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I have a legendaly weapon~アイハブ・ア・レジェンダリィ・ウェポン~  作者: 駿名 陀九摩
第7章 勇者、魔界のジャングルを進む
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第38話 混沌の世界へ~その2~

 天界にて。円形の広間の中に、ソファーやクッション、様々な調度品が置かれている。

 そのほぼ中央にある金細工の腰かけの上に、天界の長フィロスがヒジをついている。


 そこへアミスの姿が現れた。

 何やら思惑(おもわく)ありげな表情に、フィロスは顔をあげただけでうながした。


「兄者フィロスよ。

 どうかゾドラの民に、ふたたび神の恩寵(おんちょう)(ささ)げてはくれまいか」

「さて、なんのことやら」

「とぼけないでくれ。南の大陸全土の僧侶たちが、手をこまねいておる。

 我らの恩恵を断ち切られたために彼らは(いや)しの術を使えず、(やまい)を背負う民たちが苦しみに耐えかねているのだ。

 これ以上は持ちこたえられまい」

「ならぬ。南の民どもはいまわしき魔族の王と手を結ぶことを選んだ。

 その見せしめのため、我らは決して南の民に恩寵を与えてはならぬ」

「なぜだ? 今生(こんじょう)の魔王には人にあだなす気はないのだ。

 我らが人に(ほどこ)しを与え続ければ、魔王の敵意もこちらに向かうことはあるまい?」


 訴えかけるような身ぶりをするアミスに対し、フィロスはそれでも首を振った。


「何度も言わせるな。

 我らと魔族は立場を(こと)とする存在。我らと敵対するものと生きることを選んだ者たちを、決して許してはならぬ」

「しかしフィロス。このままでは南の民の心はますます離れていくであろう。

 ゾドラの心は今魔王とともにあるのだ。

 見せしめのために突き放し続ければ、彼らの心が再びこちらにかたむくどころか、憎しみの心で我らを見るようになるに違いない。

 それこそ万物の王たるべき我らの沽券(こけん)にかかわるのではないか?」

「いちいちくどいぞアミスっっ!」


 フィロスは憤怒(ふんぬ)に顔をゆがめひじ掛けをたたいたが、音は出なかった。


「ならぬと言ったらならぬのだっ! 我らは決して魔王を助ける所業をしてはならぬっっ!

