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第45話 それぞれの孤独~その3~

 その頃、イサーシュの姿はカンパティアの森をつき進む長い行軍の中にあった。


 彼は今魔王軍の重要幹部のそばにつき従っている。

 考えた末、正式にベアールの弟子になることを承諾(しょうだく)したからだ。

 馬に乗り、ベアールのそばにぴったりと張り付く。


「あ~、やっぱり人間界の馬は乗りやすいな~!

 魔界の動物って基本気性が荒いからな~! おとなしい馬ってサイコーッ!」


 後ろにいる見た目少女のダークエルフ、ヴェルの戯言(ざれごと)を聞き流していると、どこからかロヒインが馬を寄せてきた。

 どこか(うれ)しそうな表情ではある。


「またこうして、イサーシュと一緒に戦えるとは思わなかったよ。

 これからはずっと一緒だって考えていいかな?」


 長年連れ()った友人と戦えるのはイサーシュもうれしいが、表情を(くも)らせて首を振る。


「ムッツェリのことは心配だ。

 慣れない環境で1人にさせてしまったのはすまないと思う」


 すると前にいるベアールがこちらに兜を向けた。


「だーかーらー。あいつもこっちに連れて来いって言っただろーが。

 俺が一声かければあいつもすぐに直参になれる資格はあるぞ?」

「いいえ、やはり結構です。

 あいつには弓隊の中に加わり、その一員として根を張る必要がある。

 貴族の妻になる必要があるのだから当然のことです」

「貴族の妻って。前言ってたじゃねえか。

 あいつもとはぶっきらぼうな平民だったんだろ?

 かたっ苦しい貴族社会になじめるとは思えねえんだがな。俺らのそばにいたほうが気楽だぞ?」

「俺自身がランドンの貴族として生きることを選んだんです。

 そんな俺についていくと決めた以上、彼女にもそれを宿命として受け入れてもらわなきゃいけない」

「そんなことは俺が……

 まあいいや、ガンコなお前に言い聞かせてやったところでどうしようもない」


 そう言ったきり、ベアールは前に向き直った。

 少し馬を進ませロヒインが見つめてくるのを、イサーシュは無視する。

 彼女は商家の跡継(あとつ)ぎを捨ててまで、魔導師、果ては魔族にまでなった身だ。

 貴族としての身分にこだわる自分にはいろいろ言いたいことがあるのだろう。

 しかし、そのことには触れず気を取り直したように馬を戻した。

 ベアールには聞こえない声でささやく。


「それにしても、大丈夫なの? それ……」


 難しい表情のロヒインが指差す先を見ると、イサーシュの背中にはベアールから授かった細長い湾曲した武器が備え付けられている。


「この『カタナ』か。

 ベアール様より手渡されてまだ日にちは経っていないが、それなりに扱いは学んだ。

 だがいかんせん、長年扱っていた『ソード』のクセが抜け切らず、苦労している」

「本当に大丈夫なの?

 せめて、今度の戦いが終わった後からでも遅くはないんじゃ……」


 ここでベアールがもう一度こちらを向いた。


「いや、カンペキに使いこなすんなら今からじゃないと間に合わん。

 大丈夫さ。そいつには俺のとなりにぴったりと張り付いて、その目でしっかりと戦い方を覚えてもらう。

 他のカタナ使いも一緒だから安全さ」

「カタナ使い?

 ベアール様以外にもそれを扱う剣士がいらっしゃるんですか?」


 ロヒインが首をかしげると、赤い騎士は上ずった声をあげた。


「あったりまえだろ?

 俺がせっかく東の国の師匠から剣を学んだんだから、今度はおれの方が誰かに教えなきゃな。

 だけどカタナがなけりゃそれもムリだろ?

