第39話 おつかいの日々~その1~
新キャラがバンバン増えますのでご注意ください。
コシンジュ一行がパンデリア城にたどり着く、数日前のこと。
ゾドラ城の頂上にあたる「大帝の塔」の一室。
大帝のデスクワークのために用意された執務室にて、新たに帝位についた先帝の娘が、膨大な書類とにらめっこを続けていた。
エンウィーが座るデスクの対角線上にある扉が音もなく開かれ、彼女はそれにチラリと視線を送った。
「精が出るようだな」
入ったのは額に大きな2つの角を生やした人外であったが、エンウィーはむしろ顔をほころばせた。
それはいまや彼女にとってもっとも信頼のおける存在のひとつとなっていた。
「広大な領地をおさめることになった者の当然の責務ですから。
たとえ女と言えど、帝位についたからにはすべての面倒事から逃れられません」
ファルシスは笑みを浮かべ、執務席の手前にある腰かけにどっかりと座った。
そして軽く両手を広げる。
「ここに摂政がいる。
まつりごとに長けたプロフェッショナルだ」
「しかも相手してきたのは統制のとりにくい荒くれ者の集団、と言うことですか?」
「そうだ。やはり魔物と人間では扱い方に差があるか?」
眉をひそめるファルシスに対し、エンウィーは意気揚々と書類の一枚を軽く持ち上げる。
「さあ、そこまでは。
ですが殿下の手に余る分野は多いはずです。必ず人間の手で成し遂げられなければならないものも多いでしょう」
「それほどまでにか?」
エンウィーはこっくりとうなずいた。
「まず、信用の問題です。殿下はこの国を救済された。
ですが人ではない存在です。たとえいくら信頼を得られるようとりはかられたとしても、心の底では抵抗感を持つことでしょう」
「余をはじめ、スターロッドもベアールも政治には長けている。
決して軍事のみに関してのみ秀でているわけではない」
「ですがさすがに経済や福利厚生のような、生活に直結する分野にまで手を広げられるのは歓迎しないでしょう。
魔族であるみなさんにはやはり、軍事や国内秩序にかかわる部分において参政することをお勧めします」
「だがそれでは、お前やマージの負担が多くなってしまうではないか。
人の身でそれらのすべてを背負うのは不可能だ」
少し心配そうな顔をする人外の夫に対し、エンウィーはゆっくり首を振った。
「どちらにしろわたしや彼だけで国内すべてに目を通すことはできません。
ですから、この国は新たな人材を多く必要としているのです。
今ここに置かれている書類の大半が、そういった事柄にまつわるものばかりです」
そう言って書類の山を指差す。
ファルシスはアゴに手を触れ、考え込む表情になった。
「人の材が圧倒的に不足しているこの状況でか。難しい状況だな」
女帝は皮肉まじりの笑みを浮かべる。
「多くの官僚が、腐敗に手を貸したためにその座を追われましたからね。
優秀でありさえすれば、身分にかかわらず徴用せざるを得ない状況になっています」
「余はもともとそのつもりであったがな。
同じ人間でありながら生まれだけで待遇を決めるなど、人の身ならぬ余からすれば愚の骨頂としか思われぬ」
「同感です。
人は人種や生まれ持った環境で、才を持てあますことがあってはならない。
マージを見れば一目瞭然でしょう」
少数民族である宰相の顔を思い浮かべつつ、ファルシスは立ち上がった。
おもむろに窓辺に立つと、レース越しに見える外の光景に目をやった。
「余もいくらか手を貸そう。
この国の実情を余すことなく理解するのは難しいかもしれんが、立場を違えた者からすれば見えてくる光明もあるやもしれぬ」
「ぜひお願いします。
よければ殿下も手伝われますか? 実はわたしではどうすればいいのかわからない案件がいくつかあるんです。
経験豊富な殿下であれば、良き知恵をお借りできるかもと思ったのですが」
そう言って少し離れた場所に置いた書類を手に取ったエンウィーだが、ファルシスは軽く片手をあげた。
「そうしたいのは山々なのだが、実は別用があってこの部屋を訪ねたのだ。
エンウィー、すまないが時間は取れるか?」
そこでエンウィーは初めて魔王の後ろ姿に目を向けた。
