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第36話 終着点と通過点~その3~

 チチガムは振り返り、そばにいた仲間たちからメウノのほうに視線を移した。


「傷は深くはないが、とにかく数が多い。メウノ、治療を頼む」

「わかりました。彼の身をこちらに預けてください」


 メウノがうなずき、チチガムからやんわりとコシンジュの身をあずかる。

 安心して愛する息子をあずかることができた父親は、続いて彼が長らく使っていた武器に目を止める。


 ゆっくり立ち上がり、ポツンと置かれていた棍棒に向かって歩き出す。

 途中で邪魔をされるのではないかと心配になったが、それはそばにいる肌のあらわなダークエルフが許さないだろう。

 思わず足を止め、彼女に目を向ける。

 それにしても何という派手な格好だ。思わず注視しそうになるが、状況が状況なだけにそれを必死にこらえる。


「ところでチチガム殿。貴公がそれを扱うのは問題ないのか?

 魔物を相手に戦うのもこのあいだが初めてだっただろう?

 ましてやいきなり魔王を相手にするのだ、心配にならないと言った方が自然だと思うが?」


 チチガムは再び歩きながらファルシスのほうを向いた。

 その顔には余裕たっぷりの笑みが浮かんでいる。いや、むしろ挑発的といったところか。


「忘れたとは言わせないぞ。

 コシンジュとイサーシュに剣を教えたのは俺だ。当然2人より強いのも、俺というわけだ」


 そう言って、とうとうチチガムは伝説の棍棒を手に取った。

 夢にまで見た瞬間だが、感慨(かんがい)はほとんどない。

 すでに魔王と戦う意義は薄れているし、それでも戦うのは愛する息子を痛めつけられたことに対する、単なる意地でしかない。


 チチガムは何度も棍棒をにぎり、具合を確かめる。そして時々軽くふるう。

 一方魔王は準備ができるのをじっくりと待ってくれているようだ。ほんの少しだけ感謝の気持ちが宿った。


 よし、これで問題ない。

 棍棒は剣とは多少(おもむき)が異なるが、要は当てる角度に多少気を使う必要がないだけだ。

 正直、いつも使っている破邪のグラディウスより重量が軽い。息子の愛用の武器だから当然なのだが。


 少々小ぶりだが、チチガムは両手に棍棒の柄を持って静かに構えをとった。

 それを見てファルシスも剣を華麗な動きで振りまわし、黒いオーラを発生させる。

 息子たちが見たという巨大な剣ではなく、少し大きくなっただけのトゲが並ぶ剣を現した。

 それを相手と同じ構えをとって、対する。


「勇者の子孫、カリバーン家の当主よ。いつでもかかられよ」

「武芸にも秀でた魔族の王。相手にとって一切の不足なし」


 両者、じりじりとにじり寄る。

 突然跳ねるように2人が動き、たがいに武器を払って中央でかち合わせる。

 耳をつんざく甲高いひびき。


 そのままつばぜり合いに移行する。

 両者の腕がプルプルと震え、2つの武器がゆっくりと横に向けられていく。

 武器のあいだから黒いオーラと光のまたたきが現れる。


「おどろいたな。余の腕力に勝るとも劣らないとは。

 極限まで(きた)え上げられた肉体は魔族の膂力(りょりょく)に並び立てるのか」

「棍棒の力を借りているだけだ。

 しゃべるな。動きが少しおとっているぞ」


 それを合図に少し後方に下がった両者が、続いて剣戟(けんげき)を繰り広げ始めた。

