第4話 白亜の都~その1~
薄暗い天空の光から、一筋の閃光が舞い降りて巨大な針の山をつらぬく。
しかし魔王の城は何事もなく威風堂々(いふうどうどう)とそびえ続けている。
「なにぃっっ!? ジャレッドも破れただとぉっ!?」
マントをひるがえした若き魔王が、眼下にいる老人を責めたてるような目つきになる。
しかし相手はあまり動じた様子を見せない。
「いいえ、正確には破れたのではなく、惜しいところで妙な邪魔が入り失敗した模様です。
奴ら実力だけでなく悪運にも恵まれているようで」
「そんなことはどうでもいい!
とにかく生き恥をさらしたゴブリンの首領には2度と帰ってくるなと伝えておけ!」
「本人もそのつもりのようです。
奴は勇者を倒し、神々の棍棒を手に入れるまでは戻ってくるつもりはないと申しておりました」
「申し訳ございません。
予想外の事態とはいえ、3度も失敗を重ねたこと、この私の不徳のいたすところです」
老人のそばにいた一本角の魔物が、ひたすら頭を下にしてひざまずき続ける。
彼もまた今回の事態にひたすら心痛している様子だった。
「……その通りだファブニーズ。お前の配下は弱い。だから失敗するのだ」
その時、薄暗い大広間の入り口から声が響いた。老人とファブニーズが振り返る。
魔王はちらりと視線を向けただけだった。そして問いかける。
「その声は、『ブラッドラキュラー』だな?」
現れた人物は青白い顔に邪悪な笑みを浮かべ、襟をたてたマントからそっと手を出して深くお辞儀をする。
「魔王軍がほこる特殊作戦部隊、4つの属性魔族で構成される『幻魔兵団』の総帥の一角が、なにをしに来た?
この私をわざわざ笑いに来たのか」
ファブニーズが苦虫をかみつぶしたかのような顔つきになる。
「おやおや、ずいぶんと嫌われているようだな。わがはいは」
「当然だ。ただでさえこの魔界は魔物たちであふれ返っているのだ。
なのにわざわざ人間の身から『契約 』により魔物となったお前など、誰もが邪険にする」
竜王がいうとおり、このブラッドラキュラーと呼ばれる魔族は元人間である。
魔界には地上を生きる人間からも優秀な人材を引き抜くため「契約」という制度を設け、どのような者でも魔物になることができるようになっている。
しかし実際に魔物になれる者は少ない。
強大な魔力とほとんど不死身に近い寿命を求めて魔物と接近する者は多いが、ただでさえ魔界は数多くの軍勢でひしめき合っているのに、これ以上人口を抱えられない事情がある。
ただし例外もある。
「言葉を返すようだが。
ここ魔界はありとあらゆるものに強大な魔力が宿っている。知性ある者から獣、植物にいたるまでな。
当然命を持たないものですら。
物を言わぬ石ころですら、自らの力を行使したがっている。
われら地属性の魔物は、そのような魔界の大地の要請によって自ら命を持ち、あるいはわがはいのような元人間とも簡単に契約を行ってくれるのだ。
そのように責められても、われらは勝手に増えていくのだから仕方がない」
「皮肉はよい。
それにしても何の用だ。まさかわざわざ我らの失策を責めに来たわけでもあるまい」
老魔族は彼らへの偏見を見せることもなく、冷静に問いただす。
元人間の魔物は彼にていねいに頭を下げる。
「ルキフール様。
お困りのようでしたら、このわたくしの軍勢、『地底魔団』の手勢をお貸しいたします」
一見先ほどの話を聞いていると願ってもないことのようだが、老人はためらうように首を振った。
「ブラッド。そうしたいのはやまやまだが、4つの幻魔兵団には大隊にはない特別な任務が課せられる。
地属性の魔物は特に防備に長けた者が多い。
ゆえにお前たちは拠点防衛という重要な役目をになう。
悪いがお前たちの力は借りられん」
「ですが、4つの兵団の中で最も手勢が多いのも我々です」
「それでも得心がいかん。
確実に勇者を片づけられるという保証ができん限り、わたしもお前の刺客を地上に送ることができんのだ」
するとブラッドは片手をあげて軽く振りだした。
「誤解なされますな。
何もわたくしの配下だけで、勇者とやり合おうとは思っておりませぬ」
「……どういうことだ?」
竜王がそれを聞いて首をかしげる。するとブラッドは彼に目を向けた。
「地上をさまようお前の配下の手を借りよう。
そうすれば地上に送るわが配下もあわせ、単純に手勢が増える」
するとファブニーズはそれを鼻で笑った。
「数で攻める作戦か?」
「バカな。俺の配下の実力を甘く見るな。
見ていろ、連勝して調子づいている勇者の小僧どもの鼻を明かしてやる。
ということでよろしいですかな?」
ブラッドは最後に年老いた宰相に目を向けた。
相手は仕方なくうなずいた。
「良いだろう。
ただしブラッド、そこまでいうのなら失敗した時の覚悟はできているだろうな」
「御意に」
元人間の魔物は、最後に思い切りゆがんだ笑みを浮かべ、ていねいなお辞儀をした。
「もういいよ……誰でもいいから早く勇者を倒してくれ……」
一方の魔王は玉座に座って頭を抱えていた。
ぼうぼうと燃えるたきぎを囲み、4人は適当な場所に陣取る(火をつけたのはもちろんロヒイン、魔法って本当に便利だ)。
本日は野宿である。
手前にあった村ではさんざん迷惑をかけた、というより村人の反応が予想以上にひどかったので余裕でスルーした。
「いよいよ城だね」
「そうだな」
ロヒインが期待を込めて話しかけても、コシンジュはどこかつれない。
「なんだよコシンジュ。まだあの村こと根に持ってんの?」
「違うよ。そんなのはもう忘れた。それよりこれからのことだよこれから」
「そういう発想にいくのも問題ありだと思うよ?
