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第3話 早すぎる人質作戦~その7~

 ゴッツも含め、その場にいる全員があたりを見回す。

 するとなぜか上のほうから高笑いが聞こえてきた。


「フハハハハハハッッッ! 勇者ども、これを見るがいいっ!」


 全員が顔を上げた。

 月明かりに照らされた教会の屋根の上に、ジャレッドらしき毛皮のマントをまとった姿が現れる。

 しかし何か様子がおかしい。

 良く目をこらすと、ジャレッドのすぐそばには別の人物がいることに気づいた。


「たっ、助けてくれぇぇぇぇぇっっっ!」

「ハハハハハッ! こいつが誰だかわかるかっ!?

 こいつはこの村の村長だっ! 念のためにこいつだけ教会の屋根裏部屋に隔離(かくり)しておいたのだっ!」


 ジャレッドに羽交い絞めにされている、老人一歩手前の村長はしきりに首を振っている。


「ていうか臭いっ! このゴブリンじかににおいかぐとマジで臭いよっ!」

「うるせぇっ! 捕まったさいにおもらししたてめえのほうがよっぽどくせえよっ!」


 そう言ってジャレッドは村長の頭を叩いた。「いてぇっ!」という小さな叫びが聞こえる。


「ジャレッドさまっ!? これはいったいどういうことですっ!?

 そう言えば先ほどからそいつの姿が見えないと思ったら、オレに黙って隠してやがったんですかっ!?」


 ゴッツのほうがありえないと言わんばかりの顔で絶叫する。


「うるせぇっ! お前に1から10までオレの作戦をすべて教えるとでも思ってやがったのかっ!

 そんなんだからお前はいつまでたっても2流なんだよ!」

「ふざけんなっっ! もう金輪際お前とは縁を切るからなっ!

 後で泣いてあやまられても絶対にお断りだっ!」


 ゴッツはそう言ってその場を逃げ出した。

「あっ! 待てっ!」コシンジュがあわてて手を伸ばそうとするが、すでに手遅れだった。


「おっとお前らは動くなよ!

 少しでもそこを動いたらこいつがどうなるのかはわかってんだろうな!」

「た、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」


 村長はヒザをつきそうになるが、ジャレッドはグイと引っ張り上げて無理やり立ち上がらせる。

 コシンジュはくやしまぎれに叫ぶ。


「くっそぉぉぉっ! 結局のところゴブリンなんてそんなもんか!」

「後よけいな口をきくんじゃねえ!

 さあ、おとなしくお前の棍棒をよこしてもらおうか。

 そいつさえいただければ、お前ら勇者どもがなにしようが魔王軍を止めることはできねえからな」


 コシンジュはまわりの仲間たちに目をやる。

 どの顔を見ても、妙案が思い浮かんだ様子はない。

 コシンジュは仕方なく棍棒を地面に置いた。


「何しやがる! こっちに向かって投げろって言ってんだよ!」

「ええ~? オレお前に向かってうまく投げる自信ねえよ。

 どうせ屋根にぶつかって転げ落ちるに決まってんじゃん」


 とりあえず、ムダ口を叩いて時間をかせぐしかない。

 そのあいだに仲間たちが妙案を思いついてくれればいいが。


「くそっ、仕方ねえ。めんどくさいが下に降りるしかねえか。

 ちきしょう、人質がいるせえで空を飛ぶこともできやしねえ。まったくなんて……」


 その時だった。ぐちぐち言うジャレッドの前を、するどい閃光が通り抜けた。


「なにやつっ!?」


 ジャレッドが飛んできた方に目を向けると、そこには予想だにしていなかった光景が現れていた。

 そこには4人の人影が立っていた。


「闇夜におどるナゾの影!」

「嵐のように現れ……」「嵐のように去っていく!」

「それは誰かとたずねたら!」


 大小バラバラのそれは、なぜか突然おもいおもいのポーズをとりだした。

 最後に真ん中に立った人物が最後に人差し指を真上に突き出した。


「ハートプリンセス!」「スペードキング!」「ダイヤジャック!」「クラブジョーカー……」


 全員がジャレッドに向かって顔を向けた後、4人そろって叫んだ。


「「「「『ロイヤルフラッシュ盗賊(とうぞく)団』! ただいま参上!」」」」


 それを見る全員が固まる。

 よく見ると、黒いつるつるのスーツを身にまとった2人の男と、同じく赤いつるつるのスーツをまとった男女の4人組。

 しかしそれにしても……


「なにこの超展開……」

「ちゃんと伏線(ふくせん)あったんですか?

