第47話 飛空艇~その4~
最初の動揺も落ち着き、甲板の上には人と魔族が入り混ざってくつろぐ姿が見える。
同じく甲板上で新しい武器の稽古をしていたイサーシュは、ひと息つくとその様子をまじまじと観察する。
魔族を人間の敵として容赦なく屠っていたころは、まさか人とダークエルフ族があのように談笑する姿を見られるとは思ってもみなかった。
もっとも以前の偏見が覆され、ダークエルフやデーモン族が温厚な種族だと知ったからこそあのような態度がとれるのだろう。
しかし、とイサーシュは思う。
彼らが目の前にしているのは、人間よりも強い力を持った魔族なのだ、と。
その気になれば人ではとても追いつけそうにもないスピードで背後をとり、強靭な腕力で簡単に首の骨を折る。
それに対抗できるのは、並はずれた才能を持ち特別な訓練を受けた、イサーシュのような者しかいない。
そのことを本当にわかっているのだろうか。
いや、わからない方がいいのかもしれない。
今はその事実を忘れて、ともに共通の敵と戦うべき時だ。
出来れば、そのあとも各種族の友好関係が続いてくれるのが望ましい。
だがいずれ、その友好関係にヒビが入る時が来るだろう。
そうなれば、地上にまた新たなる争いの種がまかれる。
あのエドキナと言う魔族。見過ごすことはできない。
自分は将軍と団長の少し後ろにいたためよく見えなかったが、あのなんとも言えない異形……
蛇のような姿をした女魔族は、人と魔の間に垣根を作ろうとしている。
そして自分たちこそが、力を持って人間たちを支配する権限があると吹聴している。
デーモンとダークエルフは相手にしないが、それ以外の種族となるとそうもいかないだろう。
警戒する必要がある。あの女魔族が、散らばる強硬派の支持を集めれば……
「おい、なに連中のことをにらみつけてんだ?
あれか? 友達と離れ離れになるのがそんなにさみしいのかよ」
振り向くと、なつかしい顔ぶれがあった。
ポルトとアラン。かつて勇者の村でチチガムの教えを受けた兄弟弟子だ。
イサーシュは慇懃に頭を下げた。
「これは、両先輩、お久しぶりです」
「ああん? お前、オレより実力があるくせにまだ後輩ヅラしてんのかぁ?
しばらく勇者の仲間として長旅に出て、帰ってくるかと思ったらそのまんまミンスターに居着きやがって」
ポルトはイサーシュほどではないが実力がある。
しかし居丈高な性格で、今も肩に大振りな剣を乗せながら不敵な笑みを浮かべている。
ただし目は笑っていない。アランが横から彼の肩に手をかけた。
「落ち着けポルト。
すまんな、こいつはずっとお前に剣術大会で敗れたことを気にしてるんだ。
もちろんお前がコシンジュとともに魔王打倒の旅に出たこともな」
ポルトに乱暴に手をはねのけられても、アランは動じない。
こちらは落ち着いた性格をしており、イサーシュに実力ではかなわないことを素直に認めている。
一方のポルトが、アランをはねのけた手でイサーシュの剣を指差した。
「お前、武器を変えたそうだな。ついでに師匠も。
魔族に剣を教えてもらって、チチガム先生に合わす顔がないってか。
それで村に戻れないのか?」
アランが名を呼んでいさめるのに対し、イサーシュは冷静に首を振った。
「いいえ、ただせっかくいただいた『盟約の剣』を不覚にも折られてしまったので、かわりの武器を渡される条件としてベアール様からの約束を受けただけです」
それを聞いて、ポルトのこめかみがあからさまに引きつった。
「ベアール様、だと? ふざけんな。
だいたいお前なんだ、しばらく会わねえうちにそんなていねいな言葉づかいになりやがって。
前はたとえ先輩だろうが、自分より下だと思いきや横柄な態度に出やがってたくせに。
晴れて貴族になったとたんおとなしくなったってか?
お前長旅に出て成長したつもりか? ふざけんな!」
アランがこらえきれなくなって、「もうやめろ!」と取り押さえようとする。
しかしポルトは「うるせぇっっ!」と言って乱暴にはねつけた。
そしてそのままイサーシュを指差す。
「気に入らねえっ! 今すぐオレと勝負しろっっ!
お前が新しく習った剣がどれほどのもんなのか、パイセンが直々に試してやるぜっ!」
イサーシュは動じず、深く頭を下げた。
当然相手から「な、なんだよ!」と言う声がもれる。
「お手合わせなら、喜んで引き受けます。
ですが俺はまだ修行の途中。
決して納得できる腕には到達していないゆえ不満が残ると思われますが、よろしいですか?」
その返答に、相手はむしろ上機嫌に剣の鞘を甲板に叩きつけた。
「おうよ! だったら問題ねえ!
