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おまけ2 ゾドラ初代大帝・クリードグレンに関する著述

~デーモン族・ベアール親方ならびに第2代ゾドラ大帝エンウィー陛下の侍従(じじゅう)

 エルゴルより魔王ファルシス殿下の御為(おんため)に、ここに記す~





 以前から殿下が興味を示されていた、ゾドラ帝国初代大帝クリードグレンなる人物につきまして。

 その人柄を間近で見てきたわたくしめが見聞してきたことをここに記し、ご報告させていただきます。


 もっとも完全無欠たる殿下にしてみれば、わずか数十年しか生きられぬ人間の一生など、取るに足らぬことでありましょう。

 しかしこの人物の経歴をたどるとなかなかに興味深い軌跡(きせき)をたどることができ、殿下のこれからの知略にも大いにご参考とすることができると思われます。





 彼の人物像を簡潔(かんけつ)に述べるのなら、クリードグレンは様々な才覚の集合、と評することができるでしょう。

 性格はいたって清廉潔白(せいれんけっぱく)、見識もまことに優れており、武略のみならず政治、経済、そして文化に関しても深く精通しております。

 人心を掌握(しょうあく)する術も心得ているうえ、その豪放磊落(ごうほうらいらく)に見える言動は多くの者の心をつかみ、声をあげれば弁舌も非常に巧みです。


 これだけでも非常に稀有(けう)な人物であるのですが、恐ろしいことに彼は武勇にいたっても非常に才能豊かな人物なのです。

 特にその肉体の胆力(たんりょく)は、殿下の亡き父君の残された「破魔の装備」一式を人間として初めて身につけられたことからも明らかです。


 彼はそれのみならず、すぐれた判断で戦況を見極め、時には自ら戦場に足を踏み入れました。

 卓越(たくえつ)した剣の使い手でもあり、身のこなしにも非常に長け、負った傷は同期の戦士の中で最も少なかったと言われております。

 ありとあらゆる才能に恵まれ、ましてや天運にも恵まれたからこそ、彼は史上初めて人の身で1つの大陸を制覇(せいは)することができた、と言えるでしょう。

 多くの臣民に愛され、多くの敵から恐れられた彼の人生。

 通ずるところがある殿下でも、その生涯(しょうがい)に着目される必要があると思われます。


 もっとも、ゾドラには彼の生涯を精緻(せいち)につづった、「大クリードグレン伝」なる書物が編纂(へんさん)されております。

 しかしこれはおおよそ10巻に渡る壮大な記録書であり、おいそがしい殿下にはなかなか目を通しづらいものでありますので、ご参考までに。

 これより先は、わたくしが見聞したクリードグレン氏の簡単な略歴について記させていただきます。





 もともと高貴なる血筋を引かれておられる殿下とは違い、クリードグレンはごく普通の平民の家に生まれております。

 もっとも平民とはいってもそれなりに裕福な家庭で、若干広めの土地を持ちごく少数の下郎をかかえていました。

 彼はそうした環境の中で平穏無事な幼少期を過ごしていたそうです。


 ですが、彼が生まれ育った地は南大陸の南東地方。

 数ある大小の国家がしのぎを削り、戦乱に明け暮れておりました。

 クリードグレンのすむ小国も戦火をまぬがれることはできず、やがて彼の生家も炎に包まれました。

 これによりすべての資産と下郎たちを失い、一家は各地をさまよう難民のひとつとなりました。

 この時まだ幼かったクリードグレンの心中に、終わることのない国同士の争いに対する、強い怒りが生まれたものと思われます。


 しかしそれは、かつて南大陸にすむ者たちが人生に1度は体験していたものです。

 むしろ肉親を失うことがなかった彼は運がよかったと言えるでしょう。

 そんなクリードグレンが幾多(いくた)の武将より突出していたのは、やはりその才覚の豊かさにあると言えるのではないでしょうか。

 ゾドラ城内で政務にいそしむ高官の中に、彼の幼なじみがいました。

 その者の話を聞けば、幼少期のクリードグレンは多少利発的ではあるものの、その後の活躍が想像できないほどのおとなしい性格だったそうです。


 彼の才能が開花したのは、近隣(きんりん)で名をはせた傭兵(ようへい)団に入り、(きび)しい訓練を受けたことが大きいでしょう。

 この傭兵団はそもそも長く続く戦乱の中で、(ほろ)ぼされていった国々の騎士たちが集って結成されたものです。

 そのためよく知られている一般的な傭兵団とは違い、規律が厳格(げんかく)で入団者を幅広い年齢から募集(ぼしゅう)をかけ、なおかつその面倒見もいいことで庶民からも大変評価が高いものでした。

 少年期を迎えていたクリードグレンがこの傭兵団に入隊したいと言った時、当然のごとく家族は反対しました。

 しかし当時の一家が貧しいと言っていいほどの暮らしであったこと、父も息子と同じ平和への思いをかかえていたことから、結果的に入隊を許可しました。


 この傭兵団では各種武芸だけでなく、希望者には兵法(ひょうほう)を教えることもあったそうです。

 若きクリードグレンはその両方を学び、団長すらおどろくほどの吸収ぶりを見せたということです。


 このようにして様々な知識、技術をたくわえたクリードグレンが考えたのは、この先いかようにして群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)する大陸を平定するかという道筋です。

