第4話 白亜の都~その3~
城門の前まで着くと、斜めがけに装飾が施された巨大な鉄の格子扉はなぜか下に降ろされていた。
「これ、拒絶されてるわけじゃないよね。
どんどんせり上がっていくうちに、なんか変なものが見えてきそうな気がするんだけど……」
行ってるうちに扉がゴロゴロとうなりをあげ、上に開かれていった。
そこにはおびただしいほどの兵士たちが隊列を組み、勇者たちを出迎える。
兵士たちの上に巨大な横断幕が現れる。こう書いてある。
“大歓迎! 勇者御一行様!”
「あ、いや。ここまで歓迎してもらわなくて結構です」
「「「「ようこそ勇者さま! 我々兵士一同、感激をもって皆さまをお迎えいたします!」」」」
一斉に叫んだ兵士たちは統一された見事な動きで、2つにわかれて道をつくる。
そこには真っ赤なカーペットが敷かれている。上からは何やら紙吹雪のようなものが飛んでくる。
「す、すごいですね……」
ロヒインがあ然としてつぶやく。メウノはもう言葉もない。
「い、いや。城のみんなオレのこと知ってるでしょ。
こんな待遇されると本当にどうしたらいいから困るんだって……」
「おい、何をボサボサしてるんだよお前ら。さっさと行くぞ」
ところが、そんなコシンジュ達をよそにイサーシュだけはズカズカと前に進んでいく。
「おいイサーシュ待てって!
お前の親いろいろあったからってよくそこまで平然としてられるよな!」
3人はあわててそのあとを追いかけた。
メウノがそれを聞いて「親?」と首をかしげた。
コシンジュが左右に向かって何度も「ごめんね」というなか、イサーシュはまっすぐ赤いカーペットの上を突き進む。
その向こうには、豪華な衣装を身にまとった国王一家が待ち構えていた。
右に大臣と王妃、左に王子と姫をわきにひかえ、王冠をかぶり白いひげをたくわえた国王が中央に立つ。
「よく来たな勇者一行よ。特にコシンジュ。またしばらく見ないうちに成長したようだな」
「きょっ! マジで恐縮ですっ!」
それを合図に4人はその場にひざまずいた。国王は手を振った。
「そこまでかしこまらなくてもよい。お主は神々に選ばれた勇者。
本来なら我ら王家と同列の存在なのだぞ。お主の先祖が我が地位に立っていてもおかしくない」
「めめめっ、めっそうもありませんっ!」
国王の横にいた金髪の王子があきれたように声をかけてくる。
「コシンジュ。
前に来た時は失礼なくらいにフレンドリーだったのに、今日はなんでカミたおしながらかしこまっているんだ?」
「い、いやだって。
ここまで熱烈歓迎されるのは初めてのことなんで、正直どこまで接していいか具合がわかりません!」
「みなさん、お顔を上げて。
このような場所で立ち話もなんですから、まずはおあがりなさい」
おしとやかという言葉がよく似合う、華やかな衣装を身にまとった王妃が大広間に続く扉に向かって手のひらを向ける。
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃ!」
王子の横に立つ姫がうふふふと笑うと、それを合図にしたかのように国王一家は先に中へと入っていった。
4人はお辞儀しながらそのあとに続く。
大広間にあった階段を登り終えると、国王はその奥にある玉座に腰を下ろした。
一家がそのあと左右に並ぶ小さめの玉座に腰を下ろすと、国王は目の前の広場を指し示した。
「ひざまずかなくてもよい。とりあえずこちらまで来て横に並んでくれ」
4人がゆっくりと歩くと、兵士の1人がしきりに前へと行くよううながす。
「もっと前まで来てもらっていいですよ」
「いや、ちょっとカンベンしてください」「いいからいいから」
すると国王一家が座る位置は目前にまで迫っていた。
コシンジュたちはどぎまぎしながら横1列に並ぶ。
コシンジュはトゲつきの帽子を、ロヒインは黒いとんがり帽子を脱いだ。
イサーシュ1人だけが平然としている。
国王がざっくばらんとした表情でコシンジュに目を向ける。
「久方ぶりだなチチガムのせがれよ。
かつての父親のような腕白に育ったと思いきや、よもやお主のほうが勇者に選ばれるとはな」
「あは、あはははは。な、なんででしょうね……」
「どれ、早速だが例の武器、見せてもらえんか?」
コシンジュは頭を下げつつ背中に背負った棍棒を取り出すと、両手に乗せて国王の前に差し出した。
「ほう、これが……」
国王一家が熱心に見入る。コシンジュは思わず手先が震えだした。
ロヒインは「落ち着いて。手が震えて武器がよく見えないよ」というが、コシンジュは「ムリ」と言うばかりだ。
「確かに、この細部に施された銀細工。我が国の職人ではここまでこらせませんね」
王子が関心深げにあごに手をやる。
なぜかコシンジュは彼に頭を下げると、相手は面倒くさそうに手を振り上げた。
「でも、これって……」
