第45話 それぞれの孤独~その2~
天界に帰ったヴィクトルは、またしてもフィロスに呼び出された。
いつも以上に険しい視線を向ける長兄に対し、末の弟であるヴィクトルは平然と相手に向き合う。
「貴様、またしても下界に足を踏み入れたそうだな」
「いけないですか。
私はただ、傷ついた勇者くんの心のケアに向かっただけだけど?」
ドォン、と重厚な音が白亜の広場にひびき渡った。
フィロスは立ち上がり、見下すようにしてヴィクトルに人差し指を突きつける。
「あの者はすでに勇者ではないっっ!
あんな天界の面汚し、放っておけっっっ!」
「選んだのは私だ。
始末をつけるのは自分に課した責務でもある。兄者には口を挟まれたくない」
フィロスは指を下ろしたが、表情の険しさは消えなかった。
「それだけではないぞっっ!
貴様はゾドラにおもむいて魔王の斧を盗み、それをあろうことかあの小僧の手元に残したと言うではないか! とり上げろっっ!」
ヴィクトルはそれを見て首をふり、低い声で笑った。
当然相手から「何がおかしいっっ!?」と言う声が帰ってくる。
「今さら、今さらコシンジュ君に、我々に対抗できるほどの力があると思うかい?
ファルシス君にすら勝てなかったのに」
「そのような名称で、魔王のクズを呼ぶのも気に食わんっ!
まあそのことはいい、だが奴がこの天界に足を踏み入れるようなことがあれば、必ず目障りになる!」
「フィロス、自信がないのか?
魔王軍の中に混じったとるに足らないたった1人の人間の存在に、まさか脅威を感じてるとでも言うのか?」
フィロスは何も言わず、ただ眉をよけいひそめてにらみつけるだけだ。
それに対し、ヴィクトルはすました顔で両手を広げる。
「大丈夫。あの子には、我々を止めることも、魔王軍を止めることもできないさ。
勇者の時代は終わった。今は2つの大きな流れが荒れ狂う時代さ。
あの子はその中でもがくことしかできない。我々の戦いに支障が出ることはないさ」
それでも顔色を戻さないフィロスに対し、ヴィクトルは人差し指を立てる。
「あの子には、特別な役割を与えてる。
それが終わったら、もう彼の出番もなくなるさ。
もし変な行動を起こしても、わたしが止めてみせる」
ヴィクトルは自らうなずき、相手の賛同をうながした。
フォロスは無言のままである。
「そうか。そう言って、ヴィクトル様はこれを残されたのか……」
岩に突き刺さった黒い斧をまじまじと観察するチチガムに対し、息子は頭の後ろで手を組んでふてくされる。
「ヴィクトルさま、あのまんま帰っちゃったのかよ。
もっとアドバイスが欲しかったのに」
「いや、心配ないぞ。
お父さんはこの武器に対して、多少知識がある」
「親父、それ、何か知ってるの?」
手を下ろしたコシンジュに、チチガムはこちらを向いてそっと黒い斧に手をかけた。
「当然さ。俺たち勇者の一族が目標にしてた、魔王の武器だからな。
結局ファルシスはコイツを使う必要がなかったけど、我々一族は代々これが奴の手に渡ることを警戒してたんだ」
「で、そいつはいったい何なの?」
コシンジュが指差すのに合わせ、チチガムもそれに目を向けた。
「『黒の断頭斧』。
ファルシスの父タンサが勇者の武器である、『神々の棍棒』の存在にビビって作り上げた装備一式の1つだ。
他にはゾドラ前大帝とプラード将軍が常に身につけていた全身鎧と、反対の手に持つ『破魔の盾』がある」
「えっっ!? 盾もあるのっっ!?
それも重そうなのに、片手だけで持つのかよっっ!?」
「そう。コシンジュにはわからないかもしれないが、こいつは両手斧としては若干小ぶりだ。
だから本来は盾と一対で、片手に持つべき装備なんだ」
そしてチチガムはこちらを向き、ヒジを斧の背に乗せた。
「なんなら、俺が今から引き抜いたっていいんだぜ?
これしきの重さ、俺でも持てないこともない」
「親父でも持てるのか!?
