第41話 コシンジュの誤算~その4~
鬱展開です。心してごらんください。
「各部隊が魔族の襲撃を受け、その対応で手いっぱいですっ!
武器の破損多数! ケガ人も少なくありません!
死者は数える程度ですが、各部隊の被害はどこも甚大でありますっ!」
伝令の報告に「そんな……」とつぶやくペルドル王をしり目に、マグナクタ王は頭をかかえた。
「やられた。してやられた。
まさか死角から、選ばれた精鋭部隊だけを送り込んでくるとは。
これではいくら身構えていても対応しきれんではないか……」
「ええいっ! なにをやっておるのだっ!
相手はたかが数名の上級魔族だけではないかっ!
我ら連合軍の名にかけて、そのわずかな手勢をいちはやく打ち払えっっ!」
リーン王は吐き捨てるが、その顔にも絶望感のようなものが浮かんでいる。
「奴らは、最初からそのつもりだったのですね。
最初から魔界の本隊を呼んでくるつもりはなかった。
選ばれた精鋭のみで、各隊を叩きつぶすつもりだったのでしょう……」
フェルナンはただ、馬の上で打ちひしがれていることしかできない。
しかし、ただ1人冷静なものがいた。
ノイベッドは海岸の惨状を見据え、つぶやくような声で告げる。
「腑に落ちない点が2つ。
まず、なぜ魔族たちは我々の命を故意に奪おうとしないのか。
いくら上級魔族とはいえ、それでは身の危険にさらされるでしょうに。
もっとも今はそれでうまくいっているようですが。それに……」
ペルドル王が「それに?」とオウム返しで答えた。
「これだけあらゆる部隊が襲撃を受けているというのに、本隊とも言える浜辺の各騎士団だけが攻撃を受けていない。
それはなぜです?」
マグナクタ王、ペルドル王、フェルナン総督がその意味に気づき、たがいに顔を見合わせる。
リーン王はあとからその動きに気づく。
「やってきました。
どうやら魔族たちは、時間稼ぎの役目を十分に果たしたようです」
4人の代表が、がく然とした顔で海の向こうを見据える。
その目に焼き付いているのは、母船から降ろされる小さな運搬船の数々。
船体の横に備え付けられたそれらがいっせいに下ろされ、その多くが早くも海岸に乗り上げている。
入口の扉がゆっくりと開かれると、その場にいる全員が戦慄した。
中にいたのは、そのどれもが真っ黒な甲冑を見につけた、おびただしい騎士の数々。
船の暗黒から解き放たれ、いままさに軍の本隊に向かって突き進む準備を始めている。
マグナクタ王には、それが恐ろしい怪物の群れのようにも見えた。
魔物ではないが、心のうちに恐ろしい怪物をかかえた、呪われた集団。
うちなる憎しみに突き動かされ、正面に立ちつくす者たちをことごとくせん滅するという、狂った野心に満ちた者ども。
想像していたよりも数が多いのも脅威であったが、なによりその者たちから断ちこめる黒々とした妖気のようなものが、自軍の敗北を決めつけているような気さえした。
マグナクタ王はうつむき、両手を組んで額に押しつけた。
そして消え入りそうな声で呪文のようにつぶやく。
「神々よ。我らを守りたまえ。
勇者コシンジュ、なにをするにしても早く駆けつけてくれ……」
コシンジュはルキフールとともに、テラスから降りていた階段を下りはじめていた。
ジグザグに伸びる階段はいくつもの踊り場をはさんで、延々と下まで続いていた。
おそらく敵がここを襲撃してきた際の、守りのかなめとして用意されたものだろう。
やっとのことで階段を降りると、コシンジュ達は手すりのない回廊を歩き始めた。
かなりの高台で、下にはこちらに手を伸ばしてくる魔物たちの姿があった。
あまりの恐ろしさにトナシェの足がすくみ、ネヴァダが「ほら」と言って彼女を背中に乗せる。
これまた長い回廊を進み終えると、コシンジュ達の前に祭壇のようなものが現れた。
長方形の足場の4隅に縦に溝が入った円柱がならび、中央には細長い台のようなものが置かれている。
コシンジュ達はまたも戦慄した。
台の上には、手足を拘束され必死にもがくオークの姿があった。
キィキィと甲高い声をあげ、泣き叫んでいる。
衣服を一切身にまとっておらず、こちらを向くルキフールがその場をどけば局部が見えてしまう。
「アビスゲートを開く条件として、いけにえを1体捧げねばならぬ。
これは避けては通れぬ掟だ。決して同情はするな」
コシンジュは首を振り、前に進み出る。
すると右手の円柱のそばに、何やら妙な物体が置かれていることに気づいた。
「あの台の上に置かれた丸い球は?」
「あれか、あれは指定するゲートを指し示すための魔導具だ。
あそこにはカンチャッカをはじめ、人間界にある複数のポータルが刻まれている。
前方である指針にその穴を近づけると、開かれる場所が指定できるのだ」
なるほど、あれで指定のポータルを選べるのか。
コシンジュは納得した。
「ちょっと間近でながめてもいいか?」
「かまわんが、決して触れるなよ?