 彼は他の傭兵たちのように、自らが属する地域だけを守ればよいとは考えなかった。

 彼の野心はあくまでも南大陸の平定であり、最初からそれのみを考えていました。


 彼が地元を離れ、北西にある大穀倉(こくそう)地帯を目指したいと言った時、団長はずいぶんおどろいたのだと記録では書かれています。

 それでもどうしても地元からは離れられない団長は代わりに希望者を(つの)り、彼に同行する者たちを選びました。

 結果としてクリードグレンは百人規模の新たな傭兵団の長となったのです。





 こうして生まれ故郷を離れ、彼ははるばる大陸の南東から北西にかけて仲間とともに出発しました。

 途中資金と功名を稼ぐために幾多の戦乱に参加し、いくらかの成果をあげました。

 そのたびに同行した部下を次々と失いましたが、同時にクリードグレンの目覚ましい活躍はかなりの評判となったようです。

 特にクリードグレン自身の評価が高かった。

 戦略を立てれば必ずと言っていいほど成功し、自ら戦場におもむけば必ず名のある武将の首をあげて帰ってくる。

 彼を(やと)ったものは喜びと同時に畏怖(いふ)の念を持って褒賞(ほうしょう)を与えたそうです。


 そのため、彼を正式な武官として採用したいと言う君主たちはなかなか現れませんでした。

 しかしこれはクリードグレンにとっては好都合。

 彼は諸国の評価を高めながら意気揚々と目的の地へとたどり着くことができました。


 彼がこの地で最初にしたことは、とある領地において反乱をおこさせることでした。

 彼は大穀倉地帯においてもっとも悪名高い領主を成敗するため、不満を持っていた領民たちを先導し、その首を討ち取ってなり変わることにしたのです。


 この時、彼が率いていた傭兵の数は、わずか数千。

 それに不満を持つ領民たちを足しても、対する勢力の3分の1にも満たないものです。

 ですが、彼はこの戦いに確実に勝利できる算段を付けました。

 しかしその作戦は領民たちにとってはおどろきのものだったようです。


 彼が参考としたのはいまこれを読まれておられる、ファルシス殿下の父君と相対された、前勇者と同じものです。

 まずは傭兵・領民連合軍が一気に武装発起(ほっき)し、敵軍を引きつける。

 その間に手勢が少なくなった領主の館に選抜された精鋭たちが乗り込み、一気に決着をつける。

 領民がおどろいたのは、館に乗り込むのはクリードグレン自身とわずか数人足らずだけだということです。

 領民はその提案に(あわ)てふためきましたが、傭兵たちはおどろかなかった。

 彼らはクリードグレンの戦いぶりを十分に見知っており、何の不安も抱いてはいませんでした。


 結果は部下たちの予想通り。

 屋敷内には多数の護衛がいたにもかかわらず、クリードグレンは領主を討ち取りました。

 むしろ大軍を引きつけていた主力軍のほうが被害は大きかったというくらいです。


 しかしこれで、クリードグレンは一国一城の(あるじ)となりました。

 彼は領地に新たな城を築き、このまま版図を拡大するものと思われましたが、彼自身の思惑(おもわく)は違いました。


 クリードグレンはその地で討ち取った領主とは正反対の、良識的で才能豊かな小君主に目をつけていました。

 のちに帝国の3将軍の1人となる、メトラ公国のラシリスです。

 ラシリスもまた、はるか南方からやってきた新参の武将にかなり注目していました。

 もし敵に回すことになればやっかいな相手になる。

 そう見ていたラシリスは同盟を組みたいとの申し出に、むしろ我が意を得たりと考えていたようです。


 ラシリスは知勇に優れた名将ではありますが、諸国が乱立する大穀倉地帯では思うような戦果があげられませんでした。

 なにしろそこは南大陸全般の食糧庫、もし戦果が田畑に大きな被害が及ぶことになれば、それを引き起こしたものは近隣諸国のみならず、大陸全土を敵に回すことになります。慎重にならざるをえません。

