第47話 飛空艇~その1~
その日ヴァルト城跡の広場前に、多くの兵が集められていた。
相当な人数で、小さな広場では収まりきらず薄緑色の葉が生えはじめた木々にまで及んでいる。
それでも、騎士たちは整然と列を組んでいる。
左からおよそ半分が黒一色で、右手はいくつかの色に別れまるで虹色のように見える。
その前方、少し開かれた場所から、どう見ても人とは思えない異形が現れた。
一見すると巨大なヘビにも見えるが、胴体部分はしなやかな人の女性フォルムをしている。
そこから2つのしなやかな腕を生やし、頭部は鎌首を横に伸ばしながらも人にかなり近い顔立ちをしている。
人の表情からのぞく金色の瞳が、さっと隊列のほうを向いた。
「魔王軍魔界大隊所属、『縛り女のエドキナ』であるっ!
事前通達にある通り、今日よりわたしがお前たち人間軍の司令官となったっ!」
常日頃訓練を受けているはずの兵士たちが、わずかにどよめいた。
エドキナは片手をさっとあげ、容赦なく「静粛にっ!」と声を張り上げた。
「我が任は魔王ファルシス殿下御直々にたまわったものである!
殿下への忠誠を誓うならば、以後はわたしの命に忠実に従うようにっ!」
前兵士がいっせいに胸に拳を当てた。
「「「「我ら、厳命を持ってあなた様に従いますっっ!」」」」
連合軍側には不満に思うところもあるだろうが、さすが統制されているだけあってそれを見せることはなかった。
エドキナは満足そうな笑みで、引き締まった細い腰に両手をそえる。
「よろしいっ! なかなかの統率ぶりである!
さぞや殿下もお喜びになるであろうっ!」
しかしエドキナは顔に怒気をみなぎらせて、一層声を張り上げた。
「だがまだまだ不足だっ!
我らとは違い、殿下にあだなす天界軍はより一層の統率力を持って我らのまえに立ちはだかるっ!
奴らに打ち勝つ強固な軍を作り上げるためには、より厳しい規律が求められるだろう!」
エドキナの鎌首が、右手のほうを向いた。
「特に連合軍っ!
貴様らは今回の遠征に対し、いろいろ思うところがあるようだなっ!
無理もなかろう! お前たちの目的は己の国を守るためであって、偉大なる魔王殿下のお役に立つことではないのだからなっ!
さぞや忠誠心もそれほどではあるまい!」
連合軍代表となるランドン国将軍、ディンバラがきれいな所作でエドキナを向き、胸に拳をかかげた。
「めっそうもありませんっ!
我らが君主一同殿下への忠誠を誓った以上、我らの命は殿下のものでありますっ!
この命、お好きなようにお使いくださいっ!」
心なしか、連合軍側に殺気立つ気配があった。
やはり彼らの中には、あくまで国家防衛のほうが先に立つ者たちが多いのだろう。
ディンバラ自身も本心とは思えない。
「そうか! わが殿下のために命を捨てるかっ!
ならば今すぐ、ここで果てて見せよっ!」
「そういたすこともできますが、お言葉ながらわが命、戦場にて捧げたくございます!
わが命は天界の軍勢と戦うためのものであります!」
ここでエドキナは振り上げた尻尾を草むらに思い切り叩きつけた。
「フンッ! 貴様らが戦うのは人間ではないのだぞっ!?
脆弱な身の分際で、神の手勢に勝てるわけがなかろう! 身の程を知れっ!」
一瞬、ざわめきが起こったような気がした。
おどろいたことに帝国軍のほうからもあった。
ファルシスが任命した以上、もっと手心を加えるような指揮官だと思っていたようだ。
だが、一切容赦するつもりはない。
エドキナは続ける。
「特に連合軍っ! 貴様らは帝国軍兵士に様々な不満を持たれていることに気付いていないのかっ!
過去の因縁のことではないっ! 貴様らの規律に対する心構えだっ!」
エドキナは連合方面へ、びしっと先のとがった人差し指を突きつけた。
「甘すぎるのだ貴様らはっ!
帝国軍とともに殿下のお役に立とうとする以上、貴様らのほうが帝国軍にあわせねばならぬのだっ!
貴様らの国が仕立てた規範はぬるすぎるっ!