その指針はカンチャッカポータルをさしている。
動かして他のポータルに変えてしまえば、そこが魔界の入り口となろう」
コシンジュはそっと近づき、その地球儀をながめた。
顔の角度を変えながら、観察する。
海の位置がはっきり描かれているのを見て、コシンジュは確信する。
「なにをやっている小僧? そんなに地球儀が珍しいのか?」
「あ、うん。
オレたちが住んでいる地上が球体だって証明されたの最近なんだけど、こっちだととっくの昔にわかってたんだなって、ちょっと勉強になった」
「さっさと戻れ。言っただろう、時間がないと」
コシンジュは振り返ると、出来るだけ平静をよそおった。
出来るだけ仲間たちを見ないようにする。
ルキフールの横に立ち、泣き叫ぶオークをできるだけ見ないようにする。
「魔界のポータルを開くのは簡単だ。
そばにあるこの剣でオークの心臓を突きさすことだ。
この剣を使わなければ、魔界を開くことはできん」
「それって、心臓を刺す以外でもいいの?
たとえば首をぶった切るとか」
「いけにえを殺しさえすればいい。なぜだ? なぜそんなことを聞く」
「オレが、いけにえを殺す」
後方にいる仲間たちからざわめきが聞こえる。
ロヒインにいたっては「コシンジュ、ムリしないで」とまで言う。
「大丈夫だ。オークを殺すのは初めてじゃない。
どうせ山ほど魔物を殺してきたんだ。今さら1匹増えたところでどうってことない」
剣を手にしたルキフールが、横目でコシンジュをにらむ。
「お前、よもや迷っているわけではあるまいな。
まあ良い、選択するのはお前だ。好きな方を選べ」
コシンジュは手渡された剣を、その手に握った。
剣は握り手に至るまで鉄でできており、ひんやりと冷たい感触が伝わってくる。
コシンジュは剣を上にかかえた。それを見て台の上のオークの叫びが大きくなる。
届くはずもないのにかみつこうとまでする。
コシンジュはオークに目を向けず、刃にひたすら目を向け続けた。
見ているだけで傷つきそうな、何か恐ろしい感覚を投げかける冷たい刀身。
「コシンジュ、決断するなら早くしろっっ!」
ルキフールに叫ばれても、コシンジュは動かなかった。
まわりの声を一切遮断し、内なる声に耳をかたむけ続ける。
「……オレは次の選択に、自分の正義をかけるっっっっ!」
コシンジュは動いた。
しかしそれは周囲が思っていたものではなかった。
コシンジュはその場で剣を横にふるう。
そばにいたルキフールが至近距離で刃を払われ「うぅっっ!」とうめいた。
彼の気が動転している間にコシンジュはその場をかけだし、地球儀まで駆け寄って円の向きをクルクル変えた。
「おいっ! なにをしているっ!
ポータルを今すぐ戻せっ!」
ルキフールが叫んで、こちらへと近寄ろうとする。
コシンジュは片手ですばやく別のしるしを指針に近づけると、振り返って剣を振りかぶった。
「なにをするっっ!」
叫ぶルキフールの真横を、投げつけられた剣が通り過ぎる。
剣の切っ先が、もがくオークの身体に深々と吸い込まれた。
オークは大きく状態をそらし、そのままぐったりとして息絶えた。
その間にルキフールが近寄り、コシンジュの腹に向かって拳を突き上げた。
老体にもかかわらずかなりの威力で、コシンジュは思わず「ぐぅっ!」と言ってその場にへたりこむ。
ルキフールの後ろから、仲間たちがかけよる。
みんなコシンジュがしたことが信じられない、といった表情だった。
ルキフールは彼を無視し、ヒザをつくコシンジュの胸倉を思いきりつかんだ。
「貴様っっっ! 自分がいったい何をしたのかわかっているのかっっ!?」
言われ、コシンジュは疲れ切ったかのような笑みを浮かべた。
「へへへ、ルキフールさんよ。あんた言ったっけな。
下にいる魔物たちは、いったい誰を攻撃すればいいか、まったく指示を受けてないってな」
ルキフールの顔に、大きく失望の色が浮かんだ。
そして乱暴に手を振り払うと、コシンジュはその場に両手をついた。
「ルキフール様っ!? 彼はいったい何をしたのですっ!?
