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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第7章 勇者、魔界のジャングルを進む
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第40話 大陸間戦争~その1~

 ロヒインは目を覚ます。


 薄暗い広間の中、ソファーの上に寝そべっていたことに気づいた。

 広間とはいっても客室らしく、そばには大きなベッドがあり、コシンジュが大の字になって寝ている。

「くー、すぴー」とさほど不快ではない寝息をたてるコシンジュに、ロヒインはふと笑みをこぼした。


 立ちあがり、先ほどまで欠けていた外されたマントを手に取るが、やめた。

 どうせこの部屋にはコシンジュしかいない。

 下着のような黒い衣服の姿のまま、ロヒインは立ち上がって周囲を見回す。


 どうやらここしばらく拠点としているパンデリア城に帰ったあと、そのまま客室に入って眠りについてしまったらしい。

 帰りも湿地帯をえんえんと歩いたので当然だ。

 思い返すと疲れたような錯覚を覚えるので意識から取っ払って、おもむろに歩き出す。


 ロヒインが足を止めたのは、全身をながめられるほどの大きな姿見の鏡だった。

 そこには思わず我ながら見ほれてしまうほどの、美しいデーモン族の姿があった。

 人間であった時に変化していた女性体も、それなりに美しい容姿だった。

 しかしこの姿には及ばない。


 どちらかといえばスリムであった身体は、魔族になったことでバストとヒップが大きくなった。

 かなりグラマーであるスターロッドに比べれば若干小ぶりだが、それでも自身を含めて見る者を思わず魅了してしまうほどには十分なボリュームがある。


 そんな美しいボディーラインを包んでいるのは、バストをおおうななめに交差するブラジャーのようなものと、ハイレグとローレグの細い紐で支えているだけのパンツのようなものだけだ。

 もっともその下にはなにも()いていないので、これらが失われてしまえば裸をさらしてしまうことになる。

 もっともこの衣服は魔法で造られたようなものなので、すぐに再生できるのだが。


 表情もまた人間のころに変身したものと比べて、かなり色っぽくなった。

 もともと変身時は整った顔立ちになっていたのだが、今や化粧(けしょう)をほどこす必要すらない。

 真っ赤に見えるぬれたくちびる、まつ毛がなめらかなカーブを描く大きな瞳、粉雪のような真っ白な肌。

 ロヒインは思わず顔を近づけて妖艶(ようえん)な表情に魅入(みい)った。


 魔族となったことで、どちらかといえばセミロングに近かった赤い髪がかなりボリュームアップした。

 質感はより(つや)が良くなり、ふわふわとカールして大きく広がっている。

 額の上に生えている小さな2つの角が、かろうじてロヒインが魔族となったことを証明していた。


 誰もがうらやむ、天性の美少女。それが今のロヒイン。

 しかし顔を鏡から遠ざけた彼女の顔色はやがてくもり始めた。


 ずっと、ずっと本物の女性になりたかった。

 だがようやく手に入れた夢は、人間であることを引き換えにして手に入れたものである。


 いつかは魔法と徹底的(てっていてき)に研究して、自らの力で本物の女性になることを夢見ていた。

 だけど結局自分が選択したのは魔族の、しかもそれらすべてを統べる王と契約することで、早々に魔族になることだった。


 もちろん、昔と違って魔族に対する偏見(へんけん)はない。

 すべての魔族が悪ではないと知って以降、自身が魔族であるということへの抵抗感はなくなっている。


 それでも思い出す。

 かつてミンスター城にて、ノイベッドに言われた言葉を。


『魔導師がいきつく先は、結局のところ魔族なのでは?』


 たしかそんな内容だったか。

 くわしいセリフは思い出せないが、彼が言いたかったことは身にしみてよくわかる。

 結局、自分はその通りになってしまった。


 その事実を知ってノイベッドはどう思うのだろう。

 やはりわたしを笑うだろうか。

 それともあきれ果てるだろうか、「ほら見たことか」と。

 それとも意外に思う? わたしに限ってそんな選択はするはずがないと?


 一緒の席に立って彼の発言を必死に否定していた宮廷魔導師のサコンヴァはどうだろう?

  第2の故郷にいるシウロ先生は? そして、そして……


 ロヒインは思わず、赤いくちびるに細く白い人差し指を押しつけた。

 最後に思い浮かんだのは、生まれ故郷にいる自分の家族。


 商家の跡継(あとつ)ぎである立場を捨てて、そして危険をともなう魔導師となる道を選んだ。

 家族には当然反対された。最後は家出同然だった。

 魔法に対する純粋(じゅんすい)なあこがれもあったが、もしかするとその頃にはすでに内心自分の性の問題に気付いていて、魔法がそれを解決してくれると思い込んでいたかもしれない。


 それは解決した。無事に解決した。しかし……


「なにを見とれている?

