第43話 冬の時代~その2~
最後のメインキャラが登場します。
「ていうわけで、魔王殿下はひとまず魔界へと戻りました、とさ」
ここはファルシスが現在の拠点としている、ゾドラ城。
次なる戦いへの骨休みなのか、騎士たちの態度はいささか軟弱なものになっている。
「だけど、いったい何をするんだ?
まさか今度は本気でおれらをだますつもりなんてねえよな?」
「バカ! あれは殿下ではなく、勇者のアホが勝手にやっただけだ。
殿下はそれを心配してただけで、アイツが本気でバカなマネをするとは思ってなかったんだろーが」
騎士たちは計4人。
それぞれ鎧のまま寝そべったり、机の上でだらけていたり、武器の持ち手でアゴをついていたりする。
「でもさ~、殿下にしてみりゃ、残る選択肢は魔界の内戦だよな。
やっぱり故郷の連中が傷付くとなれば、こっちに来て暴れさせる方が……」
「で、こっちが大きく傷つくって? 冗談じゃねえ。
それで魔族どもにこっちがやられちゃたまったもんじゃねえよ。
ったく殿下もひでえよな」
「そういうお人なんでしょ?
ああ、人じゃねえか。魔族だよ。
やっぱりあの方は魔界のきびしい掟の中で、そんなキビしい考えを育てられたんだ」
「じゃあさ聞くけど、俺らこのまま殿下についてって大丈夫?」
「今のところは大丈夫だろ?
エンウィー様やマージ様がついてるんだ。
だけど人間の世代が下ったら、わかんねえけどな」
「ま、その頃には俺達は誰1人生きちゃいないがな。
しょせんは数十年しかもたねえ人間サマ、だよな?」
そう言って全員がアハハと笑う。
誰もが侵入者が来るとは思っていない様子だった。
そんな中、1人の老人が彼のもとを訪れる。「あのう、すみませ~ん」
騎士たちが目を向けると、老人はとぼとぼと彼らの前に進み出た。
「あのう、おトイレはいったいどこですかな?
この城広すぎて、道に迷ってしまいまして」
対する彼らはそろって兜をつきあわせる。
1人が金であしらわれた白いローブ姿の老人を向いた。
「すみません、どなたでらっしゃいますか?
身なりを見れば、それなりの方だと思われますが、ここはあなたのような方でも無断で立ち入ってしまってよい場所ではありませんので」
彼らの背後には、クリーム色に彩られた壁とは対照的な、威圧感たっぷりの巨大な黒い鉄門がそびえる。
「はて? ここはどこですかな?」
「ここは城の中央北東にある、『宝物殿』というところです。
ここにあるのはみな国の宝、大帝の許可がなければ持ち出す者はいかなる身分でも死罪に処されるという、城の中でも最もかなめとなる場所です」
すると老人は急にあわてだした。
「これはこれは! 失礼しました!
まさかここがそのような場所であるとも知らず、申し訳ない!」
「ところで、あなた様いったい誰でありますか?」
「これまた失礼、名乗っておくべきですかな。
私はランドン王国の使者の随伴の者です。
ここが我がミンスター城よりあまりに立派なもので、ついつい見学させていただきました」
「そうですか、あの白亜城の。
たしかにここよりはいささか小ぶりではありますが、あそこも小高い山の上に立つ壮観なる城として、こちらにも聞こえておりますぞ」
「うわっ! 出たよコイツの城マニアが。
知ってるか? コイツ以前は諸国を漫遊していろんな城を見学しに行ってたらしいぜ?」
「ほほーう、それはそれは。
それにしてもよく北の大陸に渡れましたね」
「もともと軍属ではなかったですから。
商船の護衛として乗り込んで、すぐに北を漫遊させてもらいましたよ。
そりゃ検問は厳しかったですが、なんとか乗り切りました」
「おうおう、ちょうどいいじゃねえか。
お前、その人連れてってやれよ。
あれ? トイレ行きたいんじゃなかったけその人」
「ああ! そうでした!
思い出したら急激に尿意を思い出しました!」
急いでUターンした老人を案内役の騎士が先導する。
「いそぎましょう!
それにしても思い出しますなぁ、堅牢な城塞が立派なストルスホルムの王城、いたる場所があざやかな青と金で彩られたキロンの王城、どれも立派なものばかりです……」
彼らが消えていくのを見て、残る3人は首をすくめた。
「そう言えば、あれは知ってるか?
