第42話 帰郷~その4~
その頃、浜辺の様子を一望できる断崖の上で、1つの影が様子を観察していた。
この場にルキフールがいればすべての混乱を招いた元凶に対し、怒りをみなぎらせていただろう。
だがすでに相手は移動している。
「ククククク……やってるやってる。楽しそうだね」
その者は口元にゆがんだ笑みを浮かべる。
「何もかも、計画通りだ。
やはり俺の見立てに、一切の狂いはなかった」
影は一気に飛びあがると、目指す戦場に向けて一気にかけだした。
「ぅおおおおおおのおおおおおおおおのれえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
顔をあげたフィロスが叫び声をあげたとたん、その場に地響きが起こった。
立っていられないほどではないが、それでも心の底から震え上がらせる程度の威力はあった。
「ゆるさあああああああんっっっ!
ぜええええっっったいにいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!
ゆるさああああああああああんんんんんんんんっっっっっっっっ!」
そしてフィロスが両手の拳を握りしめると、すさまじい量の光のオーラが現れた。
とたんに大きな衝撃。
これには鍛え抜かれたチチガムとはいえ立っていることができず、弾き飛ばされた砂浜に背中をたたきつけられた。
なんとか起き上がろうとしたチチガム。
見ると、あのファルシスでさえ身構えてじっと様子をうかがっている。
一方フィロスの表情を見ると、にらまれただけで縮みあがってしまうほどの、威圧感ある憤怒の表情を見せていた。
「アミスッッ! クイブスッッ! ヴィクトルッッ!
今すぐ我に加勢せよっっ! 4人がかりで、この愚劣な闇のけがれを払いのけるのだっっっ!」
ここで立派は長い白髪を伸ばす神が前に進み出る。
「なにを言っているのだフィロスッッ!
いくら強力とはいえ、たった1人相手に4人がかりで叩きつぶすなど、どうかしているっ!
我らは神だっ!
たとえいかなる状況でも、卑劣な手を使うことは許されんっっ!」
「知ったことかぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
たとえどのような手段に訴えても、我らは決して闇に屈してはならぬっっっ!」
短めの髪を生やした神も進み出る。
「もう良いではないか兄者っ! 奴のことなど放っておけばよいっ!
そやつの言う通り、我々が人間たちに干渉するなら、魔族の干渉も多少は見過ごせばよいではないかっ!」
「ならぬっっ! ならぬならぬならぬっっっ!
我らと奴は違うのだっっ!
我らは神聖なる存在っっ! 対して奴らはけがれた闇の住人っっっ!
我らは神聖ゆえ人間への干渉を許されるが、奴らはけがれゆえ決して人間にかかわるのは許されぬっっっ!
決して許されぬのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
「御託はよいっっ!
とにかく今はよくないっっ!
ここはいったん身を引いて、再度どうすればよいか考えるのだっっ!
とにかく4人して彼をつぶすのはよくないっっ!」
ヴィクトルもいさめに入るが、それでフィロスはよけい声を荒げた。
「3者してっっ! このワシをいさめるというかぁぁぁぁぁぁっっ!
ならぬっ、ならぬぅぅぅぅぅぅっっ!
よく聞けぇぇぇっっ! お前たちの、リーダーは誰だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
ここで、3つの神がいっせいに下を向く。
まさか、このような傲慢な神に、逆らえないというのか?
逆らってはならないとでも言うのか?
「わかっておるのならぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
言うことを聞けぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
ここでチチガムは信じられないものを見た。
フィロスと同列にあるはずの、3つの神がまるで仕方なしにといわんばかりに動き始めた。
頭髪が豊かな2神がそれぞれ大剣と三又の槍を取り出し、ヴィクトルが両手をおもむろに掲げてそこから稲光を発生させる。
「兄者。残念だ。非常に残念だ……」
まだ希望を持ちたかった。
3つの神が、ファルシスではなくフィロスに向かってその矛先を突きつけることを。
だがそうはなかった。
すばやく進み出たクイブスとアミスが、容赦なくファルシスの身体を狙う。
魔王もまた通常ではありえないほど素早さで飛びのくが、すぐに心底落胆したかのような声をあげた。
「3神よ。愚かな長兄に逆らえぬか。
お前たちは長兄とは違い聡明だと思っていたのに、非常に残念だ……」
2つの神がいっせいに武器を突き出すと、2足の獣は身をよじるようにかわす。
とたんに叫びをあげる。
「さすがに余1人では無理だっ!
ベアール、スターロッド、ファブニーズ、そしてルキフールッ!
余に助勢しろっ!」
3大魔族がいつの間にか現れていたルキフールにおどろきながらも、彼とともにいっせいに前に飛び出す。
ベアールは細身の剣を、スターロッドは背中の黒い輪を手にかけた。
「魔王サマッ! アタシたちも手伝いますっ!」
見慣れぬダークエルフらしき少女が叫ぶが、神々の追及から逃れたファルシスは大きく首を振った。
「ならぬっ! 天界の神々はお前たちの手に余る!