 それほど生まれ変わった自身の姿にとりつかれておるのか?」

「ひゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 後ろから突然声をかけられ、心臓が止まりそうになった。

 あわてて振り返ると不気味な人相の老魔族の姿があった。


「る、ルキフール様ぁぁっ!?

 なにしてんですか勝手に部屋に入ってこないでください!

 ていうかカギまでかけたのになんでっ!?」


 ルキフールはおもむろにカギ束を持ち上げた。

 ロヒインはイヤな顔つきになった。


「当然だろう、私は城主だぞ? どの部屋に入ろうが自由だ」

「前の城主でしたら決してそんな悪趣味なマネはしなかったでしょうね!

 次は絶対ノックして許可取ってくださいっ!

 さもなければ殿下の直参として勝負ですからね!」

「クククク、そうせい」


 そう言ってルキフールは杖をつきながら、コシンジュが寝そべるベッドに向かう。


「もっともこちらとしては話がある。こいつを起こせい」


 ロヒインは不愉快(ふゆかい)な顔をしつつも、ベッドまで歩いてコシンジュの肩をポンポン叩いた。


「コシンジュー、コシンジュー」

「……ん? なんだよロヒイン、疲れてんだよ。

 っていうかおめえマント着ろぉ~っ!」

「なんだ、お前その姿まだ見慣れておらんのか。私はてっきり……」

「ジジイィィッ!? その先は言うなぁ!

 しょうがねえだろ! こっちはまだ思春期のガキなんだよ!

 女の子のあられもない姿なんてどんだけ見ても慣れることなんてねえよっ!」


 ルキフールが声を低くして笑い続けるのを見て、ロヒインは気恥ずかしくなってマントをとりに行こうとする。

 が、ルキフールに行く手を邪魔される。

 ロヒインがまわりこもうとしても相手が杖を器用に回すので、うまくいかない。


「ダメだこのジジイ、根性がねじ曲がってる。

 コイツの性格のほうがよっぽど魔王っぽい」

「私自身、そう考えている。

 私ならよりよく魔界をおさめることができるだろう」


 なぜかあっさりマントをとりに行くのをあきらめたロヒインが、腕を組んでふてくされた顔で口をはさむ。


「で? 話ってなんですか?