なぜか横にいた姫が声をひそめて笑いはじめた。王妃がたしなめる。
「これ。神々が授けた品を笑うものではありませんよ」
「すみません。でも棍棒って、たしかにコシンジュさんにはぴったりなんですもの」
「あらホント。まさしくコシンジュにはぴったりの品だわ。
チチガムのような一流の剣士はかえってもてあましてしまうのかも」
そう言って家族全員が笑いはじめた。
それを聞いたコシンジュは顔を真っ赤にしてうつむく。
「これはすまなかった。もう下げてもよいぞ」
コシンジュはうつむいたままうなずき、ふたたび棍棒を背負った。
「うむ、これだけの品を授かれば、大抵の魔物は問題にならんだろう。
コシンジュ、本当にいいものをもらったな」
「あ、ありがとうございます」
「勇者という責務は、大抵の者にとって耐えがたき重荷であろう。
神々がお主を選んだのも、よほどのお考えがあってのことであろう。
それを信じよ。そしてあまり思い詰めるなよ」
コシンジュが頭を下げると、国王は横にいる魔導師に目を向けた。
「お主は初めてであるな。話は聞いておる。
大陸中に聞こえる大魔導師、シイロ自慢の弟子だそうだな」
魔導師は丁重に頭を下げた。
「お初にお目にかかります国王陛下。
わたくしの名はロヒイン、隣国キロンにある大魔導院から、師シウロに連れ添って勇者の村にやってまいりました。
まだまだ修行中の身でありますが、勇者の供としてのお役目、喜んで引き受けさせていただきます」
「かまわぬ、よきにはからうがよい。
突然だが、お主の師と我が宮廷の魔導師との仲は聞いておるな?」
ロヒインがうなずくと、国王は適当な場所に目をやり白いアゴヒゲに触れた。
「あの男にも困ったことだ。
安心するがよい。余が奴によく言って聞かせた。
というより奴のほうがお主に会いたがっておらんようだ。
失礼な話だが、お主らの前には姿を現さんことだろう」
「かまいません。このような場所では魔術の指南も難しいでしょうから」
ここで、国王はロヒインのとなりを飛ばしていきなりメウノに目を向けた。
「お主は確かカンタ大聖堂の……」
「メウノと申します。国王陛下、お久しゅうございます。
とはいっても司祭様に連れ立っての複数の供のうちの1人にしかすぎませんでしたが」
「よい、顔はよく覚えておる。
女性ながらしっかりした働き、見事であった。司祭殿がお主をつかわすのも納得できようというものだ」
「めっそうもありません。
民衆の父である陛下に、一庶民であるわたくしがそのような言葉をかけていただくとは……」
メウノは感動して涙声になっている。
ただ顔をしかめても目が小さいので本当に泣いているのかよくわからないのだが。
「そのようなことを言うな。お主はもうただの一般庶子ではないのだ。
この役目を終える時にはお主の名も末長く語り継がれるであろう」
「ありがとうございます……」
メウノはとうとうハンカチを取り出し、顔をぬぐいはじめた。
コシンジュとロヒインは顔を見合せながらも温かく見守る。
ところが、そのとなりの人物はそれでも平然としていた。
国王はようやく彼に目を向けた。
「イサーシュだな。
お主もついてきておったか。父君は息災であるか?」
すると突然イサーシュはその場にひざまずいた。
おどろいてメウノがハンカチを顔から離した。
「お久しぶりでございます。
あなたさまに追放された門閥貴族の1人、『ダンクリフ』の一子、イサーシュでございます。
本日は勇者の友として初めてこの城に上がらさせていただきました」
これにはさすがのメウノもびっくりした。
どおりでやたらと城の人々のことをあしざまに言うわけだ。
「おい、イサーシュやめろ。
よりによって国王陛下の目の前でそんなこと言うなよ」
「ええと、たしか……」
ロヒインが何かを思い出そうとするのをイサーシュがさえぎる。
「思い出すまでもない。俺が教えてやる。
わが父上は先代の陛下、『マグナクタ4世』の国家改革に反対していた。
たしかに俺の父親をはじめとして、当時は多くの門閥貴族がその地位を盾にして専横をふるっていた。
4世王は数々の改革を行う上で我ら門閥貴族の存在が邪魔だと決めつけ、多くの領地と財産を没収し、領民に還元したのだ」
それを黙って聞いていた王子がいまいましげな口調で告げる。
「わが祖父ぎみを暗殺したのは、お前たち旧上級貴族のうちの1人だと言われている。
まさかお主の父ではあるまいな」
「え、まだ捕まってないんだ……」
ロヒインが思わずつぶやくと、イサーシュは両手を広げた。
「わが家の調べは尽くしたはずでしょう。
もっともわが父だったとしても、制裁は十分に受けた」
「もっともだな。
今は父上の改革断行によりお前の家も没落の一途をたどり、いち庶民も同然。
他の貴族が自決するか国外逃亡するなか、よくわれらが領地にとどまっていられたものだな」
王子のなじるような口調にイサーシュは首を振った。
