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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第7章 勇者、魔界のジャングルを進む
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第40話 大陸間戦争~その3~

 着々と各国の軍が到着するなか。

 ゾドラの中央に位置する同じ名を冠した城では、いまだに魔王が出立の準備を(ひか)えていた。


 もっとも彼らは一瞬にして船団に追いつく手段を心得ている。

 しかし延々と合流を引き延ばすわけにもいかなかった。


 配下たちを引き連れ、ようやく自室をあとにしようとしたファルシスの後ろ姿に、後方から声がかかる。


「殿下っ! お待ちくださいっっ!」


 若き魔王が振り返ると、伴侶(はんりょ)であるこれまた若き女帝が近寄り、両手で相手の手をとり上げる。


「どうしても行かれるのですか? なにも殿下自身が軍の陣頭指揮をおとりにならなくても」

「では聞くが、魔王たる余があやまって戦場で命を落とすとでも思うのか?」


 不敵な笑みをこぼすファルシスに対し、エンウィーはそっと顔をそむけ、赤らめる。


「だって、離ればなれは、さみしい、ですもの……」


 それを聞いてファルシスも青白い肌を赤面させる。

 いまや大所帯になったファルシスの配下たちは一様にしらけたような反応を示した。


「よ、余が先陣に立たねば、軍の士気が上がらぬ。

 軍にとって今度の敵は手ごわい。

 なにせ1つの大陸全土に広がる軍を、丸めて相手にするのだからな」


 それを聞いて、エンウィーの表情が浮かなくなった。


「どうしても、戦わねばならないのですか?」


 ファルシスもまた複雑な表情で、愛する妻の両肩に手をかける。


「余とてそれは望まぬ。しかし帝国民たちはそうではない。

 長き歴史に渡って積もりに積もったうらみを、ようやく晴らすべき時だと思い込んでいるようだ」

「人間とは、不器用なものなのですね。

 わたしもその一員なののそのようなことを言うのもなんなのですが」


 うつむいたエンウィー。強い責任感を感じているようだ。

 見かねて若きダークエルフが声をかける。


「大丈夫だってっ! 出来るだけ向こうの被害を少なくしとくからさ!

