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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第7章 勇者、魔界のジャングルを進む
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第41話 コシンジュの誤算~その5~

 その日、魔界の門が3たび開かれた。


 重力を無視した長い洞穴(ほらあな)を進み、血に飢えた獣たちが日の光を浴び、新たな大地に足を踏み入れる。

 照りつける日差しに顔をしかめつつ、あたりをうかがう。


 それは周囲を断崖に囲まれた水辺で、周囲に人間の姿はない。

 あらかじめ侵入したとたんに反撃を食らうことを覚悟していた彼らは意表をつかれた。

 いくつかの魔物は、見慣れない色の空をぼう然と見上げる。


 わずかな数が、断崖を登り始める。

 人にはない強力な身体能力でまたたく間に崖を登りきると、それらのうちの1匹が、正面を指差して咆哮(ほうこう)をあげた。


 獣たちは一斉に、最初の魔物のあとを追うようにかけだした。

 崖を登り切った時、いくつかは下り坂で足を滑らし、転がり落ちた。

 そのあとの追随(ついずい)たちは、ある程度足場が安定したところで立ち止まり、正面をまっすぐ見据えた。


 はるか前方に見えたのは、自分たちの訪れに気づかずたがいに武器を手に殺し合う動物たちの群れ。

 獰猛(どうもう)ではあるが、自分たちとは違う、脆弱(ぜいじゃく)な肉体。


 人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間・人間……


 獣たちはいっせいに咆哮をあげ、なにかにはじかれたかのように飛び出した。

 この日血塗られた歴史を刻むことになるいまわしき戦場に、新たな憎悪の群れが解き放たれたのである。


 一部の人間たちは、その訪れに気づき顔を向けた。

 一方は絶望感に悲鳴をあげ、一方は確実な勝利を悟りほくそ笑む。


 だが彼らは知らない。


 訪れる憎悪の群れは、やがて人間と名のつく者すべてに、平等なる死を与えようとしていることを……





 おびえる馬を捨て置き、仕方なく自らの足で戦場に舞い戻る騎馬隊。

 ディンバラとランゾット率いるランドン騎士たちは、遅れて主力軍と合流した。


 魔物の軍勢が到来したことは、すでに伝令によって知らされていた。

 確実になぶり殺しに会う覚悟を決めていたディンバラ達であったが、彼らはあまりに予想外の光景に誰もが足を止めた。


 たしかに、獣の姿に近い魔物たちの姿は初めて目にする者たちには現実味を失わせるものではあった。

 しかしその異形たちは、よりによって敵味方見境(みさかい)なく暴れ回っているのである。

 そのあまりの暴れ狂いぶり、まるで相手が人でありさえすれば喜んで命を奪おうと言わんばかりである。


 連合騎士たちはともかく、凄惨(せいさん)なのは敵のゾドラ騎士たちのほうである。

 味方だと思っていた魔物どもにものの見事に裏切られた黒騎士たちは、目の前で起きていることが信じられず、次々と怪物たちのおもちゃにされていく。


「いったい、いったい何なのだ……これは……」


 前方に見える地獄絵図に、ディンバラは動かずにボソリとつぶやくことしかできない。

 となりにいるランゾットは言葉さえ発することができずにいる。


 やがて、こちらに向かって1つのかげが向かってきた。

 鎧のすきまから血を流し、おぼつかない足で向かってくる黒騎士。


「い、いったい、どうなってやがるっっ!

 あの化け物どもっ、おれら味方でさえ攻撃してきやがるっっ!

 奴らとち狂ってんのかっっ!?」


 黒騎士はそれが敵であるにもかかわらず、ディンバラに倒れ込むようにしがみついてきた。


「殿下はっ、殿下はなんであんな連中をよこしてきやがったんだぁぁぁっっ!

 なんでだぁぁぁっっ! ちきしょぉぉぉぉっ!

 あのクソ魔王めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ! ちきしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 ディンバラ達連合騎士たちは、その泣き叫ぶ声にひたすら耳を(かたむ)けるしかなかった。





「なんという、光景なのだ……」


 崖の上では、最初の黒騎士と連合軍がぶつかり、続いてそれより禍々(まがまが)しい動きをとる魔物の群れがおびただしい数で合流していく光景が見える。


「ええいっ! こうなっては仕方あるまい!