 あり得ないほど素早い剣さばきを繰り出すファルシスに対し、チチガムもまた同じ動きでそれをいなしていく。


「何てこと。

 あんな素早い動きをしてるのに、あの男、ついていけてる……」


 ネヴァダが思わず(くちびる)に指を当てると、イサーシュもぼう然とうなずいた。


「俺もついていくのがやっとだ。

 やはり先生は違う。勇者の血を抜きにしても、あの人は天才だ」


 続いてメウノがうなずく。


「あれだけ屈強な肉体をほこっていながら、スピードや正確さも一流です。

 なにより肝がすわっている。

 よほど戦士としての何か特別な力を有しているということでしょう」

「すごい。

 剣に関しては素人のわたしから見ると、なにがなんだかまったくわかりません……」

「あのオヤジ、見たところパワーはあまり使ってないみたいね。

 自分が手死にしてる武器の魔法性能がずば抜けていることを十分理解したうえで、並はずれた反射神経と技術だけで対応してる。

 こりゃ相手のムチャクチャな動きにもついて行けるわけだわ」


 トナシェ、ヴィーシャに続き、ムッツェリが最後を締めくくる。


「あれが大陸中に名を知らしめた、剣士チチガムの武勇。

 ダメだ、使う得物は違えども、あそこまでの境地(きょうち)に到達することはできない。

 それこそ、一生かかっても追いつけるとは思えない……」


 仲間たちの声を耳にして、治療を受けるコシンジュは、ただだまっていた。

 ひたすら父の動きを凝視(ぎょうし)して、その勝利を祈るだけだった。


「フハハハハハッッ! お前は素晴らしい剣士だなっ!

 まさしく天才と呼ぶにふさわしいだろう! デーモンであるベアールとも対等に渡り合えそうだっっ!」


 ちょうどその時、後方から2人組が現れた。

 話に出てきた赤い騎士が、横から進み出て金切り声をあげる。


「おいおいっ!

 殿下とコシンジュの親御(おやご)さんがやりあってるって聞いて、来てみりゃなんなんだこりゃぁっっ!?」


 横にいる頭に折れた角を持った男ファブニーズが、腕を組みつつアゴに手を触れる。


「あの男、殿下の動きについていけてるぞ。

 相当な腕前をほこっていても、あれほどの動きはできまい。

 ベアール、殿下に獲物(えもの)を持っていかれたな」

「そんなことはいいんだっ!

 すげぇ、とにかくすげぇぞっ! これっっ!」


 しびれを切らしたファルシスが、大きく剣を払って一度後方へとしりぞく。


「遊びはここまでだ。

 少々無作法だが、余の魔王としての力を示してやろう……」


 すると、無数のトゲが並ぶ刀身から、おびただしい量の黒いオーラが現れた。

 その状態のままファルシスがもう一度突撃してくる。

 チチガムの身体が、相手の剣から放たれたオーラに包みこまれる。

 その瞬間チチガムの顔が思い切りゆがんだ。


「くそっ! なんなんだこの力はっ!

 身体じゅうがちぢみあがりそうだっ!」

「ククク、苦しかろう。

 余は闇属性。闇は恐怖と死の力をつかさどる。

 この黒き霧は相手の肉体を直接破壊する力は持たぬが、それでもこれを受ければ恐怖を感じ、相手の心を委縮(いしゅく)させるほどの力を持つ」


 そして再び剣戟(けんげき)を繰り出した。

 対してチチガムはそれを受け流すのが精いっぱいの状態になった。


「ははははっ!

