第4話 白亜の都~その2~
翌日。勇者たちは灰のあと始末をして再び歩き出した。
しばらく歩いていると、木々の上から高い塔の姿が現れた。
「おお、見えてきた。相変わらずでかいなぁ」
コシンジュは額に手をかざして鮮やかな青で彩られた尖塔を見上げる。
「そうか、コシンジュってお父上に付き添って何度も城に上がったことがあるんだっけ」
勇者コシンジュの父親チチガムも、遠い国にまで名が聞こえる王国屈指の剣術使いである。
自分の道場で弟子を鍛える以外に、城に上がって兵士たちに剣術指南することも彼の重要な仕事である。
コシンジュはそんな彼に連れられて父の雄姿をじかに見てきた。
「だから別におのぼりさんってわけじゃないんだよ。
一番最後に行ったのもけっこう最近だから、町の様相もあんまし変わってないはずだぞ?」
後ろにいたメウノは問いかける。
「ロヒインさんは、ここに来たことは?」
「4年前、修業を始めて2年目の時に1度だけです。
シイロ先生の旅につきそって、あちこちを放浪していた時に少しだけ立ち寄りました。
すぐ後にしたのでほとんど思い出もありません」
「あ、そうか。
ロヒインの師匠ってあそこの宮廷魔導師と仲が悪かったんだっけ」
「なんでも犬猿の仲だとか。
弟子であるわたしも受け入れてもらえるでしょうか」
「問題はそいつだけじゃないだろ。むしろ城の人たち全員が……」
「だからコシンジュはそういう方向に持っていかない!
ポジティブ! ポジティィィィィブッッ!」
「わかったわかったから! ところでメウノは?」
「私は式典や祭礼の関係で何度も。
国王はココーヤ司祭様とも懇意ですから、私はコシンジュさんが思うほどの不安を抱くこともないと思いますけど」
メウノは不意に、横方向にいる人物に話しかけた。
「そう言えば先ほどから話にまったく加わっていないですけど、イサーシュさんはどうなんです?」
「あ、メウノ……そいつにはあまり話を振らないほうが……」
「コシンジュ。よけいな心配などするな。
俺自身は城に上がったことは一度もない」
メウノはふに落ちない顔で首をかしげる。
「あれ? イサーシュさんも確か、コシンジュさんのお父上の一番弟子なんですよね。
その付き添いで城に上がったことはないんですか?」
「町に行ったことは何度でもある。
だがそれは城外でもよおされる王国主催の剣術大会だけだ。この剣も優勝した時に授かった」
イサーシュはちらりと真後ろの立派な剣に視線を向けた。
「それだけだ。国王陛下の敷地をまたいだことは一度もない」
わざわざ『敷地』という表現を使った表現がメウノは気になった。
つい質問を続けてしまう。
「どうして?
城の屈強な兵士を相手にすれば、イサーシュさんももっと強くなれるでしょうに」
「あそこの連中なんて大したことはない。
どうせ旧門閥貴族出身のカン違いしたボンボンばかりだ。
そんな連中より村に武者修行にやってきた奴のほうがよっぽど刺激になる」
「そこまでにしろよメウノ。
事情があるんだよ事情が。あまり大きな口では言えないような事情が」
「はあ、そうなんですか……」
コシンジュに指摘され、メウノはそれ以降押し黙った。
横目でちらりと確認すると、イサーシュは城に近づくにつれ段々目つきが険しくなってくる。
彼もまた、ロヒインの師匠と同じく城の者によほどの因縁があるに違いない。
森の木々が途切れると、一転して広い場所に出た。
見渡す限り広大な農園の中に、それなりに高い塀に囲まれた一角がある。
その中央にはうずたかくそびえたつ、青と白を基調とした壮観な城があった。
ロヒインが思わず息をのむようにつぶやく。
「わぁ、久しぶりに来ると、ホントに感動しますねぇ。
初めて来る人だったら本当にびっくりするでしょうね」
「とくに城の高さになんかはな。どんだけでけえ城なんだよ! とか」
「実際は巨大な岩山の上に建てられているだけなんですけどね。
増築を重ねてはた目にはわかりにくくなっていますけど。それでもやっぱり天下の名城ですね」
「あの城の様相もそうだが、町自体もそれを取り囲む農園の規模も圧倒的だ。
間違いなく北の国家連合の中でも、一番の大都市だろう」
コシンジュ、メウノ、イサーシュが続く。
一番は大げさだとは思うが北の大陸の中でも屈指の大都市なのはロヒインも異論はない。
「さて、さっそく行きますか。早くしないと昼を過ぎてしまいますよ」
ミンスターはそれだけの規模がある。
4人は中央にある巨大な城を目指して一斉に歩き出した。
「へえ。畑をおおう緑色にもこれほどの種類があるんだね」
ロヒインがあたりの田畑を見回しながら感動的につぶやく。
コシンジュがうれしそうに口を開く。
「確かにきれいだよな。
ここにあるだけでも、中央にある城の連中を食わせるのに十分な量の農作物がとれるらしいぜ」
「確か話によると、ここは以前ただの荒れ野だったらしいじゃないですか。
ここを納めた初代国王が、離れた場所にある大河から水を引いて開拓を行ったそうですね」
ロヒインがいうと、メウノがにっこりとうなずきながら返した。
「おかげで大規模な人口が養えることが可能になったわけです。
水量が少なくなった場所には新たな村ができました。それが先日のラナク村、とのことです」
「へえ。そいつは初耳だったな。にしてもあの村の連中は感謝が足りねえな」
「あの村の人格形成に王国は関係ないだろコシンジュ。それより早く行くぞ」
イサーシュはまわりの風景を見ても心が洗われているようには見えなかった。
一方のロヒインは目の前に迫ってきた白い壁に目を奪われる。
「町を囲む城壁も高いね。これも確か魔物対策で建てられたんだっけ?」
「威圧感を無くすためにわざとこのようなカラーリングにされたようですよ。
むしろスケールを感じさせて旅人にはおおむね好評のようです」
見上げんばかりの大門は全開にされ、4人は何の支障もなくそこを通り抜ける。
大通りはかなり広く、4人が知っている町の中でも最も規模が大きい。
「だけどこれ、魔王軍がせめてきた時に攻めやすくないか?