 残りの兵で動ける者、剣を持てる者はすぐに援護(えんご)に向かえっ!」


 ペルドル王が叫ぶと、リーン王が力なく片手を向けた。


「待ってください、まだ他の戦場では、ドラゴンたちが暴れているはず……」


 ペルドル王は首を振る。

 彼が指差す方向に目を向ければ、先ほど大暴れしていたはずの巨大な竜の姿が見えなくなっていた。

 ペルドル王はつぶやく。


「奴らは役目を終えたのだ。

 主力軍が合流した以上、奴らはこれ以上暴れる必要はない」

「……ならば遠慮することはないっ!

 全勢力を持って、残りの兵は浜辺に援護に向かうのだっ!

 こうなったら意地でもこの苦境を切り抜けるしかないっっ!」


 今さらのごとく声を張り上げるリーン王をしり目に、マグナクタ王はぼう然と前を見据えた。

 3つの大群がうねるように入り乱れる、この世の地獄(じごく)


「あぶないっっ! マグナクタ陛下っっ!」


 マグナクタ王が顔をあげると、目の前に向かって急降下してくる人型の鳥が現れた。

 王は素早く剣をとり、向かってくる異形を一刀のもとに斬り捨てた。


「クソッ! 飛翔魔族かっ! これでは本陣も危ないっ!」


 王たちの視線の先には、空を飛び交う数多くの魔物の群れが見える。

 それらの大概(たいがい)の獲物は下の浜辺にいたが、いくつかは王たちを直接狙っていた。


「陛下っ! 魔法攻撃にお気をつけをっ!」


 言われるまでもなく、マグナクタ王は馬から降りて急襲(きゅうしゅう)を避ける。

 飛んできたのは氷のかたまりのようなもので、それが馬の背中にぶつかり、一部が凍りついた。

 おどろきか苦痛のためか、馬はいななきひずめを高く上げると、王を置いてその場を逃げ出してしまった。


「これでも……食らえっっ!」


 振り返ると、先ほどの声がビーコンのものであると知った。

 彼は上空の魔物に杖を向けて、そこから土のかたまりのようなものを飛びださせた。

 獣と鳥の合わさったかのような魔物に見事直撃し、力を失ったそれはクルリと反転して地上へと落下していく。


「陛下っ! ここは危ないっ、すぐにお逃げをっっ!」


 ビーコンはあせった顔をこちらに向けるが、マグナクタ王は首を振った。


「腕には覚えがある。それに余が逃げる必要はない。

 ランドン王国は余の存在がなくとも存続できる。それが議会制というものだ」


 剣を構え臨戦態勢をとると、他の王たちも各々の武器をとっていることに気づく。


「ペルドルどの。よろしいのですかな?

 あなた様の国は王がなければ成り立たぬと思われますが」

「剣の腕はそなたより立つつもりだ。

 それに、魔物どもをここで総力を持って打ちすえねば、近隣(きんりん)に被害が及ぶ」


 彼の言葉に他の君主たちもうなずく。


「私は魔法の国の王ですぞ。当然私も魔導師です。

 ここで本気を出さねば、国の魔術使いたちの面目が立ちませぬ」


 リーン王は魔法に関しては優れた技量の持ち主だと聞いている。

 自信があるのもうなずけた。


「私はみなさんと違って、王族ではありませんから。

 しょせん(やと)われ市長の身です」


 フェルナンは小剣を持って魔物に立ち向かうつもりのようだ。


「私には、これがありますからね」


 ノイベッドはライフルのようなものを取り出した。

 試作品らしく、見たことのない造形をしている。

 5人の君主がいっせいに立ち向かうと、横から伝令が入る。

 ペルドルが顔も向けずにどなる。


「何事だっ! 我々は今いそがしいっ! 手早く報告せよっ!」

「それが……それが、魔物たちの群れは、敵味方かまわず人間たちにおそいかかっていますっ!