まるでわたしたちが行く先々で人々に煙たがれるみたいじゃない」
「みたいじゃなくて、現実の話だろ。仕方ないだろ。
魔物連中はオレたちをどうこうするために常に刺客を送ってくる。しかもものすごい短い間隔でだ。
よく考えろよ。最初にオレたちの村をおそった連中を倒した翌日に出発して、カンタの町に泊まった翌日にそこもおそわれただろ?
で、そのまた翌日さっきの村がゴブリンにおそわれた。ほとんど1日おきじゃねえか」
「暗く考えがちになるのもどうかと思いますけど、たしかに敵の襲撃の感覚は異常です。
これほど我々を阻止にかかっているのも、それだけ勇者に対する警戒が強いという現れでしょう」
メウノが言葉をはさむ。彼女自身も話を聞いて本心は気が気でないはずだ。
「魔族の寿命はとても長い。実際に前の勇者の活躍を覚えている奴もいるんだろう。
そんな奴らにとって、勇者という存在はよほどトラウマになっているのかもな」
イサーシュが言いながら、わざとらしいしぐさで両手を上げた。
「敵の攻撃を3度も退けたんだ。次はもっと厄介な連中を送りこんでくるに決まってる」
付け加えたイサーシュの言葉に、メウノもゆっくりと首を振る。
「人里にはあまり近づかない方がいいかもしれませんね。
可能な限りはこうして野宿に徹したほうがいいでしょう」
「それは……イヤだっ!」
「コシンジュ。いきなり何を言い出すの?」
ロヒインの問いにコシンジュがうつむいて頭を抱え出した。
「こうやって野宿ばっかしてたら、身体を洗えないじゃないかっっ!」
それを見たメウノが意外そうな表情になった。
「コシンジュさん、てっきりキャンプが大好きな人だと思ってました」
「こいつ意外と潔癖症なんだよ。
3日も風呂には入れないとなると発狂しそうになる。
しかも川の水じゃ満足できず、わかした湯じゃないと我慢できないらしい」
イサーシュがバカにした顔でコシンジュを指差す。相手は顔を上げた。
「今日ぐらいはいいよ今日ぐらいは!
でもこんなのが毎日のように続くって言われたらさすがに耐えられない!」
「だからさっきの村が占拠されたと聞いた時も、村人にののしられた時もやたらとあそこに泊まりたがってたんだ……」
ドン引きするロヒインにコシンジュはわめき散らす。
「お前らはどうなんだよ! だいたいメウノは女だろ!?
ベトベトして気持ち悪いとか思わないの!? イサーシュやロヒインだってどっちかって言うときれい好きだろ!」
「わめくなコシンジュ。森の獣や魔物に聞かれたらどうする。
ちなみに俺は野宿を毎日のように続けても平気だ。そうなるようにちゃんと訓練されている」
イサーシュのあとにロヒインが続く。
「わたしは、川の水で洗えれば大丈夫だね。あくまできれいな川があれば、の話だけど」
「あ、それ私も思います。でも最低身体を洗えなくても大丈夫ですよ。
だって楽しいじゃないですか。キャンプ。こうやってたき火を囲んでおしゃべりするの大好きですよ」
メウノの反応を聞いて、コシンジュは再び頭を抱えた。
「よりによって一番アウトドアのイメージがあるオレが一番苦手ってどういうことだよ……」
「落ち着いてコシンジュ。次の場所は王国の首都、『ミンスター』だよ。
あそこは規模も大きいし、優秀な兵士や魔導師もたくさんいる。
そうめったに魔物が暴れられる場所じゃないよ」
「そうですねロヒインさん。
まずは国王に謁見して、これからのことを話しあわねばなりません。
きっと長くなるでしょうから、さすがに泊まらずには先に進めないでしょう」
メウノがなだめても、コシンジュの機嫌がよくなる気配は全くない。
「うぅ、明日が最後の入浴になるかもしれん」
「なんでこいつが勇者に選ばれたんだ?」
イサーシュはうっとうしそうにコシンジュをながめた。
……奴らめ、てっきり油断してバカみたいに騒ぎおって。
殺して下さいと言っているようではないか。
あ、どうも魔界屈指の暗殺者であるマドラゴーラです。
先ほどのラナク村でもチャンスをうかがってたんですがタイミングが合わず、あえなく断念しました。
ていうか見た目に反して気まじめなジャレッドやゴッツに手玉を取られてたまるか!
