大口を開け、よだれを飛び散らせていた。
崖の下にくだったヴァルクが、「もどれっ! 応戦しろ!」と叫びながらユニコーンたちを呼び出す。
しかしそれに応じたユニコーンたちはわずかで、ヴァルクはわずかな数に囲まれながら迎撃態勢に入る。
が、やってきた無数のナーガたちを前に、一様にパニックにおちいっていた。
血に飢えたナーガたちの群れが、いっせいにおそいかかる。
応じるヴァルクたちユニコーンは電流を使って対抗するが、なすすべもなく一頭一頭、やられていく。
それを見たマルシアスが群れの前に立ち、「やめろっ! やめろっ!」と大声で叫ぶが、容赦ないナーガたちの攻撃の前に、なすすべもなくジタバタするしかなかった。