殿下の新しい側近、アイツもともとは勇者の魔導師だったらしいぜ?」
「知ってる知ってる。あいつ一時期勇者と付き合ってたんだろ?
勇者がぶっ壊れて田舎に引きこもったんで、いまは1人でさみしく……
うっわー、考えただけで哀れだ」
「なーにが哀れだよ。あんなことした奴なんだぜ?
ただでさえ北の奴なのに同情するもクソもあるか! まったく」
「殿下、北の連中には優しいんだよな。
おかげでせっかく向こうを併合できたのに、こっちは好き放題できねえ」
「まったくだぜ。
まあ前の大帝陛下でも、同じことしたんだろうけどよ」
「胸クソ悪いこと考えるのはやめようぜ?
それより見たか? あの勇者の魔導師の格好」
「ああ、マントの下からちらりと見えたよな。
あれ、相当ヤバそうだぞ?」
「いいねいいね~。あとスターロッドさまもいいよな。
ああ見えて相当な高齢だそうだけど、それでも遊ばれてみて~」
「俺はどっちかっていうと、孫のヴェルちゃんかな。
顔オッケー、スタイルオッケー、おまけに性格までよしと3拍子!」
「え~? 俺はマーファ様かな?
オレどっちかっていうと大人の色気に弱いからな。
あとの3人はどっちかっていうとベビーフェイスだろ?」
3人の騎士がよりあって談義していると、そのうちに先ほどの騎士が戻ってきた。
「おうおう、はええじゃねえか。
ジイさんはどうしたんだ?」
「それが途中で伝令に出くわしてな。
なんでも宝物庫の扉を開けてほしいそうだ。じいさんはその伝令に連れて行ってもらった」
「宝物庫の鍵を?
殿下がいないのに誰が許可出すんだよ?」
1人が質問を繰り出すと、となりが彼の頭をはたいた。
「バカかお前は。エンウィーさまに決まってんだろ?
そもそも殿下は宝物殿の管理をエンウィーさまに一任してる。
だいいち軍事部門以外に魔族は関わってない」
「そっか。
でもいいのかな? 使いの監視もなく勝手に扉開けちゃって」
「俺らがいるから大丈夫だろ? それより早くしようぜ」
4人がいっせいに、ふところから黒い何かを取り出した。
これはそれぞれ部屋の扉を開くためのカギで、4つそろわなければ扉を開くことができない。
もし侵入者が扉の先に進みたいのなら、ここにいる屈強な4騎士すべてからカギを奪わなければならないのだ。
気付かれないようにするか、強引にか。
どちらにしても容易なことではない。
そのことに安堵を得ているのか、4人は黒い扉の前に並び立ち、きれいな所作で同時に扉を開く。
このしぐさを見れば、先ほどはだらけた態度をとっていた彼らも一流の帝国騎士であることがわかるだろう。
4人はさらに重厚な扉を力合わせて押し開く。
彼らは腕力においても優秀な騎士である。
徐々に扉が押し開かれると、彼らの目の前に開かれた空間が現れた。
色とりどりの宝石、黄金の細工、精密な絵画など、様々な宝物が巨大な広間のあちこちに飾られている。
扉を開けたことで発動した魔法の照明が、これらを美しく彩っている。
「いつ見ても胸がすく光景だな。
これが殿下やエンウィーさまのものでなければ、迷わず奪い去りたい気持ちだ」
「不気味なことを言うな。
さっさと目的のものを探すぞ。持ち出す品はどれなんだ?」
「一番奥だ。わかるだろう。前大帝の形見の品だ」
「『黒の装備一式』か?
殿下はあれをまとうことを断られたはずだろう。
神々との戦いでそれが必要ないことは証明されたはず」
「わからん。何らかの戦略で利用するのかもしれん。
それより早く行くぞ。俺は後ろを見張る。
みんなは先に行け」
不審に思いながらも、騎士たちは広間の奥へと進んだ。
ジグザグの階段を上り、その奥にあるもう1つの扉の前に立つ。
小ぶりながらも重厚な扉で、これまた4人がかりで扉を押し開いた。
中にはただ1つ、黒々とした甲冑の身が置かれていた。
あとは簡素な造りをした小さな部屋の中に4騎士は進み出る。
「これが、ファルシス殿下とエンウィーさまの、それぞれの父君が愛用された鎧か……」
おどろおどろしい造形をした甲冑の握り手には、これまた異様な外見をした巨大な戦斧が握られている。
3人目の着用者プラードが扱い、ファルシスに奪い取られ断罪されるかのように首をはねられたあの「黒の断頭斧」だ。
伝令を受けた騎士が、おもむろに片手を向ける。
「触るな。
この国最大の宝物だぞ。我々が手に触れていいものではない」
「そうだな。
だがしかし、この斧だけは別の人間が持ち主になる……」
「は? なに言ってんだお前?」
1人の騎士は言うが、残る2人がはっとして後ろに引きさがった。
「気付かないのかっ!?