 クリードグレンとラシリスにとっては、たがいに信用できる相手と同盟を組むことは願ったりかなったりといったところでしょう。

 実際、ラシリスはクリードグレンに何度も接見することができ、彼の将来的な展望に深く感銘(かんめい)を受けたということです。

 クリードグレンのほうから足しげく通うこともラシリスをいたく感服させました。

 その才気に、ラシリスは将来自分を追い抜くことを予感させますが、彼は実際にそうなったしても後悔はしないと当時から覚悟していたようです。


 強力な味方を得たクリードグレンに、恐れるものはなにもありません。

 冬は大規模な戦闘で、それ以外の時期は様々な策略(さくりゃく)で、彼は大穀倉地帯を次々とたいらげていきました。

 この時クリードグレンは青年期の終わりに近付いており、私生活ではラシリスの遠縁を妻に迎えました。

 決して身分の高い人物ではありませんが、クリードグレン自身も平民出身ゆえ、相思相愛で夫婦の(ちぎ)りをかわしました。

 これがのちに亡き初代皇后となる方であります。彼の(きさき)への愛は生涯(しょうがい)変わることがありませんでした。





 次第に版図が拡大するにつれ、彼の王国は近隣諸国の脅威(きょうい)となっていきます。

 クリードグレンの援護を受けてラシリスの領土も拡大しているとはいえ、残る諸国が一丸となって敵になっては危うい。そう考えた彼は次の戦略に打って出ました。

 これこそ彼にとって本命とも言える、ゾドラ城の完全政略です。

 南大陸には迷信めいた伝承があり、ゾドラ城にある亡きタンサ殿下の残された「破魔の装備」を身につけたものが、大陸の覇者(はしゃ)となると言われております。

 クリードグレン氏は見識の深さゆえいささか現実的な考えの持ち主でしたが、そんな彼でさえこの伝承に(そむ)くことは出来ないようでした。

 いや、むしろ彼は少年期からそれを大陸平定の政略に組み込む覚悟があったようで、彼自身が日々課した肉体の鍛錬(たんれん)もすさまじいものであったようです。


 彼が支配する穀倉地帯と、ゾドラをつなげるためにはその南方にある湿地帯をおさめる必要がありました。

 こちらも様々な国家が乱立していましたが、有力な1国家が勢力を拡大しつつあり、クリードグレンはこれに目をつけました。

 この君主はラシリスとは違い、武勇には優れますが横暴な人物ではありました。

 しかしクリードグレンは持ち前の弁舌で巧みに相手に近寄り、彼と敵対する勢力を討ち取ると約束したのです。


 彼が提案したのは大規模な遠征でした。

 しかしそうすればいまだ政情不安定な母国の警備がおろそかになり、敵国に狙われる心配があります。

 それでもクリードグレンには確証がありました。


 この時、クリードグレンのもとには大陸各国から優秀な武将が集まりつつありました。

 ファルシス殿下もご存じの、宰相(さいしょう)グラトーニ、魔導師スローラス、当時は道化師として近づいた暗殺者アンカーもそうした者たちでした。

 この時プラードはまだいち下士官(かしかん)にすぎず、側室となるララストもいまだ南方の小国にいました。


 この中に、当時としてはまだ無名の軍師、マージの姿もありました。

 彼は少数民族出身ゆえひどい差別を受けており、卓越(たくえつ)した兵法論を持ちながらも諸国の君主たちに相手にされませんでした。

 しかし先見の明あるクリードグレンに偏見(へんけん)はありません。彼の巧みな弁舌にいたく感心し、自らの参謀(さんぼう)に加えたのです。