 なんつったってアタシたちがついてるんだし!」


 そのとなりにいる見た目は若いが祖母に当たるスターロッドが強くうなずく。


「ヴェルの言う通りじゃ。

 わらわたちがついておる。決して必要以上の被害をこうむることはあり得ん」

「強いて犠牲(ぎせい)が必要だとすれば、のちに召喚(しょうかん)する魔界の軍勢のほうでしょうか。

 いくたびもの戦いで疲弊(ひへい)しているとはいえ、いまだ数も多いですから」


 以前はエンウィーの侍従(じじゅう)にふんしていた半獣のデーモン、エルゴル。

 彼が言葉をかけると、女主人はより複雑な表情になった。


「そうか、お前の故郷(こきょう)も複雑なのだな」

「めっそうもない。種族がちがいます。

 もっとも我らデーモン族や友好関係にあるドラゴンとダークエルフが傷付くのであれば話は別ですがね」


 仲間たちはいっせいにうなずく。

 ファルシスはそこでようやく手を離した。


「待っていろ。必ず朗報を持ってここに戻ってくる。

 無論間違って命を落とすことなどないよう、十分気をつけよう」


 ファルシスはゆっくりと、エンウィーのほうを向いたまま後ろ歩きしだした。

 対する妻はゆっくりと片手をあげる。


「殿下、どうかお気をつけて。みなさんも。

 良き知らせを、ずっとお待ちおります」


 そこでようやくファルシスがマントを(ひるがえ)し、前方を向いた。

 それを見る配下たちも振り返って、ファルシスの前を悠然(ゆうぜん)と進む。


「船団とともに出発したマージからの知らせはどうなっている」


 後ろから声をかけるファルシスに、斜め横に立つベアールが応える。


「航海は順調みたいです。一緒に泳ぐレンデルも特に疲れた様子はありません。

 夜は船団の(いかり)につながれて海上のまま眠るようです。

 ずっと塩水につかった状態ですが、天性のタフさでなんとか持ちこたえてるみたいですよ?」

「奴にはつらい役目を任せるな。

 ちょっとした用を終えたあと、またすぐに海に戻ってもらうつもりだからな」


 ファルシスのつぶやきに唯一の男ダークエルフ、マルシアスが問いかける。


「やはり全面的な侵攻には参加させないおつもりで?」

「これは帝国民の私怨(しえん)を晴らさせるための(いくさ)だ。

 黒鋼(くろはがね)たちが無事に上陸したあとは、すべて奴ら自身の手にゆだねる」

「あらま。それで納得できるのかしら?」


 もっとも妖艶(ようえん)な雰囲気を放つマーファの声に、ファルシスは首を振る。


「どちらにしろマージも引きあげさせる。

 いくら軍の要請(ようせい)とはいえ、なすことの多い奴を戦場に立たせるのは遺憾(いかん)だ。

 軍のその後など奴ら自身に任せればいい」

「殿下、よければこの私が、軍の指揮に入りましょう」


 いまだにかけた角が戻らない竜王ファブニーズが口をはさむと、ファルシスはこころよくうなずいた。


「助かる。

 魔界大隊の前指揮官がつくならば、軍を効率よく運用できよう」

「ちょっと待ってくれ。だったら俺も遠征軍に残るぞ。

 ファブニーズだけに手柄をとられてたまるか」


 全身白ずくめのドラスクがいまいましげに言うと、横から腕のつながったズメヴ兄弟の黒髪が反論する。


「お前はただ単に北の人間を思い通りに支配したいだけだろう。

 こちらでは殿下の目が光っているからな」

「心配するなズメヴ。この私がついているのだ。

 ドラスクの思い通りにはさせん」

「助かります。私自身は残るつもりはありませんからね。

 単なる私怨(しえん)で他国を攻めるのは気が引ける」


 白髪がしゃべり、シャム双生児はそろってうつむく。

 前を歩く少女姿のニズベックは全く言葉を挟まない。


 話が終わると、一行は広間に出ていた。2つの玉座がある謁見(えっけん)の間だ。

 配下たちが立ち止まるなか、ファブニーズが進み出て彼らに向き直る。


「では行くとしよう。皆の者、心の準備はできているな」


 ほとんどがうなずくなか、ドラスクだけが「心の準備、ねえ」とぼやき、耳の穴をほじるしぐさをする。


「ドラスク、わかっているな。

 敵の命は可能な限り奪うな。絶対にだ」


 ファルシスはかなり威圧的な態度をとる。

 対するドラスクはうっとうしそうに「はいはい」と言いながら両手をポケットに突っ込んだ。


「よし。ではスターロッド、呪文を唱えよ」


 言われてダークエルフの女王が両手をおもむろに(かか)げ、小さな声で詠唱(えいしょう)を始める。

 ファルシスは次第に姿を現した円形の魔法陣に足を踏み入れ、配下たちとともに空間を転移する心の準備を決めた。





 後日、大海岸近くにキロン国海軍の船団が現れた。

 キロン国王は渡し船を使い、付近にある野営地を訪れた。


「これはこれは、キロン公『リーン15世』どの、よくお越ししてくれましたな」


 意気揚々と握手をかわすマグナクタ王だが、「うむ」とつぶやくリーン15世の顔はすぐれない。

 少し長めのカール巻きの茶髪、少し小太りの容貌(ようぼう)が、よけい陰険(いんけん)そうな雰囲気(ふんいき)を与える。

 そもそも、両国は友好的な関係ではない。


 キロン国は豊かだが制度で気にはいまだに君主制を()き、リーンは絶対的な王として君臨(くんりん)している。

 それでも大きな反乱活動が起こらないのは、大陸各国の民主化運動の勢いを無視できず、国民から陳情(ちんじょう)を吸い上げてそれを国政に反映させることで抑えているからだ。