コイツさっきとは声がちがう! おい、お前誰だ!?」
3人目もあわてて引きさがるが、同時に兜の奥の目を見張る。
「そんなバカな!
あれほどの短い時間で、どうやって入れ替わったっ!?」
最後の騎士が、おもむろに己の兜に手をやる。
「確かにヘンだよね。
だけど、人間じゃなかったらそれができるよ?」
3騎士ははっとした。この声、どこかで聞いたことがある!
答え合わせする必要もなかった。
兜を脱いだその男は、よりによって門の前に現れたあの老人だったのである。
3人は声を合わせて言う。
「き、貴様っっ!」
「そして目的のものはいただくっ! カッッッッ!」
老人が口を大きく開けると、そこからまばゆい光が現れた。
その光を直撃してしまった3騎士は、あわてて剣を抜いた。
2人がそれを当てもなく振り回す。
「バカッ! 勝手に振り回すな! 陛下の鎧に傷がつくだろ!」
「どうせ純アダマンチウム製だっ! それより侵入者をどうにかしないと!」
なんとか視界が開けるようになった1人の騎士が、目の前の光景を見てがく然とする。
残りの2人もようやく立ち直り、「なにが起こった!?」と問いかけるが、こちらも肩の力を落とす。
いつの間にか老人の姿が消えている。
もぬけの殻になった鎧を残して。
そしてもう1つ消えてなくなった物が。
やがて3人の姿が宝物殿から飛び出した。
「一大事、一大事だあ~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
「誰かあ~~っ! 誰か伝令をぉぉ~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
「盗まれたぁぁ~~~~~~~~~~っっ!
宝物殿最大の至宝、『黒の断頭斧』が、何者かによって奪い取られたぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
戦いが、始まろうとしている。
人間界のすべての国家を併合したファルシス殿下は、次に魔族との和解のために故郷である魔界へと舞い戻った。
2度も裏切られた強硬派の魔族たちは、最初かたくなに交渉を拒んだ。
しかしその目的が天界への侵攻であると知ると、いくつかの同胞たちが理解を示した。
決定的となったのは、魔王殿下の、大勢の聴衆を集めた、大演説である。
ファルシスの姿は、本来ならば魔界へと通じるポータルのある「奈落の錠前」、そのいけにえの祭壇の上にあった。
彼の眼前には、ありとあらゆる魔族がひしめき合い、大集団を築きあげている。
ファルシスの目に飛び込んでくるのは、歓喜、羨望、あるいは憎悪のまなざし。
様々な喜々こもごもの視線を浴び、ファルシスは深く息を吐いた。
「みなの者っ! よく聞けっ!」
広場中にひびき渡るファルシスの大声に、大観衆が多少静まりかえる。
「まず、この場をもって謝罪しなければならない!
余は力のみで、人間どもを平伏させる気などなかった!
そのことはまずは詫びねばならぬ!」
それを聞き、大ブーイングが巻き起こる。
やはり利用されていたのだと知り、広場じゅうが殺気だった。
今にもとびかかりそうな中、後ろに控えていたダークエルフが彼の身柄をかばおうとして、横にいたスターロッドに止められる。
「だが、余には計画があった!
余には人間どもを力で押さえつける気こそないが、そんな世でも一切の躊躇が必要ないと考えている者たちがいるっっ!」
いくつかの魔物が、その意図を察して大声を張り上げた。
それを聞いてファルシスはうなずく。
「天界の住人どもだっっ!
これらの者どもに対し、余は一切の同情の余地を持たないっっっ!
奴らは傲慢で、欺瞞に満ちており、その上卑劣だっっっ!」
後ろで聞いているスターロッドは顔をしかめた。
天界の住人には、そうでないものも多数いるだろうに。
しかし魔物どもの関心を集めるためには仕方ない。
「奴らには強い蔑みがあるっっ!
人間はおろか、地の底にいる我々までをも低く見下しているっ!