 もっとも彼の才能をさらに高く評価したのは、クリードグレンよりもラシリスのほうだったようです。

 当時すでにクリードグレンの参謀となりつつあったラシリスはいち早くマージの才覚を見抜き、クリードグレンを説得して彼を将軍の座にまで引き立てました。

 グラトーニからは不満の声もあがりましたが、これもラシリスが説得して事なきを得たようです。


 こうしてマージの実力を認めたクリードグレンは、国の守りをあえてマージ1人に任せることにしました。

 これにはマージに功績(こうせき)を与え、周囲に認めさせたいという考えもあったそうです。

 その一方で万が一のことがあっても、マージに責任をとらせれば周囲の不安も丸く収まる。そうした冷徹(れいてつ)な考えもあったようです。


 結果、クリードグレンが遠征に成功したのもさることながら、マージも見事に領土を守りぬきました。

 マージは豊富な戦術の知識をいかんなく披露(ひろう)し、寡兵(かへい)でもってあらゆる敵を妨害することができたようです。

 当時のマージの活躍はもはや大陸じゅうで語る者がないとすらいわれており、現在でも彼の最大の功績となっております。


 しかし、これに恐れをなしたのが湿地帯の同盟君主でした。

 次第に真価を発揮していくクリードグレンの才覚と人望に、自身も破滅(はめつ)に追いやられるのでは考えたようです。

 徹底(てってい)的な亀裂(きれつ)が入る前に、クリードグレンが先手を打ちました。

 マージが巧みに相手を誘い出し、両国の境にて会食を開きました。

 そこでひそかに調理場に忍び込んだ暗殺者アンカーが毒を盛り、横暴な君主を死に至らしめてしまいました。

 君主を失い、混乱する敵勢力。

 そのスキにクリードグレンは巧みに領民たちにとりいった。

 もともと彼らには主君への忠誠心などひとかけらもない。対するクリードグレンは名将であるだけでなく、良心的な名君でもある。

 彼らがクリードグレンに逆らう理由はひとつもありませんでした。





 彼がたいらげた国は規模も大きかったため、湿地帯を攻略する不安もなくなった。

 今だひそかに牙を研ぎ澄ます穀倉地帯の敵勢力に不安を抱きながらも、クリードグレンはゾドラ城を目指し、湿地帯を征服していきました。

 その前に、彼の前にはもう1つ乗り越えなければならない壁があった。

 当時から黒鋼(くろはがね)の製造で有名だった、パンカレの街です。


 大火山地帯の風下にあるパンカレの街は周囲を厚い灰の壁のおおわれ、その守りは堅牢。

 しかし自力で食料をまかなうことはできないため、勢力としては完全に中立地帯だった。

 それが何者かが城を制圧することになれば、パンカレの街は穀倉地帯からの供給を断たれ、街は困窮(こんきゅう)することになる。

 ゾドラの城を制圧することは大陸の多くの猛者(もさ)たちにとっては夢でも、パンカレの住民にとってはいい迷惑(めいわく)だったのです。

 ここでクリードグレンは自身が「生涯最大」と呼ぶほどの試練にさらされることになる。

 このまま自領にもどり、あくまでも版図を広げる道に出るか。

 それともパンカレの周辺国に遠征(えんせい)し、ゾドラ周辺を(おお)う暗雲を断つか。

 彼はかなり悩んだようです。


 結果、彼はおどろくべき行動に出ました。

 クリードグレンは単身、平民になりすましてパンカレに入ったのです。

 国を完全に側近たちに任せ、完全な放浪者と化した一国の主を、パンカレ住民たちは城の見学が目的の単なる旅行者としか受け止めなかった。

