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第47話 飛空艇~その2~

 ヴァルトの街の中央。

 そこにはとても人間が建てたとは思えないほど、天をつくようにそびえ立つ長い高層建築がある。

 これはかつて1000年以上前に滅んだ古代魔法文明の遺産のひとつで、いまは塔全体にコケがびっしりとおおわれ過ぎ去った年月と威圧感を見るものに感じさせるだけになっている。


「なるほど。つまりヴィーシャ、あんたはそのエキドナっていう魔物が言う別の侵入ルートを探しに、いままで大陸をかけ回って、結局ここにたどり着いたわけだね?」


 問いかけるネヴァダの正面、ヴィーシャは塔の北側に立っているため、逆光に照らされる高層建築の日かげに隠れる形になる。


「ううん、だいたいの目星は、実は以前から付いてたのよね。

 アタシは以前から、このひたすらうず高い塔がいったい何のために建てられてたのか、ずっと気になってたわけ。

 だけど古代の資料をあさっても、他の研究仲間にたずねても誰も答えられなかったのよ」


 ヴィーシャは後ろの塔を指す親指を下ろした。


「でも、それが逆に確信を得させたのよ。

 この塔には、誰にも用途がわからない特別な使い道が隠されてる、ってね。

 もしかしたら、コイツの使い道は当時の文明にとってもトップシークレットだったのかもしれない。

 そう思ったわけ」


 ここでメウノが問いかけた。

 フードをかぶって日かげにいるため、表情はよくわからない。


「でも以前ノイベッドさまと話された時、古代文明の遺産は使い道がわからないとおっしゃってましたね。

 ならこの塔もその一環(いっかん)なのでは?」

「ノイベッドの奴はそう言ったかもしれないけど、プロのトレジャーハンターにしてみれば、確証はできなくとも推理(すいり)はできるのよ。

 今ならノイベッドの家にあった品が、どんなものなのかあてずっぽうで答えられるわ」


 得意げに腕を組むヴィーシャにメウノはさらに質問を飛ばした。


「でも、この塔に関してはそうではなかったと?」

「昔はいろいろ仮説が唱えられていたわ。

 飛空艇の停留所、単なる展望台、何かを見張るための観測所。

 だけどそれがなんなのかを証明する根拠はなに1つ見つからなかったの。こっちに来て」


 手を振りあげるヴィーシャについていくと、彼女は塔の正面まで歩いた。

 近づくと塔の土台は予想以上に大きく、見ていて圧迫感を覚える。

 彼女はそんな丸みを帯びた壁に間近まで迫ると、黒々とした表面のコケに思い切り手をついた。

 仲間たちのほうを向いて眉を吊り上げた。


「この塔、見た限りは入り口がないのよ。

 だから文明復興(ふっこう)後の記録にある限りは、誰も中に入ったことはないわね」


 それを聞き、トナシェが両手を握って声を大きくする。


「それじゃ、わたしたち先に進めないじゃないですかっ!

 軍のみなさんは他の通路を期待してるのに、このまま何もできないって言うんですか!?」

「ト~ナ~シェ。話は最後まで聞きなさい」


 ヴィーシャはうっとうしそうな顔を、まじめな顔に切り替える。


「そ。たしかにこのままじゃムリね。

 だけどアタシは直感してた。

 きっとこの塔が、天界を攻略するための絶対的な切り札になるってね」

「記録にないだけかもしれないが、古代文明の人間たちが天界と交流を持っていたという事実はない。

 この塔が当時の文明にとってそれほど特別だったという確証はないぞ」


 チチガムが言うと、ヴィーシャは皮肉まじりの笑みで首をかしげた。


「さあ、それはどうかしら。

 かなり調べにくいことだったんだけど、アタシはこの塔がそもそも誰によって建てられたものなのか探る必要があったの」


 そしてヴィーシャは塔のほうを向いて、そのまま見上げた。


「当時は魔法を使った記録がメインだったのか、詳細な記録は残ってない。

 だけど、この世界には当時の文明に関する、いくつかの伝承くらいは残ってる。

 記録は抹消(まっしょう)できても、人々の記憶までは完全に消すことはできないってね」


 メウノが少しおどろいた声をあげる。


伝承(でんしょう)を調べたのですか?

 私が聞いている限りでは伝承などというものは、口頭で長く言い伝えられ続けてきたためにかなり支離滅裂(しりめつれつ)な内容になっていて、あまり参考にならないと思っていましたが……」


 そんな彼女にヴィーシャはうんざりした顔を向けた。


「だーかーら調べにくかったって言ってんでしょうが!