そっか、それでヴィクトル様はわざわざこれを……」
「そう、片手じゃなく、両手なら。
コシンジュ、お前の腕でも扱えるかもしれんぞ」
コシンジュはそっと近寄り、黒光りする異様な造形をまじまじと見つめる。
「そうか。
コイツさえ扱えるようになれば、俺は再び戦える……」
「だがコシンジュ。お前にはまだ早い。
お前はまだ成長期だ。
さすが俺の息子だけあって年齢の割にはガッチリしているが、それでも俺の目にはまだ細すぎる」
コシンジュは顔をあげ、父親の屈強な肉体をまじまじと観察する。
「親父、どうやって筋肉をつけるんだ?
親父はどうやってそこまで体を鍛えたんだ?」
「ハハハ、俺の身体はもともと体質だ。
コシンジュ、お前にもそいつはしっかり受け継がれてる。
これからも普通に修行し続けてれば、いずれ俺のようになるさ」
「そんな問題じゃないだろ。
俺には、急いでコイツを持てるようになる必要があるんだから」
するとチチガムはわざとらしく神妙な顔をして、人差し指を立てた。
「問題はそこだ。
お前に必要なのは技量じゃない。前の長い旅の中でそれはしっかり身につけてるからな。
今のお前に必要なのは、こいつを縦横無尽に振り回せるほどの強い筋力だ」
「もったいぶらないで、早く教えてくれよ」
「ああそうだった。悪かったな。
じゃあさっそくお前には、
これから村じゅうのあらゆる力仕事を、自分1人でやってもらう」
最初コシンジュは父親の言うことが理解できず、目をぱちくりさせる。
「え? なにそれ? 具体的な筋トレじゃなくて?
腕立て伏せとか、腹筋とかやるんじゃないの?」
チチガムは笑いながら首を振った。
「筋力トレーニングと言えば、普通はそちらの方が思い浮かぶだろう。
だが俺からすれば、それはごく限られた一部分を、重点的に鍛えるものにすぎない。
この斧を軽々と扱えるようになるためには、全身の筋肉をバランスよく鍛える必要がある。
そのためにはごく一部の筋肉だけを鍛えるだけのトレーニングじゃダメだ」
コシンジュは眉をひそめた。
「で、村のみんなの力仕事を手伝えって?
それって本当に効果あんの?」
「手伝うんじゃない。お前1人で全部こなせ。
しかも1つの種類じゃなく、ありとあらゆる様々な作業をだ」
「うぇっ! そんなもん、この村にいくつあると思ってんだよ」
ろこつに顔をしかめるコシンジュ。
チチガムはむしろ上機嫌になった。
「だったらいいじゃないか!
それだけ数が多いのなら、お前にとってちょうどいい筋トレになるはずだぞ?
それらを全部お前がまとめて引き受けるんだ」
コシンジュは目がくらみそうになった。
俺、かなりヤバいことを引き受けちゃったんじゃ……
「じゃ、やめるか?
ロヒインやイサーシュのことはあきらめて、この村でダラダラのんびり過ごすほうを選ぶか?」
「……それはイヤだっっ!
2人が必死にがんばってるときに、俺だけ仲間外れにされるのはもっとイヤだっっっ!」
「おお、ビックリしたぞ。
お前めちゃくちゃやる気になってるんじゃないか」
コシンジュは力強くうなずいた。もう迷わないと決めたのだ。
こんなところで、ひるむわけにはいかない。
イサーシュにも、試練の時が訪れていた。
きっかけは、ある人物が自分をたずねてきたことだった。
マグナクタ6世に呼び出されると、そこに見間違いようのない、赤い騎士が立っていたのだ。
「おお! ようやく会えたぜっ!
何かといそがしくしてるみたいだから、いつ会えるかと心配になってたんだ」
「ベアール様でございますか。何の御用です?
私はいまムッツェリに貴族のたしなみをしっかり覚えさせなければならないのです。
それに私自身もこの国の兵士としてなじむためにやらなければならないことも多い」
「うぉっ、なんだその低姿勢。
前はあれほど生意気な口バリバリだったのに。気味わるくて仕方ねえぞ」
イサーシュは慇懃に頭を下げる。
「我が国王は魔王殿下の臣下となりました。
ゆえに殿下の側近であられるベアール様は、我が国王よりお立場が上、わたくしはあなた様に対しても低頭に接しなければなりません」
「う、違和感ある。まあいいや。
それより、お前完全に約束を忘れてるみたいじゃねえか」
イサーシュは思わず「約束、とは?」と首をかしげた。
すると相手はあからさまに頭に手を当て、上にそらした。
「やっぱり完全に忘れてんじゃねえかっっ!