 いいか、これは神々の長としての命令だっっ!」


 アミスはしばらく押し黙っていたが、やがて細々と口を開いた。


「のちのちの禍根(かこん)となり、天界に攻め入る口実となるとしてもか?」


 疑うようなまなざしに、バツが悪くなったのか目線をそらすフィロス。


「勇者どもめ、魔王に完全敗北したのちも、魔界に乗り込んでまで何かを企んでおる。

 あきらめの悪さには辟易(へきえき)するが、その結果を待ったあとでも遅くはあるまい」


 苦虫をかみつぶす表情を見て、アミスは思った。

 勇者コシンジュのみならず、その父チチガムでさえも敗れた。

 その事実に、神々は皆落胆(らくたん)の色を隠せなかった。

 いや、ヴィクトルだけは妙に達観した表情を見せていたが。


 屈強な肉体と卓越(たくえつ)した技能をほこり、さらには自分たちの力が宿った武器を手にしてまでも、魔王にかなうことはなかった。

 真の力を現したファルシスの強さは父親をはるかに凌駕(りょうが)していた。


 いや、これこそが本来の魔王と言う存在なのだろう。

 先代タンサは強大な魔力を有していたものの、おごり高ぶり、なおかつ臆病(おくびょう)であった。

 それゆえ勇者をあなどり、追いつめられると自らが作った城と鎧の中にたてこもった。

 秘められた魔王としての力を使いきることができなかった。


 ファルシスは違う。奴は完全無欠だ。

 身を守る城も、鎧も、そして軍勢さえも必要ない。

 己1つの身体さえあれば、ほとんどの敵を打ち倒すことができてしまう。

 そして与えられた魔力を存分に発揮することができ、人間の力ではまともに立ち向かうことすらできない。

 そして、あの姿。

 まるで思いつく限りもっとも効率的な造形をほこるあの獣の肉体の前では、たとえ偉大なる力を持ってしても太刀打ちできないだろう。

 あれほどの力さえあれば、もしや兄者ですらも……


「どうした、なにを考え込んでおる。用がすんだら早く出よ」


 アミスは背中を向け、心の中で首をかしげながら広間をあとにした。

 彼はわかっているのだろうか。

 己の身に、いや我らの住んでいるこの天界に、重大な危機が及んでいることを。





 侍従が赤いカーペットにヒザをつくと、こうべを垂れて持ち上げた。


「ご報告いたしますっ!

 書状によると、ゾドラが我ら北の国家連合に対し、宣戦布告したとのことっ!」

「「なんだとっっ!?」」

 対面する鎧姿のランドン国王マグナクタ5世とその王子が、同時に立ちあがる。


「父上、これはありえない。

 魔王が国を救済し、帝国が自ら傘下についたという話も信じがたいが、先の戦の痛みから立ち直りきれていない現状でこちらに攻め込んでくるなどということは……」

「いや、場合によってはありうる。

 ようは魔王たちが臣下たちの信用を完全には得られていないのだ。

 より明確な形で功績(こうせき)をあげなければ、ゾドラは分裂することになりかねん。

 彼らはそれをなんとしても阻止したいのだろう。

 出兵の準備はどうなっておる?」

「はっ!

 書状によれば、北に面する湾口(わんこう)にて、続々と軍船が配備されている模様、早ければ1カ月半後にも連合領内に到着するとみられております!」

「急げ! ノイベッドの不在でただでさえ出兵の準備がとどこっておるのだ、これ以上の遅れは許されん!」


 国王が手をあげると、兵士はうなずいてその場を後にした。


 国王は王子とともに玉座に腰をかける。


「異様な速さですな。

 連中、入念な準備もなしに都市国家連合に攻め込むつもりに違いない」

「あやつらには大きな後ろ盾がある。魔王の軍勢だ。

 疲弊(ひへい)した帝国の軍勢だけでは到底我らをうち負かせはできぬだろうが、屈強な異形の集団の手を借りれれば話は別だ」

「……勝てますか?」


 王子が値踏みするかのような目線を向ける。

 国王は目を向けずに、たくわえられた白いヒゲに手を伸ばす。


「五分と五分であろう。向こうが勝てばそのまま大陸の南側を制圧できる。

 負ければその責任を魔王たちに押しつけ、(おろ)かな臣下たちが政権の中心に立てる。

 それを見越したうえで仕掛けてきた戦争だ」

「すべては魔王たちの出方次第、というわけですか」


 正面を向いた王子に、マグナクタ王は深くうなずいた。


「今の魔王は父親とまるで違う。

 戦士としての能力のみならず、知性においてもだ。

 彼は我らの思いもよらぬ方法で、南の大陸をやすやすと平らげてしまった。

 あやつの手腕次第では、都市国家群のみならず我らもいずれ危うくなるぞ」


 それを言ったとたん、場に静けさが宿った。

 君主親子が気難しい表情でおしだまっていると、謁見(えっけん)の間に新たな闖入者(ちんにゅうしゃ)が現れた。


「お父さまっ! お兄さまっ! コシンジュさんたちから知らせがっ!」


 国王だけが立ちあがった。

 入って来た姫君から手紙を受け取ると、おもむろにそれを広げて音読する。


「『我ら、みな無事。しかし魔王を打倒することかなわず。

 せめてその野望だけでも阻止するため、我らこれより新天地へと向かう』」

「新天地、とは?」「わからぬ」


 王子の問いかけに国王は首を振った。

 それを聞いた王女が両手を胸に当て不安そうな顔をする。


「いずれにしても、コシンジュさんたちの身が心配です。

 ムチャなことをしでかさなければよいのですが……」

「魔王に当たって砕けるよりはましだ。

 前にもらった書状だと、伝え聞いた先代とは比べ物にならないくらいの猛者(もさ)だということだ。

 いささか人道的だという点だけが唯一の救いだな」


 王子の声を聞くなり、姫はあどけない顔立ちを精いっぱい怒りに染めた。


「なにが人道的なものですか!

