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第43話 冬の時代~その4~

 一方、処刑台のある広場のそばにはリスベンの議事堂がある。

 その中の一室、かつてチェザーレの執務室があった場所は、いまはルキフールに陣取られている。


 ルキフールは束になった書類に目を通し、執務席の向かいにいる1匹の魔物に視線を移した。

 そこにいたのは、本来なら魔界にて部隊を編成すべき、エドキナの姿だった。


「君の書類、読ませてもらった。

 本来なら君のような異形がここに現れるには早い。

 だがこれを読んで、どうしても一目会いたくなった」


 エドキナは慇懃(いんぎん)に頭を下げ、「ありがとうございます」と告げた。


「なるほど、たしかに納得のいく内容だ。

 魔界大隊の無数にいる指揮官の中で、このような考えを持つ魔物はそう沢山はいまい」


 エドキナは緊張感をみなぎらせ、そっと相手の顔色をうかがう。


「それで、わたしの意見、ご参考になられますでしょうか」

「ご参考? 甘いな。

 これくらいの考え、この私も普段から持っている」


 エドキナは「そうですか」と言って、意外に思えるほど残念そうな顔つきになった。

 するとルキフールは不敵に笑い、書類をツンツンと指差した。


「だが、この意見は非常に貴重だ。

 まず我々魔族軍の大きな弱点として、全体的な魔物の統率力がないことを指摘している。

 これは軍がおびただしい数の種族で編成されているため当然である、というのもうなずける。

 そこで、各部隊をそれぞれの得意とする戦術にあわせ、それらを(たく)みに組み合わせることで様々な事態に対応させる。

 軍全体としてまとまりはないものの、各種族の構成員は指揮官である上級魔族に対して従順であるため、与えられた任務に対する実効性は非常に高い。

 これをうまく利用することで、本部の指揮系統はより円滑(えんかつ)に進むとな。

 なるほど、よくわが軍の特性を見抜いている。ほめてつかわすぞ」


 エドキナはつい顔をほころばせ、手を組みあわせて「ありがとうございます!」と言った。


「ただし、納得できない部分もある」

「はい、なんでしょう?」


 急に態度を変えたので、エドキナも意気消沈した表情になった。


「人間の扱いに対する指摘だ。

 君は彼らが魔物に比べて脆弱(ぜいじゃく)であり、敵である天界の軍勢との戦いで主戦力として扱うのはムダだと説いている。これは正しい。

 そして人間たちは主に後方支援として戦闘に参加させるべきだと。これも私が常々考えていることだ。

 しかし最後のこれはなんだ?」


 ルキフールは紙束を裏返し、指定する部分をするどい爪で指した。


「いったいどういうつもりだ? 

『人間たちをわざと最前線に送り、敵軍に突入させる』?

 こうすることで司令部はより具体的な作戦を立てやすくなり、主戦力である魔物たちの有利に運ぶことができる、だと?」


 エドキナが思わず「いけませんか?」と問いかけると、相手は容赦なく首を振った。


「あまりに馬鹿げておる。

 まず言わせてもらえば、殿下が納得せぬ。

 殿下は歴然たる穏健派だ。その意志を貫くがゆえ人間たちのために命までかけたのに、それをここで不意にするとでも思ったか?」

「確かに殿下がご納得されないのはわかっています。

 ですが……」

「もう1つある。

 人間たちが承知するまい。

 獰猛野蛮(どうもうやばん)な魔物たちが勝利をつかみやすくするために、彼らが自ら捨て駒になると思うのか?

 君は人間を知らなさすぎる」

「おっしゃることはよくわかります。でもそうするべきです。

 わたしを人間たちの指揮官にご指名いただくならば、それに対して疑問を持たぬよう、しっかり訓練を(ほどこ)すつもりです。

 そして殿下がご納得されていないということですが、こちらにも言い分があります」


 ルキフールはうんざりした顔で「言ってみろ」と告げた。


「殿下が人間に対し戦争を始めてから、もうすでに魔族側には数多くの犠牲者(ぎせいしゃ)が出ています。

 それに対し人間たちの犠牲はそれほど多くはありません。

 これは殿下の立てられた戦略がいかに功を(そう)したかということでもありますが、これに対し魔族側の不満があるのも事実です」


 真剣なまなざしでうったえるエドキナに対し、ルキフールは身をのりあげた。


「つまり人間側にも相当な犠牲を払えと?