 なにがなんでも食いつく必要があったアタシには、トレジャーハンター仲間がさじを投げた事柄でも貪欲(どんよく)に調べる必要があったの!

 ま、その甲斐(かい)あって気になることが見つかったんだけどね」


 トナシェが目を輝かせて「本当ですか!?」と背伸びした。

 相手はうなずく。


「数ある伝承の中に、こんな記録があるの。


『神々に選ばれし高貴なる一族、深き(いまし)めをもって神聖なる(いしずえ)(きず)く』」


「その一文を読んだだけで、あんたはこの塔に何か関連があると思ったわけ?」


 ネヴァダが首をかしげると、ヴィーシャはあっさりとうなずいた。


「この伝承だけ、他のものと毛色がちがったのよ。

 他のは事実が元になっているせいか古い言い伝えのクセに妙に現実味を帯びた内容だったりするんだけど、このあたりだけ妙にメルヘンチックな記述だったりするのよね。

 天界におわす神サンたちが関わっているせいもあるんだろうけど」


 ヴィーシャは巨大な壁をパンパン叩いた。

 表面のコケから少量の水しぶきが飛ぶ。


「アタシはその『高貴なる一族』っていう奴を調べることにした。

 すると面白いことがわかったの。これを見て」


 ヴィーシャは腰に下げているポーチから、メモ帳を取り出した。

 自分の利き手がぬれていることに気づき、それをうっとうしそうに服でぬぐいながら、メモを開いた。


 メモの中には、いくつかのエンブレムのようなものが描かれている。

 どれも幾何学(きかがく)的な、非常にスマートなデザインをしている。


「大陸中にある、古代の遺物に描かれていたマークよ。きっと製造元を現す印字ね。

 その中のひとつに、これまた奇妙なものがあるの」


 ヴィーシャが指差すマークのみ、なじみぶかいエンブレムのようなものが描かれていた。

 細かく4つに仕切られた盾のわきに、角の生えた馬と南大陸の大平原に住んでいる『ライオン』と言う動物が描かれている。


「……あれ? このマーク、どっかで見たことがあるような……」


 トナシェが首をかしげると、ヴィーシャはあっけらかんとして言った。


「これ、ベロン王家の印章なのよ」


 全員が押し黙った。

 街の喧騒(けんそう)と鳥の鳴き声が聞こえるなか、仲間たちはいっせいにヴィーシャに目を向けた。


「「「「……ええええぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」」」」

「そんなに大声立てないでよ。

 まあ、ビックリするのも無理はないけど」


 トナシェがワナワナしながら目の前の元王族を指差す。


「そ、それじゃ、ヴィーシャさん……

 ヴィーシャさまはこの塔を建てた、し、子孫っっ!?」


 ヴィーシャは見事なしたり顔で両手の甲を腰につけた。


「えっへん。ベロン王家の歴史はひっじょーに古いのです。

 さかのぼれば、古代魔法科学文明における有力者の末裔(まつえい)であるという言い伝えさえあります」

「なるほど、だとしたらベロン王家がこの街の南方に王国を建てたとしても不思議ではないな。

 ここヴァルトにはかつて別の王国が栄えていたが、おそらくはベロン王家がこの地を守っていたのを、追い出したのだろう」


 チチガムが整えられたアゴヒゲをさするのを見て、メウノもうなずいた。


「そして飛空艇(ひくうてい)をはじめとして、旧ヴァルト王家は当時の遺産を引き継いだ。

 今さらになって、その末裔であるアンデッドのレイスルを(ほうむ)らなければならなかったのが()しまれますね」


 当時の恐怖を思い出したのか、メウノは身震(みぶる)いする。

 ネヴァダが問いかけた。


「当時の王家じゃなくても、軍に捕らえられているウッドエルフたちは何か知らないのかい?

 いや、さすがにヴァルト王家に関する情報はムリか」

「おいおいおいおいおい、キミたちなに勝手に盛り上がってんだい。

 そいつらに話を聞かなくても、いまここに塔を建てた人の末裔(まつえい)がおりますがな」


 仲間たちがヴィーシャのほうを向くと、いっせいに「「「「あ、そっか」」」」と言った。

 ヴィーシャはあきれかえるように額に手を当てたが、すぐに笑顔に戻った。


「となれば話は簡単。

 この塔に関する資料はベロンの方にもあるはずだから、ホスティに頼んで城の中を調べさせてもらったの。

 ま、アタシが王族じゃなくても元盗賊(とうぞく)のこの腕があれば錠前破りなんて朝飯前だけどね。うひひひひ……」


 彼女の下品な笑みに、トナシェが「こ、怖いです……」と完全に引いていた。


「でもま~いろいろ資料の多いこと!