それよりもコシンジュをはじめとした人間たちを守れっ!
ここからできるだけ遠くに逃がせっ!」
「ここにいてはいけない! さあ、お逃げなさい!」
チチガムのそばに女性らしきデーモンが現れるが、手を振って「俺は勇者の父親だ! 自分の身は自分で守れる!」と叫んでその場に残った。
愛する息子を見れば、デーモン族のエルゴルにおぶさられているのが確認できる。
視線を変えると、神々と魔族がこの余のものとは思えないほど熾烈な争いを繰り広げていた。
ベアールは細身の剣で超巨大な剣を振りまわすクイブスと対峙するが、いかんせん分が悪い。
相手が巨大武器であるのに対し、こちらは細身な物理剣。
受け止めてしまえば待っているのは破損だけなので、ただひたすら相手の攻撃をかわすしかない。
しかもベアールは全身に赤い甲冑をまとっている。
たぐいまれな身体能力を持つ彼にすれば薄布だが、いまは少しでもスピードがほしかった。
「くっそぉぉっっ! 俺の息子と同じ能力の武器扱いやがってっっ!
こっちはよけるので精いっぱいじゃねえかっっ!」
言いつつも、相手を牽制するには役目を果たしている。
スキさえあればすぐに斬りこめるので、クイブスもさすがに無視することはできないようだ。
一方のスターロッドは、アミスの自在に伸縮する槍を相手に、黒きオーラをまとう円環で対応する。
「なかなかいい動きであるなっ! さすがは天界の支配者だけのことはある!」
こちらもしなやかな肉体で華麗に相手の追撃をかわすが、問題は相手の武器が槍であることだ。
槍は間合いが広い。しかも矛先が三又になっているため横になぎいるのにも使える。
その上伸縮自在とあれば戦術はさらに多彩になる。
それでもスターロッドは円環を巧みに使い縦横無尽の攻撃をかわすが、相手の渾身の突きをかわすことができず、円環のすきまの中に槍を差しこまれた。
そのまま持久戦になる両者。
しかしいかんせん相手は男性神なので、魔族といえど女性にすぎないスターロッドは、あえなく武器をとり上げられた。
「まずいっっ! ファブニーズッ! 援護しろっっ!」
少し離れた場所に立つ竜王が、口から炎のかたまりを吐き出した。
しかしアミスはクルリと反転して、はじかれる砂浜から離れた。ファブニーズは吐き捨てる。
「おのれ! こう乱戦になっては、私もうまく加勢できん!
お前たちの動きが激しすぎて狙いが定まらん!」
「いいから慎重にチャンスを待てっ! お前がいないとこっちは防戦一方なんだ!」
ベアールに言われも、ファブニーズは激しく首を振った。
ヴィクトルが両手に力を込めると、そこからすさまじい勢いの電光がはなたれた。
同じく呪文を詠唱していたルキフールが杖を前にかざすと、そこから紫に近いうずまきのようなオーラがはなたれ、2つの巨大な力が中央でたがいにはじけ飛ぶ。
「なんと! 私の力に対抗できるのかよ!」
ヴィクトルが驚きの声をあげると、相手はまんざらでもないふうに言った。
「私はスターロッドとは違い、身体を動かす趣味はない!
全身の魔力を内側にため込み、いつでも使えるようにしておるのだ!
今こそすべての力を持って、殿下をお守りするのみっ!」
激しい力のぶつけ合いのなか、ルキフールは顔をしかめて声を荒げる。
「ヴィクトルッッッ!
これがお前の望んだ結果なのかっっっ!?
神々の権威をおとしめっ、人間どもの信用を失うことこそが、お前が望んでいたことなのかっっ!?」
ヴィクトルはなにも言わず、ただだまって強大な魔法攻撃を放ち続ける。
「答えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ! ヴィクトォォォォォォォォォォォルッッッッッ!」
ファルシスとフィロスは戦いを続けていた。
ただしさすがに兄弟がそばにいるため、分銅を振りまわすリーチは短い。
それでも圧倒的スピードに優れるファルシスをほんろうする程度には、うまくとりまわしている。
「なんと口惜しいことかっ!
ここに貴様の臣下たちさえいなければ、すぐに決着がつけられたものをっ!
まあよい! お前たちの仲間は長くは持たん!
