第37話 再会と新天地~その2~
少し離れた場所でベアールは声をひそめて話しかけた。
小さい声でも周囲にひびき渡り、ベアールはあたりをキョロキョロする。
「話があるんなら早くすませろ。時間がないんだろう」
「う~ん、そうだな。
とりあえず、魔界から帰ってきたらその剣は返してもらおう」
「なんだと? それじゃ俺はいったい何を使って生きていけばいいんだ?
また盟約の剣をにぎれということか?」
「大丈夫だって。
今度の旅が、お前らにとって最後の冒険になるんだからさ。そしたらきっとすべてが終わる。
そしたら俺のところに返しに来い。そして……」
ベアールはイサーシュの肩に手をかけようとする。
一瞬とまどったが、抵抗しても仕方がないのでされるがままになった。
「イサーシュ。お前は俺の弟子になれ」
しかし、その発言で気が変わった。
若き剣士は乱暴に相手の赤い鎧をはねのける。
「冗談じゃない。敵に教えをこう剣士がどこにいる?」
「なんじゃそりゃ?
戦争が終わったら、俺とお前はもう敵じゃないだろうが」
「俺にはチチガムと言う立派な師匠がいる。
あの人のもとでなら俺はもっともっと強くなれるはずだ」
「俺の下なら、お前はさらに強くなれるぞ?」
表情は見えないものの、その口ぶりは笑いをふくんでいる。
意気揚々と腕を組む相手に、イサーシュは小さく首を振った。
「いったい何が目的なんだ?
この俺に剣を教えて、いったい何になる?」
「その言い方、やめろ。俺に邪心があるみたいなものいいじゃねえか」
「邪心のないデーモンがいるとは信じがたいな」
「それは殿下のオヤジが植え付けた偏見だな。
実際のデーモン族は争いを好まないのんきな奴らばっかりさ。ダークエルフもそうだ」
するとベアールはヘルムに手をかけ、穴のあいた前面を上にスライドさせた。
青白い肌に、金色の瞳がまたたいている。
ファルシスに勝るとも劣らない、とても端正な顔立ちだった。
「俺はただ、お前がもっと強くなるところを見たいだけだ。本当にそれだけだよ」
「いいのか? そんなことをして。
その剣を覚えたら、俺はお前やファルシスに何かをしでかすかもしれないぜ?」
挑発的な口ぶりで告げると、相手はニヤリと笑った。
「負けないさ。俺たちは強くなったお前よりさらに強い。
俺も殿下もお前にやられるほどヤワじゃないさ。
とくに殿下は俺が剣を教えたのに、その俺をも超えちまったからな」
イサーシュがベアールとともに戻ってくると、メウノが祭壇の前でヒザを立てて祈りを捧げていた。
コシンジュがおもむろに上を見上げると、ステンドグラスの頂上には4つの丸い光が照らしている。
天界をおさめる神々を象徴とする、教会のトレードマークだ。
「メウノ、お祈りがすんだらさっそく行くぞ」
イサーシュが話しかけると、メウノは立ち上がって振り返った。
「大丈夫です。祈願は無事終わりました。
あとは天界の神々のご加護が魔界にまで届くのを祈るだけです」
「それにしても、魔界かぁ。
俺たちの故郷とはいえ、そんなところに行くのはあまりお勧めできんね。
あそこの連中は人間が嫌いだし、一部は食料だとしか思ってない」
「ベアールさん。それでも、オレたちは行くしかないんだろう?
スターロッドさまの言葉を信じるとするなら」
コシンジュの言葉にベアールはしぶしぶうなずいた。
すると突然、教会の後ろにあったパイプオルガンから音が鳴りひびいた。
全員がそちらに目を向けると、後ろ姿のスターロッドが優美なしぐさで鍵盤を操っているのが見えた。
ベアールが兜の前面を向ける。
「へえ、バアさんなりにお前らを見送ってくれるのか……
ってなんだよあの曲っ! 不気味だよっ! わざわざ不吉な音鳴らしてんじゃねえよっっ!」
ベアールは恐縮しつつ、コシンジュ達のほうを向いてスターロッドに親指を向ける。
「ま、まああのバアサンが根拠もなしにそんなことを言うとは思えねえ。
きっと何か考えてやがるはずだ。大丈夫、信じろ」
コシンジュ達もスターロッドの奏でる曲を不気味に思ってはいたが、まあ彼女だけにらしいなとは思った。
だから表情はほがらかにする。
「もちろんだ。オレたちの無事をこっちで祈っていてくれ」
ベアールがそのまま親指を勢いよく立てた。
エルゴルもうなずき、エンウィーが進み出た。
「マージから言づてが。
『多忙につき見送りはできないが、みなが戦果を持って無事魔界から戻ってくることを祈っている』、と」
コシンジュがうなずくと、エンウィーは祭壇の前まで進み出て、ふところからまた何かを取り出した。
それはペンダントのようだったが、ネックレスからのびる飾りがあまりに大きすぎる。
金の装飾に赤と緑の宝石がはめ込まれたそれを同じ形のくぼみに押し当てると、がたんと言う音を立てて祭壇がスライドしていく。
「皇家がこの城を脱出する際に、もうけられた隠し扉のひとつなんです。
こうした裏口は城じゅうにありますが、いまわたしが手にしているこの印章がなければ何1つ開けることはできません」
振り返ったエンウィーが、顔に満面の笑みを浮かべる。
「さあ、お急ぎください。
火山にてロヒインさんが首を長くして待っていますよ」
「ありがとう、エンウィーさま。
ここまで尽くしてくれて、本当に感謝してるぜ」
「うふふ。
礼はいいんだけど、その妙な言葉づかいはおよしくださいな」
コシンジュは照れくさくなってネヴァダ親子を見た。
2人とも離れがたいと言わんばかりにいまだに抱き合っている。
「ネヴァダ、気持ちはわかるがそろそろ時間だ」
チチガムにうながされると、ネヴァダは名残惜しげに少し離れると、ヒザを立てて娘と視線を合わせた。
「ゴメンね。
あたし、どうしても行きたいの。どうしてもみんなを助けたくて」
ブレベリはニッコリといきおいよくうなずく。
「うん、アタシ、ママの帰り待ってる。
大丈夫、マージさんと一緒にいれば大丈夫だから」
名残惜しげに離れると、振り返ったネヴァダは決意を顔にみなぎらせた。
「行こう。魔界へ」
全員がうなずくと、横に並んだ見送りの4人がいっせいに片手をあげた。
コシンジュ達は彼らに手を振り、祭壇の奥の暗がりへと入りこんでいった。
どこまで続くかわからなかった暗がりを抜けると、奥に光のようなものが見えた。
いびつな光の中には入りこむと、まぶしさとともに一気に視界が開けた。
雲間からいくつもの光芒が差し込み、灰色の大地を照らしている。
いびつな形をしたテーブルが並んでいるかのような荒野は、光に照らされはっきりとした陰影を浮かべている。
並び立った8人は、しばらくその雄大な光景に見とれていた。
「火山はかなり先のほうだ。旅はまだまだ続くようだな」
父親のつぶやきに、息子はしっかりとうなずいた。
「大丈夫。休みはしっかりとれた。体調はバッチシだ!」
コシンジュがそう言って斜面を下りていくと、仲間たちはあとに続いて坂を下りて行った。
勇者たちの新たなる旅が、いまここから始まる。