これからは帝国軍規範をわが規範と定め、それを身命を賭して守れっっ!」
ここでディンバラのとなりに立つ騎士がこちらを向いた。
ランドン騎士団長のランゾットと聞いている。
「お言葉でありますが、我らランドン国『青紋騎士団』は個人の実力を重視した部隊!
魔族との戦いを想定して設立された騎士団ゆえ、常日ごろの鍛錬を怠ってはおりません!
決して生ぬるい訓練を騎士たちに課しているわけではないゆえ、どうかお許しくださいっ!」
となりのディンバラはいさめるような言葉をかけるが、ランゾットは首を振る。
「……バカめっっ! だから生ぬるいと言っているのだ貴様はっっ!」
一層声を張り上げたエドキナの声を聞き、ランゾットがわずかに身じろぎする。
「相手は無軌道な我ら魔物ではない!
厳密な統率がほどこされた、天界の軍勢だっ!
統率された奴らに対抗するには、こちらも統率を持って立ちむかうよりはないっ!」
さらに、エドキナの顔には相手を嘲笑するような表情が浮かんだ。
「個人の実力っ!? ハッ! 知ったことかっ!
お前たち人間ごときで、それ以上の力を持った天使どもにかなうはずがないっ!
いくら体を鍛えようともそれは同じことだっ!
あきらめてかよわい人間らしく、
“我ら魔族の盾となって散り果てよ”っっ!」
エドキナはとうとう本音をさらした。広場中からざわめきが起こる。
どうやら新しい司令官の方針を知り、ファルシスに裏切られたと思った者たちもいるようだ。
これに完全に怒ったのはランゾットだった。
ディンバラが制止する間もなく肩をいからせながら前に進み出て、エドキナの少し前でひざまずきながらも怒りの表情を隠さない。
「ならば、あなた様の軍から我が青紋騎士団をお外しくださいっ!
我らはこれより、ロヒインさまの指示を仰ぎたく存じますっ!」
エドキナはするどい瞳孔をさらに細め、ひざまずくランゾットをにらみつけた。
「あらゆる人間に例外などないっ!
貴様ら人間どもはこれよりずっとわたしの兵だっ!
他の何人なりとも、穏健派の生ぬるい連中には引き渡さんっ!」
威圧感がすさまじかったのか、ランゾットがひるむ。
フン、しょせんは人間か。
「……しょ、承知できませんっ!
たとえ我が陛下が忠誠をお誓いした魔王の、直々に指名された司令官であっても、魔物どもの捨て駒となって命を落とすのはお断りしますっ!」
おびえた表情ながら、ランゾットが本心をさらした。
エドキナは目を剥いたまま口の端を吊りあげた。
「ほうっ!
そこまで言うのなら、貴様命を失う覚悟はできているのだなっ!?」
ここでディンバラから制止の声がかかった。
「お待ちくださいっ!
急な方針転換のため、ランゾットめも激しく動揺しているのですっ!
なにとぞご容赦をっ!」
「容赦っ!? バカめっ! 指揮官はわたしだっ!
自らの兵をどうしようが、それはわたしの自由だっ!」
「ランゾットめは不足がありますが、その人望ゆえ我が騎士団を一手に担う人材でありますっ!
彼を失えば、我が騎士団の指揮に関わりますっ!」
エドキナは素早く動いた。
長い尾を素早くくねらせてランゾットとの距離を詰めると、するどい爪を伸ばした手で相手の首をつかみ上げた。
重厚な鎧に身を包んでいると言うのに、軽々と身体を引っ張られたランゾットは思わず「ひっ!」と言う声をもらす。
「貴様が騎士団長だとっ!?
そのようなおびえた目でよくそのような肩書きが背負えるなっ!
安心しろ、貴様の代わりなどいくらでもいるっ!
たとえいくら実力があろうが、高い地位があろうが、人間はしょせん人間!
わたしから見ればどれも同じだっ!」
それを侮辱とみたのだろう、ランゾットの顔にわずかに怒りがみなぎった。
「こ、この……バケモノ、め……」
それを聞いてエドキナはむしろ危機とした表情を浮かべた。
「ほうっ! とうとう本心が出たなっ!?
そこまで言うのなら、いいだろう!
