第37話 再会と新天地~その4~
体勢を立て直し、ふたたび火山を目指す。
道の先は要塞に続いているので、迷うことはないのだが……
「それにしても、さっきから大地がゆれているんだが、本当に大丈夫なのか?」
チチガムが問いかけると、トナシェが気まずい顔になった。
「ええ、まずいです。
ひょっとしたらオルディントを呼び出したせいで、眠っていた火の力が目覚めてしまったかもしれません」
「げっ! なんじゃそりゃ! まずいじゃないっ!」
ヴィーシャがすっとんきょうな叫びをあげると、コシンジュがひきつった笑いを浮かべた。
「と、とにかく急ごう。ロヒインが待ってることだし……」
砦にはすぐにたどり着いた。
コシンジュ達は片方が大きく崩れた側から中に入ることにした。
奥に進むとそれはそれは悲惨なもので、人の死体は片づけられていたもののあちらこちらに兵士たちのとりこぼした鎧や武器、そして灰をかぶった魔物の死体が転がっていた。
「魔物の姿がそのまま残ってる。火山地帯だからハエがたかることもないんだな」
轟音が突然ひびいた。
遠くを見ると、はるか向こうの火山から激しい赤いしぶきがあがっている。
ムッツェリがあきれ顔でつぶやく。
「ああこれで確実だな。
わざわざ破壊神を呼び出したのは間違いだったかもしれんな」
「うぅ、とりあえずはやくロヒイン先生を探し出して、魔界に行きましょう」
トナシェの声に従い歩き続けていると、くずれた壁にもたれかかって倒れている巨大な魔物を目にした。
トロールより大きい。
全員がそちらに目を向けるが、コシンジュの視線がやがて別のほうに向いた。
おもむろに近寄っていくと、気付いたメウノが話しかけてきた。
「どうしたんですコシンジュさん? 何かあったんですか?」
コシンジュが崩れた柱にかけてあったそれを手に取ると、振り返って見せつけた。
「そ、それはロヒインさんが身に着けていたペンダントッ!
なんでこんなところにっ!?」
コシンジュは手にかかげたそれをながめたまま告げる。
「必要ないからさ。それほどあいつの力は強くなった。
だけどこんな上等な品を置いておくのはもったいないな。
これはむしろメッセージだということだろう」
そして砦の奥に目を向けた。
そこはもう火口に近づいていて、死体だらけの空間にポツンと人影のようなものが立っている。
「みんな、危ないから砦の中に隠れていてくれ。
ロヒインはオレがここに連れてくる」
「そのメッセージは、お前が1人だけで来い、そういう意味なんだな?」
イサーシュの言葉にうなずくと、コシンジュは1人で歩きだした。
「コシンジュさん! 気をつけてくださいね!
上から溶岩が降り注いできますからっ!」
トナシェの呼びかけにコシンジュは片手をあげて、前に進み続けた。
これまで戦ってきた者と同じ様々な種類の魔物のなきがらを通り抜けながら、コシンジュは約束の場所へと進んでいった。
例の人影のあたりには動くチューリップの姿があったのだが、コシンジュを見るとすぐに人影の中に姿を消した。
濃い灰色のローブをまとったその人物は、背中を向けたままそこに立ちすくんでいた。
まったく振り返ることがなかった。
コシンジュがある程度まで近づくと、なぜかうつむいてひとりでにつぶやき始めた。
「……はい、コシンジュ達は無事にたどり着きました……
はい、それで……そうですか。わかりました、連絡ありがとうございます。
それではまた……ごきげんよう……」
おそらくスターロッドと魔法でやり取りしていたのだろう。
話が終わると再び顔をあげ、遠くで火を吹きあげる火山を見上げた。
「なつかしいな。いや、離れてたのはそれほどでもないか。
でもなんだか久しぶりにその声を聞いた気がするんだよな。ってそんなことはどうでもいいや」
コシンジュは近寄り、なんとでもないふうを装って呼びかけた。
「ロヒイン、危ないぞ。
トナシェの呼びだした破壊神のせいで火山が目を覚ました。
早くここを抜けだそ……」
「コシンジュ、話は聞いたよ。いまスターロッドさまから連絡が入った。
クリサ、まだ目覚めないんだって……」
背を向けたまま話しかけるロヒインに対し、コシンジュはいったんうつむいて、顔をあげる。
「ロヒイン、大丈夫だ。きっとあいつはすぐに目覚め」
「わたしのせいだっっっ!」
ロヒインは悲痛な声をあげ、うつむいた。
「わたしのせいで、わたしのせいでクリサが犠牲になった!