  だから魔界にいる俺のダチ、これが鍛冶(かじ)師やってんだけど、そいつをわざわざ向こうまで連れて行って刀匠(とうしょう)に弟子入りさせたんだ。

 最初は不気味がられたけどな。でもまあ魔族だけに時間はいくらでもあったから、そいつは完璧に作り方をマスターしたぜ」


 そして赤い手甲が、イサーシュの背中の得物を指差す。


「そいつも俺のダチが作った代物だ。

 ま、いうなれば初期のころのケッサクだな。

 で話を戻すと、カタナを作れるようになって俺はやっと道場を開けたわけだ……

 でもこれが泣かせる話で、作ったカタナの数のわりに、あんまし弟子が集まらなったんだよ……」


 大げさなくらい情けない声になるベアール。

 イサーシュは苦笑しつつ言う。


「何人か引きあわせていただいたが、どれもなかなかの腕前だった。

 もっともベアール様にかなう剣士はいなかったがな」

「だいたいようっ! こっちにゃ魔族用の性能のいい武器なんて山ほどあんだよっ!

 だからわざわざ東洋から来た、細っちい武器なんぞ誰も興味ないですだなんて言いやがって!」


 ロヒインがなだめるように「落ち着いて落ち着いて」と言うが、ふと疑問に思うことがあった。


「だとすると、あなた様の扱う『血吸い一文字』は、誰かに継承(けいしょう)するのはだいぶ先になるでしょうね」


 そう言うと、ベアールの挙動が少しおかしくなった。

 一瞬びくりとすると、妙に身じろぎしながら、「ああ、うん……」とか言いだす。

 鈍感(どんかん)なイサーシュはあまり気にしていないようだったが、ロヒインにはピンと来るものがあった。

 が、頭の中に浮かんだ内容を考慮(こうりょ)して、ロヒインは何も言わないでおいた。





 ロヒインが(かん)づいた通り、ベアールには考えていることがあった。


 いずれ長年使い続けていた愛刀をイサーシュにゆずり、自分は新たなる刀を手に入れようとしているのである。

 血吸い一文字は非常に性能のいい武器だが、強度に関して言えばあくまで普通のカタナでしかない。

 人間よりも腕力に優れた自分の手にはあまる。

 そこで考えたのが、新たに自分専用の、しかも人間には扱えない特殊なカタナを作ろうということだった。


 ヒントはゾドラにあった。

 かつてファルシスの父、前魔王タンサが身につけていたアダマンチウムの装備には、いまいましい記憶がある。

 特に黒の断頭斧(だんとうふ)は、自身の父の首をはねた、忘れようにも忘れられないトラウマ武器である。できれば2度と目にしたくない。

 しかし、実物を目にすることでベアールにある考えがよぎった。

 この技術を使って、自分にしか使うことのできない新しいカタナが作れるのではないか。

 つまり純正のアダマンチウムを素材としたカタナである。

 不純物の一切ないアダマンチウムは非常に頑丈(がんじょう)で魔法耐性も高いが、とにかく重い。

 しかしデーモンである自分が扱うには何の支障もないのだ。


 先ほどイサーシュ達の話題にのぼった刀匠に相談を持ちかけた。

 相手はこころよく引き受けたが、彼にとっては全く未知の素材であったので、製作には時間がかかるとのこと。

 もしかしたら天界の戦いには間に合わないのかもしれないが、もし間に合うことがあれば今使っている剣はイサーシュにゆずり、自分は新たなる武器を手にすることになるだろう。

 実はベアールはひとつの悩みをかかえている。

 イサーシュの鍛錬(たんれん)や刀の製作が間に合うかという問題ではない。

 カタナにつける名前のことである。

 さて、いったいどんな名前にするか。こりゃまいったな。






前衛(ぜんえい)部隊、進軍開始!」


 スターロッドのかけ声で、巨大な盾を構えた騎士たちが横一列に前に進みだす。

 これを扱うストルスホルムの「赤錆(あかさび)騎士団」はどれも屈強な肉体をほこる者たちである。


 この騎士団の規律では必須の条件として、いま手にしているタワーシールドを持つことがなければ前線に立つことができない。

 当然誰もがその条件を満たせるわけではないので、正規団員には様々な身分の者が分け(へだ)てなく選ばれることになる。

 名誉(めいよ)を求めて多くがストルスホルム王城の重厚な壁の中に入るが、かなりの数がはじかれて城を去っていく。

 彼らの多くは別の国の騎士団に入るが、ある者は開き直って諸国を渡り歩く傭兵(ようへい)一歩寸前の自由騎士となる。


 赤錆騎士団は非正規も含めて、鎧や大盾に赤い彩色をほどこすことが多い(これが団名の由来である)。

 これは赤い彩色材の中に魔法防御成分を含んでいるためだが、イサーシュがベアールと最初に会った際にストルスホルム出身の自由騎士だと(かん)ぐったのもそのためである(ベアールの赤い鎧にも同じ効果があるので、偶然ではない)。