たしかに城壁は守りがカタいけど、ここさえ通り抜ければ城まで一直線じゃねえか」
「城自体の守りが堅いからいいんですよ。
それよりはむしろ経済的な効果を優先した結果です」
コシンジュの疑問に答えるメウノは道の両側を指差す。
「ほら、両側にある商店の規模が大きいでしょう?
表通りに店を構えられるのは一流の商店である証です。
この通りは比較的人通りが少ないので、隣国のベロンやキロンに続く大通りはもっと大規模になっているはずですよ」
たしかに彼女のいうとおり、商店の規模はカンタの町のものより大きい。
ひとつひとつが余裕で3,4階建てになっている。人通りもそれなりに多い。
「そういえば、ラナクってカンタにつながっててるんだよな。
その割には宿屋も1件しかないし人通りもなかったよな。
誰ともすれ違わなかったじゃねえか。ゴブリンに占領されても大騒ぎにならなかったのもそのせいか?」
「少し距離はかかりますが、あれよりももっとにぎやかな町を経由する道がありますからね。
馬車で通る人たちにはスルーされるんでしょう。
ていうかなにげに無視されてるような気がするんですけど」
意味深なメウノの発言にコシンジュはあごに手を触れる。
「人通りがないせいで村の連中は陰気になったのか、それとももともと陰気だったせいで避けられているのか……」
「そんなことどうでもいいだろ。それより話を戻していいか」
「なんだよイサーシュ。
オレらは別にお前の不機嫌な顔なんか見たくないんだよ」
イサーシュはそんなコシンジュの発言を平然と無視し問いかける。
「お前ら何やら魔王軍の攻撃を心配しているようだが、おれはむしろ人間同士の争いを心配したほうがいいと思うね。
この街の警備体制はあまりに無防備だ」
「お前そうやって話を暗い方向に持っていくなよ。
あるわけないだろ? 人間同士の争いなんて」
「フン。いかにも現代人らしい平和ボケした発想だな。
いついかなるときにも、あらゆる非常事態を想定しなければならない。
王国に属する軍人なら常に身につけておかなければならない心構えだ」
そうやってにらみ合う両者をロヒインがなだめるように割り込む。
「連合の決裂の心配をしているんですか? よほどのことがない限りそれはないと思いますよ。
国王は賢明な方ですし、だいいち連合諸国にメリットがありません。いざという時は6つの国が結託して魔王軍に望まなければならないのですから」
「それだけじゃないだろう。南大陸の連中がよからぬことを考えないとも言えんだろ?」
メウノが冷静な顔つきでイサーシュに指摘する。
「それはそうですね。でもしばらくは大丈夫でしょう。
あそこは現在1つの大国家で統一されていますが、何かと問題を抱えていて、とても海外に遠征しようなどということは考えられないでしょう。
あそこの支配者たちは自分たちの権勢を守ることで必死なはずですから」
「メウノさん、その話はあとでいいじゃないですか。
どうせわたしたちはそのことについて国王陛下とお話しする予定なんですから」
ロヒインが話を切り上げようとすると、コシンジュがろこつにいやそうな顔を浮かべた。
「あ、やっぱりそうなっちゃう? オレそれ苦手なんだよなぁ。
政治の話なんてこむずかしくてめんどくさいぜ」
「コシンジュ。
そんなんでよく俺に説教たれるよな。本当に頭が悪いのはどちらのほうだ」
イサーシュが髪をかきあげながら言うと、再び両者にらみ合いになる。
ロヒインはうんざりした顔で怒鳴りつけた。
「そうやってすぐに険悪になる! いい加減にしないと怒るよ!」
「うふふふ。一回本気でケンカしてみたらどうなんですか?
武器なしで戦ったら2人ともいい勝負かもしれませんよ?」
「メウノはそうやってあおらない!