このパイセン直々に存分に可愛がってやるぜっ!」
やがて両者が動き、少し離れた場所で向かい合った。
ポルトが乱暴に剣を振りまわすのとは対照的にイサーシュは落ち着いた様子で、細くゆるやかに弧を描く剣を正面に構える。
それを見たポルトが不敵な笑みをもらす。
「ちっ! なんだその細っちい武器は!
オレ様の大剣にへし折られちまうんじゃねえのかっ!?」
ポルトの言う通り彼の手にする剣は幅が広めにとられ、リーチも少し長い。
これは師匠であるチチガムの手にする「破邪の剣」をまねたものだ。
「ポルト、ほどほどにしとけよ。
イサーシュはまだ新しい武器に慣れていないだけだ。
下手なことになれば魔王たちの怒りを買う。派手なケガをさせるなよ」
いさめるようにしてアランが告げると、ポルトは意気揚々と剣を上に振りかぶった。
「わかってるさ!
オレの大剣で、奴の細っちい剣をへし折ってやる!」
両者、いっせいに進み出た。
若干イサーシュのほうが前に出るが、ポルトのほうが先に剣を振り下ろした。
イサーシュはそれを正面から受けず、軽く身をかわしながら相手の剣をきれいに受け流す。
「ははっ! 剣に気を使ってんじゃねえよ!
やっぱり耐久力のねえ武器は……ぐほあっっ!」
アランは目をむいた。
ポルトが言っている間に、イサーシュが突き出した柄が相手のみぞおちに深く食い込んでいる。
衝撃が大きかったのか、ポルトが腹を片手で押さえている。
そのあいだにイサーシュは少し引き下がった。そして剣を静かに振りかぶる。
「わぁ、待て、待て待て待ったっっっ!」
ポルトの制止を聞かず、イサーシュは華麗な動きで剣を振り下ろした。
ポルトはあわてて剣を上にかざし相手の攻撃を受け止めるが、思いのほか衝撃が大きかったようで、剣を持つ腕がわずかに振動する。ポルト自身も顔をゆがめる。
その後もイサーシュは、相手の剣に向かって何度も剣を振り下ろした。
立て続けに続く衝撃に耐えきれず、とうとうポルトは甲板に尻をついた。
痛みに耐えながらもポルトは正面を見上げると、そこから鋭い切っ先を突きつけるイサーシュの姿があった。
目を見れば、するどい殺気に満ちている。
「や、やめろ……やめ……」
イサーシュはためらう様子を見せず、真っすぐ剣を突き出した。
ポルトは身をかばう余裕すらなかったが、もう少しでのどに突き刺さると思われる寸前で、切っ先は止まった。
「……なにをやってるっ! イサーシュ、剣を下げろっ!」
イサーシュが顔を向けると、船内入口からあわてて駆け寄ってくるムッツェリの姿があった。
それを見てイサーシュは引きさがり、剣を素早く振ったあと背中の鞘に納める。
「まったく何をやってるんだ!
もうすぐ戦いが始まるかもしれないってのに、仲間割れなんかしている場合かっ!?」
つかみかかるムッツェリに、イサーシュはされるがままになっている。
ポルトのほうはと言えばひたすら目を泳がせながらゆっくり立ち上がり、床に落とした剣を拾い上げながらおぼつかない足取りで立ち去って行った。
それを目で見送った後、アランは少しがっかりしたような顔を向けた。
「やりすぎだイサーシュ。これで奴はますます自信を失ったぞ。
ポルトだってこれからまだ成長する可能性があるんだ」
イサーシュは申し訳なさげに頭を下げた。
「すみません。
新しい武器ゆえ、つい勝手がわからなくなって……」
アランは返事もせずにその場を立ち去った。
入れ替わるように、その場に赤い鎧をまとった角つきの騎士が現れる。
なぜかパチパチと手を叩いている。
「いやいや、立派なもんじゃないか。
イサーシュ、なかなか使えるようになったな。半年間ずっと修行した成果があったもんだ」
イサーシュは今の師匠であるベアールに対し、静かに首を振った。
「まだまだです。
あのように取り乱すようでは、師匠のおっしゃる『活人剣』には遠く及びません」
「活人剣? なんだそれは?」
眉をひそめるムッツェリの問いかけに、ベアールのほうが人差し指を突き立てた。
「人を殺さず、生かす技。
俺たちがやっていることは他者を殺すための手段なんだけど、善人じゃなく悪人を斬ることで、結果的に善人を生かすと言うことさ。
出来れば悪人も殺さずにすませたい、さらには剣すら抜かず平和的にことをおさめることが、最終的な理想だ」
「へえ、なんだかあなたらしいやり方ですね」
ムッツェリにほめられ、照れくさくなったのかベアールは兜の後ろをなでた。
「いやいや、これは俺の師匠からの受け売りだ。