 もう彼には、たった1つの方法しか残されていなかった。

 一刻も早く黒き鎧を身にまとい、自身が大陸の覇者たる器だと証明するしかなかった。


 住民たちに全く引き留められることなく、クリードグレンは当時まだ荒れ果てたままだった城の中に入った。

 今は3将軍の会合場所となっている中央塔にたどり着くと、そこには当時の面影を残したままだった黒の装備一式が、待ちかねたように鎮座(ちんざ)していました。

 日ごろから厳しい鍛錬を続けていたクリードグレンでしたが、城からなかなか出ることはかないませんでした。

 年齢的には老成しているとも言っていい時期で、今さら肉体を鍛え直すには遅いとも言えました。

 装着にはかなり苦労したと思われます。


 ラシリス、マージをはじめとした側近たちの守りで国は安泰でしたが、次第に彼の不在を恐れる声が聞こえはじめた。

 側近たちが国民たちを納得させるのにやがて疲れ果てたとき、城に知らせが届きました。

「パンカレの街に、黒き騎士があらわる」

 側近たちは馬を走らせ、すぐにパンカレに向かいました。

 街にたどり着き、彼らの目の前に現れたのは、すべての装備をまとったクリードグレンの姿だったのです。





 破魔の鎧をまといし、大陸の覇者あらわる。

 この知らせは大陸の外にまで飛び火し、あらゆる国々を騒然(そうぜん)とさせました。

 大陸が1つの意思にまとまれば、海を(へだ)てた国々までも脅威にさらされる。

 多くの国がそう考えたようです。


 もっともクリードグレンの野望はあくまでも大陸の平定であり、海の向こうの世界に興味はあってもそれを治めようとする考えはなかった。

 魔王殿下でもあるまいし、余命短き人の身でできることは少ないと、彼自身は考えていたようです。

 また南大陸とは違い、実り多く争いが少ない北大陸を攻めたてることは損をすることはあっても得るものはない、ということもしきりに口にしていました。


 この時、クリードグレンに対し大変な興味を抱いていた者がいました。

 北大陸中央に座すランドン国王、マグナクタ5世です。

 当時彼は民衆を扇動(せんどう)した革命に成功したばかり、まだ政治権力を放棄(ほうき)して評議会を打ち立てる前でした。

 しかしまだ若き彼はクリードグレンの人物性に大変な興味を持ち、北大陸の中央からはるばる海の向こうの覇権国家をわざわざ訪ねたのです。

 一方クリードグレンのほうも北の地において本格的な民主政権を打ち立てようとしているこの人物にかねてから着目し、その訪問をこころよく歓迎(かんげい)しました。


 マグナクタ王は相手の治世に関してよくわきまえているようでした。

 ランドンの友好国であるストルスホルムもまた大国であり、広大で不安定な領土を平定するためには中央集権国家にせざるを得ないことを十分理解していたからです。

 そのことを大帝に告げると、自身もできうることなら国民たちの意見を分け(へだ)てなく取り入れる手法がないかと、マグナクタ王と意見をかわしあったそうです。

 そして1つの約定(やくじょう)を取りつけました。

 もしクリードグレンの国が危機にひんする際は、ランドン国は諸国の支援を要請(ようせい)し、救援にかけ付けると。

 マグナクタ王はこの人物こそ南大陸を平定するのにふさわしい人物だと見極めたようです。





 権威(けんい)たる黒き鎧と、海のかなたからの支援。

 ますますその地盤(ぢばん)を強固なものとしたクリードグレンは、いよいよ大陸全土の平服に乗り出しました。