お前が言うその化け物としての力、存分に味わうがいいっ!」
エドキナの鋭い瞳が、一瞬まばゆい光を放った。
それをまざまざと凝視してしまったランゾットが、とたんに動揺した目つきになる。
「か、からだ……が……」
「見たか、我が魔力の真の恐ろしさを。
わたしの魔眼は目を合わせた相手の動きを完全に奪うことができる。
目を合わせた以上、貴様は一切の自由を奪われるのだ」
そう言ってエドキナは騎士の身体を思いきり草むらに叩きつけるが、ランゾットは身じろぎもできず、ガタガタと震えることしかできない。
エドキナはすばやく動いた。
ランゾットの真上を陣取り相手をあおむけにすると、両手を強く握って上から思い切り叩きつけた。
「ごほっ! ごほっ! ぐはぁっ!」
そこからエドキナはさらに拳を鎧の胴へと叩きつけていく。
矢継ぎ早の連続攻撃に、ランゾットの身体が小刻みに動く。
それでもランゾットは一切抵抗ができない。
「おやめ下さいっっ! おやめ下さいっっっっ!」
ディンバラが上ずった叫びをあげると、エドキナはしたり顔を全軍に向けた。
「どうだっ! これでわかったかっっ!
貴様らが心中でどう思おうが、我が命令は絶対っっ!
あらためて言おうっ! 貴様ら、このわたしに忠誠を誓えっっ!」
兵士たちは乱れかけた隊列をきれいに整え、いっせいに胸に拳を当てた。
「「「「我々人間軍一同、あらためて司令官さまの命令に従いますっっ!」」」」
1人ランゾットだけが、その場にひざまずいて嗚咽をもらし続けている。
「……何をなさっているのですっっ!?」
エドキナは即座に声の方を振り向いた。
いまいましい、案の定あの元人間の娘がやって来やがった。
「やはりあなたの目的は、人々を恐怖で支配することだったのですねっっ!?」
怒り心頭といった表情でエドキナを押しのけると、悶絶しているランゾットの身体を抱きかかえ、こちらをにらみつけてきた。
エドキナはむしろ得意げに笑う。
「それがどうした?
我ら魔族は、人間たちに恐れられなくてはならん。
貴様のように生ぬるい態度で接すれば、いずれは大きな禍根を残すことになるぞ」
「違うでしょう? 目的は人間より優位に立つことへの愉悦でしょう?
どうしてっ!? あなたのような薄汚い野心を持つ者を、どうして殿下はお選びになったのかっ!」
ロヒインめは言葉巧みに兵士たちの関心を得ようとしている。
そうはさせない。
エドキナは自らのふくよかな胸の谷間に向かって、思い切り手のひらをたたきつけた。
「その通りだっ! 殿下がお選びになったっ! わたしをお選びになったのだっ!
殿下の命があった以上、お前はわたしに対して一切の口出しをすることができぬっ!
不満があれば殿下に直々報告するがよいっ!」
「そうさせていただきましょう」そう言いながら、ロヒインは連合軍のほうを向いた。
「青紋騎士団の方! どなたかランゾット様を安全な場所へ!」
プレートに青い紋章を記した騎士たちが進み出ようとしたのを、エドキナが片手をあげて制止する。
「いいや! 介抱は黒鋼騎士団に命ずる!
この愚鈍な騎士団長を丁重に扱うように!」
ロヒインは振り返り、おどろいた顔を向けた。
エドキナは一瞥したあと、向かってきた黒騎士たちに告げる。
「本当に丁重に扱うのだぞ? お前たちのやり方ではなくてな。
もし連合側が不満に思うことがあれば、軍の対立が深まるからな。
ぞんざいにではなく、あくまでも厳しく接しろ」
代表の者が「かしこまりました」と言い、ロヒインには「ささ……」と告げてどかす。
4人がかりで騎士団長の手足を持ち上げ、連れていった。
エドキナは、あらためて全軍に向かって片手を振りあげた。
「細かい指示は、黒鋼騎士団に一任するっ!