 言っておくが、我々が人間界の侵略を始めたのは魔族の総量を減らすためだ。

 これは向こうではおおやけにはなってはいないが、かしこい君ならわかっているはずだ。

 対して人間の数は今のところ安定しており、大勢の犠牲を出す必要はない」

「おっしゃる通りです。

 ですが今はそうでも、将来はどうなるか」


 そう言ってエドキナは、しなやかだがウロコにおおわれた両手をデスクについた。


「今度の戦いは総力戦です。しかも相手は天界の軍勢。

 魔族のみを総動員すれば、相当の被害が出ます。

 滅亡の危機にひんする種族さえ出るかもしれません。

 もちろんわたしはわが軍の勝利を確信していますが、問題はそれに対して、同胞(どうほう)たちがどう思うかです」


 そこまで話を聞いたルキフールはいったん背もたれに身体をあずけ、指で自分のアゴをなでつけた。


「君の言うことはもっともだ。

 人間たちがあまりに後ろに引っ込んでいれば、魔族たちは殿下が人間をひいきしていると思うだろう。

 すでにその気配がある。それを防ぐためには……」

「おわかりでしょう。司令部は公平でなくてはいけません。

 いくら殿下が可愛いと思っていても、人間ばかりをひいきしてはならないのです」


 ルキフールは視線をそらし、深いため息をついた。


「大変参考になった。この意見書は殿下に報告するとしよう。

 いずれ君をしかるべき場所にすえるかもしれん。おって沙汰(さた)を待つように」


 破顔したエドキナが、長い舌をチロチロさせて「ありがとうございます!」と言った。


「ただし、位が上昇するにつき、君は殿下の命に忠実に従ってもらわねばならん。

 君は強硬派に属しているらしいな。

 自らの思うように事が運ばないこと、覚悟しておくことだ」


 エドキナは真剣なまなざしになり、「かしこまりました」とうなずいた。





 廊下に出ると、それを見た人間たちが一様に飛びあがり、尻もちをつく。

 それを見たエドキナは勝ち誇るような笑みを浮かべ、悠然(ゆうぜん)と廊下を渡る。も

 ちろんヘビのような長い尾をくねらせて。


 そうだ、人間ども。もっとこの姿を見てふるえあがるがいい。


 ところが、前方に何者かが現れ、エドキナは道をふさがれた形になる。


「なに者だっっ!? いや、お前は殿下の直参か……」


 現れた赤毛のデーモンが、不服そうな顔でぺこりと頭を下げた。


「ロヒインと申します。あなた様は?」

「魔界大隊所属、ナーガ族の長、ナーガラジャの『縛り女(しばりめ)のエドキナ』だ。

 いずれは昇進し、しかるべき地位に立つかもしれんがな」

「それでこんなところに?

 ぶしつけですが、あまり人間たちの目にはお姿を現さないほうがよろしいかと」

「フン! いずれ人間と魔族は深くかかわることになるのだ。

 これぐらい耐えられないようでどうする」

「はたから見れば、明らかにおびやかしている様子ですが?」

「新入り風情(ふぜい)がえらそうな口を聞くな」


 そう言ってエドキナは、マントに包まれた胸元に鋭い爪をつきつけた。


「だいたいお前は殿下の直参として要職についているようだが、本来ならお前にその資格はない。

 魔界の(おきて)をろくに知らぬお前など、本来底辺についていちから学ぶ必要があるはずなのだ」


 するとマントの中から、ひょっこりとチューリップ姿の魔物が飛び出した。


「それなら、この俺が1から10までビッチり教えてますから、心配はいりませんよ」

「だまれマドラゴーラ!

 お前はさっさとドライアナの一部になり果てろっっ!」


 マドラゴーラが黒い瞳で涙ぐみ、「ひどい……」とつぶやく。

 ロヒインは首を振った。


「そして底辺にて、愚劣(ぐれつ)な魔物たちに教えをこえと?

 そして人間であることを完全に捨て、あなたのように人間たちに対し冷酷(れいこく)に接するようになれと?」

「お前はまだ自分が人間でいるつもりか?

 いい加減あきらめろ。お前は人間を捨てたのだ。

 女に生まれ変わりたいというあさましい願いをかなえるためにな。

 そのための代償(だいしょう)は、人であることを失うだけではまだ足りん」


 そして、エドキナは相手を避けて横を通り過ぎた。

 相手が声をかける。


「エドキナさま。あなたこそ、考え方を変えたらどうなのですか?

