第42話 帰郷~その2~
「みなさん、大丈夫ですかっ!?」
連合軍騎士に言われ、メウノ、トナシェ、ネヴァダはうなずいた。
今騎士たちに囲まれているのはこの3人だけで、他の皆とは完全にはぐれてしまったようだ。
もっともここにいるメウノとトナシェとは違い、他の者たちがあっけなく死んでしまうとは思えないのだが。
しかしそれは達観論というもので、メウノ達も危うくバラバラにされるところだったのを、連合騎士たちに助けられ共に進んでいるのが現状だ。
はやく合流するに越したことはない。
「まったく、どうしてだっ!?
なんで魔物どもは我々だけでなく、敵軍にまでおそいかかってきているんだっ!?」
「だがおかげでこっちは多少の余裕がある。
黒騎士と魔物どもの両方を相手にしてたら、俺たちゃ今頃全滅……おおわぁぁぁぁっっ!」
上空から、見知らぬ翼を持った魔物がおそいかかる。
ネヴァダの背中に乗るトナシェが金の腕輪をつけた手をかざし、「ファイアーボールッ!」と叫ぶと火の矢が飛んで、またたく間に火だるまにした。
それに振り返った騎士の1人が、か細い声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、あんたすげえな……」
「これでも、勇者のお伴ですから」
そう言って笑うトナシェの顔は、壊れそうなほど暗い。
相手はただ疲れているだけだろうと思ったのか、すぐに前を向いた。
「みんな~っ! みんなどこにいるの~っっ!」
聞き覚えのある声だ。
トナシェは大手を振り、「ここぉ~~~~っ!」と叫びあげる。
押し入る波をかきわけて、ヴィーシャ、イサーシュ、ムッツェリの3人が現れた。
ヴィーシャはたどり着くなりほっとしたような顔になる。
「よかったぁっ! まったく心配したのよぉ!?
おチビ、あんたとメウノがこんなところにいたらいくら命があっても足んないからね!」
「あたしの背中に乗ってるから大丈夫だよ。
今じゃあたしのもう1人の娘みたいなもんだから、魔物どもになんか指一本触れさせないよ!」
自慢げに言うネヴァダだが、横に立つメウノは不安げな表情になった。
「コシンジュさんにロヒインさん、あとチチガム先生は?」
「わかんないわよ。
けどあの3人、やたら強いから死にそうな予感しないけど」
ヴィーシャが言った時、周囲が騒然とした。
見ると周りの連合騎士たちがいっせいに身構えている。
ヴィーシャ達が連れ立っていたのが、黒騎士たちだったからだ。
「くそっ! なんで敵軍を連れてきたっ!?」
「連合のバカ騎士どもめっっ!
ここであったが百年目っ! 剣のサビにしてくれるっっっ!」
「わあわあわあ~~~っっ! みんなちょっと待ったぁっ!」
殺気立つ両軍の間に、ヴィーシャが両手を広げ割って入る。
「今は人間同士で争ってる場合じゃないでしょっ!
積年の恨みは忘れて、いまは協力して魔物たちを片づけるのよっ!」
連合軍のほうは少し肩の力を抜くが、黒騎士たちはそうではなかった。
「どけいっ! 我らのほうはそうはいかぬっっ!
歴史を忘れて安穏と平和を謳歌しているバカどもになんぞっ! 協力などできるかっっ!」
1人が言うと全員が「そうだそうだ!」と叫びあげる。
ヴィーシャは困った顔になった。
「歴史を……忘れて?」
トナシェがハッとした。
この話、あまり聞かせるべきではないかもしれない。
「な、なんでもないですっっ!
黒騎士さんたちの協力は得られそうにありませんから、いまは急いでコシンジュさんを探しましょうっっ!」
相手は困った声で「そ、そうだな」というと、トナシェは周囲を見まわした。
どこも魔物と戦う騎士たちであふれ返っているが、黒騎士とそうでないものが互いに協力して戦う姿はどこにも見受けられない。
みなまるで人間同士の絆を断ち切るかのごとく、自分たちの力だけで苦境を乗り越えようとしているだけだ。
トナシェは大きく落胆した。
コシンジュのかかげようとした、「北と南の和解」など、とうてい訪れるとは思えなかった。
「みんなっ! あそこを見ろっっ!」
ムッツェリの声で全員が指差す方向を見た。
が、特に気になる様子はない。
「あれ? あそこにコシンジュがいたような気がするんだが……」
「ムッツェリ、見間違いじゃないのか?