あのまま屋敷を抜けだしたりせずにだまって一緒にパレードに出ていたら、わたしが代わりにコシンジュの盾になっていたのにっっ!」
「ロヒイン、そんなことは……」
「だけどコシンジュ!
わたしは、わたしは自分を許せないんだよっっ!」
相手はようやく振り向いた。
美しい少女の姿で、目には涙を流しながら。
「……ロヒイン、それはオレだって一緒だ。
オレがもう少ししっかりしていれば、マノータス相手に不覚をとることなんてなかった。
オレがちゅうちょせずマノータスの息の根を止めていれば……」
悲しげな表情をしながらも、ロヒインは口角を吊りあげて見せた。
「不思議なものだね。
お互いが自分を責めてる、本当に悪い奴はもうこの世界にはいないってのに……」
コシンジュはできるだけ無表情をとりつくろい、「そうだな」とつぶやいた。
「コシンジュ、また魔王……ファルシス殿下とやりあったんだって?」
「そうか、そうだったな。
ロヒイン、ファルシスの手下になったんだよな……」
思わずさみしげな視線を向けると、ロヒインは首を振った。
「いいんだよそのことは。
それより、どうだった? 殿下の真の力を目にして」
言われて、コシンジュはうつむいた。
「ダメだ、全然ダメだった。強すぎる。
親父ですら、ボロボロにされてた……」
「うん、それでよかったんだよ。これであきらめがついたでしょ?
幸いなのは、殿下がわたしたちにとって、絶対に倒すべき存在じゃないってこと……」
コシンジュは顔をあげた。
「でも! でもオレは! それでも奴に勝ちたいっ!
奴を見てると、なんとしてでも打ち負かしたいっ! そんな気持ちにさせられちまうっ!」
そして落ち着いて「これはただの意地だけどな……」と付け加えた。
「でも、2度目に戦ったあの時は、そんな気持ちで戦ってた?」
コシンジュは首を振った。
「いや、そんなことは考えてなかった。あの時はただ……」
その時、突然ロヒインが後ろに振り返った。
手を上にかかげると、近づいていた赤い岩が突如はじけ、破片を周辺へと散ばせていく。
コシンジュは全く気付かなかった。
「あの時はただ、自分の中にある怒りを、誰かにぶつけたかった。
情けない話だけど、あの時は誰でもいいから暴れさせてくれ、そのことしか頭になかった」
ぼう然と見上げると、黒々とした空の中に、無数の流れ星がちらついている。
不謹慎にも、美しい光景だと思ってしまった。
ロヒインも同じ方向を見上げてつぶやく。
「だとしたら、もしかするといまのわたしも同じ気分なのかもしれないね……」
「ロヒイン、何考えてんだ?」
相手は振り返らず、フードを取った。
美しい赤の髪がふわふわと波打っていた。ロヒインはそれに手をかけ、長く伸びた髪を舞いあげ、振り返った。
何度も目にした容貌だったが、相変わらずきれいだと思った。
魔族になったせいか、色気のようなものも出てきてよけいに目を奪われる。
「コシンジュ。言っておくけど、わたしはもう殿下とは戦ってほしくない。
不毛だって意味もあるけれど、わたしが魔族になってしまったせいもある。
わたしの心には、もう殿下に対する忠誠心のようなものが出来上がってしまってるんだよ」
「言うな、あまり考えたくない」
「コシンジュ、どうしても殿下と戦いたいの?」
「わからない。
頭ではわかっていても、本人を前にするとどうなるかわからない……」
首を振りつつ答えると、ロヒインは少し上を向いて、顔に不気味な笑みを浮かべた。
「殿下は素敵な方だよ。あのお方の前に立つと、わたしはひざまずかざるを得ない。
あのお方のおっしゃることなら、なんでも聞いてもいいという気持ちにさせてしまう。
たとえ以前ならできなかった恐ろしいことでも……」
「やめろっっ! そんなことを言うなっっ!」
「受け入れなさいっっ! わたしはもう人間じゃないんだっっ!