俺が剣を習った東の大国は戦乱続きで、毎年のように大勢の人間が死ぬ。
それを嘆いた剣の開祖が、弟子たちに向けて本当の戦のあるべき姿を説いた、って話を師匠から教わった」
「それにしても剣すら抜かずに済ます、ですか。
なんだか難しい道ですね」
アゴに手を触れ感心するムッツェリに、ベアールも申し訳なさげな笑い声をもらした。
「アハハハ、実は俺も長年生きててまだその領域に達してないんだよね。
もっともそういった場面にあんまし出くわしてないのもあるんだけど」
するとベアールは何か思いついたかのようにポンと手をたたき、いつもは欠けていない背中の剣を鞘ごと引き抜いた。
「そうだイサーシュ。お前剣の腕はそれなりになったんだから、そろそろこいつをやるよ」
イサーシュとムッツェリの2人は見覚えのある造形をまじまじと観察し、そろって驚いた表情になる。
ムッツェリのほうがつぶやく。
「……『血吸い、一文字』……」
続いてイサーシュは申し訳なさげな目を赤い師匠に向けた。
「師匠、悪いですがこれは受け取れません。
これは一度抜いたら、少量でも血を吸わせなければ鞘に納めることができぬ魔剣。
こんな難しい業物、俺にはまだ早いと思われますが」
「だからだよ。
こういう物を手にするからこそ、お前は身体の芯から活人剣のあり方を覚えるんだ。
強制的に身体に覚えこませろ」
イサーシュは申し訳なさげな表情で、ベアールが突き出す剣を両手に受け取る。
「くれぐれも、状況を冷静に判断して剣を抜けよ。
もし迷った時は鞘ごと相手を攻撃しろ。こいつは鞘も丈夫に作ってあるから」
イサーシュが「ありがとうございます」と言うのを待って、ムッツェリは問いかけた。
「ですが、よろしいのですか?
長年使い続けた剣を手渡して、あなたはいったいどうするのです?」
「ああ俺か? せっかくだから、新しい武器を使うチャンスだ」
そういうと、ベアールは腰に別に差していた見慣れない剣を引き抜いた。
瞬間、2人はおどろいた。
彼の手には同じ造形をしながらも刀身が真っ黒で、日の光を強く反射する剣が握られていたのだ。
ムッツェリが素直に声を大きくする。
「……純正アダマンタイトの、刀身ですかっ!?」
「やっと完成したぜ。つい先日のことだ。
魔界でカタナを作ってる俺のダチが、ようやくこれを持ってやってきた」
言うと、ベアールは黒い刀身を高々とかかげる。
「名づけて、『黒鉄丸』っ!
コイツが俺の新しい剣だっっ!」
周囲から拍手が起こる。
どうやら自分たちはずっとギャラリーから注目を浴びていたようだ。
ベアールはその気になって「いやーそれでもー」としきりに兜の後ろをさすっている。
「なるほど。あなた様の腕力があれば、純正のアダマンタイトでも何も問題はありませんね」
イサーシュの声にベアールは大きくうなずく。
「ひたすら頑丈で、どんなものでも切り裂く!
それがたとえ高度な魔法防具であっても、こいつにかかれば一太刀さっっ!」
「……なるほど、これでお前も準備が整ったようだな。
これで一切のうれいはあるまい」
いつの間にか、そばにファルシス達の姿があった。
ベアールはあわてて「殿下!」と叫んで剣を鞘におさめた。
イサーシュとムッツェリは頭を下げつつ、ファルシスのそばにロヒインの姿があるのを確認した。
彼女はほほえんで軽く手を振った。
「イサーシュ、お前が手に取っている剣は長年ベアールが愛用していたものだ。大切に使えよ。
後くれぐれも誤まった状況で剣を抜くことがないようにな」
「承知しております、殿下」
慇懃に頭を下げるイサーシュに、ファルシスはうなずき返した。
ムッツェリはそれを見て少し不思議な面持ちになった。
以前は目の前の魔王に対して、憎しみのこもった目で剣を振り下ろしたと言うのに。
いまは彼を主君のさらに上の支配者として認め、こうして頭を下げているのだ。
目を閉じればムッツェリもかつてファルシスに向かって弓を放ち、それをあっさりと受け止められたのを思い出す。
なのに今はこうして一蓮托生している。
あの時もすでに絶対的な敵ではなかったが、やはり不思議に思えてならない。
「どうしたムッツェリ。
イサーシュが余に対いてこうべを垂れるのがそんなに不自然か?」
「あ、いえ。なんでも……」
なんとなく、いまの気持ちを素直に伝えるのが気恥ずかしかった。
そんななごやかな雰囲気のなか、スターロッドだけがいらだたしげに上空を見上げる。
「それにしてもまだなのか!