 比較的友好的な国家には言葉巧みに同盟を結び、内側から吸収していき、敵対する国家には圧倒的な武力で制圧。

 以前のものとは比べ物にならないほどの勢いで、クリードグレンは大陸の覇者となる筋道を着実に歩み続けていきました。


 ここにきて、彼が以前から考えていた筋道が実を結びます。

 破魔の鎧と言う絶対的な権威にひれ伏し、北の大穀倉地帯も、良質な黒鋼の産地でもあるパンカレの街もクリードグレンは手中にしました。

 これらさえあれば、脅威(きょうい)となる周辺国はなにもなくなるのです。

 クリードグレンが傭兵団で学んでいたころから考えていた戦略が、長き時を経て現実のものとなったのです。


 もう止める者のない破竹の勢いで大国家となった末、ついにクリードグレンはゾドラ帝国を打ち立て、初代大帝を名乗りました。

 長年大陸の覇者を待ち望んでいた国内の人々の中に、もはや逆らう者はほとんどいませんでした。


 しかし、彼には最後の試練が待ち受けていました。

 敵対する国家にしてみれば、ゾドラの勢いに押され取り込まれるか、それともつぶされるのかを待つだけの日々。

 かつてはいがみ合っていた残された国々が、最終的には同盟を結んで、1つの強大な敵となって立ちはだかったのです。


 ゾドラ帝国にとって、完全に大陸全土を平定するための最後の戦いです。

 大穀倉地帯と黒鋼の産地を押さえているとはいえ、敵はなおも強大で、結束も固かったようです。

 決して油断できる相手ではありませんでした。


 大火山地帯から外れた南東に、大平原があります。

 さらに向こうにはクリードグレンの生まれ故郷もあるこの地が、大陸の覇者を決める最後の戦場となりました。


 しかしこの戦いこそが、大帝クリードグレン、並びにゾドラ帝国にとって、大いなる悲劇の幕開けとなることは、ゾドラの中には誰も予想するものはありませんでした。





 2つの勢力は、連合軍のほうが多少上。

 しかしゾドラにはいくつもの強みがありました。


 この戦いを迎える前に、大帝は国中から猛者(もさ)を集め、騎士団を編成しています。

 それこそがいまでは他大陸までもが恐れをなす、「黒鋼騎士団」です。

 火山地帯から産出されるアダマンタイトをかけあわせた強靭(きょうじん)な黒き鎧と、大帝への心からの忠誠により磨き上げられた統率力。

 まずはこれをもって相手の軍勢を正面から突破します。


 これに危機を察した同盟軍は、あわてたように軍を左右に分けてゾドラ軍を包囲しようとします。

 しかしゾドラには優秀な指揮官が何人もいます。

 ラシリス、マージに加えまだ若かったプラードも大帝のもとで腕を磨き、前の2人に続いて3将軍と呼ばれるほどの地位にまでのぼりつめました。

 彼らは騎馬隊をすばやく動かし、まわりこもうとする敵軍の騎馬をはるかに上回る勢いで次々と打ち破ります。

 それでも衰えない敵に対しては、グラトーニ率いる遠距離射撃部隊と、スローラス率いる魔術師団が完膚(かんぷ)なきまでにたたきつぶします。


 おそいかかる軍を打ち払うと、ゾドラ全軍が動きます。

 しかし全力ではありません。少しずつ、しかし着実に。

 後方に退陣していった敵軍は、気付かぬうちに後方を大河に挟まれてしまうのです。


 満を持して、全軍、一斉突撃。

 逃げ場を失った敵軍を、ゾドラ軍は徹底的に追い詰めます。

 対する連合軍はもともと一枚岩ではなく、つぶされないうちに白旗をあげる者たちも多く出はじめました。


 あともう少しの勢いというところで、その悲劇は起きました。