ポータルの位置はどこに変更されたんですっ!?」
ルキフールのそばで、メウノの足元が見える。
「……自分の目で、しっかりと確認するがよい」
メウノの足が、地球儀の前で立ち止まった。
しばらくして彼女が声をあげる。
「……そんな……そんなっっっ!」
「どこなのよメウノっっ!」
ヴィーシャの声に、メウノが振り返った。
「……トロイーナ……大海岸……」
全員が沈黙した。
伏せたまま後ろを見ると、誰もいなかった荒れ果てた広場から、黒々とした円が広がり始めた。
トロイーナ大海岸では運搬船から降りた黒騎士たちが、次々と浜辺へとかけだし始めた。
それを止めるすべは、連合軍にはもう残されていない。
黒騎士たちは次々と合流し、やがて1つの巨大な塊と化していく。
背後の海からは、開いたすき間を埋めるように残りの船が次々と海岸へと乗り上げていく。
その中から降ろされた騎士たちも、やがて中央の塊へと合流していくだろう。
マグナクタ王は不吉な黒い塊をながめ、下に目を移した。
対する連合本体は整然と隊列を組み、黒鋼たちを待ち受ける。
前方に立つのは赤錆の騎士たち。
彼らは崖の上に配置された者たちとは違い、団の中でも特に防御に秀で、なおかつ命知らずのものたちだ。
正面からぶつかって来ようとする憎悪の集積物を前にしても、ためらわずに立ち向かっていくだろう。
その真後ろにランドンの「青紋騎士団」が立つ。
赤錆とは違い、ランドンの騎士はこちらに主力を置いた。
彼らは最新鋭の装備と前列に負けない強い意志を武器に、黒騎士たちに敢然と立ち向かうだろう。
右翼にベロン・リスベン両軍。
左翼に都市国家陸戦隊をはさみ、後方には紫套の騎士と魔導師が並ぶ。
こちらに配置されたのは、近距離の戦闘、あるいは仲間の援助に長けた魔導師たちだ。
前列が不利になった時、彼らは身を呈して彼らを守るだろう。
見事な布陣ではあるが、マグナクタ王は黒鋼の恐怖を払しょくできなかった。
統制のとれた連合の軍隊でさえ、前方の不吉な影を完全に打ち払えるとは思えない。
なにせ相手は積年の恨みを剣に込めた、狂乱した集団である。
断崖の上から見て、はじめてその恐怖のありようが見て取れた。
黒鋼の軍団は、刻一刻と連合軍に近づきつつある。
だがその時、マグナクタは別の方角から異変が起こったことに気がついた。
はるか左側に広がる、円形の入江。
その中央部分から、何やら黒々とした物体が現れた。
マグナクタ王はその意味を理解し、馬上から崩れ落ちそうになった。
それを何とかこらえ、姿勢を直してその光景をじっと見据える。
「なんということだ。開かれた。
魔界の門が、ついに開かれた……」
マグナクタ王以外の者もそれに目をやり、うめき声のようなものをあげる。
マグナクタ王は瞳を閉じ、軍の全滅をひそかに覚悟した。
「ふざけるなよコシンジュッッ!」
イサーシュが無理やり立ちあがらせ、コシンジュの身体を後ろの円柱に叩きつけた。
「お前いったい何を考えてんだよっっ!
奴らは誰を殺すとかいう指示を受けてないんだぞっ!?
なのに奴らは人間界に送りこまれたっ!
このままじゃゾドラだけじゃなく、連合軍にも被害が出るぞっっ!」
そしてイサーシュは、もはや力を失ったコシンジュの表情に顔を近づけ、にらみつける。
「いや、それ以前の問題だ。
お前はよりによって、愛するランドンに魔物たちを向かわせたんだ。
許さねえ。絶対にゆるさねぇ……」
憎悪の視線を浴びてもなお、コシンジュはぼう然としたかのような顔でイサーシュを見る。
「イサーシュッ! ケンカしてる場合じゃないでしょっ!