連合軍、彼らの厳命に素直に従うよう心掛けよっっ!」
「「「「かしこまりましたっっ!」」」」
連合軍の合わせた声に、エドキナはうなずいた。
「我が命はもって伝えたっ! 一同、解散っっ!」
解散、と言われてもなお軍は規則正しく移動していく。
だが連合兵士たちからは鎧のかち合う音に混ざってわずかにざわめきのような声が聞こえる。
エドキナは得意げな笑みを浮かべ、両手を腰にすえた。
「今はまだ大いに不満が残るだろう。
だがいずれ、奴らはわたしの意図に従い強固な軍に仕上がるはずだ。
さぞや我ら魔族軍の、良き盾になるだろう、クククク……」
「我が意を得たり、ですか……」
その場にひざまずいたまま、ロヒインは前方をにらみつけている。
エドキナはそんな彼女を上から見下ろす。
「お前は元人間だから、奴らに感情移入するのだ。
だから奴らに必要以上に同情するな。
お前では亀裂の入っている奴らの溝を埋められまい」
ロヒインはこちらを見上げた。
どこかあわれむような目つきになっている。
「あなたこそ、人間を知らなすぎる。
人間は、力で押さえつけて素直に言うことを聞く動物ではないのです。
魔物とは違う」
「そうかもしれんな。だがそれは殿下も同じだ。
お前はそんな人間に対して無知な者たちに、己の魂を売りはらったのだ」
ロヒインは草むらに目を落とし、静かに首を振り始めた。
「殿下、なぜ、このような……」
「ククク、殿下もようやく物事の本質を理解し始めたのだ。
人間たちを甘やかさず、厳しく律してこそ真にあるべき立場で向き合える、そのことにな」
そしてロヒインの肩に手をおいた。
相手は身じろぎして振り払おうとしたが、こちらも強引につかんだ。
その肩がプルプルと震える。
「いいかロヒイン。
我らは奴らからすれば、バケモノだ。お前が昔世話になった騎士団長が言うようにな。
奴らは本質的には、我らを恐れる。
たとえ殿下がどのように寛大な態度で接しようともな。
殿下がこれからも人間たちの庇護者であろうとするのなら、距離を置いて上下を区分しなければならない。
対等な立場などありえない。
我らは魔物と人間とをへだてる、身分制を設けるしかないのだ」
そう言って、エドキナはロヒインのそばを離れた。
少しだけ振り返ると、ロヒインはいまだにひざまずいて草むらを見下ろし続けていた。
戦いが始まろうとしている。
わたしが黒騎士たちに簡単な命令を下し、彼らはそれに従って自らと連合兵たちを厳しく律する。
残り時間は少ないが、地上を旅立つころには強固な統率力を持つ大隊に仕上がっているだろう。
我が計略はまずまずだ。
殿下とロヒインの間に、わずかに亀裂が生まれようとしている。
殿下は他の幹部とも距離を置き始めているようだ。
ベアールが「まるで以前の殿下に戻ったようだ」ともらしていたのを聞いて、わたしはひそかに愉悦に浸った。
それだ、それでいい。
あるべき魔王と言う者は、自らと他の者とに一線を引くことだ。
たとえ孤独になろうとも、決して他者と群れることがあってはならない。
気にかかるのは、わたしに助言を下したヴェルゼックの姿だ。
あれ以来、奴はわたしの前にほとんど姿を現さない。全部隊を通しても奴の姿を見るのはまれなようだ。
おそらく奴は、しばらくの間わたしに自らの代わりを務めさせるつもりなのだろう。
奴に操られたようになるのは気に食わないが、いまのところはその意図に逆らう気はない。
魔王軍野営地から少し離れた、ヴァルトの街。
ここに、しばらく顔を合せていなかった面々が、久しぶりの再会となった。
街の中心にある繁華街の大きな酒場の入口から、年端もいかぬ少女の姿が現れた。
2人づれの男性が後ろに立っているが、本人は慣れぬ環境のためか、キョロキョロとあたりを見回している。
「お~~~~~~いっ!
こっちよ『トナシェ』ッ! こっちよこっちっ!」
声のする方を向くと、少女の顔に笑みがこぼれた。
「ヴィーシャさんっ! それと、みんなっ!」
彼女は急ぎ足で進み出て、とあるテーブルの前で止まった。
赤と黒の衣装を身にまとった細身の女性が、眉をひそめた。
「おっそぉ~~~~いっ!