ともに渡り合う力を持っているにもかかわらずだっ!」
広場中から、怒号が響きわたった。
彼らが常々不満に思っていることを、ファルシスは堂々と告げた。
「我らが押し並べて邪悪だとっっ!? ならば奴らはなんだ!?
我々との戦いをかよわい人間どもに押しつけ、奴らは今も天界でのうのうと暮らしているっ!
奴らもまた冷酷で非情だっっ! 違うかっっ!?」
怒号がより一層大きくなった。
忘れていた憎悪を思い出し、天界への恨みを増幅させているかのようだ。
「遠慮などするなっっっ!
そんな天界の傲慢な者どもなど、お前らの好きにさせてやるっっっ!
躊躇なく料理してやるがいいっっっっ!」
大歓声。
今、ようやく魔界の生物たちが1つにまとまった。
「みな、我に続けっっっ!
この先代より強靭なる魔王ファルシスが、必ずやお前たちの積年の恨みを晴らすべく、天界の奴らに引導を渡してやるっっっ!」
最後の一声で、魔物たちの歓声は最高潮に達した。
役目を果たしたファルシスは、意気揚々と祭壇をあとにした。
それを後ろで観察していたスターロッドが、腕を組んでファルシスに目も向けずに声をかける。
「たきつけすぎじゃ。
連中があのようにいきり立てば、天界の犠牲が必要以上に出ることになろう」
ファルシスもまた彼女の横で足を止め、顔を向けずに答える。
「あれほどのものでなければ、奴らは余を許さんさ。
それにどういって聞かせたところで、奴らは手心を加えない。
奴らは徹底的に敵を排除にかかるだけだ」
「どうかしておる。
たしかに天界の戦いには人間をあまり使いたくはない。
じゃが主戦力たる奴らは、どうやってうまく取りまとめるつもりじゃ?」
そしてちらりと横目で相手を見た。
「そしてどうも、最近のお前はおかしいぞ?
まるで何者かに取りつかれたかのように、喜々として準備に取り組んでおるかのようじゃ」
ファルシスは何も言わず、そばにあった階段をのぼりはじめた。
その先に目を向けると、手すりに両ヒジをかけ愉悦に顔をほころばせているヴェルゼックの姿があった。
「まさかきゃつめ、本当にファルシスにとりついてるのではあるまいな」
いぶかしむスターロッドの視線に、ヴェルゼックが気付いている様子はなかった。
少なくとも、表面上は。
広場の奥底では、さわぎたてる魔物たちをよそにだまってそれを観察している魔物の姿があった。
木の幹に寄り掛かるその長い体型は、蛇のそれを思わせる。
横に広がる鎌首は南大陸に住む人間が見れば間違いなく「コブラのようだ」と答えるだろう。
ただしその体長は地上のものよりかなり大きく、さらには上半身が美しい女性の形をしている。
目から下部分は人間に近い整った顔立ちをしており、大きな胸と腰まわりをわずかな布で隠し、ウェストは細く引き締まっている。
残る部分がヘビでなければ、大変魅力的に映っただろう。
もっとも彼女は多くの同族から好意を持たれてはいるが。
しかしその表情はぶぜんとしている。
しなやかに伸びる細い両腕を組むことで、胸の谷間が強調されている。
「まったく。どいつもこいつも阿呆のように喜びよって。
少しは殿下の演説を怪しいとは思わないのか?」
「あんら~、
どうしたの『エドキナ』ちゃぁ~ん。うれしくないのぉ~?」
同じ姿をしたヘビ女が肩に手をかけ問いかけてくる。
しかしエドキナが薄緑であるのに対し、こちらはピンク色の体表になっている。
顔つきもエドキナが妖艶さをかもしだすキリッとした顔つきであるのに対し、相手は目が大きくどこか幼げに見える。
「『アーミラ』、まったくお前はつくづくおめでたい奴だな。
もっともお前だけじゃなく、他の『ナーガ』も似たようなものだが……」
するとアーミラは少し不機嫌な表情になった。
「なにがおめでたいわけぇ?