ルキフール様、はやくポータルを戻さないとっ!」
ロヒインの呼びかけに、老魔族は後ろを向いたまま首を振った。
「無駄だ。ポータルを閉じるには、別のいけにえを捧げねばならん。
だが新たなるいけにえは逃亡を阻止するため、離れた場所に隔離してある。
急いで連れてくるにしても、その頃には今いる軍の大半が人間界に送りこまれたあとだ」
トナシェが「そんな……」と言って、その場に崩れ落ちる。
他の者たちもぼう然と開かれた黒い穴を見つめた。
ロヒインもそれに目を向けた。
徐々に広がりつつある黒い円の中に、次々と魔物の群れが飲み込まれていく。
ある者は自らの意思で、ある者はうっかり足を滑り込ませるかのように。
空を見上げれば、宙を舞う魔物たちもその中へと一直線に吸い込まれていく。
「なぜだ? なぜだコシンジュ?」
ロヒインが振り返ると、チチガムが絶望感を目にみなぎらせ、愛する息子を見つめ続けている。
ロヒインはそっと声をかけた。
「お父さん、わかってるでしょう。彼が、何を考えているのか……」
言われ、チチガムは目をギュッと閉じてうつむいた。
それを見てロヒインも前を向いていられなくなった。
「2人とも、わかってるの?
コシンジュが、いったい何でこんなことをしたのか」
答えられないでいると、ヴィーシャがすぐそばまで詰め寄ってきた。
「教えなさいよっっ!
わかってんなら、ちゃんとアタシたちに説明してっっ!」
「ゾドラ騎士たちの目を、別のものに向けさせるためだ……」
ヴィーシャが「え?」と言って振り返ると、イサーシュがコシンジュから顔をそむけ、そっとつぶやく。
「魔物の軍がやってくれば、しかも両軍におそいかかってくるとなれば、黒騎士たちは連合軍を殺してる場合じゃない。
連合軍を無視して、新たな脅威に立ち向かわざるを得ないだろう」
「だからって、何もわざわざ大海岸に向かわせる理由には……」
「さらにはっ! さらにはだっっっ!」
そう言ってイサーシュは乱暴にもコシンジュの胸倉をつかんだ。
「そこで両軍は“一緒になって”魔物に立ち向かわざるを得ないっ!
一緒に魔物と戦うことで、両軍は“本当に戦うべき相手”がなんなのか、改めて確認するっ!
そうなるとコイツは思い込んでやがるんだっっ!」
仲間たちが絶句するなか、イサーシュはさらに続ける。
「そこでゾドラ騎士たちは実感するっ!?
“人間同士で争ってる場合じゃないっ!?”
かつて憎んでた連中への恨みを忘れて、“連合軍と共闘すべきだ”と判断するっ!?
そうすることで奴らは連合軍と理解しあえ、“人間同士のきずなを確かめ合う”っっ!?
戦いが終わった後、“人間同士が手を取り合って、和解する”っっ!?」
イサーシュはコシンジュのほうへと向き直り、拳を突きつけた。
殴りつけるかと思いきや、それはコシンジュの顔の真横の円柱に叩きつけられた。
怒りにうちふるえているせいか、その顔に痛みを感じている様子はない。
「バカじゃないのかっ!?
いや、お前は真正のバカだっっ! どうしようもないバカだっっ!」
誰も何も言わない。
当然コシンジュもだ。ただぼう然と相手を見据えるだけだ。
「んなわけないだろうがっっっ! なにお前は甘えたことを夢見てんだっっっ!
そんな簡単に奇跡が起こるほど、人間サマは甘くねえよっっっ! 甘くねえんだよっっっっ!」
ツバを飛ばして叫びあげるイサーシュ。
それでもコシンジュは平然としている。
「そんなの、やってみなきゃわかんねえじゃねえか……」
イサーシュが「なんだとぉぉぉっっ!」と今度こそコシンジュを殴りつけそうになる。
たまりかねたロヒインは、急いで2人の間に詰め寄り、イサーシュの身体をどけた。
「落ち着いてよイサーシュッ! 彼から離れてっっ!」
イサーシュは不服そうな顔を向けるが、ロヒインは無視して、コシンジュの両肩に手をかける。
「ねえ、しっかりしてコシンジュッ!
わかってるでしょっ!? こんなこと間違ってるって、自分でも気付いてるでしょっっ!?