 もっともそれでも不満に思う者たちは少なくなく、近年では首都シャトールでさえ反体制運動の機運が高まっている。


 それゆえリーンは最も理想的な議会制度を体現する、マグナクタ5世のことをこころよく思っていない。

 にもかかわらず両国が表面上にも軋轢(あつれき)を起こさないでいられるのは、ひとえにリーン自身が熱心な反戦主義者であるからだ。

 彼は自らの信念に従い、国内の強硬派たちをきびしくいさめてきた。


 かなり危うい関係である。

 もし年齢的には妙齢であるリーンが命を落とすようなことがあれば、次の君主によっては同盟関係が崩れかねない。

 マグナクタ王としても、精強な魔法騎士団をかかえるキロン国との戦いは避けたい。


 もっとも、魔王軍の脅威がある今はその心配はないだろう。

 少なくともマグナクタ王自身はそう信じている。

 だからこそ彼は笑顔でリーン王と接することができるのだ。


「ずいぶん機嫌がよさそうですな。

 帝国を味方につけた魔王が押し寄せているというのに、よくもまあそんな態度に出られるものだ」

「そう気分も悪くありませんぞ。

 なんせ貴公が引き連れられた軍勢の数はわが軍より多い1万8千。

 これを喜ばずしてなんと思えばよろしいのでしょうか」

「フン、ここで負ければ海に接する我らの立場も危ういゆえ、当然のことです。

 そちらこそ内陸にあるのにそこまで大群を出されるとは、思い切ったものですな」

「なんの。

 どのみち連合軍がこたび敗れることになれば、我が国が(おそ)われるのも時間の問題です。

 これだけの数でも、正直心もとないくらいなのですからな」


 豪快(ごうかい)に「はははは」と笑うマグナクタ王に、リーン王は顔をしかめる。

 そこでお茶を(にご)すように、ちょびヒゲを伸ばすリーンの側近が現れた。


「時間は一刻を争います。

 両陛下、あいさつはその辺りにしていただき、議席へとおつきください」


 マグナクタは残念そうな顔を浮かべ、リーン王はほっとしたような表情になる。

 両者はそろってその場を後にし、目の前にある大テーブルの各場所についた。


 残る1席をのぞき、長く大きなテーブルの上に5つの君主がつく。

 各席の後ろには王たちの側近が座る。

 一番上座に当たるフェルナンが、おもむろに立ち上がった。


「ストルスホルム国王がまだ到着しておりませんが、時間がありません。

 彼には使いを送り意見を(つの)ることとして、とりあえず集まった5つの代表だけで会議を開きたいと思います。

 議長はこの私、当事国である都市国家同盟総代のフェルナンが務めますが、みなさん異論はありませんね?」


 誰も口を開かない。おおむね賛同したようだ。


「それではさっそく議題へと移りたいと思います。

 もっとも事前に各国の軍師たちの合議であらかじめ作戦の概要(がいよう)を決定しているので、まずはお手元の紙に目を通してください」


 フェルナンにうながされ、4人の君主はおもむろに手元の紙を手に取る。

 この時代の紙は厚紙で、持ち上げてもしなるようなことはない。

 後ろにいる側近たちも事前に手渡された紙に目を通す。


「ここからは、責任者である私の判断でノイベッド・ベロン国主の副官であるビーコン君に説明をしてもらおうと思います。ビーコン君、前へ」


 ベレー帽を直したビーコンが「は!」と言って席から立ち上がり、テーブルの正面に進み出る。

 その手には指揮棒のようなものが握られている。


「ご紹介にあずかりましたビーコンです。

 さっそくですが、我々の協議の結果考えうるべき作戦についてご説明します」


 そしてビーコンは指揮棒を後ろに差した。

 大海岸を俯瞰(ふかん)した地図がかかげられている。


「ご覧の通りトロイーナ大海岸は非常に大きな砂浜となっておりますが、奥には険しい断崖(だんがい)が広がり、侵入できるルートは限られております」


 そこでランドン国の王子が口を開く。