 帝国の人々をたぶらかし、先導してわたしたちの国に攻め入ろうとしてるではないですかっ!

 それのどこが人道的なのですっ!?」

「しかし妹よ。

 魔王が権力を掌握(しょうあく)したことにより、それまで腐敗(ふはい)の一途をたどっていた国政が立てなおされたのは事実だ。

 魔王が真に悪なる存在であればこうはなるまい」

「でしたらお兄さま、だったらなぜ、帝国軍は北の大陸に攻め入らねばならないのです?

 魔王軍との戦いの傷も()えきっていないでしょうし、国の立て直しだってまだまだ時間がかかるでしょうに」


 王子と国王は顔を見合わせた。


「姫はまだ若い。

 真実を話したところで、わかってもらえるでしょうか?」

「いずれは知らねばならぬ事実だ。

 形骸(けいがい)とは言え国家を支えねばならぬ家に生まれた以上、彼女にもその重みを受けとめてもらわねばならぬ」

「お父さま、お兄さま、いったい何のお話をされてるのです?」


 首をかしげる姫君に、王子はあきらめの表情でうなずき、顔を向けた。


「我が妹よ。心して聞いてほしい。

 帝国軍側が我らを狙うのには、少し奇妙な事情があるのだ……」





 周囲を包んでいた黒ベールが消えても、あたりは暗闇に包まれていた。

 コシンジュは不安げに周囲を見回す。


「ここは、城? 遺跡(いせき)?」


 メウノが同じように周囲に目をこらしながら言う。


「かがり火があるくらいだから、人は住んでますよね?

 なんだか変わった形の構造物に見えますけど」


 彼女の言うとおり、かがり火の周囲に見えるレンガ造りの建築物は、カーブをえがいたり複雑な形に加工されたりしていた。

 どう考えてもいままで見たことのある造形ではない。


「ちょっとぉ、ホントに大丈夫なの?

 正直見てて不安でしょうがないんだけど……」


 グチるヴィーシャに向かってムッツェリが腕を伸ばした。


「ちょっと待て、なにか気配がする……」


 その言葉を合図に、全員が押し黙った。

 次の瞬間、暗がりからいっせいに何かが飛び出した。

 何人かはそれを見て飛び上がりそうになる。


 気がつけば周囲は、無数の槍に囲まれていた。

 コシンジュは鋭い穂先の列を見て肝を冷やす。


 暗がりから何者かの影が現れた。

 槍を手にしていたのは人のようだが、少し違う。

 裸同然の身体は全体がやせこけ、青白い肌をしている。

 背中には大きめの黒い羽根が生えており、じっと見ているとなんだか不気味な印象を受ける。


「お、おい。ロヒイン、こいつら、俺たちの言葉がわかるのか?」


 イサーシュが両手をあげて不安げに問いかける。

 強行突破は難しそうだ。


「スターロッドさまから連絡はいっているはずです。

 なのにこの歓迎(かんげい)。まさか伝わっていないなんてことはないと思いますけど……」


 言いつつも本人は話と違うぞと言わんばかりである。

 全員が押し黙っていると、暗闇の奥から声がかかった。


「……申し訳ありません。

 話は聞いていましたが、どうにも警戒せざる内容だったもので。

 なにせこちらの世界に人間が足を踏み入れるなど、前例がないものですから……」


 青白い魔物たちがいっせいに槍を持ち上げ、その隊列がきれいに2つに割れて、奥から何者かが現れた。

 コシンジュ達が目を向けると、何人かがビックリする。


「す、スターロッドさまっ!?」


 コシンジュがおどろくのも無理はない。

 現れた人物はたしかにダークエルフの女王に似ていた。

 しかしおろされた髪の色は黒く、格好はきわどいものの様相が異なっている。

 身体じゅうにベルトを巻きつけたようなもので、肝心の部分だけがかろうじて隠れているだけの形になっている。


「ああ、やっぱりそうなんだ。

 魔界の連中ってどいつもこいつもこういう格好してるわけ?」


 ヴィーシャが思わずつぶやいた。相手はそれを気にするふうでもなく続ける。


「わたしの名は『レリス』。

 スターロッドの歳の離れた妹であり、ここ、『密林の王国ラジリア』をおさめる女王をしております」

「ああ、妹さんなんだ。どおりで似てると思った」


 納得した表情のコシンジュとは対照的に、ロヒインが首をかしげる。


「女王? 密林の王国?