「改革断行? 報復の間違いでしょう。
若き頃の陛下は、怒りを原動力にして建国以来つき従ってきた忠臣をつるしあげたんだ」
王子が思いきりひじ掛けに拳を叩きつける。
「ふざけた口をぬかすなこの落ちぶれた強欲貴族めがっっ!」
「よさんか馬鹿ものっ! 皆がいる前で無礼ではないかっ!」
王子は素直に小さく謝り、ひじ掛けにもたれてうなだれた。
一方の国王は申し訳なさそうな顔を向ける。
「せがれであるお前には迷惑をかけたな。
だが余の父が成そうとしたことを、深く理解できていないのは悲しいことだ」
そして不意に天井を見上げる。
「しかし、この国を変えねばならなかったことは事実だ。
わが祖先、初代マグナクタ王が前の王朝を打ち倒し、ここに新しい国家をたてた。
しかし世代が下るにつれ、初代につき従った家臣の子孫たちは自らの地位に甘え、領民たちを搾取していった。
これでは初代が抱いていた前王朝への不満と何ら変わらない。
このままではいけない。父上はそのことを恥じ、数限られた者のみがこの国を動かすことがあってはならない、そう誓ったはずだ」
そしてまっすぐイサーシュに顔を向ける。そのまなざしは力強い。
「余自身も亡き父上にかたく誓った。まだ若かった余は力の限りを尽くし、この国のことごとくを変えた。
それもこれも、この国に住むありとあらゆる者たちが余を助け、支持してくれたおかげだ。
余1人の力ではない。この国に住む1人1人が、ここまで変えてくれたのだ。
そのことを決して忘れることがないよう、よく肝に銘じておくことだ」
「ええ、チチガム先生には散々叩きこまれています。
決して陛下に牙を剥いてはならないと」
しかし最後、イサーシュはまっすぐ国王をにらみ返した。
「ですが陛下。
この国の改革は、ただの一滴の血も流すことなく成し遂げられたわけではない。
あなたさまのほうこそそれを決してお忘れなく……」
「ったく、お前が剣術大会に優勝してその名剣を受け取ることにならなければ、こうして顔を合わせることもなかっただろうに」
王子が吐き捨てるように言うと、国王はちらりと視線を向けた。
王子は首をすくめるだけで何も言わない。
国王はため息をつき、コシンジュ達に向き直った。
「つまらない話を聞かせてしまったな。
のちのち昼食の支度をしよう。部屋を用意してあるので、それまでそこで休むがよい」
4人は一斉に頭を下げた。
その後、コシンジュ達は城の一角にある談話室にてくつろいでいた。
「結局、わたしではなくイサーシュのほうがもめてしまったね」
「どんだけ根に持ってんだよ。村の生活だってそう悪いもんでもないのに」
ロヒインに続いたコシンジュがイサーシュを横目でにらみつける。
しかし相手は別方向を向いたまま吐き捨てる。
「本来なら俺はあの村にはいないはずだった。
それを先代と現国王が……」
「そこまで思いつめておきながら、よくいまだにこの国に住み続けられますね」
メウノは少し不機嫌になっている。
感動して泣いてしまうほど慕っている国王、その悪口を散々に言い続けているのだから当然だ。
コシンジュは親指をイサーシュに向けた。
「こいつ、もとの地位に返り咲きたいんだよ。
大臣あたりにでも繰り上がってふんぞり返りたいんだとよ」
「それなら純粋な実力だけで勝負してください。
現在この国は立憲君主制の議会政治、試験に通りさえすれば誰にでも門戸は開かれてますよ」
イサーシュはいまいましげにかぶりを振る。
「無理な話だな。この俺が愚民どもと同じ土俵に立ってられるか」
「オレらはお前の言うその愚民とかかぁっっ!」
ソファーから立ちあがろうとしたコシンジュをロヒインが押さえる。
メウノもまたイサーシュをにらみつけた。相手はそんな2人を交互ににらみ返した。
「それに評議員になれるのは1代限り、次の世代に引き継がれる保証がない。
それでは貴族としての威厳が保てない」
「実力勝負なんだよ!
どっかの頭の悪いボンボンに自分の将来を左右されてたまるかっ!」
言い返すコシンジュに、ここでなぜかイサーシュが挑発的な笑みを浮かべる。
「ほう。だったらこの俺が実力で勇者に繰り上がってもいいということだな」
「なにぃぃぃぃぃっっ!?」
コシンジュは今度こそロヒインの制止を振り切って立ち上がった。
「コシンジュ。俺はまだあきらめたわけじゃないからな。
たとえ棍棒だろうが、俺は必ずそれを手にして勇者として名乗りを上げる」
ふたたびにらみあいとなった両者を見て、ロヒインが額を手で押さえる。
「あ~、なんでこの2人こんなことばっかり! ていうか旅に出てからもっとひどくなった!
メウノさんもなんか言ってくださいよぉ!」
「知らない! もう勝手にすればいいでしょ!」
こちらのほうも怒り心頭でそっぽを向いている。もう収拾がつかない。
ロヒインは深いため息をついた。