まったく、迷子になってたんじゃないでしょうねぇ」
トナシェは後ろにいる2人の男性に目配せする。
「1人じゃないから、大丈夫ですよ。
ただ安全なう回路を通ってきたので、時間はかかっちゃいましたけど」
随伴の男性が頭を下げた。
「それでは私たちは失礼します。
最後に野営地に立ち寄り、バンチア軍に安全をご報告してから帰ります」
トナシェはこっくりとうなずいた。
「ありがとうございました。
バンチアに帰りましたら、父によろしく伝えてください」
随伴たちが頭を下げ酒場を去っていくと、トナシェはあらためてテーブルのほうを向いた。
「これだけ、ですか……」
彼女ががっかりするのも無理はない。目の前にいるのは、
招集したヴィーシャ、
屈強な肉体をほこるチチガム、
女だてらにたくましい身体つきをしたネヴァダ、
豪華なローブにフードをまぶかにかぶったメウノしかいない。
かつて勢ぞろいしていた半分だ。
チチガムが申し訳なさげな笑みを浮かべて言う。
「心配するな。ロヒイン、イサーシュ、ムッツェリは軍の中にいる。そのうち合流できるさ。
だが肝心のコシンジュは……」
トナシェは頭の中に、自分と3つしか歳が離れていない一行のリーダーを思い浮かべていた。
「コシンジュさんは、来ないんですね。
せっかく会える日を楽しみにしてたのに……」
コシンジュの父であるチチガムが言う。
「あいつは、まだやることが残っているんだそうだ。しばらく山にこもったきり出てこない。
なにをやってるかもわからない。無事でいるといいが……」
それを聞いたヴィーシャもうんざりした顔になっている。
「まったく、何やってんのよ。
もう今日にも飛空艇がお空に旅立つってのに、あいつ間に合わせるつもりなんてあるのかしら」
「あら、トナシェちゃんまだ立っているの。
遠慮せず、こちらに座りなさい」
メウノがフードの中から笑みを浮かべ、椅子をテーブルから引き下げた。
トナシェは頭をペコリと下げ、飛び上がるようにして椅子の上に腰かける。
それを見たヴィーシャが目をパチクリさせて言った。
「どちらかっていうと、メウノ、あんたの方がやってこないんじゃないかと思ったけどね。
すっかり有名人になっちゃって、音沙汰もないから正直あきらめかけてたわよ?」
ここでネヴァダがテーブルに身を乗り上げた。
「そうそう、聞いたよ。あんたかなり評判になってるらしいじゃないか。
『カンタ修道院の奇跡』って名目で、大陸中から取りざたされてるみたいだね」
メウノはフードをさらに押し下げ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「事情は聞いたが、それでもおどろいたな。
まさかヴィクトル神が、君にそのような力を分け与えるとは」
チチガムの声にトナシェが振り向くと、横からヴィーシャが小声で説明した。
「そうなんですか! やはりヴィクトルさまはわたしたちにお味方してくださるようですね!
ですが、本当にそれで大丈夫なんですか?
メウノさんはもともと有名人です。
そのような方に特別な恩寵をほどこして、あの恐ろしいフィロス神がだまっているでしょうか」
「わからんな。ましてや彼女はこれから天界に向かう身だ。
メウノが名目上魔王軍につく以上、ヴィクトル神の御身が無事で済むとは思えない」
チチガムが難しい顔で腕を組むと、メウノはやんわりと首を振った。
「わたし1人にできることは、限られていますから。
出来ればこれまでのように諸国を回って病の方々をたずねたいのですが、やはりどうしても気になってしまって……」
「いや、君は我々の戦いにどうしても必要だ。
天界との戦いは熾烈を極めるだろう。
きっと君を必要としている者たちもたくさん現れるはずだ。
気がかりなのはやはりヴィクトル神だが、あの方がこうされると決めた以上、我々の心配は無用だろう」
チチガムがまとめると、ネヴァダがテーブルにあごをついてヴィーシャのほうを向いた。
「それより、本題に入ろう。
ヴィーシャ、あたしたちをわざわざここに呼び出したのには理由があんのかい?」
そこで相手は得意げな顔をして人差し指を立てた。
「そ。それを言う前に、集まったところ悪いけどみんな外に出てくんない?」
トナシェ以外の3人が、小さな少女に目を向けた。トナシェ本人は笑って首をすくめるしかない。