 そんな屈強な騎士たちの後ろに続く「黒鋼(くろはがね)騎士団」も、ストルスホルムの騎士たちと並びどれも屈強な者たちばかりである。

 彼らがまとう黒い鎧はアダマンチウム合金で出来た頑丈なもので、これもまたまた着るものをおおいに選ぶ。

 にもかかわらず赤錆の騎士よりも数が多いのは、単純に南の大陸じゅうを片っ端からかき集めているからである。


 前衛の騎士たちが、うっそうとした深い森の中を慎重に進んでいく。

 場所が場所なだけに、敵はどのような形で挑んでくるかわからない。

 後ろに続くランドンの「青紋(せいもん)騎士団」も、キロンの「紫套(しとう)騎士団」もかなり慎重に歩を進めていく。


 突然、前方で叫びがあがった。

 1人の大盾騎士が、足元にあった横に伸びるヒモに足元をとられ、突然現れた巨大な丸太(まるた)に正面衝突したからである。

 他の場所からも声が上がり、足首にくくられたロープに身体を持っていかれたり、落とし穴に吸い込まれていく。

 現場指揮官が叫んだ。


「いかん! ブービートラップだ!

 盾を持っている赤錆では視界がきかん、黒鋼と入れ替われ!」


 さすがは訓練された騎士だけあって、2つの隊は整然とした動きで順序を入れ替えた。

 新たに最前列に投入された黒騎士たちは、周囲に目をこらしながら慎重に進む。


 彼らは目ざとく木々にしかけられたワナをかいくぐっていくものの、今度は別の攻撃がやってきた。

 木々のわずかなすき間から、無数の矢が放たれたのだ。


「前列、前進を止めて目をこらせっ!

 気を抜けば鎧のすきまに矢が入るぞっ!」


 黒騎士たちは必死に立てで矢を受け止めるが、いかんせん手にするのが小ぶりの盾では身動きが取れない。

 矢は矢継ぎ早に飛んでくるため、騎士たちの中には矢を鎧の中に受けて倒れ込む者もいる。

 見かねて赤錆たちが入れ換わり、その巨大な盾で矢の雨を受け止める。


 しかしこれで隊が思うように進めなくなった。

 地に仕掛けられたブービートラップと前方からやってくる矢の雨。

 友軍は完全に足止めを食らったかに見えた。


 だがそれこそがこちらの思惑(おもわく)通りである。

 ファルシス達はこれで、むしろ矢を放つ敵の位置関係をつかむことができたのである。


 人間たちには目の届かぬ、はなれた場所の木々の上。

 森をすみかとするウッドエルフの弓兵たちが、しきりに敵軍に矢を放つ。

 黙々(もくもく)と任務をこなす彼らだが、後ろから迫る敵の影には気付かなかった。


 背後から何者かが忍び寄り、ある者はウッドエルフたちの弓矢をとり上げ殴りつけ、ある者はひと思いにその命を奪い取っていく。

 おどろいた彼らは振り向いて敵の姿におどろく。


 相手は自分たちと同じくエルフ族に属す。

 魔界の闇を根城とする、ダークエルフの一団である。

 彼らもまた魔界の広大な森の中で腕を磨いてきたため、似た境遇(きょうぐう)の敵を手玉にとるのはお手のものである。

 しかもダークエルフたちのほうが戦い慣れているため、ウッドエルフの弓隊たちはあえなく降参(こうさん)に追い込まれた。


 こうなってくると、その後方で息をひそめていた本隊のほうが進まざるを得なくなった。

 自分たちが仕掛けたブービートラップに引っかかるわけにもいかないため、本隊はわざわざ屈強な騎士がやってくるのを待ち伏せせねばならなかった。


 長い時間をかけてようやく奇襲(きしゅう)に打って出るが、なにしろ相手は頑丈(がんじょう)な装備に身を包む屈強な騎士団である。

 それに対して、比較的軽装備であるウッドエルフたちではあまり相手にならなかった。


 それでも身体能力に勝るエルフたちは必死に奮闘(ふんとう)するが、徐々に後退していく。

 人間軍の勝利は間近と思われていた。


 が突然1人の黒騎士が、そばに敵がいたわけでもないのに「ぐわぁぁぁっっ!」と血吹雪(ちふぶき)をあげて倒れ込んだ。

 当然1人のみならず隊のあちこちから同様の事態が起こる。

 たちまち現場はパニックにおちいった。


「クソッ! 伏兵かっ!?