言っただろ、お前、まだ例の剣持ってやがんのかっ!」
イサーシュははっとして、背中の剣に目を向けた。
急いでそれを取り外しにかかった。
「これはっ! 大変失礼しました。
この剣は殿下の妃様の、亡きお父上の遺品でございましたねっ!」
イサーシュが今持参している剣は、「大帝の黒剣」と言い、亡きゾドラ前大帝クリードグレンが愛用していた、黒鋼製の重厚な直剣である。
イサーシュが両手でそれを差し出すと、ベアールはそれを片手でそれを受け取った。
「かたじけねえな。
で? この剣を使った感想はどうだった?」
「重い剣ですが、仲間のアドバイスでなんとか使いこなせるようになりました。
大変いい勉強になりました。身体も適度に鍛えられたように感じられます」
心なしか、ベアールからすればイサーシュの身体はよりがっちりしているようにも見える。
ここでだまって聞いていた6世王が口をはさむ。
「お言葉ですがベアール様。イサーシュはわが国でも有数の使い手。
そんな貴重な戦力に、かわりの品を贈呈されては?」
言われてベアールは、前面に多くの穴が開けられた兜の後ろをなでる。
「それはそうなんだが。
新しい剣を渡す前に、コイツにはやってもらわなきゃいけねえことがある」
「やってもらうこと、ですか……?」
イサーシュが言うと、ベアールはまたしてもあきれた様子で身じろぎする。
「ほらそいつも忘れてる。
イサーシュ、お前この剣を渡してもらう条件を忘れてたのかよ!?」
「条件? さて、なんのことだったでしょう?」
イサーシュはアゴに手を触れ、眉間にしわを寄せて必死に何かを思い出そうとしている。
どうやら本気で約束を忘れているようである。
「マジかっ!? お前マジかっ!? あれだよあれっ!
『帰ってきたら俺の弟子になる』って約束だったんじゃねえのかよっ!?
お前ホントに頭大丈夫かよっっ!?」
「あ……そうでしたか。すっかり忘れておりました」
やはり冗談じゃなかったことにあきれ、ベアールは兜の前立てに手をおいて大きくうつむいた。
「まあいいや。とにかく、お前は俺の弟子になれ。
これからは、俺と同じ『カタナ』の扱いを覚えてもらう」
イサーシュはベアールの腰に備え付けてある、細長くしなる刀に目を向けた。
「『カタナ』……。ベアール様がご愛用のものと同じ武器ですね?
お言葉ですが、私が長年使い続けてきた直剣とは多少扱いが違うようですが?」
「まあな。
ちょっと解説すると、こっち側の世界の『ソード』は本来刺突用の武器だ。
側面は鋭利だが、扱う場合は叩きつけるような形になる。
実のところ、打撃武器としてはまっすぐ刃が伸びているために、張り出していたり湾曲してたりする『ブレード』や斧よりも性能が低い」
大帝の黒剣を指しながら解説するベアール。
イサーシュは腰の剣に目を向けた。
「カタナの性能は?」
「カタナの解説に移る前に、南の大陸や東の大陸の一部で使われている、『ブレード』についても解説させてくれ。
ブレードは刀身が湾曲していて、斬撃に特化してる。
だけどそれを重視するあまり、刺し攻撃に関しては完全におざなりだ。
また斬撃っていうのはちょっとクセもので、もし相手の身体を効率よく斬り続けることができても、こびりついた血で斬撃力が弱まり、だんだん使いにくくなってくる弱点があるんだ」
「で、そのカタナと言う武器が、その2種類の武器の両面を担ってくれると言うのか」
「なんでそういうところに関しては察しがいいんだよ。
まあ、その通りだ。ちょっと見てみな」
そう言って、ベアールは黒剣を反対の手に持ち替え、ゆっくりと腰の刀を引き抜いた。
美しく光かがやく、細い三日月のような刀身が現れる。
「どうだ? きれいだろう。
カタナはブレードに比べてわずかなカーブだ、だから刺突攻撃にも支障がない。
突き入れるときに刀身にあわせてえぐるような動きをすれば大丈夫だ。
そして刀身が限りなく細いから、これもまた刺撃に非常に特化してる。
もちろん斬撃に関しても性能はお墨付きだ」
