第3話 早すぎる人質作戦~その5~
「ヤバい……ちょっと疲れた……」
「ほら言わんこっちゃない!」
やつれたせいで美少女が台無しになっているロヒインをコシンジュが責める。
「さわぎ過ぎですって。それより、もう夜になってしまいますよ。
早く行かないと暗くて農園を歩けません」
メウノの意見にロヒインはしぶしぶうなずき、ブツブツと新たな呪文を唱え始めた。
するとおどろいたことに、ロヒインの姿がぼんやりと見えなくなっていってしまった。
「みなさん、わたしに触れてください。
そうすればちゃんと見えるようになりますよ」
3人が言われたとおりにすると、どんどん消え入りそうになっていたはずの美少女の姿が再びあらわになってきた。
「おぉっ! スゲェッッ!」
「これで農園を堂々と歩いて行っても、敵に見つかることはありません。
ですが音までは消せませんので、村に向かう際は静かにしてください。
あとわたしから離れないように。わたしに直接触れている人に触っていても効果がありますが、手を離した途端に姿がバレバレになってしまうのでしっかりつかんでください」
4人は縦1列になって、ずんずんと農園の道を進んでいく。
ロヒインは声をひそめて言う。
「この暗がりです。みなさん、絶対にコケないでくださいね。
と言ってもこの中で一番運動神経が悪いのはわたしですから人のことは言えませんが」
そのためか、先頭のロヒインのペースはかなり遅い。
両肩をつかんで彼女のあとに続くメウノとコシンジュは長い道のりをとぼとぼと進む。
「うっ、慎重さを要求されるのにこのペースだと、そのうち『まだ~?』とか言ってしまうような気がする……」
コシンジュがうんざりして言うとその両肩をつかんでいるメウノが首をかしげる。
「もう言ってるも同然だと思いますけど……」
コシンジュは彼女にではなく、自分の後ろに連れ立っている最後尾に声をかけた。
「おいイサーシュ。お前だけなんで片方の肩しかつかんでないんだよ。
そうやってカッコつけてお前がコケたらシャレなんねえからな」
「うるさい。
この天下一の天才剣士が貴様らと仲良くイモムシごっこなんかやってられるか」
そう言って警戒しているというよりは、恥ずかしそうにあたりをきょろきょろしている自称天下一の天才剣士が最前列に声をかける。
「なあ、どっかいいところで俺だけ別行動できないか?」
「わたしから離れないほうが賢明だと思いますけど……」
先頭のロヒインがため息をつく。
「そいつはゴメンだな。教会のそばに建物があるだろう。
いったんその裏によれ。そしたら俺は別の場所からアプローチをかける。
別動隊がいたほうが何かと便利だろう」
「しょうがありませんねえ、じゃあ……」
その時だった。
最前列からいきなり、ボンッという音が響き渡った。
「わぁっっ!」
一瞬何が起こったからわからなかったコシンジュとイサーシュだったが、気がつくと後ろの2人はメウノに押し倒されていた。
あわてて前をむくと先頭のロヒインの姿がない。
「え……ちょっと、これって」
コシンジュがつぶやくと、目の前にメウノに張り付いたロヒインの姿があった。
ただし、元の間の抜けた顔をした男の姿である。
「すみません! どうやらもとの姿に戻ってしまったみたいです……」
「おい、しゃべるな……」
「え……?」
一瞬分からない顔をしたロヒインだったが、すぐに状況を察してあたりを見回した。
そしてちょうど後ろを向いたところで固まる。
そこにはこちらへとまっすぐ歩いてくる、小柄なゴブリンの姿があった。
「グギ、ギギギ……」
まともに言葉をしゃべることができない下級のオークは、少し目線を外した状態でこちらを一心に見つめてくる。
どうやら先ほどのやり取りを、まんまと見つかってしまったらしい。
コシンジュは完全にビビり倒した表情で、仲間たちに向かって必死に手のひらを向ける。
みんな一様に息がとまったかのような顔をしている。
よりによって、ゴブリンはすぐこちらまで迫ってくる。
首をひねりながら歩いてくるようだが、もしロヒインにぶつかったらすべてが台無しになってしまう。
コシンジュに背中を預けるメウノが、ふところからそっとナイフを取り出した。
いざという時はこいつを投げつけるつもりらしい。ひょっとしたら別の使い方をするのではないかとも思ったが、良く考えればバカみたいな発想なのでコシンジュは首をふった。
緊張で心臓がバクバクするなか、ゴブリンはロヒインの目の前で止まった。
ここまで近くに来ると、臭い。とにかく臭い。
一体どんぐらい風呂に入ってないんだと思いながらも、コシンジュ達は鼻をおさえて必死に息をひそめる。
すると、ゴブリンがズッズッと鼻をすすり始めた。
匂いをかいでいるのだ。とても下品なしぐさだ。偏差値の低さが露骨に見えている。
「オカシイナ……タシカニ……」
おーいゴブリン、頼むから目の前を蹴りあげんなよ。
そう必死に願いながら待ち続けていると、緑色の怪物は首を何度もひねりながらようやく後ろを振り向いた。
それでもコシンジュ達は動かない。当たり前だが、敵が見えなくなるまでが待ち時間なんです。
気の遠くなるほどの長い時間を経て、ようやくゴブリンが建物のかげに消えた。
4人が一斉に深く息を吸う。
「ふぅ~っ。マジで心臓止まると思ったぜ~」
コシンジュが声を小さくして言うと、ロヒインが何度も頭を下げはじめた。
「すみませんわたしのせいで……」
「そうだよお前のせいだよまじふざけんなよなんでお前よりによって長時間変身が続いてたんだよ!」
一気にまくし立てたコシンジュに言われた本人はぽかんとしている。
「おかしいと思ったんだよ!