 敵はいったいどこだっ!? どこにいるんだっ!?」


 なにしろ敵の姿が見えないのである。一時撤退(てったい)しかけていたウッドエルフたちがこの勢いに乗って引き返し、騎士たちにおそいかかる。


「……バリアブレイクッッッ!」


 何者かが叫んだとたん、1人の騎士の前に何者かが現れた。

 ウッドエルフに似ているが、より豪華(ごうか)な衣装を身にまとい、金髪で容貌(ようぼう)が整っている。

 敵は正体を暴露されていることに戸惑(とまど)っていたが、それは相手も同様である。

 容赦(ようしゃ)なく持っていた小ぶりの剣を、相手の鎧のすきまに突き入れた。


 戦場のあちこちで、新たな敵の姿が現れる。

 彼らはウッドエルフよりも身のこなしに優れており、なおも騎士たちをほんろうし続けた。

 中には2,3人がかりでようやく立ちまわれる猛者(もさ)もいる。


 しかしそこに新たな影が舞い降りた。

 全身を赤、あるいは青に染め上げた、翼と角を持った人型あるいは獣人の姿である。

 これらデーモン族が相手では、さすがに新手の敵も太刀打ちできない。


 混迷(こんめい)を極める戦場の中に、ダークエルフや騎士たちに囲まれた魔導師たちがさらに加わる。

 彼らはいまだ身を隠す敵の正体を相手にせねばならないのである。

 敵はその魔導師たちにも(おそ)いかかる。

 ダークエルフたちは慣れているのか姿の見えない相手にもひるまないが、そうではない魔導師たちは青や紫の騎士たちに守られながら、必死で呪文を唱えていく。


 戦いが終わった時、敵軍も味方軍も決して少なくはない死傷者を出していた。





 最初の戦いが終わった。

 わが軍は善戦したと言え、決して無傷ではすまなかった。

 だがこのわたし、エドキナ自身は非常に満足している。


 今回の戦いは、見通しのきかない森の中での奇襲(きしゅう)攻撃である。

 統率のとりにくい下級魔族を投入することはできない。

 したがって、訓練をほどこされた人間の騎士たちを大勢使わざるを得ないのだ。


 当然、戦いには犠牲(ぎせい)がつきものだ。これにより人間たちの被害も大きくなる。

 これまでの戦いでは魔族のほうが犠牲(ぎせい)は大きかった分、こうして人間どもがあえなく死んでいくのは見ていて溜飲(りゅういん)が下がる。


 しかし(おどろ)かされたのは、現れた伏兵の存在である。

 もっともわが軍は天界からの増援(ぞうえん)をあらかじめ予期していたのだが、その手法と正体にはいささか開いた口がふさがらなかった。


 姿を隠して背後からおそいかかる。

 このあまりほめられたものではない手口を実行した部隊は、

 なんと天界のエルフに当たる、「ハイエルフ」たちだった。

 てっきりハイエルフといえば品行方正(ひんこうほうせい)なイメージが先行していたために、わが軍の多くがおどろかされた。

 ところがスターロッドが言う。


「魔界にも善人がおるのじゃ。天界にも悪人はおるじゃろうて」


 その言葉を聞いてうなずかされた。

 かく言うスターロッドこそは、人間どもにしてみればダークエルフの概念(がいねん)をおおいに(くつがえ)される存在だった。

 わたしでさえ、この年若く見える老女は魔界では異質の存在だと思っている。


 敵の正体は判明したが、戦いはまだ続く。

 残るエルフ連合軍はヴァルト城跡にたてこもった。篭城戦(ろうじょうせん)もまた厳しいものになる。

 今度は時間をかけてじっくりと進められることになるだろう。





 コシンジュの訓練は続いた。

 相変わらずひっきりなしに村人に呼び出されるコシンジュだが、ヒマを見て荒れ果てた丘を訪れるようになった。


 筋肉は、だいぶついてきたと思う。

 最初はあまりの疲労に食欲がわかず父に言われて無理やり押し込んでいたのが、いまではあまりのがっつきぶりにみんなが引いてしまうほどの食事量になった。