 身体じゅうがこわばる状態で、どこまでこの動きについてこられるかなっ!?」


 ファルシスは楽しそうだが、それをながめる周囲は気が気でない。

 コシンジュたちのみならずスターロッドやベアールさえも、心配げにチチガムを見やる。

 ファブニーズだけが冷静に状況を見守っている。


 チチガムの身体が後方に下がり始めた。

 それを追おうとするファルシスだが、チチガムは剣を大きく振り回すような妙な動きを始めた。


 するとどうだろう。

 彼の身体を取り巻いていた黒いオーラが、棍棒から放たれる光に反応して徐々に消えさっていく。

 次第にチチガムの周囲のオーラはほとんどなくなっていた。


「なるほど、棍棒の聖なる光でわが霧を退けたか。

 なかなかどうして、賢いものだ」


 ファルシスはそれでも進み出て、チチガムと斬り結ぶ。

 先ほどは華麗に舞うかのような動きだったが、今度は圧倒的な力で叩きつけるような動き。

 チチガムは棍棒でそれを払いのけていくが、こちらも両足でしっかり踏ん張るような態勢で応戦する。


 ファルシスが後ろに下がりながら大きく剣を振ると、それを受けた棍棒が強い光を放った。

 両者がそれに顔をしかめ、ファルシスは大きくジャンプしてかなり後方へと下がる。

 あまりの飛距離に、魔王が改めて人ではないということを痛感させられる。


「今度はありったけの魔力をぶつけていくぞっ!」


 ファルシスは腕をプルプルふるわせ、剣にまとったオーラを実体化させていく。

 剣はコシンジュが2度も目にした、魔王の背丈よりも長く先がしなる獣の尾へと変わっていった。


 ファルシスが大きく振ると、なめらかな光沢を放つ床にたたきつけられ、少量の破片が飛んだ。

 ファルシスは巨大剣をそのまま頭の後ろに構える。


「一気にたたみかけるぞっ! 覚悟せよっっ!」


 ファルシスが駆け寄ってくる際に、横方向に大きく剣をふるった。

 届いているわけでもないのに周囲が思わずのけぞってしまうほどの威圧感。

 チチガムはそれをものともせず、棍棒を前に掲げる。

 すると大量の破片が飛び散り、それが彼の顔にかかってかすり傷を負わせた。


 意に返すこともなく、ファルシスは斜めから剣を振り下ろす。

 先が破壊されていなければ天井に届いていたであろう攻撃を、チチガムはどっしりと構えて待ち構える。

 衝撃がこちらに伝わるほど、強い光がそこから放たれた。

 思わずファルシスが「ぐうぅっっ!」とうめいて、後方へと下がる。

 そのスキを狙ったのか、チチガムが息に相手に詰め寄った。


「ぬおりゃぁぁぁぁっっ!」


 思い切り棍棒を振りあげると、ファルシスは己の剣を胸の前に掲げた。

 力任せに叩きつけられると、そこからまたしても大量の破片が飛ぶ。

 そのあまりの量にチチガムは思わず退くが、ファルシスはそこを狙わずに自身の剣に目を向けた。

 刀身の半分近くがえぐられてなくなっている。


「ぬぅっ! 危うく根元から折られるところだったわ。

 神の力に人の腕力が加わるだけで、これほどになるのか」


 感心しつつも破損部分をオーラで包んで修復し始め、ファルシスは剣を横に大きくふるう。


「腕力、スピード、技能、そして知性と矜持(きょうじ)、どれをとっても申し分ない。

 亡き父が相手なら、間違いなくお前が勝利していたろうな」


 最初は顔に笑みをたたえていた魔王は、しかしすぐに冷徹な表情を見せる。


「しかし余はその父をこえる者。

 余の天下を世界に示すため、たとえお前のような卓越した剣士が相手であっても、負けるわけにはいかんのだ」

「つべこべ言わず、さっさとかかってきたらどうだっ!」


 チチガムが言いきる間もなくファルシスは駆け寄って、力任せに巨大な剣を振りかぶった。

 相手もそれに応じるように、棍棒を思いきり上に振り上げる。

 どのタイミングで敵の攻撃がやってくるか、それを十分に理解した動きだ。


 その場にいる全員がかたずをのんで見守るなか、ファルシスの巨大な尾がチチガムの目前までやってきた。

 一切の動揺を見せず、チチガムは渾身の一撃をそれに叩きつけた。


「「「うわぁぁぁぁっっっ!」」」


 何人かが、それで悲鳴をあげた。

 それほど放たれた光は強烈だったのだ。間違いなく全員が目をおおっていることだろう。


 やがて光が失せると、観衆たちはゆっくりと手を下ろした。

 そして思わず息をのむ。


 ファルシスの巨大剣が、チチガムの前を通り過ぎたところでひび割れてなくなっている。

 対して棍棒を床につけたチチガムの足元に、黒いオーラに包まれなくなりかけている先端部分があった。


 剣を振り切った状態のまま、ファルシスは顔だけをチチガムに向けた。


「さすがは名剣士。よくぞここまでやった。

 あっぱれだ。余をここまで追い込むとはな」


 対してチチガムは目だけを動かし、息子コシンジュが思わずすくみあがるほどの冷たい視線を放つ。


「これで打ち止めか?