 魔界は確かファルシスによって統一されているはず。これはいったいどういうことなのですか?」


 するとレリスは身体をひねり、ほぼ後ろを向いた。


「それに関してはまたあとで。

 立ち話もなんですから、奥に上がってはいかがかしら?」


 くねらせた足と、丸みを帯びたおしりに男たちの視線が集まる。

 胸もふくよかな彼女は、どうやら体型まで姉によく似ているらしい。

 目をそらせずにいると周囲の女たちがそろって頭をはたいた。





 たいまつの炎だけが照らす列注の回廊は、それこそ不気味な雰囲気をかもしだしている。

 それこそ暗がりから何かが出てきそうだ。トナシェにいたってはおびえた表情でイサーシュにしがみついている。

 一時期行動を共にしていたせいか彼女は本当によくなついているようだ。横にいるムッツェリは歳が離れているせいかあまり動じてはいない。


 案内された先は広間になっており、カーペットの上に複数のクッションが置かれていた。

 全員がその上に腰を下ろすと、レリスは正面に座ってあぐらをかいた。

 見事な開脚具合に全員が思わず目をそらす。


「さて、魔界は1柱(ひとはしら)の王によって統一されていたはずだと申されましたね?

 ですが、それは間違いです。もともと魔界は1つにはまとまっていませんよ?」

「おっかしいな~とは思ってたんだよな。

 ファルシスが魔王だって名乗るくらいだから、魔界は全部あいつのものだってみんなが言うんだけど、いくらなんでも全部が全部魔王のものなわけがないんだよな」


 コシンジュはほとんど寝そべっていると言ってもいいくらいくつろいでいる。

 周囲が少し遠慮(えんりょ)がなさすぎはしないかと言わんばかりの視線を送っている。


「とはいっても、魔王の領域は非常に広大。

 対立する勢力は、我々をふくめごく少数です。

 我が国は非常に小さな国でありますし、ほかは単なる野盗(やとう)と言ってもいい、魔王になびかない荒くれ集団ばかりです」

「魔王……魔王とおっしゃいましたか。

 レリスさまはやはり殿下とは敵対しておられるのですね?」


 コシンジュとは対照的に行儀よくヒザを立てるロヒイン。

 広がるマントが軽く円を描いている。正面からは白いヒザが少しのぞいている。

 レリスは彼女に向かってうなずいた。


「ええ、我々は魔王軍と敵対しています。

 とはいっても、たびたび小競(こぜ)り合いを繰り広げているだけですけどね」

「なぜです? 魔王軍にはあなたの姉上がおられるはず。

 それともスターロッドさまとは絶縁状態なのですか?」

「さあ、そこが少し複雑なところでしてね。

 その前に話を戻しますと、たしかに魔王領は広大ではありますけど、

 魔界そのものはさらに広く、実のところを言うと我ら高等魔族の調査をもってしても、その全貌(ぜんぼう)が明らかとなっていないのです」

「なんだそりゃっ!?