 人間に対する差別を、殿下はなによりお嫌いになりますよ」

「フンッッ! 知ったことかっ!

 いずれわたしの正しさが証明されるっっ!」


 エドキナはそのまま進んだ。

 こうして、2人の初対面は幕を閉じた。


 戦いが始まろうとしている。

 それに最後まで生き残るために、わたしは立ち上がった。

 そのための作戦は、なんとかうまくいきそうだ。


 警戒すべきは、かつて勇者につき従っていた魔導師の存在。

 あのいまいましい勇者の魔導師!

 奴には気をつけなければならない。

 わたしが生存の望みをかなえるために、決して邪魔されてはならない存在だ。





 テレポートを使い、瞬時に城に戻ったファルシス。

 多忙である彼には、どうしてもやらなければならないことがあった。


「こちらです、母上」


 息子に片手を抱かれ、魔王の母は顔をあげた。

 その顔は喜びに満ちている。


「まあ、なんて素敵なのかしら」


 これまで暮らしてきたパンデリアとはまったく異なる、光に包まれた大空間。

 息子と同じくらい年若く見える彼女の前に、これまた同じ年ごろの若い女性が現れた。


「母上、ご紹介します。

 彼女がわが妻となったエンウィーです」

「よろしくお願いします。

 ゾドラ帝国第2代大帝、エンウィーです。

 お母さま、と呼んでよろしいかしら?」


 顔を合わせた魔王の母は、ペコリと頭を下げた。

 初対面となった嫁と(しゅうとめ)は、お互い差し出された手をしっかりと握る。


「『イリス』です。こちらこそ、どうぞよろしく」


 エンウィーは少しあわて、「そんな!」と声をあげて恐縮する彼女に対し、イリスはほがらかにほほえんだ。


「短い間でしょうけど、ファルシスのこと深く愛してあげてね」


 エンウィーは顔を真っ赤にさせる。

 そばにいる息子が声をあげて笑う。


「母上。エンウィーとは十分子をなしたあと、我が血を分け与えて同胞(どうほう)になってもらうつもりなのです。

 心配しなくとも長い付き合いになりますよ」

「あらそうなの? ごめんなさいね、失礼なこと言って」

「そんなこと。それよりどうですか? ゾドラ城の様相は」

「大変素敵な城ね。

 とても亡くなった主人が、大勢の奴隷(どれい)酷使(こくし)して建てさせた城とは思えないくらい」


 さみしげな顔を浮かべるイリスに対し、ファルシスは皮肉な笑みを浮かべ顔をあげる。


「いったん廃墟(はいきょ)となったあと、近くの街に住む者たちが建てなおしたのです。

 いたるところが貧困(ひんこん)にあえぐゾドラでは、それを一手に収める強力な統治者が必要なのです。

 そしてその者が住まうにふさわしい場所は、かつて父上が築いたこの壮大なる城よりほかはないと」

「そう。でも見事に生まれ変わったものだわ。

 暗いゆえんがあるこの城でもみんなで力を合わせれば、平和の象徴(しょうちょう)になれるのね」

「その通り。そしてこの城が、本日より母上の住まいとなるのです」

「それじゃ、やはりあの荷造りは、引っ越しのための準備だったのね?」

「そうですが、なにか?」


 ファルシスが問いかけると、イリスは困ったような表情になった。


「お気に召しませんか? 父上が築いた城では」

「そうではないわ。

 むしろわたし自身は住むことに不満はありません。だけどファルシス」


 彼女はファルシスの両ほほを、そっと手で包み込む。


「あなた、ひょっとしてパンデリアを放置するつもりなのかしら?」

「どうしてそのようなことを言われるのです?」

「最近、向こうでルキフールの姿を見ないの。

 もしかして、彼も魔界を放置する気なのかしら?」

「いけませんか?

 我々が人間界をおさめるためには、ここを拠点にするしかないのです。

 そのためにはルキフールの力が欠かせません。

 いずれは帰ることになるかもしれませんが、いまはパンデリアの様子に気を使っているヒマはないのです。

 だから母上にもこちらにお越しいただいた」


 するとイリスが不満げな表情になり、両手をほおから離した。


「いけません! いけませんよファルシス!」


 ファルシスが納得いかない顔になっていると、彼女はその胸に片手を押しつけた。


「ファルシス。

 まさかあなた、2度と魔界に足を踏み入れないつもりなのかしら!?」

「なぜそのようなことを言うのです?