 ゾドラ海軍が北の沿岸にたどり着くにはまだ早いでしょうに」


 スターロッドほどではないが、彼女が腕を組むと胸の谷間が強調される。

 コシンジュはガン見することをためらわない。


「その通りだ。

 まずは礼を言わせてもらわねばならん。

 お前たちの助力で、魔界の治安が比較的良くなった。

 自力でも我らは秩序を取り戻せたろうが、お前たちのおかげでその時期が早まった」


 思わぬ相手の言葉に、コシンジュとロヒインはぽかんとする。


「そんな、礼だなんて……」

「もっともだ。

 これはお互いの利益のためになしたこと、しかし私もどうやら徹底(てってい)した冷血漢(れいけつかん)ではなかったらしい」


 するとルキフールはクルリと斜め後ろを向いた。


「そこでだ。お前たちにいいことを教えてやろう。

 全員ではいまひとつ気が引けるので、ここにいる2人にだけ話す……」





 さかのぼること数か月前。


 ルキフールはいつものように千里眼(せんりがん)の効果を持つ呪力水晶に両手をかかげ、魔界の様子を(あお)ぎ見ていた。

 どこを見ても、状況は思わしくない。

 いたる場所が魔物であふれ、それを統制すべき上級魔族たちは数に事欠いている。


 いよいよ打って出るしかあるまいか。

 とるべき選択は、地上への侵攻のみ。

 魔界で内戦を起こすという選択はもはやない。

 魔族の頂点に立つドラゴン、デーモン、ダークエルフの3種は他の種族と違い繁殖(はんしょく)力が低い。

 彼らを争いに巻き込むわけにはいかぬ。


 気がかりなのは我らが王のご様子。

 現状を(なげ)き、深く悩んでおられる。

 情は薄くとも我らは皆同志、無作為に地上に押しやり、命を絶つのは私自身ですら気が引ける。


 しかしこれ以外に方法はない。

 なんとしてでも王を説得し、地上へと向かわせる準備をせねば。


「何を悩んでる? そんなに魔王サマのご説得は厳しいかね?」


 ルキフールは振り返った。

 しかし目の前に現れた者を見ても、到底納得のできるものではなかった。

 自分はこの人物を知っている。知っているはずだが……


「『神』……なのか……?」


 ありえない。

 常時は天界に鎮座(ちんざ)しているはずの至高の存在が、人間界はおろかよもや魔界の中枢にまで下ることなど、あり得るはずがない。


「いかにも、私の名は『ヴィクトル』。

 人間の4つの知性、勝利への渇望(かつぼう)をつかさどる神だよーん」


 頭頂部の髪が薄い光の存在が、不敵な笑みを浮かべてこちらへと近づいてくる。


「な、なぜお前のようなものがこんな場所まで足を踏み入れる?

 お前ほどの力の持ち主ならやりようもあるだろうが、その前に嫌悪が先に来てここまでやって来ようなどとは思わないはず……」


 ルキフールはいまだに動揺(どうよう)しながらも、ふるえる人差し指を相手へと向ける。


「いや、その前のこの私が許さん。

 かような場所までやってきたからには、このまま生きて帰れると思うな」


 声色を鋭くさせておどしかけるが、相手はのほほんとした態度をくずさぬまま、両手をおもむろにあげた。


「そんな怖いことをおっしゃらずに~、まずは私の話を聞いてからにしたらどぉ~?」

「話?

 光の側に立つものが闇の存在に話す言葉などないと思うが?」


 半ば嫌悪感を現しながらも、ルキフールは指を下ろした。


「君たち、ずいぶん困ってるようじゃないの。

 よかったらちょっと知恵を貸そうじゃないの」


 ルキフールは相手の意図をさとり、深くため息をついた。


「フン、そういうことか。

 我らが地上へと侵攻すれば人間も数を失う。それはお前たちにとっても不利益なことなのだからな」

「そういうこともあるんだけれど、もっと深い考えがあってね。

 まあ今は言っても納得できないだろうから、とりあえずは私自身の個人的に思うところがある、それだけ覚えておいてちょうだい」

「それでたった1名で交渉(こうしょう)しに来たと?

 いいだろう、どのみちお前の事情など知りたくもないわ」

「わかってんなら話は早いね。だったらものは相談なんだけど、

 君、どこまでやるつもりなの?」


 ルキフールはアゴに手を触れ、相手の言葉の意味を考えた。

 ようは勇者をはじめとする抵抗する勢力に対し、手心を加えろということなのだろう。


「手を抜け、ということか?

 それは私自身考えた。

 だが私はこの世界で知恵者として知れ渡っておる。下手に進言を少なくすれば同志たちの不信を招く」

「だーいじょうぶだよー。

 どうせここの連中、バカばっかりなんでしょ?」

「我が軍勢の本質を見抜いているとでも言うのか?

 私はお前たち天界の実情を把握(はあく)できぬというのに、お前にはそれができているとでも言うのか?」


 ルキフールは内心の戦慄(せんりつ)を押し隠した。

 相手はそれに気付いているのかどうかわからず、ただのほほんとした笑みを浮かべる。


「なんならそいつらに全部任せるフリをしておいて、自分はそれを暖かく見守る、てのはどう?」


 悪い考えではなかったが、老魔族はそれでも首を振った。


「それでも殿下が納得するまい。

 無策のまま次々と臣下を死なせてしまえば、我らが殿下はそれを重く受け止められ、早まった行動に出かねん。

 それはなんとしても()けたい」


 このころのルキフールは、ファルシスに勇者を簡単に叩きのめせるほどの実力があるとは思っていなかった。

 主人の力を未知数に思っていた部分もあるし、神々の力を極端に恐れてもいたのだ。

 ファルシス自身でさえそう考えていた。


 ところが、目の前の天敵はおもむろに人差し指を立て、それをこちらへと近づけるのだ。


「そこがこの話の妙なんだよねー。

 キミ、自分の主人ナメてない?」

()めている?