 この時、クリードグレン自身も前線におもむいていました。

 ここまで述べていた通り彼自身が戦の達人で、なおかつ全身にいかなる攻撃も寄せ付けない黒き鎧をまとっているゆえ、彼にかなう者など誰もいなかったのです。

 本人も周囲も、もはや大帝は無敵だと信じ込んでいました。


 ですがファルシス殿下がご存じの通り、この純正のアダマンタイトの鎧には、ヒザの側面にたった1つ、わずかな傷があります。

 言うまでもなく、鎧の前の持ち主であった殿下の亡き父が、勇者と戦った際に神々の棍棒によってつけられたものです。

 このひび割れの中を矢で射ぬくには、よほどの条件が整っていなければ不可能です。

 それほど、このすき間はわずかなものだったのです。


 不幸にもクリードグレンは、このわずかなすき間から矢を受けてしまいました。

 調べたところによるとこの矢が当たったのは本当に偶然で、かろうじて生きながらえた弓兵は狙って放てるようなものではないと後述しております。

 しかし戦自体はゾドラ軍の全面勝利。

 この瞬間、クリードグレンは南大陸を余すところなくすべて平定することに成功したと言えます。





 長い月日を経て、しかしたった1代で南大陸征服を果たしたクリードグレン大帝。

 国家権力のすう勢にはまったく関心のない大勢の人々は歓喜(かんき)し、絶対的な権力の登場に改めて大きな期待を寄せました。

 しかし最後の戦いに勝利した瞬間から、新たなる悲劇の時代が到来していたという事実をいったい誰が信じることができるでしょうか。


 最後の戦いで負傷して以来、少しずつ体調をくずしていったグリードグレン。

 やがて政務の場所に顔を出すことも少なくなっていき、信頼できる側近たちに任せることも多くなっていきました。

 それでも後継者たる皇子たちが着実に育っていけば、帝国はこれからも安泰、のはずでした。


 全土平定からわずか数年後。悲劇は突然訪れました。

 2人の皇子と、その母である皇后(こうごう)が食中毒に倒れ、この世を去りました。

 いえ、今ではこれがのちに「5人の権力者」と呼ばれる者たちが結託(けったく)し、彼らに毒を持った事件であることが明かされています。


 側室ララスト、将軍プラード、宰相グラトーニ、宮廷魔導師スローラス、そして宮廷道化師にして、諜報(ちょうほう)局長のアンカー。

 この5人は日々弱りゆくクリードグレンを見て大帝国への幻想が冷め、あり余る富と権力を簒奪(さんだつ)して意のままにすることをたくらんだのです。

 このときたまたま席をはずしていた大帝の末子エンウィーは災難を免れましたが、ただ1人残された皇女である彼女に、いったいどれほどのことができるのでしょう。

 もちろんこの危機を、ただだまって見ているラシリスとマージではありません。

 彼らはせっかく築きあげた帝国の威信とエンウィーを守るため、必死に立ち向かいました。


 ところが、そんな彼らにも大きな弱みがありました。

 ラシリスはすでに高齢(こうれい)嫡男(ちゃくなん)も帝国の中では凡庸(ぼんよう)であり、頼りになりません。

 マージは少数民族の出身であるため、それを嫌う士官も数多くいたようです。

 傑出(けっしゅつ)した才能を持つ彼らですら、権力者5人が一丸となって立ちはだかれば手も足も出ません。

 結局ラシリスは北方にある元の領地に追い返され、マージは最終的には軍を飛びだして、のちにレジスタンスのリーダーにまで落ちぶれました。


 すべての障害を押しのけた権力者たちは、そこからはもうやりたい放題です。