「そこは私も不思議に思っていた。

 奴らが侵入できる場所なら、他にもっと入りやすい場所は少ないながらもある。

 なぜ奴らがここをわざわざ選んだのか、少々疑問(ぎもん)に感じるな」

「私もそう思いました。

 ですからその理由については、おそらく何らかの重大な理由が隠されている、と感じたのです。

 こちらをご覧ください」


 ビーコンは地図の端を指し示した。

 そこには奇妙な形をした入江が描かれている。

 周囲の岩場が整った円形をしており、海に接するわずかな部分だけが大海へと開かれている。


「ここにありますのは、付近では『悪魔のねぐら』と呼ばれる入江です。

 ほとんどが海抜(かいばつ)1,2メートルのごく浅い入り江で、しかも満潮時にならなければ新しい海水が入り込むことはありません」


 それを見たリーン王が神妙な面持ちで口元に手をやる。


「なんと奇妙な。

 これだけ珍しい造形をした入江であれば、我らがその名を知らぬのはおかしい」

「その理由の1つとして、付近の住民がめったに立ちよらない場所であることも大きいようです。

 もっともこのカルデラはもともと太古の昔に大爆発を起こした火山の名残、という説が有力のようです」

「で? これが敵の戦略とどう関係がある?

 上陸するにも周囲は断崖に囲まれているし、船をつけるにも浅瀬(あさせ)ではどうにもならん」

「いえ、ただどうしても似ているなと思いまして」


「似ている?」とリーン王はこぼした。

 対してマグナクタ王が声を荒くして叫ぶ。


「……カンチャッカ火山っっ!」


 その声で周囲が騒然(そうぜん)とした。

 その反応に得心がいったようで、ビーコンはうなずく。


「その通りです。

 我々の考えでは、ゾドラ軍は魔物の軍勢を頼る可能性が高い。

 2週間以上の航海では負担が大きいため、敵軍は騎馬を使えない。

 対して我々は大規模な騎馬隊を編成しています。

 おそらく魔王は大規模な魔族軍を援軍によこすでしょう。

 自国で使えない騎馬隊の代わりに、それらをこちらの騎馬隊に差し向ける可能性が高い」

「魔物の軍勢か。これは強敵になりますな。

 私もあれこれ勇者が戦ってきた軍勢の話をうかがっておりますが、どれも不気味な話ばかりで、いやいや恐ろしくてたまりません」


 リーンの呼びかけに、他の君主たちも同時にうなずく。

 チェザーレだけが相変わらずトボけた顔をしていたが。


「駐軍している兵士たちのほうも心配です。

 魔物と遭遇(そうぐう)したことのある兵士の中には、恐怖のあまり立ち直れない者もいます。

 彼らが同じような目に合わないよう、我々も気を配らねばなりません」


 ビーコンの言葉に、主人であるノイベッドがぼそりともらした。


「精強な帝国の黒騎士たちに、魔物の軍勢。

 それらが合わさることで、どれだけの力になることか……」

「海軍が引き連れている超巨大魔物も気になりますな。

 ポータルを使わずにわざわざ海を渡らせるとは、いったいどういう奴なのか……」


 フェルナンがつぶやくと、リーン王が突然声を大きくした。


「そのポータルなのだが、考えてみればおかしいではないか。

 もし大海岸にある入江が本当にポータルの役目を果たせるのなら、なぜ先代の魔王はそれを使わなかった?」

「カンチャッカのほうが、攻め入るのに都合がいいと考えたのでしょう。

 北の大陸は南に比べ、昔から結束が強かった。

 各国のいさかいはあっても外世界の敵となれば一丸となって立ち向かう。そういう風土があります。

 逆に南大陸にはそういう気風はなかったと見抜かれていたかもしれません。

 それに対し現代においてカンチャッカが狙われた理由は、正直申し上げて皆目見当がつきません」


 ビーコンの言葉に納得し、リーン王は先をうながした。


「ふうむ。

 では我々はその2つの力が合わさった巨大連合軍に、どう立ち向かえばよいというのだ?

 これでは下手な総力戦は通用しないぞ?