殿下なしには、わたしはもう生きていけないんだよっっっ!」
突然ロヒインがふところから杖を取り出して、にらみつけてきた。
木製のゆるやかなウェーブを描く杖の頭には、紫色の光を放つ宝玉がはめ込まれている。
「殺す気がなくても、傷つけあうというだけで許せないんだよ!
そう思えてしまうほど、わたしの心は殿下の力に飲み込まれてしまったっっ!」
「やめろ、ロヒイン、やめてくれ……」
「正直、コシンジュがこれから先にやろうとしていることも、許せない。
もし殿下の身に何かが起こるんじゃないかと思うと、気が気ではなくなってしまう……」
コシンジュは首を振り続けた。
ロヒインが、どこか手の届かない存在になってしまったような気がする。
「コシンジュ、この先に進むのなら、わたしと戦いなさい……」
受け入れがたい提案を、彼女は言いだした。
ゆっくりと顔をあげると、いったん杖を下ろしたロヒインはあやしげな笑みを浮かべる。
「このわたしと、戦いなさい。
そして、わたしが人間ではなくなってしまったことを、心の底から受け入れなさい……」
「いやだ、ロヒイン、オレはお前を傷つけたくなんかない……」
「そんなことわたしだってイヤだよっっっ!」
ロヒインは自らがはおる黒いローブの胸元をにぎった。
「だけどっっ! 仕方なかったっ!
本当に女の子になるためには、他に方法がなかったっっ!」
うつむき、前のめりになりながら続ける。
「魔物になってから、自分が何か恐ろしい者になってしまった気がするっ!
だけど、それでもわたしは女になりたかったっっ!
男の身体を持つ自分が心底キライだったっっ!」
コシンジュは何も言うことができない。
だまって相手の叫びに耳を傾けることしかできない。
「だけど、わたしは、女になったんだ。
魔物にもなったけれど、正真正銘の、まやかしではない、女になったんだ……」
ロヒインは言いながら、そっとコシンジュを見つめた。
彼女の笑みには、どこかあきらめのようなものがただよっている。
そしてその笑みに、やがtあやしげな雰囲気が宿った。
「見て、コシンジュ……」
ロヒインは、一瞬でローブを脱ぎ捨てた。その下には、何ひとつ身につけてはいなかった。
コシンジュは息をのみ、その身体を見つめた。興奮などしなかった。
ただ、とても美しいとは思った。
あまりに凝視されさすがに恥ずかしくなったのか、ロヒインは少しだけ身体を隠した。
だがすべてではなかった。
顔を赤らめながらも、熱心に食い入るコシンジュの視線をだまって受け入れる。
「ほら、ちゃんとした女の子でしょ?
もう男の姿には戻れないけれど、わたし、後悔はしてないから……」
コシンジュはそれを聞いて顔をそむけた。
「わかった! わかったからっ! 何か着ろよっ! もういいからっ!」
「わかってる。ずっとこのままでいるつもりはないよ?