しかし今こそが絶好の好機!
なぜなら奴らは野宿、このまま朝まで動く気配はない!
しかもここは森のなか、チューリップに擬態したこの俺が暗がりの中そっと近寄ったところで奴らに気づかれる心配もない!
さて、ここのところ何気に運よく魔族の非情なワナをくぐり抜けた貴様らだが、その悪運もここまでだ。このままじわじわと苦しめて、息の根を止めてやる。
ここでなら誰も邪魔は入らないだろう。勇者どもの命運もここで尽きるのだ!
……ん? なんだ、あれは時おり女に変身するヘンタイ魔導師ではないか。
なぜこちらを見ている。まさかこの俺の姿が見えているわけでもあるまいに。
たしかに奴らは一行の中でも頭のキレがいい。
職業が魔導師なのだから当然だが、さすがに奴ほどの者でも俺の正体に気がつくはずがない。
……まだこちらを見ているではないか。気のせいだ気のせい。
ひょっとしたらそっと近寄る俺の動きを悟られたのかもしれんが、お前が見ているのはただのチューリップだ。決して魔物の姿ではない!
ようやく向こうに向き直った。フゥ、あせらせやがって。
落ち着けマドラゴーラ。奴はこの俺の存在には気付いていない。
このままもっとゆっくりした調子で近づくんだ。どうせ時間はいくらでもある。
「ところでさ。もう夜も更けたんだし、そろそろ寝ない?」
よしいいぞ魔導師! そのまま全員就寝してしまえ!
「おれはもうしばらく起きている。
どうせ見張りが必要だ。お前ら先に休んでおけ。あとで交代するぞ」
こらアホ剣士! お前もさっさと寝やがれ! まあお前は死角にいるから問題ないがな!
「あ、それなら大丈夫ですよ。
わたしがアンテナ魔法であたりをおおっておきますから、イサーシュさんも休んで大丈夫ですよ?」
え? なに? あんてなまほう?
「大丈夫なのかそれ。お前も寝るんだろう?」
「眠りについたところで何も問題ありませんよ。
それにこの魔法の効果時間は長いんです。きっと朝まで大丈夫ですよ」
あれ? お前なんでわざわざこっち見るの?
「少しでも動く気配があったら、警報が鳴ってすぐにわたしたちを叩き起してくれますから」
……このヘンタイ魔導師めっっ! なにげに気を効かせやがってっ!
これじゃまったく近寄れないじゃないか!
ああ唱えるなよその呪文を。
そいつをやられたら夜間は全く襲撃できなくなるじゃないか。
一番のチャンスタイムなのに……
「……よし、これで大丈夫ですよ。みなさん、おやすみなさい」
ああ、全員寝はじめたよ。
せっかくの大チャンスなのに、目の前の魔法陣のおかげで近寄ることすらできやしない……
「ねえコシンジュ……」「なんだよ……」
ああもう完全に就寝モードじゃねえか。
のんきに語り合ってんじゃねえこのヘンタイカップルが!
「……さっき、変なもの見たんだよね。
来た時には全く気付かなかったんだけど、なんでか道のど真ん中に花が咲いてたんだよ。
なんでだろ?」
……ああああああああああああっっっっ! しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
そうだよ俺って花だよ! いつの間にか草むらのど真ん中に立ってんじゃねえか!
こんなところにいたら普通怪しまれるよ!
落ち着け! いったん隠れろ! 木の裏に隠れて様子を見るんだ!
俺は見た目ちっこい花だし、即死攻撃もできないから見つかったらタダでは済まない!
「その花、今もそこにあるのか?」
落ち着け。落ち着け、今は隠れているから奴に見つかる心配もない。
ていうか違和感とか察してこっちまで来るんじゃねえぞ!
「……あれ? おかしいな。さっきは確かにあそこにあったんだけどな」
「お前疲れてんだよ。
さっき村で魔法バンバン使ってたから、暗がりの変なものと見間違えたんじゃねえの?」
そうだいいぞ勇者! ナイス指摘!
「いっぺん確かめてこようかなぁ」
やめろこっち来るな! やめろやめろやめろやめろ!
「やめろよそんなめんどくさい。
どうせ魔法かけてんだろ? 変な奴がやってきても大丈夫だって」
「……そうだね。そうだよね。まあ気にしなくても大丈夫か。
ふぁ~、もう疲れたなぁ。おやすみ~」
落ち着けよマドラゴーラ。
完全に寝静まったと確認できるまで、ここを動くんじゃないぞ!
よし、10数えよう。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1……
いまだぁぁぁぁぁぁぁっっっ! 逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!
全力でダァァァァァァァァァァァァァァシュッッッッッッッッッッ!
ロヒインは、みんなが寝静まったあとでふと顔を起こした。
寝ぼけまなこながら、その目は何かを考え込んでいるようだった。
「……まさか、ねぇ……」