 ダークエルフやデーモンみたいなチョー頭のよさそうな連中でも把握(はあく)しきれないって、いったいどれだけ広いんだよこの魔界はっ!?」

「そのダークエルフやデーモンのような高等な種族でさえ、足を踏み入れられない場所が多いのですよ。

 たとえばここからはるか東に行ったところに、『溶けかけた大地』と言う場所があります。

 そこはかつてマノータスが(おさ)めていた炎属性の魔物たちのすみかとなっているのですが……」


『マノータス』という言葉を聞いてコシンジュ達が眉をひそめた。

 レリスは少し笑って話を続ける。


「そこからさらに東に向かうと、一面が煮えたぎる溶岩で埋め尽くされた『溶岩海』と言う場所が広がっているのです。

 これでは我々はおろか、マノータスのような純粋な炎の魔族ですら容易には近づけません。

 そのような場所に暮らせるのはごく一部の、言葉も話せぬ風変わりな魔物だけです。

 この魔界には至る所にそのような場所があり、中にはまともな生物がいない不毛地帯のような場所もあります。

 魔王に収められるのは、ここ一帯に広がる『魔界大森林』を中心とした、ごく一部の領域だけなんです。

 とはいっても、魔王の所領をすべて合計すれば、

 ゆうに“あなた方が暮らす人間界の陸地をすべて足したものより広い”ものとなりますが」


 コシンジュが思わず「広すぎだろっっ!」とツッコんだ。


「魔王の所領、それでも広大ですね。

 長い時間があればそれほどの領域を支配することも可能、というわけですか。

 それにしても魔界と言うのは本当に広いですね」


 見えているはずもないのにメウノが周囲を見回す。


「ええ、ですから天界の神々は魔界の存在を恐れるのです。

 魔界に比べれば、宙に浮かぶ島々にすぎない天界はお世辞(せじ)にも広大とは言えないですから」

「そうなのか!?

 オレてっきり、魔界と天界はおんなじ規模だと思ってたけど」

「そこをおさめる者たちの力は絶大ですがね。

 ですがもし、魔界と人間の勢力が力を合わせ、天界に攻め込むことになれば十分な脅威(きょうい)となるでしょう。

 不干渉の()を破ってまで神々があなたに力を分け与えるのには、そういう事情があるのです」


 コシンジュが思わず背中の棍棒に目を向けた。

 そう言えばこの魔界では神々の力が通用するのだろうか。一度なにかで試した方がいいのかもしれない。

 そう思っているうちにロヒインが本題を切り出す。


「それでレリスさま、なぜレリスさまは姉上に逆らってまで、独自の勢力を築いたのですか?