奴らを片づけてからじっくり調理してやるっっ!」
だまって聞いていたファルシスだが、突然異変を感じ、飛びのいた。
わけがわからず様子を見ていると、フィロスの前に突然別の何かが現れた。
フィロスが不審な影におどろいているうちに、それはとび蹴りを放って、黄金に輝く鎧の胸の鋼板を思い切り蹴り上げた。
「ぐぅぉっっ! な、なにやつっっっ!?」
フィロスは相手をまったく理解できずにいたが、ファルシスは思わず上ずった声をあげた。
「『ヴェルゼック』ッッッ!? 貴様っ、なぜこんなところにっっっっ!?」
苦しげに胸を押さえているフィロスをしり目に、現れた闇の貴族がこちらを向き丁寧に会釈する。
「お久方ぶりでございます、魔王殿下。
このヴェルゼックめが、殿下の危機を察してかけつけてまいりました。ご安心ください」
長めのウェーブがかった髪、伸ばされながらも整えられたヒゲ。
緑色の肌。そして赤く光る瞳。
間違いない、もう顔を見たくもないと思っていた、あのヴェルゼックだ。
気を取り直したフィロスが、後ろから「何者なのだっ!?」と問いかける。
とたんに相手がクルリとうしろを向いた。
「あぶないっっ! かわせフィロスッッッッ!」
声を発したファルシスだったが、遅かった。
突き出した手のひらから勢いよく黄色い煙が噴き出されると、フィロスはたちまちそれに取り巻かれた。
最初ぼう然とするフィロスではあったが、徐々にその様子がおかしくなる。
「ククク、クククククク、ヒヒ、ヒヒヒヒヒヒ……」
次第に笑いが大きくなっていくフィロス。
ここでヴェルゼックがおどろきの行動に出る。
相手の両手をとり、砂浜であるにもかかわらず、華麗なステップでともにおどり始めたのだ。
そしてあろうことか、そのままフィロスに抱きついた。
「それではフィロス様、このわたくしと、楽しく踊りましょう!」
そしてヴェルゼックは相手を抱きとめたまま、鼻歌で歌いだす。
社交界で披露される曲のようだが、途中でフィロスのヒステリックな笑いにかき消される。
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッッッッッ!」
よだれを垂らしながら笑い狂うフィロスを見て、ファルシスはぼう然とつぶやく。
「なにを、なにをしているのだ……ヴェルゼック……」
「きまぁっってるじゃないですかぁぁぁぁぁっっっ!
たのしぃぃんですよぉぉぉぉぉぉぉっっ!
あんだけ神々(こうごう)しい神々しいって言われてきた、クソッタレな神サマのこんなどうしようもない正体がさらけ出されてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!
これ以上楽しいことってありますかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」
「ヴェルゼェェェェェェェェェェェェェェッッックッッッッ!」
その背後から黒々としたオーラが飛んだ。
黒い貴族は「おおっとぉ!」と言って身をかわすと、かわりにフィロスがそれを真正面から受けた。
「グボアギャアアアァァァァァッッ!」
黒いオーラに包まれたフィロス、もはやその容体も確認できない。
振り返れば両手をそちらに向けていたルキフールが、怒りの形相で肩を上下させている。
「「「兄者っっっ!」」」
戦いをやめていた3つの神が一気にかけつけ、すぐにフィロスの身体を抱き起こす。
しかしその身体は全身が焼け焦げ、ピクピクと身体をふるわせ、ゆがんだ笑みを浮かべたまま悶絶している。
クイブスがすぐに、後ろに立つヴェルゼックに振り返り、にらみつけた。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」
立ち上がったクイブスがすぐに大剣をふるう。
しかし相手はひらりひらりとかわし、同時に高笑いする。
「ヒャハハハハハハハハァァァッッ!
ついに兄貴の化けの皮がはがされて、ついでにそんな兄に逆らえない自分たちにイラついて、ついにブチ切れたかぁぁぁっっ!?
まったく、それじゃますますカミサマの威厳が台無しだなぁっ!」
「だまれぇぇっ! だまれぇぇぇぇぇぇっっ!」
クイブスは必死に剣を振りまわすが、相手は舞い踊るかのように軽々と身をひるがえすばかりだ。
「ヒャヒャヒャ! たっのしいねぇ!
そうやってムキになればなるほど、あんたらカミサマのご体面ってやつは、どんどんどんどんガタ落ちになっていくのさぁ!」
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」
「そうさ、もっと怒れ、もっともっと怒れっ!
そしてどんどん、人間どもの信用をなくせばいいっ!
お前らはもはや誰にも相手されやしないさ、ヒャハハハハハハハハァァァァァッッ!」
狂ったように笑い続けるヴェルゼック。
それでも必死で剣をふるうクイブスだったが、ヴィクトルから必死な声が上がる。
「もうやめろっ! 兄者の容体がすぐれん!
今すぐ天界へと戻り治療をほどこさねば! 聞いているのかクイブスッッ!」
「……くそっ! 覚えているがいいぃぃぃぃぃっっ!」
剣をふるうのをやめたクイブスは前を向いたまま兄弟の元に戻り、やがて光に包まれた。
にらみ続けるクイブス達の視線を受けたまま、ヴェルゼックは胸に手を当て会釈する。
一瞬の閃光を放って、神々の姿は消えた。