いや、どうせ手がかりがないんだ。せっかくだからあちらの方に進もう」
イサーシュの声で全員がうなずくが、上空から魔物の群れが押し寄せる。
その場にいる全員がそれぞれの武器を構えた。
トナシェは小さな両手を上にかかげ、敵の襲撃を待ち構えた。
おそいかかる敵の群れを、人間、魔物区別なく殴り倒していくコシンジュ。
あらゆる敵を押しのけ、悠然と前に進む。
しかし、その顔に表情はない。
若干15歳の少年だというのに、その立ち姿は死に場所を求めて戦場をさまよう幽鬼のようにすら見える。
ひたすら敵を討伐する、まさに戦闘マシーンと化したコシンジュの前に大きな影が立ちはだかる。
黒い体表のあちこちに赤く光るひび割れができ、そこから熱気が吹きだしている。
「天界の神々どもに選ばれし、勇者コシンジュと見受けるっっ!
俺は獄炎魔団暫定総帥、『モリュペス』ッッ!
勇者っ! 今日が貴様の最期だっっ!」
コシンジュがぼう然と見上げると、通常より大きく、頭からは長い髪が生えているサイクロプスの姿があった。
その手にはジュウジュウと蒸気を立てる連合騎士の身体が握られ、力なくうなだれるそれをサイクロプスはこちらへと放り投げる。
味方でもあるにもかかわらず感傷もなく、コシンジュはそれを軽々とかわした。
その間にモリュペスは拳を高く掲げ、そこから渦を巻く猛烈な炎をまとわりつかせる。
「……死ねぇぇっっっ!」
猛烈な勢いで突き出される拳だが、コシンジュは素早くななめ前に飛び出し、きれいに避ける。
ぶつかった拳で砂が大きく舞いあがるのをしり目に、またたく間に敵の足元に回り込んだコシンジュは、両手に持った棍棒を容赦なく叩きつける。
「ごふおぉぉぉぉっっ!」
痛みのあまりバランスを失い、崩れ落ちるモリュペス。
振り返りざまに背中に飛び乗ったコシンジュは熱気に包まれた体表を素早くかけあがることで防ぎ、最後に高く舞い上がった。
モリュペスは背中に飛び乗られたことにようやく気付き、太い指でコシンジュをつかもうとするが、その時には脳天に光る棍棒が叩きつけられる。
力なく倒れるモリュペス。
コシンジュはその手前で、身をひるがえしながら砂浜に着地する。
その時、背後でなぜか拍手のようなものがひびく。
「……見事なものだなコシンジュ。
弱肉強食の魔界におもむき、さらに腕をあげたようだ」
コシンジュはゆっくりと振り返る。
そこには、額に2本の大きな角を生やし、簡素な鎧を身にまとった、魔物たちの王の姿があった。
何度も対峙した、その悠然としたたたずまい。
「……お前を待ってた。きっと、ここまでやってくるってな」
周囲で剣と剣がかち合うなか、コシンジュは消え入りそうな声をあげる。
その目はほんの少しだけ、憎悪のようなものが宿っていた。
「コシンジュ、なぜだ。なぜこのようなマネをした……」
敬愛しているはずのスターロッドの問いかけに目を向けるも、首を振るだけで何も答えない。
「なんでだよお前。どうしてこんなマネをするんだよっ!
お前、人が死ぬのを見ていられない奴じゃなかったのかよっ!? なんでっっ!」
ベアールの問いかけは泣きそうなものになっている。
コシンジュは目を向けさえしない。
いつの間にか、まわりで聞こえてくる剣の音が次第に静かになっている。
数では劣る魔物たちの軍勢が、ようやく人間たちによって倒されようとしているようだ。
余裕のある者は早くもこちらの方に注目している。
「……いたわよっ! おいコシンジュッッ!
そんなところでなにつっ立ってんのよ……って魔王ぉぉぉっっ!?」
突然現れたヴィーシャの叫びに、周囲が騒然とする。
それは誰もが聞いて驚く、魔界の支配者の称号。
それを聞いたファルシスは動じず、その顔に笑みを浮かべる。
「フフ、いまやだれからも恐怖のまなざしで見られるようになったか。
勇者コシンジュ。お前のせいでこちらも相当な被害をこうむったぞ」
「うるせぇクソ魔王。
てめえは今から死ぬんだ。死んだ後の評判なんてお前には関係ねえだろ」
吐き捨てるように言うコシンジュに、思わずスターロッドが手を伸ばす。
「おいよせコシンジュ。
わかっているおろう。ファルシスはなにも人間たちに……」
「うるせぇぇぇっっ!」「なにっっ!?」
まさかのさけびに絶句したスターロッドをしり目に、コシンジュは棍棒の先を向けた。
「クソ魔王っっ!