「あまり余裕はありませんが、多少は。いったいいかなる用件なのですか?」
ファルシスもまた、少し振り返り愛する妻に目を向ける。
「お前にぜひ会わせたい者たちがいるのだ。
しかも大勢な。悪いが少し時間がかかるぞ」
「時間がかかると聞いて覚悟しておりましたが、まさか遠出することになりますとは」
エンウィーは少しふてくされた表情で、ファルシスにしがみつく。
「仕方ないでしょう。
これから王妃様がお会いすることになる者の中には、カンチャッカポータルを通してでしかこの世界に足を踏み入れることができない者もおりますので」
足元から声がかかる。
彼女とファルシスの姿は巨大なレッドドラゴンの背の上にある。
「しかしなにも姫、でなく妃を外に連れ出すことはないではないか。
多忙なのじゃろう? 『奴』だけ顔合わせは後日でもよいのではないか?」
ファルシス達の後ろに座る、露出の激しいダークエルフの女王も不満げな表情を見せる。
「俺にはわかりますよ。
殿下の考えだと、せっかくだから一気にお披露目、といきたいんでしょう?」
対してその後ろにいる赤い鎧のデーモン騎士が意気揚々(いきようよう)と両手をあげる。
「その通りだ。ベアール、なかなか察しがいいではないか」
言われた騎士は軽く笑う。
スターロッドもまんざらでもない表情になる。
「それにしても、久々の再会か。
いずれはこの地に連れてくるつもりじゃったが、さすがに少しばかり緊張するのう」
「わたくしもお会いするのは楽しみです。どういった方々なのですか?」
「それはお会いする際の楽しみとしてとっておくべきでしょう。
今は目的地に急ぐこととします。王妃様、しっかりと殿下におつかまりください」
ファブニーズは言うと、巨大な翼にいっそうの力を込めた。
巨大な赤い翼が、ゆっくりと大地に降り立つ。
いくばくかの土けむりをあげ、するどい爪がしっかりと黒い大地を踏みつけると、背中にいた3つの影がふわりと舞い降りた。
そのうちの1つ、ファルシスは抱きかかえたエンウィーをゆっくりと降ろすと、なにもない周囲に目をこらした。
そのあいだにエンウィーは前方に広がる雄大な光景を見据える。
果てしなく続く緩やかな傾斜の向こうに、赤々と照らされた小さな噴煙が見える。
「これが、カンチャッカ山火口。
なんという光景なのでしょう。
火口の中心にたどり着くのにいったいどれだけの時間がかかることか」
しかし、両手を組む彼女の目には別の光景も見えていた。
野ざらしにされた無数の魔物の亡きがら。
多くは灰に埋もれているが、それでもいくつかはそれとわかるふくらみを残している。
「なんとおいたわしい。
殿下の臣民たちが、埋葬されることもなくそのままにされているとは……」
「気にするな。
魔物に生まれた者としての当然の定め、あのような末路をたどるのは魔界では当たり前のことだ。
いずれは降り積もる灰とともに火口に運ばれ、地中にある業火に焼かれることになるだろう」
ファルシスは火口から目をそむけ、別の方向を指差した。
「それより、あれを見ろ」
エンウィーが振り返ると、先ほどまではなにもなかった広場からうっすらと光を放つ巨大な何かが現れた。
ぼんやりとしていたそれはやがてはっきりと姿を現し、やがて巨大な魔法陣だとはっきり分かるほどになった。
「近寄るな。電撃が舞うぞ」
そっと身をかばうファルシスにうなずくと、彼の言うとおり魔法陣から無数の電光が現れた。
やがてそれが激しくなると、一瞬の光を放ち、突然無数の人影が現れた。
その中のひとつが突然手をあげる。
「やっほー! みんな久しぶりーっ!」
それが若い女性の姿をしているとわかり、エンウィーは少し面食らった。
「現時点における、魔界の最高戦力だ。
エンウィー、あいさつを」
エンウィーは前に進み出て、慇懃に頭を下げる。
「このたびファルシス殿下の妃となったゾドラ帝国第2代大帝、エンウィーでございます。
皆さま、末永くよろしくお願いいたします」
すると突然若い女性が、「あ~~~っっ!」と叫びをあげた。
顔をあげると彼女は指をさしながらこちらへとズカズカ近寄ってくる。
「あんたがファルシスさまと結婚した人間の女の人ぉっ!?