 こちらの世界が気に入らないのですか?」

「確かにここは明るく、空気がおいしくて住む者たちもおだやかかもしれません。

 だけどファルシス、あなたの故郷は、魔界なのよ?」


 とまどうファルシス。

 彼はてっきり母が人間界で暮らせることを喜んでくれるとばかり思っていたのだ。

 自分に似て穏やかな性格である母から、まさかこのような言葉が出てくるとは。


「忘れないで。あなたの故郷のことを。

 あなたに少しでも郷土愛があるのなら、決して向こうの世界を放置しないはずよ?」


 ファルシスは固まったまま動かない。

 すると彼女は名残惜しげに息子のもとを離れ、エンウィーのそばによって「ご案内して下さる?」と言う。

 相手はとまどいながらも「あ、はい」と言いながら母親を連れていった。

 その間もファルシスのほうにしきりに視線を向けていた。


 若き魔王は、大きく戸惑(とまど)っていた。

 すでに多くのデーモンやダークエルフがこちらに移り始めている。

 彼らの多くがこちらの世界に暮らしたがり、すでに郊外に新たな町を作り始めている。

 母も彼らのように陰湿(いんしつ)な魔界での暮らしを捨てたがっていると思っていただけに、ファルシスは途方に暮れる想いにかられた。





 北大陸では、秋が深まって木々が赤や黄色に色を変えはじめていた。

 多くの村で収穫があり、たいていは願った通りの豊作で喜びに()いている。

 神々の怒りで災いが起こると思っていただけに、その感激もひとしおのようだ。


 そのような平和な季節を今年も迎えているなか、見慣れぬ風体の3人連れが、はるばる勇者の村までやってきた。

 この村もまた大豊作で浮かれている。


「おお、いいところだね~。

 やっぱり北の大陸はどこも豊かでうらやましいわ」

「お母さん、わたしここに住んでみた~い」

「ここが、コシンジュの住んでる村かぁ。ホント、来てよかったわアタシ」


 知っているものが見れば、現れた人物たちの姿におどろいただろう。

 3人とも黒髪に若干日に焼けた肌。

 そしてこの地では見かけぬ南方風の衣服に身を包んだ3人の女たちは、それぞれ名前をネヴァダ、ブレベリ、そして「クリサ」と言う。


 クリサ。

 そう、コシンジュが南大陸で出会い、その身をかばって意識不明の重体におちいった、あのクリサである。

 一時はもう2度と目覚めることがないとすら言われていた彼女は、1か月の時を経て再び意識を取り戻し、こうしてネヴァダ親子の旅に同行することができたのである。


「それにしても、あんたホントに念願がかなってよかったわ。

 よくもまあ無事にコシンジュの村にたどり着けたね」


 ネヴァダに言われ、クリサは少しさみしそうな顔つきになる。


「本当なら、コシンジュに直接連れてきてもらうはずだったんですけどね。

 それだけが本当に残念です」


 そしてぼう然と上を見上げる。


「あれから、あいつにいろんなことがあったんですよね。

 アタシの姿を見て、少しは元気になってくれるかなぁ」


 ここまでの旅の最中、コシンジュに何があったのかネヴァダから聞かされているクリサ。

 その悲しげな表情を見て、ネヴァダも「そうだね」とつぶやく。


 2人の様子を遠巻きに見ていたブレベリが、わざと飛び跳ねるようなしぐさで、目の前の広大な田園の前に立った。


「ここ、ホントにいいところね!

 こんなところでコシンジュさん、育ったんだ~! なんだかよくわかる気がする~!」


 そして2人のほうを向いて、「ね? そう思うでしょ!?」と問いかけると、2人とも少しだけ笑みを浮かべてうなずいた。


「ああ! ちょっとすみませ~んっ!」


 遠くから、誰かがかけよってくる。

 3人がそれに目を向けると、どこかで見たかのようなローブ姿の少女が現れる。

 歳はちょうど、ブレベリと同じくらい。


「すみません! ひょっとして、手紙に書いてあったネヴァダさんじゃありませんか!?

 このあたりじゃ見慣れないお姿をしてたんで、すぐわかりました!」

「あんたは誰だい?

 誰かに似てるような気がするけど、まさか会ったこともないだろうし」


 ネヴァダが問いかけると、彼女は片手に持っていた杖にもう一方の手も添えて、ペコリと頭を下げる。


「はじめまして!

