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第46話 軍内割拠~その2~

 地上に出たスターロッドがファルシスのいる巨大なテントに近寄ると、中から声がする。


「……ですからフィロス以外の神々が長兄に対して逆らうことができぬことを、我々は深く考慮(こうりょ)するべきなのです」


 スターロッドは舌打ちした。

 この声は、間違いなくエドキナのものだ。

 危険な強硬派の魔族も同じ考えにいたっていたのだと言うだけでなく、ロヒインよりも先にそれを見抜いていてすでに進言されていたと言うのが気に食わない。


「なるほど、留意しよう。

 ところでもう1つ気になることがあると言ったな」

「はい、地下にある飛空艇のことですが、やはりあれが無傷で安置されていた理由が気になります」

「その理由を調べることは、なにか我々の利益になるのか?」

「残念ながら魔界の一兵卒にすぎないわたしには、古代魔法文明のテクノロジーについては門外漢(もんがいかん)です。

 ですがそうであるわたしだからこそ気付いた点を1つ」


 ファルシスがうなずくのを待ったのか、エドキナは間をおいた。


「ロヒインをはじめとした人の文明に属す者たちは、あそこに船が置かれた理由が高度な防御装置や何らかの特別な用途のためだと指摘(してき)しました。

 ですがわたくしは別の理由があるのではと考えたのです」

「その話、実は技術指導のノイベッドが指摘していた。先を越されたな」

「……そうでしたか。

 やはりわたしにはこの分野は不向きですね」

「だが少し口を(すべ)らせただけだ。具体的な理由については述べられなかった。

 だからお前の考えを聞かせてほしい」

「はい、だとしたらこのようなことは考えられないでしょうか。

 あの場所に船があったのは実は(ワナ)で、

 本当は天界に至る“別の手段”があるのではと考えたのです」

「ほう、それは面白い意見だ。

 だがなぜそのことに気づいた?」

「地下で発見された船ですが、わたくしが想定していたものよりも小ぶりでした。

 それでもかなりの搭乗規格はありますが、それでも天界への侵略に使うにはいささか心もとないかと」

「あり得るな。だがたとえ小ぶりでも、我らが進軍を邪魔することはできまい。

 最低でも余一人が敵勢を打ち払えれば、地上の軍を呼び出すことはできる」

「それこそが、敵の作戦なのだと思います。

 おそらくたった1隻の船で乗り込んだわが軍を、敵軍は必死で止めようとするでしょう。

 殿下のお力をうたがうわけではありませんが、少々不安もございます」

「だがそれは覚悟の上だ。事態を打開するのは余の努力次第でもある。

 だがなぜだ?なぜそれが先ほどの話につながる?」

「もし、もしですよ?