 あれこれ調べているうちに、こっちもずいぶんくたびれちゃって、あ~すっごい骨が折れたっ!」


 ヴィーシャがわざとらしく肩に手をおいて首を回していると、ネヴァダはじれたように問いかけた。


「で、目当ての資料は見つかったのかい?」

「もちろん! ずいぶん紙がくたびれてる状態だったけどね!

 でもここはトレジャーハンターの意地にかけて、がんばって解読してやったわよ!」


 拳を握るヴィーシャは、そのままポーチの中に手を突っ込んだ。


「で、それを参考に、城の宝物庫で見つけたのが、じゃんっ!」


 ヴィーシャが取り出したのは、無骨な形をした石造りの彫刻(ちょうこく)だった。


「これ、なんだと思う?

 実は、いまあたしたちが目の前にしてる、この塔の壁とおんなじ材質でできてんだよね」


 それを聞いたチチガムが片手の拳で反対の手のひらを叩いた。


「なるほど!

 じゃこれが、塔を開けるためのカギになるんだなっ!?」


 ヴィーシャは満面の笑みでうなずいた。


「それはもう間違いないっしょ!

 でこっからが頼みになるんだけど、おそらくはこの塔のどこかにこの石をはめ込むためのくぼみがあると思うの。

 悪いけど、それを手分けして探してくれない?」


 それを聞いたトナシェが、塔のほうに目を向けてうんざりした顔になった。


「え~っ!? こんなコケがびっしり生えた壁の中を探すんですかぁ~!?

 ネチョネチョして気持ち悪そうだなぁ~……」

「……トナシェ、あんたが手伝う必要はないわよ?」

「ん? なんでですか?」

「だってあんた子供じゃん。

 そういえばしばらく見ないうちにちょっと背が伸びたみたいだけど、それでもあたしたちが探すべき壁の高さまでは届かないわよ。

 目当てのくぼみはきっと大の大人が正面からはめ込む位置にあるはずだから」


 トナシェは「あそっか」納得して手をポンと叩いた。

 他の3人はいっせいにうなずく。


「よし、壁のくぼみを手分けして探そう。

 ネヴァダは左手を、メウノは右手を。裏手は俺がまわろう。

 正面はヴィーシャが探せばいい。それぞれ時計回りに壁の表面を探ってくれ」


 女性3人の返事を待つと、最後にトナシェを見下ろした。


「トナシェは周囲を見張っていてくれ。こっちは壁を探すのに夢中になっているはずだからな。

 何かあったらすぐに声をあげろ」

「わかりました! 気をつけてまわりを確認します!」


 トナシェの返事にうなずき、「すぐにとりかかろう!」の声で、4人が散開した。





 ついにノイベッドから報告があがった。

 飛空艇の整備、完了。


 理論上では確実に空を飛べるのだと言う。

 置かれた場所が地下であるために試験飛行はできないのだから油断はできないが、殿下は「なんとかなるだろう」と言ってすぐに乗り込んでしまわれた。

 我ら幹部勢も仕方なくそのあとを追い、デーモン族やダークエルフ、人間兵の精鋭中の精鋭が続いた。


 この船に乗り込める人数は、せいぜい3000名。

 おそいかかるであろう天界の軍勢に比べれば少なすぎるが、まずはこれを魔物たちの召喚で間に合わせる。

 召喚のすべを知る者たちにはかなりの負担になるだろうが、いたしかたない。


 勝敗を分けるのは、やはり地上に残った人間どもだ。

 飛空艇とは別のルートを開拓しなければ、人間兵の支援は望めない。

 中にはそれをよしとする者どももいるだろうが。


 とにもかくにも、我々はついに出発の時を迎えようとしている。覚悟を決めなければならない。

 しかしその前に我々が身を預けるこの船が、途中で事故にあってはとんだお笑い草だが。

 今は無事の出発を祈るしかあるまい。


 戦いが、ついに始まる。

 3つの世界の命運をかけた、最初で最後の戦いが。

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