 たしかにわが殿下は父上を超える才をお持ちだが、私があのお方の実力を見誤っているということは……」

「そんなことが言いたいんじゃないよ。

 要は実力的な部分じゃなくて、メンタル的な部分の話なんだよね」


 ルキフールは苦虫を()み殺したような顔つきになった。


「言ってくれるわ。

 たしかに殿下は心もちがいささか優しすぎる。意外なほど繊細(せんさい)なところもある。

 それだけが殿下の唯一の弱点だ」


 そこでヴィクトルは広げた両手をこちらに押しやった。


「だけど、ちょっと背中を押してやれば、案外立ち直りも早いもんだよ?」

「まるでわかったように言う。

 我らが殿下のことをろくに知りもせぬくせに」

「こっちは人間心理の専門家だからね~。

 なんだかんだで魔物も似たようなもんでしょ」

「なるほど、心にとどめておこう。

 で、こういうことだな? まず私は事態をただただひたすら静観する。

 そして追い詰められた殿下を、私がうまくとりなして立ち直させる。これでいいのだな?」

「そゆこと。あとはキミのご主人さまがうまくやってくれるよ。

 キミが真価を発揮するのはそこからさ」


 にっこりと笑って親指を立てた光の化身は、そのままくるりとうしろを向いて、立ち去ろうとしてしまう。

 それをルキフールは「待てっ!」と叫び、引き留める。


「……よいのか?

 もし我らの殿下が本気になれば、お前たちは敗北するかもしれんのだぞ? それでよいのか?」

「言ったでしょ? こっちには個人的に思うことがあるんだって。

 そっちはあまり考える必要はないよ?」


 相手は後ろ向きのままちらりと横顔を向けただけだ。

 対してルキフールはいつの間にかあげていた片手を下ろし、あらためて杖に両手をついた。


「それに、そこまでうまくいくとは限らんぞ。

 私ほどではないが、我が軍勢はどれも狡猾(こうかつ)なものばかりだ。

 殿下を追い詰めるまで、勇者が生き残れるとは思えんぞ?」


 すると、ヴィクトルは完全に振り返った。


「大丈夫。今度選んだ勇者、強いから」


 その顔には、自分には出せないほどの満面の笑みを浮かべていた。

 ルキフールは少しばかりの嫉妬(しっと)を覚えた。





「そういうことだ。

 お前たちを手の上で転がしていたのは私ではない。

 愛する神の手の上ならば、お前たちも文句はあるまい」


 話が終わった時、コシンジュもロヒインもあ然とするばかりだった。

 途中で「うそでしょ!?」とか「なんで? どうして!?」と叫びまくっていた彼らも、話の筋を理解するにつれ押し黙るしかなかった。

 やがてロヒインは考え込むようにあごに手を触れた。


「ヴィクトルさまは、そんなことまで見抜いておられた?

 以前ヴィーシャやムッツェリから話を聞いてただ者ではないと思っていたけれど、まさかそこまでとは……」

「あの者、私が考えていた神とは、一味違う。

 あの者には、我らが到底及ばぬほどの、未来を見抜く力を持っておる。

 もしや本当に予知の力があるのかもしれん」

「そこまではわたしもわかりませんが、ですがこれでよかったのでしょうか?

 魔王殿下はいまや人間界の一部をおさめ、天界にとって大きな脅威(きょうい)となっております。

 ヴィクトルさまはともかくとして、他の神々がだまって現状を受け入れるでしょうか?」


 ロヒインの言葉に、ルキフールはゆっくり首を振る。


「納得するはずがあるまい。

 しかし、どうにも()に落ちぬ。

 わが力では天界の様子を把握することなどとてもできぬが、もしやしたら……」


「もしかしたら?」ロヒインが言いなおすと、ルキフールはちらりとこちらを向いた。


「神々のすみかにも不測の事態が起こっておるのかもしれん。

 ヴィクトルが単独で行動を起こさねばならぬほどの、危機的な状況がな」

「そんな。天界でも、問題が起こっているだなんて……」


 ロヒインが思わず口元に手をやった。

 コシンジュはと言えば、先ほどからずっと頭をかかえている。

 ルキフールの話がうまく飲み込めていないのか、事実が理解できないのか。


「ともかく、これからは天界の動向にも注意することだ。

 我らは人間たちのみならず、天界の一部をも敵に回すかもしれん」


「そんな……」と口ごもるロヒインを無視するかのように、ルキフールは入口へと戻っていく。


「魔界の秩序が安定した以上、お前たちにしばらく出番はない。

 来たるべき日に関しては私もいくつか考えがあるが、どれも(いばら)の道だ」


 老魔族は入口の暗がりで、ふと足を止めた。


「とにかく今は身体をいたわれ。他の者にもそう伝えよ」


 ルキフールの姿が消えてから、ようやくロヒインはこっくりとうなずいた。


 なんだろう。彼の話を聞いて、どうもイヤな予感がする。

 まさか、まさか本当に天界との争いになるはずがないだろうに……

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