いつもの簡易魔法なら森入ってるうちにとっくに切れてるはずだろ?
なのに長時間もってるじゃねえか! お前あの短時間でよく本魔法唱えられたな!」
するとなぜかロヒインはなぜかテレだした。
「あ、実はここ最近魔法唱えるのに慣れてきたんで、ためしに呪文の詠唱省略してみました。
そしたらうまくいったみたいで」
「なにげにスキルアップしてるんじゃねえ!
そしてこの状況で自慢してるんじゃねえ!」
「コシンジュ、いくら声小さくしてるからってそう立て続けにどなりつけんな。
またさっきの奴やってくるぞ」
イサーシュはそう言いながらコシンジュの肩をしたからポンポン叩く。
「とにかく俺は別行動するからな。お前らはやく立て」
コシンジュ達は見張りのいない教会わきの建物に隠れた。
イサーシュがあたりを見回しながら手を離すと、なぜかあたりをきょろきょろしだす。
「おお、お前らどこ行った」
「あ、おれらの姿見えなくなっちゃったのか。
まあいいや、とりあえず声だけで会話しろ」
「なんだかもやもやする」
不満たらたらのイサーシュにロヒインが苦笑いで話しかける。
「いいから、イサーシュは敵のスキを突いて教会の裏口まで忍びこめますか?」
「もちろんだ。身のこなしならだれにも負けない。
音をたてないように忍び寄るのも得意だ。必要ならゴブリンどもをこっそりと片づけよう」
「一匹ずつこっそりとやれないか?」
コシンジュが首をかしげるとロヒインの手が離れてしまい、姿が見えたのかイサーシュがめずらしくビクリとした。
姿の見えないロヒインがしかりつける。
「こらこらコシンジュ離れない。その提案は却下ですね。
手下の数が少なくなったことに気づかれたら何をしでかすかわかりませんから」
「エグイこと考えちゃったんですけど、あれだけ人質がたくさんいるんですから、あいつら時間ごとに1人ずつ殺しちゃうとか考えたり……」
「それはいやだ……」
言いだしたメウノとコシンジュがズーンと頭をうなだれる。
あわてたロヒインが両手を上げて取りつくろう。
「とにかく、もう少し作戦を考えましょう。
とりあえずわたしは敵をおびき寄せて監視の目を少なくすることをお勧めします」
「いい作戦ですが、前に話した通り敵が別の監禁場所を設けているとしたら、陽動作戦を行ったとしても人質が危険です。
こちらは2つの場所を同時に攻め入る人数はありませんから」
メウノの指摘にうなずいて、イサーシュが神妙な顔をする。
「教会以外の連中がどこに陣取っているか見当は付いているか?」
「おそらく酒場にいる可能性が高いでしょうね」
「可能性だけなのか。魔法で確実に情報を集められないのか?」
「人の位置を読み取る魔法もあるんですけど、敵味方を分類することまではちょっと……」
「まったく使えない魔導師サマだな……」
ちょっと落ち込むロヒインをなぐさめるようにコシンジュは口を開く。
「まったく口が減らねえなお前は。
ようは実際に確かめに行きゃいいだけの話じゃねえか。
オレとロヒインが実際に見に行ってみるから、お前とメウノはここで隠れてろ」
「お前ごときが的確なアドバイスするな。あとここで待たされるのもごめんだ」
「それっぽっちの忍耐力もないのかお前は!
あとさりげなくオレをバカにすんな!」
「さりげなくはない。堂々とだ」
「だから髪をかきあげてえらそうに言うんじゃねえ!」
今度はメウノがその場を取りつくろった。
「まあまあ。わたしもコシンジュさんの言うとおりだと思います。
わたしたちはここで待っていますから、2人は酒場にいるゴブリン達の様子を見に行ってください。
いざという時は、コシンジュさんお願いしますね」