「ただ、その細さがネックになってくるな」
「……イサーシュ、お前今タメ口になってなかった?」
「いえいえなんでもありません」
「まあいいや。たしかにその通り。
カタナの弱点は、ソードやブレードに比べて多少耐久力が劣ることだ。
材質は非常に頑丈なものを使っているが、それでも防御に関してはしっかり受け止めるよりも華麗に受け流す技能が必要とされる。
が、お前の腕なら問題はないだろう」
「これを使いこなすのに、いったいどれだけの時間が必要になるのですか?」
「問題はそこだよ。俺はもともと直剣使いだった。
だけどこいつを使いこなすようになるには、直剣のクセを直さなきゃいけなかった。
それもずいぶん時間がかかったな。
そうだな、ざっと5年、10年……」
6世王が「5年っっ!?」と叫び、イサーシュが「10年……」とかすれた声で言った。
「ちょっとお待ちください! それほどの時間はかけられません。
天界との戦にはまだまだ時間がかかるとは思いますが、とてもイサーシュがそれを使いこなすには時間があるとは思えません。
我が貴重な戦力をあなたの勝手なわがままでもてあそばないでください!」
あわてた様子の6世王に対し、ベアールはなだめるような声で言った。
「ちょっと待て、待てよ!
俺が今さらそんなことわかっててふざけたことを言うわけがないだろ?
大丈夫だよ。俺にはちゃんとした計算があるから」
そう言って、ベアールは黒剣を持った手のほうでイサーシュを指差す。
「イサーシュ。たしかに俺はコイツを使いこなすのに、時間がかかった。
だけど俺はシロートじゃない。俺の目から見ればお前はこいつに関して、俺より才能があるように見える。
お前なら、あるいはもっと早い時間で使いこなせるようになるんじゃないかと思ってな。
それも天界の戦いに間に合うまでに、だ」
イサーシュは相手の目をにらみつけた。
「……ベアール、本気でそう思っているのか。
俺に、この刀が完全に使いこなせると」
イサーシュは完全に相手に敬意を払うものではなかった。
横で6世王が眉をひそめる。
「大丈夫だ。俺はお前よりずっとずっと年上なんだぞ?
大先輩の眼力を少しは信用しなさい」
そう言って、ベアールは細い刀を元の鞘に戻そうとした。
が、達人にしてはなぜか剣は中に収まらない。
「あれ? おかしいな……ああっっっ!」
すっとんきょうな声がしたので、対する2人は思わずのけぞった。
「しまったっっ! この『血吸い一文字』は剣に血を吸わせないと鞘に収まんないんだったっ!
なんで長年使いこなしてるコイツの特性をド忘れしてんだ俺っっっ!」
そしてベアールは足早に扉に向かい、「自分の腕切ってくる!」と言ってあわてて部屋を出て言った。
残されたイサーシュと、6世王は互いに顔を見合わせる。
「本当に大丈夫だと思うか?」「……さあ」
次の日から、コシンジュの本格的な体力トレーニングが始まった。
昨日は村中を歩き回り、村人たちに趣旨を説明してまわったのだが……
「コシンジュ君、言っちゃ悪いが、もう君は戦いに出ない方がいいと思うね。
あんなことがあったんだし、うちの国はともかく大陸の他の国の連中は、君のことをよく思っとらんだろう。
悪いことは言わない、君はこの村でおとなしくしてなさい」
村人に言われるとコシンジュは「うっ……」と口ごもる。
すると必ずチチガムは必ずこう説明した。
「これはコシンジュにとって非常に大切なことなんです。
もう一度再起をかけなければ、息子は完全には立ち直れない。
ロヒインやイサーシュのことだって放ってはおけないはずだ。
俺は、こうすることが息子にとって一番大事なことだと思います。
どうか息子のやることに理解を示してやってください」
「う、うむ。まあ、先生がそうおっしゃられるのなら……」
この場に頼りになる父がいて本当に良かった。
筋トレ、というより村人の力仕事を肩代わりする毎日が、こうして始まった。
朝、日が登り切らないうちから家を出て、あらかじめ決められていた作業にいそいそと取り組む。