人間界に魔物どもを呼び出し、片っぱしからぶっ殺した罪、ここでつぐなってもらうぜっっ!」
遠くでようやく現れたロヒインが「コシンジュッ!」と呼びかけるが、一瞥しただけで無視した。
コシンジュの視界にあるのは、ただ1つ。魔王のみ。
「……ククククククク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!」
低い笑い声を、やがて大きなものへと変えたファルシス。
額に手をそえて大笑いするが、様子がちがう。
ファルシスの笑いは、どこか悲しげなものになっているのだ。
それを見た周囲の騎士たちが、少し騒然としている。
「……バカ者か貴様はぁぁぁぁぁぁっっ!」
突然ファルシスが大声でどなりつけてきた。
その顔には完全に怒気がみなぎっている。
「前からふざけた奴だとは思っていたが、ここまで愚かしいとは思わなんだっっ!
なぜだっっ! なぜそのようなことを言うっっ!
このような所業、余にいったい何の得があるというのだっっ!」
どこか悲しみに満ちた罵声に、見守る両軍の騎士たちがあ然としている。
ファルシスはそれに目も向けず、おもむろに両手をかかげた。
「考えてもみろっっ!
余はそもそも人間界に平穏をもたらすため、魔界の強硬派たちの期待を裏切って、帝国民たちに手を差し伸べたっ!
腐りきった奸臣たちを打ち倒し、帝国を統べる者たちと和平を結び、大帝の娘をわが妃としたっ!
さらにだっっ! この戦場ではごく限られた上級魔族のみを使い、我々自身は連合軍の騎士たちの被害を最小限に抑え、あとを黒騎士たちに託したっ!
我らは表立って人間に害をなす意思はないっ!
だのに、なぜここにきて両軍の人間たちを見境なく殺める手に出ると思うっ!?
なぜだっっっ!」
ファルシスの演説を聞く者の中には、わずかに「たしかに……」とつぶやく者がいる。
それに背中を押されるように、ファルシスは握った拳を高く掲げた。
「ここで魔物どもに人間たちを殺させることに、我らが得る利得など、一銭たりともありはしないっ!
しかし、しかしだっっ!
ただ1人、たった1人、魔物たちに人間を見境なく襲わせることで、
唯一得をする、得をするはずだと考えている者がいるっっっ!」
両軍の騎士たちは騒然とする。
誰もが、その答えを待った。
やがてファルシスの指が、まっすぐ正面をさされる。
とたんにどよめきが起こった。
……してやられた。コシンジュはそう思った。
情でうったえられ、理でうったえられ、コシンジュの声は完全にふさがれてしまった。
「勇者コシンジュッッ!
お前は甘いっ! 甘すぎるっっっ!
魔界にいる血に飢えた獣どもを、連合、帝国双方に襲わせることで、人間同士の争いをやめさせられるとでも思ったかっっ!
その上人間同士が争いをやめれば、いずれともに立ち、協力し合ってともに共通の敵と戦うようになる、そうとでも思ったのかっっっ!?」
そして魔王はおもむろに両手を広げた。
周囲の光景を指し示すように。
「ならば見るがいいっっ!
お前のその愚かしい選択の結果、ここにいったい何が残っているのかをっっ!」
見たくなどなかった。
だが目を向けなければ、奴の発言を肯定することになってしまう。
徐々に、徐々にコシンジュはまわりを見回した。
覚悟はしていた。なのに、なのに……
コシンジュを見る者は、兜に隠れて表情さえ見えないものの、その立ち振る舞いはどれも恨みのこもった雰囲気を一様に見せていた。
中には前立てを外してまで、コシンジュに向かって怨嗟の目を向けている。
それを見て、コシンジュの足がすくんだ。
理性が感情を抑えきれない。本能で分かった。
「やめろ……見るな、見るな……」
「……本当なのかっ、コシンジュッッ!」
とたんにコシンジュはびくりとした。
おびえるような目で、聞き覚えのある声に振り返る。
先ほど出会った、ランドンの騎士だ。
「本当なのかっ!? あの魔王の言ってることは、本当なのかっ!?」
コシンジュは答えられない。
ただひたすら、首を横に振るだけだ。
「違う……違うんだ……オレはただ……」
そこへファルシスの容赦のないどなり声がひびく。
「見ろコシンジュッッ! これが結果だっ!