 味方だけでなくゾドラ軍の死傷者も多数っっ!」

「「「「なにぃぃぃっっ!?」」」」


 彼らはさすがにおどろきの顔を伝令に向けた。





 異常事態に気づいたファブニーズはいったん人の姿をとり、混戦渦巻く戦場に入り込んだ。


 そしてがく然とする。

 現れた魔界の援軍(えんぐん)たちは、よりによってゾドラ騎士たちにもするどい刃を向けているのだ。

 不意をつかれた黒騎士たちは、魔物たちにいいようにもてあそばれている。


「一体何なのだ……これは……」


 ファブニーズの目に、オークに押し倒された黒騎士の姿が見えた。

 ファブニーズは迷わずかけよって剣を突き刺そうとしたオークの首根っこをつかみ、おどろく獣の顔に炎の息を吐きかける。

 手を離されるやいなやもがき苦しむオークを無視し、倒れる騎士に手を差し伸べる。


 ところが、助けたのがファブニーズだと知ったとたん、騎士は床に落ちていた剣をとり上げて「来るなぁぁぁっ!」と振りかぶった。

 あわてて後ろに退く竜王。


「落ち着けっっ! この事態、私の預かり知らぬところっ!

 そもそも魔物どもがここにやってくること自体想定外なのだっっ!」


 もっとも、魔物たちがゾドラ本国を急襲する可能性があることは、事前にファルシスにより伝えられていた。

 そういう意味では確かに彼らの意に背くつもりではあったのだが……


「くそうっっ! この裏切り者ぉぉぉぉぉっっ!」


 しかし立ち上がった騎士に刃を向けられ、血がほとばしるような叫びをあげられ、ファブニーズは胸が締め付けられる思いに駆られた。

 かつては人間を低く見ていた自分だが、ここまで想いを寄せるほどになるとは、自身でも驚きだった。


「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!」


 背後からの叫びにふりむくと、ファブニーズは連合軍の騎士を素手で殴りつけた。

 兜を身につけていたとはいえ魔物の拳なので、相手はすぐに崩れ落ちた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!」


 さきほどの黒騎士が、容赦(ようしゃ)なく斬りかかる。

 ファブニーズは仕方なしに相手の腕をとり、血で汚れた砂浜に叩きつけた。


「ドラスクッ! ドラスクいないのかっっ!?」


 返事はない。どうやら孤立してしまったようだ。

 叫びをあげたために、周囲の騎士たちがこちらにふりむき、魔物と対峙(たいじ)していない者がこちらに向かって剣を構える。

 そこにはゾドラの騎士も混じっている。


 ここは自力で切り抜けるしかない。

 ファブニーズは辟易(へきえき)しつつ、彼らに向かい合って両手の指をポキポキと鳴らした。





 もっとも遅く気づいたのは、海上にあるゾドラの本隊。

 母船の簡素な玉座に座るファルシスが、わずかに見える浜辺の光景を目にし、眉をひそめる。


「いったいどういうことなのじゃっ!? なぜ魔物の軍勢があそこにいやるっっ!?」


 吐き捨てるスターロッドに対し、ひざまずく黒騎士がすっとんきょうな声をあげる。


「えぇっ!? 殿下がたが呼び出したんじゃないんですかっ!?」


 そのおどろきを受け止めたかのごとく、ベアールが赤い兜をファルシスに向けた。


「殿下、こりゃ一体どういうことなんです!?

 俺らが聞いた話じゃ、援護(えんご)するのは上級魔族だけっ!

 なのになんで魔物の軍勢が、よりによってあの浜辺に現れたんですっ!?」


 ファルシスは何も言わず、ただ浜辺を見据えるだけだ。

 やがて小さな声でつぶやいた。


「そうか、そうなのか……

 コシンジュ……お前は、お前はそれを選んでしまったのか……」


 思わず「え?」と発したベアールをしり目に、ファルシスは席から立ち上がった。


「ベアール、スターロッド。我らもあそこに向かうぞ」

「なぜだ? ファルシス、お前何を知っておる?

 あそこでいったい、何が起こっているというのじゃ?」


 あせるスターロッドの問いかけに若き魔王は小さく首を振り、玉座にかけていた己の剣を手に取り、それを器用に腰に差した。


 ファルシスは想いを()せていた。

 考えうる選択肢の中で、もっとも(おろ)かしい道を選んでしまった、心やさしき勇者。

 目の当たりにするであろう現実を前に、いったい彼はどこまで耐えうるというのか。


 今の自分はかなり険しい表情をしているのだろう。

 ベアールもスターロッドもだまってファルシスを見つめる。

 対するファルシスは、いまだ海岸線に目を向け続けていた。

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