 あの飛空艇意外に、“安易に大軍を天界に送り込める手段”があるとしたら?」

「なるほど、読めてきたぞ。

 要は、あの飛空艇が置かれたのは特別な理由ではなく、単なる“目くらまし”でしかないという可能性があるわけだな?」

「おっしゃる通りです。

 主観ですが、わたしにはあの船がそう特別なものには見えない。

 あるとすれば、実は本当に天界が特別だと考える、人間界と天界を結ぶ直接的なルートがあるのでは。

 そう考えたのです」

「ほほう、それは面白いな。

 しかしお前の意見、参考にするには少々問題がある。

『それを捜索(そうさく)するには誰がいいのか』と言うことだ。

 残念ながら我らが使える要員は限られている。

 そして余の脳裏(のうり)には、適した者などいないぞ」


 それを言ったきり、両者が沈黙した。

 スターロッドは忍耐強く耳を()ます。


「……実はこれを言うのは心苦しいのですが、考えられる適任者がいるのです」


 ファルシスが「いるのか」とつぶやくと、エドキナの口調は苦々しいものになった。


「技術指導のノイベッドとは何度か話す機会があったのですが、おもしろい話を聞きました。

 彼は勇者とともに旅をしたことがある仲間と、かなり昵懇(じっこん)のようなのです」

「その人物が、お前の慧眼(けいがん)に引っかかったと?」

「殿下はご存知でしょうか。

 もとはここの南方にあるベロン国の元プリンセス、いまは放浪の身であるという、わたしからしたらふざけた経歴の持ち主が加わっていたようですが」

「たしか『ヴィーシャ』とか言ったな。

 顔を合わせただけだが、なかなかの才気のようだ。

 いささかおてんばが過ぎる娘にも見えるが」

「その娘、いまは各地を放浪し、ノイベッドに影響を受けて古代の遺跡を調査しているようです」

「ほう、するとあれだな。

 あるいは彼女ならばお前が考えている天界への進入ルートに、あるいは心当たりでもあるのではと思っているのだな?」

「遺跡調査者としてはかけだしで、経験の浅さはいなめません。

 ですが我らの住まう魔界とは違い人間たちは死者に対して敬意が深いらしく、古代の遺物を調べることに対しては尻ごみするところがあるようです。

 なので遺跡調査の文化そのものがまだ日が浅いようですね」

「我々の場合は、恥ずかしいことに完全に盗掘(とうくつ)が目的だからな。

 だが、あの娘あきらかに使えそうだな」

「問題なのは、その娘の動向がよくわかっていないことなのです。

 ロヒイン、イサーシュ、ムッツェリ。

 これからかつての仲間に話を聞いてみようと思いますが、おそらくは全く居場所を感知していないかと」

「一目会っただけだが、きまぐれの気があるようだからな。苦労するだろう。

 それより自力で例のルートを探してみるほうが早いかもしれんな」

考慮(こうりょ)しておきましょう。

 話としては以上です、ではまた」


 会話が終わったようなので、スターロッドはテントの裏側に回った。

 だが……


「そうだ、実はおり言って話したいことがあったのです」

「なんだ、前に言った人間軍の活用の話はなしだぞ。

 こたびの戦にはお前も満足していよう」

「それはもう。ですが、それとは話が別です」

「なんなのだ。ぶしつけな内容ならもう聞きたくはない」

「ルキフール様が、殿下の最近のご様子を気にかけていらっしゃるようです」


 会話が止まった。

 ファルシスの心中に、なにか思うところがあるのだろうか。


「気のせいだ。奴は余のご意見番だ。

 よけいに心配するのも無理なかろう」


 ファルシスはそう言ったが、スターロッドの耳には何かごまかすような部分があるように聞こえる。


「ですが、少し彼の独り言を盗み聞きしたのです。


『ナグファルの呪いが……』」


 スターロッドの目が、大きく開かれた。


――あの老いぼれジジイめ、うっかり口をすべらせおってっっっ!


 これにはファルシスも動揺(どうよう)したようで、いらだちを声に含ませる。


「……お前! その言葉を他の者とともに聞いてはおらぬだろうなっ!?」

「やはり聞かれてはならぬ内容でしたか。

 ご安心ください、その時はわたし意外に誰もおりませんでした」


 気のせいだろうか、エドキナの声が的を得たようなものになる。


「何を喜んでいる?

 お前が聞いたことは、決して手放しで喜べるようなものではないのだぞ?」

「さようでございますか。

 でしたら、あまり気にしないことといたします」


 テントの入口方向から、幕が上がる音がひびいた。

 スターロッドは急いでそちらに向かい、(はち)合わせしたエドキナの腕をつかんだ。

 相手があ然とするのもかまわず、テントの裏へとつれ込む。


「スターロッド様!? これはいったい何なのです!」

「先ほどの内容、決して口外などするなっっ!

 わかったなっっ!?」

「あらま、スターロッドさまもご存じだったのですか。

 でもよろしいのですか?