ひと段落すると別の村人に呼び出され、すぐにかけつけた。
そして汗水たらしながら一心不乱に力仕事に取り組む。
内容は様々だ。
畑仕事、老朽化した家の修理、ちょうど収穫の時期だったため集めた農作物を詰めた袋の運搬など、それらすべてをコシンジュは必死になって取り組む。
コシンジュは非常に村人に頼りにされた。
さすがは元勇者、長旅の中で鍛えたスタミナと、数々の試練で磨き上げた身のこなしは村人たちを驚嘆させた。
「とても15歳の子供とは思えない……」とは、ある村人の談。
こうなってくれば、コシンジュはすぐに村人たちから引っ張りだこにされる。
コシンジュの目的に異を唱える村人は、すぐにいなくなった。
コシンジュは我を忘れて、矢継ぎ早に舞い込んでくる仕事に取り組む。
それでも筋肉を酷使する作業の連続は、15歳の少年にはさすがにきついようだった。
この早朝からの作業に、チチガムも参加する。
だが彼は腕を組んで見ているだけで、基本的には何もしない。
「こらコシンジュッ! 腕が止まってるぞ! それじゃ筋肉は増えない!」
「腰を曲げるなっ! ヒザを曲げろっ! 15歳で腰痛持ちになるのはまずいだろ!?」
「やりすぎだコシンジュッ! それ以上やったら腕が壊れるだけだ!
自分自身で身体を休めるタイミングを覚えろっ!」
大陸一の名剣士とはいえ、チチガムは絶妙とも言えるさい配でコシンジュを操る。
村人たちはそれにも舌を巻いた。
それでも腕がなまるのがいやなのか、チチガムは時折愛用の剣で素振りをしたりしていた。
困ったのはチチガムの指導を求めて日夜稽古にいそしむ、道場の弟子たちだった。
チチガムが1日中コシンジュに張り付いているため、道場に姿を見せることがない。
そのうち弟子たちの中から不満の声が上がった。
なにしろ、自分たちもいずれ天界での戦いに加わろうと考えているのだ。
彼らにとっては、人外の敵と戦う一世一代の大チャンスなのである。
中にはすでに連合とともにゾドラ軍、そして魔王軍との戦いに参加したツワモノもいたが、そうでない若い弟子たちにはこれが最後の機会と考える者もいた。
彼らをなだめる、高弟のポルトとアランの苦労は並大抵ではない。
と思いきや、意外にもそうではなかった。
ネヴァダの存在である。
彼女は毎日のように道場に顔を出し、近接格闘術と言う北の人間には聞き慣れない戦いをする戦士なので、弟子たちはみなすぐに魅了された。
ネヴァダは自前の黒鋼ではまずいと思ったのか、別に取り寄せた鉄製の手甲、足甲を用いた。
それでもその強さはケタはずれだった。大抵の弟子では、まず相手にはならない。
高弟のポルトやアランでさえ彼女にはかなわなかった。
イサーシュが言っていた通り、彼女はチチガムに並ぶ屈指の戦士だったからだ。
そのうち、弟子たちの中から格闘術を習いたいと言いだす者が現れた。
ネヴァダは最初渋ったが、よく考えてみれば剣を失った際の護身術に使えると思い、すぐに承諾した。
が、彼らの中から完全に武闘家に転向したいと言いだす者が現れたときには、さすがに閉口した。
自分は今まで人にものを教えたことがない。
勇者一家との夕食の席、困った彼女はチチガムに相談した。
「ハハハハ、いいじゃないか。
俺だって人に剣を教えることになった時はとまどったさ。
だけどほかに指導者がいないんじゃ、俺たちがやるしかない」
「だけど、近接格闘技はそんな甘いもんじゃないよ。
あたしの母国じゃ、完全に趣味の領域だって言われたりする。
はっきり言ってマイナーな武術なんだよ」
「ま、その分きびしく教えてやれ。
そのうち根をあげてまた剣をふるいたいって言いだすさ」
ネヴァダが「それもそうだね」と言って皮肉ぎみに笑うと、となりのブレベリが母親の袖を引っ張る。
「お母さんも、ついに弟子持ちだね。がんばってね」
ネヴァダはすぐに娘の髪をくしゃくしゃとかきあげた。
勇者一家とクリサが、それを暖かい目で見守る。