 世界を手中に収めると豪語したはずのお前の力は、この程度のものか?」


 何かふくみのある発言。

 それを聞いて、ファルシスは思いきり口の端を吊りあげた。

 その表情もまた周囲を震え上がらせるには十分なものだった。


「よくぞ見抜いたな。いかにも。

 そう、余の真の力が放たれるのは、ここからだ」

「おい、まさか『あれ』を出すのか?

 俺でさえ一度しか見たことがない、あの『真の力』を見せるのか?」

「確かに今のままでは、殿下に勝ち目はない。

 しかし『あれ』を使われては、むしろ相手の方が心配だ」


 ベアール、ファブニーズが口々に言葉をつむぐ。

 最後にスターロッドが腕を組みながら真剣な目を向けた。


「ファルシス、手加減してやれよ。

『あの力』は強すぎる。思わず勇者の父親に深手を負わせることがないようにな」

「わかっている。

 むしろどう加減してやろうかと考えているところだ」

「あの力、あの力っていったい……ううぅっっ!」


 言いかけたトナシェが両手で口をふさいだ。

 ファルシスはあろうことか、先の折れた剣を自分の胸に突きつけたのだ。


 しかし無数のトゲは彼の身体を貫くどころか、むしろ飲み込まれるようにしてゆっくりと溶け込んでいく。

 次第にその肉体に変化が現れた。

 ファルシス全身の鎧や服から、なにかが飛び出してそれを(おお)い隠していく。

 やがてすべての服がトゲに飲み込まれると、そこには全身トゲだらけの人の形だけが残っていた。


 しかし、それすらも次第に形を成している。

 元の魔王よりも少し大きくなったそれは、どこかで見たことのあるような形へと姿を変えていった。


 コシンジュが思わず、「ギンガメッシュ……」とつぶやいた。

 冒険に旅立つ前に最初の相手になった、2足歩行の巨大な獣の姿をほうふつとさせた。


 違うのは、全身が無数のトゲにおおわれているということ。

 毛の代わりにトゲがその役割を担っており、逆立つような毛皮におおわれた獣のようにも見える。

 そして一切のムダな肉のない均整(きんせい)の取れた体型、逆関節の足に上半身がほぼ前のめりで、肩の部分が異様に筋肉でおおわれた姿をしているにもかかわらず、思わず見る者を恍惚(こうこつ)とさせてしまう。


 ひときわ数多くのトゲでおおわれている首周りの先に、少し鼻が突き出したオオカミのような表情がある。

 そこからのぞく瞳は鋭く、爛々(らんらん)と赤い光を放っている。


「『暗黒獣ファルシス』……久方ぶりに見る。

 この完璧な体躯(たいく)、放たれる神々(こうごう)しさ。

 この姿となった奴に打ち勝った者は誰もおらぬ。誰も……」


 深刻そうにスターロッドが言うやいなや、獣は片手を顔の横に掲げ、大きく広げた。

 そこにはありえないほど先がとがった爪が並んでいる。


 息をのみ、チチガムは棍棒を構えた。

 オオカミの顔がニヤリと笑うと、その姿が一瞬で消えた。


 気付いた時にはチチガムの目の前まで来ていた。あわてて棍棒をふるったチチガム。

 しかしそれは空を切っただけで、いつの間にか飛び上がっていた獣が()を描きながら後方へと舞い降りる。

 着地するなり獣は逆関節の足を突き出し、半円を描いてチチガムの両足を払う。


「のあっっ!」と叫ぶだけで見事に後ろ向きに倒れたチチガムの眼前に、先ほどの鋭い爪が突きつけられた。

 チチガムが横を見ると、オオカミの表情がニヤリとしている。


 獣の爪は動いたが、チチガムの胸を貫くことはなく、むしろ丈夫な革の鎧をつかみ取った。

 重いはずの偉丈夫(いじょうふ)の身体が軽々と持ち上げられる。


 獣は軽々とチチガムを振りまわすと、思いきり壁に向かって放り投げた。

 力強く叩きつけられたチチガムの身体はゆっくりと壁をずり落ち、やがて急速に床に落下した。

 獣はわきの位置で両手を構え、大口を開けて咆哮(ほうこう)をあげた。

 そのあまりの声量に何人かが耳をふさぐ。


 棍棒を床につき立て、立ち上がろうとしたチチガムの前に、(おどろ)きの光景が広がる。

 左右に大きく飛び跳ねる獣。

 その動きがあまりに早く、チチガムの優れた視力を持ってしてもついていくことができない。

 ついに動揺(どうよう)を隠しきれなくなってしまった。


 気がつくといつの間にか首根っこをつかまれ、思わず「ううぅっ!」と叫んでしまった。


「……どうした、声に恐怖が現れているぞ?