お前がもたらしたのは平和などではないっ!
ただ人々の憎しみを、お前自身が背負っただけだっっ!
人々が長年抱いていた憎しみを、たった1人で背負い込んだだけだっっっ!」
「背負い……込んだ……オレ、だけ……」
その言葉をつぶやいて、コシンジュはとうとうその場にヒザをついた。
周囲からの視線が強くなるなか、少年は頭をかかえる。
立て続けにファルシスの笑い声がひびく。
「ククククク……、なにをおびえている。
わかっていただろうっっ! こうなることはっ!
お前はわかっていたはずだっ!
だのになぜそうやって、背負い込んだ重荷から目をそむけるっ!?
第一お前は勇者ではないのかっ!?
勇者であれば、たとえ己を犠牲にしてでも、
他者の苦しみを自ら背負いこむ存在ではないのかっ!?
お前もそれをわかっているからこそ、このような所業に出たのではないのかっっ!」
心なしか、ファルシスの罵声がエコーがかって聞こえる。
「やめろ……言うな……言うな……」
「傷ついたフリをするなっっ!
勇者は傷つかないっっ!
たとえ己の心身がぼろ屑になろうとも、
高邁な理想のために全身に鞭うって立ち上がるっっ!
それが勇者というものではないのかっっ!?
それともお前はその資格がないのかっ!?
このニセ勇者めっっ!」
「やめろ、やめろぉぉっっ!」
「ちょっ、やめてよ魔王サマッ!
いくらなんでも言いすぎだって!」
聞き覚えのない声だが、顔をあげる力すらない。
ひたすら目の前がくらくらする。
「お前はだまっておれっっ!
さあ、勇者なら立ち上がれっっ!
本物の勇者なら、これしきのことで傷つくはずがあるまい!
勇者とは常に勇猛果敢で、
神々の使命のためならいかなる辛苦をもいとわぬ、完全無欠な……」
「……うるせえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!」
コシンジュは、いつの間にか立ち上がっていた。
周囲が、静まり返った。
コシンジュは顔をあげると、憎悪をみなぎらせた目でファルシスに棍棒の先を向けた。
「なにが勇者だぁぁぁぁぁぁっっ!?
ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!
オレは、オレはそんなふざけたクソヤロウになった覚えはねえよっっっ!
勇者なんて、どうしようもねえクソだよっっっっ!」
コシンジュはおぼつかない足取りで、冷徹なまなざしのファルシスに向かって進む。
「なにが神様の使命だぁぁぁぁっっ!
なにが平和の使者だぁぁぁぁぁぁぁっっ!
んなもん、オレの知ったことかぁぁぁぁぁぁっっっ!
そんなもの、こっちから願い下げだぁぁぁぁぁぁっっ!」
ツバをまき散らし、叫ぶコシンジュ。
あまりに叫びすぎたせいで、口元からはヨダレがたれる。
それを見て誰かが「ひぃぃ!」と情けない叫びをあげた。
チチガムが「コシンジュッッ!」と叫んだ気がしたが、その目にはもうなにも見えていない。
ただひたすら、棍棒の先を自分がすべての元凶と思う者に向けるだけだ。
「てめぇのせえだぁぁぁっっ!
全部てめぇのせえだぁぁぁぁぁっっっ!
ふざけんな、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ!」
コシンジュはよろめきながらもかけだした。
すべての恨みを込め、棍棒を振りかぶる。
何の考えもなく、すべての力を目の前の男にぶつける。
とにかくぶつける。それしか頭になかった。
相手がおもむろに剣を取り出した。
その攻撃をかわす考えなどなかった。
むしろ殺してほしいとすら思った。
その姿が目前に迫る。
全身全霊をかけて、棍棒を一気に振り下ろす。
コシンジュはそうした。
だが、握った両手に手ごたえはなかった。
代わりになぜか拳が眉間にめり込んだ。
その力でコシンジュは全身の力を失い、白い砂浜に倒れ込んだ。
わけがわからず、それでも立ち上がろうとするも、そこで違和感に気づいた。
先ほどまで手にしたはずの、棍棒がない。
周囲を見回す。
グラグラと溶けたように歪みながらも、必死で周囲に目をこらす。
やがて、少し離れた場所がまばゆく光っていることに気づく。
冷静さを完全に失ったコシンジュは、そこに4つの人影が現れたことに気づいた。
鬱展開すみません。悪夢はまだまだ続きます。