まあ、おめでたいっちゃおめでたいけどね」
エドキナはあきれた顔をして片手を振りあげた。
「みんなダマされてるのさ。
殿下にはわたしたち一般魔族に気を使うつもりはさらさらない。
彼はれっきとした穏健派の第一人者だからな。
そうじゃない強硬派には冷たい。死んでもいいとすら思ってるのだ、まったく」
「あら、アタシ人間を殺したり、いじめたりするのはよくないと思うけどな~」
「お前は人間のことをよく知らないからそんなこと言えるんだよ。
あんなちっぽけな生物のどこが立派なものか。
奴らは利用できるだけ利用して、いざという時はポイと捨てる。
それが人間の正しい扱い方だ」
ここで別の方向から声がかかる。
「おやおや。こいつはよくないことを聞いちゃったね。
にしてもあんたも人間のことよく知ってるって言えるわけ?」
エドキナが鋭い眼光を向けると、背後から巨大なバラの花びらに乗った女性が現れた。
「『ドライアナ』か。
まったく、穏健派の代表格に聞かれちゃ世話ないな」
ナーガたちの真横にバラの花を落ち着けたドライアナが一糸まとわぬ裸体を長すぎる髪でうまく隠し、花びらにもたれかかる。
エドキナは顔をそむけた。
「フン、亡き父とともに人間界におもむいたことがある。
どいつもこいつも自分たちが助かるためにヘーコラヘーコラしやがる。
まったく情けない連中だ」
そしてエドキナの目がわずかに細められた。
「しかし父は北からやってきた勇者に倒された。
命乞いしたにもかかわらず、勇者はこちらが魔物だというだけで容赦なく命を奪った。
そういう意味ではわたしは殿下の考えに賛同する。
人間どもに間違った認識を植え付けた天界のクソどもめ!」
それを見てアーミラもドライアナも興味しんしんな表情になる。
アーミラは言う。
「おやおや、怒ってる。じゃ、アンタも天界の戦いに参加するわけ?」
「なにを言ってる?
アーミラ、そしてドライアナ。お前らも強制出兵だぞ?」
それを聞いてアーミラは「ええ~? やだ~」とごねる。
「天界の連中は甘くない。きっと魔界の軍勢を総動員だ。
今度は志願者だけでは済まされんぞ」
ドライアナは長く伸びる髪をいじくりだす。
「アタシもそれ反対だな。
アタシ、基本的には繁殖がすべてだからな~。
あ~、いい加減あきらめてマドラちゃん戻ってきてくんないかな~」
「奴には自我があるんだからしょうがないだろう。
それに、どうもわたしはあいつのやってることが気に食わん」
「ロヒインちゃんに魔界のあれこれ教えてること?」
ドライアナがあっけらかんとつぶやくと、エドキナはいまいましさを顔にあらわした。
「そうか、お前勇者どもを案内したんだな。
まったく、穏健派はつくづく甘いな」
そして遠く祭壇をにらみつける。
「だいたい何なんだ、あの女は。
もとは勇者つきの魔導師だったくせに、転向したと思いきや殿下の直参だぞ?
実力があるのは認めるが、本来ならあんな場所にいるべきではないのだ。
本来ならわたしが……」
「あらあら嫉妬?
いくらあんたが頭が切れるからって、しょせんナーガ族の頭の1人であるあんたがあの地位につくのは、ちと難しいんじゃない?」
まじまじと顔をのぞき込むドライアナに対し、エドキナは首をすくめる。
「ファブニーズさまに掛け合ってみても、意に介さない。
あの方はドラゴン族の長ではあるが、他者を見る目はないようだ」
ここでアーミラが人差し指を立てた。
「あ、だったらさー。
ファブニーズさまじゃなくて、ルキフール様に直接掛け合ってみたら?
あの方もとはゴブリン族の出だから、出自を問わず話を聞いて下さるはずだよ?」
「な、なにを言っている!?
そんなおそれ多いことができるかっ!?」
「そ、そうよアーミラちゃん!
だいたいそんな変な入れ知恵したらエドキナちゃんがよけいなことを考えちゃって……
うわっぷっっ!」
ドライアナはあわてて自分の口を押さえたが、すでに時遅かった。
「……そうだな。
ここは一切遠慮せず、話を切り出してみるか。
あの方は聡明な頭の持ち主に弱い。
きっとわたしの意見に耳をかたむけてくださるはずだ……」
怪しい笑みを浮かべるエドキナ。
ドライアナがまわりこんで、「このばかぁっ!」と言ってアーミラの頭をはたく。
相手はことの重要さがわかっていないのか、頭を押さえて「いったぁ、なにすんのよ~」というばかりだった。
エドキナがゆがめた赤い唇から、チロリと細長い舌が伸びた。