 そのように大声でまくし立てられると、かえって不都合かと……」


 不敵な笑みで言われ、スターロッドは「うっ……」と口ごもった。

 エドキナはなぜか考え込むような顔つきになったあと、少ししりぞいてていねいに頭を下げた。


「スターロッドさまも、先ほどのお話うっかり口外なさいませぬよう。

 それでは……」


 後ろ姿となり長い尾をくねらせながら去る異形を、スターロッドはにらみつけた。


……まずい相手に知られてしまった。

 事実を知れば、奴はそれを都合よく利用するだろう。対応を検討しなければ。

 相談できるとすれば、ルキフールしかおるまい。





 戦いが始まろうとしている。しかし、ただの戦いではない。


 ルキフールが口をすべらせた、「ナグファルの呪い」。

 その内容に、わたしは興味ない。

 いや、興味を持たぬようにしっかり己を(いまし)めていると言った方がいいだろう。

 魔界のごく一部の最上幹部しかその名を知らず、その誰もが恐れおののく存在。

 一介の魔族武官にすぎないわたしは、決してその詳細を知るべきでない魔界最大の禁忌(きんき)なのだろう。


 しかし、その影響が殿下の身の内にひそかに及んでいることは、わたしにとっては最大のチャンスのはずだ。

 ヴェルゼック様のおっしゃられた言葉の意味がよくわかった。

 気がかりなのはそれを告げた本人もまた、わたしにとって味方とは言えないことだ。

 わたしにはどう見てもあの狂気に取りつかれた闇の貴族が、こちらと同じく単に強硬派の再興を目指しているとは思えない。

 彼もまた敵になると考えた方がいいだろう。


 これは単なる、天界と魔界のすう勢を決める戦いではない。

 天界が一枚岩ではないように、地上の勢力もひそやかに様々な勢力が入り乱れているのだ。

 一見魔王殿下の旗色のもとで1つにまとまっているように見えるだけで。


 勝たなくてはいけない。

 わたしだけが他の勢力より抜きんでた形で。

 並みいる狡猾(こうかつ)な頭脳をすべて出しぬき、わたし自身の都合のいいように状況を操らねばならない。

 それは目には見えぬ、熾烈(しれつ)な争いになるだろう。


 これはただの戦いではない。

 この戦いの裏にあるのは様々な勢力がしのぎを削る、過酷(かこく)を極めたコンゲーム。

 純真無垢(むく)なものが真実を知れば、あまりのおぞましさに吐き気を(もよお)し、逃げ出すことになるだろう。





 マグナクタ6世は息を深く吐いて、ヴァルトの街にある庁舎内の執務室に戻った。

 扉を閉めると、いつもは自分が座るべき椅子(いす)に誰かが座り込んでいるのが見え、仰天した。


「ひっさしぶり~!」「ヴィーシャッ!? なぜいきなり!?」


 彼女は両足を机の上に乗せ、高価なはずの椅子の2つの足を浮かせ、ゆさぶる。


「いやいや、ホントはノイベッドに用があったんだけど、アイツこっちにいるからさ。

 しょうがないからここまで来てあげたってわけよ」


 あっけらかんとして言うヴィーシャだが、6世王は心底うんざりした顔になった。


「しばらく見ないうちに言動がずいぶん乱れたな。

 元王族として恥ずかしくないのか?」

「だってさ~、もう王族じゃないんだも~ん。

 今さらあんたにあれこれ言われたくなんかないわよ」

「お前にはいろいろ言いたいことがある。

 まずはそこが私の席だということだ」


 ヴィーシャは「ほいほい」と言いながら席を立った。

 入れ替わるように席に座った6世王は、汚れが付いているわけでもないのに机の上を払った。


「王族ではない、か。

 残念ながら、私はお前が王権を失ったとは思っていない」


 そして両手を組み、半ばにらみつけるような目つきでつっ立っているヴィーシャを見上げる。


「ヴィーシャ。ベロンの王位につけ」


 言われ、ヴィーシャは来なきゃよかったと言わんばかりの顔つきになる。


「久しぶりに会ったってのに、出てくる言葉がそれぇ?