たくなんなんだよぉ、くっやしぃ~~っ!」
彼女は軽く拳を握って顔をしかめる。
耳がとがっているのを見ると、おそらくダークエルフの1人と思われた。
「これこれ。そうカッカするでない。
お主がファルシスを好いておるのは知っておったが、選ぶのは奴自身じゃ」
スターロッドが苦笑しながら言うと、相手はパッと顔をほころばせた。
「わっ! おばあちゃんっ! ひっさしっぶり~~~~っ!」
そう言って一気にかけよってくると、スターロッドに思い切り抱きついた。
おばあちゃんと呼ばれされるがままになりながらも、同年代にしか見えない彼女の顔には笑みが浮かぶ。
エンウィーはそれを見て「おばあちゃん?」と首をかしげる。
「スターロッドの孫だ。
おい、再会を喜ぶのは後にしてまずはあいさつを」
ファルシスに言われ、若いダークエルフはクルリとこちらを向き。
こめかみに軽く手をかざす。
「はい! スターロッドおばあちゃんの孫娘、
『ヴェル』ですっっ!よろしくお願いしますっっ!」
エンウィーは「はぁ」と言いながら、ヴェルと呼ばれた女性の風体をながめる。
真っ白な髪は比較的短めで、いたるところでカールしている。
祖母と同じく肌の露出が著しいが、身につけているのは灰色の獣の毛皮のようだった。
あらわになっている肩回り、ウエスト、太ももの部分はうっすらと小麦色がかっている。
顔もまた同様だが、祖母に似てそれなりに美人のようだった。
毛皮に隠れて見えない部分も多いが、ボディーラインも均整がよく取れてる。
どちらかと言えばスレンダーなエンウィーは少し嫉妬した。
しばらく観察している間に、ヴェルが「あ~っ!」と言いながらまたしてもこちらに近寄ってくる。
目の前に立つと腰に手をやって顔を近づける。
「なに人の身体ジロジロ見てんだよ!
あっちの世界じゃこんな格好してんのは当たり前なんだかんね!
珍しいからってそんなふうに見られんのは、ちょっと恥ずかしいって思うんだから!」
よく顔を見ると、少し赤みがかっているように見える。
広げた口から突き出た牙が見えるが、控え目でむしろかわいらしい。
エンウィーは少し恐縮した。
「ご、ごめんなさい。これからは気をつけるようにしますわ」
「わかればよろしい!」
そう言って姿勢を正したヴェルは、こちらに向かって手を差し伸べてくる。
エンウィーがそれを軽く握ると、相手はいたずらっぽく笑って握った手をゆすった。
「よろしくね!
せっかくファルシスさまに選ばれたからには、ずっと仲良くするんだぞ!?」
わざとらしく怒った顔をする彼女に、思わず苦笑せざるを得なかった。
「お前のあいさつはそれくらいにしておけ、他の者も進み出よ」
ヴェルとともに横を見ると、おそらくこちらもダークエルフと思われる男女2人組が前に進み出ていた。
「お初にお目にかかりますわ。
わたくしの名は『マーファ』。
まったく、わたくしも王妃の座を狙っておりましたのに、至極残念でたまりませんわ」
「そう言いなさんなって。
おれの名は『マルシアス』。ダークエルフの戦闘隊長だ。
こん中では一番腕が立つと思ってるから、この顔をよく覚えておけよ」
マーファは女性ながらかなりの長身で、スターロッドやヴェルと違い黒い髪をまっすぐ伸ばしている。
肌の露出は控えめだが、谷間の深い胸元と太ももが大きくはだけていて、残りの部分も黒皮をぴっちりと肌に密着させ美しいボディーラインをあらわにしている。
男性であるマルシアスは黒のロングコートに足甲のついたレザーパンツといういでたちだが、はだけられた前面は服を身に着けておらず、コートの中からたくましい胸板と腹筋があらわになっている。
ダークエルフの露出度が激しいのは男女共通のようだ。
「2人とも。
ファルシスの妻が気になるのはわかるが、まずはこのわらわにきちんとあいさつせい」
少し怒った様子のスターロッドに、男女のダークエルフはクルリと振り返りペコリと頭を下げる。
「これはこれは、御前様。おひさしゅうございますわ」
「御前様、ご息災のようで。慣れない暮らしでお疲れではありませんか?」
「御前」というのが、スターロッドに対するダークエルフたちの呼び名らしい。
年若く見える彼女もこうしてみるとあらためて彼らの女王だということを思い知らされる。
対する女王は居丈高に腕を組み、ふくよかな胸の谷間を強調した。
「案ずるな。それよりお主らも今日よりこの世界が住みかとなるのじゃ。
そのつもりでわが忠告に耳をかたむけるのじゃぞ」
「「かしこまりました」」
ていねいに頭を下げるダークエルフたち、しかしスターロッドはエンウィーの前にいる孫に険しい目を向けた。「お前もだぞっ!」
「やだ~、そんなのわかってるって~!