 コシンジュは時おり服の上から腕の具合を確かめて思う。

 それにしても、親父はよくもまあ自分をコントロールできるものだ。

 筋肉痛はあっても足腰にガタが来ないのはありがたい。

 道場を留守にしてまで、自分に接してくれるかいがあるものだ。


 裸になって鏡を見て、予想以上の変貌(へんぼう)ぶりにがく然とすることがある。

 気のせいか、身体の幅が横に伸びているように見える。

 自覚はないが、その分背はあまり伸びていないのだろう。

 見ていてなんだかイヤな気分だ。


 なのに、まだ岩に突き刺さった黒い斧は抜けない。

 必死に歯を食いしばりフンフンと鼻息を鳴らしながら両手で必死に引っ張るのだが、なぜか斧はびくともしない。


 なぜだ? 筋肉は順調についてるはずなのに。

 あまりに気になって父親にたずねた。


「ああ、お前の身体はバッチシ(きた)えられていると思うぞ?

 だけどまだ足りんな」

「ええ~っ!? 俺の腕見てくれよ。どんどん太くなってるぞ?

 これ以上はカンベンしてくれよ~」

「ハハハ、それは筋肉だけじゃなく、中の骨も太くなっているからだ。

 頑丈な骨がなければ、増え続ける筋肉を支えることができない。

 もうちょっと太くなれば斧を引き抜くための筋肉もついてくるんだろうが、丈夫な骨ができるためには時間がかかるな」

「え~!? だってあの斧を引き抜いたあとも、それを使いこなす訓練もしなきゃなんねえのによ。

 これじゃいざという時に間にあわねえよ」


 コシンジュはふてくされて、テーブルの上にあごをついた。

 そういえば、最近腕が太くなりすぎてこの作業もしにくくなってきている。

 コシンジュはムキムキになった自分を想像し、内心イヤな気持になった。





 ヴァルト攻防戦は、思いのほか長期戦になった。

 軍は城を完全に包囲しているものの敵の攻撃は思いのほか苛烈(かれつ)で、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない。

 廃城とはいえ、ハイエルフの援護(えんご)もあってかいまや鉄壁の要塞(ようさい)と化していた。


 対するこちらは、寡兵(かへい)勢力であるデーモンやダークエルフを全面的に投入することはできない。

 特に城の中は何が待ち受けているかわからない。

 したがって人間の兵士を進ませざるを得ないのである。


 当然、城の中に張り巡らされたワナに、多くの者が命を落とすことになった。

 特にハイエルフが仕掛けた魔法ワナの威力は絶大で、解除には魔導師の力が必要不可欠だった。

 それでも解除できない場合は、スターロッドやロヒインをはじめとした上級幹部がわざわざおもむいて、巧妙に仕掛けられたワナを解除する必要があった。


 城の外では、いまだにウッドエルフが矢をはじめとした猛攻を繰り広げていた。

 人間の弓隊が必死に反撃するも、うまくいかない。

 しかしランドン弓隊に属するムッツェリが、巧みに相手の間隙(かんげき)をつき強行突破をもくろみ、わずかな城のすきまをよじ登って一気に攻撃を仕掛けた。

 この一手は非常に有効打となり、敗走して無防備になった箇所(かしょ)から次々とデーモンやダークエルフが侵入して、人間兵たちがそのあとを追った。

 その中にはベアールとともにいたイサーシュの姿もあり、先行したムッツェリとの再会を喜んだ。


 実に2カ月もの時間をかけて、ヴァルト城は陥落(かんらく)した。


 双方ともに森での攻防戦よりも多数の犠牲者(ぎせいしゃ)を出す、悲惨(ひさん)な結果となった。

 エドキナだけが、人間たちの犠牲が大きかったことをひそかにほくそ笑んでいた。

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