 だいいちあんた、アタシが盗賊家業に手を出してたことで容赦(ようしゃ)なく城の牢屋にぶちこんだじゃない。

 いいの? 元盗賊が女王様なんかやっちゃって」


 にやりと笑い、6世王は答えた。


「確かにな。だが君は多くの国民に(した)われていた。

 国民たちもホスティごときでは安心できないようだ。

 君なら立派に治世のやりくりもできよう」


 するとヴィーシャは思い切りうんざりした顔で、アッカンベーをしだした。


「やなこった、アタシは自分の好きに生きるって決めてんの。

 アタシの人生を人様に勝手に決められたかないわよ。そんなのはもう心底ウンザリ」


 そしてテーブルの上に両手をおき、ピシッと6世王の顔を指差した。


「アンタは顔もいいし、背も高いし身分も高い、ついでに頭いいでしょ?

 まさにアタシの理想のタイプなんだけど、そーいう身分にこだわりすぎるのが、玉にキズなのよね。

 だから王制なんて意味があんのかわからない制度復活させちゃった」

「フン、しょせん君には政治がわからないか。

 だが、いまは我々に関わらざるを得んぞ?」


 ヴィーシャはそれを聞いて机の上に乗り上げ、両手を広げた。


「あれでしょ? アンタたちが見つけた飛空艇以外の移動手段を見つけろってことでしょ?

 だいたいなによ、気ままな旅が好きなアタシにそんなこと押しつけやがって。ムッカツク」


 6世王は、言いたいことを先に言われあ然としていた。「なぜそのことを?」


「元盗賊は情報が早いのよ。ナメんなよ」


 そしてアゴに手を触れて考え込む表情になる。


「アンタに命令されて動くのはイヤだけど、興味はあんのよね。

 実のところ、心当たりもあったりして」

「おどろいたな。すでに見当もついてるとは」


 ヴィーシャは立ち上がり、手を振りながら部屋の入口へと向かっていく。


「そういうわけで、行ってくるわ。

 なにかわかったことがあったら連絡するんでヨロシク」


 あっという間に彼女はいなくなってしまった。

 背もたれにもたれながら、6世王は静かにつぶやく。


「変わってしまったものだな。

 いや、今まではそう見せていなかっただけ、と言うことか……」





 天界の神々が地上に恩恵をもたらさなくなって以来、地上にあるすべての修道院は壊滅(かいめつ)的な危機を迎えていた。

 僧侶が病める巡礼者に奇跡の(ほどこ)しを与えられなくなって以来、治療を専門とする僧侶たちは新たな手段を求めて次々と僧院を去っていった。


 参拝(さんぱい)者も激減し、神々をあがめる者もほとんどいなくなってしまった。

 特にフィロスの正体を人づてに聞いた者たちは、傲慢(ごうまん)きわまりない神の長兄とそれを止められぬ弟たちに失望し、足しげく通うのをやめてしまった。


 ランドン王国で最も大規模なカンタ修道院もまた、閑散(かんさん)としていた。

 ここを訪れるのは止むにやまれず救いを求める病人や、おろかしくもいまだに信仰を求めるような者ばかりだ。

 修道院の司祭、ココーヤは修道院に残った僧侶のうちの1人である。

 彼は使えなくなった治療術に変わり、同じ効果がある魔法を使って病める者たちをいやし続けていた。


 しかし、発動には呪文の詠唱が必要となる上に効果もいま1つであるため、患者たちの治療はとどこおっていた。

 マスクをかぶり、疲れ切って汗を拭いたココーヤは顔をあげ、満足な治療も受けられずに横並びにうなっている人々の列をながめた。


 老体ゆえ、ココーヤは本来自ら治療場に立つことはない。

 しかし彼がこの場にいるのは多くの僧侶が治療魔法を覚えるため魔術院にかけ込み、中には聖職をかなぐり捨ててしまった者もいるためだ。

 魔術院がこちらと同じ役割を果たせるのならよいが、神に対する憎しみのあまり人を救うことよりも、天界の軍勢と戦う道を選んでしまう者もいるのかもしれない、とすら思ってしまう。


 ココーヤの脳裏に、本来ならこの現状を決して放置するはずがない者の顔が浮かんだ。

 しかし彼女はここにはいない。

 信仰を失った絶望のあまり、心を閉ざして引きこもってしまった彼女のことを、無責任だとは思いながらも責めきれずにいたココーヤであった。


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