 わたし、コシンジュの妹の『ソロア』と言います! よろしくお願いします!」


 顔をあげた彼女は、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。





「へえ。それじゃあんた、魔導師を目指してるのかい。

 そりゃたいそうなこったね」

「ええ、ロヒインさんにあこがれて。

 弟子入りしたシウロ先生にも、わたしには才能があると言って、ほめてくれました!」


 ソロアを連れ立って、3人は歩く。

 日は少しかたむきかけており、太陽を背にネヴァダたちはコシンジュの実家に向かう。

 クリサが途中、頭の後ろで腕を組んだ。


「勇者の妹が、魔導師ねぇ。

 なんか相性悪い気がしないでもないと思うけど……」

「あはは、そうですね。わたしもなんでだろって思います」

「否定しないのかよ」


 ここでネヴァダがはっとしたような顔になった。


「そう言えば魔法伝書バトで送ってもらった返事には、コシンジュの様子は書いてなかったね。

 ひょっとして、相当具合悪いのかい?」

「ずっと部屋に引きこもりっぱなしとか」


 クリサが引き継ぐと、南からやってきた3人はいっせいに暗い面持(おもも)ちになる。

 だがそれ以上に、ソロアのほうが気まずい表情になっていた。

 3人が一様に顔をのぞき込むと、相手ははっとしながらもすぐに表情をくもらせる。


「正直、みなさんにはホントは来てほしくありませんでした。

 もっとも知らせを受けたのは海を渡ってからだったので、今さらお引き留めするのもどうかと思いましたので」

「ソロア。

 もうあたしたちはみんな、あいつにどんな悲劇が起こったのか知ってるんだ。

 今さら何を見せられても、意外だとは思わないよ」


 魔導師見習いは首を小さく振った。


「そうじゃなくって。あの、何て説明したらわからないんです」


 クリサとブレベリが同時に「説明できない?」とつぶやき、顔を見合わせた。


「見てもらえれば、わかってもらえると思うんですけど……」


 困り果てた顔で正面を向いたとき、その目が少し見開かれた。


「あれ? なんだろうあの人……」


 3人はいっせいに前方を見る。

 他の民家より少し大きめの建物の前に、みずぼらしいローブを着た誰かが立ちすくんでいる。


「あっ、ついでにあそこが、わたしとお兄ちゃんの家です。

 にしてもあれ誰なんだろ?」


 そう言ったソロアはおそるおそる近寄り、声をかけた。「すみませ~ん」


「待ちな。怪しい奴かもしれない。

 あたしも一緒に行くよ。ブレベリ、クリサ、あんたたちは下がってな」


 言う通りに動いた少女たちを確認し、ネヴァダは拳の骨を鳴らしながら、その後ろ姿に近づく。


「おい、ここが勇者の家だとわかっててたずねてんだよな?

 あたしはゾドラで有名な武闘家(ぶとうか)だ。

 下手な真似したらただじゃ済まないよ」


 ローブ姿の人物が、少しずつこちらを向いた。

 表情はフードに隠されよく見えなかったが、やがて自らそれを外し、頭頂部がはげあがった老人の姿を現した。


「……あっっっっ!? お前はっっっっっ!」


 思い切り人差し指をつきだすネヴァダを見て、ソロアが「お知合いなんですか!?」と呼びかける。

 次の瞬間ネヴァダはおどろきの行動に出た。


「てんめ~!

 よくもこんなところに姿を現しやがってっっっ! 覚悟はできてんのかっっっ!」


 老人が「わっわっ、ちょっと待てっっ!」と言うのも聞かず、ネヴァダは目の前まで近づいたとたん相手の首を思いきり()めだした。


「てんめ~~~~~~っ! あれだろっ!?

 みんなの前にちょくちょく近づいたり、変な夢見せてた奴だろっっ!?

 知ってんぞっ! お前がコシンジュを勇者に選んだんだろっっっ!?

 ふざけんなマジで覚悟しろっっっ!」

「……えっ!? お兄ちゃんを選んだっ!?

 それってあれでしょっ!? 神様……かみさまぁぁぁっっ!?

 ちょっと待ってくださいよその人神様なんでしょっっ!?

 なに首絞めてんですかぁ~~~~~~~っっ!?」


 ソロアがあわてふためく。

 一方老人は神にもかかわらず「く、くるし……」とうめく。


「うるさいっっっ! お前のせいでコシンジュはおかしなことになったんだ!