 プラードはすべての軍を掌握し、敵対する勢力をすべて弾圧しました。

 皇后の座についたララストは大陸中の美少年をかき集め、そばに(はべ)らせます。

 グラトーニは全土から様々な食材をかき集め、毎日豪勢(ごうせい)な食事にありついた結果、極度の肥満体となりました。

 スローラスは帝国じゅうの教会・魔導院を掌握しつつ、日々の雑事をすべて部下に押し付け自身は魔導研究にひたすらいそしむようになりました。

 アンカーは諜報局をフルに活用して大陸全土にスパイを送り込み、国民を監視し思うがままに恐怖を与え続けました。


 南大陸に、第2の暗黒時代が訪れたのです。

 5人の権力者の下で官僚たちも腐敗に手を染め続け、そのしわ寄せは国民たちにのしかかりました。

 増税で貧困に(おちい)り、まともに機能しない治安体制で犯罪率が激増。

 地方に行くほど領主たちが好き勝手に横暴を利かし、もともと差別にあえいでいた少数民族はさらなる苦難にさらされました。


 当のクリードグレンはもはや満足に動くこともできず、かつて自らが招いた重鎮たちが民衆を欲望のままに虐げる日々。

 そんな毎日をただ苦虫をかみつぶす表情でながめていたのを、すでにエンウィーさまの侍従として働いていたわたくしはよく覚えております。





 しかしこの状況も、数年後には一変します。

 もうよけいなことは言いますまい。ファルシス殿下、あなた様のご来臨のことでございます。


 この記録はあなた様あてであるため、多くのことは語りません。

 それでも大陸のその後を簡潔(かんけつ)に語らせていただくならば、まずファルシス殿下は腐敗した官僚(かんりょう)どもを成敗することで国民たちの関心を集めました。

 ゾドラ城に乗り込んで、5人の権力者どもをも処断いたしました。

 途中ラシリスや大陸を訪れた勇者一行の妨害にもあいましたが、これらもやんわりとはねのけ、殿下はゾドラ制圧を難なく果たしたのでございます。


 こうして殿下はクリードグレンとの邂逅(かいこう)を果たされました。

 前大帝とどのような話をなさったかにつきましては、胸の奥にしまわれるなり打ち明けられるなり、お好きなようになさいませ。

 わたくし自身としては、のちに第2代大帝の名を冠されますエンウィー様と、クリードグレン氏の最期のやり取りに感服いたしました。

 氏は殿下が自身をも超える器であること、かよわい人間にすぎない自身と比べ永遠と言ってもいい寿命を持つ殿下に任せれば、この国も末長く安泰できるとも述べ、すべてをあなた様にゆだねるとよいとエンウィー様に告げました。


 泣きはらしながらもエンウィー様がうなずくと、心から安堵(あんど)したかのように、眠るようにして大帝は崩御(ほうぎょ)したのです。





 こうして南大陸に手もっとも偉大な傑物(けつぶつ)であるクリードグレンは、(よわい)57年の生涯を終えました。

 激しくも短い、数奇なる運命に導かれた一生、と言っていいでしょう。

 そして彼は最後の最期まで、崇高(すうこう)なる(こころざし)に生きた人物でもありました。


 ファルシス殿下、どうかこの者があなた様に託された大望、くれぐれもそのご心中に押しとどめてくださいませ。

 そして彼が願い続けてきた治世を、このゾドラの地に末永く与え続けてくださいませ。

 その生きざまを多少なりとも見聞し続けてきたこのエルゴルめからも、心よりお願い申し上げまする。

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