そろそろ船は目的の高度まであがっていてもおかしくないのだぞ!?」
『……搭乗員の皆さまにご連絡しまぁ~すっ!
間もなく当船は天界のバリアフィールドがある高度まであがります。
危険ですので、自信のない人は船の中に隠れてじっとしててくださいねぇ~!
人間のみなさんは何かにガッチリつかまることをオススメしまぁ~すっ!』
スターロッドの孫ヴェルのアナウンスに、何人かがクスクス笑いだす。
スターロッドはいらだたしげに「緊張感がないっっ!」と叫びあげ、甲板の中央に向かってさっそうと歩きだした。
「みなの者っっ! 気を引き締めよっ!
間もなく当船は敵の陣中に入るっ!
馬鹿な孫の声は忘れ、神妙にして来たるべき時に備えよっ!」
さっと手を横に振るスターロッドの声にこたえるように、多くのものがうなずく。
デーモンやダークエルフは顔を引き締め、顔の見えぬ騎士たちはいっせいに剣を引き抜いた。
ロヒイン、イサーシュ、ムッツェリは互いに顔を見合わせ、強くうなずいた。
ロヒインが杖を、ムッツェリが背中の弓に手をかけるのとは対照的に、イサーシュは背中の剣を鞘ごと引き抜くと、ベアールに手伝ってもらい代わりに血吸い一文字を背中にかけた。
そして軽く柄を握るだけで、引き抜かずに終わる。
ファルシスも含め、全員が強い光を放つ太陽に照らされた上空をまぶしそうに見上げる。
『船内アナウンス、ヴェル氏に変わり、ここからは機関長ノイベッドが務めさせていただきます。
当船には上空にあるバリアフィールドを破壊するための、特殊な魔導砲を備え付けてあります。
船首の射出部より強力なビームがはなたれますので、そちら側にいらっしゃる方々は強烈な光に十分ご注意ください』
「くっ! すでに太陽の光で十分まぶしいわっ!
おかげで上のバリアがよう見えん!」
スターロッドはそう叫ぶが、イサーシュはそうではなかった。
「いいえ、よく見れば太陽がぐらついて見えます!
我々はどうやら奴らの結界に近づきつつあるようです!」
『間もなく船首から強烈なビームが放たれます。
震動は少ないため、みなさまあわてることがないようにお願いいたします……』
ノイベッドがいったん言葉を切った。
甲板中に緊張感がもたらされる。
『魔導砲、発射っっっっっ!』
ノイベッドが思い切り声をあげると、船首部分から太陽に負けない強い光がはなたれた。
ファルシス達が顔をそむけるなか、イサーシュはうすら目でその様子を観察する。
選手から放たれたビームは、まっすぐ太陽のある位置を直進する。
太陽に当たった瞬間、グラつく像自体が大きく揺らいで、甲板を照らす光が強くなったり弱くなったりした。
「おいおいっ! 大丈夫なのかよっ?
このままだと太陽がなくなっちまうぜっっっ!」
ベアールのすっとんきょうな叫びに、ファルシスが大声で叫んだ。
「大丈夫だ! 見ているがいいっ!」
光の揺らぎはさらに大きくなり、ファルシスの言葉が信用できなくなるほどになった矢先。
突然周囲の様子がおかしくなった。
太陽の光が突然円輪のように広がって行き、あっという間にファルシス達の頭上を通り過ぎてしまったのだ。
しかし、世界が暗闇になったわけではなかった。
少し弱くなったと思いふたたびもとの位置に目を向けると、彼らの前に信じられない光景が広がっていた。
船の真上に、いくつもの巨大な岩のかたまりが浮かんでいる。
いや空中に浮かんでいる、いくつかの巨大な島々、そのものだ。
消えたはずの太陽はそのさらに上空にあり、いまは大陸のひとつに隠れてよく見えなくなっている。
「……なんということじゃ。
我らが今まで地上で目にしていた太陽は、天界の連中が作り出した偽物だったと言うのか」
スターロッドがぼう然として告げると、ファルシスが叫びをあげた。
「感心している場合かっ!
見ろ、天界の障壁を破られ、敵の軍勢が押し寄せてくるぞっ!」
見れば、雄大な空中大陸のひとつから無数の小さな点が現れる。
黒、と言うより白い色に近い。
スターロッドはすぐさま背中の円環を外し、手に持った。
「いよいよかっ!
我らは未知の相手と戦おうとしているぞ! 気を引き締めよっっ!」