 なんでだ! なんでアイツをわざわざ勇者に選んだっっ!?

 どうせあれだろっっ!? こうなることを全部わかっててあいつを勇者に仕立て上げたんだろーがっっっ!」

「わ~~~んっ! ちょっとやめてくださいよ~~~~~~~~~っっっ!?」


 半分泣きそうになっているソロア。

 後ろにいるクリサとブレベリはどうしていいかわからず、しどろもどろになっていた。





「ふう、まさか君たちとバッチリタイミングがかち合うとはな。

 こう見えて、兄者の監視の目からすりぬけるのは大変だったんだよ」


 一息ついた神ヴィクトルは、ひとまず木の切り株に腰を落ち着ける。


「で? あんたいったい何しに来たんだい?

 まさか今さら(あやま)りに来たとかいうんじゃないだろうね。人の人生狂わせおいて」


 腰に手を添えて仁王立ちで見下ろすネヴァダ。

 横にいるソロアが「その方、いちおう神様。神様ですから……」とクギをさすが、相手は意に介さない。

 一方のヴィクトルが、深いため息をついたあと、消え入りそうな声で答える。


「そうするべきかどうかは、ひとまず会ってから決めようと思う。

 すまないが、私のことは伏せてもらえないだろうか?」

「ここにはコシンジュのオヤジさんもいるんだよ?

 あの人もあんたをひと目見たら冷静じゃいられないと思うんだけど?」

「わかっているとも。

 だが、私にはどうしてもケジメをつけなければならんことがある」


 ネヴァダが「けじめ?」と問いかけたとき、コシンジュの家のほうに何者かが現れた。


「チチガムせんせぇ~! リカッチャさぁ~ん!

 大変だぁ~~~~~~っっ!」


 ソロアが現れた男性を見て「あ、となりの畑の人だ」とつぶやいた。

 家の扉が急に開かれる。

 中から現れたのは普段着姿のチチガム。ていうか早い。


「なにがあったっっっ!?」

「コシンジュが! コシンジュがまたうちのオヤジとモメてるっっ!」


 そう言って畑のほうを指差すとチチガムは「わかった!」と言って村人とともに走り去っていった。


「……なに? コシンジュ、意外と元気じゃん……」


 クリサを始めぼう然とする女旅人たち。

 ソロアが小さく首を振っていることには気づいてなかった。





 少々駆け足で畑を訪れたネヴァダたちは、その光景を見て一様にあ然とする。


「てんめっ! これで何回目だっ!

 どんだけ痛い目にあえば、おんしわかるだぁっ!」

「だから何度でもいっとるでねえか! ここはオラの畑だっっ!

 おんしこそ勝手に畑に入ってくんじゃねと、何回言ったらわかるだっっ!」


 方言バリバリで、みのった稲穂の束を取り合う老人と若者。

 しかし、よく見るとこの若者、


 どう見てもコシンジュその人である。


「いいかげんにせんかっ! ここはワシんとこの畑だっ!

 おんしはとなりにすむチチガムせんせのせがれだろがっっ!」

「知んねっ! んなこと知んね!

 オラはここの百姓(ひゃくしょう)の息子だぁ!

 チチガムとかいうおっさんなんぞ、オラなんも知んね!」

「コシンジュ! もういい加減元に戻るだぁっっ!

 お前の痛々しい姿、もう見てられんでぇ!

 おんしが最近寝泊まりしとる家の連中も気にかけとるだぁっ!

 はやく元に戻るだぁぁっ!」

「んなこと知んねえだっっ! いいから早くこれよこせっっ!」

「あっっ!

 力づくで奪うなだっっ! おいぼれを少しはいたわれっっっ!」

「コシンジュッッ! コシンジュもうやめろっっっ!」


 チチガムが無理やり息子を引きはがし、力づくで抱きしめる。


「ああ! なにするだっっ!

 離せっ、オイコラ離すだぁっ!」

「もういいっっ! もういいんだっっっ!」


 震えながら息子を抱きしめるチチガム。

 コシンジュは最初抵抗していたが、やがてそれもやめた。


「……お兄ちゃん、帰ってきてしばらくしてから、頭がおかしくなってしまって……」


 悲しげに言うソロアだったが、それを見た3人はどこかしらけたような顔つきになっていた。

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