 北大陸一の腕前をほこる剣士が、情けない限りだ」


 獣とは思えないほど流ちょうな言葉を発する。

 それを聞いてチチガムの恐怖はますます大きくなった。


 獣は思い切りチチガムの身体を振りまわし、床にたたきつける。

 そこからさらに引きずるようにして獣は相手の巨体を軽々と押し進めていく。


 圧倒的な速さで反対側の壁にたどり着こうとしている。

 あと少しで頭部が激突する寸前で、ファルシスは軽々とチチガムを持ち上げ、反対方向に投げつけた。

 一度バウンドしつつ、チチガムの身体は何度も転がり、ようやく止まった。


 コシンジュ達が獣に目を向けると、いつの間にか棍棒を手にしていたファルシスが片手でジャグリングを始めた。

 触れればダメージを受けるはずの打撃部には一切手がかからず、器用に棍棒を放り投げ、振り回して見せる。

 一度背中側に放り投げ、反対の手を後ろに回して受け取ると、ファルシスは棍棒をチチガムに向かって投げつけた。

 それもまたバウンドを繰り返して転がり、倒れるチチガムの身体にぶつかって止まる。


「どうした。あまりに余が強すぎて、もはや戦う気も失せたか?

 お前の息子に対する思いは、その程度か」

「……言うな。言ってくれるなっ!

 お前に俺の気持ちを察する権利はないっっ!」


 チチガムはゆっくり棍棒を手に取ると、重い身体を引きずり上げるように立ち上がった。

 そしてふたたび棍棒を構えると、顔に怒気をみなぎらせ、肩を上下させた。


「死ぬ気でかかってこいっ!」


 ファルシスが両手を下にかかげると、そこから黒いオーラが現れた。

 オオカミの顔には真剣な表情が浮かび上がる。


「ぬおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 渾身(こんしん)の勢いを込めて、チチガムが全速力でかけた。