 小国とおっしゃいましたね。強大な力を持つ殿下のもとで、よく持ちこたえられるものですね。

 もしやファルシス様が手心を加えられているのでは?」

「それもありますが、1つはわたしが君主として優秀であるということもあるのでしょう。

 手前みそではありますが、わたくしはかつて姉上の参謀(さんぼう)でした。

 魔界の戦乱時に彼女が4大魔族としての、勢力を維持(いじ)するのに貢献(こうけん)した過去があります。

 姉上は武勇では非常に優秀でしたが、ご存じの通りだとは思いますが少し詰めが甘いところもあります」


 コシンジュは顔をしかめた。

 責めるわけではないのだが、彼女がもう少し油断してなければ、クリサに不幸がおそいかかることはなかったかもしれない。


「そんな彼女を、わたしが知略で支えていたのです。

 武勇の姉、知略のわたし。

 2つの力が合わさって、我らは魔界の一角に巨大な勢力を構えていました」

「ですが、それもやがてタンサ率いる勢力に飲み込まれてしまった……」


 ロヒインの声にレリスはうなずいた。


「予想外のことです。我々は油断していました。

 愚かなタンサの勢力には、優秀な参謀などいないと思い込んでいたのです。

 ですがそれは間違いでした。

 皆さまもご存じ、彼には息子ファルシスの存在があったのです。

 戦乱期の彼はまだ少年で組み立てる戦略にはアラも目立ちましたが、荒くれ者ばかりのタンサの軍勢をあなどっていた我らはまんまとワナにかかり、大打撃をこうむったのです。

 歳を経るごとに彼の戦略は巧妙になっていった。

 わたしやいまは彼の宰相(さいしょう)となっているルキフールの知略から学びとり、より優秀な参謀として成長していったのです」

「あの野郎、当時から頭良かったのかよ。

 腕もたつし、魔法も強えし、なんでもありだな」


 コシンジュはうんざりした顔で頭を押さえた。


「でも、当時の彼は肝心なことがわかっていませんでした。

 少年ファルシスの目的は、すべて父の野望をかなえるためでした。

 当時の彼は心から父親を(した)っていました。

 問題は彼が心から愛した存在が、他者から見れば決してほめられる性分ではなかった、ということです」

「知恵で支え、ついに魔界を制圧した父親が、あろうことかその戦禍(せんか)()えぬうちに人間界への侵攻を開始した……」

「魔界じゅうから非難を浴びました。

 もちろん息子ファルシスも反対しました。

 ですがその頃には有力な魔族が数多く死に絶え、絶大な魔力を有するようになっていたタンサにだれも逆らえなくなっていた。

 疲弊(ひへい)した魔界にはもう彼を止められるだけの力がなくなっていたのです」

「勉強にはなるが、お前が独立国を立てたのとはあまり関係がないようにも思えるが?」


 イサーシュは遠慮なく申し立てたが、表情は少し申し訳なさげだった。


「わたしには、わからないことがありました。

 なぜあのような、タンサのような小悪党が広大な魔界を制圧できたのか。

 なぜあのような男から、ファルシスのような正規のカリスマが誕生することになったのか。

 ひょっとするとこれには未知の力が働いているかもしれない、そう思うようになったのです」

「ただの偶然(ぐうぜん)ということでは?」


 ロヒインの問いかけにレリスは鼻で笑った。


「そうかもしれません。いまも確証を得てませんからね。

 ですが、たび重なる戦乱で疲れ切っていたわたしは、ある事に気付いてしまった」

「あること、ってなんだ?」

「勇者よ。あの男から聞いているはずです。

 なぜ本質的には善良であるはずのファルシスが、ふたたび人間界に攻め込まざるを得なかったのか、ということを……」


 コシンジュは片手で頭をかかえ、「人口問題……」とつぶやく。

 レリスはうなずいた。


「人間よりはるかに長命でありながら、ある程度の繁殖力(はんしょくりょく)を持つ魔族。

 何らかの形で人口調整せねば、この世界は魔物であふれ、住みかがなくなってしまう。

 この世界はすべてがバランスで保たれているわけではありません。

 ある種族はまたたく間に増殖(ぞうしょく)する一方で、別の種族はゆるりとしか数を増やしていくことしかできない。

 対策なく放置すれば、魔界の生態バランスは崩れ、いずれはこの世界の生き物すべてが危機におちいることになるでしょう」


 理屈はわかるが、コシンジュは納得できなくてヒザをポンと叩いた。


「だけどさ。それに人間を巻き込んでほしくはないな。

 いくら魔族の望みが地上にあるとはいえ、ファルシスはなんとかしてそれを抑えるべきだった」

「あの男もまた、地上に(あこが)れを抱いていたのでしょう。

 あるいは、はるか古代から続く魔族同士の争いに、嫌気(いやけ)がさしていたか。

 他の魔族たちも同様の考えだったかもしれません。

 だから魔族同士で戦乱を起こすことを思いつく者など皆無だったのです」

「ですが、あなたはそれを選択した」


 ロヒインの指摘にレリスはうなずいた。


「わたしの考えを理解する同志は、ごく少数にすぎません。

 それでも力を合わせ、なんとか持ちこたえてきました。

 ですが我々はあくまで巨大な一枚岩の上に乗る小石程度の勢力。

 それでは魔界の人口問題を解決することはできません」


 言いながら、レリスはぼう然と上を見上げた。


「最近は、わたしの考えについて行けないと考える者もあらわれました。

 なぜ魔族同士で争わねばならないのか。

 なぜ殺しあいでなければ、この世界の生態系を調節できないのか。

 そのような考え方をする者が増えてきたのです」


 そしてあきらめとも呼べる皮肉めいた笑みを浮かべた。


「わたしは、ここが魔界だから、という理由を自分に言い聞かせています。

 この狂った世界では、狂った方法でしか調和を保つことしかできない。

 そしてそこに暮らす以上、その現実を受け入れるしかない、と……」


 レリスは顔を元に戻すと、ロヒインに向かって挑発的な笑みを浮かべた。


「その狂った世界の住民と深くかかわることになった、あなたの選択は正しかったのかしら?」


 ロヒインの表情は変わらない。横からコシンジュが、心配そうな顔を向けるだけだった。

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