 わたしたちの知らないところでそういうの出されてもホントに困るんですけど?」

「盗賊だろ? なんであんな目立つ格好してんだよ」

「あれじゃ闇夜にまぎれようにもまぎれませんよね」


 コシンジュ、ロヒイン、イサーシュ、メウノが口々につぶやく。

 すると4人の盗賊は一斉にこちらを向いた。


「ちょっとそこ! こっからはアタシたちの見せ場なんだから邪魔をしないっ!」


 アイマスクをしたツインテールの少女が人差し指を向けるが、4人は顔を合わせて首をかしげる。


「おっ、お前はっ! 予告状にあったあのフラッシュ盗賊団!」


 なぜか村長が彼女らを指差した。

 すると大柄な黒のアイマスクが赤と黒のストライプ模様の封筒(ふうとう)を取り出した。


「その通り。予告通り、我々はお目当ての品をちょうだいしにやってきた」

「村人の反対を押し切って購入した一品、我々がいただこう」

「て言うかあんたらがひと悶着(もんちゃく)しているあいだにもういただいちゃったけどね」


 小柄な赤のアイマスクと、細身の黒アイマスクが続ける。

 黒アイマスクが腕を出すと、その手には大きな黄金の(さかづき)がにぎられていた。


「あっ、こらっ! お前らそれ返せっ!」


 村長があわてふためいて必死に手を伸ばす。

 その勢いに羽交い絞めにしていたジャレッドはバランスを(くず)しそうになる。


「あっ、お前動くなっ! 一体何なんだよこの唐突展開ついていけねえよっ!」


 しかし言っているあいだにとうとうつまずいてしまい、村長がその手を離れてしまった。

 村長はあっという間に転がり落ちて屋根から落っこちてしまった。


「わわっ! わあぁ~~~~~~~~~~~~~っっっ!」

「「「「あっ! しまったっっ!」」」」


 叫ぶ盗賊団をしり目に、その場を駆けだした者がいた。

 コシンジュはあわてて落下した村長の身体を受け止めると、そのまま地面を彼ごとゴロゴロと転倒した。


「ぐぁぁっっ!」

「コシンジュッ!」


 ロヒインはあわてて駆けつける。

 2人を起こすと、特に別条はないようだった。


「おいっ! 危ないところだったじゃないか! もう少しで村長が死ぬところだったぞ!」


 イサーシュが剣を突きつけると、アイマスクの少女は胸に手を当てておじぎした。


「それに関しては礼を言わせてもらうわ。

 じゃあお目当ての品を手に入れたところで、アタシたちはひとまず退散させてもらうわね!」


 そして少女が投げキッスを送ると、4人が再び声を合わせた。


「「「「さらばっっ!」」」」


 すると途端に煙幕が現れ、それが消えると4人の姿は消えてなくなっていた。


「……なんだよっ! もう一体なんなんだよっ!」


 ジャレッドは本当にくやしそうに地団太を踏んでいる。こっちのほうがなんだよと言いたい。

 身体を起こしたコシンジュは少し後ろに下がり、ジャレッドに向かって棍棒を突きつける。


「なんにせよ助かったぜ。で、お前この後どうすんの?

 収穫なしで魔界にも帰れねえんじゃねえの?」


 ジャレッドはいまいましげにコシンジュのほうを向くと吐き捨てるように言った。


「このままで終わると思うなよ。いずれ必ず復讐(ふくしゅう)を果たしてやる……

 たとえすべてを失うことになろうともな!」


 するとジャレッドのいる方まで煙幕が吹きあがり、次の瞬間にはその姿が消え去っていた。


「消え方が盗賊団とかぶってるってどういうことだよ……」


 コシンジュのつぶやきをよそに、村長のもとに駆け寄ったメウノが声をかける。


「大丈夫ですか?」


 すると、なぜか村長は手を差し伸べようとする彼女を振り払った。


「触るなっ! お前らのせいでひどい目にあった!

 おまけに大事な宝もうばわれるし散々だ!」

「相手にするなメウノ。さっき盗賊団が言ってただろ。

 村人に隠れて私財をため込むなんぞ、こんな目にあっていい気味だ」


 イサーシュが冷たく言い放つと、メウノはゆっくり首を振る。


「そんなこと言わないで」


 そんなやり取りを聞いていたコシンジュがあたりに目をこらすと、あちこちの建物から村人たちがこっそりとこちらをうかがっている。


「なんだよ。もう大丈夫だぞ。何の心配もいらない」


 すると村人たちはぞろぞろとこちらに歩いてきた。

 しかし、その顔はどれも浮かないようだ。


「ど、どうしたんだよ。たしかにオレらのせいで危険な目にあったのはあやまるよ」

「ふざけんなっ!」


 村人の1人、なんだかうだつの上がらなそうな中年の親父がどなりつけてくる。


「お前らのせいでどんなひどい目にあったかわかるか!

 ションベンもらしてもなんにもさせてもらえないし、朝っぱらからなんにも食わせてもらえないしで散々だ!」

「お、落ち着いて。

 たしかにその通りだけど、今回の敵はそれだけタチの悪い連中だったってことで、許してくれよ」

「出てけっ! お前らすぐに出てけっ! そして2度と顔を見せるなっ!」


 先ほどとは別のだらしない顔つきをした村人がコシンジュの胸に手を当てて乱暴に押し付ける。

 コシンジュは半分キレた。


「いやわかってるから。わざわざ口で言わなくてもいいだろ?」

「まったくっ! さすがは天下の勇者様だな!