もう! 町の風景を堪能しないうちにもう城が近づいてきちゃったよ!」
ロヒインに言われて3人が見上げると、天をつく巨大な城はもう目の前にまで迫っていた。
感動にひたるロヒインだったが、ふと後ろに振り返るとそこにはどこか浮かない顔のイサーシュの姿があった。
4人は噴水のある広場を抜けて城の周辺を回った。
ここまでいくとはっきりと城が無骨な岩山の上に建てられているのがはっきりとわかる。
場内に続く道は1つだけではないが、正規の訪問者は南方面にある正門からくぐるのが筋だ。
そこまでまわりこむと、2つの小さな塔に囲まれた巨大な門扉の前に出る。
この門は通常閉まっている。訪問者は扉の右側に開いている小さな子扉をくぐることになっている。
小扉と言ってもそれなりに大きいのだが。
小扉のわきには詰め所が設けられており、番兵たちが長いテーブルに腰掛けながら短い行列に並ぶ人々を入念にチェックしている。
「あ、前来た時と兵士の鎧がちがう」
指差すロヒインにコシンジュが思い返したように言う。
「ああ、あれ? こないだ入れ替えたんだよ。
新調した鎧は合金になっていて、前のより丈夫でしかも軽いらしい」
たしかに彼の言うとおり、思わず心配になってしまうほど簡素な鎧をまとっている兵士たちの動きは軽々しい。
以前に見たものはさすが国王直属の兵だけあって重厚感を感じさせてなんだか暑苦しかったのだが、まるで見違えたかのようだ。
そのかわりに細かく施された装飾が兵士たちの威厳を引きださせていた。
メウノも感心してうなずく。
「聞いてます。
なんでも新しく入った評議員が技術開発に長けていて、城の設備に大胆な改革を行っているのだとか」
「へえ、ぜひ会ってみたいものです」
こんな風に雑談を繰り広げていると、1人の兵士がこちらに近寄ってきた。
「国王や評議員がたに謁見の者か?
すまないが入城時には入念な審査が必要になる。
かなりきびしいので覚悟を決めておくよう……」
ところが、そこまで言いかけたところで兵士の顔が固まった。
「お、おまえはコシンジュっっ!」
「あ、そう言うあんたも見たことあるぞ。
たしかうちの親父とも親しかったよな」
兵士は先ほどのかた苦しい態度から打って変わって、打ち解けたようなものになる。
「そうそう、親父さんは元気か?
今日はお友達と着たみたいだが、今日は一体何の用で……」
ところがここで、またしても表情が固まった。
と思いきや、いきなり直立して敬礼しだした。
「う、うはぁぁぁっっ!
し、失礼いたしました勇者様! ぜ、ぜひ城までおあがりくださいっ!」
「えっ!? マジで勇者っ!?」
「どれどれ? え、ウソあれっ!?」
「まだ若いと聞いていたが、まさかあれほどとは……」
町の人たちが一斉にさわぎだす。それを見た4人はそわそわしだした。
「ちょ、ちょっと大きな声出すなよ。
最近オレらなにげに評判悪いんだから、あまりさわがれても困るんだよ」
「なにぃぃぃっっ!? 誰だ天下の勇者様を悪く言う奴はっ!
おれがひっぱたいてやる! っていうかえらそうな口を叩いてすみません!」
「いやだから困るって……」
オロオロしているコシンジュの肩を叩いてロヒインが声をかける。
「行こう。どうやら兵士の皆さんが優先して通して下さるみたいだよ」
コシンジュ達はていねいに頭を下げる他の謁見者たちに恐縮しながら、門の中をくぐり抜けた。
ところが先ほどの兵士が追いかけてきて声をかけてくる。
「みなさん、よければ上に連絡して魔導師を連れてきますが。
城の広場までは長い階段になっていますので、魔法じゅうたんの上に乗せてもらうよう申請します」
「あ、ありがとうございます。でもお気持ちだけで結構です、すみません」
ロヒインがやんわりと断ると、イサーシュが横やりを入れてきた。
「なんで断る。あまり長居はしたくない。
どうせ謁見者のほとんどはじゅうたんを使うんだろう?」
「体を鍛えたいので……」
そう言うとロヒインはいそいそと目の前の階段をのぼりはじめた。
3人もそのあとを追いかける。
「つ、疲れた……なんでこんなに複雑になってんの?」
ロヒインは階段の途中、岩山をくりぬいたちょっとした洞穴の中で階段に腰掛けた。
「複雑に決まってんだろ! 大通りが抜けやすいぶん城の中は複雑になってるんだよ!
岩山を一周しないと頂上の広場まではたどり着けないぞ!」
コシンジュがさけぶなか、洞穴のそばにある小さな砦の中から兵士が顔を出して言う。
「あの~、今からでも遅くないですから魔導師呼んで来ましょうかぁ?」
ロヒインは手を上げた。
「す、すみません。広場まであと少しなんで、もうちょっとがんばります」
「ていうか情報はや! もう城の中にまで伝わってんの!?」
コシンジュが問いかけると小さい窓の兵士はにっこりと笑う。
「そりゃあもう。
今ごろ前もって準備していた歓迎会の仕上げが行われているところです。
あ、しまった。これは禁句だったかな?」
「うぅ、なんだかいやな予感……」