だけど、きちんと見てほしいんだ……」
するとロヒインは両手に杖を持って、足を広げて正面から構えた。
「ほら、きちんと見て……」
仕方なくコシンジュが目を向けると、突然ロヒインの身体が紫色のオーラに包まれた。
杖の先から現れた無数の光が、ロヒインの身体を取り巻いている。
急に風が吹き始めた。
身をかばいながら、それでもコシンジュは風の根元から目を外さない。
やがて風が止み、光も消えると、少しだけ別の姿が現れた。
ロヒインは新たな衣装を身にまとっていた。
しかしそれはスターロッドが来ていたものと同等のものを思わせた。
肌はほとんど露出している。まるで下着姿のようだ。
胸元は黒いベールでおおわれ、ななめがけの生地の下から胸の形が大きくはみ出している。
丸くカーブを描くとても整った胸だ。
下のパンツは、これまたきれいなカーブを描く腰のラインがあらわになっていた。
隠れているのは肝心の部分だけで、それをローレグとハイレグの2つの紐だけが支えている。
もし4つの紐がすべてちぎれてしまったらどうなるのだろう。
手足には短めのグローブとロングブーツをまとっている。
ヒザ下まで伸びるブーツは、密着してそのしなやかさを如実に表していた。うっすらと施された流れるような装飾も美しい。
背中には長いマントをはおり、飛び出た襟が顔の横までまっすぐ伸びている。
衣装だけでなく、ロヒインの体つきも変わった。
先ほどはスレンダーな体系だったのに、いまは胸とヒップがだいぶ大きくなっている。
スターロッドほどではないが、はっきりとナイスバディと呼べる官能的な体型だ。
ウェーブがかった髪も若干伸びている。
マントのえりから大きくはみ出し、胸元までかかるほどになっている。
頭の左右にはそれまでなかった小さな角がカーブを描き、クロワッサンのように頭に張り付いている。
瞳の赤い輝きとともに、彼女が改めて魔族になったという事実を証明させていた。
新しい装いに見とれていると、ロヒインがおもむろに杖を突き出した。
紫色のオーラに包まれたそれは、徐々に姿を変えていくと、上に向かって長く伸びた。
それは紫色の刀身を持つ剣だった。
あまりに長すぎる剣には、ところどころ節のような切れ目が入りこんでいる。
それを斜めに振りかぶると、ファルシスの剣のようにやわらかくしなってやや遅れて大地に突き刺さった。
「さあっ! よく見るがいいっ!
これがわたしの魔族としての姿だっ!」
真剣な目を向けるロヒイン。
目にはうっすらと涙をため込んでいる。それを見て気付いた。
彼女だって、このオレを傷つけたくないに決まっている。
それでも戦うと覚悟を決めているのだ。
あきらめ半分、残りは彼女の思いを受け止めたいという気持ちで、コシンジュはゆっくりと棍棒を背中から引き抜いた。
「ようやくわかってくれたようだなっ! そうだ、それでいいっ!」
ロヒインが剣を持ち上げ真横に振ると、コシンジュはとうとう棍棒を正面に構えた。
「勇者コシンジュッ!
魔王ファルシスの侍従として与えられたこの魔導の力、見せつけてくれようっ!
とくと味わうがよいっ!」
次の瞬間、恐るべき勢いでロヒインがかけ込んできた。
コシンジュは素早く身構えると、なぎ払われた巨大剣を横に受ける。
受けながら、刀身の切れ込みが割れて剣全体がしなり、コシンジュの頭を後ろから傷つけようとする。
コシンジュは頭を前に下げてかわした。
ロヒインは一回転し、反対側から斬りつける。
コシンジュは胴体に向かってきた剣をわきに棍棒を構えることで押さえ、身体全体をひねって曲がる刃をかわす。
ロヒインは後ろに飛びすさると、かなりの距離になった。
まっすぐ突き出した剣を棍棒で防ぐと、刀身が曲がり腕をわずかに傷つけた。
コシンジュの顔が少しだけゆがむ。
「曲がる剣かっ!