 そうやっていく先々でさんざんメイワクをかけてくってのか! 行けば行くほどお前らの株もガタ落ちだなっ!」

「ちょっとっ! いくらひどい目にあったからってそれは言いすぎっ!」


 ロヒインのほうが先に怒った。イサーシュが首を振る。


「ダメだ。こいつら魔物におそわれる前から根性がねじ曲がってんだ。

 俺らがなにを言ったところでまともな返事なんぞ返ってくるはずもない」

「なんだとぉぉっ!?」


 いきり立つ村人たち。コシンジュはため息まじりにつぶやいた。

 まわりを見てみる。こちらをにらみつけてくる村の女性や子供たちも、見た目だけの判断だがあまり人がよさそうには見えない。


「行こう。一瞬無理やり恩に着せてふんぞり返ってやろうかとも思ったけど、だんだん顔を見るのもイヤになってきた」


 それでも納得できない顔色を浮かべるメウノの袖を引っ張り、コシンジュ達はその場を去ろうとした。

 その時、それまで顔をしかめるだけで何も言わなかった村長が叫んだ。


「魔王も勇者もおんなじだ! どうせあれだろ!

 お前は何か理由をつけて暴れたいだけなんだろっ!? 相手が人間か魔物かっていうだけでな!

 そんでもってまわりの人間にえらそうにふるまいたい、ただの自己中だ!」

「……なんだとぉぉっっ!?」


 さすがにこれにはコシンジュも言い返してやりたい気持ちになった。

 絶対に、それだけはあり得ない!

 ところが、自分が手を下すまでもなく村長はきつい制裁を浴びた。

 村の男たちがよってかかり、やたらめったらけりつけている。


「お前が言うなっ!」「給料ドロボウめっ!」「おれたちがかせいだ金を返せっ!」


 それを見てあきれて首を振ると、きびすを返して仲間たちのあとを追う。





「コシンジュ、さっきのことなんだけど……」


 前方をにらみつけたままのコシンジュに、杖の先から明かりをともしたロヒインがそっと声をかける。

 先ほど疲労回復用の香草を口にしていたので、多少精神力が回復したらしい。


「気にしてねえよ」


 まずいとはわかっていても、ぶっきらぼうに返してしまう。

 自分からウソですと言っているようなものだ。


「わたしは、ああは思ってないからね。

 コシンジュはあくまでも勇者の家の使命を果たすために、魔王と戦おうと思ってるんだって」

「どうだろうな。わかんねえや」


 コシンジュは首をひねった。

 実際、図星でないとも言いきれないのだ。

 だからこそ村人にあんなこと言われて、妙にムキになってしまったところもあるのだ。


「なあロヒイン」

「なあに」


 ロヒインはつとめて冷静に返事をする。こいつはとかく気の利く奴だ。


「勇者って、勇気って、いったいなんなんだろうな?」

「うん、なんだろうね……」


 ロヒインはそれだけ言って何もしゃべらなくなった。


 コシンジュは、そんなことを疑問に思うのはまだまだ先のことだろうと思っていた。

 でも、今回の件を通じて早くも問いかけたい気持ちにかられた。

 勇者の家の使命、それが自分をいきり立たせているのも事実だ。


 だけどそれ以上に。

 自分の中で、とにかく暴れてやりたい、デカいことを成し遂げていばり散らしたい、そんな気持ちが眠っているんじゃないだろうか。

 魔王を倒すなんていう、普通の人間ならとても耐えられないとてつもないプレッシャー。

 それになんとか押しつぶされずにすんでいるのは、結局のところそのせいなんじゃないだろうか。


 すべての使命を果たしたとき、自分はどんな人間になっているんだろう。


「おい、お前らへんに考え込んでないで早くいい場所見つけるぞ。

 ここの道はわりと城に近いんだから、野宿できる場所は限られてるぞ」

「お、おお。そうだった」


 コシンジュはイサーシュの声にハッとして、あわてた彼のあとを追いかける。

 ロヒインやメウノもそのあとに続く。


 ごちゃごちゃ悩むのはまだ早い。まだ旅は始まったばかりだってのに。

 コシンジュ達は頭の中で渦巻く疑問を振り切って、今夜の寝床を探す。





 先ほどの出来事は、これからやってくるだろう数々の苦難を忍ばせていた。

 それでも彼らは旅を続けるのをやめようとは思わない。

 使命感だけじゃない。不安も確かに大きいのだけれど、それ以上にこの旅で得られるだろう何かが、彼らの心を胸おどらせているからでもある。


 まだ見ぬ果てしない世界を心に描き、彼らは進み続ける。

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