 我らと同じように、魔王を大将にいただく敵方も結束が固いのやもしれん」

「ええ、ですから我々も慎重な戦略を練ることにしました。

 それをこれより説明したいと思います」


 そう言ってビーコンは、となりに用意されていた箱の中に指揮棒を入れた。

 持ち上げると、そこには青色に染められた粉末のようなものがこびり付いている。





「今回の戦は総力戦。

 我々と同じく、敵軍も各国が総力をあげてこの戦に臨む者と思われます。

 偵察(ていさつ)に入った飛翔(ひしょう)魔物の報告では、リスベン国だけが戦力を出し()しみしている模様と思われますが、他の各国はこれ以上ないほどの大軍勢をひきつれています。

 我々も2つの軍の総力をあげてかからねばなりません」


 肌の色が濃い少数民族出身の宰相(さいしょう)、マージが指揮棒を両手で握ると、対面する離れた席に座ったファルシスが腕を組んだ。


「リスベン国の実質的な君主、チェザーレは暴君として知られているな。

 奴め、我々に対し手加減することで自らの保身を図るつもりか、馬鹿な奴め」


 ななめとなりに座るスターロッドも、いまいましげな表情でテーブルをコンコンと叩く。


「奴は以前政変前のゾドラに対し、自国で造った武器を多数輸出していたからな。

 しかもランドンにスパイを送り込んで技術を(ぬす)んだ最新鋭のやつをだ。

 それでもってゾドラから逃げてきた連中をひそかにかくまっているというのだから、聞いてあきれる」

「その連中、もし連合軍が不利になったらどうなっちまうのかね。

 もし奴らをこっそり皆殺しにして、こびを売ってくるようになったら……

 よし、そいつはこの俺が成敗しちゃるっ!」

「ベアール。

 勇ましいのはいいが、いまは作戦会議の最中だ。ムダ口はその辺にしておけ」


 ファブニーズの横やりに赤い騎士はふてくされたようにそっぽを向く。

 マージは笑みを浮かべながらそばにあった壺の中に指揮棒を突っ込み、取り上げるとそれは青色に染められた。

 後方にある地図に近づけると、棒がなぞったそばから地図に青い一本線が引かれる。

 そこは大海岸沿岸に位置していた。


 ところがその一本線、途中でおかしな方向に曲がる。

 マージたちがいるのは船の上であり、船体自体が左右にゆれているためだ。

 乗り慣れているマージならともかく、乗り込んだばかりのファルシス達が船酔いに苦しまないのは、あるいは魔族だからだろうか。


「敵軍はまず、大海岸の前方に多数の船団を用意するでしょう。

 都市国家海軍の軍船はどれも優秀なものばかりで、まずは上陸前に熾烈(しれつ)な大砲同士の撃ち合いが始まるものと思われます」


 ファルシスが不敵な笑みを浮かべ、するどい爪が生えた人差し指をテーブルに当てた。


牽制(けんせい)程度にしておけ。

 敵はおそらく我々をわざと上陸させ、一網打尽(いちもうだじん)にする腹積もりだ。

 その誘いに乗ってやろう」

「そういうわけにはいきません。

 大海岸の浜辺の奥には、切り立った断崖が続いています。

 そこでは連合軍が用意した大量の遠距離兵器が待ち構えていることでしょ……

 ああなんだ、また線が大きくゆがんでしまった。まったく船の()れというのは……

 ゴホン、失礼。

 下手に上陸すれば、機動力の低い我らはそれこそ一網打尽(いちもうだじん)にされます」

「それに関してはすでに対策を講じている。

 安心して兵を進めよ」


 うなずいたのはファルシスが席につく長テーブルに座る、人の姿をした魔族たち。

 マージはその意図を理解して小さくうなずき返した。


「ではやはり、決戦は両軍の騎士同士による白兵戦、というわけですね」

「我らが黒鋼騎士は物理、魔法両面に対する防御に優れる。

 下手な攻撃は受け付けんだろう。

 向こう側も最新鋭の装備でもって、直接騎士たちにぶつかるつもりだ」

「黒騎士たちの数は多いですが、向こうはさらにそれを上回る。

 単純な数では割り切れないが表面上ではこちらの方が不利でしょう」


 エルゴルが口をはさむと、マルシアスが1本指を立てた。


「そこへ、我らが魔王軍の主力の登場、てわけですね?」


 意気揚々と答えるが、マーファをはさんで前に座るヴェルが、突然両手をついて立ち上がった。


「魔王サマ! 本当に、本当に魔界のろくでなしたちを呼ぶんですかっ!?