たしかにやっかいだが、これだけじゃオレは屁とも思わないぜっ!」
ロヒインは剣を胸の位置でかまえる。
刀身で口元を隠し、感情のない声で告げる。
「もちろんだ。
魔剣、『大蛇の尾』の真価はここからだ」
ロヒインが上に向かって大きく剣をふるう。
そのまま円を描いていくと、刀身の割れ目が大きく割れ、中から細い鎖が現れた。
それを振りまわしていると、恐ろしい外見をした金属製のムチへと変化していく。
「さあっ! これがわたしの真の力だっ! どこまで避けきれるかっ!?」
ロヒインはムチを大きく振りかぶる。
コシンジュは向かってきた刃の破片を受け止めるが、しなるムチが後方へと回り込み、弧を描いてコシンジュの身体を取り巻いた。
片手を離してあわてて手で受け止めるが、それでも鋭い刃が両腕に食い込み、そこから少量の血が飛び散る。
ロヒインが「甘いっ!」と言って思い切り手元を引いた。
刃物が反対方向に引き寄せられたため、コシンジュの手と腕はさらに傷つき、引きつけられるように身体を回された。
コシンジュは回転しつつ、ひざまずいて動きを止める。
ロヒインが剣を高くかかげ、上から振り下ろす。
真っすぐ落ちてきたそれを棍棒を持った両手で受け止めるものの、いくつもの刃がガリガリと表面をこする。チカチカと光がおどる。
あまりの衝撃に剣が引き抜かれると同時に、コシンジュは両手を下ろしてしまった。
ロヒインが真横に剣の柄を持つと、ムチが勢い良くちぢみ、もとの切れ目の入った剣に戻った。
それをそのまま前に突き出し、コシンジュへと突進してきた。
コシンジュはそれを下からはたき上げるが、ロヒインは手元をグイと下げると、そこから刀身が伸びてまたしてもガリガリと光をまたたかせた。
コシンジュは棍棒を持ち上げられなくなり、腕を下に下げると最後の刃がコシンジュの肩を裂いた。
「ぐあぁっっ!」
顔をしかめながら、コシンジュは立ち上がりざまに棍棒を振りあげる。
下からの一撃はロヒインが横に構えた剣に受け止められる。
つばぜり合いをしながら、コシンジュは目に涙をため込んだ。相手も同じ状況だろう。
「ロヒイィィィィィィンッッッッ!」
「コシィィィィィィンジュッッッ!」
たがいの呼びかけは、濁音の混じった荒々しいものになっていた。
ロヒインが刀身の一部を外し、棍棒を挟み込んだ。
コシンジュが棍棒を引きぬけない状態にしたところで、ロヒインは刃物の一部を指で挟み、そのまま思い切りコシンジュの片方の胸に突き刺した。
普通の人間なら深く傷つけることはできないが、いまの彼女は人間ではない。
深々と刃の先がめり込み、コシンジュは痛みに顔をしかめる。
「ぐあぁぁぁぁっっ!」
コシンジュの身体から力が抜けた。それを見逃さず、ロヒインは剣の柄を思いきり引いた。
力を込めて握っていたはずの棍棒はいとも簡単に奪い取られ、遠くに投げ飛ばされていく。
コシンジュはまだ痛みをこらえている。
すると胸のあたりに衝撃を受け、身体が勝手に後ろへと倒れた。
気がつくと、自分ののどもとに鋭い切っ先が向けられている。
長い長い刀身の先には、ものすごい形相のロヒインの顔があった。
コシンジュは怖くなり、倒れたまま両手を頭の横の地面についた。
「……降参」
ロヒインは顔の力を抜き、剣をどけると立ち位置を変えた。
コシンジュの真横に座りこんで、両手をかかげる。
口からはわずかにしか聞こえない呪文の声。
すると、広げた両手からぼうっと紫色の光が現れた。
それを目にして、コシンジュはぼう然と真上を見つめた。
暗雲をまたぐ赤い流星は、ほとんどなくなっていた。
「すごかったな、ロヒインの剣。
まるで素人とは思えない動きだったし、剣の威力もすごかった。
棍棒の力がほとんど及ばないなんて初めてだ……」
ロヒインの声は再会した当初のおだやかなものに戻っていた。
「剣に込められた魔力が、相手の力を鋭く削っていくからね。
それだけじゃなくて、剣のつなぎを外したりはめたりするのも自在だし、剣の軌道を思うがままに変えることさえできる。
これがファルシス様から与えられた、わたしの新しい力……」
身体の痛みがまたたく間に消えていく。
コシンジュがおもむろに目元を手でおおった。
「強くなりすぎだよ。お前、いくらなんでも強すぎだって……」
手をかざしたまま、ロヒインはうなずく。
「うん、強くなりすぎちゃった……」
その声色は少しぬれていた。
耳をすますとわずかに鼻をすすっている音が聞こえる。
気配がして顔をあげると、ロヒインが脱ぎ捨てたローブからマドラゴーラの小さい姿が現れた。
どうせ早く安全な行きましょうとか言うんだろうが、正直今は話しかけてほしくなかった。