 両手で思い切り棍棒をふるいあげる。

 対するファルシスも下から黒い霧におおわれた爪を突き上げてきた。


 光がまたたくとともに、両者の攻撃が合わさる。

 チチガムが振り下ろした棍棒を、ファルシスが手のひらで受け止める形となる。


「ぐうぅぅ、ぐるるるるるるる……」


 オオカミの顔が思い切り牙をむく。

 受け止めた手のひらの中から、2,3滴の赤い血がこぼれおちる。


「ぐううううう……」「ぬぐぐぐぐぐぐ……」


 なおも力いっぱい棍棒を押しつけようとするチチガムに対し、ファルシスは上からもう1つの手を押し付けてきた。

 両手でしっかりと棍棒をにぎり、あふれだす光の刺激を無理やり抑えつけようとする。


「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……」


 うめきながら、次第にファルシスのほうが棍棒を持ちあげはじめた。

 両手からこぼれる黒いオーラはますます大きくなり、やがて棍棒からもれる光を(さえぎ)ろうかと思えるほどにまでなった。


「ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!」


 ファルシスが思い切り叫ぶと、突然チチガムの手から棍棒が離れた。

 思わず前のめりになりそうになったチチガムが急いで顔をあげると、ファルシスのふるえる片手に黒いオーラに包まれた棍棒が握られていた。


「そんな、神の光を受けて、真っ向から打ち勝つなど……」


 牙をむく獣は下に向かい、思い切り棍棒をたたき落とす。

 大きくバウンドしてチチガムから遠く離れた。

 それを見届ける間もなく、ファルシスの手がチチガムの鎧ののど元をつかんだ。


 それほど体格差があるわけではないのに、全身トゲだらけの獣は軽々とその身体を持ち上げ、そして思い切り床にたたきつけた。

 ドシン、と言う音とともに悲鳴のようなものが聞こえたが、本当にチチガムのものかどうか判別できないほどの小さな声だった。


 チチガムがこちらに顔を向けると、白目をむいてピクピクと(ふる)えるだけだった。


「おやじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっっ!」


 コシンジュが立ちあがろうとしたが、メウノがそれを必死で抑えつけた。


「終わったな。

 この世界における最高位の腕を持ってしても、余を打ち倒すことはできなかったか……」


 ファルシスがふたたび失神するチチガムの(えり)をつかみ向きを変えると、大きく身体を()り動かして軽々とこちらへスライドさせてきた。

 ちょうどコシンジュがその身体を受け止めることになり、上半身をかかげて激しくゆさぶる。


「おやじっっ! おやじぃぃっっっ!」

「大丈夫ですコシンジュッ! 失神してるだけです、あわてないで……」


 メウノの発言に何度もうなずいたファルシスは、おもむろに片手をあげた。


余興(よきょう)は終わりだ。お前たち、全員でかかってこい!」


 言われなくても、コシンジュ以外の全員が立ち上がり、それぞれの武器を取った。

 ムッツェリが思い切り振りしぼった矢じりを、ヴィーシャが銃口を獣に向ける。


 まずはムッツェリの矢がまっすぐ放たれた。

 ファルシスは軽々とそれをつかみとる。魔物の骨で造られたそれは握られた拳から放たれる黒いオーラに包まれ、溶けるように先端が折れた。

 続いて大きな轟音(ごうおん)がひびいた。

 ファルシスはそれをも見えているとばかりに反対の手でそれを受けたが、黒いオーラに包まれた手から少量の血が飛び散る。


「よしっ! 効果あったっ! このままこの攻撃を続ければ……」


 ヴィーシャが銃を二つ折りにし、新しい弾丸を込めようとした時、ファルシスが傷ついた手をごそごそと動かし、突き刺さったはずの弾丸を指にはさんだ。

 それを投げつけると、ヴィーシャの眉間に見事にぶつかる。

 額の中央を血で染めたヴィーシャは白目をむきかけて倒れ込み、それを「ヴィーシャッ!」と叫んで弓矢を離したムッツェリが受け止める。


「今度は俺たちがいくぞっっ!」


 イサーシュ、メウノ、ネヴァダがかけだしていく。

 まず最初にたどり着いたのはネヴァダ。

 回し蹴りを繰り出してけん制したあと、拳を思いきり突き出した。

 しかしそれは相手に軽々と受け止められ、逆に押し出されて大きくはね飛ばされる。


 これは陽動にすぎない。

 そのあいだにメウノが赤いダガーを突き出した。

 これにはさすがのファルシスも思わず退いたが、どこか様子がおかしい。

 相手の力が強大ならば、ダガーの先からすさまじい量のオーラが放たれるが、いまはなぜかそれがない。

 メウノは思わず先端を見る。


「ダガーが力を発揮しないっ! なぜっ!?」

「魔力が反応しないからだ。

 そのダガーに込められた想いは、この国の平安を望んでいる」

「こっちの方は思い入れたっぷりだぜっっ!」


 横からイサーシュが光る剣を振り下ろした。

 しかしファルシスはそちらに目も向けずに、軽く手を出しただけで受け取ってしまった。

 イサーシュはあきらめず、握られた黒い手からそれを引き抜こうとするが、ファルシスはプルプルと腕に力を込める。

 次の瞬間、光に包まれた剣は根元でぽっきりとへし折られてしまった。


「なにぃぃぃぃっっっ!?」


 イサーシュがすっとんきょうな声をあげたところで、ファルシスが顔を向けた。


「お前の剣はしょせん人の手で作り出された魔法剣。

 あふれ出る魔力そのものである余には、その力は全く通用しない」


 イサーシュががく然とした顔で、折れた剣の先を見たままゆっくりと後退していく。


「まだわたしが残っていますっ!」


 トナシェがその場にひざまずき、両手を組んだ。


「長き眠りにつきし破壊の神よ。

 我が声にこたえ、その呪われし力を存分にふるえ……」


 場が一瞬暗がりに包まれる。広間の上空に、青白い光のオーラが現れた。

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