ねえ、コシンジュッッッ!」
相手は何も言わない。ただひたすら、ロヒインの顔をぼう然とながめるだけだ。
なぜか戦慄を覚え、ロヒインは両手を離し、2,3歩後ずさった。
「……実は私が考えたプランは、話した以外にもう1つあった。
それこそが、コシンジュが今選択したものだ」
コシンジュとロヒイン以外の全員が、ルキフールのほうを向いた。
「だが、それを話すのははばかられた。
いや、わかっていたのかもしれない。
話さずとも、この男はその道を選ぶのやも、と」
そしてルキフールが、こちらの方へと歩み寄っていく。
ロヒインはようやく彼に目を向けた。
背筋が凍るほどの、冷たいまなざし。
「だがそれは、もっとも愚かな選択肢だ。
常人なら、わざわざそれを選ぶことはせん。
そのような者がいるとすれば、どうしようもない楽観主義に満ちた、途方もない理想を思い描く、
“究極の愚か者”だ」
「……愚か? このオレが愚かだって?」
ロヒインが振り返ると、またしても背筋に戦慄が走った。
笑っている。コシンジュが笑っている。
だけどそれはいつものほがらかな笑みじゃない。
目を見開き、口の端を吊りあげた、ゆがんだ笑みだった。
「オレは愚かじゃない。絶対に愚かなんかじゃないっっっっ!」
突然怒気をみなぎらせた表情になり、円柱から離れてその場にいる全員を指差す。
「見てろっっ! みんな見ていろよっっっ!
うまくいく! オレが選んだプランは、絶対にうまくいくっっっっ!」
ロヒインがおびえる表情で近寄ろうとすると、相手は背中から棍棒を取り出し、まっすぐ突き出した。
「近づくなっっ! 誰も近づくなっっっ!
オレは間違っちゃいないっっ! 絶対に間違っちゃいないっっっ!」
武器を向けられたロヒインはまたしても戦慄した。
涙腺が一気に緩み、ほおを涙が伝う。
ただ相手の名前を呼び続けることしか、できない。
「コシンジュ……コシンジュ……!」
すると、突然相手は笑いだした。
しかし、目は大きく見開かれたままだ。
「あはは、おれは間違ってない……
間違ってないんだ……あはは、あはははははは……」
それを見たトナシェが、か細い声でつぶやく。
「コシンジュさんが……
コシンジュさんが、壊れた、壊れたぁ~~~~~~~~~っっ!」
崩れ落ちそうな彼女の身体を、ネヴァダがしっかりと抱きとめる。
彼女自身の顔も泣き崩れそうになっていた。
チチガムが愛する息子に近寄ろうとして、なぜかあきらめてしまった。
ヴィーシャにいたっては、おびえるような表情にすらなっている。
振り返ってロヒインはますますいたたまれない気持ちになった。
コシンジュ自身はそれが見えているのか見えていないのか、狂ったような笑みを伏せて、小さく笑い続ける。
それを見て気を失いそうになったロヒインを、後ろからイサーシュとチチガムが無言で支えた。
全員が、言葉を失う。
ただ1名、ルキフールだけが冷徹な言葉を使う。
「かくなる上は仕方あるまい。
我らもまた、地上へとおもむくのみ。
もっともその前にやることがあるが……」
そう言って、こちらには届かない声でブツブツと呪文を唱えた。
「……聞こえるか、ルキフールだ。
私は勇者たちとともに、地上へとおもむく……」
どうやらここにはいない誰かと会話ができる魔法のようだが、ロヒインにはどうでもよかった。
「お前たちはいけにえを連れ、この台に捧げてポータルを閉じよ……
殿下には向こうの世界でこの私が報告しておく」
話が終わったのか、ルキフールの目がゆっくりとこちらを向く。
それを泣きそうな顔で見るロヒイン。
「お前たちの魔界での役目は終わった。来い、私が故郷へ連れ戻してやる」
そして少したち位置を変え、杖を軽くかかげ呪文を詠唱する。
やがて彼の周囲に、黒々としたオーラがまとわりつき始めた。
それがやがて半透明の黒いドームと化していく。
1人、また1人、とぼとぼとドームの中へと移動していく。
コシンジュだけが、その場にとどまっていた。
いつの間にか笑うのをやめて、ぼう然と床をながめ続けている。
「コシンジュ、お前も来るんだ。
お前は向こうのみんなが心配じゃないのか?」
チチガムが声をかける。
息子は微動だにしない。
ルキフールが顔も向けずに言う。
「来る気はないようだぞ? 放っておけ、あのような恥知らず」
「俺の息子だっ! 置いていくはずがないだろうっっ!」
チチガムはいったんドームの外に出て、強引に息子の手をとり、引っ張った。
コシンジュはほぼ無抵抗でドームの中に入った。
ロヒインは無言でそれを見ているしかなかった。
身体はイサーシュに支えられていないと立っていることができない。
後ろでトナシェのすすり泣きが聞こえる。
ふとドームの外を見ると、いまだに数多くの魔物が巨大な穴の中に吸い込まれていく。
これだけの数、向こうにいる人々はいったいどう対処すればいいのだろう。
ぼう然とそれをながめていると、目の前が暗転した。
鬱展開は読んでいても、書いても辛いです。