 それで北のみんなは大丈夫なんですか!?」


 となりに座るマーファが少しうっとうしそうに彼女を見上げる。


「仕方ないじゃないの。

 今回の作戦はゾドラの連中の自己満足を満たすと同時に、いまだに数の多い魔界の連中を片づけるための作戦でもあるのよ。

 もっともわたくしもそれを考えると虫唾(むしず)が走りますわ、まったくもって不愉快(ふゆかい)よ」


 正面に座る、ベアールの妻ウィネットが口を開いた。


「ですが、それを見てゾドラ軍も溜飲(りゅういん)を下げることでしょう。

 魔物におそわれる姿を見て、きっと彼らも満足するはずです」

「ウィネット、お前怖いこと言うな」


 ベアールが引きぎみな声をかけるが、彼女は黄色い目を伏せて首を振る。


「事実を述べただけのこと。

 もっともわたしだって、北の連合の被害を出来るだけ少なくしてあげたいけれど……」

「なに言ってんだよ母ちゃん!

 だからこそ、おれらが踏ん張るんだろ!? そんな気弱になってどうするんだよ!」

「そーだそーだぁ!」


 となりに座るドゥシアスと妹のピモンが声高に叫ぶ。

 ウィネットは気を取り直したかのように笑みを浮かべ、「そうね」とつぶやく。

 が、息子は母親のほうを向いていなかった。


「へへへ、大量の軍団を前に、大暴れか。こりゃ腕が鳴るぜぇっっ!」

「やるぜぇっ!」


 意気揚々と指の関節をポキポキ鳴らす若いデーモンに、周囲は苦笑する。

 ただ1人、平然と前を向く者がいた。ニズベックがおもむろに片手をあげる。


「1つ、気になることがあります。

 現在魔界にいる勇者たちと、ルキフール宰相の動向です」


 前を向いたまま無表情でつぶやくが、それを聞いた周囲は不穏な表情になる。


「ルキフールの考えも気になるが、彼の居城に居座る勇者たち。

 いったいどういう行動に出るものか」


 ズメヴ兄弟の白髪に続き、黒髪も口を開いた。


「あの陰険(いんけん)じいさんが、まさか勇者相手にやる気になるとはねえ。

 いったい何考えてるんだか」

「フン、どうせなんだかんだ言ってうまく言いくるめて、いいように操るつもりなんだろ?

 どうせそんな奴だ」


 そう言ってドラスクがファルシスのほうを向き、「な、そうだろ?」とうながす。


「ドラスク。お前は奴のことをよく知らんな。

 ルキフール目に対する評価が浅いと見える」


 魔王が一笑にふすと、ドラスクが眉間をしかめて「なにぃ?」とつぶやいた。


「もっともこの余でさえ、奴のことを見誤っていた。

 奴の思慮(しりょ)は我々が思っているよりはるかに深淵(しんえん)だ。

 己の思うことのためなら、たとえ敵であっても信念を曲げて利用する。

 余の奴に対する評価はそこまでのものになっている」


 となりにいるスターロッドが配下たちに目を向ける。


「安心しろ。勇者たちを奴のもとに差し向けたのはこのわらわじゃ。

 奴がコシンジュ達に下手なマネをするとは思っておらん。

 ロヒインのやつめもついておることじゃしな」

「ロヒイン……ですか。それはどのような?」


 ウィネットがつぶやくと、ベアールがうなずく。


「おもしろい奴だ。

 殿下の契約魔族だから新入りでも相当な力を持ってるけど、もともと魔導師としても超優秀だ。

 ファブニーズやなんかは痛いほど思い知らされてるんじゃないか?」


 コシンジュの話でもないのに、竜王は折れた角におもむろに手をやる。

 それを見たドゥシアスが意気揚々とつぶやく。


「つえぇだろうなぁ。

 おれもいっぺん、そいつと戦ってみたいもんだぜ」

「もんだぜぇ~!」


 母親のウィネットが「ドゥシアスゥ~」といさめるが、息子はわざとらしく両手を広げるだけだ。

 マージがその流れを打ち切るかのように、テーブルのはしに両手をついた。


「とにかくです。連合軍の半分はみなさんの手にゆだねます。

 無事黒騎士たちが上陸して、思いのたけをぶつけられるか、それはみなさん次第です」


 魔族たちはいっせいにうなずいた。

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