アタシおばあちゃんっ子なんだからさぁ~」
物おじせずにおどける彼女を相手に、当のスターロッドも軽くため息をつくだけだ。ど
うやら彼女は孫に弱いらしい。
「ダークエルフたちの紹介は終わったようだな。
次はデーモン族の精鋭のほうだ」
ファルシスはなんともなしに言うが、突然ベアールが前に進み出る。
「精鋭っ!? 精鋭ってなんですかいっっ!
誰が来るんだろうと思ってたら、よりによって……」
「あら、わたしたち、来たらまずかったかしら」
エンウィーが声のする方を振りかえると、これまた少し驚かされることになった。
次に進み出たのは3人組だが、どうやら親子のようだった。
ひと目でそれとわかる大きな頭の角と、密集する毛の生えた太ももからのびる逆関節の足、そして赤や紫の肌。
少し異様な風貌の、しかしどこか愛着感のある風体のデーモンたちだった。
「『ウィネット』ッッ! なんでお前が呼ばれて出てきちまうんだよ!
あと『ドゥシアス』も『ピモン』もっっ! お前らなんかまだ子供だろ!?」
すると若いデーモンの女性のそばにいた、まだ背丈の低い少年がふてくされた顔をする。
「オヤジぃ、オレなんかもう数十年も生きてんだぜ?
それなりに経験も積んで、もういっぱしのデーモンの戦士だぜ」
「ごめんなさい、ファルシスさまに誘われたら、わたしたちも断れなかったの。
ベアール、わたしたちじゃまずいかしら」
デーモンの女性は黄色く光る目を少しゆがめながら、申し訳なさげに胸に手を当てる。
この親子もまた露出が激しく、母親は下着のような胸当てに腰の小さな前掛け、息子は前掛けだけになっている。
父親とは大いにちがった装いだ。
「ご家族の、方ですか?」
エンウィーのつぶやきにベアールがバッとこちらに兜を向けて激しくうなずく。
「3人とも実力があるから呼んだのだ。
彼女たちに匹敵するのはすでにこの世界にいるエルゴルしかあり得ん。
案ずるな、奴らに無謀な任務を任せるつもりは毛頭ない」
ファルシスに言われても、ベアールは兜の上の方に手を置いてうなだれた。
「ねーねーおにーちゃん、あの人だれ~?」
声のした方に振り向くと、デーモンの少年のとなりにいた妹らしきデーモン少女がこちらを指差す。
背丈は兄とほとんど変わらないが、ぽかんとした表情と言動のせいで兄よりずっと幼く見える。
「ばかっ! あれがこないだ魔王サマと結婚した人間の奥さんだよっ!」
そう言って兄が容赦なく妹の頭をはたく。
彼女は「いったーい」と言って少し泣きそうな顔で頭を両手で押さえた。
「ドゥシアスッ! そうやってピモンの頭をはたくなっ!
ポヤッとした性格がよけいひどくなるぞ!」
ベアールがどなりつける。
それを見てエンウィーはクスクスと笑った。
「う、どうかしましたか奥様?」
「え、いや、ベアールさんもこうしてみると、マイホームパパなんですね」
「そりゃあ、仕事より家族ですから。ぶっちゃけ殿下より妻子です」
聞いた何人かがジト目を向けるが、赤い騎士は平然とそっぽを向いた。
それを見て彼の妻がこちらの方を向いた。
「ああ、忘れてましたわね。
デーモン族長ベアールの妻、ウィネットです。
女性ゆえいたらぬこともございますが、末永くよろしくお願いしますわ」
ウィネットはニッコリとほほえむ。
しかしいかんせんデーモンの姿をしているので、エンウィーは少しおじけづきながら「よ、よろしくお願いします」と言うしかない。
それを見てウィネットのほうも申し訳なさげな顔になる。
「あらま、仕方のないことでございますわね。
そのうち見慣れていただけるとありがたいのですけれど。ほら、2人もちゃんとあいさつしなさい」
「はーい、よろしくお願いしまーす」
「よろしくなっ! 言っとくがガキだと思って甘くみんなよ!」
普通に手をあげるピモンに対し、得意げに親指で自分をさすドゥシアス。
だがウィネットは表情をくずさずに息子のほおをつねった。
「いててててて!」と顔をしかめる息子を見て、エンウィーは少し顔をほころばせた。
ファルシスはそれを見て皮肉まじりの笑みを浮かべる。
すみません、次回も続きます。いささか数が多すぎました。




